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幕間

 乱暴に閉められたドアの音が、木目調のリノリウムの床と白く無愛想な壁へ反響する。

「何のおつもりですか! 教区長殿!」

 部屋の中へ無理やり放り込まれた、狐に似た耳を頭に生やす女密偵は、鉄のドアを叩いて抗議の声をあげた。

「何のおつもりですか! ではない! この世間知らずめが! 貴様らが無関係の子供らを巻き込んだせいで、拠点に貸した教会が強制査察の上に活動停止にされたのだぞ!」

 精緻な文様が刻まれたローブをまとった、丸っこい人型中年の男、金月教における極島教区のトップである教区長が、その禿頭を熱した石のように真っ赤にして怒鳴る。

「あれほど無関係な市民を巻き込んでくれるなと念押ししたのに! お陰でメグプト自ら制圧に乗り出すような大問題に発展してしまった! こんな迷惑をかけられるとは、アールゼルーア公爵家の庭師の腕も落ちたものだな!」

「お、お言葉ですが、所詮、巻き込んだのは貴族でもない下民ではありませんか! メグプトとかいう使い魔が乗り出したところで」

「馬鹿者!!!」

 周囲のおつきの者たちがビクッと怯えるほどの大声が、教区長から飛び出す。

「良民を害して尚、開き直るとは! 如何な密偵とは言え、金月の光は遍くものを照らすという教えを忘れたか! そしてメグプト自ら動くという重大さが分かっていないとは! それでも密偵か! 貴様らのせいで極島金月教会は、重犯罪者扱いされているということだぞ!」

 丸鼻を荒く鳴らしていた教区長は、一転して肩を落としてため息を付く。

「ああ、いくら叔父上の命とは言え、このような陰謀に加担してしまった私も同罪だ。傷つけた無辜の民、聖女様、教区の信徒たち、そして金月様になんとお詫びすればよいか。冠を返上する程度で許されるであろうか?」

 気弱げに教区長が周囲を見渡すと、側に控えていたお付の者たちは、流石に慌てて口々に、

「金月様は寛大なお方です。反省を示せば、お許しになるかと!」

「そうですよ! 我らはあくまで少し場所を貸しただけ! このような狂った獣どもとはまったく知らなかったわけですし!」

「それに今、職を辞せばあのタルニール公爵家の鼻つまみ者が教区長の席へ座ることになりますが、よろしいのですか!?」

「む、むぅぅ、副教区長とはいえ、あの横暴貴族娘は流石に……、は、恥を忍ぶしかないか。しかし強制査察に活動停止とは、ただでさえ聖女様への対応で突き上げがあるのに。ミリメリミ地区長の慰留もせねばならんし。彼女を中央派が嵌めたとか根も葉もない噂も流れて、胃、胃が。とにもかくにもまずは聖女様にご面会しなければ」

「お待ち下さい! あのエセ聖女にすり寄るというのですか! それは公爵様への裏切りですよ!」

 ドア越しに聞き狐耳を立てていた密偵が、慌ててそう言い募るものの、再び教区長の頭が真っ赤になり、

「黙れ! 何が裏切りだ! 愚かな密偵が! さっさと王国に送り返してくれる!」

「なっ!? アールゼルーア公爵様がそのようなことをお許しになられるとでも!」

「許しなぞ関係あるか愚か者! あのメグプトに睨まれては、暗殺どころかエクザシティでの日常業務すらままならないというのに! そのまま都市警に突き出されないだけありがたく思え!」

 そう教区長が突き放すと、荒々しい足音が鳴り徐々に小さくなっていく。

「お待ち下さい教区長殿! お待ち下さい!」

 遠ざかっていく人の気配に、狐の耳の密偵がドアを叩いて声を張り上げるも、答えるものは誰もいなかった。

「……なんということだ」

 がっくりと力が抜けてた密偵は、ドアにすがったまま膝をつく。

(ただでさえ、聖女暗殺に失敗し続け公爵様からご不興を買っているのに、ここで送還なぞされてしまっては)

 首にかかっているお守りをぎゅっと握る。一族の子供が作ったものだ。木彫りの狐と言っていたが、デコボコといびつに削られた木片は、動物であることすら分からない。それでも8つの子の作品としては上出来だろう。

