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黒閾のダークブレイズ  Re.FIRE  作者: 星住宙希
第九章
11/31

黒鍵騎士団

鬱蒼と茂る森の木々を避けながら、アンフィニ・ネーブルは焦燥にかられていた。


東方の高原地に伝わる少年服の様な出で立ちは、動きやすさに関しては格別だが、防護に関しては優れていない。


走り抜く木々に露出した肌部分が、所々引っ掛かって細かい傷がつく。


ネーブルは舌打ちした。

見たくないヴィジョンが頭に過ぎる。

百人近くの兵士に囲まれる悪夢。


ネーブルには不安定な予知能力があった。

正確には未来予測である。

感情やコンディション、環境に左右される不確かな能力。

確定未来ではなく、別の要因で簡単に覆る未来情報。


だが、今まで人生においてこれほど便利な指針は無い。


それが敵兵に囲まれる最悪のシナリオがまっている事を告げている。


「このままじゃ追い付かれる……」


ネーブルの呟きに平走していた人影の足が止まった。

数は二つ。


「作戦は成功したのに、こんな所で捕まるのはスマートじゃないな……」


白髪に青いバンダナをしている青年は息を整えながら、落胆の色を出した。

黒いロングコートに、腰に帯刀した双剣は走る事に関しては殊更適していない。


残りの一人。

ボロボロのマントを着た、髪を逆立てた黒髪黒眼の少年は後方に眼をやる。




「しんがりは俺がやる。グレイとネーブルは先に行ってくれ」


そう言うと背中の妖刀をゆっくりと抜き放つ。


刀身から淡い光がゆっくり漏れ出す。

小さい水しぶきの様な物が空中に上がっていく様は、いつ見ても不思議な感じだとネーブルは思った。


「冗談は止めとけよガルン?追っては騎兵も含めて100人はくだらない筈だ。奴ら補給路を断たれて怒り狂ってるだろうしな。捕まったら洒落にならないぜ?」


バンダナ頭が髪をかき揚げながら闇空を見上げる。


あまりにはっきり姿を現している月を見て、思わず眉を吊り上げる。

この星空の明るさは逃走には向いていない。


「正直お前らは邪魔だ。逃げるだけなら俺一人のが早い」


そう言うと妖刀『蝶白夢』を握った少年――ガルンは無表情で辺りを観察する。


「行こうグレイ。この馬鹿なら何とかしてくれるよ」


ネーブルは内心小躍りしたい気分を押さえて、グレイと呼んだバンダナ青年に顎をしゃくった。


ガルンが同じ部隊になってから、スタンドアローン状態になるのは数えるのが馬鹿馬鹿しくなる程多い。


ガルンのこの行動で未来予測が変更されるのは間違いないだろう。


「3対100をやるよりは、ガルンが囮役になる方が現実的だけどな……。ガルン一人置いて行くのはな……」



グレイの煮え切らない態度にネーブルは舌打ちした。


この優男は腕は立つが、悲観的で現実主義の癖に打算的では無いのが気に食わない。


「オレは行くからな!」


面倒なので無視して走り出す。

心中する気など更々ない。


「待てよネーブル!悪いなガルン」


それを見てグレイも軽く手を上げて走り出す。


ガルンはそれを横目でチラリと確認してから、精霊の眼を開いた。


先行してくる敵の数は10。だが、このスピードから察するに騎馬兵だ。この狭いを森の中を巧みに走ってくるのは、かなりの練度と言える。


「残念だが……この視界の悪さが貴様らの運のつきだ」


ガルンは刀を数度振り抜いた。


光の雫が大量に空に舞う。大気中の水泡が破裂して、紫色の水の蝶が何匹も羽ばたいた。


ガルンは一呼吸すると精霊の眼で深く潜る。


光の波を感じる。

人数が多すぎて個別には判別出来ない。


形は三つ又の矛のようだ。


(三槍の陣……逃がす気は無いか、面倒な指揮官がいるな……)


