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第九幕

 一瞬の閃光が、黒ずみ草生した廃墟を照らすと、爆風が一気に広がった。

 周りの土のゴーレムたちが衝撃でバラバラになり、バンが放り投げられたミニカーのように勢いよく転がる。

 その先には青と赤の色とりどりな木々に絡まれた、衝撃を与えれば今にも崩れそうな五重塔の廃墟だ。

「やれやれまったく! お祭り好き過ぎんだろよ! お相手さん!」

 運転席のリザードマンは、そのトゲトゲヘルムを七色に光らせながら、両手と両足の指、そして尻尾で運転席の周りにあるパネルを凄まじい勢いで叩いていく。

 すると、バンは転がる勢いを利用して方向を変え、塔をするりと避けた。そのまま車輪で再び地面を噛んで、道なき道を走り出さんとする。

 そこへ、ダダダダダダンっという銃声が割り込んだ。

「まだゴーレムいるのかよ! ほんとまぁ大盤振る舞いだな、おい!」

 向かいの丘の上から銃撃してくる中型のゴーレムに、リザードマンは悪態をつきつつ、パネルを叩いて車を方向転換させる。

 壊れても構わないゴーレムで足止めしつつ、敵もろとも遠距離から野砲で砲撃。よく使われる手だが、まさかたかが荒事屋風情にそんなことやってくるとは。

 砲撃自体は多くないから、野砲の類は恐らく1門程度。とはいえ小隊未満のこちらを火力で耕すには十分で、しかも恐らく結界外の数キロ先から撃ってきているから、撃ち返す術がないときたもんだ。

(ま、デッドの野郎に吹いちまったからな! 泣き言は言ってらんねぇところだが!)

 リザードマンは、バンを走らせつつ、後部座席を確認する。

 そこにはベルトにくくりつけられたスライムことスラッドが、眼の前の魔力増幅用の水晶玉に、凄まじい勢いで魔力を流し込んでいた。

 転移阻止の結界を張って維持してもらっているのだが、疲労なのか、瑞々しかったスライムの体が淀み始めている。

「おいスラッド! 大丈夫か! 無理そうなら言えよ! つーかあんま無理すんなよ!」

「外部から解除しようとでっかい干渉があんだよ! 無理しねぇと結界が維持できねぇ! それにギブアップつったら家に帰してくれんのかよ!」

「デッドの野郎からは、ヤバそうなら逃げろって言われてる! お前の命が優先だってな!」

 荒事素人に恩を着せて無理やり連れて来たのだ。それくらいはしてやらないと面子が立たない、というのがデッドの考えなのだが、

「なっめんじゃねぇぞ!」

 スラッドは、逆に体を火にかけられた鉄のように真っ赤にして吠えた。

「やべぇのは承知で来てんだよ! 恩だけじゃねぇ! 俺しかできないっつぅからさぁ!」

 怒鳴り声に咳がまじり、淀んだ体液が水晶玉にかかる。リザードマンもスライムには詳しくはないが、雰囲気的に吐血と同レベルか。

 それでもスラッドは吠えるのを止めず、

「あん時! あのクソドラゴンに俺は何も出来なかったんだ! 神官様に死にぞこないにおんぶに抱っこ! だから死ぬまで使い潰せ! 死んでも結界は維持してやる! それにガキや怪我人がすぐそこまで来てんだ! 尻尾まけっか!」

「はっはっは! よく分かんねぇけど! お前が熱いのは分かるぜ兄弟! なら地獄の底まで付き合いな!」

 哄笑とともにリザードマンはパネルを打つ。眼の前には土のゴーレムたちが立ちふさがっている。

 そのまま走れば当然ぶつかるが、しかし壁際に寄せられたバンは片側の車輪をあげた。

 タイヤが壁を噛み、バンは上へと走り出す。

「いよっとなぁ!」

 いわゆる壁走りだ。自身の頭上を走り去るバンを、ゴーレムたちは呆然と見送る。

(このまま壁を走り続けられりゃいいんだがな!)

