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第十幕

『助かったよ聖女様! ありがとうございますっと!』

「いいえ! 遅くなり申し訳ありません!」

 ロボパイロットの通信に答えつつ、ファルは近くの瓦礫の端を持つ。ビル4階分くらいの大きさで、横倒しになっているものの、まだきれいな形を保っている。

「よいっしょっと!」

 それをファルは高々と持ち上げた。

『はぁ!?』『ぎゃはははは! まじかよ!』『なんとまぁ!』

 スマートデバイスから響くのは驚愕の声。数百トンは優に超える代物だから当然だが、

「そうりゃぁあああああ!」

 ファルはそれを木の枝か何かのように、ドラゴンの異形に投げつけた。

 さしものドラゴンも目を丸くしつつ、胸に生えた大腕で叩き落とそうとする。

 が、ビルの大質量はそれを許さない。

「!!!???」

 結果、腕は潰れて頭への直撃を許し、悲鳴のような咆哮とともに、竜はその巨体を大きく怯ませる。

「もう一丁! ってわわ!」

 更に手頃な瓦礫を持ち上げようとしたファルへ、小銃を持ったゴーレムたちによる銃撃。

 それは障壁を張って受け流しつつ、さてどうしようと一瞬悩むが、

「ファルフニル様の邪魔をするな!」「ぶった切っちゃいます!」

 レヴィアルタのお付の二人が、それぞれ剣を片手にゴーレムたちを両断してくれた。

『ファル! そっちはどうだ! 行けそうか!』

 と、バンの方へ支援に行ったデッドからの通信が来る。

「なんとかってところですかね!」

 ファルは答えながら、気を取り直して瓦礫を持ち上げぶん投げる。

 自動車くらいの大きさの瓦礫は、こちらへ方向転換しようとしていた竜の頭に当たり、再び大きくよろけさせた。

 よしっと頷いた瞬間、今度は横合いからゴーレムの群れが突撃してくる。お付きたちもがんばっているが、相手の数が多すぎるか。

『数の差ばかりはどうしようもねぇ! バン周りも敵が多すぎて援護は無理だ!』

 デッドが舌打ちとともに告げてくる。

『こっちのお付きもスミレたちの護衛に残したのも動かせねぇ! てめぇでなんとかしろ!』

「もちろんです! お任せあれっと!」

 朗々と答えたファルは、移動しつつ脇の木とコンクリが斑に組み合わさった建物をぶん殴る。すると、元々歪んでボロボロだったビルは大きく崩れ、そこへ走り込んできたゴーレムたちを押しつぶしてしまった。

「では、偉大なる竜よ! 参ります!」

 ファルはそのまま駆けて、廃墟を踏み台にドラゴンへ飛びかかる。

 それに対してドラゴンは顎を開き、火炎弾を発射。溜めがないとはいえ、鉄くらいは優に溶かす炎がファルに直撃する。

「はあああああ!」

 が、もちろん張っていた守護の加護で強引に突破、ファルは自身の黒鱗の腕を振り上げる。

 ドラゴンも応じて、今度は右腕を振り上げて迎撃しようとするも、

『どらよっと!』

 騎士ロボが盾を掲げてシールドバッシュ、ドラゴンは足に衝撃を受けて態勢を崩した。

「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!!」

 そこへファルは竜爪を一閃一閃また一閃、めちゃくちゃに振り回す。そうして竜の頭を再生する端から切り裂いて、反撃も復活も許さない。

 赤く染まった鉄と肉が驟雨のように降り注ぎ、暗闇を血の匂いが満たす。

「……ご容赦を」

 そんな鮮血の嵐が収まると同時にファルが地面に着地すれば、微塵に切り裂かれた竜の頭部が地面に落ち、べチャリと砕けた。

 首から上は、もう存在しない。

『ふふ、ふふふふふふ、あははははははは! お見事! お見事です! 竜聖女様!』

 魔女アルラの哄笑が暗闇に響いた。魔法の類を使ってるのか、彼女は夜空を疾走してツバキの追撃をさばきながら、ファルに称賛を届けてくる。

『竜の再生力を無理やり破壊するなんて! 噂に違わぬ化け物っぷりです!』

「力技は得意ですからね! しかしどうせこれでは終わらないのでしょう!」

『ええ! ええ! ええ! もちろんです!』

 魔女が頷くと同時に、首のなくなった竜が尻尾を振り回す。それをファルが飛び退いて避けると、胸の潰れた腕がぼとりと落ちて、別のものが生えてきた。

 人間、女性の姿だ。頭に狐耳が生えている。

「あれは! 私を襲撃した暗殺者の女性ですか!?」

『はい! スミレさんでしたっけ? 彼女の代わりにあの竜の心臓になっていただきました! 本人の望みでね!』

「それは、いったい!?」

 ファルが問いかけていると、竜の体から今後は無数の黒蔓が湧き上がって襲いかかってきた、ええいまためんどくさいものが!

