epi.04
「先輩のそばにいられて嬉しいです」
オレと同じデザインの白い制服を着て、隣に立ってにこにこと笑っている鷲沢イツキをオレは思いきりにらみつけた。
「言っとくけど採用したのオレじゃねえから」
「わかってます。でもオレが嬉しいんです」
邪気のない笑顔を向けられて言葉に詰まった。イツキが向けてくる好意は純粋でまっすぐで、もしオレが女だったら即落ち2コマで陥落していたかもしれない。まあそうじゃないから問題なんだけど。
(これでいいのか鷲沢イツキ)
無双レベルの顔面を持ちながら、なんでよりにもよってオレなんだ。その素朴な疑問が解消されないまま面接の日から今日で一週間が経っていた。一応試しに着てもらったオレの制服の予備はイツキの足には丈がまったく足りなかったので(ぐぬぬ)、彼サイズの新しい制服が届くのを待って今日からイツキのバイトが始まったのだ。
初日である今日は研修としてオレが一緒に販売に入ることになっていたけれど、学校のHR後にイツキがわざわざ二年の教室までオレを迎えに来てしかも満面の笑顔で「トウマ先輩!」と叫んだおかげで、オレはクラス中のどよめきと好奇の視線を浴びながらいつにも増して猛スピードで教室を飛び出す羽目になった。
「ケーキの種類はだいたいいつも十二種類くらい。あとは焼き菓子が十五種類くらい。お客さんに味を聞かれることもよくあるから、新作は母さ……オーナーが試食させてくれるよ」
「本当ですか」
明るい声になってイツキが目を輝かせた。「ケーキ、好きなの」と聞くと「あまいもの大好きです」と言ってきれいな歯並びを見せて嬉しそうに笑っている。
「先輩もやっぱりあまいもの好きなんですか」
「まあ。うん」
オレはあいまいにうなずいた。もちろん好きは好きなのだけど、オレにとって洋菓子の持つ意味はもう少し重くて深いものだ。それは家族のきずなの証みたいなものだから。
父さんが死んで、遺された店を母さんが継いだ。オレはその母さんを支えたい。その思いの中心にあるのがこの小鳩洋菓子店であり洋菓子そのものだ。母さんが作った生ケーキを、オレが仕込みをした焼き菓子を、入れた箱を抱えて笑顔で帰っていくお客さんの背中を見送るたびにオレの胸はやりがいと温かさで満ちあふれる。この喜びに己の人生を賭けられると確信できる。その価値は自分にとって計り知れないものだし、母さんも、そして父さんもきっと同じだっただろうと思うのだ。その気持ちをそのままイツキに伝えることは、なんだか気恥ずかしくて出来なかったけれど。
「ケーキは、お客さん向けの値札の裏に名前と値段が書いてあるから暗記しなくても大丈夫。取り出すときはこのトングを使って、急がなくていいから落とさないように慎重に」
「はい。わかりました」
生ケーキの並ぶ冷蔵ショーケースの引き戸を裏から開けて、オレが値札を示すとイツキは腰を折って長身をかがめるようにして覗き込む。一瞬、顔を寄せ合うような体勢になってイツキのニキビひとつない頬が自分の頬に触れそうになって、その近さにオレは不覚にも緊張した。けれどイツキは気にした様子もなく、まじめにショーケースの中を見て値札の裏のカンペを確認している。
(いやいや。オレが意識してどうする)
仕事中だぞ、とぶるぶると首を振って不埒な煩悩を振り払う。手にしたメモ帳にボールペンを走らせているイツキは、そんなオレの不審な挙動に気づいていないようだ。
「ええと、次にレジの打ち方だけど。レジの経験はある?」
「ないです」
「まあ高一だもんな」
うなずいてオレがレジ前にうながそうとすると、厨房の扉が開いて母さんが顔を出した。
「トウマ。イツキ君。私が売り場代わるから今のうちにふたりで商品の試食しちゃって。とりあえず今日出てるケーキ十二種類、そこに並べて取ってあるから」
「十二種類全部?」
「そうよー。それぞれ半分こしてね。高校生の胃なら食べれるわよね?」
決めつける母さんに苦笑して「オレは大丈夫だけど」と言ってイツキを振り向くと「オレも全然いけます」と言ってうなずいている。心なしか声が弾んでいるようだ。その様子に、お菓子が本当に好きなんだなとオレは少し笑ってしまう。
「じゃあもらうけど、母さんひとりでレジ大丈夫?」
「だ、大丈夫よ! 失礼な子ね!」
パティシエールとしての腕は一流の母さんが、レジ打ちがめっぽう苦手なことをオレは知っている。なのでつい心配して言ったら逆に憤慨されてしまった。まあとりあえず任せるかと思い、オレはイツキを連れて厨房に入り扉を閉める。売り場と厨房を仕切るガラス張りの壁向こうで、母さんがちょうど入って来たお客さんとやりとりを始めるのが見えた。
「左から四種のベリーのタルト。甘夏のタルト。フランボワーズの二層ババロア。パンナコッタ。シュークリーム。完熟いちごのショートケーキ」
「先輩ちょっと待ってください速いです」
作業台の上の長皿にスイーツビュッフェのように一列に並んだケーキを見てすらすらとオレが言うと、イツキは焦った顔になってポケットからメモ帳を取り出した。その様子がなんだか可笑しくて、意地悪心を出したオレはあわてるイツキを無視して紹介を続ける。
「レアチーズケーキ。バスクチーズケーキ。天使のミルフィーユ。悪魔のガトーショコラ。レモンとダージリンのパイ。なめらか蒸しプリン」
「先輩!」
たまりかねて叫ぶイツキを見てオレは思わず吹き出してしまった。からかわれたのが分かったのだろう、イツキは頬をふくらませてオレをにらむ。
「先輩、意外といじめっ子ですね」
「そうだよ。早くオレに幻滅しな」
「それはないんですけど」
軽口をたたいたつもりが想像以上に重く返されてしまった。作業台に並ぶケーキを前に、隣に立つイツキの顔を見上げると少し怒ったように眉間にしわを寄せている。
「オレは、生半可な気持ちで先輩に告白したわけじゃありません。本気で好きなんです。どうしたらわかってもらえますか」
「悪かった。今のはオレが悪かった」
話が深刻になることは望んでいない。オレはイツキから目をそらして作業台の下からナイフを取り出すと、ケーキをそれぞれ半分ずつにカットした。
「なんとなくでいいから味、覚えて」
「はい。いただきます」
まじめに両手を合わせてから、イツキはオレが渡したフォークを受け取って端のベリーのタルトを口に運んだ。一口食べたかと思うと、目を丸くして口を押さえている。
「どうしたどうした」
「いや、美味しくて。感動しました」
「母さん喜ぶよ。ていうかうちのケーキ初めて?」
なぜかご相伴に預かってしまったオレもありがたくケーキを口に運びながら聞くと、イツキはさっそく次の甘夏タルトにフォークを入れながらうなずいた。
「生菓子は初めてです。フィナンシェは食べたことがあるんですが」
「フィナンシェ?」
「あ、しまった先輩に大ヒントを与えてしまった」
「は?」
「オレが先輩を好きになったきっかけです」
「フィナンシェが?」
焼き菓子の定番フィナンシェはうちの常設商品で、今も店の壁際でカゴに入って置かれている。しかし彼とオレを結ぶ接点としてはまったく心当たりがない。首をかしげていると、イツキが「ほら、早く食べてオーナーと交代しないと」とか話題をごまかすように急に真っ当なことを言いだして、タルトの最後のひとかけらを飲み込んだ。




