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黒閾のダークブレイズ  Re.FIRE  作者: 星住宙希
第十一章
16/31

憎悪の灯と祈りの調べ

メルテシオンの城下街。外れの一角は喧騒に包まれていた。


酒場が密集した地域で、余り治安はよろしく無い。もっぱら使用しているのが黒鍵騎士団やゴロツキなので、皆、臑に傷がある者ばかりだ。


「たあー! ただ酒うめぇー!」


『隼の群れ亭』と言う老舗の酒場で、一気にジョッキを傾けてネーブルは上機嫌で騒いでいる。


メルテシオンの元服は十四歳であり、飲酒も可能な年齢はクリアーしているが、子供がはしゃいでいるようにしか見えない。


大テーブルを囲んでいるのは、ガルン、ネーブル、グレイ、ライザック、ハオロン、それに白き銀嶺の六人だ。


陽気に騒いでいるテーブルで、ガルンは一人渋い顔でジョッキを眺めていた。


アルコールと言うものを摂取した事が無いガルンには、珍妙な飲み物でしかない。


「なんだ? お前酒も呑めないのかよ」


既に出来上がっているネーブルがケタケタ笑う。


「お前、今まで一回も飲みに付き合わなかったのは下戸だからか?」


「情けないガキめ! 酒盛りなら俺の圧勝のようだな」


グレイの言葉にハオロンが続く。


ガルンはチビチビ酒を啜って顔をしかめた。


(アルコールが血中に入って、体を巡り脳を麻痺させていく……。まともに思考出来なくして何が楽しいんだ?)





全員が美味そうに酒を飲んでいる姿は理解に苦しむ。白き銀嶺すら嬉しそうなのが不思議に感じた。


その視線に気付いて白き銀嶺はにこやかに笑う。


「酒だけは好物でな」


米焼酎らしきものを、まるで水の様に呑んでいる。


姿は人型のままだ。

王城侵入を白い竜人がしたのは、極一部の人間しか知らない事だが、カモフラージュが出来るのなら、した方が無難なのは当然である。


「よし! 酒の飲み比べで勝負だ!」


唐突にネーブルが叫ぶ。


「乗った!」


と、ハオロンがジョッキを上げて立ち上がると、ガルンを指差して睨み付ける。


「勝負だナイト・ファントム! テメェーごときが俺の相手になると思うなよ!」


勝ち誇ってげらげらと高笑いを上げる。ガルンは疲れた顔をしながらも、仕方なく了承した。今回はとことん付き合うと決めていたのだ。どのみち酔っ払いに話しは通じない。



二時間後。


酔い潰れたネーブルとハオロンをほって置いて、ガルンはチビチビ酒を無表情で呑んでいた。


「そんな飲み方はつまらないのではないのか?」


白き銀嶺が、苦笑いを浮かべて感想を述べる。


ガルンがチャクラを使って、アルコール成分を片っ端から分解しているのに気付いていたからだ。


それでは、ただ水を飲んでいるようなものに過ぎない。


飲み比べの勝負など愚の骨頂である。





「しかし……初めて酒を飲んだ奴にも負けるって、お前らマジにへたれだな」


グレイが飲みつぶれた二人を見ながらせせら笑う。


「まあ、一発、免罪符とはいかなかったが、皆にはかなりの報奨金が出たしな。テンションが上がったのは仕方がないだろう?」


ライザックの言葉にガルンが顔を上げる。


「あんたらの計算通りって所か?」


「概ねな。だがイレギュラーはあるものだ。例えば君だガルン。アカイとガルンには特例として免罪符が出ている。それを譲渡するとは思ってもいなかったな」


「……免罪符だけ貰っても今は意味が無いからな」


ガルンの返答にグレイも前乗りになる。


「そういえば免罪符を使って、カナンって子の罪状をチャラにしたって言ってたな? お前のコレか?」


左手の小指を上げる。


ガルンは軽く苦笑いを浮かべて、手を左右に振った。


「家族見たいなもんだよ。家族」


ティリティースの家で待っているカナンを思い浮かべる。


ヒュペリアと一緒に、夕飯に戻らない事を愚痴っている事だろう。


(どのみちギアスを外す必要はあった。遅いか早いかの違いでしか無い……)


そこでガルンは、治療中にライザックに聞いた話を思い出した。


「免罪符……ギアスで思い出したが、あの錬金魔術師が出戻ったってどう言う事だ?」



「奴は罪人として黒鍵騎士団に入団していた分けではなかったからな。今回の事を不問にする替わりに、ギアスを受けて元鞘に戻ったって事だ。まあ、正規の契約じゃないからな。ボロボロになるまでこき使われるだろうさ」


