復讐と妄執と
ハラロ渓谷を抜けた先には観光スポットにもなっている古代遺跡アテステアがある。
そこを抜ければアテステアの宿場として機能している観光都市カツアが。
そして、その先には港町シクシャがある。
例の盗賊が逃げてから三年。
その足取りを追うのは非常に困難に見える。
そもそもこの島に今だにいるかも怪しい所だ。
とりあえずガルンは、この地方を根城にしている可能性から当たることにした。
それならば捜し出す余地は残されていると言える。
「ちょっとガルン! なんでアテステアをスルーしようとするかな? するのかな?」
背後からの喧しい声にガルンは立ち止まった。
「遊びに来てるわけじゃない。敵討ちだ。遺跡見物なんかしないよ。そもそも何でカナンがついてくるんだ」
ガルンの言いようにカナンは頬を膨らませた。
端から見れば仲の良い兄弟に見えるであろう。
しかし、その出で立ちは酷く妙な筈だ。
ガルンは黒めのコートに、背中には黒い長剣。白いショルダーバックが逆に黒い色を際立たしている。
特に背中の長剣――グラハトに持っていけと渡された魔剣ダークブレイズは子供にはデカすぎる。
まるで槍を背負っているようにしか見えない。
カナンは赤いラインの入った白地の巫女服だが、この地方ではやたら珍しいファッションと言える。
黒と白の仲良し兄弟は、意図的にしか見えないほど際だっているのだが、当人達は特に気にした風もなかった。
「嘘は嫌いだから、親父に言われた事は言っておくよ。言うよ? 私はガルンのフォロー役。実戦のアシストと本命の盗賊に、危険な人がいたら連れ戻すように言われてるんだからね!」
「監視役かよ」
「保護者だよ! ガルンの実力は一般では中の上くらい。一流の使い手には勝てないんだから」
心底不服そうなガルンを見てムッとする。
カナンはガルンの耳を引っ張り顔を引き寄せると、
「引率されるのが嫌なら、ちょうど手頃なのが“いる”から、実戦で相手の力量を計って見てよ?」
と、ボソリと耳打ちした。
「いでで! 分かったから引っ張るなよカナン!」
手で払いのけると、軽く辺りを睥睨する。
二人が歩いているのは林道であり、遺跡巡りの本通りでは無いので整地されていない。
両脇はそのまま林に繋がっている。
ひょっこり野生生物が顔を出しそうな場所だが、顔を出すのが動物ばかりとは限らない。
「六人だな。傾斜の高い右側に四人、挟撃様に左に二人。チャクラは誰も回ってないし、“俺の眼”にも脅威の形は見えない」
「……!! せっ……正解。実力も下……だし」
カナンの悔しそうな顔を見て、ガルンは吐息を漏らした。
(索敵は俺のが上だって~のに……全く)
心の中で毒づく。
精霊の眼を持っている事はカナンにもグラハトにも言っていない。
慣れれば便利なもので、意識的に切り換える事が可能になった。
精霊の眼は存在の光と揺らぎを的確に感じる。
これはチャクラでプラーナを感知するより遥かに索敵能力が高い。
チャクラをコントロールする事で気配をゼロにする事は可能だが、存在をゼロにするには霊核を砕いて魂を霧散させるしか無いからだ。
それは、事実上死んだ上に、死体すら焼き払わなければならない状態だ。
死んだ肉体にすら幽体は残るのだから、実質、精霊の眼から逃れる術は無いに等しい。
精霊の眼から逃れるには、感応範囲外の数キロ先にいるか、転移や瞬間移動のような空間を渡る能力を使うしかないのだ。
唐突な風切り音。
左側から飛んで来た物体を素手でサラりと掴んだ。
