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黒閾のダークブレイズ  Re.FIRE  作者: 星住宙希
第二十章
25/31

死神の舞う地へ

ガルンが指揮権を無名に預けて、メルテシオンの王城に戻るという暴挙をしでかしたのは、冥魔族を退けて直ぐの事であった。


冥魔黎明衆を囮にした、冥魔族の強襲作戦にまんまと嵌まった黒鍵騎士団の損耗率は三割を越えている。


数にして九百。


せっかく増強された戦力の、三分一が失われたといっても過言では無い。


この混乱の中、団長が騎士団から抜け出すなど前代未聞の珍事と言えよう。


カナンとネーブルには猛反対されたが、暖簾に腕押し、糠に釘だ。


姫を知っている白き銀嶺とアカイだけは、訳を聞いて納得する。


他の面子は判断保留と言う結論だ。


黒鍵騎士団には数少ない召喚師にワイバーン(翼竜)を喚び出させると、ガルンはそれに乗って、転移ゲートのある街にさっさと向かってしまった。




ガルンが王城に着いたのは、それから二日後の事である。


ガルンの来訪は予想されていたのか、門戸は開いており、直通でアズマリアの元に向かう事になった。


向かうは例の地下の書庫だ。


室内でガルンを出迎えたのは、苛々を通りこして、ただ不機嫌なアズマリア以外にもう一人いた。


「よう」


と、右手を上げて、気さくに声をかけるのはグライドだ。顔中に真新しい治療痕が見える。


特に気になったのはプラプラ靡いている左袖だ。





「どうしたんだ、その腕は?」


ガルンは酷く驚いた表情を浮かべた。


グライドには虚偽認識の特殊能力がある。


そうそう手傷は負わない筈だ。


「ちょっと奴らの本拠地に乗り込んだらこの様さ。連れていった王宮近衛騎士二名と、雇ったアサシンギルドの精鋭四人も連れて戻れなかった。参った参った」


グライドは軽く苦笑いで気楽に告げるが、顔には悲壮感が張り付いている。


向かった先がどのような地獄だったかは、後で報告書が上がって来るであろう。


「まず、ガルン。貴様の言いたい事は分かる。少し待て」


アズマリアの言葉に、ガルンは柳眉を逆立てた。


「ふざけるなよ! 後回しも何も無い! 何故パリキスが戦地に行く事になっている! あんたがいて何だこの有様は!」


「黙れ小僧!!」


アズマリアの声と、破砕音が地下中に響き渡った。


一撃で粉砕したテーブルから、アズマリアはゆっくりと拳を上げる。勢い余って床を貫通してしまっていた。


「我がいたら、そんな事をさせる訳がなかろうが! 我が対冥魔連合の作戦立案会議に出ている隙に、王族会議で決められてしまったのだ! まんまとダムスライドとセルレインにしてやられたわ!」




心底悔しがるアズマリアの姿を見て、ガルンはわざとらしく大きく舌打ちする。


ほくそ笑む第一王子と王女の顔が、意図もたやすく浮かぶ。





これでは憤りが募るばかりで、怒りを発散させる場所がない。


ガルンは仕方なく、力の限り拳を握りしめた。


「坊主には頑張って貰わなければならないんでしょうが? 先に簡単に俺から説明しますよ」


そう言いながら、グライドは懐から一冊の記録帳を取り出すと、アズマリアの前に差し出した。


「……そうだな」


真っ二つになったテーブルと差し出された記録帳を見て、ようやくアズマリアは落ち着いたようだった。


渋々グライドの提案に頷くと記録帳を受け取り、無言でそれを読み始めた。


それを確認してから、グライドは表情を緩めてからガルンに向き直った。


「この一年の散々な戦闘結果は……まあ、わかるだろ? このままでは奴らの侵食が広がるばかりだ。それに業を煮やした首脳陣らは、賭に出ることにしたのさ 」


「闇染作戦……」


「そう言う事だな。発案はダムスライド閣下だ。メルテシオンがクレゼントの魔道書庫から発見したフェイク・サウザンド・グリモアを使った電撃作戦。完全な殲滅作戦だな。軍の損失率さえ考えなければ、確かに効果的な作戦だ。それの説明、説得、連携スケジュールの調整役で副団長は借り出されていた。その間に、奥の手として考えられたのが神罰作戦だ」





「神罰作戦? それに何故パリキスが関係するんだ?」


ガルンの顔に不服の色が濃く出始める。


「概要は簡単だ。奴らの中枢で“神降ろし”を敢行する」


「はぁ……?!」


ガルンが目を剥くのは当然だ。


神降ろし。


文字通り“神”と呼ばれる上位存在をこの地に呼び寄せる究極能力の一つ。


依り代の器を媒介に神性をその身に宿し、奇跡に連なる力を発露する。


依り代に力は左右されるが、擬似的にでも神の力を使う事が可能になるのだ。


その力を説明する必要も無い。


単純に千眼の魔神バロール・フェロス一柱が示現

されると考えればいい。


クレゼントの魔道書融合憑衣体の眼力は五十だった。


最低でも、あれの二十倍の力を持つ戦力が顕在化される事になる。


神とは“観たり”“話す”だけで因果干渉し、過程をすっ飛ばして事象結果だけを創造可能な、常識を打ち砕く最大戦力と言えよう。


「神性干渉の強制力は常軌を逸している。王国一つ滅ぼすのに四半刻もかかるまい。あれとまともに対峙出来るのは高位存在や例外だけだろう……」


アズマリアは記録帳を見ながらも、チラリとガルンを見詰めた。


眼の前に、その例外が転がっている奇跡をどう判断すべきか。


神にさえ届く刃を持つ、闇主側の魔剣士。


多神教国家であるメルテシオンに置いては、闇主側云々は本来問題にはならない。




何故なら死を司る、幽冥神ハルデロス、月星神アルテオースなど闇側よりの神すら崇められているからだ。


問題となるのは神殺しの力である。


崇拝する神に刃向かう力など許される訳がない。


ガルンの存在はこの国では余りに異端と言える。


(それが吉と出るか、凶とでるか)


