ep.01
「オレ、先輩のことが好きです」
目の前に座るモデル雑誌から抜け出たようなイケメンが真剣なまなざしでそんなことを言ったので、オレは思わずその端正な顔を三度見した。先輩。先輩って誰だ。オレのことかそうなのか。
「オレのことが……好き?」
「はい」
おそるおそる確認すると眼前の彼は一切の迷いなくうなずいた。言い間違いでもなければ聞き間違いでもなかったようだ。そっか、えーと、でもあのねオレの勘違いじゃなければね。
「あなたが好きです。オレの恋人になってくれませんか、小鳩トウマ先輩」
ここは放課後の体育館裏でもなければメッセージツール上の親密なやりとりでもなくて。
アルバイトの採用面接の真っ最中のはずなんですが。
◆
私鉄駅の改札を出てから徒歩五分。駅前の一等地に陣取る銀行やファミレスやコンビニを横目に見ながらしばらく歩いて、小さな花屋の角を曲がったすぐ右手側に『小鳩洋菓子店』はある。
営業は火曜から土曜の十時から十八時。四つ葉のクローバーをくわえたハトをかたどった銅製の看板を見上げてレトロなオーク調デザインの扉を押し開けると、目に入るのは色とりどりの洋生菓子が並ぶ二段の冷蔵ショーケース。
目を引く一番人気はやっぱり赤いイチゴのショートケーキで、定番のモンブランやフルーツタルトやチーズスフレ、蒸しプリンやエクレア、それに壁際の棚をいろどるサブレやマドレーヌなんかの焼き菓子も根強い人気だ。今の季節は、初夏らしく柑橘類やマスカットを使ったケーキも機を逃さずといった風情で色鮮やかに並び始める。
テレビや雑誌にしょっちゅう取り上げられるような派手な店構えではないけれど、地元のタウン誌にはときどき取材を受けて掲載されたりもする。近隣住民が子どもの誕生日ケーキを注文するならここ。仕事帰りのビジネスマンが自分へのちょっとしたご褒美に立ち寄るならここ。お盆に仏壇にお供えする焼き菓子の詰め合わせを調達するならここ。そんな地元密着型のささやかで小さなケーキ屋さん、それがここ『小鳩洋菓子店』だ。そしてオレはこの店のひとり息子で、店舗兼住宅のこの建物の二階に母さんとふたりで住んでいる。
十年前に先代のオーナーパティシエだった父さんが急死して、製菓学校の同期で自身も菓子職人だった母さんは店を続けるかずいぶん悩んだらしい。土地家屋はテナントではなく自分たちのもので借金というほどのものはなかったけれど、二馬力だった今までと違って自分の腕一本で果たして経営をやっていけるのか。店をたたんでどこか別の店に職人として就職した方が安定するのではないか。思い悩む母さんに決断させたのは、当時七歳のオレの言葉だったらしい。
「オレ大きくなったらママと一緒にお店やる。だからそれまでこのお店を守ってほしい」
そのセリフに背中を押されて、母さんは店を続けることを決意した。そしてそれから早十年。高校二年生になったオレは、その約束を果たすべく今日も店の手伝いに奮闘している。
ケーキ類をはじめとする洋生菓子の製造は母さんが全面的に担当していて、厨房とドア一枚でつながっている売り場には夕方までは近所の主婦コバヤシさんがパートで入ってくれている。そしてオレが帰ってきてからはオレが売り場担当だ。今日も授業が終わるなりダッシュで帰宅して、店の裏口から入り二階の自室に駆け込んだ。手を洗って顔も洗って、それから高校の制服を脱いで店の白い制服に手早く着替える。コバヤシさんのパートは十六時までだから交代はいつもぎりぎりで、オレは二階から階段をまっすぐ駆け下りて店の売り場に飛び込んだ。
厨房で白く光る生クリームをたっぷり絞ったホールケーキをナイフで手際よくカットしている母さんに「ただいま!」と叫ぶと、母さんは「おかえり」とマスクの下で笑ってビニール手袋に包まれた右手をガラスの壁越しに振った。
「あら、トウマぼっちゃん。今日も時間きっちりですね。感心ですけどそんなに急がなくても、アタシは十分や二十分の残業はオマケしますよう」
駆け足ですべりこむように到着したオレを見て、丸顔のパート主婦コバヤシさんは目を細めて豪快に笑った。
「ぼっちゃんはやめてってば、コバヤシさん」
不本意な呼び名に苦笑いしていると、厨房から「こらこらコバヤシさん。トウマが遅刻したら残業分はきっちり付けてくれなきゃ私が困るわよー」という母さんの笑い声が飛んできたので、オレは憤然と言い返す。
「遅刻なんてしたことないから」
「でもほら、ぼっちゃんだってお年頃ですから。放課後に友達や彼女と遊びたい日もあるかもしれないでしょ」
「ないってば。友達とは学校で会えてるし。彼女は別にいらないし」
「あらま、もったいない。ぼっちゃんイケメンなのに」
「そんなこと言ってくれんのコバヤシさんだけだよ」
日本人男性の平均からするとやや小柄な164センチの身長と母さん似の童顔。『かわいい』とからかわれたことはあっても『かっこいい』と言ってもらえた記憶はほとんどない。そんなオレを『イケメン』の範疇に入れてくれる唯一の人コバヤシさんは、「アタシの娘がまだ小学生じゃなけりゃお嫁さん候補にするのにねえ」なんて軽口をたたきながらさくさくと引き継ぎを済ませた。壁の鳩時計を見上げて「じゃあそろそろ」と挨拶をしてスタッフルームに消えていく。よし、ここからはオレのターンだ。
ショーケースの中に宝石のように並ぶつやつやしたケーキをざっと見て今日のラインナップを把握してから、レジ周りを軽く掃除する。そうしていたらカランと乾いた音を立てて、扉につけたカウベルが鳴ったのでオレは顔を上げた。
「いらっしゃいませー!」
元気な声を投げると、レトロな手動のドアを開けて顔を覗かせたのは思いのほか若い男だった。同世代、高校生かなと思いながら営業スマイルをキープしたまま見ていたら、長身を滑り込ませるように店の中に入って来たのはやはり制服姿。しかもオレと同じ高校の制服だ。
行き帰りに時間がかからず、店の手伝いをするのに好都合だからという理由だけで選んだ地元の公立高校はここから歩いて数分程度。だからうちの高校の生徒がこの店に立ち寄ること自体は不思議というほどではない。けれどクラスメイトや友人たちはこういうテイクアウト専門のケーキ屋ではなく、駅前のチェーンのドーナツ屋かファミレス、ファーストフード店なんかに居座り目当てで行くことが多いようだから珍しいといえば珍しい。
見慣れた紺色のブレザーにグレーのスラックス。そしてネクタイの色が赤ということは一年生か。オレは二年生だから一学年下の後輩にあたる。まあもし同じ学年なら知らないはずがないなと思ったのは、その彼が一度見たら忘れられないほどに綺麗で整った顔立ちをしていたからだ。
少し色の薄い茶色の髪。長身に見合う長い手足。そして大きくて目力の強い瞳がまっすぐにオレをとらえたかと思うと形のいい唇が開かれた。
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