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黒閾のダークブレイズ  Re.FIRE  作者: 星住宙希
第二十章
26/31

月の無い空に世界蛇は哭く 序詞“緋天の開戦”

「以上が連合会議で決まった内容だ」


そう言葉を締め括ったのは、銀髪白眼の壮年の騎士マグリネスだった。


王宮近衛騎士団の中でもかなりの実力で知られている人間である。


メルテシオン本陣作戦会議用の大テントには、闇染作戦に参加する各騎士団の団長と、メルテシオン作戦参謀本部のシンクタンク三人、それに王宮近衛騎士団三人。そして、パリキスがいた。


騎士団はガルンを筆頭にする黒鍵騎士団、緑黄軽甲騎士団。紫獅重騎兵団

紅蓮騎士団、そして、天翼騎士団の団長だ。


まるで強大な岩があるように、アルダークの存在感が極めて目立つ。


ガルンとしては、グラハトの仇が眼の前にいるのだ。苛立ちを通り越して殺意を覚える所だが、今はパリキスの守護が優先だと自制する。


王宮近衛騎士団三人には見覚えのある人間が混ざっていた。


無言でVサインをしているのは、調停派遣で出会ったスピカである。


もう一人は茶髪の清々しい顔の美青年だ。


王宮近衛騎士団のマントの下に、金色の鎧を着込んでいる。


“騎士”と言う外見だけなら、理想的な騎士像に近いかもしれない。


メルテシオンの作戦参謀本部からの人間は、三人共白衣を着用している。五十半ばの男二人に二十歳後半の眼鏡をかけた女性だ。





そして、奥の上座に用意された豪華な椅子に座るのは、王女専用の変わった姫甲冑に身を包んだパリキスである。


「それでは明朝に作戦を開始する。皆の者、粉骨砕身で事にあたるがよい」


パリキスの号令に全員、敬礼で答える。


ぞろぞろと退室するなか、ガルンのマントをスピカが引く。


「……? 何だスピカ?」

「ほい」


スピカは無愛想に手にした、でかい袋を渡す。


ガルンは不思議がりながらも中を見た。


中には王宮近衛騎士団の正装一式が入っている。


「どう言う事だスピカ?」


「姫様からの……差し入れ。現役復帰。これでガルンは、メルテシオンでは第三位種権限を……得た事になる。何かあったら思うように動けって……事」


第三位種権限はパリキス、今任務総括のマグリネスに続く権限である。


持っているのはアルダークと王宮近衛騎士だけだ。


ガルンは呆れ気味に微笑した。


どうやら、ガルン達の動きは予測されていたらしい。


これならば作戦無視では無く、独自判断に基づく戦略作戦はありになる。


ガルンはチラリとパリキスに目をやると、ニッコリ微笑み、胸元で小さく手を振る姿が映った。


ガルンも釣られて手を上げる。


「……」


それから三秒程して、微妙にニヤつくスピカに気がついた。






「……何だよ」


「……何も言ってないよ」


ガルンは恥ずかしいのをごまかす為か、小さく舌打ちしてテントを後にした。


テントの外にでると、三人がガルンを待ち構える様に立っていた。


アルダークにマグリネス、それに茶髪の王宮近衛騎士だ。


視界にアルダークが入り、ガルンの目付きが怪しく光る。


「あの時の少年が、ここまで育つとはな」


「……今ならテメェーも捻り殺せるぜ?」


ガルンの右腕が魔剣に伸びる。


そこでガルンの身体は強張った。


ガルンとアルダークの間に剣が伸びていた。


白銀の分厚い刃には重圧感がある。


幾重ものエノク文字が刻まれたグレートソード。


それからは、身体を萎縮させるのに十分なオーラが漂っていた。


神気を纏った清浄なる波動。


「明日には作戦だ。私闘は止めたまえ」


剣の持ち主、茶髪の青年は真剣な眼差しを向ける。


いつ剣を抜いたか分からない速度。


感じるチャクラは六つ。

ただ者では無い。


「気にするなデュランダーク。この者達の挨拶のようなものだ」


マグリネスの声に、デュランダークと呼ばれた青年は、畏まると剣を納める。


(こいつ……)


