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黒閾のダークブレイズ  Re.FIRE  作者: 星住宙希
第十九章
24/31

世界の嘆きと悪夢の始まり

二ヶ月も経つ頃には冥魔族の名は、西方大陸中に知れ渡っていた。


公表はされていないが、事の発端はマドゥールク共和国による超人兵召喚計画の失敗が原因とされている。


戦争による戦力低下を補う為に、禁術指定されている異世界人召喚を行うが失敗。それによって開いた異空間の穴から現れたのが冥魔族と呼ばれる敵性亜種族であった。


冥魔族はその類い稀なる能力と、偏った生態価値観により世界を食い潰す最悪の侵略者となっていく。


発端となったマドゥールクは僅か三ヶ月で壊滅。


被害は隣国、ラ=フランカ聖公国、カシアジイーネ連邦共生国、海星王国ジェネルレイン、そして、神誓王国メルテシオンにまで及んだ。


だが、カシアジイーネ連邦共生国と神誓王国メルテシオンは白き銀嶺の働きもあり、冥魔族に対して対軍準備が直ぐさま進み、国境付近での水際作戦が成功。


国境撃退を可能とした。


しかし、ラ=フランカ聖公国と海星王国ジェネルレインは対応の遅さにより国の半分近くを侵食され、大損害を被る。


ことの重要さに気付いた二国は、寝食された土地の三割の献上を条件に、四国により対冥魔族連盟を樹立。


ここに隣国全てを巻き込んだ、後の世に冥魔大戦と呼ばれる戦争の火ぶたは切って落とされた。





冥魔族との戦いから一年。


ラ=フランカ聖公国と海星王国ジェネルレイン領内の冥魔族殲滅を可能にした。


しかし、それだけで被害は甚大であり、倒した冥魔族の数は数百人に届かない。


損害比率、三百対一。


それが現状の彼我の戦力値であり、同盟国の被害は五万人に達しようとしていた。


「問題はあの召喚された化け物なんだよな!」


食べていた干肉を頬張りながら、ネーブルは悪態をついた。


場所はマドゥールク共和国、国境一キロにあるメルテシオンの第一防衛網、主力本陣である。


作られた大テントには黒鍵騎士団のメンバーが揃っていた。


臨時団長のガルン。その他、十人の隊長格が揃っている。


戦死も合間って、隊長格はがらりと人名を変えていた。


その中でもガルンの推薦もあり、昔の同朋が隊長に昇格している。


今まで通り、一番隊には

音使いの少年フィン・アビス。


三番隊には、全身赤づくめの拳闘士ユウスケ・アカイ。


九番隊には、ガルンの上官だった大剣使い、剣・無名。


十番隊にはスキンヘッドの多節鞭使い、パク・ハオロン。


そして、五番隊にはニヒルな青いバンダナの魔法剣士、グレイ・ファーラント。


六番隊には予知能力を持つ男装の少女、アンフィニ・ネーブル。


八番隊にはシールドソーサーの使い手、ライザックが着任していた。




「確かに、奴らが必ず召喚してくる“餓鬼”は厄介だな」


グレイが言う“餓鬼”とは四腕の化物の事である。


生きている生物を捕喰し、その命を内包する怪物。


正式名称を知らないためにつけられた呼称だ。


「生きた盾……と、言うより要塞見たいだからな

アレは」


ライザックが半笑いなのは仕方が無い。


餓鬼を見たものは、誰しもあの生命力の強さに絶句するはずだ。


殺しても死なない。


殺したつもりでも死なない。


その生命力だけで、戦うものに倒せないイメージを定着させる。


それに加えてあの外見だ。


相手の戦意を折るのに、これ程分かりやすい対象はいないだろう。


「前衛に物理攻撃に特化した不死の化け物。後衛から呪いを受ける強力な妖術攻撃。時間稼ぎをしても、奴らの使う枯渇結界で生命力を奪われる。今は物量で押しているが、奴らが中隊規模で現れたら損害は計り知れん」