『この方が仕えるアールゼルーア公爵家はご存知でしょう!? 元より残虐で有名な家ですが、現当主は輪をかけて酷薄で、ちょっとした怒りで族滅された一族すらあると!』

「っ! それは!」

『お気づきになられましたね! そう! この暗殺者は哀れにも、あなたの暗殺に失敗すれば、故郷に残した一族を全員、縛り首にすると脅されているのです!』

「この! おしゃべりしている余裕があるとでも!」

 ツバキが怒声とともに剣風を飛ばすが、宙を駆ける魔女は悠々とそれを避けて、逆に氷塊を散弾のように次々と放って牽制。

 芝居がかった口調でアルラは続ける。

『それを防ぐために、暗殺者はこうして自身の身を呈してあなたに挑んでいるのです! なんてかわいそうな人でしょう! 偏にあなたが強すぎるせいですよ! 竜聖女様! そうあなたのせい! あなたがいるせい!』

 魔女の嘲弄が耳元にまとわりつく。理性がそういう呪詛の類だと分析する。

 聞いてはいけないし、聞く必要もない。

 それは分かってるのだが。

『そういえば、ここでの争いでも傷つき殺された敵に対して、心を痛めておりましたね! なんてお優しい! そしてなんと厚かましい! あなたがここにいるせいで死んだのに! あなたが死ねば皆、助かるというのに!』

「そうかもしれませんね! ですが、だからといって死ぬわけには参りません!」

 ファルは断固たる口調で、魔女の呪いを否定する。

「私は生きて戦わなければ、多くの人が逆に傷つき死に至るのですから!」

『そのために、歯向かうものは切り捨てる、と?』

「手を汚すことを厭い、無辜なる人々を見捨てるわけにはいきませんから!」

『ーーつまらない回答ね』

 今までの熱に狂ったようなしゃべりから一転、酷く冷めた口調で、魔女は呟いた。

『なら、あなたも他の正義と同じように、邪悪を切り捨てていけばいい』

 それ、は。

 反論しようとして、言葉が出なかった。

 魔女の理屈は穴だらけで、身勝手なのは分かりきっているのに。

 そこに、救いを求める人を見てしまったからーー。

「ファルフニル様!」

 レヴィアルタのお付の悲鳴で、大蔓が背後から伸びでたのに気づいた。

(くっ! 障壁は間に合わないか)

 致し方無しと歯を食いしばって耐えようとしたが、しかし予想した衝撃は来なかった。

「魔女が、聖女様を惑わすな!」

 背後から突き出された蔓は切り飛ばされて宙を舞い、代わりに鎧兜の女性が一人、ファルを守るように長剣を構えていた。

 兜の角飾りが目立つ兵士だ。

「あなた、は? え? ええっと?」

 ファルは混乱する。眼の前にいるのは、暗殺者。

 竜と一体になった女性と同じ所属の、そして確かバヴィスを人質にしてファルを暗殺しようとした兵士なはずだ。

 そんな人物がなぜ自分を守るのか?

「驚かれるのは無理からぬことです。本来は首を斬って差し出す以外に、御前に出るのは許されぬ身です。ですが、今は急場ゆえご容赦を!」

「え、あ、いや、それはいいというか、ええっと、そうではなくて」

『何のつもり? アールゼルーアの庭師の一人であるあなたが、どうして竜聖女様に味方するの?』

「もちろん、聖女様に恩があるからに決まっている!」

 戸惑うファルの代わりに魔女が行った質問へ、堂々と兵士は答えるが、え、いや恩って何? 確かにあの時、死にそうだった彼女を助けたけど……

『ふぅん? その恩とやらのために、故郷の一族はどうなってもいいと?』

『ああ、その件はもう心配いらねぇぞ』

 魔女の当然の疑問に、デッドが答えた。

『暗殺者の一族とやらは、もう助けたからな』

「『はぁ?』」

 不覚にも、ファルは魔女と一緒に首を傾けてしまった。

『暗殺者たちを捕らえた後、相談されててな。このままだと公爵様とやらに一族が皆殺しになるってな。だからエグザシティに全員移住できるよう、仲間を魔法世界に送って手配してたんだよ。それが今無事、完了した』