ガルンの直感が異質な驚異を感じ取る。




精霊の眼に切り替えて納得する。


存在が変質している。


聖側に。


今までに見たパリキスやアルダークのようなものとは、根本的な質が違う。


これはグラハトと同じ。いや、真逆だと感じる。


人の身で別存在にシフトした人間だと。


「姫の御身は我等が護り通す。貴公は存分にその力を発揮したまえ」


マグリネスの言葉に、ガルンは周りを警戒しながら無言で頷く。


目の前の王宮近衛騎士の存在の光には覚えがある。


第三王女と立ち会ったさいに木陰で感じた光だ。


それを遮るようにアルダークが一歩前に出る。


「貴様の憤りは分からなくは無い。貴様の正義は貴様だけのモノであり、我が正義は我だけのモノだからだ」


アルダークの答えに、ガルンのこめかみに青筋が走る。


「それが、グラハトを殺した謝罪のつもりか?」


「謝罪? 何故、謝罪が必要だ。我等は我等の正義に従い事をなしたまでだ。謝罪をする気など毛頭ない。では、あの者の犯した罪はどうなる? 貴様が奴の仇を討ちたいように、奴に殺された人間の縁者は等しく復讐心を持っているぞ。その者たちに、貴様は奴の代わりに謝罪して回るのか?」


ガルンは沈黙した。


確かにグラハトは昔、闇主側で戦ったと言っていた事を思い出す。


その戦いがどれだけ苛酷で悲惨だったかは謎である。


その時に、どれだけの人間が死んだかも分からない。


アルダークの言うように、グラハトを親や恋人の仇と付け狙う輩も存在したのかも知れないのだ。





「人が生きる以上、人が生きている数だけの正義があり、憎しみがあり、信じる神がいる。それがこの神誓王国メルテシオンの分かりやすい姿だ。この国には個人個人で崇める神がおり、正義があり秩序がある。それを誰も咎めはしない。我等が裁くのは思想や理念では無く、その思想や理念が導き出した罪であり、結果だ。犯した罪は断罪されねばならぬ。例えそれが誰であろうとな」


アルダークの威圧的なオーラが広がっていく。


その存在感にプラスして、芯に迫るプレッシャーは背中の大剣のせいだ。


天獄剣と呼ばれた奉剣。


“天使”と呼ばれる上位存在を使役する神秘の武器。


それからは、天使一柱の強大な神霊力が漏れだしている。


(だが……それが……何だ? キサマらのセイギなど糞くらえだ)


