終幕
スミレを取り返してから、数日が経った。
「あーだりぃ」
市役所から出たデッドは欠伸をして、屋台の客引きがうるさい見慣れた昼のエクザシティの雑踏を歩く。
さて、魔女アルラとの戦闘から帰還した後、様々な後始末がデッドに襲いかかった。
例えば、師匠の葬儀だの借金の返済だの、呼んだ仲間たちへの報酬支払いだの、レヴィアルタがグチグチ苦情言うのを聞き流すだの、移住した暗殺者一族の諸々の世話だのなんだのかんだのとである。
そしてその処理は今も山積みだ。あーめんどくさいなぁもう。
「あはははは、本当に大変ですよねぇ、はぁ」
デッドと同じくらい後始末要件が溜まっているファルも、いつもの元気10分の1くらいの顔でため息を付く。
「ごはん」
いつもと変わらないのは、二人に挟まれて無表情なスミレくらいか。こいつも色々とひどい目にあってたはずだが、回復力の高い奴である。
「そうですね、そろそろお昼ですし、なにか食べましょうか、何がいいでしょう?」
「ケーキ」
スミレが即答してくるが、ケーキは飯じゃねぇよ。
「ケーキ」
しかし気にせず連打してくるスミレ。お前ね、まぁいいけどさ。
「食後につけてやるから、ケーキ以外も挙げろケーキ以外も」
「……ラーメン」
ラーメンって。食べ合わせとか考えてらっしゃらない?
「まぁいいじゃないですか、デッド様! ケーキは別腹といいますし、私も両方、食べたいです!」
「そうかい。ただ一緒に出てくる店探すのはめんどくせぇから、別の店な」
デッドの答えに、ファルがいえーいとスミレとハイタッチした。
ま、平和でいいことさ。
そう二人を眺めてデッドがぼんやりしていたら、
「あ、その、えっと、デッド、さんでいいんすよね?」
一人の少年が声をかけてきた。
茶色な柴犬頭の人型獣人で、声と格好の感じから16歳くらいであろうか。
知らん顔である。
「どうした?」
「ええっと、いや、俺その、えっとジオガといいまして、なんつーか、最近死んだ、ジンスケさんの、お弟子さん、なんすよね? 俺の、えーと、知り合いじゃなくて、知り合いで」
たどたどし過ぎてよく分からんが、師匠の知り合いか? まさかこんな子どもに借金してたとかではないよな?
「いや違くて、逆に恩があって、おれじゃないんですけど、爺ちゃんが、あーえーと、くそ! メグプト、すまん! 頼む!」
「はーい、代わりにご説明しますね」
何処からともなくいつもの妖精姿が現れ、ジオガと名乗った少年の代わりに説明する。
「このジオガさんのお爺さん、50年前の大敗北の時、ジンスケさんに命を救われたんだそうです」
「……マジで?」
誰も助けられなかったと、ずっと師匠からは言われてきたんだが?
「マジですよマジ。まぁあの時は色々と混乱してましたからねぇ。それでずっと恩を返したかったのですが、時代が時代ですので、ジンスケさんが何処にいるか今の今まで分からなかったんです」
「それで、その、訃報のニュース見てたら名前があったから、せめて葬儀に出たかったけど、爺ちゃん、もう寝たきりで、だからせめて葬儀でこれを捧げて欲しいって言われたんだけど、もう終わってて、どうしようかって時、あんた見かけてで、これ」
そう恐る恐るジオガ少年が差し出したのは、小さな銀色に光るメダルだ。
別になんてことはない、その辺りの屋台で売ってそうな安物。
(それでも、あんたのためにわざわざ持ってきてくれたぞ、まったくよぉ)
何があの時、死ぬべきだった、何も成し遂げられなかっただ、アホ師匠め。
ちゃんと助けられたものがあるのに、しみったれ過ぎだろうによ。
「デッド様、受け取って差し上げれば?」
「ああそうだな、ジオガさんだっけ? わざわざすまねぇな。ジンスケの位牌には添えておくよ」
ファルに促され、デッドは硬貨を受け取って懐に収める。
「いや、いいんすよ。俺の方こそすんません。わざわざ呼び止めちゃって」
「ならお互い様ってとこだな、そこは」
「ケーキ」
ジオガとのやり取りを黙って聞いていたスミレだが、焦れてしまったか腕を触手で引っ張って来た。分かった分かった。
そうそう、ついでだ。
「で、ジオガさんよ? せっかくだし、よけりゃ飯でも一緒にどうだ? 奢るしご祖父様に土産話の幾つかを提供できると思うぜ?」
そんなことを、デッドは眼の前の少年に提案してみた。
「かなりの被害が出ましたね」
「はい。いやはや、デッドとかいう荒事屋を甘く見すぎましたな」
薄暗い野営テントの中で、痩せぎすの男に、バケツ兜の頭を持つ大柄なサイボーグが頭を下げる。
「申し訳ない。新兵たちを無益に使うことになりました」
「聖女様の動きが急すぎましたからね。まさか即座に拠点へ向かって来るとは」
「加えて魔法剣豪の裏切りに庭師たちの介入、予想外の要素が多すぎました。指揮を取っていたエルゼルエが、責任を取り賜死を申し出ておりますが」
「却下です」
ため息とともに、痩せぎすの男は断言する。
「ただでさえ人員不足です。死ぬことは許しません。ただ処罰は必要でしょうね。案は?」
「降格と所属移転でしょうか。ガルグヴグルガ公国への作戦で人員が必要ですし」
「それで行きましょう。詳細は任せます」
淡々と命じ、痩せぎすの男は野営テントの窓から空を見上げる。
きれいな青だ、今はまだ。
「一歩進んで一歩下がる。なかなかままならぬものです」
「作戦とはそんなものでしょうな。我慢が肝要です」
「そうですね。被害ばかりに注目して焦らず、成果も見なければ」
そう言って、ホログラムを浮かび上がらせる。
それは、痩せぎすの男からは剣に見えていた。
「不思議なものですな。静止画だというのに、私には槍に見えます」
バケツヘルムは不思議そうに首を傾けた。
ジャンク漁りたちから買い取った、見るものによって姿が変わる武器。
本来の魔女アルラの計画、体半分を神と入れ替える術式を、エグザシティ数万の住民に使って、通常では召喚し得ない金月神のような超宇宙的存在を直接地上に降ろす計画。
その要となる道具だった。
「解析に金を惜しまないでください。外神という超越者の力を使い、この歪んだ世界を正すという目的は、まだ潰えていないのですから」
「は! 関係各所に手配しておきます!」
バケツ頭が敬礼するのに頷き返した後、痩せぎすの男は再び空を見上げる。
(私は、諦めない。諦めるわけにはいかない)
そんな男の決意を他所に、空はただただ青く輝いていた。