左右展開も考慮された陣形であり、鶴翼の陣への移行も可能。突貫力と包囲を兼備えた陣形と言える。


追撃戦で行うのはよくある事だが、陣形の崩れ易い森の中で使うには勇気がいる所だ。



先兵隊として早駆けしていた騎士隊は苛立ちを隠せないでいた。


自分達の補給物資を、何者かに燃やされたのだから当然と言えば当然だ。


ついでに、補給経路にある桟橋も潰されたのでは面目丸潰れもいいところである。


せめて何処の手の者か明白にしなければ上層部に顔向け出来ない。


その眼前に紫色の蝶が舞った。


見たこともない、水で出来たような蝶を手で払いのける。


それは触れると、シャボン玉のように軽々しく水しぶきを上げて砕け散った。


「何だこの蝶?」


訝しがっていると、突如木々の奥に岩の壁が現れる。


「なっ?!」


慌てて鞁を引くが、それより先に驚いた馬がバランスを崩す。先頭を行く騎馬たちは騎手を投げ出して転がり倒れた。


そこに後続の馬群が突っ込み大惨事が巻き起こる。


それを何とか回避できたのは、たったの二頭だけだった。


一瞬幸運に見える二人だが、実はこちらの方が不幸であった。


次に飛び込んで来たのは、銀色の白刃だったのである。


走り抜けると同時に二人は被っていたメットを、地面に落として行った。


頭ごとだが。


木々の間からガルンがそろりと姿を現す。


「隊列がバラけている内に、潰せるだけ潰させて貰う」


そう言うとガルンは闇夜に消え去った。




「百人斬りか……余計な事をしてくれたな」


机を指で叩きながら、ラインフォートは不機嫌そうに頬をついた。


ここは黒鍵騎士団、団長専用の執務室であり、作りは罪人の塔と同じである。


ただ、こちらは神誓王国メルテシオンの居城外周区に供わった一室だ。


ラインフォートの座している机を挟んで、立ち並んでいるのは無名とガルンである。


「今回の作戦内容は何だ?」


「マドゥールク軍先遣隊の補給路を断絶。出来れば兵糧の奪取です」


即座に反応したのは無名の方だった。


「お前には聞いていない」


と、言いながら手を振る。


無名は一歩後退した。


「相手の護衛団は三百人。こちらは出立を許されたのは三十人。ゲリラ戦しか戦いようはなかった。兵糧の奪取は不可能だ」


ガルンが冷めた眼差しで淡々とそう言う。


ラインフォートは眉を吊り上げて机を叩いた。


机の上にあったペン立てが倒れるが気にしない。


「百人斬りの事を言っているんだ! 作戦の是非を問うている分けではない! マドゥールク軍を消耗させてどうする!」


「……? 追撃部隊を全滅させてはイケない条約でもあるのか」


不思議そうに答えるガルンに、


(何処の世界に追撃部隊を全滅させて悠々帰ってくる奴がいるんだ)