矢だ。
粗悪な品と一目で分かる。
それは狩猟用のボーガンのモノだった。
存在の揺らぎプラス気の流れから、今のガルンは先の先を取る事に関しては超一流と言っても良いレベルになっていた。
掴んだ矢をまじまじと見つめる。
ガルンはかなり達人の域に近づけたかなとぼんやりと考えていると、周りから山賊だか盗賊だかよく分からない、むさい恰好の連中が道に姿を現した。
手には刀剣やら鉈のような物など、各々武装をしていた。
左後方から出て来た奴は、予想通りボーガンを携えている。
連射式ではないことを眼の端で確認しながら、ショルダーバックを落とすと背中の長剣を外す。
長すぎて抜けない剣の柄を、特殊な金属フックで止めておき、留め金を外せば直ぐに外せる仕組みになっている。
背中から見ると抜き身の刀身なので、保管には適さないが仕方が無い。
それを肩に乗せながら回りを一瞥する。
(チャクラが開いてる奴は誰もいない。存在的に異質な奴もいないな…)
つまらなそうに剣を降ろす。
周りを囲む盗賊たちは訝しがって足を止めた。
「偶然、矢を捕ったようには見えなかった、どうする?」
斧を持った盗賊が仲間に注意を促す。
「結構やるようだが……。あいつの剣、かなりの値打ち物だ。逃がす手はない。所詮、ガキだしな」
シャムシールを持つ男がニヤリと笑う。
「やるぞ!」
その叫びと共に男達が動き出す。
「フォローはしないよ~」
間の抜けた声とは裏腹に、カナンは素早い動きで後方宙返りから大きくジャンプして、遥か後方に飛び退いた。
唖然と左後方から来た二人が見送る。
「こなくそ!」
我に返ったボーガン持ちがカナン目掛けて矢を放った。
「なんで私狙うかな? 狙うのかな?」
不機嫌そうに腕を振るう。袖が矢に当たって後方に逸れた。
軽くいなした様にしか見えないが、ボーガンのスピードに対応した動きは尋常ではない。
当然の様に矢を放った盗賊は固まった。
「なっ……なんだこいつ?」
その呟きと、男達の野太い悲鳴が重なった。
振り向く先には、血飛沫を上げながら崩れる仲間の姿が二人。
余りにも長く見える長剣が閃く。
まるで竹の棒キレのような軽さと早さでガルンは剣を振り抜く。
右側の最後の一人は剣を合わせる事も出来ずに絶命した。
瞬く間に残されたのは、左の林から出て来た二人だけとなった。
「なっ? なんじゃこりゃ!」
顔面蒼白で眼前の黒い子供と、背後の白い子供を見比べる。
ボーガンを持った男はその場で硬直した。
長剣を持つ少年の剣速は
、今まで見た剣士の中でも最速だ。
体捌きも隙がない。
かと言って、矢をいなす動きを見せた少女も普通では無い。
カナンの動きを見ていなかった男は、カナン目掛けて走り出した。
「このぉ!」
大きく剣を振り上げる。
「だから……なんで私の方に来るかな? 来るのかな?」
頬を軽く引き攣らせながらも、カナンは一瞬で前進。
男はいつの間にか懐に入っている、白い服の少女を不思議そうに眺めた。
『おや?』と思った時には視界が暗転。
受け身もとれずに、背中を地面に打ち付けて昏倒する。
足払いを入れながらの、払い腰での投げ……と言うより、引き手を離していないので投げ落としたと言ったニュアンスのが近い。
「まっ、待て! 降参だ」
残った盗賊は、ボーガンを放り出して両手を上げた。
正しくお手上げと言う意味らしい。
盗賊達は、子供相手にたかだが一分で壊滅したのだった。
(こいつらが弱すぎるのか? それとも俺が強すぎるのか?)