アズマリアは頭痛の種を思い出して、眉間にシワを寄せた。


問題は山積である。


「確かに神様なら……それは強いだろうさ。しかし、そんな簡単な話しならパリキスの力で初めから奴らを駆逐しているよな?」


「……その通りだ。そんな単純な話では無い」


アズマリアは脱力したのか椅子に座り直した。


今だガルンに断たれた腕の影響か、顔色が優れないのは相変わらずだ。


「お前は幽宮の搭の事を覚えているか? 貴様は地下で“アレ”を見た筈だ」


ガルンの顔が一瞬で曇る。


半死半生で落とされた、地獄の釜。


死が満ちた、死者の墓場を。


そこには悪夢の世界が拡がっていた。


「クレゼント程のネクロマンサー(死霊術師)でも、魔神一柱を呼ぶのにあれだけの贄を必要とするのだ。何の儀式準備もなければ、姫の負担がどれだけのモノになるかは分かるだろう? 姫はネクロマンサーでは無い。幽体や魂など何の補助にもならん」


「……」




ガルンは沈黙した。


自身には幽体喰いの能力で、死者すら力に換える力がある。


しかし、パリキスにはそれが無い。


純粋に自身の力のみ。


それがどれだけ苛酷な条件かは、誰でも容易に想像がつく事であろう。


「条件は最悪だな。奴らの根城は神聖な領域とは真逆だ。神降ろしをするには全く適さない。唯一の救いは地脈の集積点がある事だが……。それは、既に奴らが儀式に使っている」


グライドの意味深な言葉に、ガルンの目付きが変わった。


この急な作戦には無理がある。


ならば、それを敢行しなければならない理由がある筈だ。


「儀式って何だ?」


ガルンの質問に、アズマリアは持っていた記録帳を投げ渡した。


慌ててそれをガルンは受け取る。


拳を強く握りしめすぎて、指が軽く硬直していたからだ。


「それはグライドに内偵させていた記録だ。奴らは地脈を使って二つの儀式を行っている」


アズマリアはグライドに視線を送る。当事者の説明の方が手っ取り早いと言う判断であろう。


「一つは単純に異世界召喚だ。奴らは自分達を呼び寄せた召喚機構が残っている事を良い事に、現在も定期的に地脈の霊力を利用して仲間を呼び寄せている。奴らの数が一行に減らないのはその為だ」




「道理で、うようよいやがる訳だ……。だが、何で奴らは召喚魔術が使える? 奴らの妖術と、こちらの魔術では術式のプロセスが違い過ぎるだろう?」


当然の疑問だ。


特に異世界召喚は難易度が高い。


現にマドゥールク共和国による超人兵召喚計画は失敗している。


「忘れたのか? 奴らは人間の記憶を喰う。あれで知識だけは取り込み放題だ。起動させるだけなら十分な知識だろうさ」


「欝陶しいこったな」


「全くだ。そして、もう一つが問題だ。奴らは“冥夢の幻域”と言う広域空間結界の大魔術を行おうとしている」


「冥夢の幻域……」


ガルンは顔を曇らせた。


冥魔黎明衆・ハリイツの顔が浮かぶ。


彼の捨て台詞を思い出した。


酷く不吉なワードに思えてならないのは、それに言魂が宿っている為か。


「その大仰な名の魔術は、どんな効力があるんだ?」


「世界書き換えの大魔術だ。信じられん話だがな」


ガルンに返答したのはアズマリアだ。


椅子に踏ん反り返っている姿は、蛮族のように荒々しい。


呆れ返ったのか、諦めたのか、開き直ったのかは謎だ。


しかし、アズマリアの表情は変わっていた。


「奴らは世界を作り替えて、自分達の活きやすい環境を造ろうとしている。地脈を使った大規模魔術だ」




「世界の書き換え?」


耳慣れないフレーズに疑問が浮かぶ。


基本的にガルンには、魔術知識はほぼ無い。


それでも、頭に閃く予備知識はある。


黒鍵騎士団時の一任務で出会った、結界魔法陣使い。


あれは一つの結界内を要塞と化していた。


そして、魔道書“魔喰教典”内部。


かなり有り得ないレベルの話だが、理解は出来る。


「空間結界の類い……と言う事なのか?」


ガルンの呟いた空間結界とは、一定空間内を別世界に変える特殊魔術である。その空間内では術者は無類の力を発揮し、空間自体が攻性能力を持つ場合すらあるのだ。


「それの拡大版だな。霊脈を使って、世界そのものに干渉する特大魔術を使う気だ」


「それが世界の書き換えって事か?」


「そう言う事だ。これが発動すれば、そこは一つの異界となる。奴らの能力も大幅に強化される事は間違いないだろう」


グライドの答えに、ガルンは頬が引き攣るのを感じた。


現在の冥魔族の吸奪結界や呪詛妖術すら、十二分にその猛威を発揮している。


それが強化されるとなれば、洒落では済まされない。


「この大魔術が発動すれば、マドゥールクの大半は汚染される。さらに質が悪いのは地脈を使って、領地が拡大していくことだ」





ようやくガルンは作戦が急がれた理由を理解した。


これはウィルス汚染に近い。


何の処置もしないで手を拱いていれば、甚大な被害が拡がるだけだ。


各国家が緊急手段に打って出たのは、自国の冥魔族の加速度的な浸蝕を恐れた為だ。


国益が関係すれば、国と言うものは行動が早い。


その為に、闇染作戦は敢行される事になったのであろう。


「異世界召喚にしろ、冥夢の幻域にしろ、中枢になっているのはユガリウス大洞窟の霊脈だ。このパワースポットを瓦解させれば奴らの苗床は無くなる。病巣の根幹が廃除出来れば、後はどうとでもなろう」


