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第七章

 ーーファルが駆け出した、少し前。

 街は、草木に狂っていた。桜と紫陽花と彼岸花が春夏秋冬を無視して、同時に咲き乱れる。それだけでなく、魔法世界の淡い虹色に発光する花や氷を纏う木が、植生も何もかも無視して同時に生え広がっている。

 ルールも何もない、狂った百花繚乱の極彩色。もっとも、この下に埋もれた街もまた、材質も様式も部位も無秩序に絡み合わせた代物なので、ある意味ちょうどいいのだが。

 そんな壊れた色満ちる世界を切り取るように鎮座した、静粛たる透明な大型ドーム。ビルの1つ2つを飲み込めるほどに大きなそれは、予定通りに緑の光を発する。

「ごきげんよう、招かれざる混ざり子、外神の神子様」

 そして光が収まってドームの中にスミレが転送されたのを確認し、アルラは恭しくカーテンシーをしてその三角帽を下げた。

「みゅっ」

 挨拶の代わりに振るわれた触手は、しかし即座にドームから生えてきた巨大な蔓の群れに絡み取られる。

「ふふ、本来は召喚したドラゴンを捕らえるために用意したものです。いかな外神の神子といえど、この通り」

 透明なドームに緑色の文様が浮かび上がれば、四方八方から飛び出した大蔓がスミレの触手を捕らえ、その小さな体に巻き付く。

「ぐにぃ」

 それでも蔓を断ち切らんと、スミレは触手をもがかせていたが、

「逃げることはできません、よっ!」

 アルラが手を差し出して握った瞬間、巻き付いた蔓たちが一気に引き絞られ、触手が一斉にその小さな体から引き抜かれた。

「ひぎっ!?」

 小さな悲鳴とともに、鮮血が大輪の花のように吹き出し広がる。今まで無表情を保っていたスミレの瞳も見開かれ、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 その様子に、魔女はニッコリと満面の笑みを浮かべる。

「よかった、ちゃんとダメージがあるのですね! 大丈夫! たっぷり痛くしておもちゃに変えてあげますから! ふふ、うふふふふ、あはははははは!!!!」

 抑えきれぬとばかりにその口から哄笑が立ち上がり、その間にも触手をもがれた少女に蔓は巻き付く。

 そのまま更に絞り上げようとしたところで、スミレの体が光った。同時に蔓の拘束が無理やり緩められ、これ以上の圧迫ができなくなる。

「ふむ! 竜聖女様の加護ですか! この距離でも発動するとは流石です! では!」

 掛け声とともにアルラが手を振れば、光によって守られたスミレはドームに叩きつけられる。それを更に繰り返して、ボールを弾ませるようにドームの四方八方へとぶつけていく。

「うにぃっ」

 顔のあちこちを赤く腫らした呻くスミレ。その様子にうふっと笑みを漏らしたアルラは、最後に自分の目の前にスミレを叩き落とした。

「やめ、て」

「ええそうですね! ではそろそろ仕上げといきましょう!」

 アルラは懇願へ目を爛々と輝かせると、スミレの上へ何十もの大蔓を重ねて押しつけ、彼女の顔だけ出して覆い潰した。 

「いた、い……」

「ええ! ええ! 痛いでしょうそうでしょう! ですが加護が切れたらこれ以上に痛くなりますよ! さて、それまでに聖女様は間に合うかしらどうかしら! それとも! ふふふふふふふふふふ! 楽しくなってきましたね!」

 自分の目の前でぐったりと力が抜け、ただ弱々しく呻くだけのスミレへ、しゃがんで目線を合わせたアルラが心底楽しげに語りかけていると、

「……ちょっとやり過ぎなんじゃねぇか。ガキだぞ」

 影の中に控えていた禿頭の老人、ジンスケが青い顔をしかめて呟く。

「酔っ払っているのですか? ここに来た時から顔色が悪いですが?」

 アルラは首を傾げて問いかける。万が一を考えて、テレポートで呼び出しておいたのだが、こんな体たらくでは困りますね。

「別に。仕事がねぇ時に何してようと勝手だ。それより」

「どうせ使い捨てるんですよ? 爆弾として、ね!」

 嫣然とアルラは言葉を弾ませ続ける。

「ならどう遊ぼうと構わないじゃないですか! 目的が果たせればいいんです! 違いますか?」

「し、しかしよ!」

「大義のために仕方ない犠牲ですよ、魔法剣豪」

 まるで芸術品でも鑑賞するように、アルラは老人に顔を近づけて甘く囁く。

「あなたは、かつての円卓軍の一員として、果たせなかった大義のためにここにいる。そのためには、いけ好かない魔女に従うのも仕方がない、仕方ないことなのです」

「てめぇがそれを言うかよっ!」

「それとも、また裏切りますか」

 カッとなって距離を取り、腰の刀に手を当てたジンスケへ、魔女はその幽鬼のような顔をほころばせて、

「誓った大義を。黄金の空を取り戻すという宿願を。主を見捨てたあの時と同じように、ね」

「っ! それ、は……」

 柄をぎゅっと握ったまま、老人は魔女を睨みつける。そして浅い呼吸音だけが繰り返されたものの、しかし続く言葉は発せられなかった。

「うふ、うふふふふふふ、ははははははははははっ!」

 狂い咲く華々の世界に、ただ魔女の哄笑だけが再び響いた。


 第三異界、狂った町並みを狂った緑が覆い尽くしたかその世界の日が赤くなり始める頃、狂った嵐が吹き起こっていた。

 鉄と石に犯されながら未だ天をつく巨木も、崩れ歪みながらもかつての静謐を湛える神殿も、或いは小さな草花も掘っ立て小屋の破片も何もかも吹き飛ばされていた。

 まっすぐに疾走る光の壁によって。

 その中心には、質素なローブとベールを身につけたなんてことはない少女、ただその黒鱗の腕だけは、尋常でない威容を感じさせる。

 ファルである。

 彼女が、展開した光の壁であらゆるものをなぎ倒しながら、ただただ駆けているのだ。

 その後ろに爆音とともに残るは、一直線。星すら食べる巨神が、戯れに指で大地をなぞったような平らな痕が、地平線を超えて続いていた。

「……」

 そんな異様な光景を作り出しているはずの、ファルの顔には一切の乱れなく、汗の一つもかいていない。

 瞳は一点一方向、前だけを見つめて走りなぎ倒し、大地に直線を掘り込んでいく。

 そうして暴走列車の如く進んでいく光の壁とファルを、大きな鉄の箱が追い越した。

(あれは、ドローン?)

 デッド様のでしょうか? とファルが走りつつ首を傾げる。

 通常のカメラなどを積んだ偵察ドローンより数倍大きな、輸送用のドローン。下にはコンテナと、その上に乗る白い犬のような動物が見えた。

 しばらくして小さな点になったドローンは高度を下げて、前に広がる建物やら草木やらの下へ消えていく。

 さて、と疑問を覚えつつ、ファルがしばらく轟音をとともに直進を続けていたら、

「ファルさん!」

 金色の丸っこいサムライ甲冑に額当てを着け、腰には刀。そして柔らかな銀髪に丸耳を乗せた少女が、開けた場所で手を振っていた。

 ファルは足を止め目を丸くする。

「ツバキ様! どうやってここに!? さっきの白い犬みたいのが乗ってたドローンとご関係が!?」

「ああはい、ドローンに乗ってた白いタヌキが私です。私、化け狸の血を引いてるので」

 ツバキが説明して曰く、狸に変化すると重さも軽くできるので、ドローンに乗ることもできるんだとか。

「なるほど! すごいですね! そのご格好は魔導鎧ですか!? あるいはパワードスーツ!?」

 魔導鎧というのは、文字通り魔法で強化された鎧だ。防御も通常の鎧以上で身体能力なども強化してくれるが、貴族の家財が傾きかねないほどの高級品でもある。

 ファルの見たところ、ツバキの鎧は魔法だけでなく、地球世界の機械的な強化もされているようだ。

「はい。ヤシマの家伝のものを改造したものでして。兄の命を受け、護衛に参上いたしました。よろしくお願いします。しかし、その、すごい光景ですね、本当に」

 礼を終えて頭をあげたツバキが、ほへぇと呆れ半分に呟く。視線の先は、地平線を越えて続くまっ平らな直進路だ。

「力技は得意分野なので! でもこんなぶっ壊しちゃって大丈夫ですかね?」

「この異界はどこの所属でもありませんし、変動などで勝手に壊れますからね。まぁ今更な話かと存じますが」

 うんまぁそりゃそうですね。そうファルは苦笑しつつ、ここに至る経緯を思い返してみる。

 ーーファルが走り出して少し後の話だ。

『少し落ち着け、バカ神官』

「スミレ様の場所は加護のお陰で分かってるんです! ミリメ様の人を探知できる鉄杭と同じ理屈です! 私はスミレ様を助けに行きます!」

『いやだから』

「助けに行きます!」

 ファルが大音声を発すると、デッドにこれみよがしなため息をつかれた。

 デッドからスマートデバイスで連絡が入り、これまでの経緯を説明した。そして更に、さらわれたスミレを助けに向かってると宣言したら、止められたのである。

『狙われてるのがお前だってのを抜きにしても、まず一人で行って何になる? 少なくともテレポート対策がなけりゃ逃げられるだけだぞ』

「でも!」

『助けに行くなとは言わねぇさ。むしろ逆に感謝してる。ただ繰り返すが一人じゃ無理だろ。どうせ合流しなきゃいけねぇんだ。慌てずそこで待ってろ』

「仰ることよく分かります! ですが時間がないのです!」

 スミレにかけた加護は保って2日。何かしらの解除を試みられれば更に短くなるだろう。彼女がさらわれた場所は、感じる距離的にも異界のかなり奥地。ここから昼夜走ってギリギリと言ったところだ。

(だからおっしゃる事はわかりますが、お待ちするわけには行きません! 最悪、ラクル様のお言葉には反してしまいますが、竜血を隆起して蹂躙してしまえばいい!)

