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第一幕

 黄色い空が青くなり、月が2つに増えた時、世界は壊れた。

 世界衝突、それは科学を主とする地球世界と、魔法を主とするエリュシオン世界を中心とした、数多の異なる世界がぶつかった事件。

  その事件により、科学と魔法というまったく異なる世界の法則は混ざり合って変質し、人々が築き上げた文明を大いに狂わすことになる。

 高く舞うグリフォンの翼は地に落ち、原子の力も人の手から離れた。

 慈雨の祈りはどこにも届かず、農薬を基盤とした食料供給も崩壊した。

  これらの異変は後に混沌災害と呼ばれ、両世界の人口を半数以上も奪い去るほどの絶望的な災厄となった。

  ーーそれから半世紀、絶望がもはや変わることのない隣人となった世界で、それでも人々は、新たな文明を築き自分たちの未来を探し続ける。


「ったく、ここはこいつくらいか。しけてんなぁ」

 よれたTシャツを着た男は吐き捨てると、何かに寄り掛かるように体を傾ける。

 壁も何も無いため、本来ならそのまま頭から倒れるはずだが、しかし両足とは別の、腰から生えた尻尾のような鉄紐が体を支えた。

 鉄の尻尾のように見えるそれは、機械による多目的補助腕だ。足や腕の代わりとして自由に使える優れモノである。

 そうして鉄の尾に座った男は、手にした穴掘り用のスコップを放るように石畳の地面へ叩きつける。

 と、スコップの頭はさくりと泥のように突き刺さった。

(うおっと、すっげぇ切れ味。だからどうしただけど、さ)

 鉄尾をつけた男はちょっとびっくりしつつもため息をつく。高周波振動で石も掘れるという売り文句のスコップで、見ての通り切れ味は抜群、石畳どころか鋼鉄の類すら軽々と掘れるすぐれものだ。

 これを買った時には、これでジャンクを見つけるために色んな場所を掘れるぜ、などと喜んだものだった。

 そして、岩や鋼鉄を掘れたからといって、そこから金目のものが出るわけではないという、切ない現実にぶち当たったわけだ。

(スコップにローンまで組んだってのによぉ。返済どうすっかねぇ。ああだっる)

 そうため息をつきつつパタパタとシャツの内に風を送り込むと、肩から下げたサブマシンガンがガチャガチャと動く。とりあえずこの銃を売って当面の食費にするか、どうせあんま使わないことだし。

 背負ったガラクタ入りの籠が妙に重い。生体強化を受ける際に、疲労を感じにくくするよう頭も軽くいじってもらうべきだったか。

「おーい!」

 鉄尾の男はそうぐったりしていると、聞き慣れたダミ声が聞こえてくる。同時にがっちょんがっちょんという機械音が、鉄と木と石が乱雑に混じった床に響く。

「こっちだ! どうだったよ!」

 男は鉄尾を伸ばして体を起こし、声の方へ向かう。

 と、すぐにスイカより二回りほど大きさの、鈍色の半球が見えた。下には4本の鉄の足が生えていて、器用に瓦礫まみれの中を歩いている。

 ロボット、ただし搭乗式で、上の開口部からぷるぷるしたゼリーが覗いている。全体としては、古典的なタコ型火星人っぽい見た目だ。

「へっへっへ、まぁまぁってとこよ。そっちは湿気てそうだな」

 ダミ声がゼリーから響いて来る。乗っているスライムからのものだ。鉄尾の男も詳しくは知らないが、複数あるらしい魔法系の世界には、人間並みの知能なスライムが結構な数いるらしい。

「まぁな。で、なにかいいもんでたのか? もったいぶんな」

「急かすな急かすな、『ベベルル!』」

 声を弾ませるスライムが一言、呪文を叫ぶと、後ろの籠から剣のようなものがふわりと浮き上がる。ものを動かす魔法というやつだ。

 そのまま剣は、鉄尾の男の眼の前に突きつけられたのだが、その時には斧になっていた。

「な、なんだ? 剣だと思ったら斧に、って?」

 男がパチパチと瞬きしたら、いつのまにか目の間の斧は、鞭に変わっていた。

「今度は鞭に、どうなってんだ?」

「お前は鞭に見えんのか。俺には槍に見えてんだけど。これ、ただ単に姿が変わるだけじゃねぇのか?」

 二人で不思議そうに矯めつ眇めつしている間にも、その武器は斧槍、メイス、鎌と次々と変化していく。

 そう鉄尾の男には見えていたのだが、スライムに確認すれば別の武器に見えていたそうで、わけが分からん。

「でもま、高くは売れそうであるかねぇ。珍しくはあるだろうしよ」

「だな。大当たりだ。羨ましい限りだよ。俺なんてこいつしか見つからなかったぜ」

 鉄尾の男はため息がてら、その尻尾のような多目的腕を淀みなく動かし、背負ったかごから鈍色に汚れた銀貨の束を取り出して見せる。

 スライムはああ、と頷くような声とともにぷるりと一つ震えて、

「それいっぱい流れ着いてるから安いんだよなぁ。まぁ銀貨だし鉄くずよりはマシだけど。しかしこの武器、何なんだ?」

「さぁなぁ。まだ見ぬ異世界や神代で作られたってより、混沌災害が何かして生まれたっぽいが。とりあえず、誰かに目ぇ付けられる前に帰るか」

 盗られたら叶わん、そう一言呟いた鉄尾の男は、銀貨の束を籠にガシャンと入れると歩き出した。

 さて、魔法と科学の法則が混ざり、世界の色々な法則を歪めた混沌災害は、各地で様々な異常な事件を引き起こした。その一つとして、遥か過去や異世界、或いは既存の法則から外れた物品が、各所にいきなり現れるようになった。

 これらは漂流物と名付けられ、漂流物を集めて好事家や研究者に高値で売るのが、ジャンク漁りと呼ばれる仕事だ。

 極島と呼ばれるこの地域で、もっとも一般的な職業の一つである。

 そして、鉄尾の男とスライムもまたジャンク漁り、というわけだ。

「そろそろ目ぼしいもんもなくなってきたし、河岸を変えるべきかねぇ」

 鉄尾の男が、瓦礫で荒れた地面を踏みしめながらスライムへ話しかける。木と鉄と石と土が、無茶苦茶に混ざりあってデコボコしていて歩きづらい。

 周囲の建物も、木と鉄と石と土がまぜこぜに合わさった歪なもの。材質だけでなく様式も大きさもデタラメに混ざっていて、例えば三角系の簡素な木の屋根の途中が、いきなりお城で見るような石の円錐状になっていたり、更にそこから網入りガラスの屋根が生えたりしていたりする。

