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黒閾のダークブレイズ  Re.FIRE  作者: 星住宙希
第十八章
23/31

蒼き来訪者

晴れ渡った空が、いつの間にか暗雲に包まれていた。


山岳部にあるメルテシオンの北方砦、クラウドフォールは強固な守りで定評があった。


二百年、敵の侵入を許さない鉄壁の守備力は、そこに住まう神霊カムチュルンと呼ばれる存在に起因する。


カムチュルンとは山の聖霊と呼ばれる下位神族であり、白い東洋服を着た白髪の老人の姿をしていた。


二百年前のメルテシオンの王に現界された存在であり、砦の守護者としてその名を轟かせている。


その力はクラウドジャイアント並と言われ、近隣諸国の悩みの種であった。


「これはマズイのう」


砦の高台で、カムチュルンは苦い顔で呟いた。


「どうしたのですか老師?」


遠見役の兵士が様子に気付いて声をかける。


老人は渋い顔を崩さずに、目の前の山々を見つめているままだ。


「直ぐに首都への伝令兵を用意させよ。この国に驚異が近寄りつつある。火急にな」


老人の言葉は鉄のようで、兵士は無言で走り出す。


山の森がうっすらと茶色く変色していく。


まるで急に秋が訪れたようだ。


「森が喰われておる……。この敵は最悪じゃ」


死に逝く木々を見ながら、カムチュルンと呼ばれる老人は、自身の滅びを予感して苦笑いを浮かべるしか出来ない。


メルテシオンに冥魔族の

脅威が本格的に伝わる事になるのは、クラウドフォールが僅か一日で陥落されてからであった。




満天に輝く三日月が、闇夜に朧げに浮かんでいた。


何時もの夜と違い、その夜には何かが起こるだろうと言う予感がガルンにはあった。


城壁の外には遥か彼方からでも分かるほどの存在の光が瞬いている。


「あの光は……?」


一階層の領域警護をしていたガルンは別の異変にも気がついた。


城内のチャクラの光が消えていく。


「おいおい……冗談だよな?」


ガルンは緊張に顔を強張らせる。


城内のチャクラ保有者と言えば、王宮近衛騎士団しか有り得ない。


そのチャクラの反応が減衰していく。


それはイコールで王宮近衛騎士が倒されている事を意味する。


ガルンは舌打ちして、大声で叫ぶ。


「敵襲だ! 王宮守備隊はフォーマンセルで周回偵察! 動ける奴は起こせ!」


ガルンは脚力にチャクラを回すと、疾風となって回廊を走り出した。

遅れて浮遊する盾が追随する。


本来、王宮近衛騎士団は領域警護だ。敵襲があっても三ブロック以上先への移動は許されていない。


与えられた領域の死守こそが、至上命令である。


だが、相変わらずガルンはその手の規則を気にしない。


見敵即倒。


それがガルンの被害を最小限にする為の、基本ポリシーである。


これは対魔術師戦略と同じだが、侵入者の数が分からない以上、領域警護を放棄するのは得策とは言えない事であった。





走り進んだガルンは、いきなり感じた違和感に足を止めた。


前方から感じていたチャクラが消えたのだ。


倒されたとしても、漏れ出すプラーナは感じとる事が可能だ。


消えたとなると、意図的と考えるしかない。


(気付かれている? 相手はチャクラ感知能力を持っているのか)


ガルンはするりと蝶白夢を抜き放った。


精霊の眼で索敵する。


相手はプラーナを消して気配を殺しているつもりだが、ガルンにはその手の小細工は効かない。


無機物で無い以上、存在の光を消すことは不可能だからだ。


薄暗い回廊の左側は庭園に繋がっている。


隠れたのなら、そちらの方が確率は高い。


案の定、庭園の中から存在の光を感じる。


(……あっ?)


