ep.03
聞き間違いかとオレは目をぱちくりさせて固まった。これはアレだ。もしオレが、面接者の方がやったら絶対にNGなそれこそセクハラのお手本のような質問だ。それくらいは高校生のオレでも分かるぞ鷲沢イツキ。
「いないけど……なんで?」
おそるおそる問い返すと、鷲沢イツキは「そうですか」となにやらホッとしたような顔をしている。いいから質問に答えなさいって。
「じゃあ志望動機なんですけど」
「お、おう」
「オレが先輩を好きだからです。小鳩トウマ先輩」
セクハラどころの話じゃなくなってきた。オレはとっさに肩越しに振り向いて厨房の様子を伺ったけれど、母さんはガラス張りの壁の向こうで焼き上がったタルトに忙しくフルーツを乗せている。会話が聞こえている様子はない。
「……鷲沢イツキくん」
「はい」
「冷やかしなら帰ってください。お出口はあちらになります」
オレが半目になってつい十分前に彼が入って来た扉を差すと、鷲沢イツキはオレをキッとにらんで身を乗り出してきた。
「冷やかしじゃありません。オレ本気です。オレは本気で小鳩先輩のことが」
「ちょ、ちょっと待って! シー!」
幸か不幸か今すぐ客が来る気配はなかったけれど、オレは焦って鷲沢イツキの勢いを両手で押しとどめた。
「だからオレは小鳩先輩を」
「わかった、わかったから!」
「えっ、わかってくれたんですか」
「いやわからん! なんもわからんけれどもちょっと静かに」
オレの言葉に鷲沢イツキは見るからに不満そうな顔になった。けれど浮かせていた腰をしぶしぶ椅子に着席させてくれたので、履歴書が置かれたテーブルを挟んでオレはあらためて向かい合う。なんなんだこの場は。バイトの面接じゃなかったのか。
「オレのことが……好き?」
「はい。オレの恋人になってくれませんか」
沈黙。目を白黒させながらオレは現実逃避的に今日の夕飯のことを考えていた。久しぶりにコロッケがいいな。キッチンにじゃがいもあったかな。なかったらチラシをチェックして買い物に行かなきゃな。云々。そしてオレは一度頭を振って白昼夢から現実に戻ってくる。とにかく今はこの目の前のトンチキ規格外イケメンをなんとかしなくては。
「えっと、いろいろ聞きたいことはあるけどさ」
「なんでも聞いてください」
にっこり笑ってみせられてオレは頭がクラクラした。アイドル雑誌の表紙をピンで飾って本屋に並んでいてもおかしくない完璧な笑顔。額縁に入れて鑑賞することにすら値しそうな美しい造形。このとんでもないキラキライケメンがオレのことを好きって言ってる? 職人になってこの洋菓子店を継ぐことだけしか頭にない平々凡々なオレのことを?
「……鷲沢君はさ」
「イツキでいいですよ」
「イツキはオレのことどこで知ったの? 同じ高校だと思うけどごめんオレはきみを知らない。会ったことある?」
「あ、なれそめですか」
「付き合ってないのになれそめとか言わない」
「ごめんなさい」
ぺこりと素直に頭を下げられてしまった。物腰も柔らかくて声も綺麗で、客観的に見れば非の打ちどころのない好青年なんだよなとオレは思う。ただ本当にオレへの下心を持って面接に来ているのか、そこはしっかり確認しておかなければならない。
「オレが先輩を知ったきっかけは内緒です。大切な思い出なので」
「面接で内緒とかないから」
「面接だったんですか? 今も?」
きょとんと首をかしげられてしまってオレは返事に窮した。面接? お見合い? いやいや後者は違うぞ断じて違う。
「彼氏面接ならオレ受けて立ちますよ。合格したら先輩はオレと付き合ってくれるんですか」
「待て待て待て!」
言質を取ろうとでもいうのか、途端に前のめりになる鷲沢イツキにオレは思いきりブレーキをかけた。大人しいタイプかと思ったらとんでもない、意外とぐいぐい来るな年下のくせに。
「ええと、イツキは男が好きってこと?」
失礼かと思いながらもオレが半分ヤケクソになって尋ねると、鷲沢イツキは特に気にした様子もなく首をかしげた。
「そんなこともないと思いますけど。オレ今まであんまり恋愛に興味なくて、告白とかされてもよく分からなかったんですよね」
こいつの顔面なら、それはもう日々告白の嵐にさらされているだろうことは容易に想像できる。自慢気な風でもなく淡々と言う様子が、告白というオレには縁のないイベントが彼にとっていかに日常茶飯事なのかを表していた。いやたった今オレにも発生したな、告白イベント。まさか男から食らうとは思ってなかったけど。
「だから先輩は特別な人なんです。先輩、オレの恋人になってくださ」
「不採用」
食い気味のド低音でぴしゃりと言い切ると鷲沢イツキは見るからに残念そうな顔になった。その悲しげな表情に、言い切っておきながらオレはなんだかすごく悪いことをした気になってしまう。
「男じゃダメってことですか?」
「うーん……悪いけど考えたことないかも。オレ恋愛経験ないからさ」
あらためて問われると答えに困る。今まで当たり前に女の子をかわいいと思い、男子は友達枠だと考えてきたけれど。
「じゃあ可能性はゼロじゃないんですね」
「いやない! ないんだけど!」
「トウマ、鷲沢君、おつかれさま」
「ぎゃっ」
急に背後から声がして、オレは椅子から数センチ飛び上がった。振り向くと厨房から出てきた白いコックコート姿の母さんが笑顔で立っている。
「ずいぶん盛り上がってたわね。気が合いそうで良かった」
言いながらテーブルの上の履歴書を手に取った母さんは、しげしげと眺めて感心したように言う。
「字が綺麗なのねえ。丁寧で読みやすいわ」
「書道やってました」
「あら素敵。お客さんに伝票を書く場面もあるから字が綺麗なのに越したことないわね」
「い、いや母さん待って」
「うん。採用」
「母さん!」
「なによトウマ」
腰に手を当てて見下ろされて、オレは答えられなかった。鷲沢イツキは確かにバイトとしては申し分ない人材だ。彼が売場に入ってくれれば嫌らしい話お客ウケもいいだろうし、接客も問題なくできそうではあるし、オレも念願の菓子製造にもっと携われるし、言うことはない。ただひとつ、鷲沢イツキがオレを恋愛対象として見ているという点を除けば。けど今ここでそれを己の母親に暴露する勇気はオレにはなかった。
「いいわね? じゃあ鷲沢君、いつから来られるかしら」
母さんの言葉に、鷲沢イツキは鑑賞物としては百点満点超えの完璧な笑顔で答えた。
「オレはいつでも。明日からでも」




