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みっつめの話

<1>

 まずはこの物語の主人公である佐藤茜について説明しよう!

 彼女はどちらかと言えばモブキャラ的立ち位置にいる人物である。

 今回の彼女は、高校生だ。

 身長百六十二センチ。体重は乙女の秘密。肌を極力見せない服装を心がけ、それをずっと続けている。

 とは言え、学校が舞台となるわけではない。

 彼女が普段過ごすその過程において、眠った後で起こる出来事こそ今回の話となる。

「乙女の夢の内容を暴露するとは、到底いい趣味とはいえないな」

 しかし、夢の中では君がモブキャラであるかどうかなど関係ない。

 君の変わったキャラクター性がそのまま、君の物語を作るのだ。

 眠った後の世界――夢の世界で、佐藤茜はどのような話を作るのか。


 では、物語を始めよう!


「なんということはない、ただの観光話だけどね」




<2>

 平日、火曜日。

 私はいつも通りに起きて、母の朝食を堪能し、父よりも先に家を出た。

 学校ではのんびりと午前中の授業を消化し、午後は久しぶりに知り合いと昼食を共にして、午後の授業も何事もなく消化した。

 放課後には知り合い二名からお誘いがあったものの、ありがたいと思いつつ辞退して――代わりに次の誘いは断らないと約束させられたが――まっすぐ家に帰った。

 相変わらずねぇ、と母に呆れられながら、私は部屋に戻って課題や予習復習を片付ける。

 途中で夕食のお呼びがかかり、課題を途中で切り上げたりしながらも、時間になるまで作業を続ける。

 時間というのは、携帯電話のアラーム機能を使った、今日の区切りだ。

 時間は午後十一時。

 その後で風呂に入って、布団に入るのは零時近くになる。

 これが私の一日だ。我ながら平凡さしか見出せない、いい一日だと思う。

 明日の準備を終えて、布団に入る。

 寝入りはいい方だ。

 私の意識は割とすぐに、まどろみの中に溶けていった。





 と思ったのだが、どこだここは。

 私は気がつけば、石造りのU字枠にはめ込まれた木製の扉の前に立っていた。

 来たことはない。だかどこぞのゲームで見たことはある気がするそれを前にして、私はしばらく身動きが取れなかった。

 ……私は確かに部屋で寝ていたはずだし、こんなところに連れ去られる理由もないはずだが。

 そんなことを考えていたところで、扉の向こうから声がかかった。

「佐藤茜さん、入ってくださーい」

 名前が把握されている時点で怖いのだが。まぁ立ち止まっていても仕方が無い。

 声は扉の向こうから聞こえた。だから、扉のほうへと進む。

 進むと、扉は自ら開いた。

 開いた先は広い空間だった。円形のフロアに、いくつかの机と椅子が置かれている。私のほかにもここに来た人間が居るようで、机に座った者達が、彼らに対して何かをしていた。何かはよくわからないが、なんとなく、空港のイメージがわいた。

 そして、私の目の前には一人、満面の笑みを浮かべた女性が立っていた。

 桃色の髪に、同色の瞳。背は私より頭一つ分程度高く――うらやましい限りだ。体系は出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいて――妬ましく思う気持ちは止められないな、よくないことだが。

 服装は白いシャツの上にパーカーを羽織って、タイトなミニスカート、膝下まである靴下を履き、編み上げブーツを履いている。肩からななめがけで少し大きめの鞄をかけており――いかんな、嫉妬の心が燃え上がってしまう。落ち着け、私。

 周囲の机に座る事務員――でいいのだろうか? ――とは随分服装が違っている。いいのだろうか。

 私の不躾な視線にも笑顔で耐えた彼女は、首を傾げて見せた後で、私が思ったと疑問点について話を始める。

「はじめまして、佐藤茜さん。私はあなたのナビゲーターです。

 ここで今もどんどん処理されていっている人たちは、あなたとは違います。

 事務処理を行っている人たちは、元々この世界に住んでいる人たちです。ですが、あなたは、この世界とは違う世界で生きる人です。だから手続きが異なるんです。

 まずは、ようこそ、夢世界へ。私たちはあなたを歓迎します」

 夢世界……字面通りで受け取っていいのなら、そういうことなのだろうか。

「歓迎ありがとう。……質問は受け付けてくれるのかな?」

「場所を移動しましょう。ここは、他の来訪者も使用する場所ですから」

「わかった。案内をお願いする」

 私がそう言うと、彼女は先行して歩き出した。向かうのは私が入ってきた扉と対面にある扉だ。他の――彼女の言に従えばこの世界の人たちも通っている扉でもある。

 扉を開けると、そこにはまた不思議な光景が広がっていた。

 まず空が青くない。クリーム色というか、曇り空の色彩を明るくしたような、そんな空が広がっている。

 次に見るべきは建物だ。おそらく日本がベースだろう、どこかで見た景色が、全体的に丸く、色彩を増やしている。少なくとも日本にあるビルは屋上側が逆向き瓢箪のように丸くなってはいないだろうし、その外壁がマーブル模様で色彩豊かに塗られては居ないだろう。

 私が目の前の風景に驚いていると、こちらです、という声と共に手を引かれた。

 引いた主は見ずとも判る。その勢いに流されるまま、その場を離れた。

 案内された先はテラススペースだった。

 いくつかある席のうち、ひとつを選んでナビくんが手招きしてくる。私はその手招きに導かれるまま、対面の席に座った。

「ここならゆっくりお話をすることができます」

「それはうれしいね。驚きの連続で、どうにも疲れてしまう。話をして気を紛らわしたいところだ」

 そう言って、私はナビくんから視線を外して周囲を見た。説明するのもイヤになるような違いばかりだったが、その中でも海――あるいは湖かもしれないが、それが現実と変わらないことに、内心ほっとした。