と、ラインフォートは内心毒づく。





「貴様は政策と言う事を考えないのか?」


「一兵卒に政策? あんた馬鹿か?」


ガルンの言いようにラインフォートは歯ぎしりした。


現在、マドゥールク共和国とラ=フランカ聖公国と呼ばれる二国は、採掘領土を巡って戦争状態になっている。


二国の力関係は拮抗しており、状況を打破するには第三勢力の介入が必要とされていた。


ラ=フランカ聖公国と同盟関係にある神誓王国メルテシオンは、軍備派遣の要望を受けていたのだが、専守防衛を旨とするために軍を動かせないでいた。


派遣するには世論の風当たりが強い問題になるからである。


そこで、ひそかに動いたのはラインフォートであった。


ラ=フランカ聖公国との重鎮に太いパイプが欲しかったラインフォートは、重鎮と裏で密談して暗躍していたのである。


理想は両国の国力の疲弊であり、そこに付け込んで調停役としてメルテシオンが出張るのが1番の

策略であった。


マドゥールクを疲弊させる手助けをラインフォートはしていた訳だが、まさか……護衛部隊の三分の一を削ぎ落としてしまうとは予想の範疇外である。


これでは第三勢力の介入があったと囁かれるには十分な損害だ。


唯一の救いは戦ったのがガルン単騎と言う所と、追っ手を全滅させた事にある。




戦場の跡をいかに調査しようと軍隊規模の足取りは掴め無い。


そもそも、一人にやられた事実をマドゥールク軍が公表しない可能性の方が高い目算だ。


そのお陰で完全にメルテシオンの介入は否定できる。


しかし、配慮すべきはガルンの戦闘力にあった。


歩兵、重装歩兵、騎馬兵、魔道士団、遊撃剣士団で固められた部隊を単独で三割近く倒した実力である。

常識的にはゲリラ戦であろうと不可能な数字だ。


この少年の闇夜のゲリラ戦の戦果は、この二年間聴いて来たが異常な強さを誇る。


気になって監視をつけた所、まるで相手の姿が“全て見えている”様だと言う報告が上がって来た。


実際、精霊の眼を持つガルンには本当に見えている訳だが、そんな事は他の人間が知るよしもない。


コールサインがナイトファントム(闇夜の亡霊)になったのは自然の事と言えた。


「過分な真似はするな!ここは軍隊だ。命令の行動だけを取れ。いいな?」


ラインフォートの言葉にガルンは苦々しく、


「了解」


と吐き捨てた。


このパターンは、ラインフォートは戦益とは判断しないパターンだ。


メリットとデメリットで戦果はチャラ。


非常に欝陶しい上官である。





ガルンは舌打ちするとラインフォートに背を向けた。


「おい!まだ話しは済んでいないぞ」


その声を背中に残して、ガルンは部屋を退室する。

無名は肩をすくめた。

自分の部隊に編入されてから2年。


ガルンは騎士団に馴染んだ気がしない。と、言うより馴染む気がないように見える。

望むのは武勲に繋がる戦果のみ。


その為なら、どんな危険な任務も自ら願い出るが

、チームワークや作戦と言うものには無頓着だ。


仲間内で問題にならないのは、その強さとしんがりを務めるケースが多い為である。


自ら貧乏クジを引く防波堤がいるのは、戦場ではこれほど有り難い存在は無い。


「奴の手綱はしっかり握っておけ」


ラインフォートが苦々しく吐き捨てるのを聞いてから、無名も部屋を後にした。



城を後にしたガルンは城下街に向かった。


城下街は三ブロックに別れており、罪人扱いの黒鍵騎士団は基本的に最も外に近い外周ブロックへの侵入は禁止されている。

逃走防止を危険視しての事だが、どちらにしろ契約のギアスがかけられた黒鍵騎士団の逃亡は死を意味するので余り意味をなしていない。


ガルンが向かった先は南部の中央ブロック、その中でも一番南部の場所だった。





そこは住宅地でも富裕層専用の区画だ。


自動的に高位の士官達が住む場所になる。


普通に考えればガルンとは関わりが無い場所に写る。


しかし、ガルンは馴れたようにその区画を縫うように進むと、木製のコテージの様な家屋に行き着いた。


ノックもせずに中に入って行く。


そうすると、ちょうどティーセットを持った少女と目が合った。


あどけない容姿だが、それでも美少女に分類されるのは間違いない。


すらりと伸びた耳はエルフと一目で分かる特長だ。


「あっ!ガルンちん発見」


「ガルンちんは止めろって言ってるだろヒュペリア」