無名の言葉に全員が頭を抱えたくなる。


黒鍵騎士団は、長引く戦争に対応して戦力を増強した。


軽犯罪者の取り立てと、傭兵の補填。それにより兵力は以前の三倍近くに膨れ上がったが、それでも冥魔族との戦いには心許ない。


長い戦いの中、黒鍵騎士団の損耗率も既に半数を越えていた。




実際各国の損耗も激しく、その中でもメルテシオンはマシな部類に入る方だった。


中でも黒鍵騎士団の奮闘は凄まじく、その活躍が被害を減少させたと言えよう。


団長のガルン自らが先陣を切って戦うので、士気も異常に高い。


それでも、冥魔族との戦いは熾烈を極める。


「流石に儲けはいいけど、命あっての物種だからな~。最近はマジにきつくなってきたし」


ネーブルは干し肉を水で喉に流し込むと、小さくゲップをした。


作戦会議に軽い夜食を食べているはネーブルだけだが、隊別に交代制で食事をとっているので仕方がない。


「近々、大規模作戦も実行されると聞いた。それで一気に敵の本丸を落とすらしい」


ガルンの声にも疲労が見える。


敵の餓鬼を倒すのが、もっぱらガルン達の仕事だった。


まともに餓鬼を倒すのは困難を窮める。


となれば、主力が餓鬼を抑えている内に、他の仲間が術者を倒すか、逆に捨て石が餓鬼の相手をしている間に、主力が術者を倒すかの二択になるのだ。


ガルンたちは前者の戦術を選んだ。


長期戦闘なら戦力を極力維持するのが望ましいと言う、単純な理由である。


代わりに負荷がガルン達に集中するのは言うまでもない。


「大規模作戦には、天翼騎士団も来ると聞いたからね。かなり楽になるだろうさ」



「けっ、俺様の稼ぎが減るだけだ! あんな鳥野郎ども何ていらねぇーよ」


フィン・アビスの淡々とした呟きに、ハオロンは何か気に食わないのか、不満げに言葉を吐き捨てた。


「何、どのみち現在の主任務は防衛ラインの死守だ。 あれこれ考えずに撃退だけを考えようではないか!」


気軽に笑うアカイは、豪胆なのか抜けているのかよく分からない。


ただポジティブな所はムードメイカーとしては、ありがたい所だろう。


「とりあえず、大規模作戦までは現状維持だ。二番隊、四番隊が前衛。八番隊が哨戒。十番隊は飯に。他は休息時間に割り振っていい。定期報告はこれで終わりにする」


ガルンは面倒そうに告げると、さっさとテントを後にしてしまった。




メルテシオン第一防衛ラインは高台代わりに、北西にある丘陵に見張りを立たせている。


森林に覆われたマドゥールク領内を見渡すには絶好の場所だ。


ガルンはゆっくりと丘陵に登ると、マドゥールク領地を見つめた。


精霊の眼に切り替えるが、冥魔族の姿は無い。


当面の脅威は無いと言える。


「いちいち巡回に、団長であるお前が出るのは如何かと思うぞ?」


背後からの声にガルンは苦笑いを浮かべた。


先程テントにいた人間が着いて来たのだ。


精霊の眼を使ったので、近づいて来た人間は分かっている。


無名だ。




声をかけた無名が葡萄酒の入った瓶を投げる。


ガルンはそれを受け取ろうとして、直ぐに背後にへばり付いていた盾を右腕で受け止めた。


ギリギリで左腕で瓶を捕まえる。


それを見て無名は苦笑いを浮かべた。


「その盾は優秀過ぎるな」


「オート……って言うのは考えものさ。接近する飛翔物は何でも防ぎに行くからな。姫さんにもう少し融通が利くようにチューンして貰う必要があるよ」


ガルンは盾をポンポン叩いて肩をすくめる。


それを見てから無名は、ガルンのそばに腰を下ろした。


「敵は“見えない”んだろう? まあ、一杯やろう」


「!?」


無名の言葉にガルンの目付きが変わる。


それを見て無名は再び苦笑いを浮かべた。


「疑問は尤もだが、斬るのは勘弁してくれよ上官殿」


「……」


ガルンがチャクラを回転させ始めたのも気付かれている。


ガルンはますます、目の前の青年に危険視した視線を送った。


(そう言えば……こいつはカナンの牢獄で会った時から、妙な事を呟いていたな)


疑問を思い出す。

この物静かな青年は、あれこれと行動にそつが無い。いや、行動に無駄が無さ過ぎる。


罪人の塔の事がなければ、ただ超直感の保持者かと思う所だ。




「あんた念話使い……いや、精神感応能力者……テレパシストか?」


ガルンの目付きが変わらないので、無名は少し呆れた表情を浮かべた。


ガルンにとってはメルテシオンにはグラハトの仇がいる場所でもある。


何時か戦う可能性が捨て切れない国だ。


用心に越したことは無い。


「俺のは読心術だ。顔の表情、身体の筋肉の微細な反応、動きから直感的に相手の心の中を読み解く。完全に丸聞こえのテレパスほど万能ではないよ。お前とは何年も一緒に行動しているんだ、索敵に特化した特殊な眼を持っているぐらいは流石に気付く」