 先生頑張って、という無邪気な声と同時に、ブラブラと揺れる子どもを思い出してしまった。現アールゼルーア公爵の怒りに触れ、反逆者として絞首刑に晒された父と母、その下でうずくまった小さな貴族の子の泣き顔。

 そして次の日、その子は父母と同じ柱で……。

「大丈夫、大丈夫だ」

 不吉な思い出を打ち消そうと自分に言い聞かせた声が、無機質な乳白色の壁にむなしく響き、じりじりと心を削る。

 それでも一応、部屋を確認すれば、簡素な鉄のベッドと小さな木の椅子と机があるだけの、窓もない場所だ。極島という田舎といえど、流石に金月教の教区本部なためか、魔力的な防護はちゃんとなされているようで、魔法は発動しない。

 ぴっちりと隙間を固める鉄のドアは当然、外側から鍵が掛けられ内からでは何も出来ない。軽く叩いた反応的には、隠し持った爆薬で無理やり穴を開けるのも難しいか。

「クソっ! あの無能共が!」

 罵声が自分へ反響する。聖女が少数で都市の外へ出るという絶好のチャンスで、戦闘装備にも関わらず何も出来ず苦も無くひねられ、あまつさえ捕まるとは! そもそもたかが外国の平民が死にかけたところでなんだというのだ! メグプトとかいう使い魔を恐れ過ぎではないか! 臆病もののハゲ頭がっ……。

 次々と湧いてくる怒りに任せて、乱雑に木の椅子へ座るが、すぐに力なくうなだれる。多少の道具は隠し持っているとはいえ、何をやるにも力不足であろう。だが、このまま送還されるわけには……。そう煩悶したところで、ただ自分の荒い息遣いと心音だけが、無意味に空虚な部屋を満たす。

 コンコンっとドアが鳴った。

「な、何用か!?」

 狐耳の密偵が慌てて近づくと、カチャリカチャリという音がなる。

 鍵が開く音だ。まだ入れられてそう経っていないというのになんだ? 尋問か?

 なんであれちょうどいい。開けた瞬間に襲いかかって、などと狐耳の女が身構えていると、ドアの前にあった気配は消えた。

「……これは?」

 しばらくしても何の動きもないので、狐頭の密偵は恐る恐るドアノブを回して押すと、ドアはゆっくりと開き無人の廊下が広がった。


 薄暗い野営テントの中に、コーヒーの香りが満ちた。

「どうぞ。古くなった安物ですが」

「はは! 恐縮です!」

 バケツ兜のような頭を持つ、野戦服の大男は座ったまま敬礼して、簡易机にあるコーヒーを取る。平屋サイズのテントを圧迫するほどの大きな男で、普通の人間なら手のひらサイズのコップがミニチュアのよう。その手も頭と同じく機械で、そして覗く肌も全部鈍色に輝かせているのだが、

「っ、アチチチ」

 そんな鉄壁のようなサイボーグ男が、コーヒーを軽く口に含んで舌を出し、簡易椅子をギシギシと揺らす。

「そういえば、猫舌でしたね」

「はっはっは! 何分、舌を機械にする必要はありませんでしたからな! ありがたいことです!」

「ええ、本当に」

 そう優しく、対面の痩せた男は呟く。枯れ木のように細い青年である。顔も頬がコケて血の気の悪く、まとったノーフォークジャケットもくたびれて、肩や袖口には穴すら空いている。

 ただ容貌に反して、スラリと座る佇まいは乱れなく美しい。誰が見ても、長年培われたであろう礼法を思わざる得ないであろう。そしてその姿勢を保ったまま、男はコーヒーにゆったりと手を伸ばして口に含んだ。

 薄い味に薄い香りを、まだ男の舌と鼻は感じられた。

「それで! エグザシティとガルグヴグルガ公国に関する報告は以上なのですが、何かご質問などはございますか!」

「いえ、大丈夫です。ご報告、感謝します」

 ぐいっと湯気が立ち上るコーヒーを飲み干した痩せぎすの男は、機械化された片目を光らせながら、

「まずエグザシティの件ですが、脱出させた庭師に関しては、魔女に任せましょう。本隊が接触するのはリスクが高い」

「はは! しかしアールゼルーアの庭師、凄腕と聞いておりましたが、足を引っ張られた形になりましたな!」

「魔法世界の大半は、魔力の低い地球世界を下に見ていますからね。環太平洋軍がかの魔王を倒したというのに、未だ改めきれてない」

「そうして油断した結果、戦闘部隊がグレネード一発で壊滅という醜態ですな! それを差し引いてもこの男もなかなかやりますな! うむ、うまい!」

 コーヒーを口に含んで無邪気にうなずきながら、大男はスマートデバイスでデッドたちが草のサメと戦っているホログラムと、経歴の書かれた資料データを映し出す。

「通称、死にぞこない! あの若さで15年以上の活動歴を持つサイボーグですな! 西部都市抗争に修理屋ギルドの一員として参加した以外、目立った経歴があるわけではありませんが、今回の活躍、なかなかどうして根性がある!」