少女の言いようにガルンは眉を寄せる。


ここは地和神官のライトエルフ、ティリティースの家だ。


ガルンは現在ここに厄介になっている。


目の前の少女はティリティースの妹だ。


顔立ちが美しいためアルテナも妹と勘違いしそうだが、あっちのエルフは血の繋がりは無い。


「お客さんが来てるよ、ガルンちんに」


「……ここに? なんでそいつは俺がここに住んでると知ってるんだ」


普通の黒鍵騎士団は専用の寮に住まわされている。


それに当て嵌まらないのは隊長格と例外的なガルンぐらいだ。


軽く精霊の眼で気配を探る。


覚えのある存在が揺らめいていた。


「あいつか。まあ……いいか、待たせとけよヒュペリア。俺は先にカナンに会ってくる」


ガルンはそう言うと、手をひらひら振りながら奥の部屋へと進んでいった。





1番奥の居間は吹き抜けになっていた。


窓の開け放たれたテラスに車椅子の少女がいる。


蒼天の下、彼女は風に拭かれて空を見上げていたが、ガルンに気付いて器用に車椅子を回す。


「お帰りガルン。今回も無理したんじゃないかな? したんじゃ無いかな?」


太陽のような笑顔をカナンは浮かべた。


ガルンもつられて微笑する。


カナンの外見的な目立った怪我は一通り治っていた。


拷問から二年の月日が経った。

あれからガルンが命を賭けて奔走したお陰でここまでの回復を見たのだ。

後は切られた左手と両足の健と、焼け爛れた両足を治せば一通りの再生は終わる。


一度、復元してしまった傷の治療は困難らしく、本当にハイ・プリースト以上の回復魔法が必要だったのだ。


一年半前にティリティースと再会して、ここにカナンと一緒に暮らす事になった。その時にティリティースには自分の治癒魔法では完治できないと語った。


ティリティースは神官職にあるが、階級職としての意味合いが強い。


やはり、エルフなだけあって精霊魔法は得意だが、神聖魔法は苦手な部類にあったのだ。


あの時の瀕死の状態から見れば、有り得ない程の回復状態と言える。


「悪い、任務で失敗した。今回は怪我を治せそうな奴は連れて来れなかった」




バツが悪そうに頭をかくガルンを見て、カナンは寂しそうな笑顔を浮かべる。


「無理はしなくていいよガルン?私はガルンのが心配だよ。ほとんど任務に出っ放しじゃないか、毎回出かければ新しい傷をこさえてくるし。私はガルンの無茶ぶりのが心配だよ」


カナンの言葉にガルンは自分を指差した。


「俺?俺は全く平気だぜ?最近メキメキ強くなったからな。面白いもの見せてやるよ」


そう言うと背中の蝶白夢を抜く。


刀身から淡い青い光が滲み出した。


光の粒が、シャボン球のように膨れあがると宙に舞い上がっていく。それが割れると青い蝶に生まれ変わった。


辺りに水で出来た蝶が幻想的に何匹も舞う。


「うわ~凄い!綺麗だね、だね」


カナンが右手を上げて蝶を触ろうとしたのを見て、ガルンは慌てて刀を振り抜いた。刀から水しぶきが上がると、それは薄い水の流れとなって蝶を切り裂く。


蝶は水しぶきとなって宙に散った。


カナンは一連の動作を不思議そうに眺めた。


見た目は蝶を沢山だして、刀から水の鞭を出して切り裂いた様にしか見えない。


「悪い。その蝶は神経毒に近い“呪い”があるんだ。触れると悪夢を見る事になる」


ガルンは肝を潰したのか、冷や汗を拭った。




妖刀『蝶白夢ちょうのしらゆめ』には、二つの力が宿っていた。


一つは幻覚、悪夢を見せる水蝶を生む事。


もう一つは、刀身から極薄の水の刃を生む事。


それは恰も水の鞭の様に伸びて対象をウォーターカッターの如く切り刻む。

精神力と距離によって、遠くに行くほど威力は激減するが、10メートル程度ならば鉄板すら容易に切り刻む事が出来る。


ガルンが単独で敵を退けて来たのは、この妖刀の力が大きい。


「まあ、それに見てろ、取って置きがある」


ガルンは刀を水平に構えた。


「ヒュー」


一呼吸、息吹を吐いてから駆動可能な六つのチャクラを回転させる。


額に汗が滲み始めるのを見てカナンは驚いた。


今のカナンはチャクラを一つしか動かせない。しかし、チャクラ自体の動きは読みとる事は可能だ。


それから見ると、一つのチャクラの力で霊核を包み、もう一つのチャクラで何か別の事を行っている。そして、チャクラを一つにつき一つ、一対でチャクラ自体をコントロール仕出したのだ。