 異なる種類の組み立てブロックを無理やり繋ぎ合わせたような、そんな建物がずっと続いた奇妙な風景。

 なのに鉄尾の男は気にした風もなく、スライムへ話を続ける。

「次の変動が来るまで、第6異界辺りに行ってみっか」

「あそこは今は危ないんじゃね? 温度がいきなり1000℃にあがったって話だぞ。第21異界は比較的安全だって話は聞いたが」

「第21って浮島のやつだろ。おれら浮遊魔法もジェットパックとかもねぇからなぁ」

「まぁ入ってすぐなら大丈夫だろうけど、そうなるとご同業がいっぱいいるだろうからなぁ。なら……」

 そんな風に二人は、本来は異常な地域の内容を、単なる雑談として消費していく。

 漂流物と同じく、異界と呼ばれる異常な法則に支配された地域が、世界各所に生まれるようになって久しい。故に異常な内容であっても彼らにとっては日常だ。

 ちなみに今いる場所もそんな異界の一つで、二人以外にも多くの人々が日常を謳歌している。例えば、そこかしこで穴を掘ったり飯を食ったり、あろうことか居眠りしたりしているやつすらいる有り様だ。

(流石に寝るのは気ぃ抜きすぎだろうけどよ)

 まぁこの異界は調べ尽くされていて、比較的安全な場所ではあるのだが。

 苦笑しつつ鉄尾の男もハフゥと気の抜けたあくびをして、気がついた。

「っと、ようお嬢ちゃん? どうした?」

 いつのまにか道の真ん中に、少女が立っていた。小さな子どもくらいの、一般的な人型だ。ただ体中にびっしりと紫色の鱗が生えている。

「……」

「もしかして言葉が通じない系か? 共通語が分かるか?」

 近づいて腰を落とし、視線を合わせて鉄尾の男は問いかける。しかし、声をかけられた紫の少女はじっと彼を見つめたまま、答えない。

「おい、やめとけよ。異形の類かもしれねぇぞ」

 スライムが注意してくる。異形というのは、やはり混沌災害以降の法則の歪みにより発生したものだ。一般的な生物の枠から外れた化け物で、無秩序に人に襲いかかるなどで危険なことが多い。

「そうかもしれねぇけどよ、漂流者の類かもしれないだろ」

 漂流者、というのは漂流物の人間版だ。異界では、遥か過去や異世界などから人間その他の生き物が流れ着くことがままあるのだ。

 男は紫の少女を上から下まで観察してみる。裸だが、特に恥ずかしがる様子もない。まぁ鱗に覆われているし、獣人など服を着ない人種なんて珍しくもない。

 鉄の尾で肌を軽く触ってみたが、特に何か起こるわけでもなく、少女も反応しない。

 とりあえず、大丈夫そう、か?

「いやいやいや、大丈夫じゃねぇよ、ピクリとも動かねぇんだぞ。不気味だろうが」

 鉄尾の男の反応に、スライムが渋い声を出す。

「でも危ねぇところは無さそうだぞ?」

「ばっかやろう。確かに見た目とかはそうかもしれぇけどよ、魔力やべぇぞ、こいつ」

「そうなのか? 俺は魔法使えねぇからそういうの分からねぇけど」

 スライムが言うならそうなのかねぇと、鉄尾の男が再び少女を見返すと、増えていた。

 二人に。

「え?」

 二人の驚きの声が重なると、更に少女は3人に増える。さっきまで確かに1人しかいなかったのに。

 見間違いか? そう瞬きするとまた更に増えて5人になった。

「な、なんで、どういうこった、何なんだお前は?」

 鉄尾の男がかすれ声を発する次の瞬間にも、また一人増えて、増えたと思った時にはまた一人増えて、なにか思う間もなくまた一人増え、そしてまた一人、また一人、また一人、また一人また一人また一人一人一人ひとりひとりひとりひとりひとり……。

 次々と増えていく。

「っち、逃げるぞ! 『ベベルル!』」

「うおっ!?」

 スライムが呪文で男を引っ張りながら、ロボットを走らせる。一方の男は、いきなりのことにたらを踏んだが、鉄の尾が上手く地面をついてバランスを保ってくれて、何とか立て直し並走する。

「な、なんなんだよ! あの子は! どうして増えてるんだ!」

「異形のことなんて俺が知るか! とにかく走れ!」

 スライムの叫びを聞きつつ男が振り返ると、既にみっしりと通路を占拠した少女が、一斉にこちらへ向けて足早に歩きだしていた。

「なんでおいかけてくんだよ!? 勘弁してくれ! あ! おい! 逃げろ!」

「んあ?」

 途中で座って居眠りしていた人型の青年へ、鉄尾の男が声をかける。しかし、うたた寝をしていた青年は、必死な顔で通り過ぎる二人へ、不思議そうに首を傾けるに留まる。

 そしてそのまま、歩いていた少女たちの先頭に弾き飛ばされた。

「がっ!?」

 軽く小さな足で蹴られただけに見えた青年は、しかしトラックにでも吹き飛ばされたかのように、勢いよく転がる。

「な、なんだ一体!? がっ!?」

 デコボコと鉄と土が混ざりあった地面に引っかかって止まった青年が、顔を上げようとした瞬間、ごきゅうりっと骨が砕ける音が鳴った。

 少女の小さな足が、青年の背中を踏みつけてくの字に曲げたのだ。続いて彼女が逆の足を軽く一歩踏み出せば、象にでも踏まれたかのように青年は潰れ、ドブシャリと辺りへ血が一挙に撒き散らされた。

(ひぃ!? スプラッタ映画じゃねぇんだぞ!?)

 鉄尾の男は、悲鳴を飲み込みながら走る速度をあげる。一方の少女たちは、足元で肉と骨がひしゃげる鈍い音を響かせて、誰一人表情を変えずに行進を続けた。

「な、なんだよあれ、マジかよ! あんな小さいのに、どんな重さだ! 全然そうは見えんのに!?」

「見た目通りの重さじゃねぇんだろ! 異形に理屈を求めんな! 走れ!」

 ビビり散らす鉄尾の男へスライムが叱咤すると同時に、建物を挟んだ周囲からも発砲音や怒声、爆発音が鳴り響く。横目で建物の間を見れば、やはり紫の鱗の少女の群れが、おもちゃの兵隊のように同じリズムで歩いていた。