ライザックの言葉には刺がある。


姫を掠う片棒を担いだのだから当然ではある。本来なら極刑モノであろう。


「ギアスの拘束力はそんなに強力なのか?」


ガルンの言葉にグレイが答える。


「一度、逃亡した奴を見たが……二段回目の痛みのギアスを受けたら、二度と逃亡するとは言わなかったな? まあ、そいつは戦場で死んじまったが」


「……」


ギアスの痛みはかなりのものらしい。

死ぬ可能性の高い、戦場に向かう方がマシだと思えるレベルだとガルンは認識した。


「しかし……。お前は何をやって罪人になったんだ? 本来、暗黙の了解でその手の話題はしないんだが、ガルンは特例過ぎるぜ?」


グレイの質問にガルンは小首を傾げた。


「そんなに珍しいか?」


「珍し過ぎだ。まず、この大陸の住人じゃないし、初犯で無期懲役だろ? それに彼女も一緒に重犯罪人と来た。 その強さも足すと明らかに不自然さ」


「……まあ、簡単に言うと天翼騎士団と喧嘩して捕まったって所さ」


その一言で、グレイは飲みかけのビールを吹き出した。





噎せる胸を叩くと、手を上げた。


「天翼騎士団とやり合ったのか?! あいつらと戦うのは天使と戦うようなもんだぞ!」


「そう言えばそうだったな。確か八人はいた気がする」


唖然とするグレイとライザックを尻目に、ごきゅごきゅ白き銀嶺が酒を嚥下する音だけが響く。


白き銀嶺には、ガルンが天使と戦える能力があると判断しているからだろう。


「内の切り込み隊長は、やっぱりイレギュラーだな」


グレイは気を取り直してビールを飲み始めた。


「入団理由は聞かないのが暗黙のルールって言ってたが、金目当てで入団している奴の事は聞いてもいいのか?」


ガルンの質問にグレイは苦笑した。


「まあ、普通、話したくない奴が多いだけだの話だからな。金目当てじゃなくても、別に罪人でもケロっと話す奴もいるぜ?」


グレイは一気にジョッキを空けると話し出した。


「例えば俺は横領、収賄、まあ、諸々で黒鍵騎士団に入ったって所だ」


「横領? どこかの組織の人間だったのか?」


「ホワイトフォックス魔法剣兵団には所属してたが、組織とは関係無い。こう見えても俺は貴族の出でね。親父が派閥争いに負けたのさ」


「……? それで何でグレイが罪を負ってるんだ?」


不思議そうにガルンは首を捻る。





「貴族は政治にも直結してるからな。派閥争いに負けるってことは吊し上げにあうって事さ。内の親父も裏で悪どい事をやっていた見たいでね。家名を守る為に、それらは俺が全部独断でやった事にした分けさ」


グレイは陽気に笑うが、ガルンは眉を寄せた。


「グレイは親父の代わりに罪人になったのか? それでよかったのか?」


グレイはジョッキをテーブルに置くと両手を上げた。


「それ以上は野暮だろ?

俺の下には幼い兄弟もいる。路頭に迷わす選択肢は無いわな」


「貴族階級剥奪……お家取り潰しに成らないようにする為の苦肉の策だな」


ライザックが、仕方が無いと言わんばかりに相槌を打つ。


ガルンは沈黙した。


「まあ、内の隊は意外と包み隠さない奴ばっかりだからな。隊長の罪状は二十人殺しだしな」


「殺人罪?」


剣 無名。

ガルンは自分の隊長を思い浮かべる。


何時も寡黙で落ち着いた印象を受けるが……ラインフォートの手駒のイメージがあって、余り好きにはなれない。


フィン・アビスも同様だ。


罪を着せる事に邁進していたラインフォートは特に気に食わないが。


「やっこさんは、記憶が無いらしいからな。経緯は定かでは無いが、ある施設で二十人が血まみれで死に絶えた室内に彼は居たらしい。本人は名前すら覚えていない記憶喪失。状況証拠で犯人にされてしまったらしい」





ライザックは気の毒にと呟く。


「後は何か胡散臭いが、ラインフォート預かりになって黒鍵騎士団に入団したって事らしい。剣 無名。名も無き一刀。東方出の外見からラインフォートがつけた名前さ。自分の武器の一つって事だろう?センス疑うぜ」


グレイも気の毒に、と呟く。


ガルンも自身の経緯を考えると、何かこの国の犯罪裁定にはおかしな点が多いと感じる。


システムもそうだが、一部の特権階級の思うように判決が誘導されている気がした。


今更ながら、あの怨霊使いの動機は納得する節が出て来る。


この国の中枢は腐っている。


ただ、それを覆す方法がテロでは目も当てられないが。


「ネーブルは元々は罪人だったが、免罪符でチャラな状態だ。今はひたすら金儲けさ」


「凄いなネーブルは? 免罪符をその若さで手に入れていたのか?」


「彼女の罪状は度重なる窃盗と暴行だけだ。罪は比較的に軽い」


ガルンの疑問にはライザックが答える。


孤児だったネーブルは生きるために窃盗を繰り返し、捕まりそうになった警邏を殴り飛ばして捕縛されたと語った。


後は持っている未来予測を使って、最速で功績を積んで免罪符を勝ち取り、今では傭兵稼業を愉しでいる分けだが、それは誰も知らない事実である。


もしかしたら捕まること自体、計算づくだったのかも知れない。





「こいつは元山賊だから良いとして……」


ガルンはハオロンをチラリと見てからライザックに視線を移す。


それに気付いてライザックは苦笑いを浮かべた。


「お前達にはもうバレバレだな。俺は王宮警護隊のゆかりの者だ。王宮近衛騎士団とも内通している。黒鍵騎士団の内偵だ」


その言葉にグレイが口笛を吹く。


「あんた、どうどうとバラしていいのか?」


「今更だしな。今回の件でラインフォートにも俺の存在は気付かれた筈だ。まあ、奴ならそれを知っても泳がして利用する方法を画策するだろうがな」


「黒鍵騎士団に何か……あるのか?」


「黒鍵騎士団だけじゃない。他の騎士団にも一人は内偵者がいる。メルテシオンは多神教国家だからな。勢力分布はしっかり把握する必要がある。他の国でもクーデターなどは気をつけるだろ?」


