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牙を持った治癒術師

懸賞金の換金は驚くほどあっさり終わった。

 衛兵詰所の奥に通され、野盗の首の数を確認され、署名を済ませると、机の上に銀貨の詰まった袋が二つ置かれた。


「お前さん、一人でこれだけ倒したってのは本当か?」


「ああ。治癒師だがな」


「治癒師……治癒師でこれは……」


 衛兵の男は最後まで信じていなかったが、銀貨は確かに俺のものだった。

 袋を腰に括りつけた瞬間、妙な実感がこみ上げた。


 ――俺はこの世界で“戦える”側の人間だ。


 自殺が失敗し、異世界で治癒術師になった男。

 その肩書きは今日、少しだけ変わった。


 その後、都市内の宿に泊まる。

 酒を飲む気にもなれず、飯だけ平らげて部屋に戻った。

 体毛は昨日よりさらに濃く、肩幅は僅かに広がった気がする。

 ベッドに横たわりながら、自分の手のひらを見つめた。


 ――これは本当に進化か? 退化か?


 眠りについたのは深夜。

 だが朝は不意に訪れた。


「おい起きろ。“英雄治癒師”ってのはお前だな?」


 ドアが叩き割られんほどの勢いで叩かれ、俺は飛び起きた。

 扉を開けると、全身を鎧で包んだ大男が仁王立ちしていた。


「……誰だ、お前」


「俺は“槍牙傭兵団”団長、グレイ=ランフォードだ。昨日の野盗の首、全部お前一人の手柄だろ?」


「まあ……そうだな」


「ならスカウトだ。団に入れ。いや、入ってくれ。治癒ができて剣も振れる奴なんて探してもいない」


 団長の声は真剣そのもの。

 その目は獲物を値踏みする獣のようにギラついていた。


「考えさせてくれ。今は村の治癒院を頼ってる人もいる」


「一日だ。明日の朝また来る」


 グレイはそれだけ言って宿を出ていった。

 あまりに一方的な話だったが、断り切れない圧があった。


 その日の昼過ぎ、村へ戻った。

 シーラは俺の姿を見るなり駆け寄り、少し安堵の表情を浮かべた。


「おかえり。無茶してない?」


「大丈夫だ。懸賞金も受け取ってきた。村にも半分置いていく」


「……本当にありがとう。あなたが来てから、この村はずっと救われてる」


 シーラは少し躊躇った後、言葉を続けた。


「……で、どうするの? 巷ではあなた、もう“英雄治癒師”だよ? 傭兵から声がかかるのは当然だと思う」


「団長が直々にスカウトに来た。だが治癒院を放り出して傭兵になる気はない」


「……でも、一度経験してみるのもいいかもしれないよ。自分がどれだけ戦えるのか、確かめる意味でも」


 確かにその通りだった。

 そして何より――俺自身、身体の変化の理由を知りたかった。


「一回だけ、仕事を受ける。これで見極める」


「なら……気をつけてね」


 シーラの言葉を背に受け、翌朝、俺は再び都市へ足を運んだ。


 槍牙傭兵団の本拠地は市壁のすぐ外、砦のような建物だった。

 中に入ると、武装した傭兵たちが俺を珍しいものを見る目で見てくる。


「団長なら奥だ。ついてこい」


 案内された部屋で、グレイが地図を広げていた。


「来たか。じゃあ早速だが、初仕事だ。依頼内容は“野盗の捕縛”だ。殺すなよ。依頼主は奴らから情報を引き出したいらしい」


「わかった」


「いや、わかってない顔だな……絶対に殺すな。捕縛だ。」


 グレイの念押しを背に、俺は現場へ向かう。

 森の奥に拠点を構える小規模な野盗集団。

 俺たちは10人で包囲し、俺は前衛として突入した。


 その瞬間だった。


 ――身体の奥が熱くなる。


 昨日よりも、さらに嗅覚が鋭い。

 人間の汗の匂い、鉄の匂い、血の匂いが混ざり合い、獣の本能を刺激してくる。


「おい、殺すなよ! 捕縛だぞ!」


 グレイの声が聞こえたが、俺の耳には遠かった。

 俺は野盗の一人に飛びかかり、剣で腕を弾き飛ばし、膝で鳩尾を潰し、地面に叩きつけた。


「ひっ……ひぃ!」


「動くな」


 動いたら殺すつもりの声が勝手に出た。

 視界の端で別の野盗が逃げる。


 ――追え。


 意識するより先に身体が動いた。

 数秒で距離を詰め、首を掴んで地面に叩きつける。

 骨が折れる嫌な音がした。


「死んだか……?」


 途端に冷静さが戻った。


 俺は……捕縛の依頼で、殺してしまった。

 しかも、依頼で指定された集団以外の“近くに潜んでいた別の野盗”まで追いかけて殺してしまった。


「おい! 言っただろ! 捕縛だと!!」


 駆け寄ってきたグレイが俺の胸ぐらを掴んだ。

 その顔は鷲のように鋭く、怒気に満ちていた。


「悪い……わざとじゃない」


「わざとじゃなかろうが関係ねぇ! これは依頼違反だ!」


 俺は黙った。

 しかし胸の奥では、まだ暴れたくて仕方ない衝動が燻っていた。


 ――何だ、この感覚は。


 ヒールが肉体だけでなく、精神の奥に眠る“闘争本能”まで呼び覚ましているのか。

 それとも俺が元々抱えていた暴力衝動が、肉体の変化で増幅されているのか。


 どちらにせよ、一つだけ確実なのは――


 俺はもう、普通の治癒術師ではいられない。


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