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黒閾のダークブレイズ  Re.FIRE  作者: 星住宙希
第五章 
7/31

正邪の天秤

その武道場は名前だけで、外観も意味合いもほぼ闘技場と言った方が早かった。


コロッセオの様な造りの中央には円形の闘獣場が半分、残りのスペースに武道スペース様の台座ステージが二つ並んでいる。


予想通り、コロッセオの外にも中にも賭博スペースは満載だ。


「さてと……。確実に賭けを成功するには俺かカナンが出場するものに全額賭けるのが早いな」


ガルンはキョロキョロと出場手段を探す。


人集りが多くて、何が何処にあるか良く分からない。


視線はようやく、掲示板に貼られた応募表で止まった。


何枚も貼られた応募表には開催時刻が書かれている。


それを見てガルンは首を傾げた。


「少年部に出るのは辞めときな!」


背後からの声に、ガルンは身じろぎもしないで無視する。


近づいてくる気配はとっくに気がついていたが、相手をする気が微塵も無い。


「……? おい、お前! 耳が聞こえないのか?」


肩にかけられた手を感じてガルンは軽く舌打ちした。


仕方なく振り向く。


眼の前には銀髪を逆立てた、武道家然とした風体の少年が立っていた。


年はガルンより少し上に見える。


問題なのは、この少年がこの町に数少なく存在したチャクラ開放者の一人だと言う事だ。


(全く……面倒臭せーな)


プラーナを垂れ流しにしている一人。


この武道場に来た時から感じたチャクラ開放者は 二人。


どちらも、やはり戦闘屋のようで武道場付近に居たのは感じていた事だった。




銀髪から覗く凛々と輝くような朱い瞳。


精悍な顔には自信が満ち溢れている。


精霊の眼から見ても、存在感は飛び抜けていた。


しかし……ガルンには脅威とは映つらなかった。


(……こいつ。確実にカナンより弱いな)


ガルンはフとそう感じたが、グラハトに言わせればガルンもカナンもどっこいの実力と言うだろう。

実際、霊妙法が使えないガルンより、初歩でも霊妙法が使えるカナンの方が攻撃力は遥かに高い。


「少年部の武道会には六大会連続優勝のこの俺、

カムイ・タカツバサがいるんだ。ご大層な剣ぶら下げているが、怪我したくなかったら諦めるんだな」


ニカッと笑いながら、自身を親指で指す。


ガルン的にはテンションが高い人間は苦手な部類である。


極力お近づきにはなりたくない手合いだ。


溜息を吐くとはっきりと宣言する。


「出ないよ」


疲れたような瞳には嘘は感じられない。


「そいつは賢い選択だぜ!」


カムイは満足気に頷いていたが、


「こんなレート低いのに誰が出るかよ」


と言う、ガルンの呟きを目敏く聞いていた。


「はっ? 何だ? お前、成年部の試合に出る気か?」


食ってかかるカムイを欝陶しいと感じながらも、仕方なく親切に答える。


「そっちもレートが低い。俺はこっちに出るよ」


指でトントンと貼られた一番でかい募集表を叩いた。




「お前、本気か?! 闘獣部に出る気か! あれは魔獣と戦うショー見たいなもんだぞ?! 一流の武芸者じゃ無ければ死ぬだけだ!」


カムイの顔が軽く強張る。


自信満々な雰囲気は消えていた。


「これが一番儲かる。レートも何も関係ない。出れば百万って、一発で目標達成じゃないか。能力フリーが特に良い」


ガルンはうんうんと頷きながら、開催時間を調べる。


その様子をカムイは唖然と見送っていたが、我に返ったように話し出す。


「待てよ! あれは危険だ。相手がランダム過ぎる。捕まえた魔獣以外にも、高位の召喚師が呼んだ魔物の時もあったんだ! そもそも、その賞金は生きて帰ったら出る報償金の意味が強い。あれは魔物に食い殺される、人間を愉しむのが醍醐味のショーだ。ショーだよショー」


「……お前だって出れば勝てるだろ? そうとう強いはずだ」


「!」


ガルンの言葉にカムイは眼を見開いた。


淡々と喋ってはいるが、ガルンの言葉に嘘は無い。


確信で物事を語っているようにカムイには感じた。


「勝率は7割かな。コカトリスやバジリスク見たいな奴が出て来たらヤバイ」


「……それは確かに厄介だな」


ガルンは昔、集落に来た吟遊詩人が話してくれた魔物の話を思い出した。






どちらの魔物も石化の能力を持つ。


遮蔽物の無い闘獣場では逃げ場が無い。


(石化ブレスなんかは流石にヤバイな……。と言うか観客は平気なのか?)


カムイの心配を余所に、ガルンは別の心配に思いを馳せていた。


「まあ……最悪、ダークブレイズ使えば平気か」


ガルンは勝手に納得すると受付に歩き出した。


ぎょっとしてカムイが肩を掴む。


「なんだよ? まだ、何か用があるのか?」


ガルンは不機嫌に手を払う。


見ず知らずの人間が、ここまで絡んでくるのは流石に不自然だ。


カムイは肩を落として、ゆっくりと頭を振った。


「悪い……ぶっちゃけ、死んだ友人にお前が似てるんだ」


手で恥ずしそうに顔を隠している。


ガルンは逆に白けた表情になった。


ガルンはカムイの肩をポンポン叩くと、


「あんたが、ただの馬鹿じゃないと分かってよかったよ」


と言って、手をひらひら振りながら歩き出した。


ガルンの集落には同年齢の子供がいなかったので、何となくだが嬉しそうではある。


「二時間後の試合なら間に合うかな?」


受付カウンターの横にあるテーブルに、手続き用紙があるのを見つけるとガルンはおもむろに記載しだした。


その途中でようやく何かに気がついた。


「アレ? カナンの奴どこ行った」



闘獣場は見た目は闘牛場の様な質素なモノだった。


開けっ広げなスペースなだけで何も無い。


周りの観客席の境に、天まで届きそうな柱が等間隔で並んでるのだけが違和感がある。


闘獣場の真ん中でガルンはその柱に刻まれている魔術文字を見つめる。


「あれで結界を張っているのか?」


戦闘の余波による被害は、あの石柱で抑えられると判断する。


これならば、いざという時にダークブレイズを使っても被害は出ない


「後は鬼が出るか蛇が出るか」


ガルンは開かれつつある左の扉を見た。


闘獣部とやらへのエントリーは思いのほかすんなり受け入れられた。


危険性の問題か、エントリーする人間自体少なかったのである。


ただ賭け対象の為か、事前に戦わせられるモンスターの情報が開示されない。


出てくるまでは謎なのだ。


(ショー的要素が強いって事は相手は運次第か…)


開かれつつある扉に注意を向ける。


ガチャと言う音と共に、今度は右の扉も開き出した。


「!!……一度に二体か?」


賭博表オッズの妙な書き方を思い出した。


試合に寄ってオッズが違うのは当然だが、投票欄には何種類もの選択欄があった。


勝者 魔獣3

勝者 魔獣2

勝者 魔獣1

引き分け

勝者 人間3

勝者 人間2

勝者 人間1

この七種類だった。



何故七種類もあるのかが、ガルンには謎だったが深くは考えないで流した事柄だった。


(あれは、相手の数を当てるクジだったのか?)


軽い疑問が浮かぶが今更どうにも出来ない。


開け放たれた左の扉からは、先程見知った人間が出て来た。


「はあ?!」


珍しくガルンが素っ頓狂な声をあげる。


「よっ!」


と、手を上げながら出て来たのはカムイであった。


右からは軽く鎧で武装した、不精髭の男が出て来る。


「……?相手は人間?」


訝しがるガルンを見てカムイは眉を寄せた。


「お前……説明書き読んでないな?」


「読んでない……」


些細な条件など知る必要が無いと割り切っていたのは事実だ。


「賭は生き残る“数”を当てるのが醍醐味だ。逆に出場する数も予測しなければならない」


「……?」


「要するに人間が勝つ予想をしたとしても、人間1に賭けた場合、登場人数が二人以上、生き残りが二人以上ならハズレになるんだよ!」


「ややこしいな……」


ガルンはどうでもいいと匙を投げた。


最終的に戦う相手はモンスターと言う事は変わらない事のようである。


『お待たせしました!只今より第141回闘獣戦を開催します!』




反響魔法なのか、アナウンスのような声が会場全体に響き渡る。

それと共に観客の喝采の声が上がる。


「うるせえ…な」


騒音に眉を吊り上げながら、会場にカナンの姿がないか探す。しかし、少女の姿は見当たらない。


(……?しっかり賭けているのかカナン?)