あまりに簡単に一蹴した為に、ガルンは自分の実力を計りかねていた。
歯ごたえが無さすぎる。
両手を上げた男の前に、ガルンは剣を肩に乗せてゆっくり近づく。
「うわ! 二十点!」
と、叫ぶカナンの声を聞いて疑問そうに振り返った。
「二十点? 意味が分かんないんだけど」
「人を殺しちゃってるじゃんか!」
頬を膨らませるカナンを、ガルンは珍妙なものを見るように眺めた。
「……? 襲われたんだ。返り討ちは当然だろ? 奴らも人を殺す気でいるんだ。自身も殺される覚悟は出来てるはずじゃないか」
ガルンの物言いに、カナンは益々顔を膨らませる。
「だめ駄目ダメ! まぁ~ったく駄目!」
手でバッテンを作る。
その仕草は完全な否定を現していた。
「むやみな殺生は駄目だよ! 絶・対・駄・目! 自分より格下何だから峰打ちにしなさい」
「ダークブレイズは両刃だぞ」
「平で殴るんだよ!」
カナンの目付きが険しい。
怒ると人の話しを聴かないのをガルンは思い出した。
フと蒼い狼の言葉も思い出す。
『必要以上の命を刈り取りはしない』
あの気高い狼のように生きる……。
今のガルンには無理な相談だった。
彼の最優先事項は他を顧みない復讐である。
危険性を持つ物は全て排除し、標的を追い詰め誅殺する。
その覚悟でガルンは動いているのだ。
「敵は殺さなければ……何時か自分の足を掬われる」
「掬われても私が起こしてあげるから、無慈悲な行いはしないの!」
カナンは何故かVサインでニッコリ笑みを浮かべた。
無邪気な笑みが心にチクリと突き刺さる。
ガルンはカナンから視線を逸らした。
少女の明るさはガルンには眩し過ぎる。
ダークサイドの住人であった父親の子供とはとても思えない。
グラハトの好々爺なような状態も、疑問に持つべきだったとガルンは本気で考える。
彼は世界の敵だった男のはずだ。
「初陣の実力発揮は合格だけど、やっぱり無意味な殺生は駄目だよ! と言う事で二十点!」
「……いや、カナン、それより」
「駄目だよ! 点数は変えないから!」
何の点数だよ? と本気で思いながらガルンは横の林を指差した。
不思議そうに首を傾げてから、カナンはその方向に視線を向ける。
するとそこには全力で逃げる、ボーガンを投げ出した盗賊の姿があった。
「逃げた……けど」
「いいんじゃない? 一人残ってるし」
カナンはケロリとした表情で、足元に伸びている投げ飛ばした生き残り一名を見た。
背中に喝を入れて意識を戻す。
「……?」
意識を取り戻した盗賊は、渋い顔で背中を摩り出した。
意識が飛ぶほどの痛みをようやく実感したようだ。
「くそ!」
毒づいてから回りを囲む子供達に気がついた。
子供相手に手も足も出ないうえ、生殺与奪権も握られている状態だ。
盗賊は唾を吐き捨てると観念したのか胡座をかいた。
「反省しますか?」
いきなりのカナンの言葉に盗賊は眉を寄せた。
反省してますか、ではなく、反省しますかである。
「反省するなら見逃します。ただし、亡くなった仲間の弔いはきっちりすると約束してください」
カナンの言葉に盗賊だけではなくガルンも眉を寄せた。
あまりにも馬鹿馬鹿しい質問だ。
そんなモノは嘘か真実か判断する事は叶わず、その場しのぎでどうとでもなる回答でしかでない。
百パーセント、反省すると言う回答しか出ないのは明白だ。
「反省するする! 死体もかたすぜ」
案の定、盗賊は嬉々としてそう答えた。
ガルンの表情だけが険しくなる。
その答えにカナンは満面の笑みを浮かべた。
「そうですか! 良かった。これからは心を入れ換えて生きてください」
本気で言っている笑みに、ガルンは苛立ち募らせる。
眼の前で三流のこ芝居を見せられている気分だ。
盗賊はニヤつく顔を何とかごまかしている様にしか見えない。
カナンは脳天気なのか馬鹿なのかと、ガルンは本気で考えたくなった。
盗賊はヘラヘラした顔で立ち上がり、その場を立ち去ろうして……その前に突き出された黒い剣を見て凍り付いた。
ガルンが不敵な笑みを浮かべて眼前に立ちはだかる。
「……ガルン?」
何か言いたそうなカナンを手で制す。