「よし!」


と、叫ぶとガルンは刀を中段に構えた。


刀から銀白色の光輝く刃が、勢いよく伸びる。


「霊威剣!」


カナンは思わず叫び声を上げた。




ガルンは剣を一振りする。

空気を切り裂き瞬間的に真空になった為か、谷間風を彷彿とさせる耳を震わす音が響く。


「これなら滅陽神流剣法も少しは使える」


「燃費は悪そうだけど、凄いかな! あれだけ使えなかった霊妙法が使えるようになったんだから!」


カナンの喜びようにガルンは苦笑した。


正眼に構えた刀から蒼い光りは急速に消えつつあった。


「まあ……発動するのに

20秒程度かかるうえ、状態維持も10秒程度……カナン見たいにすんなりはいかないな」


ガルンは盗賊との戦いと、天翼騎士団で見せた、カナンの霊威剣を思い出す。


あれだけタイムラグ無しに使えれば、アルダークとクライハルトを相手にしても圧倒出来たかもしれない。


「何だそりゃ?!てめぇーもそれが使えたのかよ」


唐突に声が掛かった。

家の縁に沿って男が現れる。


ガルンは接近には気付いていたので、特に興味なさ気に歩いてくる赤髪の青年を見ただけだった。


「何のようだ……赤いの」


ガルンの言葉に青年は酷く傷ついた顔をした。


「お前……名前覚えろよ。俺の名前はレッドレイ。レッドレイ・クリフ・トリュアスだ!」




何故か胸を張って、自らを親指で指している。


「そんで赤いの、何のようだ」


ガルンの言葉にレッドレイは顔を引き攣らせたが、咳ばらいをしてから気を取り直した。


「まあ、ちょっと予想外の事件が起こった。お前の力を借りたい。ここでは何だから中で話そう」


レッドレイは指で家の中を示すと歩き出した。


ガルンは胡散臭いと言わんばかりにその背を見続けていたが、カナンは車椅子を動かして後を追う。


「とりあえず話を聞こうよ」


カナンの言葉にガルンは内心舌打ちした。


(今ならあいつ……殺れるのにな)


なんだかんだ言ってもグラハトの仇の一人だ。ガルンは漏れ出る心の炎を何とか押し込んだ。


客間に移動すると、先程、エルフ妹が持っていたティーセットが置かれている。

先程の客なのは間違いない。


客間には見慣れない布で巻かれた、棒のような物があった。


(……?あいつは……)


