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猫と少女の師弟関係  作者: 猫野 甚五郎
第一章 師弟
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10話 血濡れの熊

 要たちの前に現れたブラッドベアは、獲物を値踏みするかのようにじっと、それでいて鋭い視線で見つめてくる。ゆっくりとした動きだが口元では牙を光らせ、その端からはすでによだれが滴り落ちている。その巨大な図体も相まって、睨まれた者の受ける威圧感は半端ない。


「なぜこんな所に…………」


 そう呟いたテオルの表情には動揺が見えており、額にもうっすらと汗がにじんでいた。その様子を見ただけでも、ブラッドベアが相当な相手だと分かる。リーダーであるテオル出すらこれだ。リオにいたっては相手の威圧感に押され若干震えていた。


 このままだとやられてしまうだろうと判断した要は、テオルたちが冷静を取り戻す時間を稼ぐべく時間を稼ぐ事にした。


「なっ! カナメ!?」


 真っ先に飛び出した要は、まずはあの視線をはずさなければならないと思い、一気にトップスピードを出しブラッドベアの後ろへ回り込む。その速さと、自分の睨みを受けて動けないだろうと思っていたブラッドベアは反応に遅れ、慌てて回り込んだ要のほうを向く。そしてコケにされたとブラッドベアは激怒し、その小さな体へと襲い掛かる。

 鋭い爪を持つ巨大な手で地面を抉りながら要めがけて振るう。右、左と次々と振り回し、体に似合わない思った以上の速さとその攻撃範囲に必死で避ける要。しかし相手は獣で動きは単調。慣れれば問題ないと思いながらこの後どうするをか考える要であった。


 要が体を張って時間を稼いでいる頃、馬車の方ではテオルがその様子を見つめながら、この場をどうするかを頭の中で考えをめぐらせていた。このまま要たちと協力して倒すか、要が時間を稼いでいる間に迂回して逃げるか。そう、逃げるという判断が出るぐらいブラッドベアは冒険者にとって強敵なのだ。そしてテオルの依頼はゼルたちの護衛であってブラッドベアを倒す事ではない。それを最優先に考えると例え非情であっても、要を囮にして逃げるというのが一番の安全な選択肢であろう。

 しかし、そんな考えをめぐらせていると気持ちの整理をつけ、剣を構えてブラッドベアに向かおうとするユーフィが一歩前に出た。


「ユーフィちゃん!?」

「無理だ! 君一人でどうにかなる相手じゃない!」


 その無謀とも取れる行動を必死で止めようと声をかけるテオル。しかしユーフィはまったくブラッドベアから視線をそらさず、また一歩踏み出す。


「大丈夫、カナメがいるから一人じゃない」

「それでもっ!」

「私は強くなると誓った。だから逃げない。それにカナメは私の師匠。そのカナメが逃げろと言わないのなら大丈夫」


 そうしてテオルの静止を振り切りブラッドベアに向かっていくユーフィ。テオル達と違い、ユーフィは要に絶対の信頼を寄せている。だからこそ、恐怖心も薄れ向かっていけるのだ。


 ユーフィは要にしか目を向けていないブラッドベアの、その隙だらけな背中へと切りかかる。しかし、ベアチャイルドのときと同じようにその硬い剛毛で余り剣が通らず、ダメージは少ない。

 もう一人向かってきた事に驚いたブラッドベアはユーフィを一瞥した後、後ろへと跳んでいったん二人から距離をとった。


「来たのか」

「うん、遅れてごめん。それでどう?」

「そうだな…………今のユーフィにはかなり厳しいだろう。だがこういう強敵との戦闘は言い経験になる。下手をすれば大怪我をするかもしれないが、やるか?」

「やる。それに、危なくなったらきっとカナメが助けてくれる」

「一気にハードルあげてきたな。でもま、そう言われると男としては頑張らないと…………な!」


 思った以上に信頼されていた事に驚きつつも、男としては嬉しくなった要はやる気に満ちる。そして最後の言葉を合図に要はブラッドベアへと飛びかかり、その後を追うようにユーフィも向かって行った。

 要がブラッドベアの周りを縦横無尽に駆け巡りながら相手を撹乱し、そうして出来た隙をユーフィが突いていく。ユーフィの方も、自分に攻撃が来たときは下手に剣で受け止めようとせず、最小限の体の動きで交わすようにして次に備えていく。そして避けきれなくなりそうなときは要が割り込み、フォローをする。

