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黒閾のダークブレイズ  Re.FIRE  作者: 星住宙希
第二章
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禍津日

大木の爆ぜ割れる、悲鳴のような音が森に響き渡った。


耳障りな木々をへし折る破砕音が続く。


「はぁ、はあ……」


乱れる呼吸を整えようともせずに、ガルンはよろよろと森を徘徊していた。


その後方にひっそりと蒼い狼が続く。


《卿は何を考えている?》


言葉を無視して粗い呼吸のまま前進を続ける。


その姿は、まるで雪山を進む遭難者のようだ。


《町の生き残りの半数の幽体を喰らうとは……卿は何をしているか分かっているのか?》


「お前が体を治すのに幽体を食べろと……言ったぞ」


ガルンは後も向かずに、体を引きずるように前進する。


身体中の外的傷は治っていた。


邪妖狼の血の効果である。


血を受けた後、体が分離するような激痛の中、ガルンは生き残っている人間の幽体を貪り喰ったのだ。


《幽体とは人間を構成する要素の一だ。これを失った人間は霊核が抜け落ちて数時間で死ぬ。卿は同族殺しをしているのに他ならない》


その言葉にガルンは足を止めて天を仰いだ。


パラパラと降ってくるものがある。


白い結晶。


雪だ。


「あのまま、ほって置いてもどのみち死んでいたさ」


病的な笑みを浮かべながら降ってくる雪を掴もうとした。


満足に動かない手足では触れることもままならない。


小刻みに震える手を見て、苛々気に拳を握り込む。


ガルンが血の効果で、体を何とか動かせるようになるのに半日が経過していた。


ほとんどの村人の命は手遅れである。


「死ぬなら、せめて俺の糧になってもらう……」


《助かる同胞もいたかも知れんぞ……》


邪妖狼のその言葉を無視して、ガルンは再び歩き始めた。


蒼い狼は数時その場に佇んでいたが、木の破砕音を聴いてその後を追うように歩き出す。


《卿は浄化も出来ぬのに、多大な命を粗末に扱った。その為、貴様の取り込んだ幽体が悪霊化しかかっている。このままでは生きたまま、悪霊と化すぞ》


「悪霊……?」


《卿が通る、周りの木々が悲鳴を上げている。洩れ出ている幽体が怨念に惹かれて暴走しているのだ》


「……」


ガルンは木にもたれ掛かった。


ミチミチと嫌な音を立てながら木が捩切れていく。


(悪霊? 化け物になると言うこと? でも、この力があれば、あいつらを皆殺しに出来るかもしれない)


ガルンの病的な笑みが、更に濃さをましたように感じてデュアルウルフは戦慄した。


救ったはずの生命は、助かった命に価値を見出だしていない。


姉の意志を理解していないのだ。


《今の卿なら精霊界側も見えるはずだ。全ての世界は調和と生命の循環で出来ている》


ガルンの視界がぼやけて行く。


今まで見ていた森と違う、別の世界が見え始めた。


(なんだ……これ?)


まるで世界全てが水の中に埋没したようなイメージ。


そして、光揺らめく像が幾つも見える。


木々の位置に緑色の光の揺らぎを感じた。


生命力溢れたそれらが酷く怯えている。


怯えている理由が自分の体から溢れ出している、黒い煙りのような物だとようやく理解した。


目を凝らすと、どす黒いカエルの卵のような気持ち悪い触手の様に見える。


その触手が背後の緑の存在を搦め捕り、侵食し、食い散らかしているように感じた。


(こいつが……木を……いや、木の精霊を食べてる?)