『なん、ですって、っ!』

 絶句する魔女を、巨大な炎が飲み込む。竜の炎にも匹敵しそうな輝きだったが、しかし防御魔法でも張っていたか、即座に抜け出した魔女は軽いやけどを負ったに留まった。

「ちぃ! 頑丈な魔女だな! おい!」

 炎の剣風を浴びせた肉の壁のような大男は、鉄骨のように無骨な大太刀を構え直しつつ、体に見合わず幼い顔を悔しがらせる。

「コッドス! あなた! エリュシオンから帰ってきたばかりでしょうに!」

「師匠の弔い合戦だからな! 俺だけ留守番なんて出来ねぇよ!」

 ツバキの心配に、コッドスは笑って答えた。

「それじゃ私たちも行きましょうか!」「報酬に色つけろよデッド!」「まったくこんなのガラじゃないんだけど!」「が、がんばりましょう!」「我らもいくぞ!」「「はっ!」」

 そして闇の中からデッドの仲間の荒事屋たちや、ファルを狙っていたはずの暗殺者の兵士たちが現れ、次々とゴーレムを破壊していく。

 そんないきなり降って湧いたデッドたちの援軍に、焦りをあらわにアルラが吠える。

『移住を手伝うために魔法世界に送ってたデッド様の仲間が戻り、枷がなくなり暗殺者たちがファルフニル様に味方したのは分かりました! しかしなぜ! どうやっていきなりここに現れたのです! そんな集団、何処にも今までいなかったのに! まさか!』

『そうですねぇ。あなたのテレポートの魔術を私が解析して使用しました』

 のんびりした声がスマートデバイスから響く。

『やってくれたわねぇ! メグプトぉ!』

『デッドさんに襲撃された時、拠点を自爆させなかったのがあなたの失点ですよ。残っていたもののお陰で、大分解析が捗りました』

 転移、テレポートという本来は最上位の魔法を盗み使ったメグプトは、ちょっとした仕事が終わったかのように語る。流石、極島最大、最強、最優の超抜級AIというべきか。

『研究に繋がるようなものは残してなかったはずでしょうに! それをこの短時間で! 実用化にどれほどかかった思ってるのです!』

『設備が残っていましたからね。道具が明らかなら、確立した魔術の分析もそう難しいことではないんですよ。しかしこの辺りの空間断層を利用したテレポートですか。地域や時間が限定されるとはいえ、よく考えつきましたねぇ』

『褒められたところでぇ! それだけの力がありながらあなたは!』

「隙だらけです!」

 状況に気を取られていた魔女の隙をつき、ツバキが一気に間合いを詰める。

「ちぃ!」

 気付いた魔女が急加速をして逃げるも、一閃。

 魔女の腕が、持っていた杖と共にくるくると地面に落ちるも、何かの魔法か断面からは血は出ない。

 一方ファルは、再び瓦礫を持ち上げつつ、デッドに改めて通信する。

「形勢逆転って感じですね! デッド様のお陰です!」

『俺は仕事をコッドスたちにぶん投げただけで、大したことはやってねよ』

「ご謙遜なさらずとも良いのですよ。デッド様の仕切りあってこその、一族の方々の救出なのですから。それはそれとして」

『あん?』

「なんっで事前に何も言ってくれなかったんですかぁ!!!!!!」

 万感の思いとともに、瓦礫を迫っていたゴーレムの群れに投げつけて、ストライク。多数のゴーレムがボーリングのピンよろしく吹き飛んでいく。

 一方のデッドは迷惑げに、

『バレてなんとか公爵とやらにチクられたら大惨事になるからだよ。なら必要ない限り、計画を黙ってるのは当たり前だろうが。いちいち切れんな』

 言ってることは1から10まで正しい、正しいのだがぁ、納得いかないぃ!