「ようはユガリウス大洞窟を潰せばいいんだろ? 外から魔法か何かでブッ壊すとか出来ないのか?」


ガルンの提案にアズマリアは呆れた顔をして、グライドは苦笑いを浮かべた。


確かに四国の連合組織だ。


抱えている魔術師の数も相当なものだろう。


しかし、この考えは魔術知識に乏しい人間の、安直な考えと言える。


「やはり面倒だな貴様は。説明が欝陶しい。とりあえず答えはNOだ」


アズマリアはガルンの提案を即断否決した。


ガルンはムッとするが、グライドは仕方がないとばかりにフォローを入れる。


「まあ、待て坊主。魔法はそんなに万能でもなければ、そこまで強力でも無い。ユガリウス大洞窟の広さはメルテシオンの王城の十倍はある。深度も考えればそれ以上だ」



「そんな大規模破壊魔法は無い……って事か?」


「ん~、まあ、噂では無い事は無いが、根本的に大地を攻撃するのは構造的に難しいって事だ」


流石に魔法は専門外のためか、グライドの言葉が詰まり出した。


それを見て、アズマリアは小さく溜息を吐くと、軽く手を叩いた。


「分かり易く説明するぞ? そんな大規模破壊魔法がほいほい使えれば戦争など起こりは終い。敵対する本拠地ごと消し去れば良いのだからな。まあ、王城辺りなら不可能では無いが、地下となると話は違う。問題は質量だ」


「質量?」


「貴様のような魔術ドシロウトにも分かり易く説明すれば、マッチ一本が炎の魔術だと思え。マッチで出せる火力は限られる。それで木々など燃えやすい物は燃やせるが、レンガを燃やせといっても不可能であろう? それと理屈は同じだ。地表は焼き払えても、中までは届かん。隕石を落とそうが、地震を起こそうが、大地そのものを消し去る大規模魔術などそうそう存在しないからだ。地脈を崩すレベルとなれば尚更な」


アズマリアの卑下する目に、ガルンは些か苛立ちを感じたが、説明は理解出来たので我慢する。


ようは星に穴を開けるレベルでなければ意味がないのだ。


上層部は幾らでも壊せるが、地下層までは届かないのである。





「どちらにしろ、施設や本拠地に何の対抗策も施さない馬鹿はいないだろう。それに大規模魔術など予備準備や魔力の過剰集中等で直ぐに感知されるのがオチだ」


「どちらにしろ、上手くはいかないと言う事か」


「そう言う事だ」


アズマリアは、さも馬鹿馬鹿しいと言いたそうな顔だ。


外からの攻撃が無意味となると、やはり闇染作戦を決行するしか手は無い。


それが分かるからこそ、目の前の吸血鬼は作戦自体を取り潰す事が出来ないのだ。


「この作戦の最終目的は、霊脈の集積地点にあるだろう神殿か祭壇の破壊って事だ。復旧が不可能なぐらい叩けば、後は時間が解決してくれる。いかに冥魔族が強力とは言え、国とでは戦力が違うからな」


グライドの意見は確実だろう。異世界召喚さえ封じれば、冥魔族の人数が爆発的に増える事は無い。後は損害を度外視した、数の暴力で殲滅すればいいのだ。


冥魔族一人を倒すのに300人の犠牲があれば、統計上は可能だと出ているのだから。


「闇染作戦は、発案国であるメルテシオンの名にかけて成功させねばならない。どのみち、この作戦で霊脈破壊が不可能だった場合、被害は四国では収まるまい。間違えればこの世界全てが奴らに喰い尽くされるだろう。ならばこそ……姫が参加せねばならないのだ」





苦渋の声には、憤りと義務感と諦観に苛まれた苦味が出ていた。


アズマリアがパリキス派遣を阻止できない、もどかしさがそこにはある。


「だがよ! この作戦に、パリキスが絶対参加しなくちゃならない理由は無いだろうが? 要は中枢的な霊脈を潰せばいいんだろ?」


ガルンの質問にアズマリアは、腹立だしそうに歯をかち鳴らす。


吸血鬼特有の鋭く尖った犬歯が牙をむく。


「姫様の参加は保険だ。姫が参加するからこそ、負けは無いと言う判断で、他国は大損害覚悟で出兵する」


「……? どう言う事だ」

ガルンは露骨に眉間にシワを寄せる。


何か嫌な予感がする。


「闇染作戦は実際三つの計画で成り立っている。

根幹は全て一緒だ。霊脈中枢機関の破壊が主目的であり、そこに行き着くまでの計画となる。第一計画が深度内部での魔人召喚計画“サウザンドアイズ・サンクチュアリ”。これは奴らの戦力を削る事が第一目的に設定されている。それの失敗、暴走、進攻頓挫をした場合、姫様の神降ろしでの領域浄化、制圧目的の作戦“パニッシャー”に移行される。そして……もし姫様が何らかの理由で、神降ろしが出来ない、もしくは、術が破綻した場合。姫様を囮とした、各国精鋭部隊による突入作戦“サクリファイス・マーチ”が発動される」




「パリキスを……囮に使う?!」


いきなり予想外の回答にガルンは硬直した。


それは、始めからこの作戦には、パリキスの生存確率が折り込まれていない事を吐露しているのに等しい。


アズマリアの苦悩の表情からも、それは読み取れる。


「パリキスを囮に、精鋭部隊が霊脈潰しに行くって事は……」


「天翼騎士団は全て直衛には付かない。姫様の護衛は正式には王宮近衛騎士団三人のみだ」


「さっ、三人のみだと?! 敵の本拠地に乗り込むのに?! 他の王宮近衛騎士は出せないのか!」


「……王宮近衛騎士団は王を護るのが主任務だ。王が出兵なさっても突入は有り得ない。規定で考えれば、これが最大人員と言える」


アズマリアの言葉にガルンは絶句した。


これではパリキスには、死にに行けと言っているのに等しい。


通常の冥魔族ですら、王宮近衛騎士が三人掛かりで一人を倒したのだ。


ハリイツのような冥魔黎明衆が出てくる本拠地は、生半可な戦力では済まないだろう。


「この作戦は姫の死も、一つの戦略として織り込み済みなのだ。神降ろしまで出来る姫の存在は、身一つで、一つの神殿クラスの神霊力の塊に等しい。神を呼び、敵を殲滅するも良し、姫が死ぬ事で本拠地が霊的に神性汚染されて、神聖属性になるのも良しと言う考えだ」