その行為に呼応して木々の命が、樹木自体が砕けているのだ。


《全ての物は等しく等価値の存在だ。生存の為に他者の命を奪うのも必然。逆に自らが食われるのも必然。全ての物に敬意を払い、奪った命は自らの血と肉となり、その自らの命すら他の者に還元される。それは星霊と言う一つの自然存在の中で行われる生命の循環だ》


「……食物連鎖だろ」


独り言の様に呟く。


邪妖狼はそれを首を縦に振って肯定した。


《その概念を知るなら、卿のしている事は世界を狂わす奇行だと分かるはずだ。過剰な死を撒き散らす存在は自然の摂理を、生態系を、星霊の命すら縮ませる事に繋がる》


「今の俺は世界から外れている……と言いたいのか?」


邪妖狼は首を横に振って否定した。


慈しむような、哀しむような瞳でガルンを見つめる。


《卿だけではない。他にもそのような世界のネクローシスは存在する。その中でも人間と言う種自体が持つ業は異常だ。趣味嗜好の為に世界を、生態系を、自然を破壊していく……》


蒼い炎が一瞬燃え上がったようにガルンには感じた。


自分の憎悪に近い熱さを感じて目を細める。


精霊世界に片足を突っ込んでようやく理解した。


目の前の狼の存在の大きさを。


(でかい……それに、何て凄い光だ)


精霊界側から見る邪妖狼はまるで蒼い太陽のようだ。


目が眩むような神々しさがある。


《人間は自らの種の絶滅は願っていない。だが、その行為は世界の滅びを促している。死にたくは無いのに生きる環境を殺していく。矛盾した生き方が人間種の業だ》


「……人間は世界の敵って事? お前が言ってる事はよく分からないよ」


ガルンはそう言うと眉を寄せた。


しっかりしていると言っても十に満たない年齢だ。


《我は身勝手な人間ばかりではないと知っている。大多数の悪性を除去するために、数少ない良性を犠牲にする考えはない》


「……?」


疑問に眉を寄せる。


始めから理解しがたい内容に、とうとうついて行けなくなってきたのだ。


《しかし……今のお前は悪性そのものに、世界の歪みになりつつある》


「世界の歪み?」


《このままでは卿は悪霊として死ぬ事になるだろう。アポトーシスならばまだ良い。しかし、もし世界の敵となった時は……》


「……」


蒼い炎の濃度が――光輝が増す。


《我が卿を殺す。それだけは覚えておくがいい》


「命を助けたのに、今度は俺を殺す?」


ガルンはよろよろと木から離れる。


邪妖狼は微塵も動かない。


しかし、その身から溢れた鬼気がガルンを下がらせた。


《もし生き延びる事ができたのならば、その事を夢ユメ忘れるな。我が名はクフル。卿の死を見つめるモノだ》


そう言うと、蒼い狼は一声吠えると森の奥に走り去った。


まるで蒼い鬼火が消え去るように。


ガルンはその姿を茫然と見送ってからその場にへたりこんだ。


足に力が入らない。


体が小刻みに震えている。


身体から洩れていた幽体の大半が消え去っていた。


蒼い炎は浄化の光だったのか。


身体に力が入らない。


急激に意識が遠退いていく。


降り出した雪の冷気が、いやがおうにも体力を奪っていく。


(駄目だ……今のこの身体でも出来る事……。せめて姉さんの遺体を見つけ……なきゃ)