ガルンの眼に危険な光が燈る。


封じていた心の奥底から、どす黒い焔がチロチロと漏れだす感覚。


「邪な気配だ」


デュランダークが再び剣に手をかける。


「止めておけ」


唐突に真下から声がかかった。


全員が息を呑んでガルンの影を見る。


そこには赤い、見知った瞳が爛々と輝いていた。


「副……団長?!」


唖然とデュランダークとガルンはそれを見る。


アルダークとマグリネスは仏頂面で沈黙した。





「全く、馬鹿馬鹿しい。貴様らは戦前に何をふざけている? とっとと自陣に戻らんか痴れ者どもが」


影の声には、呆れを通り越して怒りが滲み出ている。


いや、殺意が。


「この戦いに生き残ったら、好きなだけ殺し合いをさせてやる。だが、今は駄目だ。今の貴様らの命は全てパリキス姫のものと思え。塵芥微塵も残さず捧げ尽くせ。いいな」


吸血鬼の鬼気は本気らしく、アルダークですら溜息を零した。


アルダークにも苦手なモノはあるらしい。


「話しがそれたな。我はうち(天翼騎士団)の者を宜しく頼むと言いに来ただけだったのだがな」


「……私は、魔剣士殿を一度じっくり見ておきたいと思ったまでです」


アルダークに続いて、デュランダークが弁解する。


マグリネスは武骨な顔に、苦笑いを浮かべただけであった。


「まあ、良い。貴様ら全員とっとと帰還し、明日の準備を整えて置け!」


影の主に告げられ、全員微妙な表情で顔を見合わせる。


その声に逆らえる権限を現在持つのは、総括のマグリネスと別騎士団のアルダークだが、二人はその言葉に従う様に、無言でその場を後にした。


ガルンとデュランダークもそれに倣う。


決戦前に微妙な空気を残して、騎士達はそれぞれの在りかに帰っていった。


唯一足元にへばり付く存在に、ガルンは批難の目を向ける。



「何か言いたそうだな?」


アズマリアの声にガルンはムッとした表情で答える。


しかし、少ししてから足を止めた。


「あの王宮近衛騎士団の茶髪……あいつは何者だ?」


1番気になった一点。


その質問に影は笑ったようだった。


「英雄騎士アレス・デュランダーク。王宮近衛騎士団に居た時に、名前ぐらい聞いた事があるだろう?」


ガルンは名前を思い出そうとするが徒労に終わる。

根本的に他人への興味の薄い性格では仕方がない。


「王宮近衛騎士団最強と呼ばれる男だ。英雄騎士デュランダーク、現存する勇者の一人」


「勇者?」


余りに馬鹿馬鹿しい響きに、ガルンは小馬鹿にした笑みを浮かべる。


幾つもの戦場をくぐり抜けてきたガルンにとって、勇者と言う称号はあくまで英雄譚に上がる絵空事にしか感じない。


勇者とは、世間一般に浸透する程の偉大な功績を残した者につく名声だ。


既にそれを成し得たと言う事になれば、その実力は折り紙つきと言える。


「やれやれだな。メルテシオンでは有名な名なのだがな。王女を救い、邪神霊ネメシスを滅ぼした英雄。パリキス姫が掠われた話しは知っているだろう?」


それには思い当たったのか、ガルンの表情が変わる。





パリキスは二度掠われた事がある。


一度目は元神権収得争いを発端にした権力争い。


二度目がクレゼントの騒ぎだ。


となれば、それが一度目の事件であり、デュランダークはその時の英雄と言う事になる。


「妖精界戦争と呼ばれた事件だ。当時、子供達が頻繁に消える事件が発生した。神隠しと騒がれた結末は、パリキス姫を狙う幽冥神教団と秘術結社の陰謀だった」


妖精界戦争。


発端は幽冥神教団と秘術結社が手を組み、パリキスを掠う事が目的の事件であった。


目的はパリキスに神降ろしをさせ、幽冥神ハルデロスを呼び出させる事。


それにより、今期の元神権限を幽冥神にさせる事である。


「奴らは足のつきにくい、画期的な拉致方法を編み出していた。妖精による、子供を妖精界に引き入れる方法だ」


「妖精による……拉致?」


聞いた事も無い事件に、ガルンの顔が曇る。


「“妖精の穴”と呼ばれる、世界には妖精界に繋がる道があるとされる。しかし、それを認識出来るのは子供と妖精だけだ。そこに“妖精使い”が妖精を使って子供を引き入れる。知らないうちに子供が次々と消えていくと言う寸法だ」


「しかし、パリキスを狙った犯行だろ? 何故、関係ない子供達が掠われたんだ?」





「妖精を操ると言うのは簡単な事では無いと言う事だ。目的のパリキス姫を妖精がなかなか認識出来なかったのさ。パリキス姫らしき少女をとにかく誘い込む。それが限界だようだ」


