第六幕
エクザシティの行政区分は様々あるが、その一つにメグプトがどこまで管理しているか、という分け方がある。
例えば、実際の治安維持まで行う管理地区、監視だけに留まる監視地区、そしてほぼノータッチ、都市衛兵など人間だけが受け持つ非管理地区だ。
「ここ西外郭地区は、その非管理地区の一つで、色々と悪いことをしやすい、ということですか」
タクシーの窓から見える風景は、先程までと同じくきれいな看板に彩られた灰色の四角い建物が並び、特段に変化は感じない。
ただ、ちょっと道の整備が甘いのか、車がガコンガコンとたまに揺れる。また多少、落ちているゴミの量が多くなっているかもしれない。でもそれくらいで、帝都や王都、あるいは映画とかで見るような地球世界のスラム程の、ボロさや危険さは感じない。
「都市衛兵や自警団の皆さんなどいらっしゃいますので、治安に問題があるわけではありませんね。ただ、どうしても人手不足ですから」
ファルの感想を、自動タクシーの手前に座るメグプトが補足してくれた。
なお、その姿は人間大の、ファルより少し高いくらいの背丈になっている。
妖精サイズではない。
「悪い企てを見逃すことも多くなる。なのでもしものことがないよう、非管理区に来るなら護衛しろと、デッドさんから依頼されてます」
「そしてその護衛のための形態が、今の人間大のメグプト様のお姿、というわけですか」
「はい。がんばってお守りしますよ」
そうメグプトは細腕に力こぶを作る。ちなみに格好はファルが自由に指定していいとのことだったので、エクザシティの流行服にしてもらっている。
シンプルながらもメリハリがついた色合いの、清楚なロングスカート姿だ。昔見た帝都のおしゃれな貴族令嬢のようで、ちょっとドキドキしてしまう。
さて、デッドの師匠でありファルを以前に襲撃した老人、ジンスケから連絡が来てから、少し経ってる。
今は彼の誘いに乗り、面会場所に指定されたこの西外郭地区を移動中だ。ちなみに、具体的な面会場所は、安全も兼ねてメグプトが予約してくれた。
なお、スミレも護衛として当然、付いてきていて、今はファルの膝を枕にメカメカしいヒーローが悪党を成敗する動画を眺めている。
ファルはそんな彼女の髪を、肩の機械の手で軽く撫でると、柔らかい感触が何故か伝わってくる。自分の手ではないのに不思議なものだなと思いながら、ファルは呟く。
「しかし、デッド様にご連絡せずにいて、後で怒られそうです」
「ジンスケさんが面会の条件の一つでデッドさんたちに連絡しないように、とおっしゃられてましたからね。そういう理由があるなら怒る方ではありませんよ。それに連絡したらそれこそ魔女を襲った返す刃で、ジンスケさんを全力で襲撃したでしょうし」
膝に乗せた手提げ鞄(医療道具とかが入ってるそうな)をチェックしながら、淡々とメグプトは恐ろしいことを語る。確かに落とし前を付けさせるなどとファルにも言ってたので、実際にやりそうではある。
あまり、血を見るような展開にはなってほしくないものだが。
「そういえば襲撃の話で気になったのですが、異界でスティレットさんたちを襲った暗殺者の方々は、どうなるんでしょうか?」
「基本的にエクザシティの都市法で処理されますよ。裁判の後に決まることですが、市民への殺人未遂ですが反省なされてるようなので、相場としては長期の懲役刑ですね」
懲役刑か。映画で見たような、小ぎれいだが無機質な牢屋に閉じ込められるのだろうか。
もっとも、人を害せば市中引き回しの上に磔獄門、よくて焼印足腕切りが基本のエリュシオンを比べれば、それくらいで済むなら温情と思うべきだろうが。
「ああ、エクザシティでは基本拘禁はしませんね。ただし監視用の首枷を着用する義務が生まれ、また刑罰の一つとして労働を義務付けられます。もっともあの方たちの大半は現在、デッドさんのグレネードによる怪我で動けませんが。と、着きました」
タクシーが止まった場所は大通り脇の小路。表通りより少し小さめなコンクリートのビルがみっしり立ち並ぶ中、一際小さく白い建物の前だ。
プレハブ仕立てでファルから見ても安っぽいが、塗装はきちんとしていて白だと言うのに汚れ一つ目立たない。
その入口には、素朴さを演出した木の看板が立て掛けられ、竜伯料理・ドラクイグナムとファルの故郷の字で書かれていた。
鼻から少し息を吸うと、しょっぱく漬け込まれた肉の、なんとも言えない臭みが漂ってくる。
ファルにとって、小さい頃から嗅ぎ慣れた臭いだ。
「わざわざ私の故郷の料理店を選ばれたのですか?」
「はい。せっかくの同郷の方ですし、ここなら向こうも知り合いなので警戒しないでしょうからね。ごめんくださーい」
メグプトが挨拶をしつつレストランに入っていくと、中もまた素朴さを重視した丸太っぽい机が並ぶレストランだ。壁や天井のところどころに焼け焦げたような、黒っぽい跡がある。
人は昼時を過ぎているからか、まったくいない。ただ古いエプロンをかけた貫禄のある女性が、こちらに気づいて声をかけてきた。
「メグプト、いらっしゃい。そしてそちらが」
「ファルフニル・ドラゴレジャと申します。どうぞよろ」
「本当に聖女様だぁ!」
一礼して挨拶をするファルの横から、子供の声が割り込んだ。
見れば、店の机にファルより少し小さい、中年の女性と同じくエプロン姿の少女が座っている。顔は人間のものだが、パサパサの短髪から二本の小さな角がのぞき、金月教の聖印をかけた首元には、ファルと同じような鱗が生えているのが見える。
「こんにちは。ファルフニル・ドラゴレジャと申します。どうぞよろしくお願いします」
すっと向き直り少女へ丁寧に礼をすると、ホワっと口を開けていた少女が、慌てて椅子から立ち上がり、
「あ、えーと、そ、その、え、エルドキナ! エルドキナです!」
そう、普通の少女の手をピッと伸ばして、振り下ろされるトンカチのような早さと角度で一礼した。
一方、恰幅の良い女性の方は苦笑いして、
「まったく、メグプトにマナー叩き込んでもらった方がいいかね、恥ずかしい。すみません、ファルフニル様。無作法な娘で。こんなんでも金月さまの信徒の末席ですから、ぜひ聖女様を拝見したいとわがままを言ってねぇ」
「いえいえ、エルドキナ様からのご歓迎のお気持ち、ありがたく存じます。ああ、すみません。ご挨拶が途中でしたね。改めまして、ファルフニル・ドラゴレジャと申します」
「丁寧なご挨拶、痛み入ります。レルネ・メグプト・ガレノス・アルバと申します。この店を仕切らせていただいてるもんです。どうぞよろしくお願いいたします」
エルドキナとは対照的に、レルネと名乗った女性はゆったりと頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いいたします。ところでお店の文字が、大竜山脈のものでしたが、レルネ様のご出身ですか?」
大竜山脈とはファルの故郷だ。氏族は竜を始祖とし、ファルやエルドキナのようにドラゴンの性質を受け継ぐ人もいる。
「私の祖父がそうですね。元はクロン家とかいう貴族の庶子で、半世紀前の円卓軍に参加して、そのままいついたんだそうで」
「ははあクロン家の方なのですね。ドラゴレジャとは山が違う関係であまり交流はないですが、今でもその武名は健在ですよ」
「ああ、祖父がよく自慢していましたね。氷山生みし大氷竜の一族だって。まぁあたしはしがない料理屋で、暑さ寒さに人より強い程度ですけどね」
はっはっはと気持ちよく笑うレルネに釣られて、ファルもニコニコと微笑む。
「なるほどなるほど。ああそう言えば、レルネ様の姓に関してお伺いしたいのですが」
レルネ・メグプト・ガレノス・アルバ。確かデッドの弟妹であるコッドスとツバキも、多少違いはあったが同じようにメグプト・ガレノスと名乗っていたはずだ。
何か血縁だとか氏族が同じだとかがあるのだろうか?
「それは氏族っていうか、エクザシティじゃお世話になってるやつやボスの名前を姓の代わりに使うことが多いんですよ」
「つまり、レルネ様はメグプト様とガレノス様とアルバ様の郎等ということなのでしょうか?」
「そこまで重い関係じゃないですけどね。メグプトとガレノスさんにゃ確かに恩がありますが。後アルバは旦那ですよ、旦那。今厨房で手が離せないんで、後で挨拶に伺わせます」
レルネはシワが出始めた手をパタパタと振りながら答え、更にエルドキナへ視線を向け、
「さて、あいつはまだ来てませんが、どうぞ奥へ。地下がありまして、エル、案内しな!」
「分かった、じゃなくてえーと、分かりましたでございます! こ、こちらへ! うわっ!?」
ビキッっと背筋を真っ直ぐどころか弓のようにした少女は、カチコチの足でイスにつまずき、テーブルで顔面を強打した。
レルネが呆れて、
「たく、何やってんだかねぇ。ああすみません、こいつ、ファルフニル様のファンでもありましてね。名高き竜聖女様に直接お目にかかれるってんで、もうこんな調子で」
「ふふふ、まだ聖女候補なだけの未熟者に、ありがたいことです。ところで、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫、です、ふわっ」
鼻を打ったらしいエルドキナが息を軽く吸い込む。
おや、これは?