ドクンと鼓動が跳ね上がるのをガルンは感じた。


血液が沸騰していくように、怒りが身体中に広がっていく。


「そもそも酷い話しだと俺も思うがな。何の準備も無い状態で神降ろしをすれば、神を顕現させていられる制限時間は、自動的に姫の神霊力と命分だけしかない。神降ろし所か聖霊降ろしでも、一分も媒介者が持たずに死ぬ話しはよく聞く。姫が死ぬ事で、本拠地全てを神霊力の影響で神域に属性変換されるだけでも、上の連中は良しと考えてたんだろうさ」


「地形が神聖属性に包まれれば、それだけで奴らの呪いの妖術は弱体化しよう。地に伏した死者は、全て浄化されてしまうから――」


そこでアズマリアは息を呑んだ。


ザワリと背筋に悪寒が走る。


これに近い感覚を、彼女は一度感じた事があった。


室内温度が数度下がるような、脊椎に氷柱を差し込まれるような悪寒が走る。


「何だその作戦は? まるでパリキスを消耗品扱いにしか、していないプランじゃねぇーか……」


ガルンの目が座っている。瞳の奥には怒りの炎が見え隠れしている。


アズマリアは、本能が警笛を鳴らすのを押し止めた。


両腕が疼く。


間違いない、こいつは危険な力を抱えていると。


アズマリアは大きく深呼吸すると、ガルンを睨み据えた。


気迫で負けては会話にすらならない。





「許せないと思うなら、貴様が全力で姫様を護れ! その未来を否定しろ。それはあくまで、予測であり予定だと言う事を忘れるな! その最悪の未来になど、辿り着かなければ良い!」