「佐藤さんのほうから、何か聞きたいことはありますか?」

「いくつもあるよ。まず聞きたいのは、私はいつになったらここを出られるのか、だ」

「……そんなにこの世界に居るのは嫌ですか?」

「単純に不安なだけだ。この程度の違いは慣れていけばいい。けど、私の世界はここじゃない。少なくとも、今の私はそう思う」

「そうですか。……帰れるようになるのは、最短でおおよそ三日です」

「それはなぜ?」

「本来のあなたが起きれば、あなたはここから消えていくのです」

「平均的な睡眠時間を割るとそれくらいになるということか。……誰か試した人物がいたんだろうな」

「他には何か」

「この世界に通貨はあるのか?」

「あります」

「では、私が過ごす三日間の間に使用する貨幣はどうやって調達すればいい?」

 問いかけに対して、ナビくんは自分の洋服のポケットから、財布をひとつ机の上に出した。

「こちらに、佐藤さんのお金が入っています」

 机の上に置かれた財布を取り、中を見ると紙幣が数枚、貨幣がいくつか入っていた。そのいくつかを手にとって見ると、Dという単語がついている。貨幣の単位だろうとは思うが、この世界はドル制か?

 視線に気づいたのだろう、ナビくんが困ったように笑いながら言う。

「貨幣の単位はドリーム、頭文字を取ってDです」

「わかりやすくていいな。……さて、この財布に入っている金額は、三日を過ごすに足るのか?」

「私のほうで手渡す前に中身を確認しましたが、その額であれば、三日を過ごすには十分かと思います」

「足りなくなった場合は?」

「下ろすことができます。ただし、限度はありますが」

「その下ろすことのできる金額の基準はどこにある?」

「その方の現実世界での累計睡眠時間から限度額が算出されます」

「長く生きているほうが高いというわけか。そこは少し不満だな。別に大したことでもないが。……ところで君の役割は何になるのかな?」

「あなたがこちらで過ごす間のサポートがメインです。あとは、先ほどまでのように質問にお答えするくらいです」

「能動的に何かを教えてくれることはない?」

「……なぜそのようなことを?」

「全部自分で考えて質問するのは疲れるよ。私が知っておいて損の無い、この世界の常識とかって、あるんじゃないかと思ってさ」

「……私が思いつく限りでよければ」

「それでいいよ。言い忘れてた! みたいなことになっても、ちょっぴり怒るくらいだよ」

 私の言葉に、ナビくんは苦笑をした後で、言う。

「この世界は基本的に寝ない世界です。ですので、休むという考えがありません。といっても、四六時中働いているわけじゃなく、昼夜問わず動き続けているという感じです。だから、休む場所の確保が難しくなります。

 また、佐藤さんのようにすぐに帰ることを希望する方がいらっしゃる一方で、帰ることを拒否するような方もいらっしゃいます。そして、先ほども言いましたが、来訪者が最初に持っている金額は決まっています。したがって、そういう方の中には金銭を盗る目的で犯罪を起こします。そのため、比較的にですが、犯罪率が高くなっています。

 それから……そうですね、佐藤さんなら言ってもよさそうです。

 来訪者の方には夢世界でしか使えない能力が発現します。例外はありません」

「……最後のほうで、また大きいのをぶっこんでくるね、ナビくん」

「ナビくん?」

「君の呼び方だ。不快なら変えるよ」

「いえ、それで十分です。それで続きですが、佐藤さんに発現した能力は罠創造だそうです。私にわかるのは名前までなんですが」

「名前だけ判っても仕方ない。……別に責めているわけではないよ。使わずに済むといいね。

 しかし、こんな能力があるとなると、それを基にした犯罪か、あるいはヒーローごっこでも流行っていそうだ」

「……実際、噂程度であれば、そういう話もありますね」

「へぇ、どんな噂なんだい?」

「この世界、夢世界は、人の想像力を基にできています。最近、想像力が欠如しているとかで、建物の崩壊や住民の早死にが相次いでいるんだそうです。実際に関連性がわかったわけではないそうですが、それを理由に、現実世界に侵攻しようとする人たちがいるそうです。そして、現実世界への侵攻を防ぐために、一部の来訪者の方々が集まっているとか」

「侵攻する側が夢を与えるだけなら倒す必要は見当たらないけど。実際どうなんだろうね。まぁ、それよりも、来訪というのは意図的に行うことが可能なのかのほうが気になるな」

「普通は無理です。多分、その来訪者たちを支持する人たちがズルをしているのでしょう。……具体的なやり方までは、わかりませんけれど」

「あと、あまり良い事ではないけど、聞いていいかい?」

「何でしょう」

「この世界の住人はどうやったら死ぬんだ?」

「自分のこれから先を想像できなくなったら、または、もう十分生きたと思えたら、のどちらかです」

「病気や怪我、あとは……他人からの殺傷は原因にならないのかな?」

「この世界の怪我は割りとすぐに治ります。本人次第ですが。あと、この世界には痛みというものがありません。ですので、大怪我をしたところで、その場で完治する、ということも十分にあります」