 そうすれば、地面の鈍いゴーレムたちなら、まくのは難しくないのだが。

 もちろん、そう上手くはいかない。

 ガコガコと揺れながら、それでもぼろぼろな廃墟の壁を走っていたバンの足元が、爆発する。

「おおっとぉ!」

 吹き飛んだバンを制御せんと、リザードマンはパネルを再び激しく打つ。それに応えてバンは爆発の衝撃を利用して、草むしる廃墟たちを飛び石に、着地しては飛び移るを繰り返す。

 それを下から大型の筒、無反動砲を構えた魔導鎧が狙っていた。ゴーレムと共に現れた追手たちだ。

(今度は外さん!)

 そう狙いを定め、魔導鎧は引き金を引く。

 否、引こうとしたが、先に腕が宙を舞った。

 そしてなっ!? と口を驚かすが、声を出す前に首も飛ぶ。

 チームを組んで近くにいた二人の魔導鎧たちも、目を丸くして驚こうとしたが、その前に首が飛んだ。

 後に残ったのは首を失った3つの死体と、金の鎧と銀髪を血で赤く染めた少女、ツバキだけだ。

「ぜ、絶影剣!? こっちに来たのか!」「ゴーレムを! ゴーレムを壁にしろ!」「近づけさせるな!」

 ツバキに気付いた別の魔導鎧のチームが、銃撃しつつゴーレムをけしかける。

 その数は凡そ6,7体か。性能は並ではあるが格闘戦能力はあり、土嚢と同じで防御力もそれなりある。

「しゃっ!」

 そのはずなのに、ツバキがその間を駆け抜けた一瞬だけで、ゴーレムたちは全て両断され、土塊として地面に転がった。

「う、嘘だろ……」

 魔導鎧の一人は、思わず尻もちをつく。

(速い、なんてものじゃねぇ)

 何も見えなかった。

「ち、ちくしょう!」

 仲間の一人が小銃で射撃。3点バーストで放たれた細長い弾丸たちが、音速を優に超える速度で飛翔する。

 生体強化された視覚なら、それらを正確に捉えることができる。

 だから次の瞬間には、3つの弾が全て真っ二つになったことも分かった。

 しかし、それだけだ。

「な、なんで……」

 駆け寄ってくる金と銀と紅の少女が、どうやってそれを成し遂げたのかが分からない。

 腰の刀に手が当てられているから、それで叩き切ったことは推察できる。

 だからこそわからない。

 その刀は、今の今まで、鞘から抜かれてすらいないはずなのだ。

「うおおおおおお!」

 銃撃に合わせて、別の仲間が剣を腰だめに突撃した。

 そして、剣と首が同時に両断され、宙を舞った。

 それでも金と銀の少女は、腰に刀を当てたままで、やはり刀を抜いてすらいない。 

(魔法、なのか!? いやそんな魔力は感じない!? なんなんだよ!?)

 混乱の中、尻もちをついたまま後ろに這いずる魔導鎧は、眼前の少女を称える謳い文句を思い出す。

 曰く、極島三剣が一人、絶影剣ツバキ・ヤシマの剣は、神速の果てに辿り着いた理外の剣。

 その異名の通り、その剣は己自身の影すら絶つ、不可視不応の剣であると。

(だからなんだってんだよ!? こんなの速いだけじゃねぇだろ! いや、速いだけなのか!?)

 速くて速くて速すぎて、抜いて斬って納めるまでが全て同時なのか!?