ガルンの疑問は新たなアナウンスの音声で掻き消えた。


『エントリーNo.1、傭兵旅団ジャラグラグの分団長ザド・ガラット!戦闘経験はNo.1。いかにしてその実力を発揮するか見物です』


歓声と共に不精髭が腕を上げる。

背中のバトルアックスがやたらとデカイ。


『続いてエントリーNo.2。少年剣士ガルン・ヴァーミリオン!今回初出場。その実力は未知数。ダークホースになるか』


「……少年剣士ねぇ」


何を期待してかは謎だが、会場の声援は上がる。


『そして!少年部門の期待のホープ、カムイ・タカツバサ!闘獣場には二回目の出場!少年部門の実力はここでも健在か!』


一際高くなる歓声に、カムイは両手を広げて挨拶する。

武装はしていない所から、無手と判断出来る。


チャクラが啓いているからには武道家の可能性は高い。


基本的にチャクラは心身を鍛えるタイプしか開眼しない。


魔術師などは相性的に身につかないからだ。



(落ち着こう。先に索敵して回りの状況を把握して置くのは戦略の基本だった)


回りの気配を気にしていなかった自分に反省する。


ゆっくり深呼吸して回りの気配にガルンは感覚を延ばした。

前方にデカイ気配を感じる。

相手は一体のようだ。


精霊の眼に切り替えて感じると……。


ガルンは硬直した。


「なっ?!何だ……?」


あまりにも清浄な気配。

クフルに近い、雄々しく純粋な碧色の炎。


それが、困惑に震えている。


(なんで?!こんな存在が?)


愕然とするガルンを置いておいてアナウンスが流れる。


『対するは、生きていた水源古代種、アクア・ペンタグラム!』


歓声と共に正面の大扉が開く。


そこから、追い出されるようにノシノシと巨大な亀が現れた。


背中の甲羅は観客から見れば五芒星を形作っている事に気が付くだろう。


ずんぐりした形は大量のの鉄甲で固めたアルマジロのイメージに近い。皮膚は光沢を帯びており碧色の鋼鉄に覆われているようだ。

額に光る、赤いガーネットが嵌め込まれている。


しかし、ガルンにはその姿が酷く脅えて怖がっている様に見えた。


(何故だ?!この感じる気配……これは多分、温和な高位種の存在感だ)



明らかに敵の気配ではない。

クフルに助けられた為か、体に流れる星狼の血が叫ぶのかは分からない。

だが、本能がアレは戦う必要がないと告げている。


止まっているガルンとは違い、不精髭の男は背中のバトルアックスを抜く。

カムイも戦闘体制ち整える。


ガルンだけがぶざまに突っ立っているだけだ。


(戦う?!何故……。アレに敵意は無い。何の為に)


思考が錯乱する。

敵意の、悪意のある人間には躊躇は無い。

姉を殺した連中と同罪だとガルンは考えている。

即ち、“悪性”は滅殺あるのみである。


しかし、目の前の存在はそれには当て嵌まらない。


「避けろガルン!」


カムイの叫び声で我に帰った。


右方向から来る気配に、本能が警笛を上げる。


捻った上半身、頭の上をギリギリ戦斧が通り過ぎた。


「?!」


咄嗟に後方にジャンプして距離をとる。


攻撃してきたのは……共闘するはずの不精髭の男だった。


放送ではザド・ガラットと呼ばれた男だ。


伝わってくる悪意が、ガルンの目付きを変える。


「何のつもりだ……」


ガルンの問いかけにザドは邪悪な笑みを浮かべた。



「お前ルールを知らないのか?このゲームは一人一エントリーに付き100万支払われる。ただし、生きて帰れたらだ。死んだ場合、生き残った人間に“浮いたエントリー料”が支払われる」


ニヤッと笑う。


ガルンはあからさまに怒りの視線を向ける。


「何のツモりだ。目の前のモンスターを倒すのに人数は利点だろ?アレに勝てると確信しているのか」


ザドはガハハッと笑い出した。


「あのドンガメを俺は知ってんだよ!今じゃ絶滅危惧種の一つだ。非交戦的だが防御力は半端じゃない。アダマンタイト並の硬度とあらゆる術式を反射させる鏡面外殻。罠でも無ければ数人で倒せるものじゃね~んだよ」