「クソ! 別のところからも湧きやがってる!」

「こ、このままじゃ囲まれっ、ってまじか!?」

 男は気づく。無から湧いたのかそれとも回り込まれたのか、いつの間にか紫の少女が一人、横合いの小路から現れていた。

 そうなると、古からの標語に言われるとおりである。

 曰く、廊下は走るな、人も急には止まれない。

 そして止まる気もない。

「邪魔だ!」

 スライムのロボットが勢いを加速させ、少女に鋼鉄の足が迫る。異形とは言え少女然とした姿を跳ねのけるのはどうなんだ、と鉄尾の男は一瞬思わなくはないが、こうなったら仕方な

 衝撃が起こった。

「っ!?」

 体全体が殴打されたような痛みに潰され、その後すぐ爆音が耳をつんざく。

 浮遊感、吹き飛ばされたと思い至った時には、ざらついた土の地面ががりがりがりっと頬を削った。

「っう、いってぇ! なんだよもう!? 爆弾かよあの子!」

 蹴り飛ばした瞬間、少女がいきなり爆発したのだ。かなりの威力だったらしく、鉄尾の男が顔を上げれば、周囲の建物に大穴が開いてしまっている。

 と、スライムのロボットが横倒しに倒れていた。

「おい! 大丈夫か!?」

「大丈夫じゃねぇ! 足をやられた!」

 スライムが男に答える。見れば彼のロボットの四本脚のうち、片側二本がもげていた。

「くそ! 欧州帝国製のたけぇやつなのに! っとおい! 酷えぞ顔と腕!」

 スライムの声に、鉄尾の男は思わず自分の顔を撫でると、ぬるりとした感触と針を刺されたような痛みに襲われる。頬と腕が抉られ、血がダラダラと吹き出しているらしい。

 そのことを意識したせいか、痛みが更に増してきてしまったが、男は強引に顔をニヤリと笑わせて、

「こ、これくらいなら痛みはねぇからまだ大丈夫だ!」

 そう答えつつ、自分の鉄の尾を確認しておくと、こちらは多少傷はあったものの違和感なく動く。高いの頑張って買ってよかった、技術者様々だ。とりあえず動作確認がてら、鉄尾を使って地面にぶちまけられた自分のスコップやらくず鉄やらを拾っておく。

「それよりそっちは怪我ねぇんだよ!」

「魔法で多少軽減したからな! お前にかける暇なかったが、すまぇねぇ!」

「気にすんなよ、らしくねぇぞ!」

 鉄尾の男はスライムへ笑って答えつつ、壊れた建物の大穴から向こうを見れば、

「くそ! なめやがって! ガキが!」

 すぐ先の広場、雪崩こむ少女の群れへ、トラみたいな毛皮に覆われた獣人らしき女が、雄叫びとともに突進していた。手には大振りの曲刀、それで群れの合間を駆け抜けながら、少女の胴から上をまとめて切り飛ばす。

 するとやはり爆発した、少女たちが。

「っつあ!?」

 トラ女の悲鳴が、爆音の中でかすかに耳に届く。複数の爆発を直に浴びた彼女は、四肢が四分五裂しながら毛が燃え上がり、動かなくなる。

 そこへ少女の群れがやはり同じテンポで通り過ぎ、ガシュガシュガシュという骨と肉が弾ける音が鳴り響いた。

「えっぐいなあ! 勘弁してくれ!」

 スライムがそのプルリとした体を震わせる。

「だな! ああならんためにも早くロボットから出ろ! どう考えても動かねぇだろそれ!」

 男はロボットに入ったままのスライムを促すが、

「俺は自分じゃそんな早く歩けねぇんだよ! 何とかこいつを動かさないと、くそっ!」

 スライムが忌々しげに叫ぶ。足が片側にしかないロボットは、立ち上がろうとしてもバランスを崩して倒れてしまう。

 そうしている間にも紫の少女の群れが、変わらぬ無表情で迫ってきた。

「っち! てめぇは先に行ってろ! 俺はこれを直してから行くから!」

 スライムはガチャガチャとロボットを動かしながらそんなことを叫ぶが、おいおい。

「だから! どう考えても直んねぇだろ! 俺が担いでっから早く出ろ! こっちの鉄尾にのせりゃ」

「てめぇアホか! その怪我でスライムが担いで逃げれるか! 他人の心配してねぇでさっさといけ!」

「せ、生体強化してっから少しなら大丈夫だよ! それよりお前こそなぁ! クソ! 言い争いしてる場合じゃねぇか!」

 男は肩に下げていた短機関銃を構え、引き金を引く。爆発の衝撃でも特に壊れなかったらしく、ばぱぱぱぱぱっという破裂音とともに少女型の異形の群れへ銃弾がばらまいてくれたが、

「……」

 しかし少女たちの方は、爆発どころか怯むことすらしない。顔や体に一瞬、穴は空いたが即ふさがり、ただ淡々と行進を続ける。

 一方の銃は弾が切れ、もうカチっカチッとか細い音を鳴らすだけだと言うのに。

「クッソ! いくら豆鉄砲だからってよぉ! スコップはやべぇし! 魔法! 早く!」

「今やってるよ! 『ガル、オン、ベリガ、ガリガ、ルガラ……』」

 スライムが謎の文言を唱え続けると、そのぷるんとした半透明な体の中に、球形の魔法陣が現れる。

「『グラグ、グラグ、ゲラル!』」

 そうして雄叫びのように呪文を言い放てば、体の中から飛び出た魔法陣が、少女へ砲弾のように迫り、

「……」

 逃げる素振りすら見せぬ少女たちに、そのまま着弾した。

「凍りつけ!」

 スライムの絶叫とともに、魔法陣は冷気とともに広がり、巨大な氷が少女たちを閉じ込める檻となる。

 これが魔法。地球世界には創作の上にしか存在しなかった摩訶不思議な代物。世界衝突によって隣り合う事となった、エリュシオンと呼ばれる魔法世界の技術だ。

「よし! これならなんとか、なっ!?」

 巨大な氷の中で動けなくなった少女たちを見て、一息つこうとした鉄尾の男だが、しかし直後に弾けた。

 氷が。そして中から少女たちが、再び整然と歩んでくる。

 恐怖なのか、スライムは体をぎゅうっとすぼませて、

「お、おいおい! エーテル薬も使った俺の全力だぞ! 化け物すぎんだろうが!」

「とにかく違う魔法でなんとかしろ! くっそ、こんなの出るなら機関砲買っときゃ、ぐっ!」

 愚痴りつつ鉄尾の男は、弾切れになった短機関銃の弾倉を交換しようとしたが、えぐれた手に力が入らず取り落としてしまう。

 カンっと変なはね方をした弾倉は、少女型異形の目の前まで転がり、そのままガシュリと鈍い音を立てて踏み潰された。

 男の背中にひやりとした寒気が走る。

(く、クソ、このままあの虎女みたいに踏み潰されんのか!? 銃弾はダメ接近戦は論外、次の魔法もたぶん間に合わねえし、どうすりゃ)