 そうファルが覚悟を決めていると、メグプトの変わらぬのんびりとした声が割り込んだ。

『お二人のお話、よく分かりました。どちらも道理あるかと思います。なので提案ですが、その前にデッドさん、追いかけるなら車、使いますよね?』

『あん? まぁ使うつもりだけど』

『じゃあ、ファルさん。車のために整地してください』

「せいち、ですか?」

 いまいちメグプトの言った単語が飲み込めず、ファルはきょとんとしてしまう。

『はい。車が通る道を作りながら走ってください。伝え聞くお話が本当なら、お出来になられるかと。例えばーー』

 ーーとメグプトの提案を受け、こうして障壁を前に展開して走ることで、全てのものをなぎ倒し、一本の道を地平線を越えて作ったわけだ。

(足を止めることなくスミレ様の場所まで近づけるし、デッド様も素早く追いかけられるので見事な回答ではあるのですけど)

 まさに荒唐無稽、できる自分も自分だが、提案したメグプトは底知れないとファルは思う。

「メグプトは緩いですが、本質的には人間の上位存在ですから。人によっては神として崇める方もいます」

 再び一直線に整地しながら走るファルへ、並走しつつツバキが説明してくれる。

「それが妥当かはともかく、極島最強、最大、最優の存在にして、地球世界における12の超抜級AIの1つというのが一般的なメグプトの評価ですね」

「ははぁ、すごい方なんですねぇ。スミレ様と触手で遊んでたりするのを見ると、想像があまり、いや彼女の一撃を軽く止めてましたね」

 整地の爆音の中だがそんな風に雑談していると、自然と強張っていたファルの顔が緩んでくる。

(一緒にいてくれる人がいるというのは、本当にありがたいことです)

 感謝しつつファルは、整地をしながら地平線の果ての果てまで走り続ける。

 そうしていると、赤い夕日は沈みだし雲が濃くなってくる。街明かりのない異界は急速に闇に沈んで行き、金と銀の2つの月明かりが僅かに地面を照らす。

 そんな中、二人の背後から、小さな光が5つほど近づいてきた。

「車のライトですね。兄たちのものかと存じます」

「ははぁ。デッド様の車って先日、壊れたはずですけど、別のも持ってたんですかね?」

「レヴィアルタ様から援助受けてましたね。あと仕事仲間の方も呼んでましたから、その方のものかと」

 ツバキの説明にファルが頷きつつ待っていると、エンジン音とともに光が強くなり、2台の車とロボの大きな輪郭がはっきりしてきた。

 先頭の車は確かピックアップトラックとかいうものだ。以前に壊れたデッドのものと同型っぽいが、荷台の部分に四角い大砲が1門、載っていた。

「つまりえーと、戦車ってやつですかね! 映画で見たのと大分違いますが!」

「いえ、テクニカルです。一般車両を改造したもので……」

 装甲がなく云々と解説を続けるツバキに、大砲があるのに戦車じゃないのかぁ? とファルが首を傾げる。その後ろにいる大きめの車は長方形のバンで、最後尾はロボット。

 ファルを襲ったロボより小さく、車より少し大きい程度。鎧姿を模していて、円盾とランスのような円錐形の槍を持った人型だ。

 そんな車列をファルが眺めていると、ピックアップトラックが横付けされ、

「よう。どうだ? なんかあったか?」

 開いた窓から、デッドが瞳を淡く光らせながら手を挙げてきた。

「特に何も! デッド様、お疲れ様です!」

「そうかい。お疲れさん。とりあえず助手席に乗れ。もう整地もいらないしな。ツバキはバンで頼む」

「ファルフニル様!」

 デッドの指示に声が割り込む。見れば、後ろに止まったバンから、魔法世界のものと思しき魔導鎧をまとう兵士たちが4名、降りてきてファルへ片膝で跪いた。

 レヴィアルタのお付きたちだ。兜の前立と胸甲に、彼女の家の紋章であるハンマーを模した文様が、でかでかとあしらわれている。

「デッド様のご依頼で、引き続き参陣いたしました! 前回の失態、この身に代えましても、必ずや挽回してみせます!」

「ええっと、別に失態などはないと申し上げましたが」

 思い詰めた口調にファルはそう思わず口に出るが、レヴィアルタのお付きたちの顔は固いままだったので、

「皆様の心意気、よく分かりました。名誉ある働き、期待しております」

「ははっ! お言葉に添えるよう、身命を賭します!」

 悲壮すら感じさせる声音に、危うさを感じざる得ないが、どうしたものでしょうか?

 そんなことをファルが考えていると、

「おおう、気合入れるのはいいけど、固くなりすぎんなよ」

 後ろの車から別の人、いやスライムが降りてくる。

「あなたは、魔法使いのスライム様!」

 先日、スミレ似の紫の少女の群れとドラゴンもどきが現れた時、共闘したスライムだ。

「えっへっへ、覚えていてくれて何よりだぜ神官様。ああ一応、名前はスラッドっていうんだ、頭の隅っこにでも覚えておいてくれ」

「スラッド様ですね! ファルフニルと申します! お連れの鉄の尻尾の方もいらっしゃるのですか」

「いんや、あいつはまだ悠々自適に入院中だよ。報奨金と金月教からの見舞金でウハウハでね。俺は歩行ロボを買い直さないといけないってのにさ」

 冗談めかしているスラッドに、ファルもよろしくはないが少し苦笑してしまう。

 なお、スラッドはデッドに呼ばれて来たそうな。テレポートを防ぐ結界を張れるのだとか。

「荒事なんて専門じゃねぇが、神官様と死にぞこないにゃ恩があっからな。できる限りはすっから、よろしく頼むぜ」

「はい! よろしくお願いしますね!」

 そうファルが頭を下げていると、じゃあ俺らも挨拶すっかと、トゲトゲ兜のリザードマンやフリフリしたお人形みたいな少女、映画で見たことのあるメタルな仮面ヒーローの恰好をした人型の方などが、車やロボから降りてくる。

 デッドが雇った仕事仲間の方々だそうだ。彼らとの自己紹介もほどほどに、デッドからそろそろ行くぞ、と声がかかった。

「結構な大所帯になりましたね!」

 ピックアップトラックの助手席に乗り込み、ファルはデッドに声をかける。助手席には無骨なリュックが置いてあったので、とりあえず膝の上に乗っけておく。

「ま、レヴィアルタ様の方で金は用立ててくれたからな。買い物中、金は払いますからファルフニル様を死ぬ気で守りなさい! ってずっとうるさかったけど」

「あはは、あんなにご心配いただけるなんて、失礼ですがやっぱり意外でしたね」

 車のライトと2つの月明かりが照らす暗闇をぼんやりと眺めながら、ファルは思い出し笑いをする。

 ファルが駆け出しデッドと連絡を取った時に、同時に通信をしていたレヴィアルタに凄まじい勢いで止められたのだ。

 曰く、死にかけたばかりなのに何故行くのか、命を狙われている自覚があるのか、などなど。

「前も言ったけど、腕斬られたビデオ見て責任を感じてんだってさ。それに正論ではあるからな」

 そう言いつつデッドがダッシュボードの機械をいじると、リズミカルな音楽が車内を満たす。確か地球世界のジャズ、と呼ばれるものだったか。

「それでも、スミレ様を見捨てるわけには参りませんから。ああその、すみません、スミレ様のこと」

「お前が謝ることは何もねぇよ。どっちかというと俺の見込みの甘さのせいだからな。悪かったな」

「いえそんな」

 ファルは頭を再び下げようとしたものの、デッドは脇にあったペットボトルを飲みながら、手をパタパタと振って制止する。ちなみにデッドはハンドルから両手を離しているにも関わらず、車は淀みなく月夜を進んでいる。自動運転機能が付いているのだろう。