「……?なら尚更、仲間割れの意味が分かんないよ」


ガルンは不機嫌そうに唾を吐き捨てる。


だが、その疑問に答えたのはカムイだった。


「分かったぞ……あいつは引き分け狙いだ。ここのルールでは半刻の間に勝負が即かないと引き分けになる」


ガルンはちらりとカムイを見てから、ダークブレイズに手をかける。


「引き分け?勝たなくていいのか?」


「さっきルールを聞いたろ?生き残ればエントリー料は支払われると」


「……人間だけ殺して、タイムアップ狙い?そんな事はここでは許されるのか?」


「言っただろう?こっちはショー的要素が強いって」



それを聞いてガルンは顔を押さえた。


肩が微妙に震えている。


「今更怖じけづいたか坊主?まあ、報償金を全て渡すなら見逃してやるぜ」


ザドはニヤつきながら、そう言っていたが、その表情は一瞬で凍り付いた。


ガルンは笑っていた。

声もなく。


心底憎い仇を見つけた如く。

背中の魔剣をゆったりと解き放つ。


こいつは敵だ。


金の為に人を殺すクズ。


姉を殺した連中と同じ悪性。


この心の底に燻る黒い気持ちを解き放つ免罪符。


モンスターを殺すより、遥かに清々しい。


「いいさ。なら、あんたの報償金は俺が貰ってやる」


放たれる鬼気にザドはおじ気ついた。


数々の戦場を渡り抜いて来た感が今頃騒ぐ。


こいつは危険だと。


頭を振って前に出る。

相手は子供だ。

侮らなければ負ける筈が無い。

ザドは既に“見た目に惑わされている”が本人には自覚が無い。


ガルンの抜いた黒い剣は長すぎる。

自身の身長より長いように見える。


内側に入ればそれでおしまいだとザドは考えた。


ちゃちな剣をへし折り、砕いて来た複合合金製の斧にも自信がある。


一撃で剣ごと頭を砕いてやると決めると、ザドはガルンに飛び掛かった。



金属がカチ合う鈍い音が会場に響き渡る。


会場からどよめきが起こった。


「なっ?!」


驚愕の声を上げたのはカムイだった


ガルンはものの見事に戦斧を受け止めていた。

それも片手持ちの剣で。


「馬鹿な?……」


渾身の一撃は全く通じず、それどころから一ミリも少年を動かす事も出来ない事に度肝を抜かれる。


まるで足に根が生えたか、数トンもの強大な岩を相手にしているかのようだ。


「死ね」


ガルンはそのまま剣を横に振り抜いた。


カチあった斧を両断しつつ、ザドは武道場の端の壁まで吹き飛んだ。


まるで紙相撲のコマを息で吹き飛ばすような手軽さである。


気を失ったのか、絶命したのか、ザドは壁に埋もれたままピクリとも動かなくなった。


しかし、ガルンはとどめを刺すためか、ゆっくりとザド目掛けて歩きだす。


「待てよ!」


そう言うとカムイがガルンの腕を掴んだ。


理解できないと言わんばかりに掴んだ腕を凝視する。


「……何を待つんだ?」


ガルンは至って冷ややかに返答する。


氷山の様な重くるしい瞳にカムイは生唾を飲み込んだ。


前方のモンスターよりも、この黒髪黒眼の少年の方にプレッシャーを感じる。




根本的な、根源的な何かがこの少年はおかしい。


「……あいつが生きていようと死んでいようと、ケリはついている。無駄な事はするな……」


「無駄なこと……無駄?」


ガルンは言葉を反芻すると立ち止まった。

壁に埋もれた男を一瞥する。微かに手足が痙攣している事から、まだ息はあるようだ。


「俺達が戦う相手はあれだろ?」


カムイは親指で巨大な亀を指す。

亀のモンスターは身じろぎもせずに立ち尽くしているままだ。


ガルンは即答で、


「あれは敵じゃ無い」


と真顔で言った。

何の迷いも無い澄んだ瞳にカムイは戸惑いを覚える。


先程の氷眼とはまるで別人だ。


まるで天使と悪魔を内包した人間のようだ。


「ここにはモンスターと戦う為にいる。違うか?」


「違う。あくまで金儲けだ。特にアレは駄目だ。アレは自然と共生する気高き存在だ。ここにいる事自体が間違っている」


カムイの言葉を一蹴、いや、完全に拒否する。


ガルンは完全にアクア・ペンタグラムを戦うべき敵として認識していない。


「……分かった。アレは俺一人でやる。お前は離れて見ていろ」


ここは武道場だ。

戦う為にいる。

客もいるうえ、自分の立場もある。




カムイは仕方なく、それが最良の判断だと思うことにした。


しかし、カムイの前に長剣が延びる。


「駄目だ。お前も戦うな。アレは元の住家に帰す」


ガルンがカムイの前に立ちはだかったのである。

まるでモンスターを庇うように。


「本気かよ?」


「本気だ」


カムイの言葉にガルンは即答。目に偽りは無い。

長剣の刃先にも微塵の揺らぎも感じない。

本気で一戦やらかす覚悟のようだ。


二人の視線が交差する。


ガルンは自身のチャクラを二つまで完全開放した。


カムイは侮りがたい敵だと既に気がついている。やるなら本気だと直感が囁く。


それはカムイも同様だったようで、長剣の間合いから無意識に飛びのく。


飛びのいてからカムイは苦笑した。


手に汗を握っている。


本気でやらなければ死ぬ相手だと本能が告げているようだ。


「分かった、分かった、降参だ。この試合自体降りよう。金はおしいけどな」


カムイは肩竦めると両手を上げた。


文字通りお手上げらしい。


カムイはガルンの予想通り拳闘士だった。


気を操る気法拳士。

内気功を練る気法使いはチャクラが一般人より開眼しやすい。




カムイが退いたのはたった一点の事だった。


無意識の後退。


これに尽きる。


カムイは拳士である。戦うとなれば、真骨頂は接近戦だ。


先程の距離は格闘技ならばミドルレンジだった。


長剣を持つガルンにも微妙な距離である。


ガルンにして見れば今のこの距離はベストポジションと言っていいはずだ。


本来、相手の間合いを潰して、勇気を持って敵の内側に侵入するのが拳士だ。


それが恐怖に負けて、無意識に後退してしまった。


実力が拮抗しているなら、覚悟と闘志、躊躇や恐怖などの感情が、闘いの勝敗を握る大事なファクターとなる可能性は高い。


そこで負けている。


ガルンの瞳には曇りは無い。


覚悟の違いなのか、姿勢の違いなのかは分からない


だが、カムイは戦う前からガルンに飲まれていたのである。


ガルンは何かが違う。


何かが秀でているのでは無く、何かが欠落した強さを感じたのだった。





武道場前の公園には厳つい男達が集まりつつあった。


見るからにガラの悪い者から、傭兵の様な者まで。中心の男三人組はガルンならば二度と忘れられない人間が揃っている。


「早く終われっつうーの試合」


顔に傷のある、左手の指が欠けた男が吠えた。


苛立たしげに足をカタカタ震わす。


「まあ~待とうぜダラック」


顔に百足の入れ墨をした男が葉巻煙草を取り出すと一服しだした。


「しかし……俺達に恨みがある人間は腐る程いるだろうが、ガキの剣士には身に覚えが無い」


腰に細身の剣をぶら下げた、細身の男は腕を組んだまま憮然とした態度を取っている。


「まあ、剣士ならギュレーが忘れるはずないんだがな?まあ、かなり高級そうなバスタードソードを持ってるらしいから、返り討ちプラス剣ゲットと足を運んだ意味はあると思うがな」


百足顔の男、ガダラが煙草を一気に吸い込み、少し顔をしかめた。


葉巻タバコはタバコの葉を筒状に巻いたものであり、たばこ加工技術が発展していないこの地域ではそれなりに高価な品だ。


しかし、葉巻タバコにはフィルターが無い。


タバコの葉を少し吸い込んだのだろう。


分かっているのにやってしまう、ガダラの癖の一つであった。




「え~い!まだか糞!今日は何故か指の傷痕が疼きやがる」


ダラックの苛立ちに拍車が掛かる。もうじき夕暮れ時なせいか、少しずつ冷気が足元にやってきているようだ。


「やっぱり、あの情報屋は裏で盗賊に情報をリークしてたんだね。関心しないな~」


場に馴染まない、間が抜けたような口調が広場に響いた。しかし、彼女を誰も見ない。

公園に遊びに来た一少女と流されたのである。


「あっ!酷い!私を無視するのはヤメテ欲しいかな!かな?」


癇癪を起こす少女にようやく回りにいたゴロツキの一人が目をつけた。


「なんだ嬢ちゃん?その歳で客でもとってんのか?」


マジマジと巫女服の少女を舐め回すように見る。

胸で目が止まり。

濁った笑みを浮かべた。


「その胸じゃ、客はとれねぇーな」


と言ってガハハハっと笑って……悶絶した。


崩れ落ちる男を見て、回りの男達がざわめく。


鳩尾にキツイ一撃を入れた少女の手がプルプル震えている。


「私はまだ成長期……そう、成長期なんだな。うん。でも、私的に乙女を馬鹿にする人は個人的に

撲殺オッケー」


ニコリと笑うが、手がプルプルと震えている。

ちなみに恐怖とかでは無く、明らかに怒りの方である。


「何だこの小娘は?」


騒ぎに気付いたのかダラック達が少女の前に出て来た。





出て来た男達を少女は――カナンはマジマジと見た。


父から又聞きしたガルンの復讐すべき相手の風貌によく似ている。


一人ならともかく三人そろえば、ほぼ間違いはないだろう。


「何のツモりだてめぇ?どぎつい趣味のペドにでも売るぞゴォラ?」


ダラックの恫喝をカナンは意に介した風もなく、涼し気に聞き流しながら、回りを値踏みするように見渡した。


ゴロツキのような恰好の者が四人。メイルアーマー等で武装した傭兵らしき人間が三人。奥にローブを纏った魔術師らしき人物が一人。そして、目の前にメインデッシが三人。

下に延びている人間が一人。


勿論、チャクラ開放者はゼロ。

プラーナの流れを見ても気を使う能力者もいない。


(問題は数かな……)


う~んとカナンは唸った。最悪のケースを考えて立ち振る舞うのは、グラハトにみっちり教えられた事柄の一つだ。


カナンが心配しているのは“手加減出来ずに殺してしまう”事一点である。


闇側の戦士だった父親の娘とは思えない博愛振りだ。


それが、カナンの油断に繋がるのだが、楽天的で前向きな彼女にはそんな事は全く気にしていなかった。





「貴方達に言う事は一つ!盗賊を辞めて、この島を去って、真っ当に生きてください!以上です!」


エッヘンと胸を張るカナンを盗賊達は静かに見守っていたが、少し経ってから全員笑い出した。


心底受けたのかガダラは腹を抱えて涙目になっている。


「ナイスジョークだ、嬢ちゃん!お前が情報屋が言っていたガキの連れだな?ベタな手だが人質にでもなってくれよ?」


「嫌ですよ。何の人質ですか?」


「何のってお前の連れ用に決まってんだろ?」


横からゴロツキが手を出す。その手を払うのではなく、カナンは握りにいった。


まるで握手を求めるファンの相手をする有名人の用に。


掴んだのは相手の小指だけだが。


「?!」


小指に掛かる負荷に寄る痛みと綺麗な足払い。

まるで男は自分からとびこむように地面に前方宙宙返りして倒れた。

背中を痛打してのたうちまわる。


「何を言っているか分からないかな!私は警告したよ。ガルンが来たら、貴方達皆殺しに遭うよ。そうなる前に逃げようよ!」


心底心配してるのか、真剣な眼差しには純粋な光りが見える。


ギュレーが不愉快そうに目を細めた。


この少女は本気で自分達を心配しているのだ。狩られる対象として。





「本気で俺達を心配しているツモりか?笑わせるぜ」


ダラックは唾を吐き捨てると、腰に吊してあったシャムシールを抜く。


「半分は本気だよ。残り半分はガルンに人殺しをさせたくないから。命のやり取りは精神を蝕んでいくって親父が言ってた。私もそう思う!それに殺していい命なんて本来無い」


カナンは本気で訴えたが、逆にダラックの機嫌を逆なでしただけだった。


「ピーピー騒ぐなガキ?うるせえ~んだよ。てめぇーは俺のオカンか?ちょっと舌引っこ抜いてやるぜ!」


ダラックの怒号に、他の盗賊が答える。


皆、各々の武器をスラリと抜き放った。


(馬鹿な人達だな~もう)