 そんな妄想じみた考えが頭を通り過ぎている間に、別の仲間の銃と頭が再び同時に切り飛んだ。

 生首が転がると同時に、血がヘルメットのシールドにかかり、視界が真っ赤に染まる。

「逃げるのならば、追いません」

 金の鎧と銀髪が、赤い世界に鈍く光る。古木の彫像のような、静謐さすら感じさせる立ち姿。

「ですが、立ち向かうというのならば……、私は兄様みたいに、達観できませんから」

 しかしその瞳と言葉には、あらゆるものを切り裂く激情と狂気が、抑えきれずに滲み出していた。

「皆殺しにします。何もかも」

「う、ひ、あ」

 悪鬼もかくやというツバキの殺気を直に浴び、魔導鎧の意識はぷつりときれる。

「うわああああああああ!」

 そして、そのまま全てを恐怖に支配され、恥も信念も何もかも放り投げて逃げ出した。

「うっわ、ツバキちゃん超怖ええ」

 一方、ロボの中でそれを眺めていた、フリフリゴスロリドレスの美少年は、その可愛らしい顔に似合わぬ引きつり笑いを浮かべる。

『まぁ尊敬する師を殺されたのですからな! お怒りになるのは当然でしょう! おっと!』

 ははっと乾いた笑いで同意した、メタル仮面ヒーローな男が、走りながらやたら太い長銃を空へ向けて発射する。

 すると、バンに迫っていた野砲の砲弾は軌道を変え、丘の向こうに落ちて火柱をあげた。

『うむ! 命中! 当方、射撃はサブ武器ではありますが! やればできるもんですな!』

「頼むよ、バンは逃げるのに忙しくて、砲弾の迎撃まで出来なさそうだから、ね!」

 少年は肘掛けの先についた水晶を握り念じる。すると騎士姿のロボットは、ランスを突き出し飛びあがる。

 向かう先はゴーレムの群れ。騎士のロボは、バンに先回りしようとしていた土塊たちのど真ん中に突撃、その隊列を轢殺し大穴をあける。

『流石ですなぁ! 騎士ヒーローロボといった出で立ちでかっこいいですぞ!』

「僕達はヒーローじゃなくて荒事屋だけどね!」

 軽口を叩きつつも、ロボは残ったゴーレムを薙ぎ払い、メタルな仮面も再び降ってきた砲弾を叩き落とす。

(まぁ大した事ない相手っちゃ相手だけど、数が多いなほんと!)

 こちらの戦闘要員はバンを入れても4なのに、恐らく敵は100を超えている。更に遠くからは、おかわりの群れの影が近づいてきてるわけで。

 それでもゴーレムと新兵同然の魔導鎧だけならなんとかなるとは思うが、

「ごきげんよう! 荒事屋の皆さま!」

 魔女がやってきてしまった。しかも声のした空を見上げると、ドラゴン。

 新緑の見事な鱗を湛えた半身と、ズタボロのジャンクの半身が組み合わさったドラゴン。 それが、宙から地面に放り投げられた。

 ずずんっと大地が揺れ、鋼のロボが軽く跳ね上がる。

「話に聞いてた竜もどき! マジで来ちゃったかぁ!」

『手筈通り頼むぜぇ! ドラゴンキラーの称号はお前のもんだ!』

 少年がぼやくと、リザードマンがわざわざ通信で茶々を入れてきた。

「来る前にデッドにも言ったけどさぁ! 安物ロボのこいつでドラゴン相手なんて自殺行為なの! 確かに出てきたら抑えろって頼まれたけど!」

『なんだ、ブルっちまったか兄弟!?』

「まさか!」

 少年は女も男も虜にしたその美貌に、妖艶可憐な笑みを浮かべる。

「艱難辛苦を叩き潰してこその荒事屋だ! ぶっ倒してやるさ!」

『おうさ! それでこそ兄弟だ! 行って来い!』

 リザードマンの馬鹿笑いをBGMに、少年は騎士ロボットを竜へと駆った。

「お供します!」

 二人の通信を聞いていたツバキもまた、ドラゴンへと相対しようとするが、

「いいえ、あなたは私と踊っていただきますわ、絶影剣」

 その前に青い影が立ちふさがった。

 三角帽子にボロボロのローブをまとい、箒にまたがった少女。

「あなた! 魔女アルラですか! 首謀者がよくもまぁぬけぬけと!」

「ふふふ、この場であなたの相手が務まるのは、私くらいですので。幕が引くまで、お付き合いくださるかしら!」

 そう魔女は箒の上で、杖を構えた。


 ドラゴン。

 地球世界において語られる架空の動物としては最上位の存在で、火を吐き空を飛び並の軍や英雄では歯が立たないとされることがほとんどだ。

 そして、エリュシオン魔法世界においては、地球世界で語られるこのフィクションの存在は、現実の脅威としてそのまま存在する。

 海を干し上げ山々を破壊し森を消滅させる化け物。数多の帝国や大英雄を破り滅ぼした怪物。

 数万年の歳月がその数を減らし、現代ではまず目にすることがなくなった存在ではあるが、しかしその脅威は本能レベルでの恐怖として、エリュシオンの人々に焼き付いてる。

(だからといってでかい口叩いた手前、逃げるなんて出来ないけどね!)