「っ! 危ない」
「へくしゅ!」
レルネが叫ぶと同時にエルドキナがくしゃみをし、同時に炎がその口からファルへ向けて発射された。
「おお、火竜様の血が濃いのですね、エルドキナ様は」
が、先んじて気配に感づいていたファルは、守護の障壁を張って火が広がらないようにしながら防ぐ。
「ご、ごめんなさい聖女様! こんな、わ、わざとじゃなくて! ごめんなさい!」
「大丈夫ですよ。私も竜の血が発現したものです。似たようなことをしてしまった覚えがあります」
一気に血の気が引いてしまったエルドキナを、なだめるようにファルは微笑みながら、ギブスで固めた両手を軽くあげる。
「今はこれで分かりませんけど、私の両手は竜の爪なので、昔は色々とやらかしました。逃げた家畜を止めようとして大怪我させたりね。後は、戯れに出したブレスで乳母をひっくり返してしまったりとか。あの時はかわいそうなことをしました」
「で、でも、そ、その……」
「なんであれ落ち着いて、深呼吸ですよ、こういう感じで」
すぅー、はぁ、とファルが率先して行うと、エルドキナも恐る恐るだが、すぅー、はぁと深呼吸してくれた。
大丈夫、だろうか?
「おっと、遅れちまったようですな」
そこへドアがガラガラガラッと開き、モノクロ型の機械の目を持つ禿頭の老人が現れた。
同時に、空気が破裂した。
「うおっ!?」「スミレ様!?」「ひっ!?」
いきなり音速を越えて振り回されたスミレの触手が、入ってきた老人に襲いかかったのだ。
しかし、
「だめですよー、スミレさん」
メグプトののんびりした声が響く。瞬間移動でもしたかのように、老人を庇って立ったメグプトは手を前に差し出し、障壁を張ってスミレの触手を防いでいた。
「いきなり人を攻撃しようとするなんて、危ないですからね」
「敵、護衛」
メグプトの言葉に、スミレが抑揚のない声でどこか不満げに呟く。
「そうですね、ファルさんを襲った人ですもんね、敵で間違いないですし、スミレさんは護衛です。だけど今は話し合いに来ました。そのためにお互い危害を加えない約束もしています。分かりますか?」
「敵」
パンっと再び風を破って数本の触手が振り回され、障壁へめり込む。
だが破るには至らず、メグプトも特に焦りはなく、ただちょっと困ったように、
「仕切ってる私の顔を立ててくださいよぉ、スミレさん」
「わ、私からもお願いします、スミレ様。この方のお話、私もうかがいたいので」
ファルも一緒に嘆願すると、スミレは答えなかったが、構えるように掲げていた触手がふわりと降ろされた。
表情も変わらず無表情。ただじっと老人を睨んでいる。
一方、敵と認定されていた老人は、腰の刀に手を当てつつも大粒の冷や汗をだらりと流していたが、ふひぃ、と息をつき、
「助かったぜ、メグプト。お前がいなきゃミンチだったよ。さすが、極島の最強・最大・最優」
「まぁ死なれても困りますし。ただ皆さんへの弁明は、ご自身でお願いしますよ」
「分かってるよぉ」
ため息をついた老人は、ファルの前まで歩を進めると、ゆらりと片膝をついて頭を下げた。
「御前への参上をお許しいただき感謝いたします、ファルフニル様。ジンスケ・メグプト・ガレノス、貴方様が雇ったデッドの師匠で、そして岩底村のイバンワとも申します」
レルネのレストランの奥から更に地下に降りると、そこはどっしりとした木の空間だった。
エルドキナ曰く、
「え、円卓軍時代の基地をレストラン用に改造したものだって、です!」
だそうだ。
それなりに広い通路は絨毯がひかれ、それに沿って個室が並んでいる。ほのかに薄暗いが不気味ではなく、むしろゆったりとした落ち着きのある照明だ。
上のプレハブとはかなり落差のある、王宮の廊下を思わせる空間である。
地下室故に秘密保持や安全性も問題無さそうで、なるほどメグプトが指定するのも頷けるところか。
「え、円卓軍は羽振り良くって、それで基地もこんな感じにして、だけど逃げちゃったから大お祖父ちゃんが再利用したんだ、です!」
「なるほどなるほど、歴史があるのですね」
ファルはエルドキナの説明に頷きながら見渡す。こうして豪華な地下室一つ見ても、異なる世界の連合である円卓軍は強力だったのだなと実感する。
(あるいは驕っていた、か。結果、敗北し混沌災害は今も続く、と)
無常さを感じつつ、ファルは案内された個室に入る。中は10人以上は余裕で入れそうな広々とした空間に、古色を宿す重厚感のあるソファと机のセットがある。
その奥にも更に黒塗りのがっしりした円卓があり、奥の椅子の一つをエルドキナが引いてくれた。
ファルは大人しく座る。
「じゃあスミレさんは奥の隣に座ってくださいね、私はこっち側に座りますので」
「りょ」
とスミレとメグプトがファルの両隣に座った。
「……」
最後に残った対面へ、ジンスケが座る。なお、刀は差しておらず、地下に降りる前にレルネに預けていた。
そんなジンスケを、案内してくれたエルドキナはギリっと目を尖らせていたが、何かを飲み込むように息を吸い込むと、
「……御用があれば、そこのスイッチを押して、ください。あるいはそこに電話もあるので、えっと、お食事やお飲み物が必要になるか、何かあったら遠慮無くも、も、申し出て、ください」
そう、今度はゆったりと礼をして個室から出ていった。
「さて、まずはジンスケ様、いえ、イバンワ様とお呼びすべきでしょうか? なんであれご足労いただきありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。本来ならお目の端にすら入ることを許されぬ所業をしながら、こうしてお目通りをお許しいただき、恐悦至極に存じます、ファルフニル様。ああ名前でしたらジンスケと。もうずっとそう呼ばれております故」
「なるほど、ではジンスケ様と。黒竜山のご出身なのですよね? 岩底村というと、溶岩湖近くの?」
黒竜山とはファルが属するドラゴレジャ家が治める地域だ。名前の通りファルの家の始祖である黒竜が住んでいた山で、岩底村はその外縁にある溶岩地帯の村だ。
「へぇ。そこで剣を振り回してたら、当時のご当主であるヴニル様に腕を見込まれましてね」
「ヴニル、ああ、曽祖父のご縁のある方でしたか。大猪狩りのヴニルでよろしいのですよね?」
ファルの質問に、ジンスケは少し嬉しげに頷き、
「へい。そのヴニル様でさぁ。あの方から、それほどの才ならば山に籠もらず世界を回るがよいと、恐れ多くも剣の武者修行なんてさせてもらいましてな」
そこで言葉を切った老人は、すぐはぁっととため息をつき、
「その流れでヴニル様も円卓軍に参加するっつうから俺も馳せ参じて、でも色々とあって負けて、こっちも帰るに帰れずこの始末でして。ヴニル様は、その、まだお元気で?」
「曽祖父は私が生まれる前に亡くなり、直接、お話は伺ったことはございません。ただ父によると、極島から帰ってきた時、片手片足となっていた曽祖父は、連れて行った大勢の臣下を死なせたことを後悔しやつれきっていたそうです」
そして己の無能を呪った曽祖父は隠居し、痩せこけボロボロの体で布切れだけをまとって山の奥深くに消えた、というのがファルが聞いた顛末だ。
一方、ジンスケは少しうつむき、磨かれた黒いテーブルを何かをこらえるように見つめながら、
「やっぱその話、本当だったんですね。本当に、本当に、ヴニル様には申し訳ないことで。あっしが役に立たねぇばかりに」
「……話を伝え聞いただけの私が、何か申し上げるのも不躾かと存じますが、ただジンスケ様のそのお言葉こそ、自らを恥じた曽祖父の慰めです。感謝いたします」
ファルが一礼すると、ばっと顔を起こしたジンスケは両手をばたばたと振り、
「いやいやいや、感謝なさるこっちゃねぇ。ヴニル様をお助けも出来ず、こうしてファルフニル様にもご迷惑をかけて、ああいや、ちゃんとやらねぇとな」
とピシッと背筋を伸ばしたジンスケは、そのしわがれた禿頭を静かに頭を下げる。