「それは私にも適用されるの?」

「ええ、それは勿論」

「そうか。ふーん」

 ある程度の情報を引き出せて、私は黙って顎に手を当てた。他に何か確認しておかなければならないことはないだろうか。

「佐藤さん?」

「……うん? 何かな」

「ああ、いえ、随分と長い間喋らずに居るものですから。どうされたのかと」

「他に何か聞いておかなければならないことはないか、それを考えていたんだよ」

「……そんなに気になりますか? この世界のことが」

「初めて訪れる場所だ。気にかけて当然ではないかな」

「……少なくとも、今まで担当した方で、佐藤さんほどこの世界の仕組みなどを気にかけている方はいませんでしたよ」

「まぁ質問事項は都度思いついたときに聞くとしよう。今はこれ以上思いつかないしね。……しかし、これからどうしようか」

「どうしようか、とは?」

「そのままの意味だよ。三日という時間は長い。何もしないで過ごすには特にね。だから、どうしようかってね」

「……観光でもしますか?」

「……観光と聞いて、ひとつ聞きたいことを思いついた」

「何でしょう」

「夢世界はどこの土地がベースなんだい?」

「ああ……ここは日本がベースな場所ですね。他にも各海外の土地をベースにしたところもあります。その間の行き来に、佐藤さんが最初に入った建物を使うんですよ。まぁ、あそこは着いたことを記録する場所です。別な場所へ出るための場所は、また別にあります。建物も違いますし、場所も違いますよ」

「なるほどねぇ」

「ちなみに、日本と同じ地理というわけでもありませんよ。どちらかというと、観光地の密集地のような形になっています。位置関係は地理関係を、ある程度踏襲しているらしいですが」

「では歩こうか。……私は出不精でね、こういう機会でもなければ観光地になど行く機会もそうないだろう」

「わかりました」

 言って、席から立ち上がって歩き出す。

 私の言葉に従ってか、ナビくんも続いて歩き始める。――といっても、歩幅の都合ですぐに並ぶことになったようだが。地味に悔しい。

 私の表情の変化に気づいたのか、窺うようにナビくんが尋ねてきた。

「どうかしましたか?」

「別になんでもないよ……」

 まさか自分の背の低さに打ちひしがれていると言えるわけもなく、私はそう言った。





 テラスを離れてからは、ただアテも無く歩いていた。幸い海沿いの道が近くにあった。長く歩くには丁度いい。

 周囲の風景にある違和感には、もう慣れた――というか気にするのをやめた。

 ただ基本的な変化の方向性については、なんとなくわかった。

 この世界の、特に建物などは基本的に丸くなる。具体的に言うと、物を構成する直線が曲線に変わっているようだ。あとカラフル。

 この程度の違いは気にしているだけ損だし、疲れるだけだ。

「…………」

 景色に慣れれば、この歩みはただの散歩になる。

 私は漫然と何かをすることが嫌い――というわけではない。現実世界でいつもせかせかと何かをしているのは、そうしなければ時間が足りないからだ。

 しかし、その前提がなければ。ただ歩いて時間を潰すという行為も悪くない。延々と、無心に、ただ歩くという行為だけを続けるのもいいものだ。

 特に疲れを知らない身体なら、なおさらだ。

 とは言え、似たような立場に居ても、感じ方は違うらしい。

「疲れたかい? ナビくん」

「ええっと……はい、すみません」

 ナビくんは目的もなく何かをするのが苦手なのか、単に体力が無いだけなのか――尋ねてもいい問題なのかはよくわからないな。新密度が足りない。

「もう少し頑張ろう。ほら、あそこに売店が見える。そこで何か買おう」

「は、はい。ありがとうございます」

 少し歩調を緩めて歩きを再開してから、少し時間がかかった上で、件の売店に辿り着いた。

 私は売店でジュースを二つ購入すると、随分と疲れたように見えるナビくんに一つ手渡す。

 ナビくんの手を引いて座れそうな場所――堤防まで移動したところで、手を離した。

 私が座ると、ナビくんも座る。表情からすると、かなりほっとした様子だ。随分疲れたようだ。

 体力なしの私が全然疲れていないのに、どういうことだろう。

「ナビくん。もしかして来訪者は夢世界の住人よりも体力が上がるのかな」

「というより、単純に疲れなくなると聞きますね……」

「途中で言ってくれればよかったのに」

「何か考え事をしていらっしゃるようでしたので……」

「ただの暇つぶしだったんだけどね。特に考えるようなこともないし」

「そうだったんですか……」

 なら言えばよかった、という小さな呟きが聞こえた気がした。

 本当に何も考えてなかったわけじゃないのだが。

 ナビくん、と呼びかけた上で、言う。

「本格的に動くのは明日からにしようと思う。もう随分日も傾いてきたし、どこか安心して休むことができる場所はないかい?」

 首を動かして見るのは海辺、その向こう側に映る日の光だ。夕焼けの色は、現実世界と変わらないらしい。橙色に映り、光っている。

「安心して休める場所、ですか? それはなぜ?」

「もう日も傾いているし、時期に夜だろう? 休みたいじゃないか。ゆっくり、安心して」

「私たちと同様、来訪者の方々も、寝ずに過ごすことが可能なはずですが」

「来訪者は寝られないのかい?」

「……そういうわけではありませんが」

「起き続けるというのは、私には少し辛い。寝ない住人であるナビくんは起きたまま待機になってしまうが、私は私の都合を優先したいんだ。……それで、安心して寝られる場所はあるのかい?」

 私の質問に対して、ナビくんはほんの少し長く思考するような間を置いた後で、申し訳ありません、と謝った。

「……少し難しいです。私の知っている範囲で、そういう場所はありません」

「そうか。となると起き続けるしかないな。今日はここで日の出を見ることにしよう」

 ふうっと吐息を吐いた後で堤防の上で海の方に向き直り、やれやれと更に吐息を追加する。

「申し訳ありません。私の力不足で……」

「……人に謝罪するときは、何が出来なかったことが悪かった、だから謝罪する、という形にしないと駄目だよ、ナビくん。でなければ、ただ謝るだけのほうがまだいい。少なくとも私はそう思う」