「カナンは許したようだけど……俺は質問に答えなければ許さないよ?」
そう言って睨み据える。
盗賊は渇いた笑みを浮かべて固まった。
ガルンの眼は笑っていない。
黒衣の少年の殺意は何ら薄まってはいないのだ。
「先に言っておく、嘘は言うな。絶対に・だ」
ガルンの鬼気に押されたのか盗賊はコクコクと頷く。
顔は冷や汗でビッショリだ。
「顔に傷がある左手の指が二本無い男か、顔に百足の入れ墨をした男、後はやたらと細身のヤサ男。見たことあるか?」
ガルンはあの時の事を思い出す。
三年経っても奴らの顔はハッキリと覚えている。
復讐すべき怨敵。
姉の血まみれの顔と共に、奴らの顔は何度も悪夢で見ていたのだ。
繰り返される壊れた映写機の様に、幾度となくループする死の饗宴。
子供の心には鋭利な刃物となって、あの時の記憶は鮮明に突き刺さっている。
奴らの死を以ってでしか この傷みは拭うことが出来ない。
盗賊は視線を右上に上げた。
本気で考えているのか押し黙る。
ガルンは眼を細めた。
精霊の眼から見ても、存在の揺らぎは見えない。
少なくとも相手は動揺はしていないようだ。
「顔に百足のタトゥー入れている奴は、最近、闇市で見た気がするな……」
「どこの町だ?」
「シクシャだったと思う」
「近いな」
と、ガルンは呟いて剣を引き抜くと、一振りして刀身に着いた血を払った。
後は興味無いと言わんげに背中に剣をしまうと、落として置いたショルダーバックを拾って歩き出す。
カナンは腰が抜けたのか、その場に座り込んだままの盗賊をチラチラ見てから、
「弔ってあげてくださいね」
と念を押してから、
「ちょっと待ちなさいよガルン! 何で一人でスタスタ行くかな~! 行っちゃうかな?」
と言って走り出した。
古代遺跡の多い島国アーゼーイールならば盗賊としては狩場に事欠かない。この島にいる可能性は非常に高いと言える。
ガルン達の当面の目的地は港町シクシャに決まった。
港町シクシャ。
島国アーゼーイールの三つしか無い港町の一つだ。
アーゼーイールの名物と言えば壮観な景色と古代遺跡だが、グルメの間では海の幸でも有名である。
シクシャは水揚げ量随一であり、それ目当てで来る客も少なくない。
遺跡付近と相俟って観光客にとっては最も活用したい港になっていた。
その為、活気も一際高い。
旅行者のお陰で潤っている町と言えよう。
しかし、その観光客を狙って盗賊の類が増えており、界隈ではそれが問題になっていた。
「やっぱりでかいよね~」
カナンはたどり着いたシクシャの南門を見上げて、感嘆の声を上げた。
旅に出てから五日。
ようやく二人は目的の港町に到着した。
森深くに住んでいたカナンは港町まで来たのは数える程しかない。
一緒に見上げるガルンに至っては初めての経験だ。
「それじゃ、まず宿屋を探そうか?」
「盗賊ギルドを捜す」
あんぐりするカナンを余所に、ガルンはそのまま門を潜った。
「何でいきなりそうなるかな? なっちゃうかな?」
膨れっ面で慌てて後を追う。
「だいたいツテはあるの?」
「怪しい奴を片っ端から絞める」
カナンは立ち止まって頭を押さえた。
計画性の無さが滲み出ている。
「やれやれだよ。そんな事してたら警備兵にしょっぴかれるよ。仕方ないから宿屋は後にして交渉人を雇いに行こう!」
その言葉を耳にしてガルンは立ち止まった。
「ネゴシエーター? 何でそんなものが必要なんだ」
それを聞いてカナンは心底溜息をつく。
やれやれと首を左右に振る。
「私たち子供だよ? まともな話を聞き出せると思う?」
「……」
ガルンはしばし沈黙した。
カナンの言う事ももっともである。
ガルンが知りたい最上級情報は仇の居場所だ。
つまり盗賊の居所である。
それを最速で知るには盗賊ギルドを探しだし、仇の情報を得る事がベストだと考えていた。
盗賊ギルドとは縄張りや強奪物売買の斡旋、派閥争い等を取り締まる為のコミュニティーであり、盗賊の情報を得るには最も効率と能率が言いと認識していた。
しかし、そんな情報を子供に話す……売る物好きが果たしてどれだけ存在するのか?