カナンは悲しげな瞳で愚かな大人達を眺めた。


身の危険を考えれば、ここがボーダーライン。


これ以上の説得は武力を必要とする。


ガルンが来る前に、“のして片付ける”には時間が掛かる。


グラハトは『敵討ちを見守ってこい』だったが、カナンの希望は『相手が見つからずに仕方なく帰る』である。


ここでこいつらを再起不能にして警邏隊に引き渡すか、怪我をさせてアジトに引きこもるか、島から逃走が望ましい。


「骨の二三本は覚悟してください」


そう言うとカナンはチャクラを一つ完全転回した。





カナンの目付きの豹変にギュレーだけが気がついた。


「舐めるな!全員、本気でかかれ!」


その叫び声が合図だったかの様に、カナンの小さい体が揺らぐ。


爆発的な瞬発力で左側にいる傭兵たちの前にカナンは現れた。


残像が目に焼き付くようなスピードである。


『縮地』、『天脚』、『加経』、『瞬動功』、『神移』など、名のある高速移動法は数々あるが、チャクラで全身のエーテル体を強化しただけの身体加速法に名は無い。


しかし、技法として確立した移動技能に何等引けを取らないスピードだ。


これ一つでも本来武器として戦っていけるレベルである。


完全な棒立ちの男の右脇側の胸部に拳を叩きつける。


チェインメイル越しでも、チャクラ強化の打撃はハンマーに等しい威力を持つ。


鈍い音と共に肋骨が砕ける妙な音が付属する。


横の衝撃に弱い肋骨では仕方が無い。


唖然とする横の男の顎を掌底でかち上げると、カナンの姿は再び消えた。


何人かが気がついたのは、鳩尾に深々と一撃を喰らって吹き飛ぶローブ姿を見た後だった。


「ふー」


と、軽く息吹を吐くとカナンは何事もなかったかのように、魔術師を吹き飛ばした正拳突きの構えを解いた。





愕然とする盗賊達の顔色は土気色だ。


顎を強打された男も脳震盪で地面にはいつくばっている。


カナンが動いたのは僅か10秒足らず。


武装した屈強な男二人と、隠し玉の筈の魔術師は一瞬で駆逐されたのである。


「えーと、さっきの私のプランを覚えてるかな?覚えるよね?」


カナンは、はにかんで可愛いらしく努めて言ったつもりだったが、何人かの盗賊には悪鬼の形相に感じられた。


オーガか、ラインカンスロープ(獣人種)と戦っているような、圧倒的な身体能力の差を感じさせる恐怖。


目の前の小柄な少女の体型では有り得ない、スピードとパワーは軽い反則に感じるだろう。


だが、顔色を変えない人間が三人いた。


ダラックとガダラ、そしてギュレーである。


「何だ~あのガキ?どっかに肉体強化の魔法かけてる魔術師が隠れているのか?」


ガダラは手にした短刀の平部分を、ぺちぺち手の平で叩きながら回りを探る。





「そんな気配はないな。あれは気法戦士に近いが……。武道家ではない」


「拳闘じゃない?めちゃくちゃスゲーぞ、あの嬢ちゃん。素手でアレだけやり合えるのはそうはいない」


ギュレーの指摘にガダラは異議を唱えた。


「いや、あの体捌きは拳闘士では無い。踏み込みも間合いも甘い。始めの合気の動きも本物ならば足払いは必要としないはずだ。あの動きは剣士のそれだ」


「……?意味が分からんな。剣士なら何故剣を使わない?」


ガダラの疑問も最もだ。

剣士が剣を使わないのでは宝の持ち腐れだ。


実際カナンは帯刀はしていた。

巫女服の中に懐刀を忍ばせている。


だが、短刀では滅陽神の剣は真価を発揮できない。

不自然と言えば不自然である。


「そんなもんはどうでもいい~。取り敢えず、あの小娘、砂にするぞ」


ダラックは首をゴキゴキ鳴らすと懐から筆箱程の箱を取り出した。


外箱を投げ捨てると、手には注射器が残った。


その注射器を何の躊躇いもなく自分の首の頸動脈に打ち込む。


「ああAAa~!!!」


身体が小刻みに震え、地面に着くほど体を後に反り返した。


獣の様な雄叫びが後に続く。


「うわっ、本気だよ、このオッサン。まあ、本気ださないとヤバイか」


ガダラは自嘲するように顔を歪めて苦笑した。





注射器を地面にたたき付けると、ダラックは肩をゴキゴキ鳴らしながら反りを戻した。

口から軽くヨダレを垂れ流しているが、本人は気にした風も無い。


体表の血管が青く浮き出る。

顔はかなり高揚しているのか赤みを帯び始めた。


「あ~。いてぇ~な。いてぇ~だろうな?だが、まあ、極上の痛みをくれてやるぜ?」


表情と口のよだれが、明らかに何かしらの薬でドーピングした症状だと分かる。


体の小刻みな震えが気色悪いを越えて、異常な恐怖感を与える。


カナンは気を引き締めた。

明らかにあの三人だけは異色だ。


他の盗賊は明らかに戦意を喪失している。かなり逃げ腰に見えるのは当然の反応だろう。


しかし、彼らだけは逆にテンションが上がっているようだ。


(アレ? 読み違えたかな? 間違えたかな? 見た感じ三人共、中の下ぐらいの実力かと思ったのに……?)