「この度は本当に申し訳ありません。ファルフニル様。大恩あるドラゴレジャ家の御息女であるあなた様に刃を向けたことへ、厚顔無恥なことではありますが、どうか謝罪をお許しください」
「それはあまり気にしておりませんし、謝罪も受け入れたいところですが、まずはご理由を聞いてからであるべきですか。何故、私を襲ったのでしょう?」
聖女選挙絡みなのだろうか。スティレットたちのように、暗殺騒ぎで人を巻き込むこともちょいちょいあるので、いい加減にして欲しいのだが。
(選挙への辞退を何回も公にして私自身も申し上げているのに、一向に受け入れられませんし。ほんと困ったものです。そもそも立候補も勝手に行われたことなのに)
なのに大聖女選挙に辞退の制度はない、金月様からお言葉をいただいた方を外すのはありえない、という風に立候補辞退が断られ続けている。勘弁して欲しい。
そもそも、どうせ実績も血筋もお人柄も能力も十分なルニトラトニル様か、そのライバルのラビリスリビラ様辺りが勝つに決まってる選挙だろうに。
「いえ、大聖女選挙が理由ではありません。そのための暗殺者を利用はしてるようですがね」
ファルが内心愚痴っていると、ジンスケはゆっくりと首を振って否定した。
「では、何故?」
「ファルフニル様が受けた啓示が、あの人たちの計画にとって障害となるからです」
「……その計画の内容、お伺いしても? 私を殺してまで成し遂げたいことなのですか?」
「お答えできません」
片目を苦しげに歪めながら、老人はそれでもファルを見つめる。
「質問を変えましょう。私がお受けした啓示では、万人の方々が異形となって死ぬ、という未来を拝見しました。それでもなお、その計画を成し遂げるべきだと、ジンスケ様は考えるのですか?」
ファルも正面からジンスケに瞳をあわせて尋ねる。相手を責める形になるため多少、気が咎めるのだが、問わないわけにはいかない。
「……ファルフニル様は、空の色をどう感じなさいますか?」
すると、ジンスケが逆に質問してきた。話を逸らされないよう問い詰めるべきか? と一瞬考えるが、どこかすがるような老人の瞳に気づいた。
……乗っておきますか。
「青色できれいだ、と感じますね」
「で、しょうな。ただ昔は違ったんですよ。昔は、きれいな黄色だったんです」
老人は天井を見上げ、薄明かりの灯りの先を眺めながら、自分へ言い聞かせるように独白する。
「そう、黄色い空だった。優しく包みこんでくれるような。ヴニル様とともに、俺はそれを守るために戦って。だけど、負けて、その全てが青に塗り替わって、俺も他の奴らも諦めて」
「……」
「あの青色は、俺達にとって敗北の証なんですよ。どんなにキレイで、人々が認めるようになろうと、目をそらすことが出来ない、屈辱と後悔の象徴。だから、俺は、今度こそびびらねぇで、ああくそっ、これじゃヴニル様に怒られた時と変わらねぇ……」
舌打ちをして顔を下した老人の瞳は、やはり気弱げであるものの、今度はまっすぐにファルを見つめる。
「戯言が過ぎましたな。申し訳ない。さて、ご質問の答えですが」
唾を飲み、声がかすれているものの、視線は逸らされない。
「イエスです。ファルフニル様」
「なるほど。相分かりました」
ファルは一つ頷き、少し息を吸う。迷いがある中、それでもはぐらかさずに決意を述べた相手へ、あまり厳しいことを言いたくはないのだけれど。
「謝罪をお受けすることは出来ません。ジンスケ様」
それでも老人が真摯に答えたなら、ファルもまた誠実に答える必要があるだろう。
「どのような決意がおありか、若輩者である私では慮ることは出来ませんが、それでも大勢の方々の犠牲を良しとする謀を、受け入れるわけには参りませんから」
「お話、ごもっともでございます」
少し息をつまらせた老人は、それを恥じるように眼尻を決して頭を下げた。
……人生の先輩へ、僭越ではあるが。
「ジンスケ様。ひとつ、申し上げたいことがございます」
ファルは、なるべく声を柔らかくして、頑なであろうとする老人へ声をかける。
「あなた様は今、迷いを抱いているかと存じます。それをどうか、大事になさってください」
「それは、いや、俺はもう決めて……」
「そうであっても、その迷いは決意を邪魔するものではなく、何を為すべきかを決めるための、導の一つだと思うのです、ジンスケ様」
だから、お願いいたします。そうファルは、ギブスで覆われた手であったが、静かに合わせて祈る仕草をした。
一方、老人はファルの瞳を目を見開いてじっと見つめていたが、しばらくして大きく深呼吸して息を吐くと、ぽつりとつぶやいた。
「……お言葉、痛み入ります」
その顔は努めて無表情を保っていて、感情は読み取れないが、さて言葉は届いたのだろうか。
と、今まで触手でスマートデバイスを何かピコピコしていたスミレだが、唐突にペタンとテーブルに頬をつけた。そしてそのままファルを覗き見て曰く、
「ご飯、まだ?」
「ふふふ、そうですね、お待たせしてごめんなさい、スミレ様。ではそろそろいただきますか」
「では、あっしはこれで、ファルフニル様」
席を立とうとしたジンスケを、ファルは片手で制する。
「お待ちください、ジンスケ様。せっかくですしご一緒してください」
「しかし」
「道が違えたといっても、いえ違えてるからこそ、食事を共にすることは必要だと思うのです」
聞きたいことはまだ色々とありますしね。そんな内心とともに、有無を言わさぬ微笑みをファルは浮かべた。
大竜山脈の料理は、塩漬け、燻製、漬物、発酵物が多い。
これは大竜山脈が、エリュシオン世界の極地に位置するため、農業などによる安定した食料供給が難しいからだ。
そのため数少ない食料をなるべく長期保存するために、前述の料理が主流になったわけだが、当然というか、そういう料理はすごく臭う。
「くさい」
エルドキナが鍋を開けた瞬間、ポツリと呟いたスミレが、即座に触手で蓋をしめてしまった。
「ちょ、ちょっとスミレ様。ダメですよ、せっかく作っていただいたのに」
「くさい」
ファルが注意しても、スミレは再び呟いて、鍋の蓋を触手で押さえたままだ。
さて、先程のジンスケとの話し合いからちょっと経っている。同じ部屋のソファの方に座って、皆で鍋を囲むことになったのだが、まぁ前述の通りのスミレの行動だ。
せっかくだからファルの故郷の料理を、とメグプトが気を使って注文してくれたのだが、これでは色々とまずい。
どうしたものでしょうか?
「いや、大丈夫ですよ。対策がありますんで。ちょっと失礼」
と、まごつくファルへ微笑みを返したエルドキナは、鍋の下にある平べったい板を操作する。すると、そこから青い光が吹き出して鍋を覆った。
「はい! 消臭光をつけたから、これで少なくとも鍋から臭いは出ないわよ! だからスミレだっけ? 蓋からその触手をどけてね?」
「くさい」
「臭くないの!」
エルドキナが断言しても、スミレはじっと鍋を眺めていたが、しばらくすると渋々といった感じで触手をどけた。
「素直でよろしい! よいしょ!」
掛け声とともにパカッと鍋を開けると、確かに故郷で嗅ぎ慣れた独特な臭いはしなかった。
「えっへっへっへ、この光は臭いの元を色々と分解してくれるみたいで、まぁ科学の力ってやつです。じゃあよそいますねぇ」
軽く胸を張ったエルドキナは、慣れた動きで同じ光を発する取り鉢に、中身を取り分けていく。
なお中身は、牛トカゲと呼ばれる豚ほどの大きさのトカゲの肉だ。鶏に近い味がするそれをくり抜き、中へ野菜と香草を詰め込んで発酵させたのを煮詰めている。
顔を近づけると独特の鼻を切り裂くような臭いが漂ってきた。
(はぁ、故郷の臭いですねぇ)
もうかなり長い間、山には帰っていないが両親や乳母、継母、弟妹たち、それに領民の皆様は元気であろうか?
「……」
ちなみにそんなファルの様子を、スミレはじっと見つめているのだが、えーと?