「それで片っ端かよ」


「ちなみに、それに巻き込まれてセルレイン第一王女も掠われている。セルレイン王女がパリキス姫を目の敵にする理由の一つではあるな」


影は疲れたような声を出した。


逆恨みなのは間違いないが、子供の頃の記憶の刷り込みは中々払拭出来るものではない。


国中で子供が居なくなる事件が頻繁に起これば、流石に騒ぎになる。


「その人攫い事件を解決したのがデュランダークって事か?」


「簡単に言ってしまえば、そう言う事だ。だが、それだけで英雄とは呼ばれはしないぞ? 二人の王女が神隠しに合えば、流石に国規模で捜索隊が組織される。それに借り出されたのがデュランダークだ。そして、姫様達が妖精界に連れ去られた事実にたどり着き、妖精界に侵入する手段をも探し当て、軍隊を派遣して妖精界で人捜しを敢行した。行き着く先には幽冥界教団と秘術結社のエージェントとの戦争つきだ」


「……」


アズマリアは簡潔に説明しているが、その道程は簡単なモノでは無い筈だ。


確かにそれだけで、一つの物語りが作れそうなレベルである。



「奴が勇者と呼ばれる一番の件はこの後だ。幽明冥神教団は無理矢理パリキス姫に神降ろしを行わせた。他の子供達を人質にな。しかし、幼い姫はそれでも事の重大さは理解していたのだ。呼び出す“モノ”を、正規式を無理矢理壊して別のモノに置き換えた」


「別のモノ?」


ガルンの目が細まる。


当然だ。


パリキスは神降ろしに失敗して、半身を呪われたと聴いた。


つまり、そいつがパリキスに呪いをかけた、張本人と言う事になる。


(パリキスはわざと失敗していたのか……)


無意識に拳を握りしめる。


自分がその時に居ればと思うが、その時のガルンはまだ島暮しの頃合いだ。


「呼び出したのは冥王ネメシスの三分のニだった」


冥王ネメシス。

罕星の化身と呼ばれる、邪神の一柱である。その力は星をも砕くと言われる上位存在である。


「三分の……ニ?」


「完全存在を降ろしたら一大事だ。姫は無理矢理術式を破綻させたのであろう。中途半端に現界させられたネメシスは激怒し……姫に呪いをかけた」


吸血鬼の声がトーンダウンする。


この分ではアズマリアも、その件では相当責任を感じているのであろう。

いきさつは不明だが、その時もアズマリアは城を出れなかった可能性が高い。





「力の大半が欠落しながらも、ネメシスは姫の身体から離脱し、妖精界に住まう邪精霊と融合。それにより劣化する存在を固定。存在のランクを下げながらも、邪神霊として顕在化に成功したのだ」


「奴が勇者と呼ばれるのは、そのネメシスを打ち倒したから……か?」


「そう言う事だ。デュランダークは邪神霊ネメシスを倒すために、妖精王ティターニアルから聖剣エグゼス・カリバーンを譲り受けている。正真正銘の勇者と言う事だ」


「……」


英雄騎士デュランダーク。


確かにそれだけの猛者が、パリキスの護りにつくのならば申し分ない。


アズマリアが安心して侵入隊に参加するのも頷ける。


「奴の強さは申し分ない。それに残りの二人、マグリネスとスピカも局地戦闘に置いては無類の強さだ。マグリネスは聖器使いで封殺能力にずば抜けた力を誇り、餓鬼対策には持ってこいの存在だ。スピカは流動のミスティリオンとサクラメントが合わされば、洞窟内でも変幻自在に対応出来る優れた能力者だ」


「ははは、スピカの実力は知っているよ」


ガルンは渇いた笑いを浮かべた。


調停派遣で殺されそうになった事を思い出す。


水銀使い。


型が無い戦術は、本当に刃を交えたら厄介な気がしてくる。


あの、ぬぼ~とした、たたずまいと全く比例しない実力者だから質が悪い。





「そんな豪華メンバーなら……」


「時間稼ぎは可能な筈だ」


「……」


アズマリアのにべもない回答にガルンは沈黙した。


その勇者を持って、時間稼ぎと判断する方も判断する方だが、反論出来ない自分自身に困惑する。


それだけ冥魔族の力は凶悪だ。


「正直、デュランダークが貴様を値踏みしに来たのは理解出来る。当人を前に褒めるのは釈だが、今の貴様はデュランダークとやり合える実力も装備もある」


「偉い褒めようだな……気持ち悪いぞ」


「茶化してる訳ではない。貴様と姉弟子は始めからイレギュラーな存在だ。滅陽神流剣法もイレギュラーなら、武装の魔剣もイレギュラー。今では姫様の聖盾すらある。デュランダークとタメを張ると言うのは過大評価ではない」