成る程と二人は納得する。


悪性腫瘍は早期発見、早期治療が望ましい。

内部の膿を見つけるには汚れ役も必要なのだろう。

戦場では情報の早さと正確さが命だが、国家存続にもそれに近い事柄が必要なのだ。


その後は軽い騎士団と世事情の話をして、ガルン主催の飲み会はお開きになった。息巻いていた、当事者二人が酔い潰れたのだから当然と言える。


ネーブルはグレイが、ハオロンはライザックが背負って宿舎に帰って行った。





時間は深夜二時を回っていた。


街道の光りもほぼ落ちている。


静まり返った町並みは、静止した絵画のようだ。


満天に広がる星空の下を、ガルンと白き銀嶺は並んで進んでいく。


「本当に、我がいきなり家に押しかけてもいいのだろうか?」


白き銀嶺の言葉に、ガルンは呆れた顔をする。


同じ質問は三回目だ。


端から見れば深夜に、家に女性を連れ込むようなものだが、ガルンは全く気にしていない。


「気にする事は無いさ。家の持ち主はかなりおおらかだし、空き部屋はある。ライトエルフの姉妹は融通が聞くし、カナンも物分かりはいいしな」


「しかし、こんな所にライトエルフがいるとはな……。世界を巡ったがライトエルフには一度もお目にかかった事は無かった」


白き銀嶺はフムと言いながら、顎に手を回す。


「そう言えば、世界を見て回っていたって言ってたな? ドラゴンニュートはこの大陸では稀らしいし、なんか目的があったんじゃないのか?」


「……目的の達成は不可能と理解した。後はその時に出来るだけの事をするしかない」


白き銀嶺の暗い表情に、ガルンは疑問を抱いた。


この武人然とした竜人は潔いが、簡単に諦めるタイプには見えない。それが諦めた事柄とは?


「白き銀嶺の目的は何だったんだ? 答えられないなら、答えなくていいが?」




白き銀嶺はしばらくガルンの顔を眺めていたが、ゆっくりと口を開いた。


「この世界の生命には困難な未来が迫っている。覆せ無い大いなる災いが。それを伝える事と世界の情勢を調べる為の旅を我はしていた」


「大いなる災い……それはすぐに訪れるのか?」


「天龍帝トラウ・ヴァルの予言はそこまで正確では無い……。だが、数年先には訪れるだろう」


「そうか。それまでには状況を打破しないとまずそうだな」


腕を組んで唸るガルンを、白き銀嶺は不思議そうに眺めた。


「貴公は疑わないのか?」


「……疑う? 何を?」


ガルンは片眉を上げて、逆に不思議そうに白き銀嶺を見つめる。


その真っ直ぐな視線を受けて、白き銀嶺は静かに微笑んだ。


「我の言葉を疑いもせずに、すんなり信用してくれたのは貴公が初めてだ」


「そうなのか? 逆に疑う理由が分からんが?」


白き銀嶺が、虚言を労する方が意味が分からないと呟く。


「全ての種族が……、国を統べる者が、貴公のように真摯に受け止めてくれれば被害は最小で済むのだろうがな……。どの王も信じはしなかった。非常に残念な事だ」


「馬鹿なんだよ……特に人間は。クフルのような考えにはならないね」


「……?」聞き慣れない名前に白き銀嶺は首を傾けたが、その表情が急に変わる。




白き銀嶺が木陰を睨みつけている事に気がついて、ガルンもそちらに目を向けた。


体力は回復したが、体調は万全とは程遠い。

気配を探知する能力も著しく落ちている。


ゆっくりと精霊の眼に切り替えると、木陰に潜んでいる見知った存在に気がついた。


「出てこいよ赤頭! 話しがあるんだろ?」


その言葉に答えるように、木陰から驚嘆の口笛が吹かれる。


「呆れるな、気配はかなりゼロにしておいたんだが……気がつかれているとはな」


笑みを浮かべながら天翼騎士団の若き騎士、レッドレイ・クリフ・トリュアスは姿を表した。

夜でも、上質な白いマントは月明かりに照らされてよく目立つ。


姿を隠す気はなかったらしい。


「期待通り姫を救い出してくれたようだな。結構結構」


「……そう言う約束だったからな」


「こちらも、しっかり情報は手に入れて来たぜ?」


そう言うと、レッドレイは白き銀嶺を目の隅に捉えたまま、指で木陰を示す。


警戒しているのは仕方が無い。白き銀嶺のデータは無いのだ。


ガルンは白き銀嶺にここで待っていてくれと告げると、レッドレイと共に木陰に入っていく。


そこで耳打ちされた名前を聞いても、ガルンは別段驚いた様子ではなかった。


逆にレッドレイの方が不思議がる。





「驚かないんだな? 予測していたのか?」


「初めから奴は胡散臭かったからな。それに最近の話を聞いていると……そんな予想もしていた」


「……免罪符の話は聞いた。選択を誤ったな」


レッドレイの険しい表情を見て、ガルンは薄く笑った。


「奴には必ずツケを払わせる。絶対に……絶対にだ」


瞳の奥に黒い炎が宿る。


それを見てレッドレイは苦笑いを浮かべた。


この少年には初めから常識は当て嵌まらない。


やる時は必ずやるだろう。


「しかし……あんた騎士らしくないな。手際は早いが、やり方が荒い」


ラインフォートに看守が殺されたと告げられた事を思い出す。


情報は精確だろうが、アプローチがストレート過ぎる。


「まあ、俺もあんな少女を拷問して喜んでいる奴なんて気に食わないんでね。溜飲を下げさせてもらった。どちらにしろお前のアリバイは完璧だ。疑いが掛からないだけマシと判断してくれ」


