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ep.02

「お電話した鷲沢(ワシザワ)イツキです。バイトの面接に来ました」

「へ? バイト?」


 淡々と言われて目を丸くしていると、厨房から母さんの慌てた声が飛んでくる。


「あっそう! そうなのよ! いらっしゃい鷲沢君。そこの椅子に座って少し待っていてくれる?」

「はい」


 母さんの言葉に素直にうなずいて、鷲沢イツキと名乗った彼は店の隅に置かれたテーブルつきの椅子にすとんと腰かけた。地方配送を希望するお客さんに伝票を書いてもらうための席だけど、鷲沢イツキは制服のスラックスに包まれた足が長すぎてテーブルの下で持て余しているようだった。年下のくせに身長が180センチはありそうで、その低体温気味な落ち着き払った態度といい、なんか全体的に生意気そうな奴だなとオレは失礼な感想を抱く。


「母さ、じゃなかったオーナー! これって」

「トウマ! ちょっとこっち来て」

「言われないでも行くって。どういうこと」


 絞りかけのクリーム袋をステンレスの作業台の上に置いて、母さんがガラス越しに手招きしている。オレはドアを押して厨房に入った。


「バイト募集なんかいつしてたんだよ。聞いてないんだけど」

「ごめんごめん」


 鷲沢イツキに聞こえないようにと一応声のボリュームを落としながらも、蚊帳の外にされてふくれるオレに母さんは顔の前で申し訳なさそうに片手を立てた。


「うちを時々載せてくれてるタウン誌の記者さんに、サイト広告出せないかって頼まれちゃって。まあ地元の付き合いもあるしお店の宣伝ついでにチラッとバイト募集の広告も出してみたのね。そしたら鷲沢君がすぐに電話してきてくれて」

「バイトなんていらないよ。コバヤシさんとオレがいるのに」

「だってトウマあなた、このままずっと販売やってたいわけじゃないんでしょう」


 腰に手を当てた母さんのセリフにオレは言葉に詰まった。


「今も時間外に焼き菓子の仕込みはやってくれてるけど。売り場に販売専門のバイトさんが入ってくれたら、トウマも私と一緒に営業時間内に厨房入れるじゃない。生菓子教えてあげるわよ」

「……確かに」


 販売ももちろん経営の勉強にはなる。だけどオレの夢は父さん母さんと同じくらい立派なスーパーパティシエになることだから、やっぱりできるだけ厨房に入りたい。厨房に入ってもっといろんなお菓子を作りたい。


「だからって、オレに黙って募集しなくてもさ」


 まだぶつぶつ言っていると、母さんは「トウマに隠すつもりは全然なかったのよ、そんな必要もないし。忙しくて抜けてただけ。ごめんね」と言った。


「仕方ないなあ」


 母さんの『忙しくて抜けてた』はもはや日常茶飯事だからオレも慣れたものだ。


「で、面接って」

「うん私がやる、けど、ああタルトがあと三分で焼けちゃう。どうしよう」


 天井まで届く業務用の馬鹿でかいオーブンに表示されたタイマーを見て慌てる母さんに、オレはため息をついた。


「オレやるよ。いい?」

「ありがとう、助かるわ。あとで私も挨拶に出るから。地元のお客さんでもあるんだから失礼のないようにね。シフトの希望は電話で聞いてていつでも入れるってことだから、あとはあなたとの相性次第かな」

「オレとの相性?」

「だって同世代だし。それに厨房に入りっぱなしの私より、販売もできるトウマとの方が接する機会も多いでしょう」

「まあ確かに」


 腕組みをしてうなずくと、「じゃあよろしく」と言って母さんはオレの背中を強い力でバンとたたいた。



「……鷲沢イツキ、さん。十六歳。燕里(ツバメザト)高校一年生」

「はい」


 小さな丸テーブルをはさんで向かい合って座り、差し出された履歴書を見て確認するように言う。面接なんて初めてだけど、普通に良識があることさえ確認できればそれで十分だとオレは気楽に考えていた。仕事内容は正直難しくないから教えれば全然済むだろうし。


「えっと、オレも同じ高校生だから。緊張しなくて大丈夫だよ」


 緊張してるのかしてないのか、いまいち判然としない整った顔を見ながら一応気遣いとしてそう言った。そして真正面から見ても本当に綺麗な顔立ちだとあらためて変な感心をする。小作りの顔の上にほとんど左右対称に配置された目鼻口。線を引いたようなくっきりした二重まぶたに生えそろったまつげが長い影を落としている。柔らかそうな茶色い髪のかかる耳たぶには、左側だけ小さなピアス穴が空いているのが見えた。


「あの、埋めますから」

「へ?」


 一瞬オレを埋めるのかと思ってびっくりしたけれど、すぐにピアス穴のことだと思い至る。オレの視線が左耳に向いたことを敏感に感じ取ったようだ。


「ピアスホール。今日は面接だからピアス外してきてて、バイト決まっても仕事中は外すつもりなんですけど、もし穴自体ダメなら埋めるんで。あと髪も茶髪ダメだったら黒に染めてきます」

「え、いやいや!」


 勝手に物静かなタイプだと思っていた鷲沢イツキが突然たたみかけるように言ってきたので、オレは焦って顔の前で手を振った。


「ピアスはうちは大丈夫、派手すぎるのじゃなければ。髪もそのままで平気だよ」


 似合ってるし、と言いかけてこれは男同士とはいえセクハラかもしれないと思って口をつぐむ。でも実際、軽やかなアッシュベージュの髪色は彼の持つ垢抜けた雰囲気にとてもよく似合っていた。


「そうですか」


 ホッとしたように息をついて、鷲沢イツキははにかむような笑みを浮かべた。笑った。それだけで周囲の空気がパッと華やかに色づいたみたいで、オレは(ま、まぶしい)という口から出かけた感想を無理やり飲み込む。イケメンの笑顔の破壊力、半端なくすごい。これは売り場に立ってくれるだけで相当な客寄せになるのではないか、そんな不埒な打算がつい脳裏をよぎってしまうほどだった。


「シフトの話は母さ……オーナーとしてるって聞いてるけど、入れる曜日と時間を一応確認させてください」

「放課後から閉店まで毎日入れます。学校が休みの日は終日OKです」

「え、本当に?」

「はい」


 ハキハキと答える鷲沢イツキにオレは驚いた。学校以外バイトに全振りか。オレじゃあるまいし、なにか家庭の事情があるのか、それとも特別に買いたいものでもあるんだろうか。うちはそこまで時給がいいわけでもないけどなと少し疑問に思ったけれど、ピアスも髪色も必要なら変えると言い切ったことといい、かなり真面目にバイトに取り組んでくれるつもりのようだ。うちとしては文句が出ようはずもなく、これは採用決定かなと思いながらオレは口を開く。


「分かりました。じゃあ最後に一応、志望動機とあと質問があればなんでも」

「あ、じゃあ質問から先に」

「はい」


 軽く挙手する仕草をして、鷲沢イツキはオレの顔をまっすぐに見て言った。


「先輩は恋人いますか」


 ……はい?

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