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獣の覚醒

 西に向かう街道は穏やかな日差しに包まれていたが、夕暮れが近づくにつれ、森の奥から異様な気配が漂い始めた。

 俺は本能的にその空気に反応する。耳に、心臓に、血が跳ねる感覚。

 シーラも足を止め、手元の杖に軽く触れた。


「……魔族ね。小規模だけど、この辺で暴れていたのはこいつらか」

 目の前の森の奥、黒い影が蠢く。

 四つ足で這いまわる魔族が、複数こちらを狙っているのが見える。


 ――捕まるか、殺されるか。

 選択肢はない。


 俺は唇を噛み、拳を握った。

 体内の魔力が勝手に唸りを上げる。

 皮膚は熱く、血管の奥で牙が疼く。


「シーラ……俺、行く」


「待って、まずは私の治癒結界を展開して! ここで直接戦うのは危険よ」


「いや……それじゃ間に合わない」


 俺は歩を進めた。魔族の嗅覚も発達しているらしく、森の中から低く唸る声が聞こえた。

 一歩踏み込むだけで、四方から牙と爪の閃光が飛ぶ。


 ――これは狩りだ。


 身体が勝手に動く。剣を構え、最初の魔族の首を斬り落とす。

 まだヒールは使っていない。だが次の瞬間、左腕が斬りつけられ、痛みが神経を焼いた。

 反射的にヒールを自分に打ち込む。


 ――肉体が熱を帯びる。

 傷は瞬時に塞がるが、痛みは脳内に残る。

 身体が求める。もっと、もっと痛めつけろ、と。


 俺は狂気じみた笑みを浮かべながら、魔族を蹴散らす。

 シーラは少し離れた位置から治癒結界を補助するが、ほとんど俺の攻撃速度には追いつけない。


 ヒールを連打する度、俺の肉体は軽く、強靭になっていく。

 しかし皮膚は瑞々しく艶を増し、体毛は全身に濃くなり始めた。

 筋肉は膨張し、体感で数十キロ分重くなったかのような力が込み上げる。


 魔族は次々と倒れ、だが数が多く、無理にでも全員を叩き潰す必要があった。

 俺はヒールを止める選択肢を捨て、全力で戦った。


 剣が空を切り、腕が裂け、足が衝撃に耐え、俺の全身が火のように疼く。

 魔族の血が跳ねるたび、鼻先に生臭い匂いが立ち上がり、牙が疼く。

 そして、腰の後ろの“尻尾”が無意識にバランスを取るように揺れた。


「……くそっ、まだ残ってるのか!」


 森の奥から最後の魔族が飛び出してきた。

 巨大な角と鋭い爪を持つ、明らかに雑魚ではない個体。

 俺は片手剣を振りかぶり、斬撃を交わしながら反撃する。


 だが、その一撃で左肩を貫かれ、意識がフラつく。

 俺は再びヒールを自分にぶち込み、瞬時に傷を塞ぐ。

 疼きは残るが、身体は炎のように熱く、力が暴走する。


 ――もう止められない。


 獣の本能が前面に出てくる。

 眼光が鋭く、牙が伸び、筋肉はさらに膨らむ。

 “尻尾”が完全に動き始め、俺の動きと連動する。


 そのまま俺は飛び込み、魔族の腹に膝蹴りを叩き込み、地面に叩きつけた。

 反撃で飛びかかってきた爪を掴み、腕をねじる。骨の軋む音が響き、魔族は呻く。


 最後に頭部を剣で貫き、勝利が確定した。

 数分前の俺なら絶対に勝てなかっただろう。

 ヒールの乱用、そして獣化の進行が力を押し上げた。


 だがその代償も明確だった。


 息が荒く、汗が滴る。

 体毛は全身に生え揃い、筋肉は元の1.3倍ほどに膨張。

 皮膚は人間のそれではなく、獣の皮膚のように弾力と艶を持つ。

 牙は完全に鋭く伸び、指先は硬質化、尻尾も骨格に沿って完全に動いていた。


 シーラが駆け寄る。


「……やっぱり、限界を超えたわ。アンタ、もう完全に人間じゃない」


「……分かってる」

 俺は重い息をつきながら、荒れた呼吸を整える。


 森に響く俺の心音は、獣そのものだった。

 勝利の達成感はあるが、理性の端っこで危険信号が光る。


 ――次に戦う時、俺はもう自制できないかもしれない。


 シーラは俺の腕に手を置き、静かに言った。


「ヒールの乱用は、もう絶対にしない。

 治療と旅の間だけ使うの。暴走を抑えるために」


 俺は頷く。

 獣化は進行した。

 だが、まだ理性の断片は残っている。

 そして俺は知っていた――この力を制御できなければ、次は誰も止められない。



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