「それは嬉しい評価なこって」


ガルンは遠くを見つめて、神妙な笑みを浮かべた。


その評価が正しいならば、逆に言えばガルンもパリキスの警護に回っても時間稼ぎにしかならないと言う事だ。


そんな心情を察したのか、影が鼻で笑う。


それを感じてガルンは足を止めた。


「何だ……?」


「貴様の足らない頭で悩んでも、意味が無いと言いたくてな。これは戦争だ。分かるな? いかに個が強くとも、個には限界がある。防衛戦闘なら尚更だ。貴様は自分が出来る役割を全力で完遂しろ。それが、結局一番有益な結果を生む」




「確かに……それしかないか」


ガルンは自身の両の掌を見つめた。


昔から“助ける”戦いには、一度もまともに勝った試しが無い気がする。


(今回ばかりは負けられない)


見つめていた拳を握りしめると、ガルンは早足で歩き出した。




「ガルン! ちょっとちょっと!」


唐突にかけられた声に反応して、ガルンは足を止めた。


自分専用に立てられたテントの前だ。


声をかけてきた金髪の少女は、手にランチボックスらしき物を握っている。


「どうしたカナン?」


ガルンは不思議そうに手の物を見つめた。


「ジャジャーン! ガルンの好物のアップルパイと、ライトエルフの水!」


得意げに胸を張るカナンを、ガルンは目を丸くして見つめる。


特に好物の少ないガルンだが、姉がたまに作ってくれたアップルパイの味だけは記憶に残っていた。


グラハトとカナンと過ごしていた時に好きな物はと聞かれて、そう答えた記憶がガルンにはある。


それからティリティース邸で何回か食したが、ライトエルフの姉妹がどこからか持ってくる食材は何時も絶品で、それで作ったアップルパイは本当に好物になってしまった。


メルテシオンの王城住まいの時に、食べたものより美味いので味の良さは間違いない。




「どうしたんだ、それ?」


「えへへー、カナンちゃんが作りました。焼きたてほやほやだよ」


胸を叩くカナンは、どうだと言わんばかりだ。


見せられたアップルパイの出来栄えは悪くは無い。


洞窟住まいの頃から、カナンは大味な料理を得意としていたが、別段料理が下手な訳ではないのだ。


「あー、それなら後でいただくかな」


そう呟くガルンを、カナンが反眼で睨んでくる。


何か獲物を狩る肉食獣のような視線に、ガルンは微妙に退いた。


「ガルンはまだまともに食事とってないよね? とってなかったよね? せめて間食はしようよ。それに少し話しもあるし」


カナンはそう言うと地面を見た。


正確には影を。


「あんたも俺にへばり付いてないで仕事しろよ」


ガルンの苦笑いに、影も同意したようだった。


影から影が分離する。


離れた影は、そのまま近場のテントの影に入り込んで消え去った。


「それじゃ、小休憩しよう」


そう言うとガルンはテントを指差した。