「なら! これでぇ!」

 恐怖と焦りで混乱する男の耳を、甲高い、でも雄々しい気合が貫いた。 

 同時に横後ろから、牛が数頭入れそうな鉄の箱が風を切って飛び、紫の少女の群れをぶち抜く。

「どうです!!!」

 そして黄色い雄たけびとともに、大爆発。鉄の箱諸共、少女たちは自身の爆発で吹き飛び消える。

「ストラーイク!!! ですね!!!」

「じゃねぇよバカ神官! 助けに間に合わねぇからってコンテナ投げるやつがいるかぁ! 今日の収穫も入ってんだぞ!」

「後で弁償します! それよりデッド様!」

「っ! ああもう! この大馬鹿野郎が!」

 吐き捨てられた罵倒とともに、ぐおおんというエンジン音が唸れば、間をおかずに男たちの側へ小型のピックアップトラックが横付けされた。

「ファルフニル! 運べ!」

「はい! 大丈夫ですか!?」

 さっと荷台から少女が飛び降りてくる。金色の丸が刺繍されたローブの見るからに女神官といった格好だ。両手は黒い鱗に覆われ、ナイフのような爪が生えてかなり厳ついが、顔は人間のもので丸っこくて少し幼い。

「な、なんだあんたは!」

「申し訳ないですが急ぎですので!」

 スライムの疑問を遮り、そんな齢12、3歳ほどの小柄な神官少女は、2人をひょいひょいと持ち上げる。

 そして、そのまま側面にひしゃげた跡がある車の荷台へと飛び乗った。

「乗ったな! おちんなよ!」

 それを確認した運転席の男は、車を急発進させ一気に少女の群れから離れていく。背中を見るに、こちらは20代くらいの短髪で中肉中背、取り立てて特徴のない人型の青年。だが、長袖の革ジャンパーからのぞく首周りや手首が鈍色の金属で覆われている。

 要はサイボーグだ。鉄尾の男も心臓を機械強化しているので、この辺りでも珍しい訳では無い。というか、たまに飯屋や異界ですれ違うことがあって、確かえーと、

「修理屋のとこの『死にぞこない』だっけか!? わりぃ! 助かった!」

「礼はいいからその代わりに戦利品よこせ! そこのバカ神官が車のコンテナ投げて、今日の分の稼ぎ全部パーにしやがったからな! てめぇ等を助けるためによ!」

「デッド様! いきなり不躾ですよ!」

「不躾もクソもあるかバカ神官! 中のジャンクごと投げ捨てやがって! 探しものはどうする気だ! ああそうそう! これでも塗っとけ!」

 デッドと呼ばれている運転席の男が、振り返りもせずポーンと運転席の後ろ窓からチューブを投げてくる。治療用のナノマシン入り軟膏だ。

「わりぃ。こいつの分も含めて礼はするよ。こっちも余裕ねぇからすぐってわけにはいかねぇが」

「ま、早めに頼むぜ! 大体は返すとか言ってる側から死んじまうからな!」

「き、気いつけるよ」

 苦笑を返しつつえぐれた部分に軟膏を塗った男が、ふと助手席へ目を向けてみると、

「っておい、その子!?」

 そこには少女が眠っていた。

 先ほどから襲われている、紫の少女型異形そっくりの。

 ただ、肌は紫の鱗ではなく一般的な人型の肌で、背中の辺りから沢山の触手が生えて助手席を埋め尽くしていた。

「ど、どういうことだよ! 死にぞこない! その子! あの紫のに顔そっくりだぞ!」

「知らん! 道端に落ちてたのを拾っただけだ!」

 驚いた男へデッドが吐き捨てる。いや拾ったって。

 スライムも声を荒げ、

「こんな化け物そっくりなのを正気か! さっさと放り出さねえと」

「そんなかわいそうなこと仰ってはいけません!」

 当然の抗議なのだが、女神官がその黒曜石のような手でドンっと荷台を叩いた。

「確かに顔立ちが似てはいますが、それだけです! 紫の子のように、彼女が破壊活動などを行っているわけではありません!」 

「だ、だけどよ、いくらなんでも似すぎで」

 スライムが怯みつつも言い返すが、しかし女神官は譲らず更に声を高くする、

「確かにその通りです! 偶然とは私も思えません! が! それだけで危険と見なすのは失礼ながら了見が狭いかと! まるで事情が分からぬのです! 我らが天を金へと染めて見守る月神ラクルヌルクラ様が曰く、真実を見極めるためには」

「とまぁ! ファルフニル、そこの神官は万事この調子でな!」

 死にぞこないことデッドが、ファルフニルというらしい神官の少女に割り込んでぼやく。

「まぁ一理はあるから我慢しろ! 文句言っても長い説教が飛んでくるだけだしな!」

「はぁ、ったく、やばかったら対処してくれよ、死にぞこない。ほんとにさ」

「その時は私も全力をもって皆さまをお守りします!」

 鉄尾の男のため息に、ぽんっとファルフニルがその体格にしては、な胸を叩いてくれるが、どう反応すればいいのやら。

 デッドがヘッ鼻を鳴らしつつ、

「まぁ金月教だかの結構な偉い奴っぽいから、頼りにはなるんじゃねーの」

「金月教ねぇ」

 確か魔法世界における主要宗教の一つだ。魔法世界に浮かぶ月の化身とされる金月神ラクルヌルクラを信奉し、寛容と慈悲と勇気を徳目としている、だったか。

「有名どころだが、しかし死にぞこないよぉ、お前、神官の知り合いなんていたのか? 神よりはゲームに寄付するタイプだろ。それとも死にすぎてついに宗旨変えか?」

「依頼人だよ依頼人、飛び入りの。異界のジャンク漁り手伝えってな。メグプト通さねぇ依頼なんて受けねぇんだが、あのアホ師匠の借金が、げ!?」

 スライムの問いに答えていたデッドだが、いきなり焦りだす。

「どうし、な!? 空間異常!? この規模やべぇぞ死にぞこない! 転移爆発が!」

「分かってるっての! どっかつかまってろ!」

「なんかあったのか、ってうおおお!?」

 慌てる二人へ鉄尾の男が問いかけようとしたら、車がいきなり急カーブした。な、何だ一体!?

 ファルフニルもわわっと荷台へしがみつき、

「で、デッド様!? いきなりどう!?」

 そんな彼女の問いかけは、轟音にかき消された。強烈な風圧が体を押しつぶし、視界が勝手に上下ぐるりと逆さまになる。

 また吹き飛ばされた、と男が舌打ちした時には既に石畳が眼の前。さっき以上の勢いで、こいつはやべぇ!?