アズマリアの通る美声が室内に響いた。


まるで打ち水のように、ガルンに染み込む。


それは一筋の希望を彷彿とさせた。


しばし固まっていたガルンの顔に、不敵な笑みが浮かぶ。


「確かに、それはクソ王子と上層部が勝手に考えた予定だったな。別にそれに準えて動く必要は無い。別に俺が計画を無視して、霊脈を独断で壊しても構わないよな?」


「そう言う事だ」


アズマリアはようやく吸血鬼らしい、心臓が凍るような妖しい笑顔を浮かべた。


まるで魂の搾取を完遂した悪魔のように。


「貴様には様々な選択肢がある。霊脈を全力で潰すも良い。姫を全力で守るのも良い。それに……」


そこでアズマリアは言葉を切った。


口を開こうとして思い止まったのか、口は開けたままだ。


不自然な言葉の切り方に、ガルンとグライドは顔を見合わせた。


この少女が考え無しに話しをするタイプでは無い事は、二人とも知っている。


「まあ……良い。今回はとにかく貴様らが鍵だ。この戦いに命を賭けろ! 貴様らが全滅してでもパリキス姫を守り抜け、いいな!」




「了解!」


ガルンは覚悟を決めたのか、はっきりと意思を宿した返事をした。


駄々をこねても事態は好転しない。


ならば、出来る事をやるしかないのだ。


ガルンの意気揚々とした返事に、アズマリアは満足したのかコクリと頷いた。


「貴様はとっと戻って、突入用の部隊の編成でもしておけ! 黒鍵騎士団は全隊突入だ。本隊は一週間後には向かう、それまでには準備を終わらせておけ!」


「了解だ。黒鍵騎士団は全軍でパリキスをバックアップする」


ガルンは納得したのか、退室しようと出口に向かう。


それを見てアズマリアは声をかけようとしたが、やはり口を塞いだ。


「パリキス王女は部屋にいる筈だ。挨拶ぐらいしてこいや」


と、声をかけたのはグライドだ。


余計な真似をと言わんが如く、アズマリアはグライドを睨み付ける。


それを見てガルンは鼻で笑ったようだったが、


「了解」


と、三度返事をして部屋を退室した。


それを見届けてから、アズマリアは疲れたように椅子にもたれ掛かると、両目を閉じる。


グライドは、やはり先程の事が気になったのか、アズマリアの表情を横から覗き込んだ。


「何だ」


直ぐに煙たがる返事が返る。


「いや~、副団長には珍しく、何かを言いたそうなのに口をつぐんだ気がしましてね」




アズマリアは片目だけ開けて、グライドを仰ぎ見てから大きく息をつく。


「奴には、アルセリア姫との屋上庭園での話を……思い出させようと思ってしまった」


「アルセリア王女? 何ですか内容は?」


グライドは不思議そうな顔をした。


ガルンとアルセリア第三王女には余り接点が無い。良いところ、近くで警備をした事があるぐらいだろうと言う認識だ。


「ガルンの盾の原型は、アルセリア姫が渡した古代遺産だ。それについて少し会話をしたらしい。警備をしていたマグリネスが珍しく愉しそうに話をしていてな……」


「ほー、あの堅物がですかい?」


グライドの微妙に嫌そうな顔がツボだったのか、アズマリアはクスリと笑った。


気真面目なその騎士と、陽気なグライドでは反りが合わないのを知っている。


「ただの……淡い夢の話しだ。大衆向けの三文芝居のような……な」


アズマリアは有り得ないお伽話を連想した。


だが、そのような夢物語を一瞬、ガルンに求めた自分に苦笑いする。


長い時間を歩いて来て、そんな夢想が叶わないのは骨身に知っているのに。


騎士が囚われの姫を掠って、自由を求める旅に出る。


そんな童話のような話を。





晴天の下、軍準備に励む人々が働き蟻のように動いていた。


王城の中央階層から眺めるには、城壁付近の景色は遠すぎる。


まさしく人間が蟻程度の大きさにしか見えない。


しかし、パリキスにはその活発な姿が微笑ましいのか、小さな微笑を浮かべながらそれを眺めていた。


行軍用の甲冑らしきものの採寸と、神聖魔法用の装備一式は発注済みである。


そこまでしてしまえば、王女であるパリキスがやることはそう多くはない。


戦争用にサクラメントを作る時間は無いが、軽い聖水や霊薬は造れるかとぼんやり考える。


と、ぼーっと考えている目の前に影が舞い降りた。


黒いマントが魔鳥の様に閃く。


「姫を掠いに参りました」


窓枠に器用に着地した人物は、囁くようにそう呟いた。


その姿を見て、パリキスは目を丸くして固まってしまった。


予想外に驚いている姿を見て、少年は半笑いを浮かべる。


「アレ? ちょっとカッコつけ過ぎたか?」


ばつが悪そうに頬をかく。


その照れたような仕草を見て、ようやくパリキスは落ち着いたのか、窓から離れて中央にある円テーブル横にある椅子にゆっくりと座った。


「何のようじゃ人掠い。わらわはそなたのような男など知らぬ」


ツンとそっぽを向く姿は、怒っていると言うよりは拗ねていると形容する方が正しいだろう。



「……もしかして、かなり怒ってるとか?」


半笑いが苦笑いに変わるのには、そんなに時間はかからなかった。


パリキスが珍しく冷めた視線を送っている。


流石にまずかったと少年はようやく理解したようだ。


「わらわに何も告げずにいなくなり、一年近くも文も遣さない薄情者など知らんと言っておる」


「それは……、急を要する事態だったんだ。今の切羽詰まった情況はパリキスも知っているだろ?」


「それとこれとは話しが別じゃ。そなたは、わらわを護る為に此処に来たのではなかったのかや?」


パリキスのツンとした態度は珍しい。


怒っていると言うよりは、やはり拗ねているように感じる。


この様な表情を見せるのは、この少年にだけだなのだが少年自体はそれを理解はしていない。


「悪かった。何も言わなかったのは俺の浅はかさだった。てっきりアズマリアが上手く言っていると思っていたよ」


少年は心底反省しているのか、声のトーンが少し下がる。


それを感じて、パリキスはあたふたとした表情をした。


根が正直な目の前の少年には、やはりジョークは分かりにくいらしい。


少し困らせてやりたくなっただけなのだが、この少女自体もそう言う事には馴れていない。


なので真摯に受け取られると、どうフォローしていいのか分からないのだ。



二人はそのまま、しばし黙ってしまった。


それから、お互いが困っている顔をしている事に気がつく。


二人はお互いの目が合うと、揃って小さく微笑を浮かべた。


「わらわが少し意地悪であった」


「まあ、俺が悪いんだけどな」


そう呟いて二人は笑い出す。


意地の張り合いなどは、この二人には向かないらしい。


そこでパリキスは何か良いことを思い付いたようで、目を輝かす。


「うむ、では、その反省ぶりを示してもらおう!」


「反省?」


「今日一日はわらわに付き合って貰う! 反論は許さん!」


何故か胸を張るパリキスは自信満々である。


「一日って……」


少年は少し呆れた顔をした。今はそんな事をしている場合では無い。そんな事をしている場合では無いのだが……。


(一日ぐらい仲間を信じるか)


少年は珍しく仲間を頼る選択を取った。


どのみち前線に戻るのには二日かかる。


「オッケーだよパリキス。今日はとことん付き合うぜ」


そう言うと少年は、清々しい笑顔を少女に向けた。


その日、彼女は一番の笑顔を浮かべるが、それを見て少年――ガルンはしばし見惚れて上の空になる。


その極上の笑顔は、ガルンの中で宝石のように輝く記憶として、心に染みるように刻まれた。





大空が見えなくなったのは四日前からだった。


蒼天を隠すように、妙に赤い雲が覆っている。


夕焼け空がそのまま世界を包んだような、異質な空気が漂っていた。


マドゥールク領の木々は枯れ、世界は茶色一色に染まっている。


不毛の大地に化けた様に、そこには生命の息吹を感じられない。


荒れ果てた地平には、幾重もの死体だけが転がっていた。


ユガリウス大洞窟から距離にして十キロ付近、植物が枯れ果てた大地は見通しが良いため、そこにメルテシオンの冥魔族討伐軍は駐屯していた。


四方を囲む様に、他国の軍隊も等間隔で陣を敷いている。


小さく見えるユガリウス大洞窟の入口を見ながら、ガルンは小さく舌打ちをした。


先陣の先端、少し開けた丘の上には監視役の兵士達以外に、数名の人影が見える。


「結局、間に合わなかった訳だ……」


「仕方があるまい……。各国が足並みを揃えるのには、時間がかかるものだ」


ガルンの独り言に返答したのは白き銀嶺だ。


ガルンがメルテシオンに向かってから、既に一ヶ月近くの時間が立っている。


国規模で動くのには準備が必要だが、このタイムラグは致命的と言えるだろう。


靡く銀髪美女の顔には憂いが見える。


これから行われる最終決戦の苛酷さは、火を見るより明らかだ。





“冥夢の幻域”が完成した現在では、どれだけ甚大な被害が出るかは、誰も想像出来ないだろう。


この距離に軍を派遣するまでに、既にメルテシオンは二万人近くの戦死者を出している。


「冥夢の幻域……この場で全てを止めなければ、世界は冥魔族に食い尽くされるやも知れん」


白き銀嶺の言葉は痛い程分かる。


しかし、この後の闇染作戦にはパリキスも参加しなければならない。


ガルンはゆっくりと瞳を閉じた。


アズマリアの出兵前の言葉が思い出される。


『分かっているだろうが、本来、我は王直衛の王宮近衛騎士だ。これだけ表立っていては身動きがとれん。姫の直衛には信頼と適材能力を持った王宮近衛騎士を回したが……それでも、圧倒的に戦力が足らん。貴様ら黒鍵騎士団も直衛に回させる。何としても姫を護りきれ!』