ガルンの反応にレッドレイはニヤリと笑った。


おもむろに棒に近づくと布を取り払う。


「!!そいつは」


そこには黒い剣と黒い短刀が置かれていた。


魔剣ダークブレイズと鷹の紋様の入った黒い短刀。ガルンの父親の形見だった。




「……!!どう言うつもりだ。ただ武器を返すなんて有り得ないよな」


「そりゃ、そうさ」


ガルンの言葉を肯定しながら客間のソファーにドカリと座る。


ガルンは仕方なく対面の椅子に座った。


カナンは入口付近に車椅子を止めている。


ガルンの横の椅子には何時のまにかヒュペリアが座っていた。


「お前……」


「私は二人の保護者だからね。ティリ姉に頼まれてるんだから」


ニコリと少女は笑う。

外見は幼く見えてもハイエルフだ。

二千年近く生きる事から考えて、少なくとも200歳は越えているだろう。


「……こう言ってるがどうする?」


ガルンはレッドレイに目で訴える。


「別にいいけど?エルフは聡明だからね。口を滑らせたらマズイものは分かってる筈だ」


軽く言う。

ガルンはやりにくと内心思ったが、気にしているのは自分だけなので諦める事にした。


「早速要件に移させて貰う。先に言っておくと国家規模秘匿事項だ。バレたら此処にいる人間全員軽く首が飛ぶから」


サラリととんでもない事を言う。


だが、別段それを気にしてるそぶりの人間は誰もいなかった。

全員豪胆なのか、天然なのかは分からない。


少なくとも個人で国に喧嘩を売りかねないガルンは、当然平然としている。



「で?」


と、催促するぐらいだ。


こいつらリアクション薄いな~と、レッドレイは思いながらも話を続ける。


「この国の王族を知ってるか?」


「王族……?」


「やっぱり知らないか」


「ハイハイ!知ってま~す」


横でヒュペリアがブンブン手を振っている。


「え~とね。多神教国家で何故王族が成り立つかって言うと、王族は神をその身に宿す事が出来る降神術者の家系だから何だよね~」


「その通り!本当に神の御言葉を伝える事が可能な神に近しい存在。誰もが敬うのは当然だ」


エルフ娘の言葉にレッドレイは指を鳴らす。


降神術者とは文字通り神をその身に宿す事が可能な能力者である。


降霊術師やイタコの最上級職に位置するが、その身に宿す器は計り知れない。


本来人間なぞ、神の神気に触れるだけで発狂すると言われている。


「神ねえ…… 」


ガルンは心底胡散臭いと言わん気に、椅子にもたれ掛かった。


もし本当なら、本当に神に滅陽神流剣法が効くか試して見るのも面白いかと無茶な考えに及ぶ。


「と、言う事は第四王女絡み見たいだね」


ヒュペリアは一人でなるほどと納得している。




「言っておくが……俺はさっぱり情況が分からんぞ」


「まあ~、お前らはこの国の人間じゃないからな。内部事情はわからんだろうよ。この国が多神教国家なのは知ってるだろ?しかし、神にもクラスがあるのは知らないはずだ。元々、世界を構築する要になったと言われる、元神と呼ばれる二つの神が最上級とされる。しかし、時の王族が降臨させた神は、その間は最上級の元神と同じ権限が得られる仕組みになっているのさ」


「権限が得られる?それが?」


疑問がるガルンを見てヒュペリアは、


「お子ちゃまだよねガルンちんは」


と言いながら笑う。


ガルンはムスっとして背もたれに寄り掛かって足を組んだ。


「神様の格付けに意味があるのかよ」


「まあ、人間が勝手に決めたものだからね。人間には意味があるって事かな?」


ヒュペリアがくだらないと言わんばかりに胡座をかいて、ゆらゆら体を揺すり出した。


落ち着かない子供を見るようにレッドレイはエルフ少女を見てから、ガルンに視線を戻す。


「派閥があるんだよ、崇める神ごとに。まあ、早い話、元神権を持っていれば威張れるって事さ」


「マジにくだらねぇ」


ガルンは吐き捨てるようにそう言い放った。



「まあ、関係者じゃなければそうなるな。現在は戦律神アレスマキアが元神権を持っている。ちなみに団長や俺は戦律神の信者だ。お前らを仮釈放まで無理に推し進められたのは、元神権言があったからこそって事さ」