「金月様!」

 そうヒヤリとした鉄尾の男だが、しかしファルフニルの声が聞こえるとともに、ふわりと体が止まった。

 気づけば男は奇妙な光の膜のようなものに覆われて、宙にプカプカと浮いている。

「っと、守りの加護か! 助かるぜ神官様よ!」

 同じく膜に覆われたスライムが、ゆっくりと着地しながら礼を言う。魔法世界の宗教は、ファンタジーの神官と同じく直接、神の恩寵を賜って色々と奇跡を起こせるのだ。特に金月教は守りと回復の加護に秀でると言われている。

「お礼は金月様に! ありがとうございます金月様!」

 元気よく答えて祈るファルフニルだが、彼女自身は石壁に叩きつけられてめり込んでいる。だ、大丈夫なのか!?

「ちょっと痛みがありますが体は動かせます! 大丈夫です!」

「そ、それならいいんだが。しかし何だ今の爆発は?」

「転移爆発だよ! こんな時に狙いすましたようによぉ! どうなってやがる!」

 鉄尾の男の疑問へ、スライムが表面を赤くしながらカッカと吐き捨てる。

 転移爆発というのは、異世界から大規模な漂流物が来た時に起こる爆発だ。基本的には偶発的に起こるものだが、確かにあまりにタイミングが悪い。

 運が悪すぎるのか、それとも……。

「なんで車守らねぇんだてめぇは!」

 一方、ファルフニルへ怒鳴りながら、デッドが横転した車から触手の少女を引きずりつつ、一緒に這い出してくる。

 なお車の方は、くの字型に荷台との継ぎ目から裂け折れて、どう見ても走れそうにない。

「けが人とスライム担いで走る気かよ! このガキは触手のせいかクソ重いってのに!」

「ごめんなさいデッド様! 咄嗟だと車みたいな大きなものを守るのは、なかなか難しくて!」

「切れんな死にぞこない! それよりあれ!」

「「っな!?」」

 鉄尾の男が指さした先へデッドたち二人は視線を向け、同時に息を呑む。

「ーードラゴン、なのか」

 誰かの呆気に取られた声がこだまする。そこにあるのはビルに匹敵する巨大な竜の姿。巨人の剣にも使われる鋭い爪と角に大型のサメを軽く上回る大口、深い緑を称える鱗。

 見るからに立派なドラゴン。しかし左半分だけだ。

 もう右半分の体は機械の竜、いやそう呼ぶにはあまりに粗雑だった。

 例えば、眼は車輪と看板とパイプを組み合わせて、形だけ似せたものだった。手も巨大な扇風機の羽や割れたモニター、鉄骨などを無茶苦茶に取り付けて作られていて、少し動かすだけでボロボロとパーツが落ちる有り様。

 他の部位も似たりよったりで、シルエットは竜に見えなくもないが、そこにロボットのような有機性はなく、子どもが作った人形の方がマシなくらいの無秩序さだ。

 そんなまるで鉄くずの山のような右半身と、鱗輝く立派なドラゴンの左半身を持つ歪な竜の異形は、

「ゴオオオオオオン!」

 悲鳴のような咆哮を発した。

「な、なんなんだよ! あれは! どうしていきなり!?」

「流れ着いてきたんだろさ! お宝の代わりによ!」

 鉄尾の男の混乱にスライムが吐き捨てる。先程触れた通り、今の世界は混沌災害の結果、漂流物並びに漂流者と言った異なる世界から様々なものが流れ着くようになった。

 異形のドラゴンもその一つというわけだ。

「ひっ!?」

 ギロリと、その大小の歯車を真ん中に埋め込んだ奇妙な瞳で睨まれ、鉄尾の男は悲鳴を抑えられない。

 更に、その口に使われている鉄管が赤く溶けて、中で焔が揺らめいているのが見えた。

 それは、ドラゴンと言えば誰もが知るであろう攻撃の一つ。

「ドラゴンブレスだぁ!」「ひぃぃぃ!」「やべぇ!?」

 周囲から悲鳴が上がる。4人と同じく紫の少女から逃げてたところを巻き込まれたのか、他のジャンク漁りたちが近くでオタオタとしていた。

「お、お前ら逃げろぉ!」

 鉄尾の男は悲鳴のように叫ぶが、しかしその場の誰しもが己の運命を悟っていた。

  だって既に、竜は首を上げて大きく息を吸い込んでいるのだ。逃げようともとても間に合わ、

「ごめんなさぁあああああああい!!!」

 雄叫びのような謝罪とともに、ファルフニルが砲弾のように飛び出す。

 そしてその黒鱗の拳が、竜の腹の真ん中へと叩きつけられた。

 ズンッという体の芯まで響く重い音がなる。

 同時に、竜の巨体が傾き、炎がなにもない中空へとばら撒かれた。

「うぉ!?」「ええ!? まじか!?」「どうなってんだよ!?」

 周囲のジャンク漁りたちが目を丸くする。

 小さな少女程しかないファルフニルが、高層ビルのような巨体をもつ竜もどきを拳で怯ませたのだ。

 ジャンク漁りでなくても、驚くしかない。

 一方のファルフニルは、その黒岩のような拳を握り直して構える。

「御身にどのような事情があるか! 私にはわかりません! ですが!」

 ちらりと神官は周囲に目を向ける。そこには、騒いでいる奴らだけでなく、爆発に巻き込まれて怪我をしたり瓦礫に埋まっているジャンク漁りたち。

 そのまま彼女は竜へ吼える。

「怒りに任せて無辜の人々に火を振るうならば! 看過するわけには参りません! ファルフニル・ドラゴレジャ! この爪を立てさせていただきます!」

 応えるように振り下ろされたのは、竜もどきによる鉄くずの竜爪。やはり鉄骨や鉄板、チェーンなどで無理やり作られた歪な爪だが、しかし大きさはトラック程度なら一掴みにできるほど。