言葉を反芻してから、目を開く。


「やるなら二択か……」


ガルンは今だ戦略が練れていなかった。


基本的に戦術うんぬんや、隊を率いる才は、残念ながらガルンには乏しい。


ガルンが考える戦略は単純明快である。


一つは全戦力でパリキスを完全に守りつつ道を進む。


もう一つは、完全な進攻主体の部隊を編成して、魔人召喚作戦に紛れて中枢を狙う作戦だ。


前者は身の回りの安全性は高くなるが、危険度は加速度的に上がってしまう。





後者ならば、強襲部隊に人材を割くため守備が甘くなる。


しかし、代わりにパリキスは深部に行く必要性がなくなるので、危険度自体は下がるのだ。


ガルンはこの二つの選択を決めかねていた。


「どうしたのだガルン?」


ガルンの迷いのある表情に、白き銀嶺は気付いたようだ。


心配そうな声に、ガルンは考えるのを諦めた。


どちらも個人の意思だけでどうにかなるモノではない。


「駄目だな。俺の頭ではどちらが正しいかは分からない」


ガルンの声には苦悩の焦りが出ていた。


それを白き銀嶺は保護者のように見つめる。


「独りで考え込むのは貴君の悪い癖だ。我らは仲間であろう? この一年、戦略は皆で練って来たではないか?」


「……確かに、そうだな。この先の戦いは前人未踏だ。黒鍵騎士団の皆で考えるべき事だな」


ガルンの言葉に満足したのか、白き銀嶺は直ぐに作戦会議を手配すると言って、その場を後にした。


粉塵の混じった、生暖かい風には血臭が混ざっている。


それを不快に感じながらも、ガルンはそこから動けないでいた。


精霊の眼には、今のこの景色は異質で異常で異端に映っている。


まるで世界一つが別の異界に変わったような、悍気しか感じない気配。




「まるで、何かの胃袋の中だな……」


身体にへばり付く不愉快感を削ぐように、ガルンはマントをはためかせて踵を返した。




黒鍵騎士団会議用の仮設テントには、隊長クラスの人間が集まっていた。


中央の円卓には、各隊長と、それ以外にカナン、白き銀嶺、そしてもう二人。


最後に入って来たガルンは、見ない二人に違和感を覚えた。


二人とも頭からすっぽり白いローブを被っているので、男か女かすら分からない。


「誰だ、あんたら?」


これだけの面子が居て、テント内に居座われる以上は、メルテシオンの人間なのは間違いないだろう。


「大層な口の聞き方だな小僧? この距離で誰だか分からんのか?」


きつい口調には聞き覚えがある。


「まあ~、何時ものパターンでオフレコで頼むぜ?」


気軽い声にも覚えが。


フードを取った二人はどちらも白い騎士服だ。


襟首には見慣れた紋章がある。ただし、掲げる紋章はそれぞれ違う。


銀髪の少女は籠と天秤。


赤髪の青年は剣に翼だ。


「アズマリアに、レッドレイ?!」


予想外の来訪者にガルンは目を丸くする。


他のメンバーは、既に苦笑いを浮かべていた。


この二人に出ていけと言える権限は、誰も持ち合わせていない。





「言っておくが、我は“分身”のようなモノだ。本体はメルテシオンの王城に居る。分身と言っても、血液の半分近くで括られた擬似存在だからな。もう一人の我と思った方が早いぞ?」


相変わらず偉そうな吸血鬼は、曇りとは言え日中にどうどうとしている。


傍らのレッドレイは肩身が狭そうなのは仕方が無い。


この二人が鉢合わせたのも偶然――では無く、必然であろう。


「俺は戦線で天翼騎士団から“逸れる予定”の一人って事で」


何やら分かりにくい言い回しは相変わらずだ。だが、基本この青年が不利益な話しを持って来ないと言う事は、ティリティース邸住まいの人間は皆知っている事だ。


「この作戦会議に出るって事は……、あんたらも戦力に数えていいのか?」


ガルンの疑問に二人はコクリと頷く。


どうやら、この二人はガルンの憶測を読んでいたいたらしい。


「ちなみに、俺以外にはクライハルト副団長が参加予定だ。まあ、体裁的に抜けるのは二人が限界だからな。あっ、団長も一枚噛んでるから気兼ねなく」


呆気らかんとレッドレイは声を上げる。


事態が飲み込め無い団長達は、不可解そうな顔を見合わせた。


「それでは、これから闇染作戦中における、黒鍵騎士団の特別作戦会議を始める」


「特別作戦会議?」





ガルンの言葉を反復したのはネーブルだ。


皆、まゆつばモノなのは仕方が無い。


「闇染作戦の概要は、皆知っての通りだ。まず一斉魔法攻撃による威嚇射撃。それにより敵兵力を外におびき出す。洞窟内の兵力の減少を確認してから、魔人召喚師を中心に突撃部隊が侵入。洞窟内部において魔人召喚。後はごり押しで各軍隊が深部に向かう。それと平行してパリキス姫主力のメルテシオン軍は深部を目指す……」