テント内には簡易テーブルと椅子、衣装棚以外は敷物と毛布しかない。


机の上には水筒が一つあるばかりだ。


それを見越してか、カナンはランチボックスの中からコップ二つと小皿も取り出した。


アップルパイの大皿の下にしまっていたらしい。



テキパキとアップルパイをナイフで切り分けると、小皿に乗せてガルンに手渡す。


ガルンは手にした袋を降ろし、器用に大剣二つも外すと、敷物の上に腰を降ろしてそれを受け取った。


「その袋って何かな?」


カナンの視線の先は、王宮近衛騎士の正装が入った袋に注がれている。


「ああ、こいつは王宮近衛騎士団の服だよ。パリキスが気を利かせてくれた見たいだ。王宮近衛騎士団の籍に戻れば、指揮権限は第三位だからな。多少の無茶も許される」


「……」


黙るカナンには気付かずに、ガルンはアップルパイにぱくつく。


「おっ! 美味いぜカナン! 腕を上げたな」


美味そうに食べるガルンを見て、カナンは満面の笑顔を浮かべた。


子供をあやす、母親のような慈愛に満ちた笑みである。


「ところでガルン、いつまでこの国に付き合うのかな?」


「……何言ってるんだカナン? 冥魔族を放置したら世界は奴らに食い尽くされるぞ? 今、戦わないでどうするんだ」


眉を寄せるガルンに、カナンは水筒から水を入れたばかりのコップを差し出す。


「この戦争はしょうがないよ。白き銀嶺の願いでもあるし、世界のピンチを救うのも賛成かな。 大賛成? 聞きたいのはこの戦争の後だよ」


「戦争の後?」




「これが片付いたら、もうこの国にいる必要は無いよね? それとも、やっぱり親父の仇を討ちたい?」


「……」


「それとも……またパリキス姫との借りとか言わないよね。本当は幽宮の塔の一件があるんだから、もうチャラだよね? 警護なんて終わりでいいよね?」


カナンの語尾のトーンが下がる。


ガルンは黙々とアップルパイを口に放り込み、水で一気に嚥下した。


「親父の仇を討ったら、この国にはいられない。天翼騎士団はこの国の代表見たいなものだから。それとも王女様の護衛をずっとやる気じゃないよね? やり続ける筈は無いよね?」


「……それは」


ガルンは言葉を言い淀んだ。


今に追われて、先延ばしにしていた未来。


いつか選択を強いられる未来だ。


「この国に居続ける……その選択だけは、多分無い。この国には敵が多すぎる」


(パリキスにとっても……)


最後の言葉を、ガルンは心の中に押し込んだ。


こればかりは個人の考えだけでは、結論が出ない。


アルセリアの言葉では無いが、パリキスを連れて逃げる――なんと物語のように芳しい語りであろう。


1番現実味が薄い、望ましい未来。


(アルダークを倒して……パリキスを連れて逃げる――よりは、ついでに第一王子、王女を殺す方が現実的か。そこまですればアズマリアが後は何とかするか?)