ガルンは存在の光に見覚えがあり過ぎて、間の抜けた表情をしてしまった。


ここにいる筈が無い人間のモノだが、それが当人なら、ここまで王城に忍び込めたのは頷ける。


「何やってんだ……カナン」


ガルンは半眼で庭園を眺めながら、飽きれ気味に声を零した。


その声を聞いて、草むらからひょこりと金髪の少女が顔を出す。


少女はまるで小鹿の様に、軽やかに通路に踊り出た。手に持つ物騒なショートソードだけが目を引く。


「ハァー見つかった。相変わらずガルンは、人を捜す事にかけては天才的かな? 天賦の才?」





「そんな事より、王城に侵入って何を考えてんだカナンは……」


「仕方ないよ。ガルンに火急の用事があるって言っても、全く取り合ってくれないんだよ、ここの門番は」


取り合わないから侵入と言う考え方が、どれだけ無茶苦茶かと問いたい所だ。


だが、軽くそれを実行してしまう所が、カナンの恐ろしい所と言える。


ガルンもカナンも生活環境の問題からか、少し常識外れな部分がある。

当人達はいまいち自覚が無いのが玉にキズと言えよう。


「……ちょっと信じられないが、俺と似たような服装の奴、ぶっ倒して来ただろう?」


ガルンの質問にカナンは不思議がる。


「ぶっ倒して来たけど? 結構強いよね? 手加減するのが大変だったよ」


「……」


ガルンは、しれっと言うカナンを呆れ顔で見つめた。


短時間で王宮近衛騎士団を何人も倒すと言う事が、どれだけ難易度が高いかは、この国の人間なら誰しも知っている事だろう。


それもカナンはどう見ても無傷であり、倒した相手はどうやら気絶させただけである。


「やれやれだな……。だが、これだけ無茶をした以上、何かあったのか?」


ガルンの質問にカナンは頷く。


「白き銀嶺が言っていた脅威、姿を現したよ。それについての対策と報告。それに……ガルンに会いに来た方がいる……」


「……了解した」




ガルンは軽く頷く。


会いに来たのは、どうやら外に感じた存在だ。


よく考えれば、あれほどの存在の光を持っているのは、パリキスと後一匹しか知らない。


「とりあえず、城壁外に出て待っててくれ。この惨状はごまかすのが難しい。気は乗らないが、上司と話をつけてからそちらに向かうよ」


「面倒だからティリティースの家にしようよ。白き銀嶺もいるしね」


「了解だ」


ガルンの返事を受けると、カナンはウインク一つ残して庭園の闇に消え去った。


あまりに見事な隠形術に舌を巻く。


「カナンの奴……。何処であんなスキルを身につけたんだ?」


会わない数年で、強くなったのはガルンだけではないらしい。


しかし、カナンに感じた微妙な違和感にガルンは眉根を寄せた。


何時も太陽のような少女だったのだが、微妙に陰りのようなモノを感じる。


まるで皆既日食後の太陽を眺めるような、微妙な違和感。


太陽が照っているのに、暗く感じるイメージに近い。


「まあ……気のせいか?」


ガルンは肩を竦めると、直ぐにアズマリアの部屋へと急いだ。


真の滅陽神は闇に瞬く。


それは神すら切り裂く、滅びの光。


後にその猛威をガルンは知る事になるのだが、この時のガルンはそんな事は想像も出来ないでいた。




「本当にお前は厄介者だな。次々に問題を持ってきおって」


苛々と机を指で叩きながら、アズマリアは目の前のガルンを睨み付けた。


例の本だらけの室内である。


ランプの光によって、薄闇の壁に映るアズマリアの影はまるで悪魔のようだ。


「本当なら、お前も侵入した仲間も打ち首獄門だ。しかし、今はそんな些細な事を気にしている場合では無いようだな」


そう言うと、アズマリアは椅子からゆっくりと立ち上がった。


そのまま、椅子にかけてあったマントを手に取る。


「……? 何処かに行くのか」


ガルンは身仕度をするアズマリアを不思議そうに眺めた。


それを、アズマリアは面倒そうに睨み返す。


「お前に付いていく、話を聞かせろ。今はどんな情報でも欲しい。替わりに今回の件は不問にしてやる」