 こうして初めて連携して戦った二人だが、熟練のパートナーのように互いを信じた戦い方をしており、そんな二人に徐々に押され始めるブラッドベアだったが、その赤い目が徐々にどす黒く濁っていた。





 そんな二人の戦いを馬車の方で見つめるテオルは迷っていた。


「あなた、どうするの?」

「二人に気を取られている今なら抜ける事が出来る。でも……それだと…………」


 テオル個人としては加勢に行きたい。しかし、今はこのパーティのリーダーでゼルの護衛として安全に街まで運ぶのが仕事だ。その二つの思いの間を揺れ動いている。

 そのとき、ブラッドベアと遭遇してから一度も口を開かなかったリオが後ろからやってくる。そして、何かを決意した目でテオルへと向かう。もう震えは止まっていた。


「父さん、僕は助けに行きたい。あんな姿を見せられて逃げるわけには行かない……。ここで逃げたら一生後悔する!」


 自分より年下であるユーフィの勇敢さに触発されたリオは、年上として、そして男として逃げるわけには行かないのだ。


「しかし…………」

「私たちのことは気にせず、行って下さい」


 まだ迷うテオルを最後に後押ししたのは、護衛対象であるゼルだった。


「ゼル…………」

「私だって、少しとはいえ道中供にして宴会も囲んだ仲です。そんな彼らを見捨てるのは目覚めが悪いですよ」


 テオルに気を使わせないように、ちょっとおどけながら言うゼル。そしてそれを聞いたテオルは決心する。


「ありがとう…………。よし! 二人とも助けに行くぞ!」

「ええ」

「うん!」

「どうか皆さんご無事で…………」


 テオルの号令とともに三人はブラッドベアの元へと駆けていく。そしてその後姿を見つめながら、ゼルは無事を祈るのであった。





「おぉぉぉ!」


 そんな掛け声とともに要とユーフィが戦っている間に割り込むテオル。その振りかぶった大剣であの巨体を後ずらせていたのだから、その力はすさまじいだろう。そうして二人の元へとやって来たテオルの顔にはさっきまでの迷いは一切なく、強敵と戦える喜びに満ちていた。普段は冷静そうな彼だが、どうやら割と戦闘狂のようだ。


「テオル!? 護衛の方は良いのか?」

「問題ない。それよりもさっさと終わらすぞ!」

「なんか性格変わってないか!?」


 そんなテオルの変化に要も驚き、ユーフィは誰? となっている。どうやら戦闘になると若干性格が変わるタイプのようだ。そうやって呆けてしまった二人めがけてブラッドベアが爪を光らせ懇親の力をこめて襲い掛かってくる。が、その間に盾を構えたリオが割り込み、その攻撃を防ぐ。


「大丈夫ですか!?」


 かなりの威力があったにもかかわらず、少し後ずさるぐらいで踏みとどまったリオ。見た目とは裏腹に力があるようだ。そして受け止められた事で隙が出来たブラッドベアに今度はリーナが魔法を食らわす。


 ――サンリ――Ⅳ――弾ける雷光――


 まぶしい閃光とともにリーナから放たれた稲妻はブラッドベアに襲い掛かり、その巨体を焦がしながら吹き飛ばしていく。そんな魔法の威力に、初めてみる二人はまたまた呆けてしまった。