何故かレッドレイは胸を張る。


ガルンは軽い苛立ちを覚え始めた。

この馬鹿は根本的な事実を忘れている気がする。

助けたと思っているなら愚の骨頂だ。


グラハトを死に追いやったのも、カナンをここまでボロボロにしたのも全ての禍は天翼騎士団に外ならない。


「くだらない派閥争いかよ。大方テメェーの神を今期も偉くしたいって事だろう?」


ガルンの敵意剥き出しな言葉に、レッドレイの柳眉が上がる。

しかし、思い留まったのか用意されていたティーカップに手を伸ばした。


「うちの信仰は戦の神を奉ってるだけあって、余り政には興味がないのさ。ただ、他の信奉者は違う。マジに権力争いに使おうと画策してる馬鹿が多い」


「……その馬鹿に対する

当て馬を、俺にやらせたいって事か……」


「どちらかと言うと蚊取り線香だな。寄ってくる虫を駆除して貰いたかったんだが……後手を踏んだ」


「……?」


「マジ?!」


と驚いたのはヒュペリアだ。

机に手をついて立ち上がる。




「極秘情報ってやつさ。第四王女、パリキス・キラガ・メルテシオンが掠われた」


頭を押さえるレッドレイは心底悔やんでいる表情を浮かべている。


「親衛隊は何やってるん?! あれは、天翼騎士団と双璧をなす最強戦力って噂じゃんか」


ヒュペリアの言う親衛隊とは、神誓王国メルテシオンの有名な騎士団の一つだ。


巷で有名なのは戦場に多く現れる無頼集団、黒鍵騎士団。


戦場に絶望と共に舞い降りる天翼騎士団。


そして、難攻不落とされる王族専属護衛部隊、王宮近衛騎士団。


特殊能力使いと特殊技能使いの混成戦闘集団である。


「王と第一王子の襲撃事件があったんだが、それはフェイク。狙いは第四王女パリキス様だったってオチさ。相手にかなり高位の錬金魔術師がいたらしい。王と第一王子の暗殺騒ぎのゴタゴタに乗じて誘拐。姫そっくりなダミーが用意されていて騙されたって寸法さ」


「……それでも、偽物と本物の区別も出来ないのかよ?」


ガルンの疑問も尤もだ。


護衛対象の区別もつかないボディーガードなど、余りに不毛である。


「それは……まあ、ちょっと特殊な理由がな」


レッドレイはばつが悪そうに頭をかいた。


ヒュペリアも難しい顔をしている。


「?」

とりあえずカナンに目を移すが、ガルン同様不思議な顔をしただけだった。




「それで……俺の所に天翼の騎士様が赴いた理由は、姫奪還の手伝いをしろと?」


「いや、全面的にお前任せだ」


「……?天翼騎士団は動かない?」


ガルンは疑問を口にした。

王族の一大事に主力戦力が展開しないのは不思議と感じたからである。


「天翼騎士団どころか王宮近衛騎士団も動かない……まあ、正確には動けないんだけどな」


レッドレイの口惜しそうな口調が気になって、精霊の眼に切り替える。


存在の光には憤慨のような苛立ちの波が動いていた。


レッドレイの言葉に嘘は感じない。


「何故だ?普通、王族の一大事は国の行く末に関わるんじゃないのか」


「戦争のせいで、身動きできないって所かな~」


ガルンの疑問にヒュペリアが答えた。


ラインフォートが戦争がなんたら言っていたな~とガルンはぼんやり思い出す。


「マドゥールク共和国とラ=フランカ聖公国との戦争と関係あるのか?」


「大有りだ。戦争が拡大した場合、我がメルテシオンにも戦火が飛び火する確率は高い。それを考えると天翼騎士団は動けない。元々、王宮警護の王宮近衛騎士団は動けば目立つ。近隣諸国に騒動を伝える宣伝をする様なものだ。逆にその騒ぎに乗じて謀略を考える輩は腐るほどいる」


「……合法的に動けるのは黒鍵騎士団しかないって事か」




「それも小数になる筈だ。選抜はラインフォートに委ねられるが、お前の戦闘力を考えれば抜擢されるのは火を見るより明らかだ。奴が余程の無能では無ければだがな?」


レッドレイは意地の悪そうな笑みを浮かべた。


ガルンも釣られて笑う。


ラインフォートの性格は腐っているが、無能では無いと認識している。


「姫を必ず無事に助け出せ。この魔剣は報酬の前払いだ。それに、姫を救出したとなれば、別に恩赦も出るかも知れない。不服はないだろう?」


レッドレイの言葉にガルンは首を振った。


「他に条件が一つある」


ガルンの言葉にレッドレイは眉を寄せた。


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