『こいつはこういうやつだよ、聖女様』『必要だからってすぐ勝手にやっちゃうからね』『悪い癖ですぞ』『ムカつくよねぇ』『直せよいい加減』『バカ』『あ、ははははは』

 話を聞いていた荒事屋たちが、これ幸いとファルに味方しデッドを叩きだした。

『ピーチクパーチクうっせぇ! 戦闘に集中しろアホども!』

『その通りです! フィナーレは、まだこれからなのですから!』

 デッドの罵声に、魔女の声が被さる。

「あ、ああああああああああああ!」

 そして、磔のように竜の胸に生えていた狐耳の女性が、咆哮のような悲鳴のような声をあげ、紫色に光りだす。

『魔力出力を限界まで上げさせていただきました 10分もすれば使い物にならなくなりますが、なに、計画はまた練ればいいことです!』

 魔女が声を弾ませる中、竜はそのビルに匹敵する巨体を、暴走する猪よろしく突進させてきた。

「とっとっと!」

 ファルが慌てて廃墟を盾に逃げるが、竜は進路上の廃墟もゴーレムもねじれた草木も全て粉砕して直進してくる。

「あっ! しまっ!」

「金月様! お願いします!」

 その足元には、こちらに味方してくれた暗殺者が一人、不意を突かれたか逃げ遅れていたので、ファルは手をかざす。

 そうして現れた白い障壁に竜は激突し、衝撃が空気と大地を大きく震わせた。

「すみません! 聖女様!」

「いいえ! 大丈夫です! しかし、困りましたね!」

 障壁はまだ立っているものの、竜の方も諦めずに竜爪を乱打するせいで、徐々に薄まり始めている。さっきとは比べ物にならないパワーだ。

「この!」「かったいなぁこいつ!」「あまり近づかないように! 巻き込まれます!」

 その横から荒事屋や暗殺者たちが、銃や剣で攻撃するも、びくともしない。

(幸いというか、まだ障壁と私に注意が来てますが、自由に暴れられると被害は避けられませんね! それに、あの狐耳の方も)

 あああああああああ! と絶叫を続ける磔にされた狐耳の暗殺者は、徐々にではあるがやせ細り始めている。時間をかければ、使い潰されるのは明らかだ。

 なれば、

「皆さん! 少し離れて! そして後はお任せできますか! 少し本気を出しますので!」

『ん。分かった。人数は有利だからな。任せるし任せておけ』

 デッドが即座に皆を代表して答えてくれた。ありがとうございます。

 心の中で頭を下げたファルは、目を閉じる。

 問いかけるは己の心臓。

 世界を呪うものとして神に与えられた力にして、世界と共に歩むことを誓った力。

『竜血隆起、開始』

 毒と呪いを束ねし始祖竜より託された、竜の力。

 それが、激痛とともにファルの全身を一瞬で駆け巡った。

「これが、竜聖女……」

 誰かの呟きが闇に消えた時、ファルは目を開いて確認する。元より大きかった爪は短剣のように鋭く伸び、大鹿のような角が頭巾を頭から落としていた。

「ふむ、こんなものですね。では」

 そうして竜をまとったファルは、眼の前の頭を失い、人を心臓にする歪な異形を見上げ軽く頷く。

 そこからは一瞬だった。

 皆が瞬きした瞬間には、竜の胸元まで迫っていたファルは、その胸に埋まっていた狐耳の暗殺者を苦も無く引き抜く。

『は?』

 そんな驚きの声がそこかしこから漏れるが、その時には既にファルは竜から遠くに離れ、デッドの真横に着地していた。

「ではデッド様、後はお任せいたします」


「お、おう」

 デッドが頷くやいなや、普段の姿に戻っていたファルは、がくりと力が抜けて倒れそうになる。慌ててその体と腕の中の女性を支えつつ、デッドは独りごつ。

(事前に聞いてたけど、とんでもねぇなぁ)

 ファル曰く、本気を出せば無敵の竜の力が振るえます、とのことだったが、1秒もかからず竜の中の人間を引き抜いてしまうとは。

 圧倒的過ぎる。

「うぐ、やばいです、吐いちゃうかも」

 ただ竜の力を数秒でも使えば、反動で数時間は動けなくなってしまうため、今まで使わずにいたそうである。

「勝手に吐け。どうせ掃除はいらねぇ」

「やですよぉ、皆さまいらっしゃるのに、情けない」

 青い顔でそんなことを気にするファル。まぁ好きにしろよ。

 そんな話をしつつ、救い出した狐耳の方もさっと確認する。手足がなく顔も痩せこけ魔力も枯渇しているが、とりあえず大して血は出てないし呼吸もあるので、すぐには死なないだろう、たぶん。