そう言うと、アズマリアはガルンを室内に残して部屋を出た。


翻るマントが、王者の出兵を連想する。


この国で出会った、王族の誰よりも王者の風格があるのは喜劇のようだ。


それを見てガルンは苦笑する。


アズマリアが国を統治した方があれこれ早い気がするが、吸血鬼が統べる神の国と言うのもおかしな話しである。


さっさと進むアズマリアに置いて行かれないように、ガルンは急いで後を追った。





ティリティース邸につくと、門前にカナンが待ち構えていた。


どうやら待ちくたびれていたようで、腕を組んで足先で地面をとんとん叩いている。


遠くからでも一目で分かる、白い巫女服は相変わらずだが、あの目立つ服装で侵入する大胆さはそうとうなものだ。


カナンは走り寄るガルンの姿を見つけて満面の笑みを浮かべたが、隣を平走するアズマリアを見つけて目を細めた。


流石に王宮近衛騎士団の正装は目立つので、二人とも黒ベースの服装に着替えている。


「それは誰かな? 誰なのかな?」


カナンは微妙に片眉を引く攣かせて、アズマリアを凝視した。


その視線に気付いて、アズマリアはふ~んと意地悪い笑みを浮かべた。


深淵眼を使わなくても人生経験は長い。人の機微には敏感だ。


「こっちは俺の上官だ。それなりの地位にいる。妙な気配なのは吸血鬼のせいだから気にするな。ちょうど白き銀嶺の話しを聞いて貰うには好都合だから連れて来た」


その手に疎いガルンは、カナンが自分が初めてアズマリアを見た時の違和感を感じているだけだと判断する。


「ふ~ん。へぇ~。そうなんだ」


何故かお互いをまじまじ見る二人を、ガルンは不可思議に感じながらもスルーする。


「こっちは、さっき話した姉弟子のカナン・パルフィスコーだ。アズマリアは先に中に入っていてくれ」




「ガルンは?」


「俺は先約と会いに行ってくる。今は夜だからいいが、“あれ”は目立つだろう?」


「そうだね。先に会いに行った方がいいよ。多分、同席はしてくれないだろうし、待たせるのも悪い気がする」


カナンの顔には、何か納得したような表情が見える。


アズマリアは不可解に感じたが、実際ガルンがいようといまいが、情報収集には関係無い。


「貴様はさっさと用事を済ませてこい」


アズマリアの言葉を受けて、ガルンは軽く頷くと踵を返した。


目指すは北側にある丘陵だ。


ガルンの動きを感知して、人気の少ない場所に移動したらしい。


ガルンは足にチャクラを回すと、一陣の風の様に駆け出した。


その背の後に、凧の様なものが付いていく。


まるで全力で凧揚げをしているような、奇妙な光景にカナンは首を傾げた。


背中に浮遊している盾というのは、よくよく見ると珍妙なのは間違いない。




時刻は寅の刻を過ぎているだろう。


深々と静まり返った丘の上で、蒼い炎が燃えていた。


風が囁くように通り過ぎる。


まるで蒼い小さな太陽に照らされて、周りの木々達が嬉しそうにざわめいているようだ。


その懐かしい姿を見て、ガルンは胸が張り裂けるような、押し潰されるような、妙な感覚に捕われた。




「また、会うことになったな」


《卿とは見えずに過ごしたかったのだがな》


透き通るようだが、芯に響く重圧のような思考が頭を過ぎる。


半死半生の時には、このようなプレッシャーは感じられなかった。


それは眼の前の存在のさじ加減の問題なのか、自分がそれを感じ取れるレベルになったのかは分からない。


目の前でディープブルーの鮮やかな毛並みが揺れている。


蒼い炎が体から噴いているようなたたずまい。


蒼炎の狼。


精霊体と物質体が同時に混在する上位霊獣。

デュアル・ウルフや邪妖狼と恐れられる存在。

そこにはクフルと名乗った、雄々しい星狼が存在していた。


《卿は我が告げた言葉を覚えているか》


「ああ……。俺の死を見つめる者。俺が悪性そのものに、世界の歪みになったら、滅ぼしにくると言っていた」


ガルンは微妙に身体がすくむのが分かる。