「……申し訳ありません」

「いいよ、言うほど気にしてないし。あとごめんね、余計なことを言ったよ、我ながら。気にしないでいいよ」

 ナビくんはもう一度、小さな声で申し訳ありません、とだけ言って――会話が途切れた。

 私は人が居れば話さなければならないと考えるような人間ではない。だから、この沈黙も別に気にはならない。

 しかし、彼女、ナビくんのほうはどうなのだろう。沈黙に耐えられる人物なのだろうか。

 そのことこそ気にはなったが、わざわざ喋って確かめるほどの気は起きなかった。

 そして、この沈黙は日が昇るそのときまで続いた。




<3>

 どうやら少しうたた寝をしてしまっていたようだ。睡眠時間が短いせいで目がしぱしぱするが、時期に慣れるだろう。この世界は基本的に、眠らなくていい世界になっているようだし。

 ところで、横でばたばたと地面を叩く音がするけどいったい何なのだろうね。できればみたくないが、確かその方向には、記憶が正しければナビくんが居たはずだ。何をやっているのだろう。

 仕方が無いので視線を向けると、ナビくんはどうやら網に絡まっているようだった。

「……何をしているんだい? ナビくん」

「私にもわかりませぇんー!」

「趣味?」

「違います! 佐藤さんがちょっと寝てるみたいだったので、ほっぺたを突こうとしてみただけなんですぅ! そしたらこんな目にー!」

「それはまさしく天罰というやつじゃないか? しかし、君の状態を見ていると、かすみ網にかかった鳥みたいだね」

「冷静に見てないで助けてくださいよー!」

「君がじっとしないととるのが難しいんだけどね……。ああ、ひとつ聞いていいかな、ナビくん」

「何ですかー」

「この網、どこからどうやって現れたんだい?」

「佐藤さんに触った瞬間、どこからともなく一瞬で」

「……私の夢能力というやつなのかな。できれば消えて欲しいんだが」

 言うと同時、ナビくんに絡まっていた網はものの見事に一瞬で姿を消した。

 開放されたナビくんは、どれだけ長くそうしていたのか知らないが、まず体全体をほぐしにかかった。そして、それが終わった後で、私に向かって頭を下げる。

「ありがとうございます!」

「順序が逆!」

 とりあえず見ていて思ったことを吐き出すと共に、ナビくんの頭にツッコミチョップを入れる。

「あいたぁ!? 何するんですかぁ、ひどいなぁ」

「全部自業自得だろう……」

「むぅ……、まぁいいです。それで今日はどうするのですか?」

「スカイツリーにでも行こうか。道案内を頼むよ」

「了解です。任せてください!」

 そう言って、数十分後。

「すみません、佐藤さん、道判らなくなっちゃいましたぁ――あいたぁ!!」

 私は周囲に居る人間に話を聞き、スカイツリーへの道順をなんとか聞きだすことに成功した。話を聞いてくれた人に礼を言って別れた後で、教えてもらった方向に向かって歩き出す。

「ほら、君もさっさとついてきなさい」

「でもー、ナビゲーターとして来訪者の方を自力で……」

「もう一度叩くぞ」

「イエスマム! どこまででもついていきます!」

 やれやれ、と先行して歩き出すと、後ろからナビくんの声が来る。

「それにしても佐藤さん」

「なにかな」

「いきなりスカイツリーを選ぶなんて、田舎者丸出しですね」

「……喧嘩売ってんのか」

「いえ、滅相もない」

「一度は上ってみたいだろう。日本人が頑張って作った高い電波塔なんだし」

「そういうものですか?」

「少なくとも私はそう思う。まぁ一度見れば十分なのも確かだけどね」

 そういったところで、目的地に辿り着いた。

 外観は案の定というべきか、夢世界としての建物として歪んでいる。それでも、元々の構造上影響は少ないように見受けられた。

 スカイツリー――東京スカイツリーは基本的には電波塔である。電波帯の変更に伴い、東京タワーからその役目を引き継いだ形だ。構造は三角錐を高くしたものといえばいいのだろうか。頂上に近くなるほど、形が丸くなっていく。まぁ今見ているものはこの世界特有の修正がかかっているが。

 観光のメインとなる展望台は二箇所あり、ただ高いところから景色を見ることを目的とした場所と、食事等を楽しみながら景色を眺める場所の二通りあった。

 私はナビくんを呼びつけて受付のお兄さんと会話をさせてチケットをゲットした――と思ったのだが、曰く。

「来訪者の方は基本的にいろいろ特権がついています。入場料や入館料は基本無料ですよ」

「そういうのを先に言えといったのに」

「あいたっ」

 まぁ楽しまなければ損なので、ナビくんへのお仕置きはこの辺で切り上げる。

 館内を進むと、エレベーターがすぐに見つかる。ナビくんと一緒に乗り込んで、まずは展望回廊――ひとつ高い位置にある展望台へと向かう。

「どうして先に上からいくんですか?」

「人にはよるだろうけど、私は景色を見ながらゆっくり食事をして終わりたいんだ。だから、景色のすごいところを見るのが先。なんなら逆がいいかい?」

「私はその辺、特に拘りはないのでお任せしますー」

「そうか。なら合わせてくれ」

「はいー」

 しばしの沈黙を挟んで、エレベーターは展望回廊へと辿り着いた。

 エレベーターを出て、窓の近くにある柵へと寄りかかって外を見る。

 絶景だった。まず建物が小さい。水平線が遠い。山の稜線がはっきり見える。なにより、広い。視界が広い。

 ……椅子でもあれば、のんびり眺めていられるんだけどなぁ。

 人によっては、こういう景色を遠いと感じるのだという。そういう気持ちは、私にも確かにある。しかし遠いから広く感じて、その視点を作るのが難しいことをわかっているからこそ感嘆するのだ。そう思う。

 しかし、そういえばナビくんはどこに?

