プロローグ
こんばんわ、維月です。
新連載『あわい』のお届けにあがりました。
以前から、書き続けていた和物の小説ですが、ストーリーがちょっと変。(T_T)
気に入っていただけると、幸いですが。(笑)
それでは。
云ってはいけないよ。
話してはいけないよ。
それは、お前と我らを繋ぐ【契約】だからね。
【いいかい、我らのこと……人には話すでないよ。文字にしてもいけない】
【わかった、分かったよ……】
汗ばんだ掌を握りしめて、後ずさる少年。
【もし、その時は……お前を殺しに行くからね】
闇に浮かぶ、無数の異形の目が犇めく。
幼かった俺は、一歩間違えれば発狂してしまいそうな殺気を押しつけられて、恐々と頷いた。
その時は、どうする手立てもなかったから、ただ頷くことしかできなかったんだ。
だが今は違う。
扱い方を学び、こちら側から新たに【契約】を結び直したのである。
だから、昔のように奴らに怯えて暮らすことも‐‐―――‐‐もうない。
昔‐‐―――‐俺は祓い師だった父の後を継ぐため、九つの春に、奴らと【契約】をした。
【エンジュ…その子かぇ? お前の跡取りというのは】
闇が、喋った。
その時俺は父に連れられて、ただただ真暗い…夜の闇の中にいた。
汗ばんだ手で、父の衣の裾を、咄嗟に握りしめる。
深闇の中で‐‐―――‐‐確かに何もいない筈なのに。
なのに、そこに鋭利な『なにか』を感じたのだ。
いや、それはもう、存在感というものだろう。
『そうだ……お前たちの新しい主だよ。しっかり護り、仕えてやってくれ』
蟠る闇に向かって、柔和に笑った父親に、俺はしがみついていた。
『父上、誰と話してるんだよっ』
『カイリ、闇を、よく見てみるんだ……。彼らはそこにいる』
‐‐――‐‐よく見るのだよ、カイリ‐‐――――‐‐お前にも、見えるはずだ。
『こ、言霊! うああっ…』
耳鳴りが、五体を引き裂いていくようだ。
髪を掻きむしってのたうった後、カイリの肩がひとしきり痙攣する。
頭の中身が、透明になった気がした。
そして、俺は奴らの姿を、はっきりと見たのだった。
【まあ、よかろう。これより代替えの儀を行う。エンジュ…これがどういう事か、お主も分かるだろう】
主が生あるうちに代替えを行う場合は‐‐―‐―‐‐使役した異形に、その身を喰らわせるのが通例となっているのだ。
『ああ……この子を、頼む』
『父上?』
所用に出かける時と同じ顔で微笑った父に、俺はその時…言い得ぬ不安を覚えた。
『どこ行くんだっ、父上! 離してくれっ、離せ、離せぇ‐――‐っ』
異形のとんでもない力に押さえつけられるうち、いつの間にかに父は、そこから姿を消していた。
『お前らっ、父上をどこにやったんだっ!? 答えろよ!!』
突如ゆるんだ異形の力に、カイリは機敏に身を翻す。
『やめろっ、なっ、なにするんだっ』
闇の中、凍ったような紺碧の瞳が、どこか優しげに細められたのを理解して、彼は抵抗をやめた。
ぐい、と闇の一部が、彼の頭を掴む。
【お前さん……泣いているのかね? 父が心配か、優しい子…。心配なのは分かるが、これが我らとあ奴の契約でな。致し方ないこともあるんじゃよ】
『契約って…なんなんだよ? 父上は…帰ってくるか? どこに行ったんだ?』
闇が、晴れたのか、それとも、自分の目が闇に馴れたのかどうかは分からない。
そこには、豊かな黒髪を背に流した女性が、真っ直ぐにこちらを見返しているのが見えた。
【……もうそなたの父は戻らぬ。さあ、我らも仕上げといこうか…】
『なっ、なんだよ…くるな、来るなあっ!』
ひやり、と冷たい手が触れて、再びカイリの思考は凍結する。
【契約の証に、おぬしの左目を貰うよ】
父は、強い術者だった。
だった‐‐――‐―‐‐。
開祖として一門を拓き、一族を一欠けも離反者を出すことなく支える、凡てにおいて秀でた人間だった。
少なくとも、俺はそう思っていた。
だが……。
父は死んだ。
方々を探しまわった挙げ句……俺が父の亡骸に辿り着いたのは、それから一月あまりが過ぎた頃だった。
着衣はそのまま。父は、奴らに喰い殺されていた。
山間の小さな泉で、きれいな白骨になっているのを見つけたのだ。
カイリの青い隻眼から、涙が溢れては地に落ちる。
父上、あなたは凄い。
そして、愚かだ。
人間は、欲深き生き物。その身一つでは生きてゆけぬ者。
命を対価に、まつろわぬ者を操る。
なにかに頼らねば生きていけないのなら、捨ててしまおう。
人間としての時も、考えも。
自分は、もう人間としていきたくない。
『父上……済まない、俺は、もう人間をやめてしまったよ』
父の墓を作った後、カイリは二度と一族には戻らなかった。