「へん」
「いやへんって」
「へん」
……まぁいくらなんでも臭いがきつい、とはよく他郷の人間から言われ、スミレの反応も初めてではないが、やはりショックですねぇ。
とはいえ、ファルも別の地方の食事に辟易したのは、恥ずかしながら覚えがある。
例えば毎日3食全てでやたらドロドロで喉が渇く甘い食事ばかり出される、くらいならまだましだ。最上級のおもてなしとして、宴の主人から自身の体の肉を削いでその場で調理する、というのをやられた時には、気を失いそうになったものだ。
(昆虫型のご種族で、体の肉を削いだ程度では別に痛いとか後遺症もないとはおっしゃっていましたが、まぁ文化も種族も色々ですよね……)
ファルがそんな思い出し苦笑いしている間に、メグプトが肉の入った取り鉢を受け取りながら、スミレへちっちっちと指を振り、
「そういうことは思ってもあまり表には出さないものですよ? 人それぞれに習慣や好みがありますからね。好きになる必要はありませんが、尊重はしましょう?」
「……分かった」
触手がちょっとゆらゆらしてて、ちょっと不満げではあるが、スミレは素直に頷いてくれる。うんうん、いい子ですね、やっぱり。
「ま、実際、竜山脈の人とか臭いの好きな人以外は、すっごく不評だしね。ほら、こっちの鍋は、あなたように食べやすいの用意したから、どうぞ」
軽く笑ったエルドキナが、配膳用のワゴンから別の小さな鍋を、スミレの前において開ける。
と、しょっぱさのなかに辛味が混じった、唾が湧き出してくる匂いが発せられる。
「おいしそう」
鍋を覗き込んだスミレが、少し声を弾ませて呟く。この鍋もやはり牛トカゲに野菜と香草を詰めたものを煮込んだ料理だが、発酵はさせてないらしく、特徴的な刺激臭はしない。
「良かった。じゃ、よそってあげるから、おっと」
エルドキナが取り鉢に取り分けようとする前に、触手が鍋の中にしゃっと入って肉をすくい上げてしまう。
そしてそのままスミレはかぶりつてむしゃむしゃ。
「おいふぃい」
「それは良かったけど、ちゃんと食器使いなさい、熱いし触手も汚れるし、他の人も食べるんだから。ほら汁もたれてる」
手拭きを持ったエルドキナが、スミレのあごのあたりを軽くふく。その間にもスミレはむしゃむしゃと口を動かしているが、うまく噛み切れなかったのか、口から触手で肉を取り出してしまう。
「硬い」
「牛トカゲは普通の肉より硬めだからね。一度に食べようとしちゃダメよ。切ってあげるからここに入れて」
エルドキナは小言とともに、取り鉢に食べかけの肉を入れさせてハサミで細かく切る。
「はい、オッケー。それであなた、お箸使える? それともフォークがいい?」
「箸」
「じゃあちゃんと使ってね。お、うまいうまい」
スミレは、受け取った箸を触手で器用に操り、切り分けられた食べかけ肉を取る。
そのまま口に運んで再びむしゃむしゃ、しばらくしてコクリと喉を鳴らした後、やはりぽつりと呟いて曰く、
「おいしい」
「よかった! いっぱいあるから、好きなだけ食べてね!」
「……」
エルドキナの笑顔を、スミレは小首を傾げて眺める。そして何を思ったか、再び触手で箸を使って肉をつかむと、エルドキナへと差し出して、
「……いる?」
「あ、いや私、店員だから」
「ご迷惑でなければ、ご一緒していただけませんか? スミレ様のお世話も兼ねて」
ためらったエルドキナへファルは割り込んでおく。せっかくスミレが、同じくらいの年の子へ(と言ってもどちらの歳も知らないが)興味を持ってるようであるし。
「は、はい! 聖女様がおっしゃるなら! はむ!」
「……うまい?」
「うん! うまいよ! ありがと! スミレ、あなたもはい!」
エルドキナも箸を使って肉を差し出すと、スミレも素直に食いついてムシャムシャした。
うんうん、微笑ましいですね。
などと頷いてたファルだが、ふと気づいた。
「おや、ジンスケさま? お箸が進んでいないようですが」
「いや、その、えっとですねぇ」
呼びかけられたジンスケは、ビクッと背を伸ばし、自分の取り鉢とコップを交互に見やりながら、
「ああいうお話をした後だもんで、どの面下げてここに座ってりゃいいか、ちっと分からなくてですね」
「それはそれ、これはこれというだけですよ。お互いの考えが対立していても、友誼を温めてはいけないというわけではありませんし。よっと」
ファルは屈託なく笑うと、氷の入ったドリンククーラーから酒瓶をカランと鳴らして取り、ジンスケへ差し出す。
「はい、どーぞ」
「い、いや、その、さ、流石に酒は、まだ昼間で」
酒瓶の口から匂い立つアルコールに怯むジンスケだが、ファルは気にした風もなく、
「あら、鍋を食べるなら酒と共に、が竜山脈の習わしでございましょう? 私もご一緒したいところなのですが」
「ダメですからねー?」
メグプトが割り込んでバッテンを腕で作る。年齢制限があり、まだ法律的に禁止なのだそうで。ファルとしてはこの程度の酒、水と同じなので不本意ではあるが、土地の決まりを破るほどの話でもない。
ファルはスンスンと鼻を動かし、匂いはいいですがまだ軽い酒ですねぇ、などと口の中で呟きながら、
「まぁなんであれ、せっかく注文したので、よろしければお飲みになってください。もちろんジンスケ様がお嫌いでしたら、無理強いはできませんが」
「いや、嫌いっつうか、むしろ好きではあるんすけどね。その」
「ああ、もしかして山脈竜キノコの方がよろしかったですか? 見たところ機械化なさってますし、耐えられたり?」
「い、いやいやいや! 強化はしてますが人間なんで! 勘弁してくだせぇ!」
慌てて腕をバタバタ振るジンスケへ、ファルはクスクスと笑う。
なお、山脈竜キノコは竜すら酔わせるという強烈な酩酊効果があり、竜人は祭りの時などによく煎じてこれを飲む。
一方、普通の人間が口にすると即死するという劇物でもある。
「はぁまったく、強引なのと粘り強いのの違ぇはありますが、頑固なところはヴニル様にそっくりでさぁ」
「光栄ですね。さ、どうぞどうぞ」
ファルが促すとジンスケが観念したようにグラスを差し出し、そこへとくとくとくと酒をを注げば、鼻をツーンとさせる芳香が辺りに満ちる。
そして、
「いやぁ、俺も別に襲いたいわけじゃなかったんすよぉ。ただあの猫女がチャンスだってんで、まったくこっちの気も知らねぇでよぉ」
十数分後、見事にハゲ頭をトマトのように赤くするジンスケの姿があった。
「ははぁ、あの猫の方があの時、一番偉い方なのですか?」
「いや、ちっと違ってましてね。霧を出す男がいましてね、そいつが連絡役兼指示者で、まぁあいつも昔から調子に乗りやすい奴でさぁ。狙撃雷槍にシバかれてしばらく動けなくなった時にゃ、何十年経っても変わらんもんだなぁと呆れたもんでさ。変わんねぇといえば雷槍の強さで、ああ、あいつの雷槍はすげぇっすよ、なんせ戦争を終わらせた一撃で……」
ファルが聞いてもいないことを、酒の入ったグラスを傾けながらジンスケはべらべらと喋る。なるほどなるほど。
「そういえば、私を襲った時にいた、あの大きな鉄の腕の、ええっと、グネーデルさんでしたっけ? 彼はどうなりましたか?」
「ああ、あいつは、落ち着いてぇますよ。お嬢様の解呪で毒気を抜かれたのか、やべえっつぅかピリピリした雰囲気も消えてね。今は、えーと、魔女の弟子の護衛やってるみたいですから、お気をつけくだせぇ。もっとも、あいつは朴訥ってだけで何の心得もねぇっすが」
「心得というと?」
「暗殺のっすよ。魔力を隠すとか殺気を抑えるとか。隠したり抑えすぎると逆に怪しかったりして、うっぷ」
「おっと、大丈夫ですか?」
「うす、ダイジョーブですよ、お嬢様、黒竜山の人間がぁ、これくらい」
ジンスケが、若干怪しい呂律で答える。うーむ、泥酔というわけではないが、あまりに急激な酔いっぷりに心配になる。
ファル自身が狙ったことではあるのだけど。つまり、酒で相手の腹の中を探る、という古来から行われる基本的な情報収集を行ってみたのだが。
酒に弱い方だったのですかねぇ? まぁまだ飲み始めたばかりだし大丈夫だろう。
そうファルがジンスケのグラスへ更に酒を注ごうとしたところ、
「あ、あの、ファルフニル様? 飲ませ過ぎでは?」
エルドキナが恐る恐る声をかけてきた。
「そうですか? まだこの小さい瓶一本も開けてませんが」
「え、でもそれ蒸留酒ですよ?」
「ああ、何か強いお酒だそうですね」
確か酒を煮詰めて更に酔いを強くした酒、だったか。地球世界の強い酒の代名詞という話を聞いて期待してたのだが、
「ですが匂い的に大したことないのでは?」
ファルが平然と言い放つと、エルドキナがええ……? と目を丸くしてきた。え、なんでそんな反応?