無名は呆れながら手にしていたもう一本の葡萄酒を口に運ぶ。


ガルンは警戒を解いたのか、地面に魔剣と妖刀を降ろすと真横に座り込んだ。


ガルンの後方に、ふよふよ浮いている天三輝が背椅子に見えなくも無い。


「お前は迷いがなくていいな。一度決めたら、ただ前に突き進むだけに感じる。その愚直なまでの一途な感じが羨ましい」


「……? 何が言いたいのか分からない。俺にも迷いはあるさ。ただ、俺には迷っている時間が無かった気がする」


ガルンも葡萄酒を口に運ぶが、少し渋い顔をした。


やはり飲み慣れていないものは、口に合わないらしい。


ガルンと違い、無名はグビクビと葡萄酒を嚥下する。




ガルンは以前、酒場で聞いた話を思い出した。


二十人殺しを押し付けられた、記憶喪失の少年の話を。


「俺には記憶がない。ここでの生活が全てだ。他の生き方は分からない。だから、俺はこの黒鍵騎士団に依存した生き方しか出来ない」


「不満がある……のか?」


「不満もあるのかも分からない。俺にはお前見たいな信念も無く、迷いもない。ただ、坦々と生きる為に人を殺す。それが正しいか迷う理由もよく分からない」


無名の言葉にガルンは沈黙した。


自分はがむしゃらに、復讐の為に早足で生きて来た気がする。


しかし、逆に安寧の為に、ただ毎日を無下に遅足で過ごして来た人間がいる事を、不思議に感じる自分がいた。


無名と名付けられた青年は、ただ自分の居場所を確保する為だけに、黒鍵騎士団に縋って生きて来たと言う事になる。


「罪は償えたのか……? 免罪符は手に入れたのか?」


「それも気にしていなかった。 免罪符を貰って自由になったとしても、俺にはやりたい事など一つも無いからな……」


「うへっ、何それ、バッカじゃねーの」


無名の言葉の後に、背後から罵声が浴びせられた。


振り返る先に、酒と食べ物が入ったバスケットを抱えたネーブルがいる。


その後にはグレイにアカイ、それにアカイにヘッドロックされたフィン・アビスもいるのが珍しい。





「せっかく手に入れた自由を有効に使わないなんて、あんたバカか?」


ネーブルはどかりとその場に座りこむと、バスケットをガサガサやり始めた。


グレイもそれに倣う。


「自分が生きるように生き、死にたいように死ぬ。それが人生ってもんだぞ、貴様ら?」


アカイはガハハッと、笑いながら手にした酒をラッパ飲みする。


「いい加減にこの手を離して欲しいんですけど?」


アカイの脇腹で、アビスが苛立ちの訴えを上げた。


アカイはそれを聞いて、ようやく手を離す。


「お前も付き合いが悪いからな。たまには付き合え」


してやったり顔のアカイを、アビスは半眼で睨み付けたが、諦めたのかその場に座りこんだ。


酒瓶が飛ぶ。


アビスは反射的にそれを受け止めた。


「ナイスキャッチ」


ネーブルのバスケットから取り出した酒瓶を、グレイがいきなり投げ付けたのだ。


アビスは酒瓶を不服そうに眺めていたが、小さく溜息をつくと瓶を軽く指で小突いた。


すると蓋が勝手に回転して宙に舞う。


「何だお前? 妙な特技があるではないか?」


アカイの嬉々とした視線を、アビスは面倒そうに逸らした。


「瓶を音で振動させて、蓋を外しただけです。手品でも何でも無いですよ?」


「十分面白い! 残りも全部それで開けようではないか!」



アカイの愉しそうな笑顔を見て、アビスは非常に嫌そうな顔をする。


どうやらこの手のタイプとは波長が合わないらしい。


二人のやり取りを見ながら、無名は少しだが顔を綻ばした。


「そんじゃ、こうしようぜ! 無名はここを出たら俺が作る独立傭兵団に入れ!」


ネーブルがえへんと胸を張る。


全員がそれを不思議そうに眺めた。


「何だその目は?! 俺は本気だぞ! ちゃんとギルドの正式加盟も取る! モグリじゃねぇーぞ!」


「マジかぁよ、ネぇーブル?」


グレイが口をもごもごやりながら目を見開いた。


食べているのは、乾燥サラミだ。


「テメェー、信じてねぇーな。俺はマジだぜ? 稼いだ金でギルドの認可証を買う! 傭兵ギルドで一旗揚げるのさ。まあ、俺はオーナーだから前戦にはいかねぇーけど。あんたら全員どうた? この面子なら相当稼げるぜ! ちなみにグレイは決定な」


「はぁ? なんだそりゃ」


ネーブルの提案にグレイはあんぐりする。


「どうだい無名!」


すがすがしい笑顔が無名を凝視する。


無名は小さく微笑したようだった。


「それもいいかもしれんな」


「そうこなくっちゃ~! ちなみにガルン! お前もだ!」


「はぁ?」


突然の矛先転換に、ガルンは間が抜けた返事を返す事しかできない。





「お前は一番の出世頭だろ! それに、えーと、あれだ、この国の人間じゃないし、あー、散々助けてやっただろ! とにかく入れ」


支離滅裂なツッコミに、ガルンは眉を微妙にひくつかせる。


何か拗ねたような表示になったネーブルを見て、ガルンは頭をポリポリとかいて、


「まあ、考えておく」


と、ぶっきらぼうに答えた。


「おっ、おう!」


何故か返事を貰ったネーブルの方が驚いたようで、微妙に顔を強張らせている。


どうやら、より良い返事を貰えるとは、本人は考えていなかったようだ。


「こんな時に隊長達で酒盛りなんて余裕かな? 余裕なのかな?」


「酒なら我もいただこうか?」


何処からともなく聞こえて来た声に、全員が後を振り向く。


闇夜からひょいと現れたのは、カナンと白き銀嶺だ。


「おっ、嬢ちゃんズお疲れだ!」


アカイが陽気な笑顔を見せる。


カナンと白き銀嶺はガルンが黒鍵騎士団に戻ってから、側近として入団していた。


傭兵集団の側面ならではの加入である。


今では、白き銀嶺が協力を取り付けた、カシアジイーネ連邦共生国との連絡係として右往左往している所だ。


二人を見て、ネーブルは微妙に目を座らせてからガルンの真横に移動する。





「っうかさ、前々から聞きたかったんだけど、あのパッキンなんなんだ?