「二人をいじめる悪い子にはお仕置きよ」


 そう言いながらすっきりした顔でゆっくりとやって来たリーナ。これでこの場に全員がそろった。

 そんな三人の強さに驚き聞きたい事もあるが、今は呆けている場合ではないので、すぐに気持ちを切り替えてブラッドベアへと向かう。


 そして吹き飛ばされたブラッドベアを見ると、そこにはさっきまでの堂々とした姿は無く、目が完全にどす黒くにごり、そして牙をむき出しにして怒り狂う獣の姿があった。


「あれは…………」

「一定以上ダメージを与えるとあんな風に凶暴化するんだ。ああなってからが本番だな」


 そういえばベアチャイルドも途中で豹変したな、と思い出した要。あれと同じだと攻撃しても隙が出来なくなり、かなり厄介だろう。


「どうする?」

「こうなったら長引かせるとこっちが不利になる。だからやるなら一気にだな」

「そう言うって事は何か手があるんだな?」

「あるにはあるが、大きな隙がないと難しいな。得にあのどてっぱらが隙だらけになればいいんだが…………」

「………………なら、こういうのはどう?」


 テオルの話を聞いたユーフィは暫く考えた後、思いついた作戦を提案する。


「それは……確かにいけるかもしれないが、危険だぞ」

「大丈夫、カナメがいるから問題ない」

「だからそうハードルあげるなよ!」


 思った以上に危険な作戦だったが、ユーフィの中ではカナメがいれば大丈夫という謎の自身があり、どんどんハードルを上げられている要は思わず叫んでしまった。


「そうだな、カナメがいれば大丈夫だな」

「そうね、カナメちゃんがいれば大丈夫ね」

「そうですね、要さんがいれば大丈夫です」

「お前らもか!? くそっ! 後で覚えてろ!」


 ユーフィの自信満々な言いっぷりに空気を読んで乗るテオル達。そんなコントなやり取りを開始の合図に作戦を実行するのだった。





 最初に飛び出したのはやはり要。例え凶暴化しようとも要の速さなら問題なく避けられる。凶暴化したことによって理性も吹っ飛んだブラッドベアは、後に控えている人を気にせず、突っ込んできた要に襲い掛かる。その鋭い爪だけでなく、体全体で襲い掛かるその攻撃は、受けるものに恐怖を植えつけるだろう。しかし、今の相手は魔王や神とも戦った元勇者の要だ。この程度、要にとっては恐怖にもならない。

 そうやって要が時間を稼いでいる間に、リオとユーフィは準備をしてじっと攻撃の隙をうかがう。そしてうまく二人の方へ向いて足を止めたブラッドベア。その隙を見逃すまいと二人は行動に移る。

 ギリギリまでブラッドベアへと近づいて行き、そして両手で盾を持ち頭上で構えるリオ。


「ユーフィさん!」


 そしてその掛け声を合図に、ユーフィは盾を構えているリオめがけて走り、盾の上に飛び上がる。そしてそのまま腰を沈み込ませたリオは思いっきり盾の上に載っていたユーフィを空へと打ち上げる。


「いっけぇ!」


 そして空高く飛び上がったユーフィは剣先をブラッドベアの目に向ける。そしてユーフィが飛び上がった事を確認した要は、攻撃しやすいようにブラッドベアが上を向くよう誘導する。そして落下の勢いとともにその目を貫くべく思いっきり突き出した。


「やぁ!」


 上を向いたブラッドベアは、空に飛び上がるユーフィを捕らえたが、その瞬間左目を勢いを増したユーフィの鋭い剣で貫かれた。そしてその痛みに暴れ始める。

 目を無事貫いたユーフィは、深く突き刺さった剣を抜く事を諦めて、手を離して降りようとする。が、そのとき暴れ始めたブラッドベアの手がまだ空中にいたユーフィ目掛けて飛んでくる。


「っ!」


 空中では避ける事も出来ず、もうすぐ来るであろう衝撃に備えてぎゅっと目をつぶるユーフィ。が、その時何かに引っ張られ、そのままストンとお尻から地面に着地する。

 目を開けるとそこには要が心配そうに見つめていた。


「大丈夫か?」

「うん、大丈夫」


 あのユーフィがやられそうになった瞬間、要がとっさに飛び出し空中にいるユーフィの首根っこに噛み付いて引っ張ったのだ。


 そんなユーフィの健闘を無駄にしないよう、今度はテオルが大剣を構える。右目をやられて手で頭を押さえているブラッドベアの胴体はがら空きだ。その隙を見逃すわけも無く、力をこめた大剣の突きをそのがら空きの胴体へと食らわしていく。


「おぉぉぉぉぉ!」


 今までで一番の雄たけびを上げながら、その大剣を胴体深くまで突き刺していく。そしてこれ以上無理だと判断したテオルはすぐさま大剣から手を離し、その場から離脱する。


「リーナ!」

「まかせなさい!」


 その呼びかけを合図に、準備していたリーナは魔法を発動させる。


 ――サンリ――Ⅴ――駆け巡り敵を蝕む雷撃――


 発動した魔法をテオルが突き刺した大剣目掛けて撃ち、その稲妻は深く体に突き刺さった大剣から伝ってブラッドベアの内側からその身を破壊していった。


「ガァァァァァ!!」


 稲妻が放つ閃光と轟音。そしてブラッドベアの咆哮。

 それらがやんだとき、その場には煙を上げながら動かなくなったブラッドベアの亡骸が残っていた。

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