ガルンの目が細まる。


今の段階では何が最良の選択で、何が愚策なのかは判断できない。


「……どのみち、この国からは……出る。多分、それだけは変わらない」


ガルンのその言葉を聞いて、カナンの顔が輝く。


「うん!そうだね、絶対それが良いよ! この国には嫌な思い出ばかりだもん」


その一言を聞いて満足したのか、カナンは上機嫌になったようだ。


残りのアップルパイを、ガルンの空いた皿にひょいひょいのせる。


「……いや、確かに美味いけどこんなには」


「文句言わずにジャンジャン食べる! わざわざガルンの為にティリティースに送ってもらった素材を使ったんだからね!」


感謝しなさい! と言わんばかりに腰に手を当てて仁王立ちするカナンを、ガルンは破顔して見つめた。


カナンなりの、気の使い方だとよく分かる。


お姉ちゃん気分は抜けていないようだ。


ガルンの笑みにカナンは

少し顔を赤らめた。


ガルンにしては妙に静かな微笑み方だ。


「なっ、何かな。その澄ました笑いは!」


「ん? ああ、こんなに美味いなら、パリキスに一切れやっても許されるかな――と?」


ガルンはそこで言葉を切った。

カナンの片眉が微妙にひくついている事に気がついたからだ。




「それは全部、ぜ~んぶガルンが食べる事! ぜ・ん・ぶ!」


「……? いや、こんなに美味いなら皆に分けても……」


「とにかく! ガルンが食べるの! 良いかな? 分かったかな? 絶対、全部、ガルンが食べる!」


何か鬼気迫るものを感じて、ガルンは無言でコクコクと首を縦に振った。


やはり、最近のカナンは何か変わったような気がする――が、鈍感なガルンにはその程度の認識しかなかった。


「パリキス・キラガ・メルテシオン……」


カナンが小さく呟くその言葉も、ガルンの耳には届かず、大気に溶けて霧散する。


世界を彩る不協和音は、そんな簡単な事から始まっていた。




運命の朝はあっさりと訪れた。


冥夢の幻域のせいで、あいも変わらず世界はどんよりとした空気に包まれている。


合戦前に辺りは慌ただしく活動しているが、ガルン達突入班のメンバー達は作戦室がわりの仮設テント内で、最終確認を行っていた。


「分かっているだろうが最終確認だ。突入時は十二人の一分隊で行動。敵主力や足止めで時間が割かれると判断した場合は二班に分散。一班が足止め、二班が再突入とする。以降は交戦状態で突入をスイッチする。いいな」


そう仕切りながら三脚に乗せたボードを、アズマリアは軽く叩いた。


そこには班別された人間の名前が載っている。




一班のメンバーは、レフトバンガードに魔剣士・カナン。

ライトバンガードに読心の剣士・無名。

レフトハーフバックに竜人の拳闘士・白き銀嶺。

センターハーフバックに神官戦士・ライザック。

ライトハーフバックに魔法剣士・グレイ。

フルバックに天翼騎士団のレッドレイとなっている。


二班はレフトバンガードに王宮近衛騎士団の吸血鬼・アズマリア。

ライトバンガードに魔剣士・ガルン。

レフトハーフバックに多節鞭使いのハオロン。

センターハーフバックに

紅の拳術士・アカイ。

ライトハーフバックに響音の魔法戦士・ブルースフィア。

そして、フルバックに天翼騎士団副団長クライハルトだ。


ボードに書かれた名前は、ツートップの楔型陣形で描かれている。


基本、パーティープレイになれていないガルンには有り難い布陣だ。


最前列ならフォローは勝手にバックが行ってくれる。


考えたのはアズマリアの独断構成だが、バランス的には調った布陣と言えるだろう。


「何か質問は?」


ボード前で質問するアズマリア以外のメンバーは、全員並べられた椅子に着座している。


しかし、そこで元気よく手を上げた少女がいた、カナンだ。


「反対、反対、はんたーい!! ガルンと私と白き銀嶺はこの一年パーティーを組んでました! 同隊に編入希望!」



「却下だ」


即断一蹴。


カナンは目をまるくしてから、ムスッと表情を変える。


「なんでかな?! 納得いかないかな!」


鋭い眼差しに、アズマリアは真っ向から向かい合う。


「貴様と小僧は班の主戦力だ。同隊混成は有り得ない。防衛能力に優れた天翼騎士団の二人をバラしているのと同じ理由だ」


ボードの後衛ポジションを指差す。


レッドレイとクライハルトは最後衛である。


回復魔術の使い手がいない以上、天使の加護は防御と治癒に回す算段だ。


「ライザックのいる一班なら解呪と治癒が同時に行える。だが、二班にはクライハルトしかいない。それのフォローに防御力の高いガルンと我で全面をカバーする。構成的に無駄は無いはずだが?」