『そーそー、謝るこたぁなんもねぇぜ神官さんよ。その野郎は女泣かせのクズだからな』

 と、スマートデバイスからそんなからかうような声が割り込む。トゲトゲ兜のリザードマンのものだ。

 デッドが渋い顔をして、

「泣かしてねぇっての。テキトーなこと抜かすな」

『テキトーじゃねぇだろ。メーちゃんに店長にマインデにミミリリにグリムカムリグにエルちゃん、フラちゃん、ツバキちゃんと、挙げきれねぇくらいに粉かけてるくせによ』

「全員知り合いってだけだろうが! 勝手に粉かけてることにすんな!」

 デッドが声を尖らせると、リザードマンはへっへっへと応じつつ、

『そう言うことにしといてやるよ、無責任男。ところでよ、もっと声かけれたんじゃねーのか? 大世帯って神官様言うけど、拠点攻めにゃちと不安だぜ。コッドスとかどーした?』

「あいつは先約があってな。他の奴らもそんな感じ。かなり急な話だったからな」

『だろうね。まぁ集まった方ではあるんじゃないの』

 別の声がスマートデバイスから聞こえてくる。フリフリドレスの人の声だ。なお、一緒に来たロボットのパイロットで、バンの方はリザードマンが運転している。

 続いて同じく先程挨拶した、メタルなヒーローっぽい人が、ハッハッハと貫禄ある声で笑う。

『ま、何事も準備は万端とはいきますまい! ところで結局魔女たちは何をしようとしているのですかな!』

『分析中の資料からの推測ですが』

 スマートデバイスからメグプトの声が聞こえてくる。ちなみに彼女は、条約の関係で異界での行動は限定され、こうして音声アドバイス程度しか出来ないとのこと。

『元の計画は、エクザシティが属する都市連合内での大規模な魔術テロでした。具体的には、神を半身に宿す魔術を改造して使い、万を超える人々の体を無理やり半分、別のものに置換するというものです』

「ファルの啓示で言ってたやつか、ああリュックに食べ物があるからくっとけ」

「はーい」

 デッドに促されるままにファルがリュックを漁れば、クッキーの箱とりんごの絵柄が描かれたペットボトルが入っていた。そのままクッキーの箱を開けて銀紙を破くと、香ばしい小麦の匂いが漂ってくる。

 その間にもメグプトは話を続ける。

『まぁこれはデッドさんの奇襲で潰れたので、今は気にしなくてもよいでしょう。問題は』

「サブプランの方だな。スミレをさらった理由は?」

 デッドがジャズに合わせて指を動かしながら問いかける。

『こちらは単純なテロ。スミレさんを先日、魔女により召喚されたあの竜の異形と合体させて、都市部に送り込み暴れさせ、最終的に爆発させるようです』

「あの半分ドラゴンか。しかし合体させるってなんだよ?」

『スミレさんの体は、あのドラゴンの心臓を基に作られているので』

「なんじゃそりゃ? いや待て、確かファルがジジイからなんか聞いてたな。一番初めに異形ドラゴンが召喚された時、介入があったとか」

『そうですね。スミレさんが初めて現れた日、あの騒ぎの直前に何らかの神格の動きが観測されていますね』

「神格ねぇ。理由は?」

 問いかけつつデッドがスマートデバイスを使って、ニュース記事の映像を周囲へすごい勢いで並べていく。内容はスミレと初めて出会った日のニュースだ。

 同時に何十個と現れては消えて言ってるのだが、全部読んでるのだろうか? ファルは目を丸くしてクッキーをかじってるしかない。あ、おいしい。 

『意図は不明ですね。なんであれ召喚に介入し、竜の心臓を奪い、スミレさんを誕生させた。紫のスミレさん似の子どもたちは、その際の余剰エネルギーが形になったもののようです』

「何ともよく分からん話だな。とりあえずスミレと合体したドラゴンはどんな感じなんよ、強さとか?」

『強さとしては大国の師団クラスが必要なレベルですね。デッドさんと戦った時とは比較にならない強さになるでしょう。それが都市部にいきなり召喚されれば、数千規模の被害が出ますね』

「面倒なこったな。で、狙われてる場所は?」

『推定転送先はガルグヴグルガ公国首府です』

 メグプトが聞き慣れない地名を述べる。ええっとここに来る前に読んだガイド本には確か、

「エクザシティがある都市連合のお隣さん、ですよね?」

 クッキーを飲み込んだ瞬間、内容を思い出したファルは口に出してみる。

『はい、よくご存知で。別の国故に、こちらで介入できる手段は限られますね』

「事前にご忠告などは?」

『やってますけど、公国は都市連合と仲が悪いんですよね。なので動きが悪くて』

 確か50年の間で極島では何度か大きな紛争があったらしいから、その関係だろうか? いずれにせよ連携が難しくなるのは困ったことです。

 そうファルは軽く眉をひそめつつ、ペットボトルを軽く傾ける。りんごの爽やかな甘みが乾いた喉に気持ちがいい。

 そのままぷはっと一息ついて呟く。

「やはりミリメ様にも来ていただければよかったですね」

「しゃーねーだろ。護衛の失敗で謹慎処分中なんだから」

 デッドがスマートデバイスによるニュース映像を並べながら答える。今度はガルグヴグルガ公国の最近のニュースのようだ。宰相と大臣が対立! 後継者争い激化で国王苦慮! 議会で暴力沙汰! などの文字が踊っている。

「本人は行く気まんまんだったけど、レヴィアルタにすら止められてたし。なんか政治的に色々とあるんだってな」

「極島の現地の方と中央からの派遣の方で仲悪いそうですからねぇ」

 まぁよくある話だな、とデッドが頷きつつ、スマートデバイスのニュース映像を次々と浮かべて流しながら、

「その辺りの対立を現地筆頭として調整してたのがミリメだけど、邪魔に思ってる奴もいるから大人しくしとけってレヴィアルタが言ってたな。本人は戦闘以外だととぼけてっから、あんま自覚なさそうだけど」

 無数のニュースを眺めながら苦笑いを浮かべたデッドに、ファルも曖昧な顔で合わせる。人徳だと思いますよ、うん。

「色々と許可取ってから支援してくれるそうだが、間に合うかどうかってな」

「許可ですか。大変ですね、メグプト様といい。はふっ」

 ファルの口から自然と欠伸が出る。色々とあって疲れが出ましたか。

「偉くて強いやつにゃ責任ってもんがあるから、しゃーねーわな」

「ですね。ああ、そういえば」

 頷きつつ、ファルは懐から瑠璃色の拳銃を取り出す。

 デッドの師匠であるジンスケから預かったものだ。結局、返すタイミングがなくて持ってきたのである。

「こちら、その、ジンスケ様から……」

「そういや会ってたって言ってたな。どうだったよ?」

「ええっと」

 お元気でしたよ、というのも変ですよね? どう答えたものか。ファルが悩んでいる間に、ニュースを付けたまま銃を受け取ったデッドは、細かく眺めだす。

 そして中折式の銃身を折って弾丸を取り出すと、ため息をついた。

「まったく、中途半端なジジイだよ、本当にさ」

「どうしました? その銃弾が何か?」

「こいつはハンドロード、要は手作り品の弾だ。既製品じゃなくてな。こんなもんわざわざ込めとくという事は、だ」

 デッドが弾を指先で触りながらくるりと回す。と、弾がパカリと輪切りになった。

(おおう。何かの仕掛け、ではなく魔力を集中させて焼き切ったんですかね、これは)

 抜刀魔術で魔力を鞘で練って集中させて、みたいな説明を聞いたが、その応用だろうか? なんであれすごい制御能力です。私なんぞ大味になりがちなのに。

 などとファルが感心しているのを他所に、デッドは穴を下にして銃弾をコンっと叩く。すると、中から細長い機械が出てきた。

「それって……」

「記録媒体だな。メグプト」

 デッドが声をかけると、スマートデバイスからはーいとメグプトの声が聞こえてくる。

「今からジジイが渡してきたデータ送るから、そっちで解析してくれ」

 了解です、と淡々としたメグプトの相槌を聞きながら、ファルは軽く息を吐く。

「ジンスケ様は、その、やはり迷いがおありなのでしょうか」

「さぁてね。ま、元から勢いでやって後悔する小心者だけどさ」

 デッドが大きな舌打ちとともに吐き捨てる。なんであれ、思い直してもらえる可能性がある、ということだろうか。

 そんなことを考えていると、ファルは気づいた。

 移動している!?