肩を竦めるレッドレイを見て、ガルンは仕方ないと諦める。


ぶちのめしたい相手は既にいないのだ。


だが……真にぶちのめしたい相手は健在である。


(今は……今はカナンの治療が優先だ。それさえ越えれば……。必ずカナンと同じ苦しみを与えてやる!) 

ぶちのめす明確な相手の名前を、はっきりと心に刻む。


ミシェイル・フォン・ラインフォートと。



レッドレイと別れたガルンと白き銀嶺は、ティリティースの屋敷に一路足を向けた。


歩きながら白き銀嶺は、ガルンの形相の変化に戸惑いを覚える。


この少年は酷くいびつであると。


言葉に嘘は無く、清廉潔白、質実剛健。命の尊さも理解している、人間としは上質な部類に入る筈であろう。


しかし……。


根幹に歪んだ意識がある。


刷り込まれた憎しみの記憶か、憎悪の偏見か。


同族の筈の人間を酷く嫌う節があるのだ。


人間に対する価値観が壊れていると言っても差し支えない。


それ程の歪みをガルンは抱え込んでいると感じた。


二人はティリティースの屋敷に着くまで、無言で帰路を進んだ。




「ガルンちん遅い!何やってるのさ。居候は居候らしい態度をとるべきじゃないのかな~?」


屋敷に戻って来たガルンを出迎えたのは、小柄なライトエルフ――ヒュペリアだった。


プラーナ感知でガルンの接近に気付いたカナンに言われたのか、精霊の囁きで出迎えたのかは分からない。


ドア前でガルンと共に佇む、白き銀嶺の姿をほうけながら見上げた。


「お客さん? 人……じゃないよね。 高位種とは分かるけど」


「ドラゴンニュートの“白き銀嶺”だ。少しの間泊めてやって欲しいんだが?」




ガルンの言葉の後に、白き銀嶺が一礼する。


「白銀侯シルバーレイの従者、白き銀嶺と申す。一晩の宿をお借りしたい」


その言葉にヒュペリアはにっこり笑うと、道を空ける。


「それは喜んで! 白銀侯シルバーレイと言えば、竜王公国テンスの竜王の一翼! その眷属の方なら大歓迎です」


普段の生意気な態度とのギャップに、ガルンは半眼で訴える。


普段のヒュペリアの態度はガルンしか知らない事だが、相手は二百歳越えなのだから仕方がない。


竜種である白き銀嶺も、実際ガルンより遥か上の年齢だ。


二人にして見ればガルンは赤ん坊のようなものである。


中に入った二人は、ヒュペリアに率いられて居間に通された。


モダンな作りの室内には、相変わらずティリティースが持ってきた、遺跡の発掘物がオブジェのように並んでいる。


集めて来た発掘物は執務室に入らなくなると、自動的に家に送られて来るのだ。


中央の暖炉の前には、車椅子の少女がいる。暖炉の光に照らされて金髪が、実りの稲穂の様に揺れ動く。


「やっぱり……。カナンは、まだ起きていたのか」


ガルンの渋い声に、カナンは器用に車椅子を回転させて振り向く。


「こんな時間までふらついてた人には言われたくないかな?」





むすっとするカナンを見て、ガルンは半笑いを浮かべる。


気配で気付いていたのか、カナンは室内に入って来た白き銀嶺に軽く会釈した。


「こっちは今回のミッションで知り合った、ドラゴンニュートの白き銀嶺だ。ちょっとの間泊めて貰う事になった」


ガルンの言葉の後には、ヒュペリアと同じような挨拶が繰り返される。


それが終わると、カナンは小さくガルンを手招いた。


「……? なんだカナン?」


「竜人だよね? なんで人型?」


小声で呟くので、仕方なくガルンは顔を近づける。


「いろいろ事情があって、人型の方が都合がいいんだ。それに本当の姿だと家に入れない」


返答しながら、本来の白き銀嶺の姿を浮かべる。身長は三メートルを越すのだから仕方がない。


カナンはまじまじと白き銀嶺を視つめた。


隻眼だが端正な顔立ちは美人に位置し、流れるような銀髪に肉付きが良いスラリとした体型は、凛々しい格好良さを醸し出している。


「…………」


おもむろに手を上げると、ガルンの頬を強く抓る。


「?!…… なっ、何すんだカナン?」


ガルンの不平に、カナンは繕った笑顔で答える。


「何となく頬を抓りたくなったかな? なっちゃったかな?」


抓る力が増している。



ガルンはほうほうの体で後退った。


心配させすぎたから怒っているな~と、考える辺りがガルンである。


白き銀嶺はそのやり取りを不思議そうに眺めていたが、ゆっくりと破顔一笑した。


今のガルンは先程と違って歳相応に見える。


「はいはい、皆座った座った~」


ヒュペリアがトレーを持ちながら部屋に現れた。


珈琲の芳しい香が漂う。


皆を座らせると、人数分の珈琲を手際よく入れて席に着いた。


「ガルンを待つカナンに付き合って、私も起きてたんだからね。泊めて上げる以上、今日の出来事をキッチリ話して貰いましょうか!」