 周囲に視線をやれば、ところせましと窓際を駆け回り、外の景色をいろんな角度で見ようとしていた。

 いやまぁ景色を楽しむことに否やはないのだが、景色を楽しむ方法には色々あって、そのいくつかは問題があるわけで。

「ナビくん、ちょっと来なさい」

 私の言葉を聞いて、びくりと体を震わせたナビくんは、何かを諦めたかのように静かに私のところに寄って来た。

 潔い。でも駄目。

「ぎゃん!」

「私と一緒に大人しく見なさい」

「わかりましたぁ」

 その後は大人しく二人で景色を見た後で、ひとつ下、展望デッキに移動した。

 展望デッキは二つあり、ひとつは純粋に景色を見るエリア、もうひとつは食事も一緒に楽しむエリアになる。私が行ったのは後者のエリアだ。いい加減お腹も減ってきていたし、純粋な景色観光は先ほど済ませているからね。

 店に入って、メニューを開いたが……正直何もわからなかった。なんだこれ。

 とりあえず値段だけを見て、今の持ち金で足りるかをナビくんに聞き、問題なさそうだったので注文した。

「佐藤さん、やっぱりちょっと近いですねぇ」

「そりゃ高さが違うんだ、当たり前だろ」

「お待たせしました」

 確かコース料理だったはずだが、はてさて、全部食べた結果として食べた気になるのだろうか。





 結論――微妙な感じになりました。

「佐藤さん、なんだか微妙にひもじいです」

「奇遇だね、私もだ。とはいえご飯という気分ではないし。……川崎大師はここから近いのかな?」

「ちょっと遠いですけど。歩きでいけない距離じゃないですねぇ」

「じゃあ行ってみよう。あそこは葛餅がおいしいんだ。名前忘れちゃったけど、飴もおいしかったはず。食後の運動をした後で、食べる甘味はきっとおいしいぞ」

「それ以前に、食後の運動しなきゃいけないほど、お腹膨れてないんですけど」

「そこは気分の問題だ。気にするな」

「えー」

「あと道間違えないでくれよ。間違ったら早めに教えてくれ」

「こ、今度は大丈夫ですー!」

 言って、大分歩いたところで、再び私が近くを歩いていた人に正しい道を聞く羽目になった。

「君、ナビと言いつつナビらしいことあんまりできてないよね」

「ぐさぁっ!! こ、こんなひどいことを真正面から言ってくる人が居るなんて、ひどすぎます!!」

「私はぐさぁとか自分で言っちゃう人にドン引きだし。私の言ってることは間違ってないと思うけど」

「間違ってなければ言っていいわけじゃないですー!」

「自分を省みて反省点が無いなら謝ってもいいけど。多分君に謝る必要はないよね。先に行くよ」

「あ、待ってくださいよー」

 ナビより役に立つ通行人の方に聞いた通りに進むと、やがて川崎大使が見えてきた。

 とんかんとんかんと、包丁がまな板を軽快に叩く音が聞こえる。

「佐藤さん、このとんかん鳴ってるのって、何なんですか?」

「飴を切ってるのさ。たしか、無病息災かなにかに聞くんだとか、聞いた覚えがあるけど。実際においしい飴だよ」

「ほへー」

「葛餅のお店はいくつかあるけど、食べるならやっぱりお膝元というかなんというか。近いところにあるほうがいいよね」

 言って、私は川崎大師の入り口すぐ脇にあるお店に入った。

 ナビくんも遅れて入ってきて、あの人の連れですからー! と相席――真正面の席に座る。

「別に一人で食べてくれてもいいのに」

「もー、そんな寂しいこと言わないでくださいよー」

「本心」

「ひどいぃい」

「冗談だよ、冗談」

「私からかって楽しいですかー、もー」

「反応が楽しいからね。……ほら、もう来たよ、葛餅」

 頼んだのはオーソドックスにきな粉と黒蜜を葛餅にかけたものだ。最近はパフェに混ぜたりとか色々とバリエーションがあるそうだが、私は葛餅といえばこれである。譲る気はまったくない。

 一緒についてきた竹の……なんて言えばいいのだろう、短冊切り? した竹のスプーンで葛餅を切って刺して、きな粉と黒蜜を絡めて食べる。

 私の食べ方を見て覚えたのか、ナビくんも似たような食べ方をして身悶えている。

「おいしい?」

「おいしいです」

「それはよかった」

 自分の好きなものが否定されるときの絶望感といったら無いからね。なかなかそういう機会に恵まれることもなかったが、数少ない機会が喜ばしい結果となったのは僥倖だ。

 ナビくんがおいしそうに食べてくれるのがうれしくて、つい眺めてしまっていたが、私は私の分を食べなければ。

 適量を切り取って、刺して黒蜜ときな粉を絡めて食べる。

「うん、おいしい」





 葛餅を食べた後、お店を出ると、ついでだからと川崎大師の中を見て回った。

 といっても、特別何かに見入ったわけじゃない。私の琴線には、残念ながら触れるものがなかった。ナビくんのほうはどうか知らないが、私と歩調を合わせているあたり、私と同じだったのだろう。

 ただ境内を回っただけ。のんびりと散歩の代わりである。

 日によっては境内の中に屋台が出て、食べるものも買えるらしいのだが、今日はその手のものにもめぐり合うことは出来なかった。来る時間が悪かったのか、日が悪かったのかはわからないが。