カナンは一瞬相手の実力を見誤ったのかと体を強張らせた。


その隙をギュレーは見のがさなかった。


「いくぞ小娘……」


刀を腰溜めに前進する。


カナンは一瞬驚いたが、直ぐに冷静さを取り戻して迎撃の構えを取った。


八双の構えからの唐竹割り。


スピード、パワー、常人には避けがたい一振りだ。





だが、カナンはそれを上回る速度で左側にサイドステップでサラリと躱す。

そのままの勢いを殺さず、着いた足を軸に回し蹴りをギュレーの頭部に放った。


スピード的にはまるでカウンターで蹴りを入れたような感覚だ。

電光石火の一撃。


ギュレーの頭を刈り飛ばす。


相手は首をへし折るか、そのまま吹き飛ぶかの二択――の筈だった。


だが、カナンの蹴りは空を切った。


「えっ?!」


完全に決まる筈のタイミング。


それを避けられた事でカナンはバランスを崩した。


蹴りは明らかに頭部を捉えていた。


ギュレーは降ろした剣を燕返しのように跳ね上げる。


回し蹴りの為、重心が浮いてしまっている。カナンにはこの体制からでは避けようがない。


放った足は確実に切断されるなーとカナンは冷静に判断した。


しかし、跳ね上がった剣はカナンに届く前に黒い剣に受け止められていた。


「!?」


一瞬で現れた黒づくめの少年に、その場の全員が目を見張った。


余りにも長く見えるバスタードソード。


魔剣ダークブレイズ。


カナンは咄嗟に状況を把握した。体制を立て直して、剣と剣をかい潜って足払いを放つ。


ギュレーは泡を食って後方に飛びのいた。



「何者だ貴様?!どっから沸いて出た」


ギュレーは舌打ちすると刀を構え直した。


後の二人どころか、回りの盗賊たちも棒立ちだ。


「全く接近に気付かなかったぜ。あのガキ……。少なくとも視界範囲外から走り込んで来やがったな」


ガダラがたいして驚いていない感じで口笛を吹いた。


ゆっくりと乱入した少年は剣を構え直す。


「何勝手やってんだカナン……」


ボソリと呟く声は何故か震えていた。


驚いてカナンは少年を見つめる。


少年は歓喜に震えていた。

口の端が大きく吊り上がっている。


「なっ!なんで此処が分かったの?!」


驚きを隠せないカナンを一切見ずに少年は答えた。


「チャクラを完全開放したら、この街の端でも気がつくさ」


少年――ガルンは目の前の仇を見つめたままニッと笑った。


まるで奇跡を垣間見た信者の様に。


まるで宝を発見したトレジャーハンターのように。


まるで、新しい玩具を貰った無垢な子供のように。


ガルンはあっさりと憎むべき怨敵を発見したのだ。


カナンは直感で分かった。

もうガルンを止めるのは不可能だと。


ガルンの開放可能な四つのチャクラは既に完全臨界に達していた。




「上手くすれば下っ端が釣れると思ったが……まさか本命が釣れるとはなあああ!」


歓喜の雄叫びを上げる。


目の前の少年の鬼気に、一名を除いて全員が凍り付いた。


まるで悪魔に取り付かれたような形相である。


何日間も断食中だった肉食獣に狙われたような本能的な恐怖。


しかし、その威圧感を唯一どこ吹く風な男がいた。

ダラックである。


「あ~?こいつか、俺を探しているって言う糞餓鬼は?」


と言って顎をしゃくった。こちらは端から狂犬のような形相だ。


「俺を覚えているか、カス野郎」


ガルンの瞳に殺意の炎が燈る。

カナンは息を飲んだ。

溢れ出す膨大なプラーナは太陽の様に膨れ上がっている。


これでは一気にガス欠するか。故障するかのどちらかだ。


「ガルン!落ち着いて!ガルン?!」


カナンの声はすでにガルンの耳に届いていない。精神集中が極限過ぎて視野が極端に狭くなっていく。


「……?テメェ見たいな餓鬼は掃いて捨てる程いるんだ。知るかボケ」


ダラックの言葉にガルンは不敵な笑みを浮かべた。


「俺が落とした指は直せなかったようだな?」


酷く邪悪な笑いが顔に張り付いた。


ダラックの顔の色が一瞬で変わる。





「あの時のガキか!よくも指落としやがって、テメェの指全て切断してやんよ!」


鬼の形相に変化する。


「姉さんの仇……とらせてもらうぞ!」


ガルンは一言吠えると、有無も言わさず前進した。


ダラックも手に奇怪な武器を取り出すと走り出す。

ソードブレイカーと呼ばれる刀剣破砕専用の武器だ。


腕に被せる様にはめる特殊な形状で、刀身はたいして長くは無い。だが、所どころに剣を引っ掛ける溝が付いていおり、剣を引っ掛けて、平部分から折るように使うのがこの武器の特長だ。


双剣使いがサブで使うのも珍しいが、単身で使う人間はほとんどいない。


何故なら殺傷用ではなく武器破壊用だからである。

戦場で相手の武器のみ狙うには、かなりの技量がいるからだ。


先に剣を振るったのはダラックだった。


横なぎに剣を振るう。

しかし、チャクラ全開のガルンの身体能力は圧倒的に高い。


“見て”から、しゃがんで剣閃を躱とダークブレイズを深々と胴体に突き刺した。


「てっ?!テンメエ~」


余りに瞬間芸だった。

一合も必要とせず突き一本で勝敗は決した。


吐血するダラックを煩わしく、足で蹴り飛ばして剣を抜く。


「まずは一人目だ」





ガルンは次にガダラを睨み付けて剣を構える。


ガダラは肩を竦めると口笛を吹いた。


「やる~!こりゃ、まともにやったら勝てねえな、やばいやばい」


「今更命ごいか?ならば、あの時、声も出せなかった姉さんの傷みを知ってもらう!」


ガルンはズイっと歩を進める。


「先走るなって、まともにって言ったろ?まともにやったらって」


「?」


ガダラの妙な自信に違和感を感じる。


次の瞬間、ガルンは胴体――右肋骨最下段に焼けるような傷みを覚えた。


「なっ?!」


背中まで何かが貫通した傷み。


傷みと吐き気で思考が混濁する。よろめく足を何とか踏ん張るが片膝をついてしまった。


「何だ……これは?」


肺が潰れた為に呼吸がままならない。

込み上げてくる嘔吐感は血だ。


「いっでえ~!!激昂いてぇんぜゴォラ!!」


叫び声と共に背後で人がが立ち上がる気配がする。


愕然と振り向いた先には……止め留めなく胸から流れる血を気にしないダラックであった。


「なっ…にぃ…?!」


ガルンの驚きはもっともだ。


貫通した右胸は致命傷の筈だ。


右肋骨最下段から、背中にえぐる様に突き立てた感覚は手に残っている。




そこでハタとガルンは気がついた。

この痛みの位置は、ダラックに付けた傷の位置と全く同じだと言う事に。


「あ~?どうだ、イテェ~だろ?マジ、いてぇ。死ぬぜこの野郎。テメェも同じだけ苦しめヒヒヒ」


吐血しながら喋る姿は異常者全開だ。


「……そう…か……お前は。パティキュラー・マスター(特殊能力者)か」


苦痛に歪むガルンを見てダラックはせせら笑う。


「そう言うこった。俺様の能力はペイン・ミラー『痛覚共有』だ」


パティキュラー・マスター。


特殊能力者と呼ばれる者達は、この世界ではかなりレアな存在とされているが、数は決して少ない方では無い。


魔法がこの世界ではポピュラーな力だが、数多の特殊技能、能力はこの大地の至る所に転がっている。


その中でも、呪文、祝詞、呪印など発動準備が必要な術法と異なり、一瞬で能力を発動できる、超能力や特殊能力は能力クラスが低からろうが重宝される存在であった。


ガルンは凄まじい痛みに歯を食いしばりながら傷痕を触る。


いや、正確には傷痕などはない。


当然と言えば、当然だ。

この痛みはあくまでダラックの痛みであってガルンのモノではないのだから。





「この能力は使い勝手悪すぎでよ~。受けた痛みを相手に全て移行するのはいいが、地味でいけねぇ!それに、相手に痛覚をやってる間は痛みがほぼ感じなくなるから間違えるとポックリ逝っちまいそうになる」


ヒヒヒと笑うと口元の血を拭う。


能力的にはそれほど驚異では無い。驚異では無いが……。


痛みを感じ続ける苦痛は、大病や大怪我をおった事のある人間にしか理解出来ない精神苦痛である。


肋骨を砕かれ、肺を潰され、肺に血が入り呼吸不全に陥った状態だと脳は認識している。


無意識にチャクラの一つは、偽の怪我の保全維持に回されてコントロールが出来ない。


死ぬ一歩前の状態で人間はどれたげ普通に動けるのか?