「っ! デッド様! 急いで!」

「ああん? どうしたよ?」

「スミレ様が! 近くに向かって、いえテレポートしてきました!」

「んだとぉ!?」

 デッドの驚愕が闇夜に消える。雲は既に2つの月を覆い、ただ闇だけが全てを塗りつぶし始めていた。


 ーー敗軍には、よくある話だ。

『き、騎士様! みんなここの偉い人はいなくなっちまって! うちらどうすりゃいいか全然分からなくて! どうかお助けくだせぇ!』

 そう懇願した痩せた獣人の男が去った後、ヴニルはその固まった血が付いたままの顔をしかめながら、断言した。

『友軍と合流するため、すぐに出発する』

 それは、ここにいる人々を見捨てるという宣言。その結果、数日も待たずにやってくる異形たちによって、彼らは蹂躙されてしまうだろう。

 そんな酷薄とも言える方針に、しかし反対するものは誰もいない。

 だって仕方ないだろう? 自分たちはその異形に敗れ、刀折れ矢は尽き魔法すら満足に使えなくなってる。

 故に残って守ろうと連れて逃げようと、共倒れになるだけだ。

 そんなことは、若かったジンスケだって分かっていた。

 けれど、

『ヴニル様! すんません! 俺は!』

 ふと思い浮かんでしまった獣人の懇願する顔に引きずられて、自分だけ引き返してしまった。

『いい。放っておけ』

 待て! と止めようとした誰かへ向けた、疲れ切った主の言葉が、酷くはっきりと耳に突き刺さった

 それが尊敬する主との今生の別れ。

 その後、結局ジンスケは異形の群れに対してさしたる抵抗もできず、守ろうとした人々も全て殺された。

 ヴニルの方がどうだったかは、分からない。ファルフニルから話を聞くまで、人々を山積みにしてなんとか撤退しようとする船の中に見かけた気がする、と言う噂を耳にした程度だ。

 ……あの時、変な同情なぞしなければ良かったのだろうか。そうすればもっと長くお側にいれて、今も後悔することはなかったのだろうか。

 或いはそれこそ、あの戦いで死んでいれば……。

「お、おい、だ大丈夫か? おい?」

「ん、ああ……」

 体の揺れを受けて、まどろんでいたジンスケは覚醒する。眼の前には、ダクトテープやら何やらで補修した、ボロボロの大型サイボーグ男、グネーデルだ。

「ひ、ヒデェうなされてたけど、ど、どっか痛いのか?」

「いんや、夢見が悪かったってだけだよ、すまんな」

 グーと伸びをして空を見上げる。魔女アルラに嘲弄されてふて寝していたのであるが、もう夜か。座って寝ていたせいで、体がキシキシと軋む。

 周りをゆっくりと見渡す。暗い闇は異界のイカれた草花を隠し、薄汚れたランタンが遊牧などで使うしっかりしたテント群を照らしている。

 その真ん中には木組みの広場。直径5メートルほどの紫色に輝く円形の文様。転送用の魔法陣だ。

(テレポートできるのは極島の一部限定で、他の制限もいっぱいあるっぽいが、列強すらも気軽にゃ使えないはずなのにな)

 イカれたいけ好かない魔女だが、技術は確か。

 それでも、やはり夢物語なのではなかろうか。

 自分たちの悔い、世界を救うという目標。あのメグプト、いや世界の誰もがこの半世紀で様々な試みをして、諦めたというのに。

 ーーそれでも僕は諦めない。

(だから力を貸して欲しい魔法剣豪、か)

 そうあの人から言われた時、苦笑いとともに奇妙な高揚感があったものだ。

 この腐り続けてもう後は死ぬだけの自分でも、また大義のために戦えるんだって。

「ど、どうした? ほ、本当に大丈夫か?」

「……ん、ちょっと寝起きでまだボーとしちまってな。もうこんなジジイだしな」

「ふ、ふ、ふ、お、俺も寝起きは体が上手く起動しなくてな。と年は嫌だね、ほんと」

 おどけるジンスケに合わせて、グネーデルもそのツギハギ顔をくしゃりと笑わせる。そういえば、こいつも元円卓軍だからかなりの年か。サイボーグだから分かりにくいが。

「でも、今は調子良さそうじゃねぇか。少し前までピリピリどころか、ヤバいヤクでもやってるのかって感じだったのに」

「ああ、それは、えーと、か解呪、してくれたから、かな。体が半分になる術」

 鉄の壁のような巨体を丸め、左右を確認しながらグネーデルが声を潜める。

「ああの神様を体に半分宿せる術、ややっぱやべぇよ。使ってねぇ時もムカムカするし、使ってる時は何もわかんなくなるしでよ」

「そうかよ。まぁお前さん、術かかってる時は本当にやばかったからな」

「ああうん、恥ずかしい話だよ。術の実験台で金もらえるからってさ。お前は止めとけよ、魔法剣豪」

 真面目な顔のグネーデルにジンスケが肩をすくめると、ほ、本当やめとけよ、と念押ししてくる。

 まったくこいつはさ、そうジンスケが思わず苦笑をしつつ空を見上げる。2つの月は、雲こそかかり始めてるが、まだ柔らかに自分たちを照らしてくれている。

「しかし、あの解呪してくれた神官様、えーとファルフニル様、だっけ」

 どすんとジンスケの前に腰をおろしたグネーデルも、首をねじって月を眺める。

「変な、人だよな。俺、あの人のお仲間に殴りかかって、あわよくば殺そうとしたのにさ。だからふっ飛ばされて、それは当たり前なのに」

 グネーデルの言葉が震え始める。それは、先日までの浅ましい怒りではなく、涙に濡れた声だ。

「大丈夫ですか、だぜ。俺みたいな鉄クズを、本当に心配してくれてさ。厄介者で、バカで、50年間、どこにも行けず何も出来なかった、ただ生きてただけの負け犬を、さ」

 ガシガシと顔と手が擦れる音が聞こえる。顔も改造済みのサイボーグだから、涙は出ないはずではあるが。

 へへへっとグネーデルは恥ずかしげに体をゆすりつつ、

「なんでもねぇ言葉なのに、なんでだろうな。やっぱりお偉いさんってのは違うもんなのかな」

「どうかね。あの方の言葉は胸に染みるからな」

 ーー何を為すべきかを決めるための、導の1つだと思うのです。

 彼女の言葉が、頭に響いた。迷いを、大事にしてほしいと。

 しかし、ジンスケは歯を噛み締める。

(俺は、もう決めたんです)

 だから、迷うことはない。ファルフニル様と対立することも、弟子たちを裏切ることも、ヤバい事件を起こすことも、覚悟の上だ。覚悟の上のはずだ。

「……ったくよぉ」

 ジンスケは腹まで空気を吸い、ゆっくりと吐き出した。

「ど、どうした? やっぱり調子、悪いのか?」

「かもな。ま、ちっと体動かしゃ治るだろうよ。よっこらしょっと」

 ジンスケが立ち上がると、グネーデルもよろよろと腰を上げようとする。が、グネーデルの足元は覚束ずふらふらっとふらついたので、さっとジンスケはその巨腕を手に取る。

「す、すまねぇな。魔法剣豪。バランサーがどうもイカれちまってるみたいでよ」

「いいよ別に。しかし、お前のほうがほんと調子悪そうだな。体、やっぱやべぇのか?」

「ま、まぁ見た目通りさ。パーツ交換しろってメグプトから言われっけど、わざわざ借金してまで、な。潮時ってやつさ」

 そうポツリと呟くグネーデルの姿は、でかいはずなのに随分と小さく見える。

 ……うらぶれたジジイ二人じゃしゃーねーが、辛気臭い話にしかならねぇな。

「そうかい。ところで、寝てる間、なんかあったりしたか」

 とりあえず空気を入れ替えるため、ジンスケは無理やり話題を振ってみる。と、グネーデルはへへっと一瞬、嬉しげに笑うがすぐに慌てた様子で左右を確認し、真面目くさった顔をする。

「ファルフニルさ、様さ、来てるんだってよ。こっちに、文字通りの一直線でさ」

 そうグネーデルから詳しい話を聞き、ジンスケは思わず黒い空を仰ぐ。

「とんでもねぇな、あのお姫様は。ヴニル様でもそんな無茶は出来ねぇ」

「いやほんと、すっげえ人だよ」

 声を潜ませつつも何処か楽しげなグネーデル。ここまで豪快なことやられると確かに変な笑いが出てしまうのも分かる。

 が、

「俺達が、敵で無けりゃ良かったんだけどなぁ」

 すぐグネーデルはポツリと呟いた。

 ジンスケは答えず、ただ地面だけを見る。雑に刈り取られた草がある程度で、つまらないものさ。

 そのままジジィ二人で言葉もなく歩いていると、ガンっという強い銃声が聞こえてきた。

「な、なんだ!? て敵襲!?」

「向こう、ドーム方だっ」

 ジンスケは軽くグネーデルに声をかけ、そのまま駆けだす。

 テントの中を抜けて、鈍く光るドームの前にはすぐ着いた。その中は先ほどと変わらず、大木の幹のような太さの蔓たちが、巨人の手のひらのように集まり、一人の少女を押さえつけている。