やたら強えし、なんでお前と同じ技使えるんだよ?」


何故か小声の訴えに、ガルンは首を捻る。


「ああ、カナンか? カナンは姉弟弟子だからな。同じ技を使うのは当然さ。俺達は同じ流派の剣士……闇主側の剣士だからな」


ガルンの言葉にネーブルは眉を寄せた。


「はっ? ダークサイド? お前らが? なんのジョークだよ。闇側の住人が

なんで神の国でせっせと働いてんだ。意味分からねぇよ。お前、ギャグのセンスねぇーな?」


「……だな」


ネーブルの主張に、ガルンは小さく苦笑する。


それが普通の反応であろう。


闇の技であろうが、その性質を伝えるのは担い手の問題だ。


善悪の定義は第三者の主観でしかない。


誰しも自身の戦いは、自分にとっては正義なのである。


よって闇が悪とは限らない。その逆も一緒だ。


「伝令が来たよ、団長殿」


唐突に告げたのはアビスだ。


南の方向を見つめている。


音使いの特性か、遠方から何かしらが接近してくる音をサーチしたらしい。


「例の大規模作戦の案件であろうか?」


白き銀嶺の言葉は、全員の気持ちを代弁していた。


ガルン達が酒盛りを切り上げて、本陣に戻る頃には、ちょうど伝令の早馬が着いた所であった。





伝令兵から直ぐに手紙を受け取る。


そこに記してある内容を見て、ガルンは手紙を握り潰した。


「何を考えてやがる!!」


怒りでわなわな震えるガルンを、全員が心配そうに見つめる。


その空気に耐えられなかったのはネーブルだ。


「オイ、何が書いてあったんだよガルン?」


「……」


ガルンは苛立ちを隠そうともせずに、手紙を荒々しくネーブルの手に捩込む。


ネーブルはそれを不満そうな顔で開いた。


「……冥魔族殲滅計画“闇染戦略”(やみぞめせんりゃく)?」


そのまま黙読していたネーブルの顔が、次第に曇っていく。


「な……んだコレ? このフェイク・グリモア……魔人兵団って……」


「どう言う内容なんだネーブル?」


グレイが困惑顔で責っ付く。


その様子が面倒になったのか、アビスがネーブルから手紙を取り上げた。


「勿体振るのは止めなよ? これは連絡事項。覆らない決定事項でしか無い。 さっさと全員に伝えよう」


フィン・アビスは取り上げた手紙を読み始めた。


本来、上官の手紙を部下が勝手に読むなど罰則ものだが、すでにその行為は暗黙の了解になっている。


お世辞にもガルンの指揮能力は高くないからだ。


当人は有能だが、指揮を取る視野の広さが足らない。




ガルンの悪い点は、作戦や戦術を自分の能力を基準に組み立てる事にある。


これでは殆どの作戦は意味をなさない。


末端の人間の能力を過大評価しすぎなのか、自分の能力を過小評価しすぎなのかは謎である。


どちらにしろ、ガルンは人を使うには向いていないようであった。


そこで、作戦立案は軍師変わりに隊長格を集めて執り行う。この流れから情報は隊長達と共有する形になっているのだ。


「闇染作戦……。冥魔族の本拠地になっているユガリウス大洞窟に、全方位から同盟国による同時

攻撃を敢行。主目的は……デーモンサモナーの拠点進攻? ユガリウス大洞窟内でのダミー・サウザンドアイズ・グリモアによる……千眼の魔人召喚計画……?!」


アビスの言葉に全員がざわめく。


「サウザンドアイズ・グリモア?! それはあのクレゼントが持ってた魔道書ではないか?!」


アカイが声を荒げる。

幽宮の搭ではクレゼントに酷い目に合わされているので仕方が無い。


魔人使いクレゼントが、魔人召喚に使用していた魔道書。それが千眼の魔典“サウザンドアイズ・グリモア”である。


「ダミー……と言う事は、あの後、調査隊が何かがクレゼントの書庫でも発見したのか?」


「我にはあれを簡単に制御出来るとは思えんが……」




グレイの疑問に、白き銀嶺が歯切れ悪く答える。


自身が操られていた時にも魔人は見たが、簡単に操れるとは到底思えない。


「簡単な事だ。上の連中は魔人を操る事を考えていないのさ」


アビスが淡々と予想を告げる。


「……? それじゃ意味ねーじゃねぇーか? 洞窟がモンスターランドになるだけだぜ?」


ネーブルの意見は正しい。間違えれば敵を増やすだけだ。


それを聞いて無名は大きく苦悩を含んだ溜息を吐いた。


「……潰し合えば僥倖か。最悪両方滅べば得策。冥魔族が残っても大打撃だろう。逆に魔人が残っても相手は魔族に近い。神誓王国には“向いた相手”になる」


「気になるのは仕方ないかな? 仕方ないよね? その作戦、魔人召喚後を何にも考えてない気がするのは気のせいかな?」


「気のせいじゃない。カナンの言う通りだ」


ガルンは地面に唾を吐き捨てた。


苛立ちから貧乏揺すりを

始めている。ガルンにしては珍しく感情を剥き出しにしているので、一部の人間は不思議そうにそれを眺めた。


「相変わらず、人間の考える作戦は無謀が多いな」


白き銀嶺は呆れ返りながら手紙を覗き込む。


勇気と無謀は違う。

戦って生き抜く作戦では無く、戦って勝つ事のみにこだわる作戦は、権威力にこだわる人間ならではの作戦と言えよう。





「この作戦は、前線の兵士達の損失率が考慮されていない。洞窟内は三つ巴の地獄絵図になるだろう」


白き銀嶺の言葉に全員沈黙した。


容易に想像出来る最悪の未来だ。


洞窟内には全てを食い尽くす冥魔族。


そして、そこに制御不能の魔人が投入される。


確かに冥魔族は滅ぼせるかもしれない。


しかし--中に進軍した部隊はたまったものではない。


間違えれば千眼の魔人が住まう魔窟に変わる可能性もある。


そこで、アビスは二枚目の手紙に目を通していた。


「……? プラン・エクストラ? 天獄計画? 何だこれは……」


それを見てアビスの目が細まる。


ちらりとガルンに目を移す。


ガルンが怒る本当の理由が、そこにははっきり記載されていた。


“対領域結界対策と最終神罰作戦”


それに参加予定の部隊、人名リストが続く。


アビスがその内容を告げようとした時だった。


爆音が大気をつんざく。


軽い振動が後からやって来た。


敵襲来の警笛が鳴り響く。


ガルンは大きく舌打ちした。


「十番隊は待機移動。 1番、三番隊は即応援軍!五番、六番隊は擁撃準備! 残りは第一種戦闘準備。何時でも出れるようにしておけ! 本陣指揮権は無名に譲渡する。俺は現場に向かう! カナン! 白き銀嶺、来てくれ!」





そう叫ぶと、ガルンは全力で駆け出した。


爆煙が上がっている。


先に哨戒していた八番隊が敵に接触したのか、前衛を防御している二番、四番隊が遭遇したのかはこの距離では分からない。


(ちょうどいい。この鬱憤。奴らで晴らさせてもらう!)