勝手に分泌しはじめる脳内麻薬も集中力を落とす。


ダラックは注射器で打った謎の薬物の効果かピンピンしている。傷の血も凝固して固まっているが、痛みを和らげる手合いの物は入っていないようだ。


「舐めるな!これはあくまで錯覚だ……」


ガルンは立ち上がると剣を握り直した。


体は万全なのに、顔色は蒼白である。


「一対一と行きたいが、そうも言っておれんのでな」


ギュレーは刀を地面に走らせながら、低空姿勢で回り込む。





ガルンは高速戦闘は無理だと判断して相手を迎え撃つ為に腰を落とす。


ギュレーの刀より、ダークブレイズの方がリーチは長い。


ガルンは鈍い集中力ながらも、絶妙なタイミングで剣を居合の要領で振り抜いた。


ギュレーの剣が届かない距離を最短最速で剣が走る。


頭部を撫斬りにしてから、ガルンは手応えの無さに驚嘆した。


頭部は切れていない。

いや、ガルンの剣はギュレーの頭に“始めから届いていなかった”のである。


空振りしたガルンにギュレーの凶刃が閃く。


「せい、やあ!!」


しかし、ガルンに剣が突き刺さる前に、横合いから裂帛の気合いが放たれた。


カナンの中段蹴りは“ガルン”の肩にヒットして、少年を弾き飛ばした。


数瞬前までガルンがいた場所を刀が通り抜ける。


「あっぶな!大丈夫かな、平気かな~!」


カナンはガルンを庇うようにギュレーの間に割り込む。


「……何すんだ、カナン」


ガルンは青筋を立ながら、カナンを半眼で睨み付ける。


「ゴっメ~ン!あれしか避ける方法が思い付かなかった」


両手で拝む余裕はあるらしい。


「でも、あいつ、おかしいよ。当たっている筈なのに当たっていない……」


カナンの微妙な言い回しにガルンも頷く。


「……あいつも能力者だろう。何か視覚を惑わす能力だ」





ガルンはふらつく体を抑制するために、チャクラの一つをバランス維持に回す。


間髪入れずに迫るギュレーに気付いてガルンは舌打ちした。


真横に薙ぐ一撃を魔剣を立たせて受け止める。


「?!」


受け止めた筈の刀身はダークブレイズを擦り抜けた。


右肩に入る鋼鉄の感触が病んだ精神に火花の様に明滅する。


「ぐっ?!」


ガルンは即座に防御を捨て攻撃に切り替えた。


チャクラ全開の荒ぶる暴風のような剣撃。


かすっただけでも相手の体の一部をこそげ落とす。


しかし、ギュレーを捉えたと思った一撃はまたもや空を切った。


「……?!」


空振りをしたためか、ガルンは右肩に走る鈍痛に顔をしかる。


右肩の傷はかなり深い。


「無理だな、俺の『錯視境界』は原理的に回避が不可能だ。この能力に死角は無い」


ギュレーが無表情に淡々と事実を突き付ける。


『錯視境界』


ギュレーの持つ特殊能力は、自身の姿を相手に見せる事により発動する。


視界を完全に錯覚に陥れるこの能力には回避の術が無い。

なぜならば、対象物に対して誤った感覚や認識を得てしまう現象が錯覚であり、それはまやかしではなく現象だからだ。





感覚器に異常がないのにもかかわらず、実際とは異なる知覚を得る現象を回避するするには常識を棄てるか、視界を封じるかしか無い。


この能力の一番の肝は、術を掛けられている訳ではなく、術を見てしまっている点である。


能力を破る云々以前に、見なければいいだけなのだが、相手の気配だけを頼りに戦うのは、かなりの熟練の腕が必要となる。


気配の無い刀を見切るのには大気の揺らぎを感じる必要性があり、それをなすには達人の技量を求められるからだ。


「悪いがチェックメイトをさせてもらう」


ズイッと出て来たのはガダラだ。


百足顔の男は持っていた短刀を軽く指で弾く。


「?」


ガルンとカナンはその場で膝をついた。


込み上げてくる吐き気と視界が回転していく不快な感覚に体が耐えられない。


カナンはその場で嘔吐した。


状態維持にチャクラを使っていたガルンはなんとか剣を構えて立ち上がる。


ギュレーが後方に下がっていた事を軽く目の端で確認した。


何かしらの範囲に影響を与える能力を使われたのは間違いが無い。


だが、その能力が、圧倒的な実戦経験の少ない二人には理解できない。


身体能力で圧倒されている二人を、三人の盗賊は特異な能力でその差を埋め尽くすどころか上回ったのである。




(三半規管がいかれたのか?平衡感覚が狂っている……)


朦朧とする意識を繋ぎ留めて、身体のエラー箇所を確認していく。


通覚汚染。

それに伴う心神耗弱。

身体能力の低下。

右腕裂傷。

筋肉断裂。

感覚汚染。

平衡感覚の失調。

既に死に体に近いポテンシャルだ。

チャクラで身体維持に努めていなければ立ち上がることさえ困難だろう。


「俺の能力、ディスコード『不協和音』まで受けて生き延びた奴はいないぜ?諦めるんだな」


ガダラは本心で気の毒にと呟いた。


この先に待っているのは

ダラックによる陰惨な解体ショーと相場は決まっている。


逃げようにも、ガダラの使った不協和音が効いていて満足に歩く事もままならない。


ガダラの能力は聴覚の優れた種族にしか聞き取れ無い音域の指向性低周波を放ち、それを浴びた者の聴覚に異常を与える。


受けた相手は高確率で三半規管に異常を来たしバランスが取れなくなるのだ。


それはイコールで身体能力の大部分を潰したに等しい結果が付いてくる。


この三人の盗賊は奇しくも、視覚、聴覚、触覚と五感を著しく損なう能力者の集まりであった。


一人では達人には及ばないレベルだが、三人集まる事でその効果は倍増。

名うての戦士すら倒せるレベルへとランクアップする。





「さぁ~て、そろそろギブアップかなあ~?」


ニタアアと笑いながらダラックが近づいてくる。


その前にカナンが立ち塞がった。

懐刀から短刀を引き抜く。

「悪いけど……ガルンにはこれ以上手はださせないんだな」


その姿を見てダラックは笑い出した。


「ひひひっ、そう言えばテメェーは前も女の後に隠れていたな~。どっかに隠れてブルブル震えてたんだろ?いい事を思い出したぜ。テメェーは前と同じで両手両足砕いてポイ捨てだ!この小娘はテメェーの姉同様バラバラにして目の前に撒いてやるよ!ヒヒヒっ」


高らかに笑う狂人にカナンは寒気を感じた。

この男は根本的な感情の何かが欠けている。


だが、その思いは別の笑い声で掻き消えた。


背後のガルンが低い声で笑っている。

自嘲しているかのような、嘲笑っているかのような不自然な笑い。


「そうだな……そうだったな」


心の底に燻る、黒い炎がゆっくりと燃え上がる。


病んでいた精神に、冷水のような憎悪が流れ込む。


「カナン……下がれ」


「!?ガルン?」


「カナンさ・が・れ……」


カナンはその言葉で凍りついた。


ダラックの狂気より、何故かガルンの言葉の方が、酷くいびつな恐怖を感じたからだ。





息を飲んでカナンはゆっくりと後退しだした。


いつの間にか五つ目のチャクラが開いている事に驚く。


だが、そこから洩れているプラーナは何かがおかしい。


まるで漆黒の底の地獄の業火のような、黒いイメージが纏わり付く。


「ガ……ルン?」


カナンはいつの間にか数十メートルの距離を下がっている事に気がついた。

無意識だ。


身体が勝手に恐怖で逃げようとしているのには気がつかない。


本能が逃げろと囁いている事には気がつかなかったのだ。


周りの盗賊はその恐怖には当然気がついていない。

身体が弛緩したような震えに一様に疑問だけを持つ。


ゆらりとガルンは立ち上がった。


その顔には死相が張り付いている。


いや、死に魅入られた狂気が張り付いている。


全員が硬直した。


ダラックすら背筋に走った悪寒に不思議がる。


辺りは日が落ち始めた為に茜色に染まり出した。


夕焼けのただ中に黒い影法師のようにそそり立つ姿は、一つのモニュメントのようだ。


そのモニュメントに火が灯った。


黒い刀身から赤い焔が立ち上がる。


剣から溢れ出した炎に盗賊たちは目を見張る。





「この程度の痛みは経験した……。この程度の恐怖も体験した。この程度の逆境も経験した。全ては貴様らが俺に教えてくれた事だ。だが……あの時の怒りは……あの時の思いだけは越えられない」