 質量だけでも小さな少女を無惨に潰すには十分なはずのそれを、

「だっ!!!」

 しかしファルフニルは、その黒鱗の拳で気合とともに迎え撃ち、一切ひるむことなく逆にボールか何かのように弾き返した。

「ば、バケモンかよあの嬢ちゃん!? 軍用パワードスーツだってあんなの無理だぞ!」

「さ、流石、魔法世界のお偉いさん、いや待て!」

 スライムの驚きに同意していた鉄尾の男が気づく。彼女の脇腹からじわりと血がにじみ出ているのを。

「もしかして、さっきの爆発で落ちた時か!? 自分のことは守ってなかったのかよ!?」

「皆さん! 早く逃げてください! このっ!!!」

 腹の血を意に返さずに踏み込んだ少女は、今度は象をも超える竜もどきの大足へ、拳を叩きつけて手と同じく吹き飛ばす。

 足が宙に浮いた竜の巨体は、ふらりとよろけて横倒しに、 

「っげ! と、飛んだ!」

 ならず、スライムが叫んだ通り、竜と鉄くずの翼を羽ばたかせて宙に浮き上がる。

 そしてそのまま、再びこおおおおっと息を吸い込み、

「っ! 金月様! 皆をお守りください!」

 赤い激光が、人々の目を焼き尽くした。

「うわ!?」「ひっ!?」「あっ……」

 今度こそ吹き荒れる竜の息吹、ドラゴンブレス。街を滅却し山を灰燼として河を枯死させるその威光に、その場にいたジャンク漁りたちもただ息を呑み、呑み込まれるしかない。

 ただ、それでもしばらくすれば、気づけた。

「熱く、ない?」「なんだ、あれ」「壁……?」

 不可視の強大な壁。それが竜と自分たちを隔て、炎から守っていることに。

 その真ん中では、小さな少女は一人、手を合わせて祈りながら、

「今のうちに動ける方は負傷者を運んで避難を!」

「お、おう!」「掴まれ!」「走れ走れとにかく走れ!」

 少女の指示に、呆けていたジャンク漁りたちは、弾かれたように逃げ出していく。

「俺達も逃げよう! すまねぇが運んでくれ!」

 スライムも鉄尾の男を促すが、しかし男は軽く首を振った。

「は、運ぶのは構わねぇが、ちっと待ってくれ。その、忘れ物が、ある」

 男が顔を上げれば、そこには、祈り続ける神官。脇腹は既に真っ赤になり、血が地面へと滴り落ちている。

 竜を吹き飛ばし、その炎を防ぐ壁が張れる少女。しかしその背中は、とても小さい。

 一つ、深呼吸して、震える胆に力を入れた。

 ガキにおんぶに抱っこじゃぁ、ダセェからな!

「ったくよぉ、びびりの癖に柄にもなく熱くなりやがってよぉ! 世話する身にもなれ!」

「た、頼りにしてるぜ、なんとか魔法学校卒業のマジック・スライムさんよ。魔法は練ってあるんだろう!?」

「逃げる用だったんだがな! あとグロアクな! グロアク魔法学校! 『ベンド、ベンド、トゥル、トゥルコ……』」

 スライムが呪文を唱え始めた一方、ぐおんっと空気を震わす凄まじい衝突音。火を吹き終わったドラゴンが今度は一気に急降下して、そのビルに匹敵する巨体で光の壁に体当たりしたのだ。

「っ!」

 光の壁は揺るがないが、しかし歯を食いしばる少女の脇腹から、ブシャリと血が吹き出した。

「だ、大丈夫か!? ちょっと失礼するぜ!」

 慌てて近づいた鉄尾の男はファルフニルのフードをめくり、その下の服の上からさっき貰った軟膏をぶっかける。当然だが傷口に直接付けたほうがいいが、傷口周辺の余計なものを溶かせるナノマシン入りなため、効果はあるはずだ。

「まぁ服に穴開いちまうかもだが、そこは勘弁な! しかし竜のデカ爪弾き飛ばせるのに、そんな怪我するんだな!」

「あははは! あの爆発はすごかったですからねぇ! それよりあなたたちも早く逃げてください! もう長くは!」

「分かってるよ! だがそれは、えっと! あんたと一緒にな!」

「ありがとうございます! でも私は他の方を守りたいので最後まで残ります!」

「最後まで残るって、お前さぁ!?」

 ざっと見渡しても瓦礫の中で呻いてる奴や気を失ってる奴がかなりの数、居るってのに。

 全員運び出すのは非現実的、となれば、しゃーねーな!