そう言い切ると、ヒュペリアは自分の珈琲にミルクと砂糖を大量に投下すると、コクコク飲み始めた。


「……疲れているから、出来たら寝たいんだが」


ガルンの訴えを軽く無視して、ヒュペリアは白き銀嶺に向き直る。


「まずは、そちらのお話を伺いたいのですが?」


その言葉を耳にしてガルンは観念した。


こちらの事情、状態を無視して話を通すのはヒュペリアの悪い癖である。


「分かった、分かった。俺の事から話すよ。その前にティリティースは? どうせなら白き銀嶺の事は、家主にも話しておきたいけど?」


「姉さんは今日は帰って来ないよ。なんかここ数日、城が慌ただしくて、別の仕事を押し付けられて残業しまくってるみたいね」




ヒュペリアの言葉から、慌ただしい理由は直ぐに予想がついた。


王城襲撃からパリキスの拉致までと、騒がれる理由は盛り沢山だった筈である。真実は告げられなくとも王都が警戒強化されたのは火を見るより明らかだ。


仕方なくガルンは、昨日の出来事をかい摘まんで説明し始めた。


勿論パリキスの事は部外秘なので、そこだけは告げずに王都転覆を狙う、魔神崇拝の組織の殲滅作戦だったと語る。


パリキスの事以外は全て真実なので、白き銀嶺の方が少々驚く。


これだけ包み隠さず話しては、情報漏洩も何もない。


「ふ~ん。相変わらず人間は権力とか下らないものに固執するわね」


「他に何か方法は無かったのかな……」


二人の感想が虚しく響く。

国を変えるには、民衆を味方につけるしか方法は無いに等しい。


テロでは何の解決にもならないのだ。


「それじゃ、貴方はそいつらに捕まって操られていたと?」


「そう言う事だな」


ヒュペリアの問いに白き銀嶺はばつが悪そうに呟く。

悪事の片棒を担ついたのだから仕方がない。


「……? 貴方はかなり強そうですが、捕まってしまったんですか?」


カナンの疑問は最もだ。ガルンも気になったのか、表情が少し変わる。


 

「この国の外交は難くてな。情けない話だが、話をするためのツテを紹介してくれると言われて、のこのこついて行った先で捕まってしまったのだ」



「外交……? そう言えば白き銀嶺は“大いなる災い”が近づいていると言っていたよな? それを国々に知らせる旅をしていると」


「その通りだ。ちょうどいい。ライトエルフにも伝えたかったのだ」


白き銀嶺の視線を、ヒュペリアは空中に視線を泳がしてかわす。


違和感を感じたが白き銀嶺は語り出した。


「竜王公国テンスの一竜、天龍帝トラウ・ヴァルが神託を受け申した。それはこの世界に三つ現れる禍の予言。その一つがこの西方大陸に現れると言われている」


「禍?」


「三つの禍は、全て外界より来たる悪意の存在との事だ」


白き銀嶺以外の三人は渋い顔をした。抽象的過ぎる。


「チープに言えば、別世界からの侵略者って言う事か?」


ガルンの言葉に白き銀嶺は頷いた。


幽境の迷い人を思い出す。

明らかに平行世界――別世界は存在しているのだ。


「一つの禍だけは完全に判明している。起こる場所は我が祖国、竜王公国の存在する北方大陸だ」


「判明しているなら、先に禍の目を潰せばいいんじゃないのかな?」


カナンの意見は単純明快だ。

予防しておく事に損は無い。


白き銀嶺は少し苦渋に満ちた表情を浮かべた。


「それは……無謀だ。禍の一つは彼の竜王たちに封印された、“冥鬼竜クオンカーナム”と予見されている」



ヒュペリアがビクリと震えた。持っていたカップを、落としそうになったのをギリギリ支える。


「冥鬼竜クオンカーナム……! 世界を喰い尽くす竜、神喰いの龍と呼ばれた神代の魔竜! 冥界と内蔵器官が繋がっているとされ、世界一つを飲み込む化け物って聞いた事がある……お伽話と思ってたけど……」


「それを倒すか再封印するには、封印を破らねばならない……。現在封印中の禍に対して。それでは余りに間抜けであろう?」


白き銀嶺が苦笑いを浮かべるのも当然だ。


封印はまだ解けていないのに、封印が解ける事を危惧して自ら封印を解くではあべこべだ。


「確かにアホね。封印が解けるまで対応準備時間にするのが常道ね」


ヒュペリアが半眼で即答する。当然だ。


完全封印か、完全に倒す方法が無いのでは意味が無い。


「竜王たちは、蘇るであろう冥鬼竜に対抗するため身動きがとれない。……よってこちらの禍は 、こちらの住人が対処せねばならないのだ」


「それを伝える為の旅……。だが、この大陸の連中はそれを信じないって事か!」


ガルンの言葉には険がある。


だが、白き銀嶺が言っている事は自然災害……火山のようなものだ。


何も実績も無い人間が、後数年に火山が噴火するから気をつけろと騒いでいるのを、どれだけの人間が真摯に受け取めるだろうか?