「ならよかったです、無理した甲斐がありました、うぇ」

 ファルが口元を抑えていると、狐耳の口が、弱々しくもはっきりと動いた。

「感謝、します、お二人、とも。でもなぜ、そこまで、して我らを」

 どうやら竜と一体化してても、一族救出の話は聞いていたらしい。デッドはファルと彼女を壁に寝かせながら、

「ま、人なんて死なないほうがいいだろうよ、敵味方なんて状況次第だしな」

「デッド様の言うとおりです。昨日剣を向けあったとしても、今日握手ができるならそれでいいんです」

「……」

 二人の言葉に狐耳は答えず、ただ頭だけを軽く下げた。

『ふ、ふふふふふふ、流石、流石です竜聖女様!』

 一方、驚愕から抜け出した魔女アルラは、ハイテンションで叫ぶ。そろそろ降伏しろよ。

『いえいえ、いえいえいえいえいえ! こうもあっさり終わらされては、魔女の沽券に関わります! フィナーレは派手でなければ! ですので!』

 胸に大穴が空いた竜の魔力が再び膨れ上がり、目に見えるくらいに白熱し始めた。

『自爆でもってこの辺り一帯を皆さまごと吹き飛ばし! 終焉とさせていただきます!』

「あー、爆発させるつもりだってメグプトが言ってたな」

 高らかに宣言する魔女に対し、デッドはスマートデバイスを眺めながら、至極事務的に淡々と応じる。

「だけどもう看板だ。幕はこちらで降ろさせてもらう」

『気のないお返事、一体何を』

「使用許可がやっと下りたそうだ」

 デッドの言葉と同時に、地平線の彼方が光った。


 エクザシティにもビルはあるが、巨大電波塔のような超高層建築はあまりない。

 理由は簡単で、いつ事件や災害が起こって、建物がダメになるかわからないから。

 異形や戦争で10年後どうなるかわからない極島で、金のかかった建物を建てるのはアホだけだ。

 もちろん例外はあり、現在、極島鳥の巣ビルと呼ばれる超高層ビルも、そんな建物の一つだ。

 50年以上前に着工したビルだが、混沌災害により建築途中で放置されたビルである。

 その上層部は壊れないよう処置はされてるものの、建築用の足場と剥き出しの鉄骨がそのままになっている。

 そんな中で灰色迷彩をまとったミリメは、スマートデバイスを眺めながら腹ばいになっていた。

(うう、寒いなぁ)

 ビルにして40階くらいの高さがあるから風が強い。防寒装備でくればよかったなぁ、などとミリメが後悔していると、銃声が響く。

『偵察ドローンの掃除、完了しました、隊長』

 ミリメの地区長補佐であり、そして円卓軍時代の副官でもあるエエリリからの通信に、ちょっと苦笑が漏れる。

「隊長って昔みたいだよ、エエリリ」

『あなたが銃を取るならば、私たちにとっていつまでもあなたは隊長ですから』

 大真面目にそんな事言われても、面映ゆいと言うか、なんというか。

「しかし、あんまり神経質にドローン落とさなくてもいいと思いますよ。ただ単に見てるだけですし、所属も明らかにしているんですから」

 近くに待機していた妖精姿のメグプトが、軽くため息をつく。

『事前に登録してないドローンでしたので。本来ならあなたにすら遠慮ねがいたいところなのですよ、メグプト』

「いやぁ、流石にそれだと使用許可は出せませんよ。なんせったですよ」

 メグプトが苦笑しつつ、横目でミリメが握るそれを見た。

 それは数メートルの長さのある黒い筒だ。

 一見すると単なる長い棒。機械や宝石の類は何も無いし、塩化ビニール管と言ったら信じる人間もいるかもしれない。

 だがしかしこれは、地球とエリュシオンという2つの世界が、かつて共に戦った証である。

 メグプトが朗々と詩でも吟じるように続ける。

「円卓軍が十一武器の一つ、雷槍。凶暴化する異形へ対処するため、科学と魔法の力を結集して作られた狙撃銃。かの九首の雷姫に託され数多の戦果をあげ、大敗北においてはその首魁たる異形EI7番を打ち抜き、文字通り世界を救った伝説の武器ですからねぇ」