 スミレ、神様が作ったらしい謎の少女。顔以外を蔓の下へ埋められた彼女の前には、ぼろぼろのローブをまとう複数の人影があった。

 ジンスケたちを雇ったクライアントの直属部隊だ。彼らの一人の手には長い銃身、散弾銃を握っている。

「おい! てめぇら何やってやがる! っな!?」

 ジンスケが声をかけた瞬間、再び銃声。ローブの人影が散弾銃の引き金を引いたのだ。

 スミレの顔へ向けて。

「お、おいだ、大丈夫なのか!?」

 後ろのグネーデルが慌てるが、しかし銃弾を受けた少女は無傷。発砲音的に強化弾丸だろうから、本来なら顔が砕けてもおかしくはない一撃だったが。

「っち、大して弱まらないか! 忌々しい金月神が!」

「何やってんだてめぇらは!」

 ドーム越しにジンスケが怒鳴ると、3人のローブの人影は振り向く。その中の一人は、顔が結晶化した猫の獣人。先日、ジンスケたちと一緒にファルフニルを襲撃した少女だ。

 散弾銃を握った彼女は、ぎろりと猫目を光らせて答える。

「見てわからないのか! 金月神の加護を弱めてるんだ! あの化け物が辿り着く前に計画を完遂しなければ!」

「化け物って」

「竜聖女だよ! ファルフニルとか言ったか! すごい勢いでこちらに近づいてるのは聞いてるだろう!」

 怒鳴りつけながら猫の獣人は銃の引き金を引く。再び轟音がスミレを襲うが、しかし直前で薄い光の膜に阻まれ、散弾の小さな球たちがポトポトと落ちて地面へ転がっていく。

 ダメージはほぼ無し、ただ少女の頬から少し血が流れた。

 ジンスケが思わず怒鳴る。

「おいやめろ! ガキ相手にかわいそうだろうが!」

「何言ってやがる! これから使い捨てる奴だぞ!」

 猫獣人から放たれた当たり前の話に、ジンスケはぐっと詰まった。一方、猫の獣人は、毛を逆立てて歯を剥き出しに叫ぶ。

「竜聖女への襲撃も狙撃雷槍への襲撃も失敗し! あまつさえ死にぞこないの拠点襲撃も防げなかったんだ! ここで公国へのテロも失敗してしまえば、盟主は我らをなんと思われるか! これ以上の失態は許されん!」

「し、しかし」

「しかしも何もあるか! こんな不気味なガキ相手に何を同情しているのか! 大義が果たされるか、我らが失望されるかの瀬戸際だぞ!」

 がなり立てる猫獣人に、ジンスケはただただ黙るしかない

 歯をガリッと食いしばる。大義、大義、大義、そう大義のために、俺は全部呑み込んだ、そのはずだ。姫様の忠告も、弟子の怒りも、全て呑み込んだはずだろう?

 だから……。

「いた、い……」

 そんな小さな悲鳴が、何だって言うんだ!

 メキリ、という音が口の中で響いた。

「お前も手伝え魔法剣豪! 抜刀魔術とか言うので、どうした!?」

 急に頬をなで始めたジンスケに、獣人が訝しむ。ジンスケは腰の刀に手を当てながら軽いため息をついて、

「ちっと奥歯が砕けてな。いっつもこうだ」

 いつもカッとなって後悔ばかり。

 ーーしかし、まぁ仕方ねぇよな!

「ああくそ、ほんと口がいてぇ! マジでいてぇ! それもこれもてめえらのせいだ!」

「は? 何を言ってる?」

 ジンスケの意味不明な怒りへ、猫の獣人が眉を再び寄せる。

 同時に、銀閃が疾走った。

「がっ!?」

 猫獣人が白目になり、体が傾ぐ。同時に、鈍色のドームの一部がパカンと切り取られ、ガラスが倒れて人一人分の穴が空いた。

「え、あ、な!? 魔法剣豪!? なんの」

「ぬるい」

「ぐぉ!?」

 斬撃で作った穴からドーム内に飛び込んだジンスケは、即座にもう一人のローブの人間を抜き打ちで叩いて昏倒させる。

「う、裏切るのか! なんで!?」

 最後の一人は流石に反応し、慌てて腰に吊るしていた長剣を構えるが、

「てめぇらのせいで、奥歯が痛くなっちまったからな! しゃっ!!」

 気にせず刀を振り上げ面打ち。合わせて相手も剣を掲げて受けようとするが、舐めんな。

「なっ! がはっ!?」

 それを両断。そのまま相手の頭をぶっ叩いて気絶させた。

「一度、同じ釜の飯を食った仲だ。首を落とすのは勘弁してやらぁ」

 歯を見せて笑ったジンスケは、カチンっと涼やかな音と共に刀を鞘に納める。

「お、おい魔法剣豪!? どどうしたんだよいったい?」

 一方、グネーデルは事態をつかめずアワアワしている。巻き込んじまうが、まぁこれも縁ってやつだ。

「ちっと手伝え、グネーデル」

「て、手伝えって言われても、な何をだよ」

「ガキを助けるんだよ。よっと」

 ジンスケがしゃっと再び鞘から刀を疾走らせれば、スミレの上に折り重なっていた大蔓が切り取られる。そのまま切られた蔓がゴロゴロと転がっていくと同時に、断面が凍りついてポッカリと穴が出来た。

「よう嬢ちゃん。さっきぶりだな。動けるか?」

「うに……」

 ジンスケが声をかけると、軽く呻いたスミレは触手をニョロニョロと動かして体を持ち上げようとするが、あいにくピクリとも動かない。

「しゃーねー、グネーデル、運ぶのを頼めるか?」

「あ、いいけど、いやよくないのか? ま、まずいだろう?」

「お前見ただろ、こいつらこんな小さな子に銃ぶっ放してたんだぞ。やってらんねぇだろうよ」

「いや、それは、そう、かもだけど、でも」

「でももクソもねぇ。子どもは助ける、それ以上に大事なことなんてあると思うか」

 ジンスケから言い募れられ、グネーデルはキョドキョドとスミレと倒れたローブの3人を見比べる。

 が、すぐにはぁっと肩を落とした。

「そうだな、うん、そうだよな。子どもを傷つけちゃぁいけねぇよな、うん」

 そう頷いたグネーデルは、よいしょっとスミレを持ち上げた。

「うお、かなり重いなこの子。バイトで運んだでけぇピアノみたいに重ぇ」

「触手が体からすげぇ出てくっからなぁ。しかしわりぃな、グネーデル」

「ああ、うん。まぁ、なんだろうな、難しいことは分かんねぇけどさ、やっぱやっちゃいけねぇことってあるわな。神官様たちに顔向けもできなくなっちまうし。とっとっと」

 もごもごしゃべっていたグネーデルが、地面に伏したローブの一人に引っかかってたたらを踏む。

「おいおいこけて地面の奴ら踏み潰すなよ。せっかく斬らずにおいたのが無駄になる」

「わりぃわりぃ。しかし、血ぃ出てないんだな、こいつら。ガラスや剣ごと斬ってたように見えたけど」

「こちとら一応、剣豪なんて言われてんだ。斬るもんくらい選べらぁ。先導する、ついてこい」

 ははぁと感心するグネーデルを背に、ジンスケが駆け出そうとすると、

「ドームは大丈夫か!?」「銃声がしたけど敵襲!?」「ん? おいあれ!?」

 他の見張りたちがドームへ集まってきた。

「や、やべぇぞ、どうする?」

「堂々としてけ。おいちょっと! こっちだ!」

 グネーデルに指示したジンスケは、声を張り上げて現れた見張りたちを呼びつつ、ドームから小走りに離れる。

(ここに残ってる人員は、おれら除けば確か凡そ20人で、残り17。とりあえずぱっと見で今ここにいるのは6人で装備は主に小銃。3人はドームか。ならば)