「脅威に対抗するためにも、空中都市に住まうとされるライトエルフの民にも協力を願いたい」


「……無理だと思う」


白き銀嶺の視線を、ヒュペリアは逸らしながら答えた。


顔に申し訳ないと書いてある。


「自分で言うのもアレだけど、ライトエルフはエルフの中でも学者肌で変わり者でプライドが高い。それに閉鎖した国で生きているから、外界の世事に興味が無いんだよ。四十年前の魔邪大戦も無視決め込んでたしね。ほぼ高確率で協力要請は無駄かな?」


その言葉で白き銀嶺は絶句した。


この大陸に住む、種族達の協調性と関心の無さはひど過ぎる。


頻繁に起こる戦争で疲弊しているとしても、協力に答えてくれた種族は数種のみだった。


意気消沈する白き銀嶺を見て、カナンは太陽のように微笑んだ。


「大丈夫だよ! まだ先の話だよね? これから少しづつ協力者を探せばいい! それに……」


チラリとガルンを見る。


「私たちは協力するしね!」


それを見てガルンは肩を竦めて、小さく苦笑いを浮かべた。


自分がカウントされている所が、いかにもカナンらしい。


(どちらにしろ、カナンの身体が完治しなければ 動けない……。だが、逆に言えばカナンの傷が治った時が動き時だ)


ガルンは小さくほくそ笑んだが、それには誰も気がつかなかった。




ラインフォートからの緊急呼び出しを受けたのは、それから二週間後だった。


執務室に入ったガルンを待ち受けていたのは、不機嫌そうなラインフォートと、白い甲冑とマントを羽織った少女だった。

マントに付いているマークには見覚えがある。


その少女を見て、ガルンは怪訝な表情を浮かべた。


(……? 今更何のようだ)