『誰に説明してるんですか、誰に』

「ドローンで監視してる方々にですね。価値を分かってない方も多いですから」

「そろそろ打ちます」

 妙にテンション高いメグプトに、一言、指示を飛ばす。すると妖精姿の彼女は黙り、代わりにミリメの額に額を合わせた。

 そして、ミリメの世界が広がった。

 周囲を吹き荒れる風が見える。回転する星のコリオリ力が見える。たゆたう熱の層が見える。流れ続ける魔力が見える。目標である竜もどきの未来の姿が見える。

「視界、感覚同調、完了しました」

 メグプトが機械的に告げると、ミリメは少し銃の位置を調整する。メグプトから与えられた情報で、自分が描いた目標までの弾道曲線を修正していく。

『雷神よ、ここに、ここに』

 そして、その作業を数秒も掛からず終えたミリメは、静かに祈りを捧げた。

『御身の武器をここに、ここに、義を蔑む邪はここに徳を嗤う悪はここに、邪悪なる者共へ雷の威光を示し給え』

 祝詞が紡がれると同時に、その黒い狙撃銃に膨大な電気が流れ込む。

『神器に捧げるは我が雷の誓い、願うは裁きの光なり』

 大型発電所に匹敵する電力は、しかしこの銃には必要なものだ。

『雷神よ、ここに、ここに、御身の武器をここに、ここに、悪に対する徳はここに邪に抗う義はここに、徳義もつ人々へ雷の加護を示し給え』

 レールガン。電力を射撃に変えるそれは、かつて雷姫と呼ばれたミリメに希望を託した人々が、彼女のために選んだシステム。

『神器に捧げるは我が雷の祈り、願うは赦しの光なり』

 どうか皆を助けて欲しい、この理不尽な運命を打ち破って欲しいという、願いの結晶。

『ここに、ここに、御身の武器を今ここに』

 その責務に答え、世界を救った伝説は、

『天穿つ弾丸をここに垂れ給え!』

 半世紀の時を経て、再び目覚めた。


 一筋の雷光が、闇を切り裂いて、閃く。

 それで、終わりだった。

「……ファルのやつも大概だったが、ミリメもやべぇな」

 デッドは、遅れて響いた爆音の中、正直な感想を呟く。

 その視線の先は、白熱したドラゴン、否、ドラゴンがいた場所。

「これが狙撃雷槍っていう異名の由来ってわけか」

 そこには、僅かに残ったドラゴンの手足が、焼け焦げた地面に転がっていた。

 それ以外の部位は、地平線の彼方から突き刺さったミリメの狙撃により、一瞬で消滅した。

『クライアントが警戒してましたが、これほどとは……』

 魔女アルラもまた、再び呆気に取られている。

 事前に連絡を受けていたデッドたちですら、ドン引き気味なのだから仕方ないだろう。

 そんな全員が奇妙な空白に支配されている中でも、状況は動いていく。

『はーい。デッド! 別働隊、野砲陣地と結界解除部隊を制圧したよ! ところでさっきのやべえ光なに! 超すごかったけど!』

「ああうん、後で説明する。念の為、周りの警戒を頼む」

 入ってきた連絡で、気を取り直したデッドは自分の周囲も確認する。

 竜もどきは消滅した。ゴーレムも目に見えて減り、敵の魔導鎧も数人しか残っていない。先ほどの連絡の通り、敵の野砲陣地と結界解除の部隊も制圧した。援軍の様子もない。

 つまり、

「大勢は決したぞ、アルラ」

『ふ、ふふふふふふ。いやいや、いやいやいや。竜聖女様といい、金月教は侮れませんね、本当に』

「そーかい。で、どうするんだよ? まだやるってのか、それとも」

『もちろん尻尾を巻いて逃げますわ!』

 そうデッドに答えたアルラは、箒をかっ飛ばそうとする。

 が、その前に現れた巨大な竜巻が、魔女を呑み込んだ。

「逃がすわけねぇだろ!」

 大太刀を振り抜いたコッドスが吠える。

『弟さんもやりますねぇ! ほんと!』

 アルラは笑みを浮かべて竜巻から飛び出すも、またがっていた箒はボロボロに傷つき、下手にスピードを出せば壊れるだろう。

「それじゃ逃げれねぇだろ! 大人しくすりゃ命は取らないでおいてやる!」

『あらお優しい。でもね、デッド様』

 デッドの降伏勧告を、魔女は嘲笑う。

『勝ち誇るのは、勝ってからにするべきです!』

「んだと? な!?」

 デッドの全天周視界に突如、巨大な熱源反応が複数、現れた。

 結界外の数キロ先にテレポートか! しかもこの大きさ、まさか!