「た、頼むぞ相棒!」

「『スピリ! スピリ! キュブ!』」

 スライムが応じるように呪文を大音声で響かせれば、その体から文字渦巻く大きな珠が飛び出し、竜の足元に着弾する。

「取っておきの切り札だ! 吹き飛びやがれぇえええ!!!!!」

 ゼリー状の体を揺らして雄叫びを挙げると、一気に魔法陣が竜の足元へ広がり、そして巨大な竜巻が吹き上がった。

「グオオオオオオオオオ!?」

 竜巻の真ん中に囚われた竜もどきは、転輪する風の力で体全体をギリギリとねじられて、悲鳴をあげる。

「そしてこれでオール・インだ! 『キュブ! キュブ! キュブ!』」

 スライムが己の体を発光させて、更に呪文とともに気勢をあげれば、力を増した竜巻は崩れた建物を削りその瓦礫を巻き上げ、更に更に異形をねじ切らんと高速で渦巻いていく。

「ととととと!? す、すごい!」

 ファルフニルは災害級の風に驚きつつもその小さな体を伏せて、なんとか吹き飛ばないようにふんばる。

 一方、竜のような異形の巨体はねじりにねじられているが、

「クッソ! 羽くらいか!」

 スライムが吐き捨てたように、比較的薄い羽こそへし折れたものの、体自体は多少、歪んだ程度で耐え切っている。

 そうしてしばらくすれば風は収まり、竜はその歪な体を保ったまま、再び揺るぎなく地面へ着地した。

 竜だけあって流石の頑丈さというべきか。だが、そんなことは織り込み済みだ。

「ったくしかたねぇ! こうなったらお前がやるしかねぇぞ!」

「わ、分かってるよ! 頼むから死にさらせぇ!!!!!」

 スライムの叱咤に応えた、悲鳴に近い気合は頭上から。異形の竜の頭を更に超えたその先の空に、いつの間にか鉄尾の男は飛び上がっていた。

 竜巻に乗っかって飛んだのだ。そのまま鉄尾こと軍用多目的腕がスコップを振り上げる。

 狙いはもちろん、男を見上げた竜の頭だ。

「うわっしゃぁああああ!!!」

 そうして無我夢中で男が吠えれば、鉄尾はそれに応えて赤銅の閃光を疾走らせる。

 達人もかくやというその一撃は、竜の歪ながらも威容を保つ大頭を捉え、泥のように斜めに切り飛ばした。

 流石は岩をも掘れるという売り文句通りの切れ味だ。買っててよかった高周波振動スコップ。

「参ります!!!!」

 続けてファルフニルがダメ押しとばかりに飛び込み、その黒鱗の爪を振り抜く。巨体を吹っ飛ばす剛腕は、竜もどきの腹をバッサリとえぐり、鉄と肉の歪な臓物を撒き散らす。

 竜もどきは頭を切られ腹を破られで、尋常な生物ならまず間違いなく死んでいるダメージだ。

 そのはずなのだが、

「は?」

 ごぼり、と腕が生えた。

 竜もどきの頭の切り口から。鉄と肉を混ぜた歪だが巨大な腕が生えたのだ。そしてすぐさま、落ちていく鉄尾の男へ振り下ろされる。

「ひぃ! 来るなぁ! ぎゃ!?」

 反射的に鉄尾がスコップを振り回すものの、竜のアギトのような手のひらを止める事はできない。

 そのまま向かいの崩れたビルの先へと吹き飛ばされ、男の視界と意識は暗転した。


 そして、

「っ加護を! ぐっ!?」

 慌てて鉄尾の男を守ろうとしたファルフニルもまた、えぐり取った腹からいきなり生え出した、鉄と肉の巨腕に薙ぎ払われ、近くの瓦礫へと叩き飛ばされる。

「あぶねぇ! 『プリビナ!』」

 しかしそこへスライムが呪文を飛ばせば、彼女の小さな体はすんでのところで止まり、それでもどしゃりと地面に落ちた。

 同時にへし折れたスコップの頭が、カランカランと乾いた音を鳴らして地面に転がる。

「あ、ぐ……」

「お、おい! 大丈夫か!」

 呼びかけるスライムだが、もちろん大丈夫なわけが無い事はわかってる。崩れ落ちたファルフニルは、血反吐を吐いた後ピクリとも動かないのだから。

(クソ! 回復魔法なんて覚えてねぇぞ! あの野郎も飛んでっちまったし! 殴られる寸前、嬢ちゃんの加護に包まれてたから死にはしねぇだろうが)

 とにかくどうすれば!? などというスライムの混乱は、悠長だった。

「げ!?」

 こちらを向いた竜型の異形が、トドメを刺さんとその歪で巨大な頭の手を振り上げていたからだ。

 ば、万事休すか! 魔力も無く抵抗手段がないスライムは、ブルリとそのグミ状の体を硬直させた。

 のだが、しかし、爆ぜた。

 振り上げられていた頭の手が。

「なっ!?」

 いきなり異形の首元が爆発し、歪な手が生えた頭をもいで吹き飛ばしたのだ。

「ったく! 戻ってみればなんじゃこりゃ! 異形だからって気持ち悪くなりすぎなんだよ!」

 そう大音声で愚痴るのは、死にぞこないことデッド。少し離れたところで大型の銃器、円形の回転式弾倉が目立つ連発式グレネードランチャーを構えていた。

「さっきの爆発はてめぇのそれか! 助かった! いやつーか! そんなんあるならもっと早く使えよ!」

「触手のガキが巻き込まれねぇよう遠くに捨ててたんだよ! おら!」

 スライムに怒鳴り返しながら発射された榴弾は、今度は異形の横っ腹で爆発し大穴を開ける。

 が、やはりというか、今度は即座に足が生えて三つ足に手一本となり、もはやドラゴンなのかも分からぬ形となって巨体を支える。

「ったく、もっとスマートに再生しやがれ! ドラゴンのイメージ壊れるだろ!」

「言ってる場合か! それより死にぞこない! 胸だ! 胸の傷!」

 スライムが伝える。竜の胸にはいつの間にか、小さな切り傷ができていた。

 鉄尾の男が、最後の悪あがきで振り回したシャベルによりつけられたものだ。緑色の光が微かに漏れている。

 それを確認したデッドは、瞳の奥から覗くカメラを白銀に輝かせて、獲物を見定める豹のように笑う。

「ははぁ! 一際、強めの魔力が漏れてやがる! そいつがお前さんの心臓かい!? そら!」

 再び発射された擲弾が胸に命中して爆ぜ、分厚い鱗と肉と鉄クズの壁を発破し、その中にあった緑色の宝石を晒け出す。

 スライムは興奮で己の体を赤く点滅させ、

「あの宝石、異形の核か!? ぶっ壊しちまえ、死にぞこない!」

「そうしたいところだがよ、ったく!」

 デッドが舌打ちする。むき出しになった巨大な宝石だが、すぐさま盛りあがった肉と鉄の中に埋もれてしまった。

 更に、そこからさっきシャベルで切り落とされたのと同じ、半分は竜、半分鉄のガラクタで出来た竜の頭が生え、

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

 大咆哮を放って、大地を震わせ風を吹き飛す。それは異界の外まで響き、耳にしたもの全員の心胆を寒からしめる。

「弱点が顕になったから本気ってかぁ! いいぜ! かかってきな!」

 しかし受けたデッド当人は、鼻で笑って肩を軽くすくませるのみ。その余裕綽々の姿に、竜もどきの巨体が歪な体に似合わぬ猛スピードで駆け迫る。

 が、

「構えてるやつに突っ込むとは、頭はトカゲ以下だな!」

 嘲笑ったデッドが、擲弾銃の引き金を引けば、発射された弾頭は、狙い過たず新しい頭の歯車で出来た瞳を射抜く。そのまま鉱物が割れる甲高い音がなり、中で爆ぜた弾頭が竜の鉄肉とともに背中から飛び出した。

 徹甲弾の類を使ったらしい。軌道や音から先程、晒した宝石を撃ち抜いたはずだが、

「グ、ガアアアアアアアアアアア!!!」

 ドラゴンの異形は、断末魔のような咆哮をあげるが未だ倒れる様子はない。その有機物と無機物を歪に絡ませた瞳を炯々と輝かし、自身に一撃入れたサイボーグ男を睨みつける。

「はっ! 怒ってるのか!? モドキの癖によぉ! そら!」

 肩をすくめたデッドは、更に短機関銃を竜もどきへ連射して、後ろへ下がりだす。

「おい死にぞこない! おめぇ!」

「車の中に救急箱あるから任せたぞスライム! 神官様を死なすなよ!」

「ッド、さま……」

 距離を測りながらデッドが指示を飛ばしていると、ぐったりと伸びていたファルフニルが、わずかに顔をあげた。

 その自身の血で濡れた口が微かに動く。それを見たデッドが、舌打ちする。

「ったく! 死にかけてまでよ! 心配すんな! 荒事は俺の仕事だ!」

 そう少女へ言い捨てて、デッドは異形の竜を背中に駆け出した。

「さて、鬼ごっこと洒落込もうぜ!」


 なお、この後はノープランである。

「うまく釣れちまったけどよぉ! ああやだやだやだ!」

 全力疾走しながらデッドは一人、誰もいなくなった捻れた町並みの中で叫ぶ。

 後ろからは竜型の異形が、その巨体で土草とコンクリが混じった不整地をえぐり、鉄石木のモザイクになった建物もなぎ倒し、轟音を響かせて駆け迫ってくる。

 どうしたものか?