 少年は制御装置の水晶を強く握り、ランスを掲げて眼の前のドラゴンへと騎士ロボを走らせる。

 狙いは大木を思わせるようながっちりとした緑の足だ。ドラゴンがジャンクと化した巨腕を振り下ろすが、それを真っ向からくぐり抜ける。

「どりゃああああああ!」

 そのまま構えたランスが鱗の足へと突き刺さる。

 ことはなく、ガキンっと甲高い音を鳴らして槍の穂先が弾かれた。

「くっそ! 硬すぎだろうよ!」

 思わず少年は、砂糖菓子のような甘い美貌を歪めて、苛立ちを吐き出す。

 先ほどから数度、ランスを突き立てているのだが、鱗が数枚削れる程度で肉を削り落とす事すらできない。

(ったく! デッドのやつが襲われた時より数倍硬ぇ! 強化されてるっぽいなこれ! っと!)

 そのまま通り過ぎようとしたところを、ドラゴンモドキの城壁のような尻尾が動く。

 薙ぎ払いの一撃。周囲の廃墟を打倒しながら強引に振り回される巨大な尻尾を、ロボを跳躍させて避け方向転換。

 ドラゴンと目があった。

 ガラス片と鉄片を無理やり組み合わせた、異形の瞳。その下にある同じく鉄線と歯車が組み合わさった歪な口には、炎が灯っていた。

「やっべ!」

 火炎放射だ。瓦礫を盾に、いや耐えられないか!?

『否! 攻撃あるのみですぞ!』

 通信から響いた声へ答える代わりに、ロボを踏み切らせてドラゴンへ飛びかかる。

 燃え盛る竜の口を恐れぬ鋼鉄のドン・キホーテに、竜型の異形はお望み通り火炎をあびせようと顎を開く。

 その竜頭が、大きく横に逸れた。

『あっはっは! スナイパーフォームを研究してもいいかもしれませんな!』

 メタル仮面ヒーローもどきの狙撃だ。

 ぐらりとよろめいたドラゴンに対して、飛翔する鋼鉄の騎士はその槍を輝かせる。

「我が誓いの槍! 受けてみよ!」

 魔力を注ぎ込んだ必殺の突きが、戦車砲すらも耐えるであろう竜の胸を穿った。

「おおおおおおおおりゃぁ!!」

 そのまま真横に振り切り、横一文字に胸元を大きく切り裂く。

 魔力の光とともに大量の血と肉、それと数多のジャンクが宙を舞う。

(手応えあり! だけど油断は禁物!)

 既にビデオでこいつとデッドたちの戦いは見ている。なら傷を付けただけならば!

 案の定、ドラゴンの大きな傷口から、いきなり腕のようなものが生えて薙ぎ払ってきた。

「甘いっての!」

 それをロボの盾で受ける。弾き飛ばされ地面をガリガリガリっと削るが、倒れずに着地成功。盾にかかった衝撃緩和の魔法がふっ飛ばされたが、それ以外は許容範囲、まだまだ戦える。

 そう少年が一息ついた時、耳障りな警告音が操縦席に響いた。

 近くの瓦礫の影から、ゴーレムが飛びかかってきたのだ。

「っ! ちぃ!」

 即座に反応してゴーレムを貫き倒す。

 特にダメージはないが、まずい!

 態勢を立て直したドラゴンが、炎の顎を再び開こうとしている!

 逃げられない!

『ぬう!』

 メタル仮面が弾丸を再び打ち込むが、連続使用で出力が足らないのか、ドラゴンの頭はびくともしなかった。

(やっちまったねぇ! これは!)

 壊れたロボの円盾に、それでも魔力を集中させる。さてビデオで見たあの火力、耐えられるもんか!?

 背筋に走った悪寒に耐える少年へ、異形の竜は今度こそ大地溶かすその火炎を浴びせようとする。

「守護の光をここに賜り給え!」

 しかし放たれた炎は、同時に現れた透明な障壁によって、その行く手を阻まれた。

 炎は虚しく立ち消え、代わりに少女の大音声が辺りを満たす。

「ファルフニル・ドラゴレジャ! 参上いたしました!」

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