 そうこうしている内に、夜になった。

 せっかくだ、川崎大師の軒先を借りて、今日は一夜を過ごすとしよう。

 そう決めて、座り込んだところで、ナビくんが私の体を横抱きで抱いてきた。

「……どうした、ナビくん」

「……こうすると暖かいかなって」

「……うーん、まぁ夜は冷えるしね。いいけどさ」

 耐えられないほどでもなかったが、ここは別にそういうことを言わなくてもいいところだろう。

「何か不安なことでも?」

 言って、私はナビくんの頭を撫でた。

「佐藤さんは意地悪です」

「人並みにはね」

「でも優しいです」

「それもまぁ、人並みにはね」

「……明日で終わりなんですよね」

「君の言う一般論であれば、そうだね」

「帰らないでください」

「うーん……向こうで何かがあれば別だけど。基本的には帰らざるを得ないね」

「こっちの世界は嫌いですか?」

「いいや、別に。嫌いではないよ」

「じゃあ好きですか?」

「それは同じ質問だと思うけど。まぁ、嫌いじゃないよ」

「じゃあ残ってもいいじゃないですか」

「私は向こうの世界の住人だよ。基本的には、向こうで暮らさなければ」

「こっちで生活を続ける人も居ます」

「ナビくん、君は結局何を言いたいのかな」

「……こっちで一緒に暮らしましょう。きっと楽しいです。毎日が楽しいです」

「……ごめんね、私はあちらに未練があるから残れない。たまに来る分には、いいんだけどね」

「どうして!」

 ナビくんは私から身を離して立ち上がると、きっとこちらを睨んで言った。

「どうしてこちらを選んでくれないんですか! 痛みだってありません、寿命だって殆ど気にする必要ありません、お金はちょっと働かなきゃいけないですけど向こうより楽なはずです! それに、佐藤さんは特殊な能力だって使えます! どこが現実世界に劣るって言うんですか!?」

「痛みが無いこと、寿命を気にする必要がないこと、超能力みたいなのがあること――全部、私にとっての現実には不要なものだよ。

 だけど聞け。君が本当に必要としているものは隣人か?

 私はあと一日、楽しい記憶を君と残そう。例え現実に戻ったときに忘れていようとも、残滓が残る程度に、濃密な何かを君と残そう。

 だから君はその記憶と一緒に、いずれ忘れるならそれでもいいさ、生きていけばいい。それだけの話じゃないのか?」

 言って、ふっと笑った後で、私は言う。それに、と。

「また来訪者として来たときに、私は君を探そう。そしてその時は、その時のナビと一緒に、また遊べばいい。……これは、それだけの話だろう?」

 ナビくんは大きく溜息を吐いた後で、顔をあげて、力を抜いた笑みを見せる。

「ええ、その程度の話です。本当、それだけの話ですよ……」

 そして、こちらのほうに近づいてくると、私の背後から抱きついてきた。

「っ!?」

 こちらの驚愕を他所に、ナビくんは私の肩に顎を乗せてはーっと大きく息を吐いた。

「何のつもりかな」

「さっきより暖かいでしょう」

「……まぁ、君がそうしたいなら止めないよ」

 やれやれと溜息を吐いた後で、私は彼女に軽く体重を預けた。




<4>

 翌朝。またしても、少しうたた寝をしてしまっていたいようだ。人肌の熱を感じて視線を動かせば、ナビくんの顔が肩上に乗っている。本当に昨夜からこっち、この格好でいたようだ。疲れないのだろうか。

「ナビくん、そろそろ移動を始めよう。だから、私から離れてくれ」

「いやです。寒いです……」

 やれやれ仕方ない、と私は溜息を吐いた後で、ナビくんの頭にアイアンクローをかけた。

「あいだだだっだだだだ!」

「いい加減離れなさい」

「わ、わかりましたからはなしてー!」

 本当によくわかったらしく、ナビくんはすぐに私から身を離してくれたようだ。

 やれやれとのんびり体を立ち上がらせて、軽い伸びをする。

「佐藤さんは割りと肉体言語で語ってきますよねぇ」

「一番早いだろう。別に言葉で解決できるのなら、それに越したことは無いと思うけど」

「私とのときもそうしてくださいよ~」

「君に対しては肉体言語のほうが早そうだから」

「そんな~。酷いですよー」

「まぁそれはさておき、だ。ナビくん、君は夢の国への道順を覚えているかい?」

「すみません、わかりません」

「……知ってますと言わないだけ進歩としよう」

 ナビくんの潔い返事に、溜息が漏れる。ただ知らないものは知らないのだ。気にしたところで仕方が無い。今はどうやって解決するかを考えなければならないのだ。

 そう思って、ナビくんに思いついた疑問をぶつけてみた。

「ナビくん。携帯端末は持っているかい?」

「携帯端末ですか? ……これですかね」

 と言って、ナビくんが取り出したのはスマートフォンだ。機能まで、私の知るそれと同じかまでは知らないが。

「少し借りても?」

「どうぞどうぞ」

 持ち主に許可を貰って、画面上の指示やら説明分やらを濫読する。日本地区というだけあり、作られているもの、流通しているものの基本言語は日本語のようだ。非常に助かる。

 現実世界の地理であれば在る程度わかる。あくまである程度だが。しかし、この夢世界は現実世界と比較して地理が大きく歪んでいる。それはスカイツリーと川崎大師を徒歩で行き来できる時点で相当な歪み具合だ、このスマートフォン――らしきものー―で確認ができれば助かる。私自身の持っている地理情報がまるで役に立たないからだ。

 ぐるぐるとアプリケーションを回していると、やがて地図とナビの複合アプリが見つかった。やるな、夢世界のスマートフォン。

 現実世界の川崎大師と東京ディズニーランドの間はたぶん一時間くらいの距離のはずだが……夢世界では約三十分でつくらしい。間の不要な――というと色々と失礼だろうが――ものが消えているせいだろう。