自身がどれだけ歪んだかは自覚は出来ない。しかし、幽体喰いを過剰にした以上、悪霊化していないのが不思議な状態のはずだ。


《卿は……死を撒き散らす存在になった》


クフルの言葉にガルンは息を呑んだ。


死刑宣告のように、その言葉が頭の中に反響する。


「クフルは……俺を殺しに来たのか……」



ガルンが口ごもるのも致し方ない。


それを受け入れるなら死を。


それを拒むならば、クフルと戦うしか道はないからだ。


《我は卿を滅ぼしに来たのでは無い。卿に道を示しに来た》


「道……?」


《卿は人でありながら、人では無い。循環するアポトーシスの輪の中に生まれた、突然変異の様なものだ。突然変異因子が生じるとプロセスの秩序を乱し、世界の循環を損なう危険が生まれる。すなわち、世界が必要としていない場合でも、卿が持つ死が増殖し、過剰な淘汰を生むか、逆に死滅すべきものが死滅せずに残り、世界を歪ませる因子となる》


静かに告げるクフルの感情に変化は無い。

ただ、結果を告げるだけの裁判官のように、抑揚なく述べる。


《卿は世界に生まれたキャンサーのようなものだ。だが、それが悪性ではないと信じよう。今、世界は外界から侵入した凶悪な悪性腫に汚染されつつある。それを止めるのが卿だ。卿の“死”がその悪性腫すら滅ぼす筈だ。白血球のようにな》


「……」


《それが叶うならば、卿の存在はキャンサーなどではなく、初めから世界がこの為に産んだ、抗体因子なのかも知れぬ。因果に因ったな》


クフルはそう呟くと、南にある王城を見つめた。


まるでそこに、もう一つの免疫体があるかのように。




「今も昔も、クフルの話しは分かりにくいよ。早い話し、外世界からの侵略者をブッ倒せって事だろ?」


ガルンのあっけらかんとした答えに、クフルは微笑したようだった。


《異物の排除と、悪性変異種の駆逐。それが卿の存在意義と我は判断した。死を持って、より多くの死を防ぐ者。それが卿だ》


「それが変質したオレの生き残る道って事か……」


ガルンは真摯な瞳でクフルを見つめる。


クフルはただ、ただ静かにそれを見返した。


身体に纏った炎が風に煽られ、一段と輝きが増したようだった。


《卿の持つ“死”は両刃の刃だ。過剰に撒き散らせば、卿自身が悪性変異種と定められるだろう。その時は……》


「その時は……クフルがオレを殺しに来るって事か……?」


クフルはしばし沈黙した。


何か言いあぐねているのか、視線を空に移す。


ガルンもつられて空を見上げた。


朧に霞む三日月が、雲によって光を失いつつある。


まるでその存在自体を隠すように。


世界がしばし闇に飲み込まれた。


《その時は、我と言わずに、世界が選んだ抗体存在が卿を殺すだろう……》


「世界が選んだ抗体存在?」


ガルンが視線をクフルに戻すと、広々とした丘の上には何ものも存在していなかった。


いつ消えたのかは分からない。


クフルはその姿を忽然と消していた。





「オレが道を踏み外せば、死が待っているって事か……」


ガルンはそこで何かにきづいたのか、目を大きく見開いた。


顔を片手で覆い隠す。

その隙間からは歪んだ笑みが零れている。


(オレは死を恐れているのか?)


復讐者として生きて来た自分が、いつの間にか死を恐れている事に驚愕する。


自分の命も他者の命も糧にして、復讐を成すために生きて来た筈だった。


それがカナンの命との天秤に苛まれ、パリキスを護る為に薄らいで行った事実に、ガルン本人の自覚は無い。


ガルンの心の奥底にある地獄の窯には、いつの間にか蓋が被さっていた。


それはカナンとパリキスによって生まれたモノであるが、ガルンの鈍い感性がそれを理解するのは後の話しである。


しかし、その窯の中では、ゆっくりと黒い火種が燃えていた。


憎悪が集う黒い焔が。


この脅威を唯一感じていたのは、吸血鬼の少女だけであったが、それを止める手立ては見つからないでいた。


(グラハトの仇を討てなくなるためか? パリキスを守れなくなるためか?)