「ゼロ?」


「王宮近衛騎士団のアズマリア“殿”だ」


ガルンの呟きにラインフォートが答える。


目の前にいる少女は、姫奪還作戦に参加したゼロに間違いは無い。


「今は、“アズマリア”だ」


淡々と喋る顔には、何故か怒気が見える。


「今日一日、貴様は王宮近衛騎士預かりになる。アズマリア殿の命令に全て従え」


不思議がるガルンにラインフォートも淡々と用件を告げる。


ガルンは舌打ちするとラインフォートに向き直った。


「前任務の、魔道書“魔喰教典”絡みの報告書。今日までだろ? 書き終わってねぇーんだけど」


ガルンの物言いに、ラインフォートは苛々気に机を叩く。


「そんなものは後回しでいい! 貴様は命令に従え!」


ガルンは露骨に嫌そうな顔をした。


一文の得にならないのだから仕方が無い。


特に最近はカナンの治療に見合う功績を上げられていないのが尾を引いている。




二週間の間に要人護衛に“魔導学園”潜入と二つ任務をこなしたが、立て続けに無駄骨である。


ガルンの苛立ちを感じたのか、アズマリアはゆっくりと歩み寄ると、いきなり顔を鷲掴みにした。


「!?」


「いいから付いてこい」


顔はにこやかだが、アイアンクローは万力の様に頭蓋骨を締め上げる。


相手は吸血鬼だ。

人間の頭などゆで卵見たいな物だ。


「ぃっつ?! ちょっとまてコラ!」 


叫ぶガルンを無視して、アズマリアはそのまま、ガルンを引きずりながら部屋を退室した。




アズマリアのアイアンクローが解けるのは、それから五分後である。


視界を手が覆っているせいで判然としないが、浮遊感と疾走感から常識はずれのスピードで移動させられたのだけは理解できた。


無理矢理チャクラを使って拘束を外そうかとも考えたが、帯剣していない状態ではどのみちアズマリアから逃げおおせる事は不可能に思える。


「貴様は上官に対して、あんな暴言を吐いているのか?」


「あいつを上官だと思ったことは一度も無い」


キッパリ言い切るガルンを、凧のように軽々しく引っ張りながらアズマリアは“壁を歩く”。


見えないガルンには浮遊感しか感じないが、アズマリアは垂直に城壁を歩いていた。


人間を片手で持ち運びながら壁を歩く姿 は、かなりシュールである。




「まあ、いい。問題はそんな些細な事では無い。問題は何故貴様が、免罪符を使わなかったかと言う事だ?!」


ミシリと握力が増す。

ガルンは本当にどうにかしないとマズイと感じ始めた。


「免罪符は有効に……使わせて貰ったぞ? 何が悪い」


「貴様自身が使わなくては意味がないであろうが!? 何のために与えたと思っている?」


「……? パリキスを助けた褒美だろ」


ガルンの返答に、アズマリアの瞳に一瞬殺意が見えた。


こめかみの痛みがさらに増す。


「姫様を呼び捨てにするな。次に呼び捨てにしたら、スイカの様に頭を爆ぜ割るぞ」


声のトーンが本気と告げている。


「了解……」


ガルンは本格的に頭をエーテル強化するために、チャクラを回転し始めた。


「いいか? 今回のはあくまで王宮近衛騎士団、王宮特務室からの非公開の免罪符だ。“次の免罪符”は姫様からの労いの免罪符だと思え? 勿論非公開だ」


「……はあ?」


疑問の言葉が口から零れる。


展開が唐突過ぎてよく分からない。


「とにかく! 姫様は敬えと言う事だ!!」


アズマリアの叫びと共に、格別な浮遊感が伴う。かなりの距離を跳躍したようだ。


落下に備えて手足にチャクラを回す。




案の定、衝撃がもろに襲って来た。


受け身は取ったが、背中と腰の痛みはそれなりに響く。


「っ……!!」


ガルンは痛みを噛み締める。事前に心構えが有るか無いかでは雲泥の差があるが、荷物扱いの状態では覚悟もなにも無い。


そこでようやく、アズマリアのアイアンクローが外された。


「だ……大丈夫かや、ガルン?」


酷く驚いた声が続く。

鈴の音のような声には覚えがある。


「姫さん?!」


ガルンの前には、目を丸くしているパリキスの姿があった。


背中を摩りながらも、周りを見回す。状況をチェックするのは戦場で培った癖に近い。


見渡す限り大空が目に入る。


単純に建物の他に映るものが少ないからだ。


当然である。ここは三重に造られた、城壁の最深層の屋上である。


罪人扱いのガルンどころか、軍の人間でもおいそれと入れない区画だ。


ラインフォートの執務室のある中央城壁から、無理矢理ここまで外壁を昇って来たらしい。


吸血鬼の成せる技であろう。

いくらガルンがチャクラを総動員しても、“壁を垂直に走る”などと言う芸当は不可能だ。


「アズマリア。 もう少し違う方法はなかったのかや?」


「姫様のご都合に、無理矢理合わせるのも一苦労です。会えただけマシとご配慮ください」




パリキスの追及を、アズマリアはしれっとかわす。


パリキスは溜息をついてからガルンの背中に手を回した。


「わらわの我が儘じゃ、許してたもれ」


小さい祝詞を呟くと、背中の痛みが一瞬で無くなる。


やはり並の神霊力では無い。


「サンキュー姫さん」


その言葉にアズマリアの目元が一瞬引き攣ったが、特に動きは見せなかった。


どちらかと言うと、“周りの気配”がざわめいた気がする。


(……姫とアズマリア以外に……何人かいやがるな。しかし、はっきりとした気配は無い)


息を飲むようなざわめきを感じたのは、ただの感である。


しかし、ガルンの感は当たっていた。


精霊の眼に切り替えると、明らかに屋上と階下に存在の光を感じる。


「周りに潜んでいる奴らは、あんたの仲間か?」


ガルンの言葉に、アズマリアはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。含みのある笑い方である。


「そう言う事だ。屋上と、この下のフロアーには王宮近衛騎士団が固めている。不審な動きは命取りと思え」


ガルンは苦笑いを浮かべた。帯剣していない現状では生きた心地がしない。


「わらわが内緒でガルンと会うための、最大の譲歩らしい」


パリキスはクスリと苦笑した。


王族が城壁に来る事自体、稀な事なのだから仕方がない。




「どうしてもあの時の礼を言いたくてな。無理にセッティングしてもらったのじゃ」


「……あれは任務だよ。礼を言われる程のものじゃない」


ガルンの言いようにパリキスは優しく微笑んだ。


いかにもこの少年らしい反応である。


「それでも礼を言わせてたもれ。わらわは心よりそなたに感謝する」


にっこり微笑む姿にガルンはドキリとした。


存在の光のせいか、神々しいオーラが笑顔に拍車を掛けている。


誰しもが崇めたくなるような人間と言うのは、聖人ぐらいしかいない。


クフルのような高圧的でも、魔人化したクレゼントの威圧的なオーラとも違う。


清い安らぎを齎す、穏当なオーラだ。


見詰めているだけで心が安らいで行く感じに、ガルンは戸惑いを覚えた。


まるで場違いな空間に居るような、いたたまれなさを感じる。


「礼に、そなたには免罪符を与える。それで洗礼を受けるがよい」


パリキスの言葉にガルンは拳を握った。


罪人ならば願ってもない恩赦である。しかし……。


「有り難いが……今は受け取れない」


ガルンの呟きにパリキスとアズマリアは目を剥いた。


断る理由など到底考えつかない。


直ぐに反応したのはアズマリアだった。


ガルンの胸元を掴むと、片手で吊り上げる。




「姫様の厚意を無下に断ると言うのか?」


瞳に殺意が見える。

信仰者とはこう言う者かも知れないと、ガルンはぼんやり考えた。


元々ここは多神教国家である。信者は盛り沢山だ。


(今は……まだ駄目だ。カナンの治療が終わっていない。それに……、ギアスが外れたら、先にラインフォートの方が動く可能性は高い)