 ここは夢の世界。誰かが注視する何かが集まる場所なのだから。

 私は無言でアプリケーションを操作して、道順にあたりをつける。そして、作業がひと段落したところで、ぼんと後ろから衝撃が来た。それには声もついてきて、

「佐藤さーん、道順わかりそうですかー?」

 どうやらナビくんがまた背後からべったりと抱きついてきたようだ。

 しかし、昨夜から思っていたのだが、折角だし聞いてみよう。

「ナビくん。昨日も少し思ったことではあるんだが。随分とべったり構ってくるけれど、そんなフラグは立っていたかな」

「佐藤さん、優しいですからー。それだけで十分ですよぅ」

「……まぁいいけど。道順がある程度わかったから、頑張って夢の国に辿り着こう。――だから離れなさい」

 私の言葉にアイアンクローの恐怖が蘇ったのか、ナビくんは即座に体を離して直立敬礼の姿勢をとる。

 そんなナビくんを見て、私は少し笑ってしまった。





 ナビくんと色々話をしながら、道中を楽しみ、約三十分の時間を経て、目的地に辿り着いた。

 夢の国である。あえて名前は伏せるが、夢の世界にある夢の国とはこれ以上ないほどぴったりだと思う。

 こちらの世界でも、この場所は人気なのだろう。朝も早くから、チケット売り場や入場口に人がたくさん集まっていた。

「ナビくん、どうする?」

 人だかりの様子に視線を取られていた間に、ナビくんはどうやら別なところに行っていたらしい。

 視線をうろうろと移動させていると、やがてこちらを手招きするナビくんの姿が見えた。

 ナビくんの前にいるのはスタッフ――ここではキャストというのだったか? ――で、何やら揉めているようにも見える。何をしているんだ、あの子は。

 近づくにつれ声が聞こえてきて、どうやら来訪者特権で入れるはずだーとナビくんは言い、それが本当かわからないので入れられないというのが夢の国側の主張のようだ。

 一応来てはみたものの、こんな言い争いを解決できるような能力を私は持っていないのだがね。

「…………」

 来訪者として一番端的に自身をそうだと示すことができるのは、夢能力という特殊な力なのだろうが、私の能力は能動的にはおそらく働かない類の能力なんだよなぁ。というか、そもそも使い方がわからない。どうすれば使えるのだろう?

 まぁ仕方ない、ナビくんの首根っこ掴んでチケット売り場に戻るとしよう。

 そう思ったところで、血気盛んな――というよりエチケットを守らせる手段を勘違いしたバカがやってきた。標的は私らしい。肩を掴んで揺らしながら説教でもする気なのだろうか。

 ――ごめんこうむる。

 そう思った直後に、それは起こった。

 バカがこちらに更に一歩踏み出したと同時に、バカの真横にある地面が割れて、間隔の広い節を備えた何かが割れた地面ごとバカの体を地面に押さえつけた。

 当然のことながら、バカは何が起こったかわからないといった体できょろきょろとしながら、うねうねと体を動かしている。

 ――見苦しい。

 思うと同時に追加が入った。

 金属質の高い掘削音が響く。

 結果として、巨大なトラバサミ――形は違うが、罠としてはそうなのだろう多分――で体を動かせられなくされていたバカは、その上で、どこからともなく降ってきたコの字型の長い棒の、眼前まで延びた鋭い刃状の先端を見て身動きを止めた。

「…………」

 そして、私の手にはまだ開いていない手榴弾がひとつ、いつのまにか握られている。

 それを特に操作をするでもなく、私はバカの上に放り投げた。誤動作で爆発したら冥福を祈るばかりだが、そうはならなかったようだ。

 ……今現れたものも、私の夢能力とやらによるものなのだろうか?

 ナビくんに対して発現したらしい時にはどうとも思わなかったが、今回目の前で発現したものを見ると、割と物騒な能力のように思えてくる。

 とは言え、依然として使い方がわからないことには変わりない。

 考えても仕方のないことは考えないに限る。

 そう考えながら、視線をバカからスタッフとナビくんの方へ戻すと、どうやら言い争いは終わっていたらしい。視線がこちらを向いていた。

 やれやれと溜息を吐いた後で、ナビくんを見る。

「ほら、ナビくん。さっさと戻ってチケットを買うぞ」

 私の言葉を聞いて、スタッフの方が慌てた様子で言う。

「い、いえ、お客様。お客様が来訪者――ゲストであるということがよくわかりました。であれば、お客様とそちらのナビゲーターの方は、チケットを買う必要はありません」

「……いいのかな?」

「ゲストを騙る方もいらっしゃいますので、先ほどのような対応となってしまいました。申し訳ございません」

「随分と特権が多いみたいんだからね。そこは仕方ないのだろう。ちなみに他に利点はあるかい?」

 聞いてみると、スタッフは懐から二枚の紙片を取り出して、こちらに差し出した。そして言う。

「こちらをお持ちください。無制限で使用できるファストパスとなります。

 どうぞごゆるりとアトラクションをお楽しみください」

 私は差し出されたそれを受け取り、

「そうか。それはとてもありがたい。あと、色々迷惑をかけてすまなかった。楽しませてもらうことにするよ。――ほらいくよ、ナビくん」

 そう言って、ナビくんの腕を引いてその場を後にした。




 最早説明するまでもないことだが、この世界の建物は基本的に歪んでいる。機能自体は現実世界と違いはないのだが、どう建築したのか首を傾げたくなるような造詣になっていることもしばしばある。

 だが、それは遊園地を楽しまない理由にはならない!