ガルンは大きく頭を振った。


恐怖は簡単に死神を引き寄せる。


しかし、同時に危機回避能力が向上すると言うメリットもある。


そのどちらが、当人にとって吉と出るか凶と出るかは分からない。


(違う……俺は……)


ガルンは茫然と闇夜の大地に立ち尽くしていた。




深夜に関わらず、ティリティース邸には煌々と明かりが着いていた。


居間に集まる面子は、よく考えれば珍しい組み合わせである。


四角いテーブルを中心に、西側の二人座りのソファーに大家であるティリティース、妹のヒュペリアが座っている。

二人はライトエルフだ。


南のテラス側の豪華な椅子に陣取っているのは吸血鬼であるアズマリア。


そのテラス寄りの壁際に寄り掛かっている銀髪の美女は、ドラゴンニュートの白き銀嶺であり、東側のソファーに座っているのは人間のカナンである。


いきなりドアが開くと、全員の視線がそこに向いた。


そこには人間の男が立っていた。

全員揃い踏みを確認すると、入って来た男は少々驚いたように、視線をアズマリアに向ける。


「……なんで、王宮近衛騎士団の副団長がいるんだ?」


「それはこちらの台詞だ。なぜ、貴様がいる?」


アズマリアはカナンの横に勝手に座ろうとして、臑に蹴りを入れられている赤頭の青年を見た。


「それはお互い様と言う事で」


臑を摩りながらドア付近の椅子に座った赤頭の青年――天翼騎士団のレッドレイは作り笑いを浮かべた。


この天使憑きの青年は、ガルンがいない間にちょくちょくとティリティース邸に訪れていたのだ。





何らかの情報収集なのは明らかだが、必ず何かしらの土産を持参して来るので誰も煙たがってはいなかった。


「ガルンはどうしたんだ?」


レッドレイは不思議そうに、居る予定の人間の名前を出す。


「今はある方と会談中だ」


白き銀嶺の言葉に、レッドレイは顔を向ける。抽象過ぎて逆に気になる。


「ある方?」


「旅帰りに会った星狼かな? 一般だと邪妖狼?」 

カナンの言葉に、アズマリアとエルフ姉妹は少し驚いた顔をしたが、レッドレイは知らない種族らしく渋い顔をする。


「狼と知り合いとは、とことん変わった奴だな?」


「星狼とお知り合いとは、さすがガルン様」


ティリティースは何か感じ入っている様だが、ヒュペリアとアズマリアは何やら険しい顔をしている。見解の相違のようだ。


「とりあえずガルンには我から話をしておく。冥魔族について調べた事を話せ」


アズマリアは痺れを切らしたのか、本題に躊躇なく切り込んだ。


その名前に反応して、レッドレイが小さく口笛を吹く。


どうやら名前までは情報を掴んでいなかったようだ。


カナンは白き銀嶺と目配せをする。この二人はガルンがパリキスの警護に行って以来、警告の旅をしているコンビである。

軽いアイコンタクトなどおてのものだ。




「先に聞かせてもらうが、お二人は天翼騎士団と王宮近衛騎士団の代表として話を聞いて貰えると考えて良いのだろうか?」


白き銀嶺の言葉に、レッドレイは難しそうな顔をした。逆にアズマリアは全く姿勢を崩していない。


「悪いが俺はオフレコだな……。団長には話を通すが、その情報がどうなるかは分からない」


「問題無い。我は王宮近衛騎士団の副団長だ。話の重要性次第では上に話はつける。そこの奴は出歯亀とでも思って無視しろ」


レッドレイの事はバッサリ切り捨てて考えるのは、いかにもアズマリアらしい。


レッドレイは顔を微妙に引き攣らせながら、明後日の方向を向いて頬をかく。


「それでは話そう。我らが手に入れた情報を」


組んでいた腕を解くと、白き銀嶺は懐から古ぼけた地図を取り出した。


テーブルに敷くと、赤丸がついてる箇所を指差す。


「マドゥールク共和国の北東、ユガリウス大洞窟。ここで奴らは儀式を行おうとしている」