子供と馬鹿にして偽情報を流す可能性も否定出来ない。
特に裏情報となれば、尚更子供とは無縁な話と言える。
子供と言うデメリットがハッキリと浮き上がった。
「カナンの言い分はもっともだ……。でも、俺達の代わりに情報収集してくれる大人だっているか分からないだろ?」
ストレートの疑問を投げ掛けられたが、カナンは得意満面に胸を張った。
「こんな事になると思って、親父に色々な町の情報屋の事は聞いているのですよ! 情報屋に聞けば交渉人も斡旋して貰えるはず!」
「……情報屋に聞けるなら交渉人いらなくないか?」
「……」
「……?」
カナンは胸を張ったまま固まった。
微妙に顔がピクピクしている。
根本的な間違いに気がついたようだ。
大人びた思考が出来ると言っても所詮子供である。
「まあ……。情報屋に奴らの事を聞いて、何も情報が出て来なかったら交渉人は必要にはなるかな?」
ガルンは視線を外してから、仕方がなさそうにポリポリと頭をかく。
それを聞いてカナンの顔がパッと明るくなった。
「そうだよね! そうだよね!」
嬉しそうな笑みを浮かべながら胸を張り直す。
ガルンは、やれやれと思いながらも顔には出さずに微笑した。
しかし、その微笑が唐突に固まる。
振り返ってから大通りの奥に視線が釘付けになった。
「?」
釣られてカナンもそちらを見て……顔が険しくなる。
大通りを進軍する甲冑姿の一団があった。
道にいた人々が疎らに道を空けていく。
白い甲冑の騎馬。
それが十騎。
肩には見たこともない羽根と天秤を合わせた様なマークが描かれている。
マントにもそのマークが描かれているのだが、正面近くのガルン達には見えない。
その騎馬が颯爽と道を駆け抜ける。
その先頭を走る騎馬二頭に乗る人間だけが、兜をかぶってはいなかった。
茶髪の厳つい顔をした壮年そうな大男。
顔中に細かい傷がある。
もう一人は金髪の長髪を後で束ねた、端正な顔の少年。
年齢はガルンより少し高いぐらであろう。
すれ違い様、長髪の少年は何故かチラリとガルンを見つめた。
ガルンも何故か睨みつける様に見送る。
カナンの顔にも、何故か警戒心が滲み出ていた。
「気付いたかカナン……」
「うん、先頭の二人、チャクラが開いてる。大男は二つ。男の子は一つ。
どちらも訓練でチャクラを開いたタイプじゃない。天性の才能で啓いたタイプ。あんなにプラーナを垂れ流ししていると、チャクラが分かる人間には挑発に近いよ」
少し不服そうだが、チャクラコントロールが出来ないなら仕方が無いか?とカナンは思い直す。
「……なんだろう。直感的に、何だかあいつは気にくわない……」
ガルンは何か言いようの無い焦燥感にかられていた。
精霊の眼から見ても、光の輝き方が明らかに違う。
何か鋭利な刃物の様なイメージ。
清廉な輝きの筈なのだが、何故か“存在が変質している”のが分かる。
それも、変質の仕方はガルンとは違う。
どちらかと言うとグラハトに近い。
グラハトが“負”なら、こちらは正側に変質したように感じる。
憮然とするガルンを見て、カナンは背中を叩いた。
「私もいきなりだからビックリしたけど、この街にも数人チャクラ開いている人もいるし、気にしてもしょうがないよ。気にしない?」
ニッコリ笑うカナンを見て、ガルンは少し顔を崩した。
「確かに偶然か意図的か、この街には後、三人ぐらいはチャクラ開放者か……存在が不明瞭な奴がいる。」
「三人? 二人じゃないかい?」
カナンが不思議そうな顔をする。
先程の二人を見てから、街全体のプラーナの流れを探ったのだが、カナンには二人しか感じられなかった。
