epi.11
「先輩にオレの秘密を教えます」
公園のベンチに腰掛けたイツキがそんなことを言い出したので、隣に座るオレは眉をひそめてその端正な顔を見た。遊具広場の片隅、少し遠くにボールを蹴り合う小学生や砂場で遊ぶ幼児の姿が見える。日差しが少し暑くなってきたので、オレたちは売店でそろって白いソフトクリームを買っていた。そしてお互いのコーンを持っていない方の手、すなわちイツキの左手とオレの右手は今ベンチの上でそっと重ねられている。
「おまえの秘密?」
「はい」
指に少しだけ力を込めてオレの手を握って、イツキはぽつりぽつりと話し始めた。
「この公園で、このベンチで、オレ三ヶ月前にトウマ先輩に会ってるんです」
「え」
イツキの言葉に驚いたオレは必死に記憶を探った。三ヶ月前といったら今年の三月、一年生から二年生に進級する合間の春休み。オレは長期休みともなればいつにも増して勇んで店の手伝いをしていたはずだけれど、この公園といえば。
「もしかして青空マルシェ?」
「正解です」
イツキはうなずいて笑った。青空マルシェはこの公園で年に二回、春と秋に行われる屋外イベントだ。うちみたいな地域の飲食店や個人のクリエイターやワークショップ、フリーマーケットなんかが出店する地域のお祭りで、いつも大変な人出でにぎわうことで知られている。オレも母さんとパートのコバヤシさんと三人で小鳩洋菓子店として出店して、日持ちのするサブレやスコーンやカヌレを販売した。店舗の宣伝にもなるし学校の友人も来てくれて非日常的なイベントを大いに楽しんだ記憶があるけれど。
「オレ、おまえに会ってたの? その時?」
「はい。会話もしたんですよ」
イツキはそう言ってまぶしい木漏れ日のなか柔らかく微笑んでみせた。
「先輩オレね。その日、死ぬつもりだったんです」
◆
今年の春、中学三年生だったイツキは第一志望だった私立高校を受験して落ちた。つまり自動的に滑り止めとして合格していた公立高校、つまりオレと同じ燕里高校に通うことが決まっていたのだと言う。
「第一志望っていっても、父親が熱烈に勧めてきてただけで。オレは燕里の自由な校風の方がむしろ気に入ってたんです」
イツキが落ちた私立高校は、中学受験でも一度挑戦して落ちた学校の高等部だった。負け惜しみに聞こえても仕方ないですけど、と前置きしてイツキは語る。
「オレは中学受験でもうやりきったっていうか、諦めがついてました。でも父親が絶対リベンジしろ、高校から入れ、悔しくないのかってうるさくて。母校だから思い入れがあったんだと思いますけど。オレも一応ちゃんと勉強して、でもやっぱりダメで友達は受かったりとか色々あって。それで父親にまあまあ酷いなじられ方したんですよね」
中学三年生、反抗期の真っ只中だったこともあり、合否発表後から冷戦状態だった父親とイツキはその日は休日の朝からささいなきっかけで激しい口論になった。そんな不毛な親子ゲンカの末にイツキは家を飛び出したのだという。
「腹は立つし悔しいし情けないしで感情ぐちゃぐちゃで、初めてもう消えてしまいたいって思いました。それで車に何度も轢かれかけながらふらふら通りがかったこの公園で、青空マルシェがやってて」
とつとつと語られるイツキの話を、オレは黙って聞いていた。レジンのボールを蹴って遊んでいる子どもたちの歓声が少しだけ遠のいたように聞こえている。
「食欲なかったけど、オレあまいものは本当に好きだから目についたお店でなんとなくフィナンシェ買ったんです。そしたら香ばしくて美味しいだけじゃなくてすごく優しい味がして、これは単なる商品じゃない、誰かがひとつひとつ手作りで仕上げた作品なんだって気付いたんですよ。そしたらあんなに生きることに絶望してたはずが急に未練出てきて、恥ずかしいけどぼろぼろ泣いちゃったんですよね」
オレは少しずつ思い出していた。三ヶ月前の青空マルシェ。ほぼ当日の朝までかけて必死で焼き上げた山盛りのフィナンシェ。苦労の甲斐あってよく売れたからお客さんひとりひとりのことは正直覚えていないけれど、この時のことは。
「そしたらお店から店員さんが走ってきて、大丈夫ですか具合悪いんですかってすごく心配してくれた。違うんです、あんまり美味しくてって泣きながら言ったら店員さんがそれ作ったのオレですって」
「……思い出した。あの人がイツキだったんだな」
帽子にメガネで、しかもびっくりするくらい泣きじゃくっていたから顔は全然わからなかった。しかも背が高くて服装も大人っぽかったから大学生かそれ以上か、とにかく年上だと思いこんでいた。だから今の今まで全く気付かなかった。
「オレが泣きやむまでずっと隣で背中をさすってくれた店員さんのことが忘れられなくて、考えて考えてようやくオレはあの人が好きなんだって自覚しました。それで小鳩洋菓子店のこと検索したらタウン誌のサイトにバイト募集って出てたから」
「電話したんだ」
「先輩のそばに行きたくて」
「勢い凄かったもんねおまえ」
オレは笑って、重ねられたイツキの手を指に力を込めて握り返す。それに気づいたイツキもオレの手指の間に指を絡ませた。
「オレ意地悪だよ」
「先輩は優しいです」
「すごい人間でもないし」
「先輩の作るお菓子は世界一です」
「おまえ本当にオレのこと好きなんだ」
「大好きです。……先輩は?」
指先から伝わる体温。そのあたたかさに触れながら見上げた初夏の空は澄みきった青さで、細い飛行機雲がどこまでも続くように伸びている。イツキの手を強く握り返したオレは、小さく笑って口を開いた。
「うん。オレも、大好きだよ」
完
ここまでお付き合いくださり本当にありがとうございました。
ポイント、リアクション、ブクマ、感想など反応いただけたらとても嬉しいです。
追記:続きは思案中です