意気衝天の勢いでガルンは進むが、それが簡単では無いことを直ぐにも知る事になる。


彼ら冥魔族の真価を知ることになるのは。



マドゥールク森林領は紅蓮の炎で朱く燃えていた。


大地にも赤い塗り絵が広がっていく。


とにかく馬鹿の一つ覚えのように赤だらけだ。


そこかしこに、赤いインクを詰め込んだ肉瓶が転がっているのだから仕方がない。


踏み砕くだけで、大地に赤い染みが広がっていく。


「全く。何処からこれだけうじゃうじゃ出てくるんだ、この雑魚どもは?」


そう呟きながら、無造作に手に持つ奇っ怪な魔剣を青年は振り抜いた。


剣からは青白い虎の様なものが見える。


それが辺りにいた兵士を根こそぎ穿つ。


人が居た形跡を心なしか残すためか、足首のみが不様に人数分残った。


剣に宿る青い虎から、くちゃくちゃと咀嚼するような音が響く。


まるで足首を残して全て飲み込んだように。


「ここらの奴は結構やるらしいからな。余り舐めてかかるなよ“ハリイツ”?」


後方にいる目付きの鋭い白い髪の青年が、地面に転がる死体の山を、石ころのように眺めながら答える。


どちらも、青白い肌、尖った耳と冥魔族と呼ばれる種族の特徴が見て取れるだろう。


「愚問だなアロン?オレら“冥魔黎明衆”に敵う相手がいるなら、お目に掛かって見たいぜ」





ハリイツと呼ばれた荒々しい青年は、見下した笑いを周りに向けた。


辺りを囲む、多種多様な武器を持った兵士達は息を飲む。


目の前の冥魔族が、今までの冥魔族と違うのは一目で分かる。


何故なら強さが段違いだからだ。


それが、一番如実に分かるのは連れている餓鬼である。


いや、それが今までの餓鬼と同列と考えるのは間違いだろう。


アロンと呼ばれた青年の背後にいるのは、細い面を繋ぎ合わせたような妙な紐人間のようなフォルムだ。


ハリイツの餓鬼は現れてから、“剣と融合してしまっている虎型”がそれである。


「くそが!」


後方にいた魔術師らしき男が魔術を発動する。


「明々き炎の結晶、蓮獄の海原を蝕む闇を照らせ!」


魔術師の掌に毒々しい赤い火球が膨れ上がる。


魔術師がアロンに目標を定めると、背後の紐人形の腕が微かに動いた。


腕が一瞬で平面的に伸びて、魔術師の頭にコツリと当たる。


「はぁー、ここの術師は本当に術式起動が遅いな。 何をしに出てくるんだか……」


アロンの呆れはてた呟きの後に、紐人形はゆっくりと軽く頭を貫通した腕を引き抜く。


「守備重視のフォーメーションで魔術師の呪唱時間を稼げ!」


叫び声と共に、武装した戦士が戦場に現れる。


先陣にいるのは盾を持った神官戦士、ライザックだ。




「まったく、次から次へと羽虫かテメェーらは!」


ハリイツの魔剣が唸る。


青白い妖虎が、大地ごと綺麗に現れた兵士たちを咀嚼する。


間に妙な手応えを感じてハリイツは片眉を上げた。


遥か後方に吹き飛んだ人間が、苦鳴の声を上げている。


細身の木をへし折って地面に転がっている男は、淡く光り輝く盾を握っていた。


「ほー。虎空呀を耐えきったぜ? あの盾に纏っている光……今までの羽虫とは違うな? 確か何か欝陶しかったやつだな?」


ハリイツは地面に転がっているライザックを見てから、アロンに視線を移動する。


「軍神賦与の防護魔術だ。神聖魔法の上位法術が掛かっている。 かなりの硬さだな。お前も言語野以外に知識もしっかり喰っておけ」


「冗談だろ? どうせ滅ぼす種族の文化なんてオレにはいらないね」


ハリイツは馬鹿馬鹿しいと言いたげに、魔剣を振りかぶる。


ライザックが何とか態勢を整えた時には、青い妖虎が眼前にいた。


鈍い音が響く。

数トンの衝撃を受けたように、身体が軽々と吹き飛ばされた。

構えた盾にひびが入る。


「!!」


ライザックは愕然とひび割れる盾より、兇悪な一撃で左腕の骨折と、肩が脱臼した事に顔を青ざめさせた。


盾が持っても、身体が持たない。


身体に纏った加護の力が急速に失われていくのも感じる。



(こっ、この者たちの枯渇結界はマズイ! 体力、生命力どころか、術として発動している神霊力すら喰われていく!?)


ライザックは転げながら、治癒魔術を唱える。


傷を負った訳ではないので、呪いはかかっていないが、異常に回復魔法の効きが悪い。


(回復魔術すら喰われていくのか!!)


舌打ちしてライザックは左腕の回復を諦めた。


このまま回復魔術に力を割いていたら、唯一の対抗策である防御魔術が意味をなさなくなる。


ハリイツが追撃しようと前に出たのを見て、周りに残っていた黒鍵騎士団がアロンに飛び掛かった。


餓鬼対策に同時攻撃は忘れない。後ろの紐人形に三人、アロンに二人である。


アロンは鼻でその行為を笑うと、掌を合わせた。



「冥法・空咒“逸脱の壁”」


見えざる大気の壁が襲い来る敵を、綺麗に弾き飛ばす。


「特別サービスだ、オレのタレントを見て--死ね」


合わせた掌から、風船を割るような渇いた音が鳴り響いた。


手の間に、赤い雪の結晶の様なモノが浮かんでいる。


「月蝕灼雪“クリムゾン・エクリプス”」


腕を掲げると朱い結晶が空に舞う。


すると、空に朱い月が浮かんだ。


空間が……世界が朱く染まる。


「?!」


吹き飛んだ騎士団員は、愕然と周りを見回した。


辺りには朱い雪がしんしんと降り出す。





「朱き世界で蓮獄に染まれ」


アロンの不敵な声が響く。


騎士達は周りの変化に生唾を飲み込んだ。


「ぎゃあ?!」


と、唐突に悲鳴が上がる。


その方向を不思議そうに騎士達は見た。


一人の騎士が顔を抑えてのたうちまわっている。


顔から白煙が上がっていた。


「ひぃが?!」


次々に起こる悲鳴。


全員が身体から白い煙を上げ出した。


ブスブスと異様な音と、悪臭が世界を埋める。


「血塊となって、オレの贄となれ」


それが、その世界に響いた最後の子守唄であった。




ガルン達が初めに気付いた違和感は、やはり大地を塗りたくる朱い水溜まりの多さだろう。


人間の血液にしては、あまりに濃いドロッとした液体はデミグラスソースのようだ。


それが、元人間の成れの果てとは、この時は誰も思いはしないだろう。


血臭が辺りを染めているので、妙な生臭さが鼻につく。


人間より嗅覚の鋭い白き 銀嶺が、固い表情なのは その為であろう。


生で肉を喰い漁れる竜種にして見れば、別段気にするものでは無いが、本能に惹かれた行動を起こしそうで居心地が悪い。


「いるぞ!」


ガルンが警戒を促す。


精霊の眼に異質な存在の光を捉える前に、冥魔族特有の吸奪結界に入り込んだ違和感がそれを教える。




精霊の眼に異常な光が映る。


光は三つ。


その近くで、見知った光が急速に明滅していく。


「ライザック!」


ガルンはそちらに向かって魔剣を振りかぶる。


(駄目だ!ダークブレイズじゃ強力過ぎる)