「ユガリウス大洞窟って言えば、確か有数の霊脈地だったよね? あからさまに怪しすぎだね~」


ヒュペリアが食い入るように地図を見つめる。


ピコピコ耳を動かす様は、エルフの癖なのか、ヒュペリア自身の癖なのかは分からない。


「彼ら……冥魔族はマドゥールク共和国のこの領域を中心に活動している」





「え~とさ、先に質問だけど、この冥魔族って何なんだ?」


レッドレイの疑問は当然の所だろう。


実際、戦場と無縁なエルフ姉妹にも見当もつかない話だ。


「何者なのかはハッキリしていないが、異世界からの来訪者なのは間違いない。そして、彼らは恐ろしく強力な妖術を使い、近隣の町、街を征服……いや、滅ぼしている」


白き銀嶺は見て来た惨状を思い出してか、顔を微妙にしかめた。


珍しくカナンも真剣な面持ちだ。


「滅ぼす? 意味が分からないな。皆殺しって事か?」


「文字通りだ。老若男女問わず、全員干からびて死んでいる」


「領土侵略なのか? しかし、メリットが分からないな。まず、一国に喧嘩を売っている。それに、この位置だと隣国との国境にも近すぎる。隣国に攻める口実を作っているようなものだ」


レッドレイは素直に疑問を口にした。


普通に考えれば、その国の政府が黙ってはいない。軍隊規模の報復措置が行われるのは当然と言えよう。


国規模の戦力がなければ、一種族が国に喧嘩を売るのは無謀と呼ぶしかない。


「冥魔族の情報なら、我の方の情報も開示してやろう」


アズマリアがニヤリと笑う姿には含みがある。


レッドレイがあからさまに嫌そうな顔をした。


そんな姿を完全に無視して、アズマリアは話を始める。




「王宮近衛騎士団でのみ得られている情報だ。心して聞け。冥魔族とは異世界より来た侵略者だ。略奪者、収穫者と読んでもいいだろう。奴らの目的は生命エネルギーの摂取。それは人種、動物、自然と問わず、生命体なら何でもありで略奪する」


アズマリアの言葉に全員息を呑む。


表現自体、理解に苦しむモノだったと言う事もあるだろう。


「自然も食べる?」


ティリティースは美しい眉尻を歪ませた。

森の民の一派とも言えるエルフには、到底理解出来ない事だったようである。


共存すべき大地を滅ぼすようなものに近い。


普通に考えれば自然破壊は、自らの住む環境破壊と同意義である。


それではマクロ的な自殺志願者と変わりはない。


ただし、その考えには根本的な間違いがある。


それは、そこで活きるつもりが端から無ければ、関係が無いと言う事だ。


「理解しにくいが、奴らの食料とエネルギー収集は同意義らしい。則ち、奴らは食料収集と資源接収を同時に行っている」


「……意味がよく分からないかな? 彼らは食事と資源採掘を同時にやっているって事かな?」


「それに近いな。奴らは自然や人間から生体エネルギーを自身に吸収する事で、腹を満たし、吸収した生体エネルギーを妖力にそのまま変換しているようだ」




カナンの質問に、アズマリアはさらりと答える。


冥魔族のしている事が、形的にはただの食事に近いと言うのが呆れる問題だ。


「奴らは外来種やいなごの大群と思え。大地を軒並み喰い漁り、食べる草木が無くなったら次の土地を目指す。最悪最凶の害虫だ」


アズマリアの語尾には苛立ちが見える。


本来、人間を食い物にする吸血鬼にしてみれば、食いぶちを荒らされているようなものだからだろうかと、カナンは失礼な事を考えていた。


その不穏な思考に気付いたのか、アズマリアは何故か半眼でカナンを睨み付ける。


「奴らの能力は未知数だ。使う術は呪詛に近い側面があり、ダメージを受けると共に呪いがかかる。その呪いはハイプリースト以上の神霊力が無いと解除もままならない。それに、召喚術も使える。1番問題なのは吸収能力のある結界を張れる事だ」