首をひねったファルへ、メグプトが補足してくれる、
「人間にとっては強烈なものですからね、アルコール。蒸留酒は水などで割るのが一般的ですし。ただ、ファルさんは竜種の血が強いから違和感あるかもしれませんが」
「ああ、なるほど。そんな話は伺ったことありますね」
確か、黒龍様を祖とする我らにとって酒は水みたいなものだが人は違う、よく注意するように、と父に諭されたことがあったか。
(祭りの時とか、すぐ郎等や領民の皆さんは酔って眠ってしまってましたしね。それを横目に父と飲むのが通例で、まぁなんであれ種族的に違うのだから気をつけないと)
ファルが思い出に浸りながら反省していると、赤ら顔のジンスケが、ぶあっはっはと笑い、
「いやいやいや、お嬢様も剛毅なもので! さすがヴニル様のご子孫でさぁ! このジンスケ、クズではありますしお手向かいする身でもありますが、今この時は忠臣になったつもりでお付き合いいたしますぞ!」
「まぁダメそうなら私の方から止めますんで。ご遠慮なさらずどうぞー」
メグプトがふやけた野菜を鍋からすくいながら、淡々と述べる。ちなみにメグプトは食事をする必要はないが、食べたものをエネルギーに変換することはできるそうな。
とりあえず、メグプトがフォローしてくれるなら、飲ませるだけ飲ませて情報を集めることにしよう。
「しかし、ジンスケ様の組織、なかなか大規模なご活動しているようで。やはりご支援しているのは国とかそういうところなんでしょうか?」
「まぁ国っちゃ国なんでしょうね。もともと色んなところに繋がりがあってぇ、例えば環太平洋英国の、ととと、いけねぇいけねぇ。お話したいところなんですが、義理がありましてね、すんません」
「いえいえ、良いのですよ、ところで」
とそんな感じに情報を得つつはぐらかされつつを繰り返し、酒瓶を開けていく。
そして3つ目の酒瓶を半分、飲んだところで、
「そろそろやめておきましょう」
と、メグプトからストップがかかった。
「いやいやいや、まだ行ける! まだ行けるってメグプト! なぁ! せっかくの姫様の御前なんだぞぉ! 止めるな止めるな!」
「まぁまぁ落ち着いてジンスケさま。お酒はのんびり楽しむものですよ。エルドキナさま。果汁水か何かをお願いできますか?」
「あ、はーい」
ぐずるジンスケを窘めつつファルが頼むと、いつの間にかソファーで寝ているスミレへ膝枕をしていたエルドキナは、パタパタと部屋を出ていった。
その背中を見ながら、ぷはぁああああと、大きくジンスケは息を吐く。
「いやはや、ヴニル様のご血族の前で酒が飲める日が来るなんてよぉ。これでお手向かいしてなけりゃよかったんですが」
「……無粋を承知で申し上げれば、今からでもお止めになられてくれると、私は嬉しいのですけど」
「あー、まったく。どんなクズでもお見捨てにならないお優しさ、本当にヴニル様とそっくりで……」
ファルの提案にそこまで答えたジンスケは、ただ空の杯を仰いだ。
そのままテーブルに投げ捨てるように置き、カランと氷が冷たく鳴る。
二人の間で沈黙が広がり、スミレの小さな寝息だけがかすかに聞こえる。
そんな中、そ、そういえばと、取り繕うようにジンスケは口を動かす。
「デッドの野郎、どうしましたかね。護衛についてないようですが、あのバカ」
「デッド様は、何か調べ物をなさってるようですね」
サラリとファルは述べる。すぐ知ることになるだろうが、あなたの仲間の魔女を襲ってましたとは流石に言いづらいことだし。
「調べ物ねぇ。姫様を放っておいて、あのアホは何やってんだか。俺の襲撃の時も姫様を裏路地なんぞに連れてきたりよぉ」
「あはは、あれは私が無理やりついてっただけですので」
「あのアホをかばう必要はねぇんですよ、姫様!」
カッと目をすわらせたジンスケは、グラスの底に溜まった溶けた氷をぐいっと無理やり飲んでガリガリと鳴らし、
「最近はチクチクとジャンク漁りしかしてねぇから弛んでるんですよ、デッドの野郎は! 挙げ句、姫様に大怪我を負わせるとかなっちゃいねぇ! 何のために護衛を任せたと思ってるんだ! 銃がないからって!」
「銃ですか?」
「ええ、ああ、その、そうだ! こいつをデッドの奴に渡しておいてくだせぇ」
そうジンスケがズボンのポケットに手をいれると、L字型の金属を取り出しファルへと差し出す。
「これは、デッド様の銃、ですか?」
「ええ、質に入れてたのを取り返したんで、返しておいてくだせぇ。いや、自分で返した方がいいのは分かってるんすよ」
言おうとしたことを先回りしたジンスケは、答えを聞かずにファルの前へ銃を置いてしまう。強引ですねぇ、もう。
とりあえず、ファルは拳銃を手にとりしげしげと見つめる。銃身が瑠璃色に輝いていて、映画などで使われるものより、どことなく細長い、だろうか?
「ええ、普通の銃よりかなり小さい口径っすからね。22口径の特注品でさぁ。おまけに単発の中折式っすからね」
「なるほど、あとこの瑠璃色、精霊銀を使っているのですか?」
精霊銀とは、魔力を制御しやすくする金属だ。魔法世界でも貴重なもので、小さな指輪サイズでも結構な額になる。
「へぇ。銃身から薬室にかけてがそうですね」
「なるほど。武器の装飾に使う事は多いですが、銃は珍しいですね。しかしデッド様、失礼ながら魔力があまり高いようには見えませんでしたが」
「ま、色々と工夫があるってことでさぁ。あいつが剣理の外へ進むために」
「剣理の外、ですか」
確か、抜刀魔術が目指す場所だとかなんとかだったか。
「そう、剣理の外。普通の道理から外れた何か。例えば地球の科学じゃ、無茶苦茶重いもんやすげぇ小さいもん、速すぎるもんなどなどは、常識じゃありえねぇ挙動をするってことが分かってる。もつれだとかトンネル効果だとかだったけね」
何も無いグラスの底を見つめ、心ここにあらずと言った具合にジンスケは語り続ける。
「魔法もそうなんじゃねぇかって気付いた先人たちは、色んな形で探そうとした。その1つが剣理の外を目指す我が流派。どうやったって届かねぇ場所を目指すために。それは、外法で、奇策で、邪道で、だけど」
グラスを強く握った老人は、痛みに耐えるように目を閉じる。
「あいつは、色んなものを取りこぼした。取りこぼしたから、剣理の外を目指した。今度こそ、何もかもすくい上げるために。俺なんぞの戯言に乗って、バカなやつでさぁ。俺は、辿り着いても、何も守れなかったってのに、でもあいつはその先に、ああクソ!」
カンっとジンスケはグラスを叩きつけると、そのまま蒸留酒の瓶をガバっとあおって飲みだした。
「ちょ! 流石にそれは危ないですよジンスケさん!」
「止めんなよぉメグプト! ちょっと危ないくらいでよぉ!」
瓶を慌てて奪っていったメグプトを睨みながら、ジンスケが怒鳴り声でまくしたてる。
「アイツに師匠面どころか顔向けだって出来やしねぇ! 博打に逃げ酒に逃げるろくでなし! この銃をあいつが質に入れたのだって俺の借金を肩代わりしたせいでさぁ! あいつあこれのためにすげぇ修行して! やっと先にたどり着いて! 今度こそ色んなものを救い守ってきたのに! 俺ぁは足を引っ張るだけぇ!」
「それは」
「いやいや、姫様! 慰めなんてしちゃあいけねぇ! 俺はクズなんだ! どう言い繕ったって負け犬の! だから俺は、俺は……」
そこまで叫んだジンスケだが、糸の切れた操り人形のように、ガクンっと机に突っ伏してしまった。
「だ、大丈夫ですか!? ジンスケ様!?」
「急性アルコール中毒ですねぇ。まぁこちらで処置はしておきます」
そうメグプトは、よいしょっとジンスケを持ち上げてソファに寝かす。
そしてファルの前には、青く輝く、でも細かい傷の入った銃だけが残された。
さて、食事自体は全品出し終わっていたので、ジンスケも倒れてしまっていたことだし、ファルたちはそろそろ撤収することにした。
「す、すみません、姫様、とんだ醜態を。うぷ」
メグプトの処置で気づいたジンスケは、ソファから体を起こそうとしてふらついてしまう。
「無理なさらず。些か飲ませすぎましたね。申し訳ない」
「いやいや、姫様が謝ることじゃねぇ。年甲斐もなくはしゃぎ過ぎまして、お恥ずかしい限りで」
「ほんとですよまったく! ほらこれ飲んで!」
エルドキナが持ってきた果汁水を渡すと、す、すまねぇとジンスケは素直に飲んでいると、
「……んっ」
何故かスミレが飴玉(先ほど、袋ごとエルドキナに貰っていた)を差し出す。
「あ、うん、あんがとよ、あーと、スミレ」
つるりとした触手から差し出された飴玉を受け取ったジンスケは、そのままひょいっと口に入れてもごもごしながら、
「……デッドの野郎がつけたんですかい、この名前」
「ええ、はい、そうですね。命名の儀はまだですけど、この名前を取り入れたものにしたいですね」
ファルの説明に、そうですかいと頷いたジンスケは、エルドキナによしよしいい子だねーと頭を撫でられているスミレをじっと見つめる。
(さて、スミレ様は何者なんでしょうね。先程、ジンスケ様から多少の話は伺えましたが)
表情をやはり変えないが、嫌がる素振りも見せていないスミレの紫の瞳を見ながら、ファルはジンスケから聞き出した話を思い出す。
『確かにデッドが倒したあの半分ドラゴンは、上が召喚させたようっすね。俺も下っ端ですが手伝いましたし。ただ、その触手の娘に関しては分かりません。紫のやつも含め、どうも魔女たちの慌てようから予想外だったようですが』
曰く、まだ術式は準備段階であり、本来はあのタイミングで半分ドラゴンの召喚を行うつもりはなかった。また、召喚自体もドラゴンだけで、スミレとあの紫の子たち自体が出てきたのも予想外、とのこと。
(誰かが術式を勝手に起動し流用した、ということでしょうか。いったい誰が、何のために? 他人の魔術を勝手に使うなんて相当な存在のはずですが)
袋から飴玉を流し込み、頬をプクプクさせているスミレを眺めても、まぁ答えは出るはずもなく。とりあえず保留ですね、保留。スミレ様に変な兆候もないですし。
ーーそんなこんなでジンスケは店に任せ、エルドキナのまた来てくださいね!という元気な声に見送られ、しばらく。
「しかし、まだ話が見えませんね」
自動タクシーの窓に流れる四角い豆腐のような倉庫群を眺めながら、ファルはポツリと呟く。
「ジンスケ様の組織はいったいどんなものなのか、かの組織の目的はなにか」
「酔っ払っててもその辺りは口が固かったですねぇ、ジンスケさん」
運転席にちょこんと座るメグプトが、うーんと手足を伸ばす。
「何かメグプト様で推測できることはありますか?」
「そうですねぇ、情報が少ないのでほぼ推測未満の想像の話になりますが、黄色い空」
言葉とともにピコンとファルの眼の前に画像が浮かび上がる。
黄色い空の写真だ。
「ジンスケさんも言ってましたが、この黄色い空はかつて魔法世界で混沌災害が起こる前の空です。今は地球の青い空に塗り替えられました。世界衝突によって引き起こされた、混沌災害を根絶することに失敗したから」
ふむ、とファルは頷きながら、画像を眺める。白い雲が黙々と浮かび太陽が輝いてこそいるものの、空自体は文字通り真っ黄色で、夕日とも違う色だ。
「不思議な感じがしますね。話には聞いていましたが」
「既に50年以上経ち、様々な事情が重なり写真すら少ないですしね。今では青い空は広く受け入れられ、黄色い空を嘆く人は限られます。当然、組織も」
「……続けてください」
言葉を切ったメグプトを促すと、ここからは飛躍になりますけどねぇ、という言葉とともに写真が移り変わった。
様々な兵士たちだ。あるものは鎧を、あるものは地球世界の迷彩服やロボをまとい、あるいは毛むくじゃらの獣人やスライム、虫のような人々が、銃や剣や斧や大きな棍棒などなど様々な武器を持って立ち並んでいる。
「例えば、円卓軍。かつて混沌災害を止めるため、世界を股にかけて作られた大連合。そして災害の中心と思しき極島の奥地を目指し戦い、大敗した人々。青い空は彼らにとっての敗北の証です」
「ジンスケ様と同じく、それを嘆く彼らが今回の預言で示された事件の首謀者、と?」
「ふっと思いつくのは、ってところですね。実際のところ、大敗した彼らの大半は指導者も含めて死亡するか、故国に帰るかしています。今更どうこう動くような勢力を維持していないはずなのですが」
ま、頭の片隅にでもとどめておいてください、と呟いたメグプトが、そうそうと手を打つ。
「そろそろ非管理区域から監視区域に入るのでお気をつけください」
「護衛は非管理区の間だけ、でしたね。今回はありがとうございます、メグプト様」
「いえいえ。ではスピードを上げますのでご注意ください」
メグプトの言葉とともに、グィーンとエンジンが鳴ると、体がシートに押し付けられ、人通りのない倉庫の風景がすごい勢いで流れていく。
そうして少し経つと座っていたメグプトはふわりと消え、それと同時にドンッという音が後ろから鳴り響いた。
「っと! 残念ながらさっき説明した悪い予想が当たっちゃったようです!」
「敵襲ですね!」
スピーカーから響いたメグプトの声に頷きつつ、ファルは背後を覗き込む。
そこには平屋ほどある大きな鉄の卵に、四本の足と二本の腕が生えた機械、巨大ロボットが走り寄って来ていた。
(もし暗殺者の方が仕掛けるならこのタイミング、とおっしゃってはいましたが、即座に来ましたね!)