「弾道大型ミサイルだと! そこまでやるかお前!」

『大丈夫! これで私たちも手札切れです! 頑張って耐えてください!』

 魔女がそんな事を宣うが、無茶言うな! デッドが使ったミサイルの数倍規模が2発。スピード的に後10秒もせず着弾、ヤバイヤバイヤバイ!

「全員! 今すぐ建物の影に隠れて伏せろ! 早く!」

 混乱しつつも指示を飛ばすデッドを他所に、ミサイルは迫る。

 その一つを地平線からの閃光が貫いた。

(ミリメか! さすが英雄様! だが!)

 夜空に広がる爆発が、もう一発のミサイルを照らす。ミサイルを防げる砲火を持ってるやつなんてないし、もうしゃーねぇな!

「か、加護を、ふにゃ」

 ヘロヘロのファルが何かやろうとしたのを、暗殺者の女性もろとも上に被さって黙らせる。無理しようとすんじゃねーよ!

(まぁ直撃しなけりゃ皮膚が黒焦げくらいで済むだろ! っておい!)

 全天周視界が、4人の魔導鎧が天に盾を構えているのを捉えた。

 レヴィアルタのお付きたちだ。

「馬鹿野郎! なにやってんだ!」

「我ら! まだ雪辱が済んでおりませんので! 総員! 障壁展開!」

 リーダー格のお付きの指示で、全員が盾から光を放って繋げいき、巨大な壁を作る。

 範囲は十分。しかし、ファルのより明らかに薄く光も弱いが、何をしようにも既にミサイルは眼の前だ。

(あいつらを信じるしかないか!)

 後は金月神様か!? ファルが泣くかもしれんから守ってやってくれ!


 ーーじゃあ天秤の揺れにも余裕あるし、ちょっとおまけしとくね


 なにかの声が頭に響くと同時に、お付きたちが張った障壁がいきなり分厚くなる。それに驚きの声をあげる前に、ミサイルは炸裂した。

 光と轟音、そして強い熱風が吹きすさぶが、想定していた程ではない。

「い、今のお力は!? いきなり障壁が強化されましたが」「もしかして金月様が直接!?」「恐れ多いことですが、ありがたい」「金月様、どうもです!」

 少しして爆風が収まると、お付きたちは戸惑いはあるものの、特に怪我はない。ざっと他の仲間も確認したところ、大きな負傷はないようだ。

(俺を助けた時といい、この一瞬で弾道ミサイル級を防ぐとは)

 さすがは超宇宙存在な神様。礼は、金月教会へ寄付でもしとけばいいのだろうか?

「君たちがよく生きることこそが私の望み、というのが金月様第一のお言葉ですね。寄付はもちろん嬉しいですが」

 ファルが軽く説明してくれるが、まぁせいぜいご期待に添えるようにはしよう。

『友だけでなく神様にも恵まれているのね、死なずの勇士』

 と、アルラの声が静かに聞こえてきた。軽く辺りを見渡しておくと、ゴーレムや魔導鎧共々、既にその姿はない。

『であればこそ、また会いましょう。私たちの英雄』

「二度と面見せんな、うっとおしい」

 そうはならんだろうな、などと予感を抱きつつも吐き捨てると、アルラの声は静かに笑って消えていった。

『すまねぇ死にぞこない。さっきのミサイルやばくて、結界を維持できなかった』

「気にすんな。かなり無理したんだろ。ありがとな」

 通信で謝ってきたスラッドに答える。

「私からもお礼を。皆様にも、デッド様にも。ありがとうございました」

 ファルも頭を下げると、聖女様ばんざーい!などとお付と暗殺者が声をあげ、デッドの仲間たちも何故か一緒にばんざーいと騒ぎ出す。元気な奴らだよ、まったく。

「ふふふ、そうですね。皆様が無事で本当によかった。あ、月が」

 クスクスと笑っていたファルが指差すと、雲に隠れていた金色の月が再び現れ、夜を静かに照らし出した。

「ま、めでたしめでたしってぇところかね」

 軽く苦笑したデッドは、今はただ輝く月を見上げることにした。

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