ガルンは歯を食いしばると雪空の中を歩き出した。


降り出した雪が、体温と共に体力を根こそぎ奪って行く。


視界が段々と白く閉ざされ始めた。


靄が掛かったような、曖昧な白い世界。


雪の為か、意識が混濁して来た為かは分からない。


ただ、ガルンはその白い世界に埋もれて行った……。


目が覚めた時、自分が洞窟の中に居ることにガルンは気がついた。


鍾乳洞らしき空間は、何故か壁全体が鈍い緑の光りを放っている。


それが、付着した発光種の苔のおかげであるとは露とも思わない。


そのため洞窟内でもはっきりと目が利く。


「気がついた?」


視界の外から声がかかった。


声のトーンからガルンと似たような年の少女の声と分かる。


「誰だ……」


身体を起こそうとして、体が鉛のように重い事に気が付いた。


体の痛みは引いている。


だが、腕すら満足に動かせない。


真上から、金髪の少女の顔がひょこっと現れた。


コロコロした笑顔の上に赤い瞳が良く栄える。


「丸二日寝っぱなしだったからね。体の傷は驚異的に快復したみたいだけど、体力は回復してないでしょ?」


「……?」


目の前に現れた、屈託のない笑顔の少女に戸惑いを覚える。


「ハイハイは~い」


と、言いながら少女はガルンの上体を手で起こした。


「私はカナン、カナン・パルフィスコー。気軽にカナンって呼んでね!」


「……俺はガルン、ガルン・ヴァーミリオン」


太陽のような元気少女を、目をぱちくりさせながら見る。


この地方では見慣れない、巫女装束のような衣裳を身に纏っていた。


「おっ、ようやく目が醒めたか坊主」


今度は男の声がした。


首を声の方向――右に向けると、そこには40前半の肉感的な男が立っていた。


手にはぴくりともしない鹿が握られている。


「雪の中で凍死仕掛けていたのを見つけた時には、かなりびっくりしたぞ。あの状態でくたばらないとは運がいい」


「……」


「なんであんな獣道に倒れていたんだ?」


「……」


「だんまりか? まあ、それでもいいがな」


男は無造作に狩りたてらしい男鹿を、カナンの方に向かって投げ放った。


「親父やるじゃん! 今日は鹿尽くしだね」


カナンは喜々として鹿を奥の方に引っ張って行く。

ガルンはその様を見送ってから、男を訝しむ様に睨みつけた。


「あんた……なんだ?」


ガルンの視線に敵意を感じて、男は砕けた笑みを浮かべた。


「なんだ……って、せめて何者だとか言ってくれよ。俺はグラハト。まあ、剣術士って奴だ」


「……お前はなんだ?」


「だから、俺はグラハト、グラハト・パルフィスコー。しがない剣術士だっつうの」


「お前は【何なんだ】と聞いている」


ガルンの再三の質問にグラハトは苦笑いを浮かべた。


「お前、解るのか?」


「お前は姿形、気配も人間だ……。だけど、存在が変だ。“向こう側”から見ると別の何かに見える」


ガルンには二つの世界が見える。


こちら側と向こう側……蒼き狼の言う所の精霊界とやらである。


「ほー。その歳で達人……な訳はないな。特殊能力持ちか? それとも特殊な眼の持ち主か?」


グラハトは軽く口笛を吹いた。


看破した事を、心底驚いているように見える。


ガルンが精霊界側から見るグラハトの姿は酷くいびつなモノだ。


人の形をした絶えず流動する、黒い炎の渦のような揺らめき。


蒼き狼とは対照的過ぎる。


「俺は“ある剣技”を識った為に存在が変質してしまった。まあ、異端者見たいなものだ」


頬をポリポリ掻きながら少年の様に笑う。


だが、ガルンにはその笑みすら異質に感じる。


警戒心を全く解かないガルンの様子に、グラハトは小さく溜め息をついた。


「まあ~いいけどな」


そう呟くとカナンの歩き去った方向に足を運ぼうとして、直ぐに足を止めた。


ちらっとガルンを見てから、


「お前、なんで俺に助けれられたと思う?」


と問い掛けた。


「……?」


「お前も俺同様、存在が変質してるからだ」


グラハトはニヤリと笑うとそのまま奥に歩き去った。


「俺の……存在が変質している?」


愕然と自らの体を凝視する。


自身に重なるように見える姿は……。


蒼い狼の神々しい蒼い光とは似ても似つかない、青黒い酷く濁った、炎の渦の様に見えた。


《今のお前は悪性そのものに、世界の歪みになりつつある》


クフルの言葉が脳裏を過ぎる。


「世界の敵……」


何故かその言葉を発した蒼い狼の、酷く哀しそうな碧い瞳を思い出した。



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