ファルは先程、メグプトがしていた説明を思い出す。曰く、襲撃をするなら非管理区と監視区の境目。監視の緩い非管理区内で準備をしつつ、メグプトの護衛が外れる事が多い監視区で仕掛ける可能性があると。
「監視区で派手に仕掛けたら、流石に都市衛兵が即座に対応しますから、成功率はそこまで高くないんですけどね! 手続きと費用を考えてデッドさんへ護衛範囲をお勧めしたのですが、裏目にっと! 揺れますのでご注意ください!」
焦ったようなメグプトの言葉とともに、車がいきなり左右に振られれば、隣へ外れた弾丸の雨がパパパパパンっと地面を鳴らす。
「おお! ガトリングガンってやつですかね!」
巨大ロボが持つ銃身群が回転して火を閃かせるのに、ファルが我ながら能天気と思いつつ目が輝いてしまう。映画で見た武器です!
「よくご存知で! しかし軍用機体とは! まずいですね!」
「というと、あ!?」
メグプトの懸念に、ファルもすぐ気づいて叫ぶ。
眼の前に、無関係な車の列が!
そして後ろの大型ロボは、気にせず今度は肩に背負った大砲を爆発させた。
「こ、のぉ!」
ファルが気合を入れて障壁を大きく展開。砲弾は障壁にぶち当たって破裂し、爆発は遮断される。そのため、周囲の倉庫の壁こそ破壊されてしまったが、その先で伸びる車列へ届くことはなかった。
「ごめんなさい! 警告は出してたんですが、確度が高い話ではなかったので、強制避難や封鎖までは出来なくて!」
メグプトの謝罪へ、ファルは慌ててスピードをあげて離れようとする車列を肩越しに見返しながら、
「いえ! 謝られることは何もありません! あんなもので襲う方が悪いのです! それより車を止めてください!」
「それは、いや流石にファルさんは腕の怪我が」
「大丈夫! この通り!」
メグプトの心配へファルが元気よく答えると同時に、バキリっとギブスが割れて黒光りする鱗の腕があらわになる。
「もう治りました!」
「……腕に力込めるだけで割れるもんじゃないんですけどね、ギプス」
メグプトが呆れるが、すぐに申し訳無さそうに、
「分かりました。護衛を任された身としては恥ずかしい話ですが、後はファルさんたちにお任せします」
「話が早くて助かります。止められたら無理やり飛び降りるつもりでしたし」
「それが想定されるから従うんですけどね。監視区故に権限がないため、私は情報の提供くらいしかできませんが、都市衛兵は5分で助けに来ます。それまで耐えてください。スミレさんも気をつけて」
「ん、大丈夫」
スミレが頷くと同時に、キュッと止まった車の扉が勝手に開く。
そのまま二人が飛び降りると、ロボットはガトリングを再び回転させ、銃口を閃かせた。
「よっ!」
コンクリートの地面を削り迫るそれを、ファルは障壁を張って受ければ、弾丸はぼとぼとぼとぼとっと落ちていく。
それを受けてロボは、重心を落としてその肩の大砲をファルへと向けるが、
「しゃっ」
スミレの体を支えていた触手が一気に伸び、彼女はロボットへ突撃する。その頭上には、丸太のように太い大触腕。複数の触手を絡めて作ったものだ。
巨人の剣のようなそれは、空気を破って一挙に振り下ろされ、ロボットの体を袈裟斬りに叩く。
ごおんという高音とともに、肩の金属砲はくの字にへし折れた。
「にゅっ」
更に大触腕は切り返され、丸い胴を逆袈裟に捕らえる。ドラのような金属音が弾け、強打を無防備に受けた大型ロボは、数メートルほど殴り飛ばされた。
そのままロボは倉庫にぶつかり、瓦礫を撒き散らしながらも転がっていく。その無様な様を、無数の触手をビルの高さまで伸ばし、黒紫の瞳で睥睨するスミレは、さながら映画の怪獣か。
だが、なんとか体を起こしたロボの、丸胴の上部に備わった大きなカメラが、闘志を燃やすかのようにビコンっと光った。
そして、後腰から筒状の機械を引き抜くと、ブイーンと赤い光の大刃が伸びる。
(おお! ビームソード! ではなく炎の魔法剣ですね! なんであれかっこいい、とか考えてる場合じゃないですか!)
揺らめく刃を振り上げ、4本足の鉄球ロボは触手怪獣へ飛びかからんと足をたわませる。
「そこ!」
が、同時にファルが障壁を、肩の付け根に張った。
ロボットがそれを無視して、あるいは気づかず飛び込もうとする。
その先の未来は明白だ。
バキリっと甲高い音と共に肩が裂けもげてあらぬ方向に曲がる。
障壁に引っかかり、跳躍の勢いがそのまま肩へ突き刺さってしまったのだ。
バランスを崩した前足は膝をつき、壊れた腕から放り出された炎の大剣が、コロンコロンと存外軽い音で転がる。
(バランスを崩せればよし、程度でしたが、上手く行き過ぎましたね)
ちょっとロボット様には、かわいそうなことをしましたか。そうファルが無様に垂れ下がった鉄腕に思いをはせてる間にも、スミレは更に体から触手を生やして長く伸ばし、ロボを取り囲むように振りかぶった。
「ちょい」
そして一斉に殴打、顔をしかませる金属音が鳴り響く。哀れ、卵型のロボットは猛獣に食いつかれたかのように、その丸い巨体のそこかしこを潰され、その手や砲もひしゃげてしまう。
それでもなんとかバックステップをして距離を取るロボット。しかし無惨に凹みまくった体は、バチバチと火花を散らし、今にも爆散しそうな有り様だ。
そこへスミレが再び触手たちを振り上げて迫る。
「スミレ様! 中の人までスクラップにしないよう、気を付けてくださいね! ん!?」
心配になってファルが声をかけた瞬間、握りつぶした紙くずのようになっていたロボットの上半分が、いきなりなくなった。
そして、すぐさま潰れた部分の代わりに、傷一つない鈍色の丸いロボットの上半身が現れる。
「破壊した部分を再生、否、入れ替えたということですか!」
「のようですね。魔女の方が使っている転移と同じ魔力波を検知しました」
いつのまにか、ファルの肩近くにいた妖精姿のメグプトが補足してくれる。その間に、復活したロボットの背中から、十数体ほどの鉄の鳥が飛び出した。
ハトほどの大きさのドローン、いや魔力を感じるから金属の使い魔か。単純化された飾り気のない鳥は、鉄板のような羽を広げて、四方八方へと乱れ飛ぶ。
そうしてスミレを取り囲めば、短剣のような鋭いくちばしを突き出し突撃した。
「にゅい」
が、触手たちが縦横無尽に動けば、鉄の鳥たちは叩き落され、地面や建物にカンカンカンっとぶつかり壊れていく。
あっさり鳥の弾幕を排除したスミレは、更にロボへとその巨大な触手をたわませ飛びかかろうとするが、危ない!