ズルズルと身体を引きずるように前に進む。


周りの盗賊は恐怖に駈られて凍りついたままだ。


「魔法剣……か?」


ギュレーは剣が纏う、まばゆい光に目を細める。


魔術を使った形跡はない。だとすると後は特殊能力か武器の附属能力と考えるしかない。


後者の解釈は当たっていた訳だが、その事を考える事はギュレーには二度と叶わない事だった。


この中で唯一まともに武道を学んでいたギュレーは、恐怖感を払拭する事に長けていた。


その為、1番に恐怖を与えるモノを排除しようと 考え動き出す。


半分はミラージュ・ボーダー(錯視境界)の加護による恐怖心が希薄なお陰だが、それが今回は裏目に出た。


相手の足は止まっているも同然。


死角に回り込んで必殺の一撃を入れる。


ギュレーは何時もの感覚、何時もの間合いで攻め立てる。


ガルンが燃える剣を振り上げたのを見て、剣の射程間合いから半歩横にずれる。


後はガルンが勝手に空振りした隙に、容赦ない一撃を叩き込むだけだ。





恐怖心を払拭しようとしたギュレーの動きは冷静さに欠けていた。


何故ならば、ガルンの魔剣から出ている炎は付加されたモノ、纏わり付いたものではなく、“噴き出している”ものだったからである。


始めの分析で気がついていた要因の一つ。


本来のギュレーならば警戒していた筈の事だ。


それを失念していた。


振りかかる剣を何時ものように摺り抜けようとして……増大する光量に「あっ」と言う間の抜けた呟きを出してギュレーの人生は終わりを告げた。


夕焼けより華やかな明彩を放ちながら、ギュレーと呼ばれた男は火だるまになった。


錯視境界を受けているガルンにはギュレーまでの正確な間合いは分からない。


間合いを間違えたのはギュレーの方だった。


真価を発揮しだした魔剣の射程距離を。


焔の刃は綺麗にギュレーを飲み込み尽くしていた。


一瞬で人間が炭化する嫌な臭いが公園に溢れ出す。


「なっ……なんだ今のは」


「あんな強力な魔法剣は見たことねえ……ぞ」


周りの盗賊は感じていた恐怖を上回る恐怖のお陰で、竦む体の自由を取り戻した。


たが、新たな恐怖が身体に纏わり付く。


夕焼けの赤い世界の中で、直映え渡る赤い炎が青い色へと変わっていく。


燃え上がる炎の剣は、余りに長すぎて、猛り狂う炎の槍のようだ。




「レア、ミディアム、ウェルダン……好きな焼き加減を選べ。好きな熱度で灰燼にしてやる」


ガルンの想いに答えるように、ダークブレイズはその身の炎を熱くたぎらせる。


うごめくコロナのような形状は、小さな太陽が剣に宿っている様にしか見えない。


「なんだ……ありゃ?」


流石のダラックも顔色が変わる。


痛覚共有の能力は地味たが強力だ。致命傷の痛みは相手を気死させるレベルである。


精神力の低い者や、痛みに耐性の無いものはショック死で絶やすく事切れる。


それに加え、自分の身体に注入した『ソーマの雫』は生命力と耐久力など、生命耐性を一定期間、鬼族並に引き上げる秘法の一つだ。

アドバンテージは完全に自分にある。


しかし、この少年の精神力は異常なレベルだ。

普通は剣などまともに振れるはずがない。


この少年は相打ち覚悟で確実に剣を振るってくる。


特にあの剣の威力は常識外れも甚だしい。


一瞬で人間が炭になるなど竜族のブレス並の攻撃力である。


あれでは『即死』してしまう。

ペイン・ミラーも意味を成さない。


ガルンは何気に剣を振るった。


「えっ?」


と呟いたのガルンに右方行にいた盗賊たちだ。




ダークブレイズから焔が分離するとは。


炎の刃がまるで大気を渡る津波の様に降り注ぐ。


そこに居た男三人は一瞬でウェルダンに仕上がった。


公園が静まり返る。


その中をダークブレイズの炎のうねりと、死体の焼け落ちる熱気の音だけがこだましていた。


流石にこのさわぎに公園回りの人間も気付いて集まりつつあったが……惨状を見て所々に悲鳴があがる。


左側に居た盗賊達は悲鳴を上げて逃げ出した。


ガルンは詰まらなそうに剣を振るう。


灼熱の炎波が逃走に移った盗賊を飲み込み、黒い炭の塊を構築した。


「こっ……こいつはヤベーなああ……」


ガダラは顔を引き攣らせてジリジリ後退する。


ガルンの持つ黒い剣の威力は伝説級の宝具と言っても過言では無い。


全てを焼き尽くす終末の魔剣。


まるで北欧神話のスルトの炎のようである。


剣と炎の二つ名。

正しく剣であり、炎である。


威力は既に対軍、対幻想種レベルだ。


対人装備の威力では無い。

もともと魔主側が世界を征する為に用意した魔剣だ。強力なのは当然と言えば当然と言える。


修業時代にはここまで魔剣は反応しなかった。保侍者の本心からの殺意によって、漸く真の力を振るい始めたのだろう。





ガダラは走り出したい衝動を何とか抑えた。


不協和音の影響下にあるガルンは走ることが出来ない。


あの剣さえ無ければ逃走は容易である。


しかし、遮蔽物の無いこの広場ではあの炎の刃を防ぐのは至難の技だ。


燃焼レベルから言って高位魔術に匹敵する威力だが、魔法と違って詠唱時間が無いので隙が無い。


「まっ……まあー落ち着こうぜ少年。回りを見ろ。武道会のおかげでまだ目立ってないが、次期に大騒ぎになったら警備隊がやってくる」


「……」


「これだけの騒ぎを起こしたら、お前もただじゃ済まない」


「……それで?」


「それでって……。取引しようじゃねえーか。この場を一先ず治めてだな……」


「俺がお前に聞くことがあるとしたら一つだけだ。何故、鷹の紋様の入った短刀を情報屋が持っていた?」


ぴしゃりと他の質問を受け付けない、威圧的なオーラがそう言った。


ガダラは生唾を飲み込んでから、不思議そうに視線を泳がせる。


「短刀?……いや~忘れたな……。多分賭け事の負けのカタに持ってかれっ……」


ガダラは後半を喋る事は出来なかった。


炎刃に飲み込まれて、一瞬で黒い彫像に成り果てる。




累々と炭の山が出来る中で、唯一残ったダラックは高笑いを始めた。


「ヒヒヒぃ!いいぜ!この糞餓鬼!一緒に地獄の底にイッテヤるぜ!俺が燃え死ぬ時は貴様も一緒だ!痛覚共有で一緒に天国に昇ろぉぜぇえええ!」


半ば自棄になっているのか、薬でラリっているのかは分からない。


シャムシール片手に、ダラックはガルン目掛けて走り出した。


ガルンが自分も死ぬ痛みに晒される事に躊躇すれば隙が生まれる。

ダラックに残された最後のチャンスと言えた。


いくらガルンでも即死するような痛みには脳が耐えられる筈が無い。


「いいぜ。一緒に燃え滓になるまで灰燼にしてやる」


ガルンは狂喜的な笑みを浮かべた。

ダークブレイズの炎の勢いが増す。


ガルンの頭の中には仇を討つことが全てだった。

端から自分の命は勘定に入っていない。


(相打ち上等!)


ガダラを倒した事で『不協和音』の効果は消えている。


ガルンは腰を落とすと魔剣を振りかぶった。


全ての思いを乗せて、極上の業火を築き上げる。


あらゆるモノを一瞬で蒸発させそうな蒼い炎。


奇しくも、蒼い狼・クフルのような神々しい蒼い光りが集約している事にはガルンは気付いていなかった。




ガルンが剣を振り下ろそうとした直後だった。


間に入る人影が見えたのは。


「カナン?!」


短刀を胸元にカナンがダラックとの間に割り込む。


絶句するガルンに一瞥して、


「これだから男の子は厄介なんだな」


と言って、ニッコリ微笑むと短刀を振りかぶった。


配管を高速で空気が擦り抜けるような奇妙な音と共に、短刀から光の刃が突出す。


ガルンは目を見張った。

霊妙法を学んだものにしか理解出来ない、霊威で構成された白銀光の刃。

あらゆるモノに届く限界突破の最大戦力。


「滅陽神流剣法…一の裁ち・霊劫」


カナンは軽く銀白色の剣を振り抜いた。


チャクラは一つ。

出力も微々足るものだ。


しかし、その光を受けたダラックの魂は一刀で砕け散った。


もともと高次元存在用に

構成された攻撃法である。

元々の霊殻防御が強いか、同じ能力者か霊気を操る術を持たない者には防衛手段は無い。


当たれば一撃で霊核が砕け散る。


案の定、ダラックは一撃で絶命した。


外傷は無い。


まるで糸の切れた操り人形のように崩れ落ちるダラックには、かろうじて幽体が残っている状態で魂の殆どが霧散していた。





初めて生物を屠る滅陽神の剣にガルンは生唾を飲み込んだ。


掲げた魔剣の炎も消えていく。


魂が凍るような恐怖と、なんとも言えない高揚感。

一撃で人の魂が砕け散る様と、それを身につけられる力への渇望。


胸中のざわめきにガルン自身が戸惑いを感じていた。


(神に届く……神を滅ぼす魔剣……)


不意に響いた渇いた音で我に帰る。


落ちた短刀と倒れ伏すカナンにガルンはようやく気がついた。


「カナン!!」


急いで駆け寄るとカナンは顔面蒼白ながら、ニッコリと笑顔を浮かべた。


「うは……やっぱり無理があった……かな。ちょっとキツイや」


直ぐに魔剣を背中にしまうとカナンを抱き上げる。

余りに軽い少女にガルンはドキリとした。

まるで生命力まで軽くなったような不可解なイメージに苛まれる。


そこで、回りのざわめきの音が多くなって来た事に、ガルンはようやく気がついた。


「一先ず、ここからトンズラだよ」


カナンは精一杯笑って見せたが、無理に笑っているのが一目瞭然な程に消耗が激しい。


「ちょっと黙ってろ。舌噛むぞ」


ガルンはそう言うと一気に公園を駆け抜けた。




ざわめく人の垣根を縫うようにガルンは疾走する。

まるで一陣の疾風の如くシクシャの街を駆け抜けた。


人気の無い裏路地に入り込むと、ぐったりしているカナンを降ろす。


「……」


ガルンはうなだれるカナンを見て沈黙するしかなかった。

見た目の衰弱以上に霊体へのダメージが深い。


それにチャクラの一つが

完全に閉塞している。

これではチャクラの回復どころか、新たなチャクラ開放も見込めない可能性がある。


(何でだ?『痛覚共有』の影響だっていうのか……!!)