天三輝を持つガルンと、不死性の高いアズマリアで回復力をカバーする。戦略的には正しいと大多数が判断する所だろう。


近接戦闘を得意とする二人が全面。支援攻撃、間接攻撃、乱戦に参加可能な第二線。防御、回復役を最後尾。


パーティーとしてはバランスの取れたメンバーと言える。


カナンの反論に賛同する人間がいないのは、当然の結果だ。


「しかし、ガルンとカナンを全面に、完全に一分隊で進むのもありじゃないのか? 正直、俺はそんなに魔法支援は得意じゃないぜ?」




「安心しろ。それを考慮して白き銀嶺を左翼にいれている。支援攻撃は咆哮魔術の十八番だ。貴様は得意のエンチャント(魔力付与)を主流にすればいい」


グレイの質問に、アズマリアは当然のように回答する。


現状況ではやはりベストと言うほかない。


結局、その後、特に異論は無くミーティングはあっさりと終わった。




「よもや、貴様と剣を並べる事になるとはな」


テントを出た所で、ガルンを呼び止めたのは天翼騎士団・副団長クライハルトだった。


アルダーク以上に馬の合わない人間である。


ガルンは冷ややかな目線を送ってから、ゆっくりと振り返った。


「それはこっちの台詞だ。パリキスの事がなければ貴様とは白黒付けたい所だぜ?」


「白か黒なら、結果は始めから出ていると思うが?」


二人の間に見えない火花が飛び交う。


奇しくも同じ白ベースの服装だが、その中身は正反対に近い。


両者の緊張が高まって来た所に、黒い影が二人を覆った。


「出撃前に余裕だな貴様ら?」


ゆったりとした闇から、怒りの波動を感じる。


クライハルトは仕方がないと言わんばかりに、後退した。


「何れ決着をつけよう。それまでは、せめて死んでくれるなよ?」


そう告げると、クライハルトが影から逃げるように立ち去る。


「やれやれだな」


影から浮き上がって来た人物は、露骨にいらついた顔をした。




全身黒づくめの姿は、本来の彼女のスタンスなのだろう。


身に纏ったマントが影と同化したままだ。


「そっちの恰好の方が、“いかにも”で似合っている気がするよ」


ガルンは目の前で、不敵に立つアズマリアを少し誇らしげに眺めた。


姿形が少女でも、これならば吸血鬼の貫禄が出ている。


冥魔族には、視覚的プレッシャーなど微塵も意味は無いだろうが。


「ふん。王宮近衛騎士として目立つ訳にはいかんからな。目立たない服装にしたまでだ」


黒いマントに銀髪がよく栄える。


王宮近衛騎士団の白い服装では目立っていなかったが、この美貌に銀髪では嫌でも目立つ事この上ない。


「そろそろ開戦だ。くだらない意識は全て捨てろ。我らは姫を守る為の一陣の刃だ。敵対するものをこと如く切り捨てるだけで良い。余計な邪念は刃を曇らせるだけだ」


アズマリアの言葉には遊びは無い。


明確な決意と意志とがありありと言葉に映し出されている。


パリキスを護ると言う最上の意志が、それを支えているのだろう。


ガルンの目の色が変わる。


分かりやすい、同じ志しの仲間がいると言うのは心理的な支柱になる。


「そうだな邪念は棄てよう」


ガルンはゆっくりと瞳を閉じた。


自分を形作る明確なイメージは、魔剣ダークブレイズに慣れ親しんだ為か、やはり焔である。





大地より沸き立つ黒い業火。


それは、大気を焼きながら天を穿つ。


ただ、全てを焦がす炎では無い。


闇に囚われ易いパリキスを照らす、一条の光。


迫る闇を全て焦がし、彼女の進む道を照らす篝火となる。


それが現在のガルンの在り方だ。


(我は炎。黒き焔。一切合切を灰燼と化し、あらゆる禍を焼き尽くす。払い撃つ神代の刃)


身体に走る寒気。


心地良い、背筋の芯を通るような、全ての細胞を目覚めさせるような震え。


今までに感じた事が無い高揚感に、ガルンは自然に笑みが漏れた。


「武者震いで、それだけ笑えれば十分だな」


アズマリアは半分呆れたようにガルンを眺める。


アズマリア的には気に食わないが、パリキスが1番頼りにしているのはこの少年なのだ。


「そろそろ時刻だ。いくぞ!」


「了解」


二人の騎士は早足に前に向かう。


向かう先は、生と死が介在する魔境“冥夢の幻域”。


何処からか空に炎の矢が打ち上げられた。


大空で四散する様は、大輪の花火のようだが、それと共に大地に唸り声が溢れ出す。


対冥魔連合四国に存在する魔術師達の、同時複合呪文詠唱。


実際、これだけの人数での魔術が合わされば、城すら吹き飛ばす力が在るやも知れない。


それが大地に突き刺さる。


こうして、後の世に“冥魔大戦”と呼ばれた戦争の、最後の戦いは始まったのだった。

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