「加護を!」
気づいたファルが一声叫ぶ。同時に突如、真下からスミレへ迫った鉄の鳥は、透明な障壁に弾かれた。
「むぅ、この鳥、ロボットと同じように再生してますね、厄介な」
メグプトが呟く。見れば先程のロボと同じく、地面や壁に叩きつけられたはずの鳥たちもまた、ひしゃげた翼やくちばしが一瞬消えたと思ったら、新品に入れ替わっている。
そして地面や壁から再び自在に空を駆け、スミレに迫る。同時に大型ロボットの方も、今度はビルを両断できそうな巨大な斧を振りかぶった。
「みゅ」
しかしスミレの束ねた触手は、巨人の斧を正面から受け止めて弾き、鳥も残った触手で再び難なく捌いていく。
その顔は汗一つない変わらぬ無表情で、どこか楽しげですらある。強者って感じです!
「と、感心してる場合じゃないですね。私の方でも援護しないと。街灯をもいで投げても大丈夫ですか!」
「んー、何かおっしゃられましたか?」
ファルの問いにメグプトが曖昧な笑みを浮かべる。なるほど、聞こえてないなら仕方ないですよね!
「ファルフニル様!」
そんな風にAIと本音と建前話をしていたファルの耳に、聞き覚えのある声が響く。視線を向ければ、相変わらずきっちりとスーツをまとったポモナが、青赤に装飾された車(都市衛兵が使うパトカーというものだそうだ)から飛び降りていた。
「どうも! ご無沙汰しております! ご挨拶もせずにすみません!」
「い、いえ! 私こそお見舞いにもいけず、ではなく! 軍用機によるテロと聞いて来たのですが、なんというかすごいですね!」
瓦礫をまたぎながらファルへ近づき、ポモナは目を丸くする。斧と鉄の鳥の連携で戦うロボと、巨大な触手をぶん回すスミレの戦いは、道路をエグり周囲の大きな倉庫やビルを派手に破壊してで、怪獣大決戦という有り様だ。
一方のポモナの装備は、普通の制服と小型の拳銃だけで、介入は難しそうか。魔力の方もまったく感じなくて、ということは、そういうことなのですかね。
「とりあえず、えーと、安全なところまで護衛いたしますので、私の車に」
「いーえ! 私自身の意志で残ったので、それには及びません! ところで!」
ファルはにこやかに笑って、近づいてきたポモナへその黒く鋭い指を差す。
「本物のポモナ様という方はいらっしゃるのですか!?」
「は?」
ポモナが息を飲むと同時に、透明な障壁が彼女を取り囲んだ。
「な!? ファルフニル様! 何のおつもりで!」
「デッド様がおっしゃられてたんですよね! 異界での暗殺に対して、ポモナ様の反応は変だったと」
曰く、暗殺者に狙われていることを伏せていたのに、ポモナはそのことを責めも問い詰めもしなかった。
『問題は起こらないだろう、と言う見込みであいつ、お前を異界に入れたってのにな。なのにあの時の第一声、暗殺者ですか、だぜ』
デッドの小馬鹿にしたような口調を真似て、そうファルが語ってみせると、ポモナは口角を震わせながらも、それでも努めて冷静にしようと分かる声音で、
「事後処理をメグプトに頼んでいたでしょう! それで都市衛兵にも情報が行ってて」
「その言い訳は苦しいと思いますよ? 暗殺騒ぎを知ってたなら、それを盾に異界に入ることを拒むはずですからね。ついでに言えば」
がしんっと、ポモナの手足へ更に透明な障壁を枷代わりにはめ込み、動けなくする。
「ポモナ様は魔力がちゃんとある方ですが、どうして今は何も感じないんでしょうか?」
「そ、それは」
「専門の方がおっしゃるに、魔力を隠す方は暗殺者であることが多いらしいですよ? 隠しすぎて逆に怪しくなったりもするそうですね。今のポモナ様みたいに」
「ですからちが、ぐっ!?」
最後に障壁を首枷として締め、喋ることも封じる。呪文を唱えられる可能性があるからだし、なんであれ議論なんて不要です!
「持ち物検査をすればどうなのか、結論は出ますからね! 何もなければ赤っ恥どころじゃないごめんなさいですが! ではメグプト様!」
「はーい!」
メグプトが障壁の隙間を通って近づこうとすると、っちという舌打ちが響いた。
すると捕らえられていたポモナの姿が消え、少し離れた場所に人影が現れた。
「く、やってくれますね! 聖女様!」
狐耳の女性で、先日、異界でファルの暗殺を狙った兵士たちと同じ鎧を着ている。
「ありゃ暗殺者の方ですか? ポモナ様に化けていたなんて、予想外です。異界の時のポモナ様とは別人ですよね?」
ファルはしゃべりつつ暗殺者の胸元を確認すると、魔女が使っていたのと同じ、テレポートできる緑色の宝石がのぞいていた。ということは、ふむ?
「元からこの地の魔女の方と組んで、私を暗殺しようとしていたのですか? それとも組み始めたのですか? 異界の方のポモナ様が魔女ってことですかね? とりあえずあなたはなんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「答える義務はありません! しかしただのお人好しというわけではないようですね!」
「いえいえ、私がお人好しなのは間違ってないと思いますよ」
苛立たしげな狐耳の女性へ、ファルは満面のにこやかさで返しておく。
あなたが下手なだけです。言葉にはしませんけどね。
「っ! 言ってくれる! ですが!」
ガリッと歯噛みした狐耳の暗殺者が胸の宝石をむしり取り、前に突き出す。
と、バコンッと牛ほどの丸っこい土塊が数体、現れた。人を模しているようで、どれも手足があり何処か可愛らしさすらあるが、その手には細長い筒を丸く束ねた、ガトリングガン!
「その余裕! 何処まで持ちますかね!」
暗殺者の雄叫びとともに、一斉に銃口から火花が散って轟音が鳴り響く。銃弾の雨がコンクリートを削り、流れ弾が容易く周囲の瓦礫や街灯をえぐり壊す。
「ゴーレムっていうやつですか。銃を持たせるとは、色んな使い方があるのですね」
だが、既に張られていた守護の障壁を破るに能わず、ボトボトボトと弾丸は弾かれる。それを見下ろしながら、ファルはただただ淡々と、
「しかしメグプト様の一斉検挙で色々と押収されたのでしょう? よくこんな武器を用意できましたね。魔女の方々からお借りしたのですか?」
『ウラーク!』
質問に答えず狐耳は更に呪文を唱える。すると、弾丸が黒ずみ、ただでさえ削られていたコンクリの地面が泥水のように泡立ち、瓦礫もまるで羽毛の塊のように吹き飛んでいく。
「ははぁ。脆弱化の呪いを弾丸に乗せてるのですか、魔法弾ってやつですね」
が、ファルの障壁は鉄壁の城塞の如く、やはり微塵も揺るがない。
「こちらに来て長いんですか? 何日か前のレストランでの暗殺も銃を使ってましたが、地球世界の科学に明るかったりします? それとも交易国経由で準備なされたんでしょうか?」
「流石は竜聖女様! ですが! これならどうです!」
狐耳が突き出していた緑の宝石が、更にキラリと光る。ん!? これはっ!
ファルの背筋に冷気が走ると同時に、周囲に車が現れた。
「え!?」「な、なにこれ!?」「いきなりなんなの!?」
一般の、何の関係もない人々が乗る車たち。それがファルの眼の前、ガトリングガンを乱射するゴーレムの前に晒される。
「のっ!」
しかし、悪寒から予め更に前に大きく広げていたファルの障壁が、弾丸の雨から無辜の人々を守る。
「この! その宝石の力ですか! ここまで自在にテレポートできるのはすごいですが! 無関係な人々を巻き込むのはお止めなさい!」
「巻き込みたくなければ! ここで死んでください!」
狐耳の悲鳴のような叫びとともに、ガトリングガンは回転音をあげ、黒い弾丸を濁流のようにファルの広げた障壁へ叩きつけた。
まっすぐに人々の前にそそり立つ障壁が、堅固な城壁のように弾丸を受け止めるものの、しかしそこかしこで徐々に黒い歪みが生まれ始める。
「いかなあなたとて! 広範囲の障壁をそうは維持できないはずです! このまま押し切らせていただきます!」
「なるほど、確かに長時間耐えるのは難しそうです! ですのでっ!」
ファルが黒鱗の両腕をパンっと勢いよく叩く。
同時に、ガトリングガンを打っていたゴーレムたちが、グチャリと潰れて土塊の山になった。
「は?」
突如降って湧いた光景に、狐耳が唖然と目を丸くする。今までゴーレムたちは勇壮に銃弾をばらまいていたというのに、なぜ何かに挟まれたかのように、一纏めに潰れたのか。
その理解は、守られていた人々の方が早かった。
「うお!? 光ってる壁がいきなり動いた!?」「すげぇ速さだったけど壁を折り曲げて挟んだのか!?」「い、いまゴーレムを潰したの! あの黒い腕のちっこい子がやったんだよね、メグプト!?」
「はーい。そのとおりです。あの方が皆さんを守っていた障壁を動かし、ガトリングゴーレムたちを挟んで叩き潰したんでです」
そうメグプトが解説している間にも、あらぬ方向に曲がったガトリングガンの銃身が、それでも回転せんとがっがっがと鈍い音を響かせていた。
「く、クソ! こんな無茶苦茶! 化け物め!」
「竜人ですので! 力技は得意なんです! それでは!」
擦り切れた声で罵る狐耳へ、多少の哀れさを感じつつファルが黒鱗の腕を振りかぶって飛びかかる。
テレポートで逃げられる前に、殴って気絶させてしまいましょう!