「あのガレノスさんの養子で魔法剣豪の弟子ですからね。あと一部情報が秘匿されているようです。活動密度に反した、不自然に経歴が空いているところがあります」

 男は、浮かんでいた十数枚の資料データのホログラムの中から、何点かのデータを指さして大きくする。

「ふむ! 調べますか!?」

「やめておきましょう。ただでさえ、神格の介入や異形ドラゴンの再召喚でメグプトが警戒しているでしょうし、都市警に嗅ぎつけられるのもまずいですからね。あの触手の子も含めて、今は静観です。なに、目標のものは既に手に入る算段はついていますからね」

「確かに! しかも金月神様が直接介入をなさっていますからな! 調子に乗ってあの方に本気を出されては、全てがご破産です!」

「そちらは心配は不要ですよ。金月神様は人の意志を重んじ、かつ寛容だ。我々の賭けすらも見守る対象です。過剰な介入はなさりませんよ。同時に慎重派でもあるから、金月教を通して妨害はなさるでしょうけどね」

「それ故に、かの庭師を逃がした意味も生まれますな!」

「そういうことです。極島の金月教にまとまられては面倒。なるべく引っ掻き回していきましょう。ああでも、狙撃雷槍周りは慎重に。上層部に嵌められたなどの噂で揺さぶるにせよ、彼女と本気で敵対するのは避けたい」

「すでに4人やられましたからな! いやはや我らが英雄に衰えなしです!」

「ですね。念の為、戦術級の準備もお願いします」

 了解です! と勢いよく頷いた大男は、湯気が消えたコーヒーを一気に飲み干し、うまい! と笑った。

 同時に、雲が途切れたか、強い光がテント内に差し込む。

 窓を見上げれば、青い空だ。

 強く青い色。暑さに苦しめられてる人でもなければ、その明るさに勇気づけられ、開放感を抱くことも珍しくないだろう。

(だからこそ、忌々しい)

 空は本来、黄色だったはずなのに。

 この青は、世界が混じり合って生まれた色、決して存在してはいけない、敗北の証。

 なのに人々は、それを受け入れてーー。

「それで! 魔女と一緒にいた神格の方はどうしますかな!?」

 大男の胴間声に、男は一瞬、目を丸くしたものの、すぐ痩せた頬を微笑ませる。

「ーー神格の方は何もせずとも大丈夫でしょう」

 神と呼ばれる存在は、得てして人間の英雄以上の力を持つ強力な存在だが、様々な制約がある。

 男は自分の思考を確認するように続ける。

「神格が動けば、金月神様など他のより上位の神格も現世に介入しやすくなりますからね。おいそれとは動けません。加えて狙撃雷槍の神器をまともに受けたのです。外神級でもない限り、しばらく回復に専念せざるえないでしょう」

「なるほど! 次に竜もどきですが!」

「竜もどきに関しても、魔女に任せましょう。ガルグヴグルガ公国へのサブプランで使うそうです」

「了解いたしました! 計画はいくらあってもよいですからな!」

 鷹揚に述べた大男が、カップにコーヒーを注いでくれたので、軽く会釈しつつコーヒーを再び飲む。が、さっきの怒りがあるのか、あるいは状況の繊細さを感じてるためか、味がしない。

「しかしあの魔女! 実験にしか興味がないものと思いましたが、あんな風に聖女様へ絡むとは予想外です! なお今のところウィッチリリィ自体が動いている様子はありません!」

「なら彼女自身の判断ということでしょうね。何を考えているのやら。下手にメグプトを刺激されると困りますが、彼女の技術は必要。まだ協力を維持したいところですか」

 考えをまとめるため、男は再び窓を見上げた。

 空はやはり変わらず青く、ただただ、自分たちをじっと見守っている。

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