ガルンは舌打ちして、ライザックのいる方向を指差す。


「頼む白き銀嶺!」


阿吽の呼吸で白き銀嶺は頷くと、咆哮を上げる。


ハウリング・マジック。


指差した方向に衝撃のブレスを撃ち放つ。


大気を揺さぶり、ソニックブームが前方の景色を霞ませた。


衝撃音だけが、進む先の大地で炸裂するのが伝わる。


震える木々の間を突き抜け、ガルンが開けた空間に飛び出した。


衝撃波の影響か、木々が微かに揺れて葉が空に舞っている。


その中心に二人の人影と、紐人形の姿が見えた。


異様な大剣。どちらかと言うと、虫の腕の様な魔剣を持つ青年が舌打ちする。


「全く、羽虫が次から次へと……」


バキバキと盾を砕く音が響く。


青い妖虎がうっすらと見えた。“腕ごと盾をかみ砕いている”。


「……いや、そいつらは今までの雑魚とは生命力が違うぞ」


アロンの値踏みする視線を無視して、ガルンはライザックを捜す。


「!!」


後方の木々の間に転がっている人影が眼に入った。





「ガルン! 微かな呼吸音が聞こえる。ライザック殿は生きているぞ」


白き銀嶺の言葉にガルンは無言で頷く。


身体中擦り傷だらけで、左腕の肘から先が無くなっているが、存在の光は失われていない。


問題は傷口から溢れ出ている血の量だ。


あの出血量では5分もかからず致死量に達するだろう。


それも、呪いを考えれば悠長に構える時間は無いに等しい。


「白き銀嶺はライザックを頼む。出来たら、そのまま離脱してくれ。カナンと俺で奴らを抑える!」


ガルンは叫ぶと、素早くライザックの盾になるように回り込む。


それにあわせて、カナンと白き銀嶺も統制よく動き出した。


この三人は対餓鬼専用にスリーマンセルでの遊撃を繰り返してきたトリオである。


一年近くの間に身についた連携は伊達では無い。


移動しながらも白き銀嶺が咆哮魔術を放った。


雹雪の竜巻が視界を覆う。


後方から面制圧攻撃。


「ほーう! 速いな!」


アロンが不敵な笑みを浮かべる。


冥魔族の使う、種族特有妖術--“冥法”。


それはこの世界の魔法に酷似しているが、力の源が大きく違う。


魔力や神霊力を元に、魔術を使う魔法に対して、妖力と精力、他者の生命力と幽子力を元に、“物理的な攻撃力を持った呪詛”を構成するのが冥法である。





この根本的な術式の違いに気付かない為に、この世界の魔術師たちは対応策を誤り大打撃をこうむっていた。


アッシャーサイド(物質世界側)での攻撃だけでは無く、スピリットサイド(精神世界側)からの呪術攻撃への対応も必要だったのである。


高位の魔法防御ならば、同時に多次元防衛能力も備えている為に防御も可能である。しかし、高位の防御術を持ち得ない術師には致命的な話だ。


この並行二面攻撃を防御するには、同時に物理、精神防壁を構築しなければならないからである。


そして、特筆しなければならないのが、その呪唱時間だ。


冥魔族の冥法の根幹は、他者の命を吸収する生命変換結界にある。


これは発動しているだけで、一つの永久魔法陣を構築しているのと等しく、命を喰らい続けている限り終わりが無い。


生きている“生物が死に絶える”までは永久機関なのだ。


冥法はこの生命力吸収時に幽体を喰らい、一つの命をそのまま呪詛に換える呪術なのだ。


即ち、“生命を吸収するだけで呪文が完成する”魔法に近い。


この呪術構成プロセスのアドハンテージは、他の術式構成とは大きく異なる。


その領域は、天使や悪魔、巨人族や竜種と比べても見劣りしない、上位能力のカテゴリーに位置するだろう。





起動キーだけで発動する、ワンフレーズスペル。


それが冥法である。


「冥法・炎咒“砕く焔塵”(くだくえんじん)」


アロンが腕を上げると、大気が爆散する。


爆熱がブリザードを迎え撃つ。


大気を震わす轟音と共に、白煙が世界を埋めた。


身体を吹き飛ばす様な水蒸気爆発を、黒い炎が飲み込む。


「?!」


アロンが愕然と、迫る黒い炎を目撃した。


それに反応したのはハリイツだ。


青い妖虎を纏った魔剣が空を切り裂く。


黒い炎を妖虎が丸ごと飲み込む。


「なにぃ?!」


思わず声を漏らしたのはガルンだ。


チャクラを瞬間的に全力運転させての、黒炎のダークブレイズである。


それを、完全に打ち消されたのは初めての事だ。


「甘いんだよ!!」


ハリイツは悪童のような顔で声を張り上げる。


「甘いよね」


その声を左後方で聞いて、ハリイツは目を剥いた。


金髪の巫女剣士が宙を舞う。


振りかぶる手には小太刀が見える。


大和刀と呼ばれる東方特有の武器を、三分の二程度にした中型武器だ。


小柄なカナンにはちょうど良い刀剣と言える。


妖刀“蝶白夢”と同じ、ティリティースの発掘武器であり、白き銀嶺と共に旅を始める時に、本人から譲り受けた物だ。





銘は“衡狐月”(かぶき・きつづき)である。


蝶白夢と同じブラッドソードに位置する妖刀の一種で、変わった能力が一つ備わっていた。


その小太刀がハリイツを完全に捉える。


白き銀嶺のロングレンジ広範囲攻撃から、ガルンのミドルレンジ爆炎攻撃。そして、カナンのクロスレンジの追撃と、めくらましをかけての波状攻撃を耐え切った敵はいない。


しかし、今回は違っていた。


カナンの間合い、攻撃速度、どれをとっても反撃も防御も間に合わないタイミングに思える。


「?!」


カナンは二つの殺気に態勢を直させられた。


ハリイツの魔剣から、くるりと“妖虎が振り向いた”のだ。


軽い咆哮。


迎え来るあぎとから牙が覗く。


そして、左と左下から黒い影が伸びる。


カナンは振り上げた衡狐月を、器用に空振りさせた。


その空振りの回転を利用して、迎撃に移る。


「滅陽神流剣法、無式百五型“渦鋼”(うずはがね)」


鉄を刻むような耳障りな音が響き渡る。


驚愕に目を見開いたのはどちらだったか。


カナンは回転の剣戟で、妖虎と、迫り来ていた紐人形の両腕を弾き飛ばしていた。


だが、その間にハリイツが振り向いている。


「はえぇじゃねぇか!!」