そう考えていたのだが、迫るファルに対し焦りに見開かれていた狐耳の瞳に、光が灯った。
『ウラーク!』
呪文を発する。弾丸にかけていた脆弱化の魔法だ。その魔法で、黒ずんだ。
狐耳自身が。
「っ! あなた!? そこまでしますか!」
自分自身に脆弱化の魔法をかけるとは!? このまま彼女を殴れば殺してしまう!
「一族が生き残るのためなのです!」
慌てて止まろうとしたファルの隙を見逃さず、狐耳が文様が彫られた丸い鈍色の石を投げつけてきた。ファルの足元に転がったそれがボンッと破裂すると、粘っこい液体が広がり足に絡みついて固まってしまう。
(足を止められましたか!)
硬度的に無理やり破壊することは容易いが、それをやる前に狐耳の兵士か逆に迫ってくる。
「お覚悟!」
手には紫色に輝くナイフ。いつぞやの黄冥神だかのナイフか。何かしらのカウンターをするにしても、脆くなった狐耳を殺してしまう可能性がある。
となると、致し方なし、町中ですがこの手を使いますか!
そう思い定めたファルはすぅぅぅっと一気に息を吸い込み、そのままハッと吐き出した。
「なっ!!?」
すると、黒ずんだ瘴気とでも言うべきものが、ファルの口から吹き出て、狐耳へ直撃する。
「これ、は」
そして勢いよく駆けていたはずの狐耳は、足腰から力を失い、そのまま放り投げられた人形のように倒れた。
「ドラゴンブレスっていうやつですね。重ねて申し上げますが私、竜人なので。因みに私の一族の始祖竜、ヴォルスガ様は呪いと毒、黄金を束ねしものと伝えられています」
ファルは固められた足をボコっと引き抜きながら説明する。
「がんばって手加減しましたが、それでも私の毒ブレスをまともに浴びると、だいたい3日は動けません。申し訳ありませんが、私も死にたくないのでご勘弁のほどを」
「私、は、一族の、あの子、達の、ために、くそ、くそぉ」
倒れた狐耳が腕と膝で体を起こそうとするものの、小指程度の高さしか持ち上がらず、死にかけのミミズのように弱々しくもがくことしか出来ない。
(色々と事情があるようですが)
軽くため息をつきつつ、ファルは狐耳の側に落ちていた緑色の宝石を取り上げ、眺めてみる。魔力としてはほどほどと言ったレベルで、これでテレポート出来るなんてすごい魔術ですねぇ、などと感心していると、
「にゅうぃ」
スミレの気の抜けた声とともに、鼓膜つんざく高音が響く。大型ロボットの足を触手で巻取り、そのまま引き抜いたのだ。
だいぶ大立ち回りしていたらしく、辺りの倉庫やビルは既に残骸しか残っていなかったものの、スミレは見たところ傷一つない。
一方のロボットは、先程の通り足を引き抜かれて地面に手をつき、丸い体は再びボコボコに凹んで火花も散りだしている。感じる魔力も弱くなっていて、テレポートを使った修復も、もう出来なさそうだ。
「ねぇメグプト、この車、放置しなきゃダメ? 買ったばかりなんだけど」「めんどくせぇなぁ。終わったんならいいだろもう」「ちょっと待ち合わせあるんだけど」
一方、無理やり転送された人たちは、不満をたらたらとメグプトへ述べていた。
「いやそうは言いますけどね、皆さん! 車が無理やりテレポートさせられたということはですよ!」
「まったく。歴史ある公爵家の隠密頭と伺ったから姿も貸してあげたというのに、あっさりやられてくれたわね」
珍しく焦りが見えるメグプトの説明へ被せるように、声が辺り一面に響く。
聞き覚えがある声、というかさっき聞いてた声だ。
「ポモナ様!?」
気づけばいつの間にか、近くの無事だった倉庫の屋上に、ポモナが立っていた。その手には、緑の宝石が掲げられているのだが、
「そのお姿は!?」
服装は、先日と同じぴっちりとしたスーツ姿。
ただし半分だけ。もう半分は、黒い滑らかな金属の人形になっていて、寸分違わずポモナ自身をコピーしていた。
「何度もご覧になってるからお分かりかと存じますか、体を分ける術ですよ。本来は神などの上位存在を限定的に宿す術なんですが、ま、色々と研究して応用させてます」
「なるほど。ではポモナ様も、暗殺者の方と同じく魔女と協力関係? それとも」
「ええ、魔女そのものです。ああ、異界に一緒にいたのは私で、元となった人はそれ以前に殺していますよ」
「おいおいまた都市衛兵?」「あいつらほんとさぁ。メグプトもちゃんと監査しろよ」「なんで魔女なんかの潜入を許してるのさ」
ガヤガヤと愚痴る人々へ、メグプトの叱咤が飛ぶ
「それはいいですから! 皆さん車から離れて! 他の罠が仕掛けられている危険が!」
「その通り。だけど遅い」
ポモナの嘲笑うような調子で言葉を発すると宝石が輝く。同時に、人々が乗っていた車が爆ぜ、中から巨大な蔓の群れが飛び出した。
「わ、な、なんだ!?」「召喚魔法!? テレポート以外も車に仕掛けられてたの!?」「というか、この周りの光って」
「人間を尊重しすぎるのがメグプト、あなたの悪い癖。そして流石です聖女様」
ポモナが感心して頷く。爆発に巻き込まれた人々だが、光る丸い玉に覆われ無傷。
ファルによる守護の光だ。召喚された蔓も光を突破できず、誰も絡みとる事はできていない。
一人を除いて。
「っ! スミレ様!」
蔓が伸びた先、そこにいたのはスミレだ。不意をつかれたからか、流石にその黒紫の瞳を一瞬丸くするものの、即座に触手が反応しその小さな身体を蔓から守る。
「にゅうう」
しかし、防いだ触手に蔓は絡まり、その動きを制限する。ど、どうしましょう?
「大丈夫」
そうスミレが触手に力を込めれば、ぶちぶちぶちっと蔓はちぎれ、
「でしょうね! だけど、隙だらけよ!」
雄叫びが響くと同時に、半壊していたロボットの股下が開き、中からもう一人のポモナが現れた。
(屋上のポモナ様と二人! あちらとは反対の体が金属になってる! 体を分割し二人に分身出来るということですか!)
そのままもう半分のポモナは、ロボットから飛び上がる。その手で振り上げるのはメイス、頭には緑色の宝石が使われている。
どんな効果があるか分からないが、なんであれ、
「そうはさせ」
「ないのは私の方です!」
ファルが障壁を割り込ませようとした瞬間、屋上の方のポモナが叫ぶ。
同時に倒れていた暗殺者の背中が、パンっと爆ぜる。血と肉が火花のように飛び散り、そして黒ずんだ巨大蔓が、ファルとその後ろにいる人々へ槍のように突き出される。
「車と同じ仕掛けですか! 仲間に対してなんてことを!」
ファルが声を荒げて自身の前へ障壁を張れば、黒ずんだ蔓の群れは弾かれて地面にのたうつ。防げはしましたが!
「仲間ではなく駒ですよ! そして!」
「サブプランは成功です!」
もう一方のポモナを、スミレは体から生やした触手で突き飛ばそうとするものの、翡翠のメイスの方が早かった。
「ぐに」
額を打たれて顔をしかめたスミレが一瞬、緑色に光ったと思ったら、すぐさまその巨大な触手もろとも、姿を消してしまった。
「スミレ様っ!」
ファルの悲鳴が、そこかしこが砕かれ瓦礫が散らばる町並みに、ただ響いて消えていく。
「……その緑のテレポート宝石、強制的に相手を転移させることもできるんですね。しかし目的はファルさんだけじゃなく、スミレさんもでしたか。竜もどきを再召喚した時には、手出しをしなかったというのに」
「事情が変わったというだけよ、メグプト。死にぞこない、死なずの勇士様にしてやられたらね。サブプランってやつ」
「なんであれ、あなたがいつまでも自分の責任じゃないって面するなら」
それまで、慇懃無礼ではあったが何処か気品すらあったポモナたちから、表情がなくなる。仮面のような無機質な顔。しかしその2つに分けられた瞳だけが、憤怒をもってメグプトを睨みつけていた。
「「私たちは全部滅ぼすわよ」」
「待ちなさい!」
ファルが叫ぶものの、体が薄くなり始めた二人のポモナはただ丁寧に一礼して、そのままこの場から消え去った。
残されたのは、壊れたロボットと怯えた人々で、重傷であったろう暗殺者も消えていた。
「大変なことになりましたね。とりあえずデッドさんに連絡しますので、ファルさんは」
「私は行きます! メグプト様! ここは任せます! では!」
「え!? ファルさん!?」
そしてファルは、メグプトが疑問を挟む前に駆け出した。