ギリギリと歯を食いしばる。


「うへ~気持ち悪い」


カナンの消え入りそうな声には生気を感じない。しかし、持ち前の性格故か笑顔は浮かべたままだ。


「ちょっと、甘かったな。『霊劫』は相手の霊体のみを断斬する技何だよね……。身体を傷付けないから、あいつの能力効かないかと思ったけど……魂にも痛みってあるんだね。知らなかったな」


紫色の唇をか細く動かす。

その様子を見てガルンは拳をにぎりしめた。


「馬鹿かお前は?!あいつを倒すのには相打ちしかほぼ無いんだぞ?!」


「心外だな~。初めから相打ち覚悟で斬ろうとした人間に言われたくないんだな。うん」





「あいつは姉さんの仇だ。俺の敵だ。カナンが命をかける必要性は無かったはずだ……」


「命なんて賭けてない……よ。始めからいざって時を考えて、チャクラ一つを全力回転で霊殻防衛に使ってたし。まあ……かわりに一つ潰れちゃった見たいだけどね。命は助かったから……めっけもんかな?」


苦笑いを浮かべるカナンにガルンは本気で苛立ちを感じた。


自分の命と力を天秤にかけてまで、自分を助ける義理はカナンには無い。

特に滅陽神流剣法の正統後継者が犯していい愚とは思えない。

グラハトはガルンとカナンは似たような実力と言っていたが、霊妙法すら満足に使えない自分とでは天と地の差がある。


そうガルンは考えていた。


「それより、ガルンは肩の傷は大丈夫なのかな?」


自分の状態を差し置いて、他人の心配する姿を見てガルンの苛立ちはピークに達した。


「お前……!!!人の心配してる場合か!もう、カナンはしゃべるな!直ぐに治療所に連れていく!」


ビックリするカナンを無視して再び抱き上げる。


「……。霊魂へのダメージは自然治癒か、龍脈の集まる場所か、霊地で休息するしかないよ?」


「……!」


ガルンは苛々気に舌打ちしてから、その場に立ち尽くした。




龍脈や霊地とやらの位置など知りはしない。


これだけ広い街なのに、カナン一人治す事が出来ない事に憤りを感じる。


「実はだね。洞窟ハウスがあった山。あそこは 龍脈が集まってるんだな」


「!」


カナンの呟きにガルンは目を輝かせた。


洞窟ハウスとはカナンとグラハトが暮らしていた洞窟を改築した家であり、切り立った岩山の側面にあったモノの事である。


「先に言っとけって―の!だから、あの寝倉でチャクラを練るのが難しかったのか」


チャクラはその土地柄の地脈、気脈に影響を受ける。


気功を使う者が『外気功』などと呼ばれる、自然の気を自身に循環して気に変換する技があるが、原理はそれと同じである。


自然のプラーナの影響で、チャクラは自然にその輝きを増すのだ。


ただし、増幅するプラーナの代わりに繊細なチャクラコントロールは極端に難しくなる。


海洋船のようなモノだ。


船の原動力で走らせるより、帆に風を受けて風力を足して進ませる方が遥かに早い。しかし、微妙な船舵や旋回能力はその勢いだけ難易度は上がる事になる。


「そうと決まれば、さっさと帰るぞ!」


次善策が決まった途端、ガルンはその勢いで街を出るき満々で走り出した。




「ちょっと……待とうよガルン。昨日も余り休まなかったし、さっきの激闘の後だよ?それに怪我もしている。今日は休んだ方が賢明だよ」


オロオロするカナンを見てガルンは足を止める。


軽く足元に座らせると、直ぐに上着の内ポケットから治療用に用意してあった包帯を取り出した。


ぞんざいに肩に包帯を巻き付けると、やんわりカナンを抱き上げる。


「今もチャクラを三つも自然治癒に回してるんだ。どうって事ないぜ」


ニッと笑うとは再び走り出す。

カナンの容態にしろ、広場の騒ぎにしろ、今は早めに街を出るのが得策である。


どちらにしろ急ぐことにデメリットは少ない。


「ハア~。そんなに私が心配かな? 心配なのかな? そんなにカナンちゃんラブだとは思わなかったよ」


「はあ?!」


いきなりのカナンの言いように、ガルンの足が緩む。


抱えたカナンを覗き見ると、蒼白ながら上眼使いで微笑している。


何故かドキリとしてガルンは視線を外した。


「だって私が心配で心配でしょうがないからだよね~」


「……何言ってんだ。馬鹿な妹を助けるのは兄貴の役目だからだ」


何故か焦って弁明する姿を見てカナンは微笑んだ。




「照れないで正直に言っちゃいなよ!」


「……発想が飛躍的だよ。カナンは何んて言うか……微妙に世間知らずと言うか、なんかズレてる見たいな気がする。全く世話の焼ける妹って感じだ」


カナンの微笑が微妙に固まる。が、その様子にガルンは気付いていない。


「何で妹かな」


何故か声のトーンが急に不機嫌そうに変わった。


「……?いや。普通にカナンは妹っぽいし」


「姉弟子だし、せめてカナンがお姉さんだよね?」


「いや……姉さんはちょっと、無理」


左右に首を振る。


実際、カナンは死んだガルンの姉と『生きる姿勢』や、雰囲気がどことなく似ていた。

しかし、それを認めてしまうとカナンに依存してしまいそうなので、ガルンは認めたく無いのである。


そんな事は露知らず、もしくは別の事にご立腹のカナンには何か面白くない。


「ふ~ん。そうなんだ。“絶対”カナンがお姉さん何だけどね」


「……?」


カナンの不機嫌な理由が分からずガルンは眉を寄せた。


「だいたい荷物置いてきたし、せめて食料買わなきゃ旅なんて出来ないよ!街でる前にせめて買ってかなきゃ駄目だよね!これだからガルンは心配で心配でしょーもないんだから」



膨れっ面だがカナンに生気が戻って来たように感じでガルンは胸を撫で下ろした。


これなら命の危険は無いように思える。


「分かった分かった。そんじゃ姉さん的な者でいいよ」


「何かな? 何なのかな? そのテキトーな態度は? お姉ちゃん的には好きじゃないぞ」


「……」


ガルンは軽くため息をはいた。

だが、顔は笑っている。

その様子に気がついてカナンは不思議そうにガルンの顔を眺めた。

何か胸のつっかえが晴れたような。

清々しい顔をしている。


ガルンの悪夢は仇を討つ事である程度払拭できた。


主犯にとどめを刺せなかったので実感は無い。


しかし、本来空虚な気分を味わうか、過度な達成感で精神が病むかのどちらかには成らなかった。


それはカナンが死ぬ、居なくなる喪失感がそれを上回ったからだ。

そして、その可能性が無くなった安堵感。


ガルンの憎しみは薄らいでいった。


じっと見つめるカナンに気付いて、ガルンは首を傾げた。


「何か顔についてる?」


はっとなってカナンは顔を赤らめた。

見詰めていた事が知られたのが、何か居心地が悪い。


「でっ! 出来の悪い弟弟子と思っただけかな! だけかな!霊妙法も使えないし! とにかく、さっさっと買い物行こう!」


「……りょーかい」


視線を逸らしまくるカナンに、ガルンは首を竦めてから、さらに走るスピードを速めた。

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