ハリイツの魔剣が空を裂く。




カナンは空中だ。

避けられる態勢に無い。


魔剣の一撃を妖刀で受け止める。


鈍い音を立てる魔剣の衝撃を感じながら、ハリイツは顔を歪ませた。


カナンは吹き飛ばされる形で宙を舞ったが、空中で二回転すると優雅な動きで地面に着地する。


ハリイツが面白そうに、口の端を吊り上げた。


「何だこの女?! すげーぞ。何から何までびっくり箱だ」


まるで岩の塊を殴り付けたような手応えに、ハリイツは微妙に手が痺れていた。


妖刀“衡狐月”(かぶききつづき)。


刀身の重量のみを、持ち主の思うがままに変化させる奇妙な変化刀である。


軽くするなら羽毛並に、重くするならば強大な輪廻岩並に重量を変える事が可能だ。


奇しくも、天翼騎士団のアルダークとクライハルトが使った翼命剣に酷似した性能と言える。


規模は小さいが、それでも十分な質量兵器にカラゴライズされるだろう。


「……あの虎と、紐人間、何か変かな? 滅陽神の剣で切れなかったよ。何か隠し種がありそうだよ」


カナンが珍しく警戒を促す。


「だろうな。じゃなければ、黒炎を飲み込むなんて有り得ないだろうからな」


ガルンはそう言いながら、チラリとライザックを抱え上げる白き銀嶺を目の端に捉える。





これで、第一関門は突破したと言っていいだろう。


後は白き銀嶺が離脱するまでの時間を稼げばいい。


それに気付いたのか、ハリイツの魔剣の妖虎が一声吠える。


アロンの背後に立つ紐人形は、何事もなかったように不動の構えだ。


実質、冥魔族は餓鬼とのツーマンセルで動いていると言って差し支えない。


アロンの背後の餓鬼は、明らかに今までの四腕タイプとは形が違う。


すると、ハリイツの魔剣に宿る妖虎も、餓鬼ではないかとガルンは怪しむ。


どちらにしろ、数的優位は向こうに分があるのには変わりはない。


「お前ら、今までの冥魔族と違うな……」


ガルンの魔剣に炎が宿る。


それを見てハリイツは口笛を吹いた。


「お前らも、いままでの羽虫とは違うな。俺は冥魔黎明衆の一人、妖骸喰いのハリイツ」


「同じく、冥魔黎明衆が一人、赤い雪のアロン」


「冥魔黎明衆?」


聞き慣れない名には、何か不吉なイメージが付き纏う。


威圧的な雰囲気も、ただのはったりでは無いとひしひしと伝わる。


存在の光も、余りにいびつだ。


妖虎からも異質な光を感じる。


やはり、あれも餓鬼の一つなのであろう。


「我ら冥魔族は生来の惨奪者だ。貴様ら下級種族とはデキが違う。戦闘能力は当然高いが、その中でもずば抜けた存在だけが黎明衆として任命されるのだ」





「普通の冥魔族が倒せない、お前ら見たいな面倒な奴を駆逐するのが俺達の役目って事だ」


アロンの言葉に、ハリイツが相槌を打つ。


妖虎が頷くように小さく吠えた。


それを聞いてガルンは鼻で笑う。


「ようは害虫のボス見たいなものだろ? テメェーらこそ、さっさと駆除してやんよ!」


「言うじゃねぇーか、ガキ!」


ハリイツの手にした妖虎が燃え上がる。まるで炎の虎だ。


睨み合うガルンとハリイツを他所に、カナンとアロンは冷ややかに両者を見つめていた。


先に動いたのは紐人形であった。


両腕が目にも留まらぬ速さで伸びる。


カナンの頭を輪切りにする寸前で、カナンは神懸かり的にしゃがんでそれをあっさり避けた。


低姿勢から、猫の様に地面を駆ける。


それを考慮していたのか、アロンの腕がカナンに向いていた。


「冥法地咒・昇る大地!」


大地が震える。


地面が割れて、岩盤から鮫の背鰭のようなものが次々とせり出した。


カナンは軽く大地に小太刀を突き刺すと、いともたやすく振り抜いた。


「滅陽神流剣法・無式四十三型“地脈斬り”」


迫り出す岩槍ごと、大地が真っ二つに裂ける。


その勢いはアロンの足元を越えて、最果てまで伸びた。



(……この女!!)


アロンは舌打ちすると後方に跳躍した。


どうやらカナンの攻撃力を危険視したらしい。


入れ代わるように紐人形が前に出る。伸び切った腕をそのまま鞭の様にしならせた。


周りの木々が、何の抵抗もなく一瞬で輪切りになる。


カナンは仕方なく追撃を諦め、手近な木を三角跳びの要領で足場にすると、軽やかに高枝に飛び乗った。


眼下では紙の様に薄く伸びた紐人形の腕が、辺りの木々や岩を綺麗に切り刻んでいる。


「……なるほど。うん。何となく分かっちゃったかな、からくり」


カナンは少し困ったような顔をした。


木の上に移動したカナンにようやく気付いたのか、紐人形の腕が上に伸びる。


カナンはムササビの様に木々を飛び移り、腕の猛攻を躱していく。


木々が細切れに切り裂かれる中、カナンは地面に さっさと着地した。


「我が幽冥獣・ゼディーベールのからくりに、気付いたと言ったな女?」


「はい? 分かったけど、何が言いたいのかな? 本当かどうか確認したいのかな? その前にいるのがゼデぃーべーる?」


アロンの言葉に、カナンは不思議そうに首を傾げる。子供を諭すような口調にアロンの眉が微妙に引き攣った。


完全に馬鹿にしているのか、いたって真面目に答えているのかこの少女は、いまいち分からない。


アロンは不機嫌に腕を真上に掲げると、その手の中にゆっくりと赤い結晶が現れ出すのだった。




ゴツンと、重低音の鈍い音が炸裂した。


足場の大地が、その重圧に耐えられないかのように悲鳴を上げ出す。


蒼い光が責めぎ合っていた。


蒼い魔炎と碧い妖虎が。


魔剣と魔剣の鍔ぜり合いが大地を揺らしていた。


「やるな糞ガキ!」


「テメェーもな……」


ガルンは強気な姿勢を崩さないが、内心舌を巻いていた。


目の前の冥魔族はチャクラ開放者なのだ。


軽く二つは動いている。

それにプラスして吸奪結界が絶賛稼動中だ。


相手は取り込んだエナジーを、チャクラを使って上乗せしているのに対して、ガルンのプラーナは減る一方である。


信じられない事だが、ダークブレイズの炎すらジワジワと吸い取られている。冥魔黎明衆のエネルギー吸収機構は半端では無い。


(やはり、長期戦は分が悪い)