 建築学上危ない形? それがどうした! 夢の国だぞ、しかも無制限ファストパス付きだ、楽しまなきゃ損だろう!

 とりあえず目に付いたアトラクションがあれば、それに乗る。乗る。乗る。

「も、もう無理ですよぅ、休みましょう佐藤さーん」

 アトラクション巡りの最中で、ナビくんがそう言うので仕方なく……折角だから少し歩いて、あのお店に行くとしよう。ついでに食事もとれば丁度いい。

 食事の際に開催されるショーを二人で楽しみ、買った料理に舌鼓を打って大満足した後は、再びアトラクション巡りだ。

 乗って乗って乗りまくって――気がつけばもう日も傾き、夜の時間となっていた。

「まずいぞナビくん、夜のパレードを見る場所が確保できてない!」

「そりゃこんな時間までひたすら乗りまくってればそうなりますよぉ!」

 まったくもってその通りなので反論ができない。

 まぁ、てきとーなところに立って眺めるとしよう。確か始まる時間は……うん、そこまで待たずに済む時間のはずだ。

 ナビくんとぽけーっと立っていると、アナウンスの後で喝采が沸いた。ここは最前列ではない。だから、喝采をあげることになるのは少し後になる。

 喝采があがる。煌びやかなイルミネーション、演者の華やかで堂々とした演技、それが次々とキャラを変え、姿を変え、私の目の前を通り抜ける。

 できれば下のほうも見れれば最高なのだが、人垣の高さと私の背ではどう足掻いても見ようが無い。

 まぁ上の部分が見れるだけでも十分だ。

 私とナビくんは、パレードが終わるまでの間、一言も口を聞かずにその場に立って、ずっとパレードの様子を眺めていた。






 ナイトパレードが終わった後の過ごし方としては、閉演時間までの間を残るアトラクションを回ることに費やすか、食事をするか、あるいはどこかに腰をすえてぼーっと過ごすかのいずれかだろう。

 私とナビくんは最後にある閉演時間までぼーっと過ごすことを選択した。

 適当な軽食を購入してから、てきとーなところに腰をすえて、ふにゃりと体が折れる。

 ――なんだ、すごく、眠い……?

「佐藤さん、佐藤さーん?」

 ナビくんの声を聞いてはっとする。

「ごめん、ナビくん。何か話していたかな。だとしたら、すまない、聞いていなかった」

 ナビくんの言葉にそう応えた後で、ぼふっと柔らかな感触が身体を包んだ。

「どうしたんだい、ナビくん」

「こうしたかっただけでーす。佐藤さんはイヤでしたか?」

「慣れたよ。気にしてない」

「そろそろ、佐藤さんもここからさようならですねぇ」

「……っ! あの眠気はそういうことなのか。こちらでの睡眠は、あちらでの覚醒になるんだね」

「そういうことです。……でも、こうしていれば、最後まで佐藤さんを感じていられます」

 ナビくんの言葉を聞いて、私は困ったような表情を浮かべて苦笑した。

「そこまでいくと普通引くよ」

「佐藤さんも引きます?」

「私はまぁ、ある程度親しければ別に気にはしないかな」

「えへへ」

 彼女の笑み声を聞いたところで、決定的な眠気が来た。体からぐったりと力が抜けて、頭の頂点が重くなる感じがやってくる。

 私に抱きついている彼女も、私の体の変化に気づいたのだろう。優しくこちらの体を抱きとめてくれた。

「そろそろお別れですねぇ」

「君はまったく役に立たないナビゲーターだった」

「なにおう!」

「でもよかったよ。君と過ごせた時間は楽しかった。ありがとう」

「……佐藤さんはずるいなぁ」

「眠気に引きずられる前に、これを渡しておくよ」

「……財布? なんでこんなものを」

「君といつかまた会うための布石さ。その財布は、ひとつだけのものだろう? だったら財布は絶対必要だから、きっと君を見つけられる」

 はっと息を呑む音が聞こえた。もうまともに目も開けていられないくらい、眠い。だけど、最後にこれだけは言っておかないと。

「財布の中身は使いすぎないでくれよ? 次遊ぶときに色々困るしさ。あとはまぁ、おつかれさま」

 言って、完全に意識が閉じた。





<5>

 飛び起きて一番最初に探したものは紙とペンだった。

 ああもう、どこにあるのか寝ぼけ頭だとわかりづらい! 鞄どこだ!

 いい夢を見た。それは、初めて何かに残したいと思える夢だった。

 それは夢の世界で、ある少女に出会う物語だ。

 派手なことは何も無い。

 ただ一緒に居て、ある期間を過ごしただけだ。

 だけど残しておきたかった。

 彼女の容姿は? 性格は? 言動は? 口癖は?

 私は何が何でも残したかった。

 私としては珍しく、母の朝食を要らないと断ったほどである。あとでおこぼれは頂いたけど。

 文章である必要はない。拙い絵でも、単文でも構わなかった。

 彼女をここに残したかった。

 珍しく早起きをして、登校前までの貴重な時間を全て費やして、私は一枚の紙に、私が書き残せる全てをそこに残した。

 満足の吐息を吐いて、その紙を大事にクリアファイルに入れて置く。これは誰かに見せるためのものじゃなくて、自分で確認するためのものだからだ。

「なあ、ナビくん。私はちゃんと覚えているよ」

 正確に覚えられているかは定かではない。

 けど、君が居て、共に過ごした事実は覚えているよ。

 だから。

「君も忘れてくれるなよ。……大事な財布を預けたのだからね」

 噛み殺すような苦笑を浮かべた後で、私は机の引き出しを閉じると、今日の登校準備を始めた。



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