「どうした! 一体何があったんだ!?」「ドーム割れてるが、誰がやったんだ!?」「その女ってなんか実験に使うやつだろ!? どうしてお前らが!」

 軽く算段を立てていると、追いついて来た見張りたちが、ジンスケたちを取り囲んで問い詰めてきた。

 警戒ばりばり。ただし裏切りはまだ頭になし、か。甘いこっちゃな。

 ジンスケは、内心を隠して声を張り上げる。

「ああいや! 大変なんだよ! アレだよアレ! アレがあったんだよ!」

「あれじゃ分からん! 落ち着け!」

「落ち着いてるってよ! なんせったってアレだアレ! 裏切ったんだよ!」

「なんだと! 誰が!」

「俺らが!」

 はっ? と眼の前で声をかけてきた見張りへ抜き打ち一閃。頭を打ち抜くと同時に、抜刀魔術で刀に込めた雷をバリッと弾けさせれば、見張りは棒のように硬直して倒れる。

 後は先ほどの繰り返しだ。

 いきなりのことに反応できない他の見張り二人を、ジンスケは一刀二刀と切り殴って昏倒させた。

「野郎! よくも!」「そこに止まれ!」「逃さんぞ!」

 そこへドームを確認していた見張りたち。外の様子に気づいて、ジンスケが開けた穴から小銃を構える。

「シャ!」

 同時に、ジンスケの刀が疾走った。魔力を込めた青い剣閃が飛び、穴の横にぶつかって弾ける。

「クソ! 穴を!」

 見張りの一人が舌打ちする。弾けた剣閃は氷となり、ドームに開いていた穴を塞いでしまったのだ。

(さてさて、ここまでは順調だが)

 ジンスケが刀を納めつつ駆けだすと、びーびーっとけたたましい音が辺りに鳴り響き出した。

 警報だ。ドームの中の奴らがやったのだろう。

「こっからが本番だな! やれやれ!」

「で、どうすりゃいいんだ!?」

 先に走っていたグネーデルが問いかけてくる。ジンスケは左右を警戒しつつ、その分厚い金属の背中に対して答える。

「広場の転送の魔法陣を使う! それでファルフニル様のところへ飛んで保護してもらえばいい!」

「いいけどよ! アレって飛ぶまで時間が結構かかるはずだぞ! どうするつもり、っと!」

 ひゅんっと銃弾が耳をかすめる。見れば、進路上で数人の見張りたちが小銃を構えている。

 ち、めんどくせぇな! そうジンスケが刀に魔力を込めるが、

「ぬおおおおおおおお!」

 先にグネーデルがスピードを上げ、スミレを隠すように体を丸めつつ突進する。

「と、止まれ!」

 鋼の巨体の向こう見ずな突撃に対し、見張りたちは怯みつつも構わず小銃弾を発射。

「おおおおおおおおおおおおおお!」

 しかし、カンカンカンカンと小気味よい音を鳴らすだけで、鋼のイノシシを止めるに能わず。

「ひ、うわぁ!?」

 見張りの一人は、遮蔽にしていた箱もろとも跳ね飛ばされ、数メートル先で動かなくなる。

「ふざけやがって!」

 それでも残りの見張りたちは、グネーデルへ銃を構え直すが、

「なってねぇなぁ!」

「ぐあ!?」

 グネーデルの真後ろに着いてきていたジンスケの抜刀によって、一瞬で叩きのめされた。

「ひぃ、つええなぁ、魔法剣豪」

「お前さんこそ小銃も大丈夫とか、随分と頑丈だなおい」

「へ、へ、へ、腐っても軍用だからな、この体は。よし、あそこだな」

 グネーデルは軽く声を弾ませつつ、視線を向けたのは紫に輝く魔法陣。さっきジンスケが述べた転送、テレポート用に使う代物だ。

 ジンスケたちが持たされた緑色の石の強化版。石だけでは事前に別の石をマーカーとして置かないと飛べないのだが、この魔法陣は違う。

 マーカー無しで任意の場所に飛ぶことができる。

 これで、こちらへ来ているらしいファルフニルのところへ行けばいいわけだ。

「よし、動いた!」

 広場にたどり着き、即魔法陣の端にある起動用の文様をいじっていたジンスケは、ふうっと息を吐く。

「さ、流石魔法剣豪、魔法もお手の物ってなわけか。すげぇなぁ、ほんと」

 と、魔法陣の中心で既に待機させておいたグネーデルは、感心したように頷くが、尻こそばゆいやっちゃな。

「少しかじってりゃ誰でもできるっての。動かし方はこれで飛ばされる時に見てたわけだしな」

「いやいやいや、俺も見てたけど何も分かんねぇからな。やっぱ偉い奴ってのは頭の出来が違うんだねぇ」

「まったくお前は素直っちゅーかだな。まぁいい。それより飛ぶまでそこ動くなよ」

 先ほどグネーデルが少し触れていたが、この魔法陣でテレポートするには多少の時間が必要だ。実際に動くまで魔法陣の上にいる必要がある。

 そしてそれなら当然、グネーデルも問うてくる。

「そりゃいいけど、追手はどうする? いつ来てもおかしくはないぞ」

「もちろん、俺が足止めする」

「いたぞ!」

 答えた瞬間、鋭い声と共に銃声が鳴り響いた。

 さっとジンスケは物陰に隠れて確認すると、5、6、7で8人か。引き続き無愛想なローブをまとったここの見張りたちで、武装も同じく小銃だが、

「ベルガルズ!」

 呪言が叫ばれ、炎の玉がグネーデル目掛けて飛ぶ。

「よっと!」

 それに剣風を飛ばして叩き斬れば、真っ二つになった火の玉がテントに直撃して燃え上がった。

「し、しまった!?」「早く火を、いや前!」

 煌々とした光に見張りたちが焦る中、ジンスケは駆ける。

「クソっ!」

 それに応じてとにもかくにもと小銃の乱射。古い規格ならともかく、生体強化に対応した強化弾丸なら文字通り蜂の巣だ。

 故にジンスケは見極める。自身へ当たるものと当たらないものを。そして当たる軌道に対して、鞘を掲げ刃を立てる。

 そうすれば、弾丸は火花とともに刀に両断され、威力を失い地面にカラカラと落ちていく。

「なろ! 俺が行く!」

 ジンスケの前進を止められないと悟った一人が、腰の長剣を抜いて前に出た。

 そのまま気力の充実した中段の構えを取る。火に照らされた顔はジンスケと違って若く、自信に満ち溢れている。

(羨ましいもんだよ)

 口の中で呟きつつ、ジンスケはそのまま歩を進め、抜刀一閃。剣を狙った一手を、相手は流すように受け即座に反撃、

「がっ!?」

 しようとしたが、しかし胴がくの字に曲がった。ジンスケは斬撃と共に、魔の剣風を飛ばしていたのだ。

「うわ!?」「いてぇ!?」

 剣風をまともに喰らい吹き飛んだ長剣の見張りは、そのまま後ろの仲間もろとも地面に叩きつけられた。

「つ、強い……」

 誰かの呟きが、燃えるテントに赤々と照らされる広場に響く。

 その中心にたつ老人は、やせ細って枯れ木のよう。

 だからこそ、見張りたちはそこに死を幻視した。

「まったく、なっさけないわねぇ」

 誰もが固唾を飲む中で、些か幼い声が響いた。

 同時に、燃え盛っていたテントの炎が、一瞬で消える。

 そして、辺りに肌を刺すような冷気が満ちた。

「ま、だからこんな奥地で警備させられてるんでしょうけど。しかも要のあんたに裏切られちゃぁね、魔法剣豪」

 見張りたちの後ろに現れたのは、パステルカラーの赤色を基調とした三角帽子に、フリフリのスモックを着た少女。いわゆる女児アニメの魔女っ子風な出で立ちで、顔立ちも丸みがあって幼さを残しているが、

 しかし右目が2つあった。

「魔女、か。見ねぇ顔だな」

「あんたの前に出るのは初めてだからね、スパイしてたし」

 淡々と目を細めて微笑みながらも、眉毛の代わりに生えた右目がぎょろぎょろと動く。さて、何が来るか? ジンスケは刀に手を当てつつ、とりあえず会話を続ける。

「スパイねぇ。もしかして都市衛兵の調査部に行ってたってやつか」

「そ、ポモナさんってあんた知ってる? 美人のお姉さんで、真面目に仕事をしながら病気の妹のために頑張ってお金を稼いでいた健気な人よ。だから」

 3つの目を輝かせ、魔女はポケットから取り出したお面を被った。

 成人女性を精巧に象った仮面だ。まるで本当に人間から切り取ったかのような質感。

 否、もちろんすぐ悟った。

 それが、本当に人から剥いで作られたものだということを。

「こうして顔を剥いで、殺してやったわ。惨めな負け犬としてね。聞きたい? いい大人が顔を剥がれる時、どんな風に無様に泣き叫んでいたか?」

「はーん? どんなだったんだ?」

 悪趣味極まりない話だが、ジンスケは先を促してみる。しゃべり続けてくれるなら、時間稼ぎにゃぴったりだ。

 そう考えていたのだが、

「……つまんないジジイねぇ。ムカつくわ」

 3つの目を少し丸くした魔女は一声吐き捨てると、外した仮面を手の中でボンッと燃やし尽くした。

「ビビリも怒りもしない。なに? 達人気取り? ここの奴らも誰も殺してないみたいだし」

「一応、不義理ではあるからな、だから」

「気に入らない」

 不機嫌な声が闇夜を切り裂くと、ポンと破裂した。

 人が。正確には、近くで固唾を飲んでいた見張りが。

「ひ、ひぃぃぃぃ!?」「な、なんだこりゃぁ!? や、やめっ!?」

 仲間の一人の体を裂いて伸びだした巨大な蔓の群れに、近くの見張りたちは恐怖し混乱する。が、それも次の瞬間には、黒い大木のような蔓に串刺しにされ、ミイラのように干からびてしまう。