(一人……チャクラの修練を積んでいる奴がいる。完全にチャクラは閉じているが、俺の精霊の眼はごまかせない……)
ガルンは気配を殺している、遠方の気配に視線を向けた。
チャクラ使い……カナンにも感知出来ないレベルならかなりの使い手の可能性は高い。
一度開いたチャクラを開閉するには熟練の技術が
必要だ。
実際、ガルンとカナンも街に入ってからは極力チャクラを動かしていない。
しかし、プラーナは漏れ出てしまっている。
完全停止状態のチャクラを動かすのは、熟練の感覚が無いと開放に時間がかかるのだ。
なので二人は完全停止には出来ない。
グラハトには常にチャクラを回転させておけと言われているぐらいだ。
基本、チャクラ修練を積んでいない人間にはチャクラは感知出来ない。
気功を使う武術家が、やたら気の廻りが善い奴がいると感じるぐらいが関の山だろう。
天性、才能や偶然でチャクラを開放した人間には、修練過程がないので感知能力はない。
このタイプは華奢なのに馬鹿力と思われたり、常人以上の体力と耐久性があるが、たいていはチャクラは開いたままである。
チャクラ修練をしていないので、開けっ放しの蛇口のようなものだ。
開閉技能は無い。
常に一定のプラーナを出しているので、戦う相手がチャクラ修練者だと持久力、瞬発力で負ける。
他のチャクラが開眼しにくい。
間違えると閉鎖して、開かなくなるなどデメリットしか無い。
そこからチャクラを開きっぱなしの人間は、偶発開放者と判断できる。
簡単に感知出来る時点で修練者では無いと推測できる訳だが、逆に言うと感知出来ないチャクラ修練者はかなりの使い手と言う事になるのだ。
チャクラをそこまで扱える人間は、世界中といえど少ないとグラハトに聞いた事をガルンは思い出した。
偶然にしろ、こんな辺鄙な島国にチャクラ開放者がこれほど揃うのは異常と言える。
(気にはなる……だけど俺の復讐には関係ない)
ガルンは軽く頭を振って考えを改めた。
「行こうカナン。別にチャクラ使いを捜している訳じゃない。それに使い手なら向こうから挨拶に来るかもしれないし」
そう言うと歩き出す。
「ちょっ! 行き先知らないくせに、なんで先行くかな?! 行っちゃうかな!」
その後をカナンが慌てて付いていく。
しかし、ガルンはこの時の自己優先の考えを後に悔やむことになる。
白き騎士との邂逅は、ここが始まりだったのだ。
港町シクシャは西のほとんどが港と倉庫になっているが、北には歓楽街と闘技場が、東には住宅街、南には市場と宿場が集まっている。
最近は物価の高い観光都市カツアを素通りして、目的地に行くケースが多く、その為、メインで過ごす町をそのままシクシャにする者が多い。
そのお陰か町の開発は活発である。
特に娯楽を中心にする北の歓楽街発展は目にも現わで、カジノや武道祭は日に日に活気を増していく状態だった。
問題はそれに付随するかの様に悪くなる治安であり、流入する質の悪い連中だ。
ガルン達の向かう、情報屋の居場所もその北部である。
「……人込みは気持ち悪い」
ガルンはムカムカする気分をなんとか堪えていたが、とうとう愚痴を零した。
集まる人間は旅行者の八割に上る。
精霊の眼を使っていない状態でも、生命の揺らめきに当てられているのだ。
ガルンには初めての経験ばかりである。
「だから宿とって、休憩してからって思ったのに」
カナンはガルンが旅疲れしていると勘違いしていたが、説明する気にもならない。
日々を生きるのが精一杯だったガルンの集落とは天と地の差だ。
この人込みだけでも気が滅入る。