ガルンの言葉に全員頷く。聴いている概要そのものだ。


「ここに来て、作戦を立てるって事は、別プランを考えているって事だよね?」


そう呟いたのはアビスだ。顔に笑みを浮かべてはいるが、目は笑ってはいない。


直ぐに面倒ごとが増えたと感づいたようだ。


「そう言う事だ……。俺は特別編成遊撃隊による、奇襲作戦を考えている」


「奇襲……って、まさか小隊規模で単騎突入もどきをやる気じゃないよな?」


グレイが苦笑いを浮かべる。戦争規模の戦いの中での少数部隊での奇襲。早い話しが、暗殺部隊と同義だ。


敵将首を取る事のみを目的とした部隊。


この場合は、霊脈潰しと言う事になる。


「大部隊での洞窟進攻はかなりの時間がかかる。魔人召喚などした後では尚更だ。それでは余りに……遅い」


「成る程! 少数精鋭による速度優先の突撃部隊を作ると言う事か!」




何故かウキウキとしゃべるアカイが立ち上がる。


何人かはげんなりしたようだが、逆に何人かはほくそ笑む。


「魔人召喚が始まれば、場は自ずと混乱の坩堝と化すだろう。その混乱に紛れて最強部隊による一点集中突破を行う」


「全軍で闘うのは馬鹿馬鹿しいって事さ。狭い通路を速度優先で進攻して、中枢を叩く。本来は天翼騎士団で行う予定だった作戦と同じさ」


アズマリアの言葉の後に、レッドレイの言葉が続く。


天翼騎士団が動けないのは、闇染作戦の第三プランに組み込まれてしまった為であろう。


その為、“二人だけ”こちらに回す事にしたのだろう。


「相手の戦力も、地図も無い状態では無謀過ぎないか?」


そう冷静に声をかけたのは無名だ。


侵入作戦は侵入経路が無ければ成立する筈が無い。


「その点は安心しろ。内の密偵が命懸けで、ある程度の地図は作成済みだ」


アズマリアの言葉に、ガルンは城で片腕を無くしたグライドを思い出した。


アレは地図作成と言う無茶をした、ツケだったのだろう。


「リスクが高すぎるよ」


「同じくそう思う」


アビスの言葉に、ネーブルが乗る。


「正直、私も無茶過ぎると思うかな? ちょっと無謀かな?」


う~んと唸るのカナンに、何人かも同意の頷きを見せる。





「何だ! このチキンどもは?! ここは絶好の稼ぎ所じゃねぇーか! ビビってんじゃねぇーぞ、コラァ」


テーブルを無造作に叩いて立ち上がったのはハオロンだ。


「勿論、地脈潰しは色がつくんだろうなぁ?」


と、そのまま、睨むようにアズマリアに視線を向ける。


この場で1番権限が高いのは、明らかにアズマリアだ。


「……勿論、霊脈潰しを完遂した部隊には、免罪符に多額の賞金を支払おう。少なくとも一億は保証する」


その言葉にグレイが口笛を鳴らす。


命を賭けるには十分な報酬だ。


「しかし、黒鍵騎士団は姫護衛組。 その部隊に人員を割きすぎては姫の守りが薄くなるのでは?」


そう発言したのはライザックだ。


王宮近衛騎士団ゆかりの人間としては、難しい所であろう。


王宮近衛騎士団が姫護衛を主にしている以上、この完全な独断行動作戦には賛同しにくのだ。


「最終的にこちらが先に事を成せば、深部に向かわずに済む事で姫の危険度は下がる。大部隊同士の戦いよりは、こちらの方が可能性が高い」


アズマリアの視線にライザックは固まった。


やはり直接の上司の威圧感には抗い難いようだ。


「ハイリスク、ハイリターンか。分かり易いなぁ。まあ、今更芋引く訳にもいかないしな。俺は了承するぜ?」


グレイはそう答えると、ガルンに手で了承の合図を送る。




相変わらずのフォロー上手に、ガルンは小さく笑みを浮かべる。


「作戦概要は理解出来たが、どちらにしろ、それには向き不向きがあると思うが?」


「それも踏まえて、先に参加する人間を選別する。参加者は挙手してくれ」


無名の言葉にガルンが続き、そのままテント内を見回す。


全員、数瞬考えこむように沈黙したが、何の停滞もなく手を上げた人物もいる。アカイにハオロン、そして、白き銀嶺だ。


それを見てから、ガルンもすっと手を上げる。


それを見て、カナンは仕方なさそうに手を上げた。


その後には次々と手が上がっていく。


「悪いが俺はパス。護衛隊には参加するけど、突入隊は勘弁だね」


ネーブルは首を振りながら、椅子にもたれ掛かる。


同じ様に椅子の背にもたれたのはアビスだ。


「判断保留だね。情報が少な過ぎる。無謀と勇気を履き違える気はないよ?」


その言葉で、何人かの隊長もそれに倣うが、仕方が無い判断と言えよう。


突入隊はあまりにリスクが高い。


結局手を上げ続けたのは、ガルン、カナン、白き銀嶺、アカイ、ハオロン、グレイ、ライザック、無名、そして、もう一人。


青いフードコートに白いマフラーをした、手足の細い人物だ。


二番隊隊長、ラディアリア・ブルースフィア。


“音響の魔道戦士”と呼ばれる、隊長の一人である。



かつて、幽宮の搭でのパリキス奪還作戦のおりに、ネーブルが黒鍵騎士団最強候補に上げていた最後の一人である。


人付き合いの下手なガルンにとっては、隊長の一人と言う認識しかないが、ラインフォートが重宝していた人間の一人だ。


当時、遠征任務に二番隊のみを向かわせていた経緯があり、一部隊を単独行動させていただけの実力を持つ。


「これだけか……」


アズマリアは参加人数を確認してから、不服そうに顔をしかめた。


「気に食わないようですね、人数ですか?」


「人数ではない。スキルが足らないからだ」


レッドレイの言葉に、口を尖らせる。


テーブルを指でトントン叩き続けるのは、明らかに苛立ちからだろう。


「これだけいれば少隊は組めると思うが。 何が不満なのだ?」


アカイが疑問を口にする。それなりの人数は集まっていると言う判断であろう。


「この人数なら突入には二部隊であたる。それには、それぞれにツーマンセルの治療術者が欲しい所だ。奴らから傷を受けた場合、呪いの解呪と治癒魔術とを同時に平行すれば完治が可能になる」