「食人植物か! お仲間相手に、よ!」

 気合とともにするりとジンスケは踏み込む。

「駒よ! 使えない、ね!」

 魔女の嘲笑とともに、黒い蔓が槍のように伸びてくる。ジンスケは少し体を横に動かしつつ、柄で捌いて更に距離を詰める。

 そこへ左右の袈裟逆袈裟から再び蔓、四方から取り囲むような同時一斉攻撃。

 対するジンスケの守りは、刀一本。尋常な剣なら切り払うべくもないはずだが、

「しゃ!」

 しかしジンスケは抜刀、袈裟斬りに来た一本を切り飛ばす。

 すると他の三方から迫っていた蔓たちも、同時に両断された。

「へぇ! 風の魔術で刃を増やしたのね! 抜刀魔術ってのもやるじゃない!」

「ま、よくある大道芸さ。ふぅ」

 きゃっきゃと年格好相応に喜ぶ魔女へ、ジンスケは軽く答えて刀を納める。呼吸が荒くなり始めている。年は取りたくないものだ。

 静かに息を整えつつ、辺りを確認。グネーデルはじっとこちらを伺いながら、魔法陣で待機している。少し離れすぎてしまっているが、見張りたちはビビって動いてないし大丈夫だろう。

 一方、魔女との間合いは残り3間ほどか。強化された人体なら一足一刀ではあるが、相手が応じるのも難しくはない距離。

 ならばとジンスケはズボンのポケットに手を入れ、拳銃を抜く。ドームで猫獣人たちを倒した時、奴らから拾っておいたのだ。

 そのまま引き金を引く。

「そんなもの! ち!?」

 弾丸は苦も無く蔓で弾いた魔女だが、しかし一拍間をおいて飛んできた剣風には少し焦りを見せる。

 拳銃を打ちつつ抜刀、大した小細工ではないが、踏み込む隙は作れた。

「ぬん!」

 一息に距離を詰めたジンスケは、気迫を込めて袈裟斬り一刀。即座に割り込んできた蔓の守りを突破し、肉を斬って鮮血が舞う。

「っう!? ふざけんじゃないわよ!」

 が、骨までは断てなかった。怒りの声とともに、魔女は自身の胸や腹から蔓を突き出してくる。

 それを体捌きだけでかわし、魔女の体から引き抜いた刀を再び振るう。

 今度は横薙ぎ、首を刈らんとする一閃は、

「っ! こいつは!?」

 しかし、刃は暗い、枯れ葉のような色の霧に阻まれた。

 背筋に悪寒が走り、ジンスケは後ろに飛ぼうとしたが、しかし遅かった。

「がは!?」

 ジンスケの胸は、暗い黄色の何かに貫かれ、そのまま転げるように後ろに倒れる。

「舐めてたわ、魔法剣豪! 黄冥神の力をお借りしないといけないなんて! 流石、円卓軍の英雄様!」

 魔女の嗤いに合わせるかのように、顔や首や腕や足、そして左半身全体が溶けるようにして枯れ葉のような不気味な霧と化していく。

「その霧、ファルフニル様に、絡んでた」

「あら、知ってたの? まぁクライアントが、竜聖女様をズタボロにしてた動画を流してたみたいだからね。腕斬られても諦めないなんて、馬鹿みたいだったよね」

「そう、かい。しかし、黄冥神、か。古い、厄神を、持ち出した、ものだな」

 ポッカリときれいに胸から血が流れ出し続けるのを押さえながら、なんとか片膝を立てて魔力を練りつつ、ジンスケは思い出す。

 黄冥神、エリュシオン魔法世界でとある地域にのみ伝わる、邪神の一柱。その記録は殆ど残っておらず、ただ世界の救済は全てが死に絶えることによって成り立つ、などというおぞましい教義が伝わる程度だ。

 現代では当然、信者などは存在しないが、暗殺などの裏仕事でその力が使われることがある。

「この、冷気も、冥界の、空気、ってことか。そんなもんに、体を貸すと、腐り果てて、死ぬぞ」

「ご心配どうも。でもこの術は、人間の手に余る神様の力を使うための術。体の交換によって、神への同調と反動を逃がすことが同時に出来るから、見た目ほど危険じゃないのよ」

「はーん、便利な、もの、だな!」

 ジンスケは、声のボルテージをあげる。同時に、姿勢を低くしたまま膝を使って滑るように移動した。

「え!?」

「しゃっ!」

 流水を思わせる膝行からの左切り上げ。振るわれた冷たい鋼の刀身は、刃文だけが灼熱を練り込んだかのように、赤く染まっている。抜刀魔術による魔力の集中だ。魔力を刃先にだけ集めることで、斬撃に無駄なく魔力の一撃を加えるという、基本にして極意。

「ひっ!?」

 鎧どころか戦車装甲すら貫く一閃に対して、魔女は身動きすら出来ない。そのまま無防備な生身の右半身に灼熱の刃を受けて、

 がきんっと鈍い音とともに、赤い刀身は宙を舞った。

「な、に!?」

「ふ、ふふふふふふ! 死にかけのくせに、驚かされたけど!」

「がはっ!?」

 若干声を震わせながらも、魔女は右手から蔓を伸ばして、ジンスケの腹を刺し貫く。

「残念だったわね! 黄冥神は死と静寂を司る神! 触れたものに滅びを与えて無に帰すの!」

 腹と胸からだらだらと垂れる血を顔に浴びながら、魔女は満面の笑みを浮かべる。刃を受けた服の切れ目から、どろどろと朽ちた黄色の霧が溢れ出していた。

 予め霧を服の下に仕込んでいたらしい。ああクソ、焼きが回ったな。

「あは! 流石の英雄様も滅びを斬ることは出来なかったようね! さああなたはどうやって死にたいかしら!?」

 あんな神のまがい物程度、切れないなんてよ。

 ジンスケはため息をつこうとするが、肺が動かない。ここまで、か。ま、腐ったジジイにしてはよくやったほうだろうな。

(後は死ぬだけ、か。いや)

 だらんと無様に垂れ下がっていた手が動いてくれた。

 なら、まだ出来ることは、ある。

(俺にアレが出来るか? ま、やるだけではあるんだけど、さっ!)

 ジンスケは、拳銃をポケットから引き抜いた。

「なっ!?」

 驚愕に目を見開いた魔女の額に銃口を合わせ、引き金を引く。

 真っ黒な闇夜に、光が小さく閃いた。

 それで分かった。

 弾丸は、腐った黄色の霧に阻まれた。

「ふ、ふぅ。所詮は死にぞこないの苦し紛れね! 往生際の、悪い!」

 魔女は蔓を振り下ろして、ジンスケを地面へ叩きつけつつ、地面にぽつんと転がった銃弾を拾う。

「何をやるかと思ったら拳銃とは! 弾丸に魔力を込めたみたいだけど! そんな付け焼き刃なんて! 剣豪の名が泣くわね!」

 そうバカにしながら、魔女は蔓を振り回し、何度も何度も何度もジンスケを地面に叩きつける。

 腕は完全に砕けて骨が無茶苦茶に飛び出し、頭が潰れて脳漿まじりの血が垂れだしで、もはや単なる肉塊と言っていい有り様。

 ただジンスケにとって、もうどうでもいいことだ。

 目的は達したことだし。

 少し離れたところから紫の光が、立ち上った。

 グネーデルたちを乗せた、転送の魔法陣の光だ。

 僅かに残った視界で、グネーデルがこちらへ敬礼を示すと同時に、スミレを抱えて光の中に消えるのを確認した。

「と、しまった。つい遊びすぎたわね。まぁいいわ。すぐ追いつけるし。とりあえず邪魔をしたあなたには玩具として……」

 魔女が何かぶつぶつと嘲笑ってきたが、その前にジンスケの僅かな意識は闇に落ちた。


 自分は無価値な人間だとグネーデルは、心の底から思い知っている。

「ひぃ、ひぃ、ひぃ、ひぃ」

 十年単位で整備もしていないボロボロの体は、数分走った程度で足は悲鳴を上げている。腕も、少女がやたら重いこともあるが、既に痺れて痛みが走っていた。暗視が入っているはずの視界は黒ずみ、足元がどうなってるのかすら分からない。

 鉄くず、スクラップ、粗大ごみ、自分に対する悪口はいくらだって思いつく。

「うおっ!?」

 そんなんだから暗闇の中に潜んでいた草蔓に足を取られた。ああくそ、どんくせぇなぁ!