「いた! 多分あの人」
カナンは武道場前にある、公園中央にある時計塔下にいる男を指さした。
アクセサリー売りらしく、道端のシートの上にずらりとアクセサリーを並べている。
他の売店と違って華やかさは何もない。
男も外套に深い帽子と非常に胡散臭い風体だ。
手に持つナイフで林檎の皮を器用に剥いている。
それを見てガルンの表情が豹変した。
その様子にカナンが気付くのより、ガルンが走り出すのは数瞬早かった。
チャクラ開放でのダッシュ。
五十メートルの距離を僅か四秒でガルンは走破すると、男のナイフを奪い取った。
「なっ?! 何すんじゃ、この糞ガキ!」
男が立ち上がって掴みかかろうとするが、ガルンは逆に相手の腕をとると関節を極めて地面に叩きつけた。
「いでででつ!? 折れる折れる! ギブギブ!」
男は涙目で叫び声を上げた。
ガルンは無表情で腕を絞り上げる。
「わ―!! 何やってんのガルン!」
カナンが慌てて止めに入るが、ガルンには全く止める気配は無い。
「この短刀……俺の父さんの形見を何処で手に入れた」
ギロリと睨み付ける。
それから視線を奪い取った短刀に移し直した。
ミスリル製で黒い鷹のマークが施された特注の品。
見間違うはずがない。
これは姉を殺した盗賊が盗んでいった物だった。
「この短刀を何処で手に入れた? 言っておくが俺は腕を折るのに躊躇しないぜ。何せ軽く折るなら後三つあるしな」
爪先で男の足を蹴り付ける。
締め付ける痛みに男は苦笑いを浮かべた。
本当にガルンは極めた腕を折る気だと判断する。
しかし、
「How much? 俺は情報屋だ。幾ら出す?」
と、言ってのけた。
ガルンは眼を細めて、男の顔をしげしげと見詰める。
男は情報屋売としての勘からか、そのままカードを切り出した。
「百万だな。それで情報を流す。ついでにその短刀もつけてやるよ」
ニヤリと男は引き攣った笑みを浮かべた。
精霊の眼から見ると、存在が微妙に揺らめいている。
揺らめきは感情の揺らぎと直結する。
嘘の可能性が高い。
しかし、ガルンは意に介さずに手を離すとはっきりと答えた。
「いいぜ」
「話しが分かるじゃねぇーかボウズ」
男は亟められていた腕を摩りながら立ち上がる。
引き攣った笑みは張り付いたままだ。
「三時間後に百万持ってくる。その時に情報は貰うからな」
ガルンは淡々とそう告げると、クルリと踵を返した。
「ちょっとまて! ナイフを返せ!」
男は手に持つ父の形見を指差す。ガルンは立ち止まって、男を射殺すように睨みつける。
「先物取引と思って諦めろ。 それにこれは元々オレのだ」
冷淡にそう告げると、二度と振り返らずに歩き去った。
その様子をハラハラと見守っていたカナンが、ガルンにパタパタと走り寄る。
「何かな、今の乱暴な態度は?! 剣士としてなっちゃいないよ!」
ムスっとするカナンをスルーして歩き続ける。
「全くもう! だいたい百万なんて大金どーするのかな? どう工面するのかな? 私の持ち金だって八万しかないよ!」
百メートル程離れてから、ようやくガルンは足を止めた。
「この短刀は“奴ら”が盗んで言った父の形見だ。あいつは確実に情報を持っている……。恐怖で釣るより、あいつ見たいな強欲者は利益で釣る方が安全だ。それに運がよければ色々釣れるかも知れない」
「……そう上手くいくかな? でも、お金はどうすのかな?」
カナンの不安な顔を見て、ガルンは不敵な笑みで横の建物を見上げた。
武道場を。
「これだけデカイんだ。賭博はしてるはずだ」
ガルンは手っ取り早い金儲けの方法を提示した。