「生存確率の問題か」


アカイは納得したのか、ちらりと参加者を見回した。


この中で神聖魔術を使えるのはライザックだけに思えるからだ。




「ははは……。ちなみに俺ら神聖魔法使えますよ。まあ、実際、“天使が ”ですけど」


レッドレイが渇いた笑いを上げながら、そろりと手を挙げる。


それを見て、アズマリアは小さく舌打ちした。


不出来な学童にいらつく、講師のようである。


「それぐらいは知っている。それを踏まえてだ。……現状の戦力で我慢するしかないか」


アズマリアが納得したのを見てから、ガルンは一同を見渡す。


「黒鍵騎士団の指揮権は一時的にアビスに譲渡する。黒鍵騎士団はパリキス王女護衛任務に終始してくれ」


「悪いが、黒鍵騎士団は王宮近衛騎士団、マグリネスの指揮下に入れ」


ガルンの言葉を押し潰す様に、アズマリアが宣言する。

全員が一瞬硬直した。


拒否権を認めない、上位種特有の威圧感が場を占める。


「これだけの隊長格が抜けたら、部隊としての機能が落ちる。奴は元インペリアルガードの出だ。防衛戦術には長けている」


ギロリとガルンは睨まれ、一瞬、苦虫を潰したような顔をしたが、パリキスを護る為と割り切り納得した。


「黒鍵騎士団は王宮近衛騎士団のマグリネスの指揮下に入れ。隊長が抜けた各部隊には、副隊長が部隊を率いるように通達。突入隊員は再度、組織案が完成したら、再ミィティーングを行う。以上」


その言葉が、会議終了の宣言であった。




「グレイ! お前、本気で突入隊に入るのかよ?」


「まあ……そうだな」


退席しようとするグレイを、ネーブルが止める。


何か納得できないと言わんばかりの形相だ。


「……お前は行かない方が良い。絶対に行かない方がいい……ぞ」


ネーブルは微妙に切れ切れの言葉を零す。


脳裏に走るインスピレーションに沈黙する。


未来予測。


近似値の未来世界を見通す目には、血だらけのグレイの姿が見えたのだ。


「お前……死ぬ……かも、知れないぞ」


神妙な顔のネーブルに、グレイは苦笑いを浮かべた。


「戦場で死ぬ覚悟はしているさ。何だ? 俺がいないと淋しいとか?」


せせら笑うグレイにむっとしたのか、ネーブルはグレイの弁慶の泣き所を蹴り飛ばすと、アッカンべーをしてテントから飛び出した。


「ガキが……! あんな奴が隊長とは泣けてくるぜ」


それを見たハオロンが、大きく舌打ちすると地面に唾を吐き捨てる。


グレイは大きく息を吐いた。


「まあ……、そう言うなって、あいつの感は昔からよく当たる」


「はっ! 何ならテメェはそれに従って、テントの隅で縮こまって震えてろや! それなら死なずにすむぜ?」


「……あ゛っ?!」


ハオロンの安い挑発にグレイの目付きが変わる。


それを見て、アカイが二人の間に割って入る。


「またんか貴様ら! その怒りは冥魔族にぶつけんか! 仲間内で喧嘩しても一文の得にはならんぞ」





二人は一瞬沈黙してから、アカイを睨み付けた。


「何だ? それとも俺とやる気か?」


あっけらかんと笑うアカイを見て、二人は面倒臭くなったのか、無言で別々にテントから出ていってしまった。




「貴様の隊は、相変わらず統制がとれていないな」


アズマリアが、さも、つまらない物を見たと言う風にガルンを睨む。


ガルンはそれを、小さく肩を竦めるだけで聞き流した。


戦闘前は誰でもナイーブになるものだ。


歴戦の猛者達であっても、確実に死神が訪れる場所に行くとなれば、虚勢の一つも張りたくなるも仕方がない。


「あんたは姫の護衛に回ると思っていた」


ガルンは素直な疑問を問う。


パリキス至上主義のアズマリアが、パリキスを放って突入隊に来るとは思わなかったのだ。


「姫を守りたいのは山々だが、今の我は呪いで括られた人形のようなものだ。長い時間、姫の近くにいたら神気に当てられてこの身体は崩壊してしまう。それでは意味がない」


アズマリアは心底悔しそうに、拗ねた顔をした。


長寿の吸血鬼も、外見は少女なので可愛らしい限りだ。


中身とのギャップにガルンは可笑しくなった。


「何を笑っているのかな? 可笑しいのかな?」


カナンがすっとガルンとアズマリアの間に割り込んで来た。




それをアズマリアは不思議そうに眺めた。


ニコニコと笑っている少女には、何か不自然な違和感を覚える。


「そう言えば……貴様の兄弟弟子だったな……」


ティリティース邸で始めに会った時には、この少女がガルンと同じ同門とは思えなかった。


身に纏う気配も茫洋として、まるで春霞のように麗らかだ。


しかし――時折見え隠れする異質な気配。


神殺しの技を身につけた業かとも思ったが……


「……貴様、鬼相が出ているぞ」


「キソウ?」


アズマリアの一言に、カナンは不思議そうに首を傾げる。


「気にするなよカナン、こいつは訳の分からん事をたまに言いやがるからな。俺なんて身体から炎が出たとか言われた事があるぐらいだ」


ガルンは馬鹿馬鹿しいと言わんが如く、顔の横で手を振る。


カナンはもう一度、不思議そうに首を傾げた。


「まあ……いい」


アズマリアはそう呟くと、けだるそうに頬杖をつく。


(例えそれが悪鬼だろうが、羅刹だろうが、姫の力になるならばそれで良い)


この場にいる全員を捨てゴマにする覚悟がアズマリアにはある。


だが、獅子心中の虫は困るのだ。


それでは、パリキスに害を及ぼす。


もし、そうならばー―


その時はー―


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