 グネーデルは舌打ちしつつ何とか体をひねり、背中から倒れる。

 ゴフッと鈍い衝撃が背骨を貫き、肺が潰れて息が勝手に吹き出した。い、いてぇ

「うにゅぅ……」

 それでも胸の中にいる触手の少女を潰さなかっただけ、自分にしては上出来であろう。

「今の音!」「近いぞ!」「探せ!」

 もっとも追手に気づかれてしまったのだから、自分の鈍臭さのダメっぷりは変わらないのであるが。

 ジンスケが魔女にやられ、魔法陣によるテレポートで逃げ出してから、まだ10分も経っていないというのに。

 慌てて立ち上がろうと体を翻すも、ズルリと足が滑って横倒しになってしまう。ああもう!

(いつもこうだ、いつもいつもいつも、俺の人生はいつもこれだ)

 バカでウスノロで役立たず。子どもの頃から体がでかいだけの、要領が悪い木偶の坊。見習いに入ったギルドではいつも上司にドヤされ、首寸前の自分を庇って両親がペコペコ謝るのを後ろから眺めるだけ。

 その気まずさから逃げるように、円卓軍の徴兵に立候補したけれど、そこでもウスノロ木偶の坊と上司から罵られ続けた。それでもなんとか軍にいようと、地球世界のサイボーグ技術の実験台になって、まぁ盾くらいにはなれるようになったものの、それだけだ。

 特に軍功なんぞ立てられず、ただただ怒られないようビクビクと時間を過ごし続けた。

 そしてそのうち円卓軍は、後に大敗北と呼ばれる総崩れ。皆が何とか極島から逃げ出そうとする中で、上司がうまいこと撤収の船を確保してくれたのだが、

『お、俺、残ります!』

 そう言い捨ててグネーデルは、船が出港する直前で飛び降りた。

 港に残って青い顔をしていた、極島を故郷とする兵士たちを見て、なんとなく残ってやんねぇといけねぇと思ったから。

『あ、ありがとう! 助かる!』

 考えなしのしょーもない理由。だけど人生で誇りに思えるのは、あの時言われた礼くらいだ。

 まぁその数日後には異形にふっ飛ばされて気絶。そのまま病院送りになり、気づいた時には戦争は終わってしまっていたのであるが。

 で、その後はただ今を生きるために働き、酒と博打とエロと課金で人生を浪費し、今日に至るというわけだ。

 そんな無価値で無意味で何一つ成し遂げられなかったダメ老人が、何か出来る訳が無い。

 だからどうした。

「いたぞ!」「あのサイボーグは殺しても構わん!」「撃て!」

 こちらを見つけた魔女の追手たちは、小銃を撃ってくる。かかかかんっという背中に響く音を聞きながら、なんとか立ち上がったグネーデルは走る。

 追手のライトに照らされた周りは、スネくらいの草が生えた平原で、遮蔽物の類はあいにく見当たらない。少し向こうに林のようなものが見えるから、とりあえずあそこに逃げ込めば、

「ぐぅ!?」

 背中に激痛が走り、グネーデルの思考は無理やり中断される。オンボロ背部装甲に出来ていた割れ目に、銃弾が当たってしまったらしい。

 銃弾によってえぐられた肉の部分が強烈な痛みを発し、硬直した足が再びよろけそうになるが、

「だい、じょう、ぶ?」

 胸の中にいた触手の少女が、弱々しい声をかけてきた。

 それで、何とか歯を食いしばれた。

「はは、大丈夫だよ、お俺は頑丈だからさぁ!」

 なるべく陽気に答えたつもりだったが、グネーデルの声は上ずってしまった。やれやれ、俺は本当によぉ。まぁしゃーねか。

 背中を丸めて彼女を守りつつ、グネーデルはふらつく足を叱咤する。

 銃弾の雨あられが背中をうち、その中の何発かの弾丸が肉に入りこむことで、飛び出た鮮血が暗闇に消える。

(ああいてぇ、いてぇ、いてぇな!)

 我慢しようとしてもうめき声が漏れる。頭を機械の外殻に変えてなければ、鼻水と涙でぐちゃぐちゃになっていただろう。

 体全体が激痛と奇妙な脱力感に覆われている。もう手を放せ、足を止めて倒れ込めと言っているのだ。

 だが、グネーデルは少女を抱えたまま歩みを止めない。

(何も、意味はありはしねぇってのによ)

 分かってる。いつまでも銃弾を喰らいながら歩き続けられないし、何か別の威力のあるものを使われれば終わりだし、近づかれて叩きのめされれば抵抗もできない。

 このまま逃げ切れるわけもない。誰の助けもないし、マンガみたいに未知なる力に目覚めることだってないだろう。

 無駄な努力、無駄な痛み、無駄な死。それがすぐ眼前に広がっている。

「だから、どうした、てんだよ」

 そんな事を勘定できる頭なんかあったら、船を降りずに礼すら言われない人生だったんだ。

 だから、やらねぇといけねぇことを、やるだけだろ。

 そう歩みを進めようとした時、右足へ衝撃が走った。

 バランスが崩れ、体が前のめりになる。

(ぐ、足を撃たれた、まぁ俺みたいな、バカじゃねぇから、当然の動き、だけどよ、しまらねぇ、な)

 銃弾が飛んで来てる以上、背中から倒れるわけにはいかないので、片手だけ伸ばして何とか腕の中の少女を潰さないようにする。

 それが精一杯だ。

「よし!」「手間取らせやがってよ!」「隠し武器などあるかもしれん、慎重にな!」

 倒れたグネーデルへ向けて、追手たちはぱぱぱんっと意外と軽い銃声を鳴らしていく。

 グネーデルは、せめて降り注ぐ弾丸に少女が当たらないように、体を丸める。

「だい、じょう、ぶ?」

 弱々しい声音で、少女が問うてくるが、今度は答えることが出来なかった。

 そして思う。分かりきっていた事で、覚悟していたことだとしても。

(ああ、ちきしょう。結局、俺は、俺のようなウスノロは)

 何も為せはしないのだ。


 ーーそうかもしれないね。でも今回は、君の意地は運命に届いたよ。


 涼やかで妙に可愛らしい誰かの声が、聞こえた気がした。

「グネーデル様!」

 同時に聞き覚えのある凛とした声とともに、グネーデルの体を温かな膜が包んだ。

 すると、体中を叩いていた銃弾の雨が止まり、ぼとぼと地面に落ちていく。

「な、なんだ!?」「加護だと!? もう来たのか!?」「いやそれより、あれ!?」「な!?」

 混乱する追手たちが何かに気づいて息を飲んだ瞬間、辺りが強烈な光に呑み込まれた。

 グネーデルの視界も白く染まり、加護と思しき膜を貫いて、血を沸騰させるほどの熱風が体中をなでつける。

 そんな光も次の瞬間には収まり、代わりに周囲は火の海と化す。追手たちはその中で、手足がばらばらになって転がっていた。

「ちょ、ちょっとデッド様! やりすぎですよ! というかミサイルなんてどうやって撃ったんですか!」

「チンタラしてる暇ねーんだから仕方ねぇだろ。ミサイルは車に積んでるのを、俺の視線誘導で撃てるようにしてる」

 声がした方に、グネーデルが顔をあげる。そこには見覚えのある、革ジャンに刀を差して擲弾銃を肩から下げた男と、黒鱗の腕を持つ神官服の少女がいた。

 神官服の少女は駆け寄り、呪いを解除した時と同じように、グネーデルのボロボロの腕をその黒くていかつい、でも温かな手で取ってくれる。

「グネーデル様! スミレ様を助けてくれたのですか! こんなボロボロになってまで! ありがとう! ありがとうございます!」

 月のように丸くきれいな聖女の瞳に、涙が浮かぶ。

 それでグネーデルは、やっと確信できた。

(ああ、ああ、ああ、ああ、俺はやっと、やらねぇといけないことを、やれたんだなぁ)

 強張っていた体から力が抜けて、心地よい軽やかさに包まれる。こんなに晴れやかなのは、船を飛び降りた時以来、何十年ぶりだろうか。

(バカで、ウスノロで、役立たずでも、やれることが、あったんだなぁ)

 かつて得た誇りを再び抱いて、グネーデルの体は機能を休止した

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