「あっ、その情報は補足が必要かな? 彼らはそれだけじゃないよ?」


カナンの言葉にアズマリアの方眉が微妙に反応する。


「彼らは生きている生命体の内包情報を搾取出来る能力があるようだ。彼らはこの世界の言語を既に熟知している」


白き銀嶺は何か疲れたように言葉を繋げる。


予言の脅威を伝える旅の間に、冥魔族と1番接触をしていたのは、実はカナンと白き銀嶺であった。


冥魔族の脅威を直に感じて“生き延びている数少ない生存者”でもある。





「その者達は異常過ぎます。その行動原理では世界を食い尽くしてしまう……」


ティリティースの言葉にレッドレイも頷く。


「そもそも、そいつらはどうやって現れたんだ?」


単純な核心を問う。


別世界からの侵略者と考えるのが1番だが、魔術で別世界を移動するなど、一握りの人間にしか出来ない大魔術であり、それを成すには膨大な魔力が必要不可欠だ。


それは、この世界の人間なら誰しも知っている。


召喚魔術と呼ばれる、精霊界や別世界から他者を呼ぶ術は多数ある。しかし、それはどれしも現界持続時間が存在し、存在維持には莫大な魔力が必要となる。


ただ、呼び出したモノを元の世界に戻す気が無く、完全に支配下においているならば話しは別であるが。


「簡単な話しだ。マドゥールク共和国が異世界召喚儀式を失敗したのさ」


アズマリアはサラリと核心を告げた。

全員が目を皿にする。


当然であろう。

それが真実であれ嘘であれ、他国の名を出した以上はジョークでは済まない。


「マドゥールク共和国って最近まで戦争してた所だよね?」


「本当はパリキス姫が調停に行って、和解している予定だった国だな……。もしかしたら……マドゥールク共和国の強硬派か」


ヒュペリアの言葉から、レッドレイは勝手に答えを導き出す。



「異世界召喚と言うと、ハイレイヤー(領域を越えし者)狙いですね……」


ティリティースが渋い表情を浮かべる。


聞き慣れない言葉に、カナンとレッドレイは不思議そうな顔をしたが、他の面子は呆れた表情をしている。


ここらは知識量の差だろう。年の功だ。


生きて来た年月は、人間である二人とは遥かに違う。


相手はエルフと吸血鬼と竜人である。


それに気付いたティリティースがフォローを入れた。


「ハイレイヤーとは本来、存在昇化した超常能力者を指す言葉です。ですが、世界を渡る時に無理矢理存在変質を促す因子を通し、異世界人を召喚する事でハイレイヤーを生む手段があります」


「完全な運次第の荒業だよね。召喚した相手がハイレイヤーになるとは限らないし、契約も何もしてないから自国の脅威にも成り得るんだよ。召喚した相手を元の世界に戻す事も想定されてない外道の法だね」


エルフ姉妹が疲れた顔をしているのは、その手段の成功率の低さと、危険性を考慮しない短絡さに呆れたのであろう。


「マドゥールク共和国は有数な猟犬騎兵団を持つ強国だが、国力が低い。数年の月日で疲弊した国力では戦争継続は難しかった筈だ。それを覆す為の苦肉の作を失敗したって事か?」


レッドレイはアズマリアを窺うように見つめた。正解か問い質す学徒ように。





「強硬派か、国の意向かは詳細は不明だが、マドゥールクが異世界召喚を失敗した確率は確かに高いな。旅先で見たマドゥールクは既に“ほぼ壊滅していた”。それで呼び込んだのが冥魔族なら頷ける」


