治癒の技術と底無しの魔力
村での生活は、最初の数日は異様なほど静かだった。
死んだはずの自分が新しい世界で息をしている。その事実だけで、頭のどこかがまだまともに機能していなかった。
だが、治癒術師バルミラの指導はそれを考える隙すら与えてくれなかった。
「ほら、そこに横たわっているのは腰を痛めた老人よ。あなたが癒すの」
「……やり方も全然わからないのに?」
「大丈夫。魔力の流れは身体が覚えているわ。あなたは特にね」
言われるがまま患者の背に手を置くと、白い光が滲み出した。
俺自身が驚いた。
意識して魔力を出しているわけじゃない。ただ“癒したい”と思った瞬間、光が患者の身体へと吸い込まれていく。
老人の表情が変わる。
痛みに歪んでいた顔が、次第に穏やかになり、ついにはゆっくりと立ち上がった。
「す、すごい……痛みが消えた……!」
歓声が上がる。
俺は何もしていないつもりだった。
だが周囲の人間は口々に「才能だ」「天賦だ」と持ち上げる。
嬉しいわけじゃない。
ただ、これほど簡単に認められたことは、俺の人生で一度もなかった。
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◆魔力量、異常
バルミラの指導は徹底していた。
朝は薬草の種類と効能を叩き込み、昼は患者の治療。
夜は魔力の循環練習と応用技術。
だがある日、バルミラが俺の魔力循環を見て目を丸くした。
「ちょっと待って。あなた、一日でこんなに魔力を使ったの?」
「そんなつもりはないが……患者は十人くらい診た」
「普通の治癒術師なら二、三人診たら倒れるのよ。あなたの魔力量、桁が違うわ」
バルミラは俺の胸に手を当て、魔力の流れを確かめる。
「……底なしよ。こんなの、見たことがない」
「そうか?」
「そうよ。だからあなたは休まず患者を癒せた。
しかも魔力密度が高いから、効果が早く深く出る。
治癒術師としては“化け物級”ね」
化け物級――
妙にしっくりくる言葉だった。
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◆金が転がり込む
一日の診療が終わると、村人たちは礼として金貨や野菜や酒を置いていく。
気がつけば、俺の生活は数週間で劇的に変わった。
毎日腹いっぱい飲んで食っても余るほどの金が入る。
働けば働くほど収入が跳ね上がる。
バルミラは言った。
「あなたはね、治癒術師としては反則級なの。
疲れない、治す、魔力切れしない、若い。
村ひとつの医療を一人で背負えるわ」
俺は自分でも気づかないうちに、少しだけ笑っていた。
この世界は“努力に結果が返ってくる”。
前の世界では、どう足掻いても報われなかったというのに。
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◆一ヶ月後、技の習得
修行を始めて一ヶ月が経った頃には、俺はヒールの基礎・応用・緊急治癒・内部治癒まで全て習得していた。
魔力の多さが理由で上達が異常なほど早かったのだ。
ある日の夜、バルミラは酒瓶を抱えて俺の元へやって来た。
「おめでとう。今日であなたは“治癒術師”を名乗っていいわ」
「……もうそこまで?」
「そこまでよ。普通なら三年はかかる。あなたは一ヶ月。
天才なんて言葉じゃ足りないわ。
あなたこそ、私の後継者よ」
俺は照れも謙遜もなかった。ただ静かに受け止めた。
人生で初めて、“誰かに認められた”気がしたからだ。
宴は小さかったが温かかった。
村人たちは酒樽を持ってきて、焚き火を囲んで歓声を上げた。
子どもから大人まで、全員が俺に笑顔を向けてくる。
“生きていていい場所”が、こんなにも簡単に手に入るとは思わなかった。
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◆独立
祝いが落ち着いた翌日、バルミラは真剣な顔で俺に向き合った。
「ねぇ、あなた。この村でずっと助手をしているのはもったいない」
「どういうことだ?」
「村の外れに空き家がある。そこを使って診療所を持ちなさい。
私の医院の支店として扱っていいわ。
あなたほどの力があれば、すぐに村中の人が集まる」
独立。
俺はその言葉を聞いて、不思議なほど抵抗を感じなかった。
前の世界で一度失敗した。
それでも、ここなら……と、素直に思えた。
こうして、村の外れに小さな診療所を設けた。
木造の質素な家だったが、窓から差し込む光は温かく、
机もベッドも俺になじんだ。
診療所の看板にはバルミラの医院の紋章と、俺の名が刻まれた。
──遠い異世界で、二度目の人生が動き出した。
だがこのとき、俺はまだ知らなかった。
“自分自身を癒やし続ける”という行為が、どれほど危険な副作用を孕んでいるのかを。