 言うまでもないが、デッドは竜の相手なぞゲームでしかやったことがない。

(しかも手持ちはもうスモーク2発だけなのにどうしろってぇ! サブマシンガンの豆鉄砲じゃ通じねぇだろうし! せめて対獣ライフルでもありゃあよぉ。っち!)

 走りながら異形は、首元に歪に生やした口を赤く光らせ、ドンドンドンっという爆破音とともに火の玉を数発放った。

 それをサイボーグ改造で体に仕込んである、周囲全てを見れる全天周カメラの視界で捉えていたデッドは、即座に炎の弾道を計算。足がきしむのを無視して方向を変え、近くの形が残っているギリシャ神殿のような建物へ飛び上がる。

 瞬間、火球が走っていた通路で爆発。同時に追いついてきて異形が、振り向きざまに火球をぶっ放してくる。しかし、既にデッドはギリシャ神殿から別の建物へ。

(この調子で逃げられればなんとかだけど、さぁ!)

 未強化の人間が全力で行動できるのは1分未満。サイボーグ化並びに生体強化をしているデッドならもっと長く保つが、それでも限界というものは当然ある。

 ごごごんっと建物が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 猪の如くかける竜の異形にふっ飛ばされたのだ。竜を模してるからか、さっきから鉄だろうとコンクリートだろうとものともせず、ただまっすぐ進んでくる。

 その速度はまったく緩まず、ダメージも疲労も一切示さない。

 さて再度、問おう。どうする?

(スモークに隠れてこっそり逃げるか? 建物もいっぱいあるし。一応、顔をこっちに向けてるから、基本は視覚頼みだと思うが、ちっ!)

 何度目かの火球が迫り、慌てて隣の屋根へ飛び移る。その間にも全天周視界でとにかく周囲を観察、何か一発逆転できそうなものはっ!

(あの爆発跡!)

 少し先にあった、大穴とひしゃげた建物で気づく。

 そして悩む。眼球の熱源センサーには反応あり、おいおいマジか、都合よく先にいる、本当にやるのか、建物の高さとしてはいける、苦し紛れだろう、あそこに放り込めばいい、そう上手くいくものか、バレないようにも一発、普通に逃げろよ、後は突撃してくれるかだが、失敗したら……。

 ーーどうか、ご無事で。

 渦巻く不安の中から、死にかけてなお、自分を案ずる神官少女の姿が浮き出てきた。

 知らずと、デッドの頬が持ち上がる。

 我ながら、単純なもんだ。

「だが死ぬ理由としちゃ上等だ! やってやろうじゃねぇか!」

 覚悟とともにデッドは咆哮し、同時に発煙弾を叩きつけた。

 地面から周囲へ一気に煙が広がる。

 竜もどきの異形が煙に戸惑ったように足を止め、辺りを確認するように周囲を見渡した。

 それをデッドは煙の中から瞳に仕込んだ熱源センサーで確認、よし、そこで足を止めたな!

「しゃぁ!!!」

 デッドは煙から跳躍、更に近くの建物を三角跳びの要領で駆け上がり、上空へ。

 目標は、足を止めた異形の、胸にできた顔。

 しかし相手もさるもの、即座にデッドの動きに反応して大口から火球を吐き出す。

 避ける方法はあるが、しかし避けるわけには、ええい多少焼けたところで!

 デッドが腹を決めたその瞬間、ほのかに光る壁が、眼前に迫った炎を割って逸らした。

(ファルフニルの守りの加護!? 瀕死だったのにあのバカ!)

 だが今はありがたい! 火の壁が途切れた先には、驚いたように見開かれた歯車の瞳だ。

「こいつを食らってろぉ!」

 その真ん中、徹甲弾で作った瞳の傷口へ、デッドは発煙弾を叩き込んだ。

 するとプシュゥ! と激しい煙が吹き出し、異形の頭を覆いつくす。

「おら! こいつはおまけだ!」

 ぐんっとはずれないように発煙弾を押し込んだ後、近くの建物に飛び乗ったデッドは、更に短機関銃でフルオート射撃。

 かかかかかかかっと弾丸が異形の頭をならすも、恐らく傷ひとつ無いのは煙で見えなくても分かる。

 そしてそれはどうでもいい、別に倒すために射ったわけではない。

「ゴオオオオオオ!」

 狙いは誘導。異形を闇雲に自分の方へ突撃させることだ。

 飛び退いたのにも気づかず、咆哮をした竜型の異形は、デッドのいた建物へと体当たり。そのまま突き抜けて、向かいにいる彼女たちへと迫る。

「さてさてお嬢ちゃんたち! わりいが後は頼むぜ!」

 デッドの言葉とともに、異形の足が踏み潰したのは、紫の少女たち。

 先ほど、大急ぎで逃げ出した少女の群れだ。理由不明だが増殖し、小さな体で人を踏み殺せるほどの重量を持ち、

 そして、衝撃で爆発する。

 カッと光が閃いた。

「グアアアアアアアアア!!!」

 絶叫が響き、次の瞬間には足がもげた竜の異形が、更に少女の群れへと傾いでいく。

「っしゃあ! どんなもんよ!」

 視界を封じて誘導し、爆発する紫の異形を踏ませるという即興策、成功だ。

 偶然、紫の少女たちのところへ辿り着いたこと、竜型の異形が彼女らに気づかなかったこと、最後に火炎放射じゃなく突撃をしてくれたことなどなど。パッと思いつくだけでも運要素マシマシではあったが、なに、上手くいけばいいのさ。

(これで少なくとも逃げるのは、いやまて、何か見落としが、あ!)

 その可能性に気づいてデッドが建物から飛び降りた時には、横倒しになった巨大な異形が少女たちをまとめて踏み潰し、圧倒的な光が辺りを満たした。

「ぃぃぃぃぃ!!!!????」

 無数の少女型爆弾による連鎖大爆発。それは大型異形や近くの建物、そしてデッドをも高々と吹き飛ばす。

 何もない宙を舞ってるはずなのに、地面に叩きつけられたかのような、全身内蔵への凄まじい衝撃。あまりに高速で吹き飛ばされ、肺は強制的に潰れて息の一つもできず、視界は超速で流れて紐のようでまるで意味をなさない。

 しかし、

「……」

(だ、だれ、がっ!?)

 何故か自分を見上げる紫の瞳と目があった気がした瞬間、一際に大きな巨木と鉄の塔が混ぜ合わさった建物に激突し、デッドの意識は体とともにバラバラになった。

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