白き銀嶺は得心したのか、地図を見つめた。


冥魔族と接触したのは、全てマドゥールク領である。


出現分布を考えれば、マドゥールクなのは疑いようが無い。


「なるほどな~。洞窟占領は謎だが、早いうちに害虫は駆除するに限るって事だな?」


「この事態に即応するために、我は動き回っていたのだがな……」


レッドレイの言葉に、白き銀嶺は小さな溜息を吐いた。


マドゥールク共和国には、危機の預言について説明はしたのだ。だが、全く取り合って貰えなかった事を思い出す。


そこで聴く耳を持つ者がいたらと悔やまれる。


しかし、一も二もなく信じるガルンやカナンの方が、本来、人間としては異質なのであろう。


近々、大地震が起こるから災害予算を組んでくれと、他国の人間が国に訴えても、聞き入れる可能性は極めて薄い。


立証する根拠が預言では尚更だ。


「とにかく奴らを野放しには出来ない。だが、問題はマドゥールク共和国と連絡が取れない事だ」


アズマリアは大きく溜息を漏らすと、椅子に深々ともたれる。


アズマリアが頭を抱える単純な問題があった。




「領土侵犯と、メルテシオンの専守防衛主義ですね」


ティリティースが難しそうな表情を浮かべた。


今現在、冥魔族の被害はあくまでマドゥールク共和国領内の出来事である。


マドゥールク共和国の援助要請でもなければ、専守防衛を胸とするメルテシオンは動きようがないのだ。


特にメルテシオンはマドゥールク共和国と戦争をしていた、ラ=フランカ聖公国と同盟関係にある。


援軍を呼ぶとしても、別の国になるだろう。


「現在、メルテシオンは表立っては動けん。大義名分がいる」


アズマリアは視線を白き銀嶺に移した。


動けるのは国に縛られない人間と言いたいらしい。


「言いたい事は分かった。我らが伝えたかった事も、ほぼそちらは把握していた様だしな。だが、そちらが動けるまで待つわけには行かない……」


白き銀嶺は悔しそうに首を左右に振った。


警告の旅も徒労に終わったと言える。


しかし――


「少ないが我らの声を聞いてくれた種族がいる。その者達と協力して、やれる所まではやって見せる」


白き銀嶺は決意の篭った瞳で、アズマリアを見つめ返した。


「俺も協力するぞ」


その言葉に、ドアを開け放って部屋に入って来た少年が答える。


「遅いよガルンちん」


「ガルンちんはいい加減、止めろよヒュペリア」





いの一番のヒュペリアの歓迎を、ガルンは苦笑しながら受けた。


クフルとの会談から全力で戻って来た為、うっすらと汗が見える。


「お前は、今はれっきとしたメルテシオンの騎士だ。勝手な真似は許さん」


アズマリアの冷たい視線が突き刺さる。


しかし、ガルンは力強い視線でそれを迎え撃った。

「俺は白き銀嶺との警告の旅を手伝う約束を、反故したも当然な状態だ……。せめて、奴らの侵攻は止める手助けはする」


「……」


アズマリアはほんの少し目を細めたが、ニヤリと笑みを浮かべた。


都合の良い戦略が浮かんだのだ。


「なら、ちょうど良い。お前は左遷だ。今日の賊侵入の不祥事の責任を取れ。王宮近衛騎士の任を解く」


いきなりの宣言に、全員が目を丸くする。


しかし、その権限を少女は持っているのだ。


「代わりに黒鍵騎士団への特設措置による編入を申し付ける。お前は“団長”をやれ」


「はっ……?」


驚くガルンに、アズマリアはしたり顔をする。


レッドレイはようやく合点がいったのか、小さくほくそ笑んだ。


「それは災難だな。今の黒鍵騎士団はバラバラだ。前任の団長は権威欲の塊のようなどぎつい性格の奴だったが、団自体は上手く纏めていた。しかし、今の団長はエリート出だが、馬鹿正直な騎士上がりの人間だ。せっかくの荒事専門の機関を無駄に活用している」





「お前はその荒れた黒鍵騎士団を立て直しておけ。近々、隣国から“依頼が舞い込む事になる”」


アズマリアの腹黒そうな笑みを、ガルンは呆れ気味に見つめた。


「何となく読めた……。意地でも隣国からの救援依頼に、軍を派遣する形を造る分けだな。裏工作してでも」


「どのみち王宮近衛騎士団は防衛組織だ。王族が出兵でもしない限り身動きが取れない。それに天翼騎士団はメルテシオンの虎の子だ。メルテシオンの利益が完全に見えなければ、十二教団会議でGOサインが出るのには時間が掛かる」


「速効で動ける大規模部隊なら、黒鍵騎士団って事か」


ガルンもようやくニヤリと笑う。


この方法がこの国の部隊を動かすには、1番効率的で効果的だと理解したのだ。


「ならば貴様はさっさと異動の準備をしておけ。明日にでも辞令が降りる。それに、依頼もな。貴様は黒鍵騎士団で武勲を立てて、王宮近衛騎士団に返り咲く事でも考えておけ」


アズマリアは裏で策謀を練る気満々であったが、その後、依頼自体をする必要は無くなる。


何故ならば、北方砦クラウドフォール陥落の報せは、明日の正午にはメルテシオンの王城に届くからであった。





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