ガルンはラインフォートを過小評価はしていなかった。


看守の死亡に疑いが無い筈もなく、危険視しているガルンとカナンを野放しにするかも謎である。


初めからカナンを、拷問で獄死させようとした男だ。


もし刺客でも遣された場合、足の動かない今のカナンは不利過ぎる。


ラインフォートには“ギアスがあるため逆らえない”と、言う形を残して置かなければならない。


今、免罪符を受けて解放されるにはリスクが付き纏う。


この事をパリキスに相談する事は可能だろう。そして、彼女ならば自分の力になってくれる可能性も高い。


だが、回りがどう判断するかは別である。


天翼騎士団の動向は不明であり、特に……このアズマリア達、王宮近衛騎士団がどう判断するかは謎だ。


取るに足らない異分子と取るか、排除すべき危険分子と判断するかは見当もつかない。


「一度目の免罪符も姫の厚意があってこそだ。分かるだろう?本来、記録に残らない出兵だ。報償がまともに出るわけが無い」




一瞬、ガルンの脳裏にある考えが過ぎった。

一国の王女に頼むには無理な注文を。



「下がりなさいアズマリア!」


凛とした一喝が空に響く。

滅多に見ない、険しい口調のパリキスに、ガルンどころかアズマリアも硬直する。


「……出過ぎた真似をしました」


ガルンから手を離すと、アズマリアが一歩後退して一礼する。


入れ代わるように、パリキスはゆっくりとガルンに近づくと、その手を取った。


「そなたには、そなたの信念があるはず。でも、免罪符を受け取るだけは受け取って欲しい。使う時期も、対象もそなたの自由。これはわらわからの感謝の気持ちと思ってたもれ」


「……」


ガルンは手に握らせられた、白いお守りのような袋を見つめた。


手触りから生地自体がかなり高級だと分かる。


この中に免罪符とやらが入っているのだろう。


渡し終えるとパリキスは淋しそうに微笑んだ。


力になれなかった己を悔やむような表情に、ガルンの胸にチクリと痛みが走った。


「パリキス姫。時間です」


背後から声が掛かる。

そこにはアズマリアと同じ、白い鎧とマントに身を包んだ男が立っていた。王宮近衛騎士団の一人であろう。


パリキスは頷くとガルンを一瞥してから、その男の後をついて歩き出した。


周りの存在の光も、パリキスに付属するように移動して行く。


後にはガルンとアズマリアだけが残った。




「姫に言わせれば、貴様は鷹に見えたらしい」


「鷹?」


「自由に、大きな翼で大空を翔る勇猛な鷹。それが鳥籠に捕われている。それはとても不憫だとな」


「……」


ガルンは拳を強く握りしめた。


囚われの鳥ならばパリキスの方である。


王城と言う鳥籠にいれられた高貴なる神鳥。


神代として重宝されている器。


国と血に縛られ、政治に利用される事が運命づけられた薄幸の少女。


「姫は貴様を気に入られたようでな……。できれば自由になった後に王宮近衛騎士に召し上げたいともおっしゃっていた。我は反対だが、不自由な身の上の姫の立っての願いならば、叶えたいと思っていたが……貴様には失望したぞ」


ガルンは免罪符を握りしめて、奥歯を噛み締めた。


「半年だ……。半年待ってくれ。そうすればこの借りは返す。必ずだ」


ガルンの呟きにアズマリアは冷ややかな目を向けた。


「貴様が匿っている少女と関係があるのか? 貴様の情報は何故か抹消されている。貴様は何者なのだ?」


その言葉にガルンは眉を寄せた。


ラインフォートかアルダークの策謀か、他の第三者の介入かは分からない。


闇の勢力として捕まったガルンとカナンの記録は抹消されているようだ。


「俺は……ただの半端者だ。復讐者にも継承者にも無りきれなかった」




己の手を見つめてから、拳を握りしめ直すガルンを見て、アズマリアは溜息をついた。


「まあ……良い。貴様が姫の盾になると言うなら、素性など気にするのは止めよう。鉄屑だろうが、魔物の鱗だろうが構いはしない。ただ。姫を悲しませる事だけはするなよ?」


アズマリアはそう言うと、パリキスの後を追うように歩き出した。


しかし、数歩進んで歩みを止める。


「ガルン・ヴァーミリオン。もし貴様が借りを返す気になったら我の元に訪れよ。貴様が姫の盾と成り得るか試してやる。……その時まで生きていればだがな」


そう告げるとアズマリアは影に沈んで消え去った。


ただ一人残されたガルンは、ゆっくりと天を見上げた。


淋しそうに微笑むパリキスの顔を思い出す。


ガルンは瞳を閉じて、がりがりと歯軋りした。


(俺は女性に助けられてばかりだ……。情けねぇ。それなのに、また頼ろうと考えちまった)


ガルンは免罪符の代わりに、姫にカナンの怪我を治して貰おうかと一瞬迷った事を思い出した。


一国の王女に、治療師のまね事など頼める筈が無い。それでもパリキスならば、その願いを聞き届けてくれるかもしれないと言う淡い希望を抱いた事を。


(パリキスにこれ以上借りは作れない。甘い考えは棄てろ!)





ガルンは目を見開くと蒼穹を見つめた。


果ての無い、深遠のような天空。


自分の矮少さを感じさせてくれるのには、十分過ぎる世界が広がっている。


(この身で出来る事を、一つ一つ確実にクリアーして行く迄だ。半端なままでは終われない)



グラハトに託されたカナンを護ると言う誓い。


そして、奸計を練ったラインフォートへの復讐。


新たに姫への恩義に答えると言う誓いを立てる。


カナンも自分自身も、姫の恩恵で既に自由の身に等しい。


(先ずはカナンの怪我を治す! 後はそれからだ)


ガルンは空から、手前の城壁に視線を下ろす。


見る先は執務室だ。


「待っていろラインフォート……。 テメェーの首は必ず落とす」


ガルンは自分に言い聞かせる様に、ゆっくりと呟いた。


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