ガルンがチャクラを腕力強化に回そうとした直後だった。


くすんだ光が実像を現す。

ハリイツの魔剣の妖虎が、ダークブレイズの炎を越えて襲いかかって来たのだ。


「何?!」


鍔ぜり合いをしている為に、避けられる間合いでは無い。


愕然となるガルンの前を黒い影が遮った。


琴を鳴らすような音が、小さく、されど透き通るように響く。


その音が、突如不可解な弾けた音に変わった瞬間、碧い虎どころかハリイツが吹き飛んでいた。




目の前を遮るように、空間に固定されたように浮かんでいる盾にガルンは目を丸くした。


天三輝あまのみつき……」


パリキスに授けられたこの珍妙な盾は、この一年間、背中にふよふよ浮かんでいるだけでサクラメントらしき行動は取ってこなかったからだ。


サクラメントの強度試験でその防御力は実証済みだが、この盾には致命的な欠点があった。


それは、保持者の意思が介在出来ないと言う一点が。


この盾にはハンドグリップになるものも無く、盾を利用しようとしても、勝手に浮遊しているだけなので思うように動かない。


特に言葉で指示出ししても反応は無く、ただ、衛星のようにガルンの周りを回っているだけの妙な存在と成り果てていた。


ガルンはパリキスに貰ったお守り程度に思う事にしていたが、真実は違っている。


この盾は自律して保有者を守る特性を持っており、保有者が危機的状況、防衛レベルの低下、過負荷攻撃への対応以外は、必ず保持者の死角を護るように出来ていたのだ。


常に背中に張り付いていたのはそう言う分けであり、パリキスに細かく性能を聴かずに黒鍵騎士団に行ってしまったガルンには分からない事であった。


今回はガルンの危機的状況と盾は判断したのであろう。


ようやく、天三輝はその真価を遺憾無く発揮したのだ。




妖虎が警戒するように低く唸る。


倒れたハリイツはヘッドスプリングで態勢を立て直すと、スラリと魔剣を握り直す。


「面白い盾をもってんじゃねぇーか? ぶち砕く楽しみが出来たぜ」


ペロリと下唇を舐める。


その瞳に大文字草の様な紋様が浮かび上がった。


いきなり身に纏う雰囲気が変わる。


(なっ……んだ? この力の揺らぎは)


ハリイツと妖虎の存在の光りが歪んで行く。


まるで別の存在に変わる様に。


「特別サービスだ。俺のタレント、“夜叉の花弁”を見せてやるぜ?」


ハリイツの声すら別人に感じる。


何か自身に影響する、特殊な力を使ったのは間違いない。


「悪いが、先に俺の得意技を見てもらうぞ」


唐突に掛かった声に、ハリイツは唖然と右を振り向いた。


振り向いた先は真っ赤だ。


いや、視界全てが完全に鮮烈な深紅に染まっている。


「?!」


固まるハリイツに声だけが低く響く。


「心意象合拳・旋弾功!!」


腹部に衝撃が走る。

それと同時に咆哮が重なった。


ハリイツは数メートル身体を後退させたが、近づいた相手はさらに、数メートル逆方向に跳躍していた。


「うおー、危ない、危ない。何だ、あの虎は? レッド・インパルスが効かないのか?」




本気で焦っているのか、飛び出して来た赤い服の男――アカイは顔を強張らせた。


胸の服部にはバッサリ爪痕が見える。


服の下からチェーンメイルらしきものが見えるので、傷は負っていないようだ。


「何やら、面倒そうな奴が出て来たようだね」


ガルンの背後から声が掛かる。


「アビス!」


振り向いた先には仏頂面のアビスが立っていた。


「待たせたな。第一、第三部隊参上だ」


アビスとは対照的に、アカイはニカリと笑っているが、視線はハリイツから離していない。


目の前の敵の強さは認めているようだ。


背後から黒鍵騎士団の二部隊が迫る足音が響く。


「さて。形勢逆転のようだな?」


ガルンが魔剣を斜めに構えると、アカイとアビスが左右に展開する。


「ハリイツ! 目的は達した。撤収するぞ」


アロンの声が辺りに響く。


そちらに目をやると、肩を押さえたアロンが後退していた。


紐人形相手に小太刀を振るっているカナンが見える。


その時だった。

爆音が遥か後方から轟いたのは。


全員がそちらに意識を向ける。


「陽動だと?!」


そう叫んだのは誰だったか。


「ちっ、のって来たんだがな」


「流石に多勢に無勢だ。そこの巫女に魔剣士は倒すのに時間がかかる。これ以上ザコが増えては敵わん」




アロンはハリイツの言葉にそう答えると、霧を発生させる冥法を唱えた。


辺り一面に濃霧が発生する。


「逃げる気か!」


ガルンの叫びに、ハリイツは唇の端を吊り上げた。


「もうすぐ“冥夢の幻域”が完成する。そうしたら、テメェーら丸ごと相手になってやんよ」


その声だけが、やたらと森中に響く。


精霊の眼には、彼等が撤退する様が見て取れる。


しかし、ガルンはそれを追うのは止めた。


今は“後方に見える”、冥魔族の部隊の相手をしなければならない。


たった二人の陽動に、実質、部隊の三分の一以上が足止めを受けた形になった。


本隊には挟撃する形で、冥魔族の集団が襲い掛かって行く。


直ぐにでも体制を立て直さなくては、防衛ラインが瓦解するだろう。


冥魔族一兵士の実力は、黒鍵騎士団五十人に匹敵する。


「くそ! 全隊後退! 本隊の援護に回る! 他の部隊には伝令を出せ!」


ガルンはそう叫ぶと直ぐに走り出した。


魔剣をぞんざいに背に回す姿には、苛立ちが取って見える。


その様子を見て、アビスは肩を竦めた。


「まあ……、彼にしてみれば、焦るのは仕方がない事か……」


唯一、城からの二枚目の伝令書を見た少年は、苦笑いを浮かべる。“対領域結界対策と最終神罰作戦”


その参加リストのトップには、パリキス・キラガ・メルテシオンの名前が

、はっきりと記載されていたからだ。




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