治癒の代償
目を開けた瞬間、まず視界に飛び込んできたのは、異様なまでに鮮やかな空だった。
青い、というより“澄み切りすぎて不自然”な色。
だが俺は空を眺めて感動する余裕なんてなかった。
頭が割れる。
焼けた鉄棒を頭蓋骨の中でかき回されるような痛み。
呼吸が荒くなり、胃の底がひっくり返る。
死んだ直後の世界がこんな拷問なら、あの拳銃は何のために撃ったんだと本気で思った。
うずくまり、頭を抱えて地面に転がる。
乾いた草の匂い。土のざらつき。
「ここはどこだ……?」
言葉が自然に漏れる。声が自分のものに聞こえない。
意識が途切れ途切れのまま、少しずつ周囲を見渡す。
そこは緩やかな丘の上だった。見たことのない植物が風になびき、遠くには煙のようなものが立ち上っている。
街か、集落か。少なくとも人の痕跡だ。
死後の世界ではない。
いや、死んだことすら怪しくなっている。
額に触れる。血が出ていない。
撃った痕跡すらない。
「ふざけるなよ……」
怒りとも恐怖ともつかない感情が喉奥に張り付いた。
だが頭痛は容赦なく続く。
立ち上がろうとするたびに視界がゆがみ、膝が折れる。
それでも歩くしかなかった。
俺は立ち上がり、ふらつく足を引きずり、煙の方向へと歩き出した。
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◆村への道のり
太陽が容赦なく照りつけてくる。
空気は乾いているが、どこか甘い草の匂いが混じっている。
歩くたびに頭痛が波のように押し寄せ、少しでも気を抜けば倒れそうになる。
何度目かの休憩で、ふと指先が光った。
微かな白い光。
触れた草に温かさが伝わり、萎れた葉がわずかに張りを取り戻した。
「……ヒール?」
口から自然にその単語が漏れた。
馬鹿げている。
ゲームじゃあるまいし、傷が治る魔法なんて――そう思った直後、自分のこめかみに手を当てた。
光が溢れ、頭の痛みが一瞬だけ和らぐ。
確信した。
これはもう“元の世界”じゃない。
そうじゃなければ説明にならない。
俺は死んだ。
そしてどこかの世界に“拾われた”。
納得なんかしていない。
だが、否定しても状況は変わらない。
半日歩いた頃だ。
ようやく小さな村が見えてきた。
木造の家が十数軒、周囲は畑が広がり、遠くには井戸らしきものまで見える。
村の入口で、鍬を担いだ老人に呼び止められた。
「おい、大丈夫かい? 顔色が死人だぞ」
“死人”という単語に、心臓が跳ねた。
だが説明できる言葉も理由もない。
俺はただ、「具合が悪い」とだけ告げた。
老人は俺を支え、村の診療所らしき建物へ連れていってくれた。
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◆治癒術師との出会い
診療所の中は木と薬草の匂いが混ざった、落ち着く空気だった。
中にいたのは、白髪を三つ編みにした中年の女性――村の治癒術師だという。
「あら、ひどく消耗してるわね」
彼女は俺の胸と額に手を当て、薄く光を流し込んできた。
痛みがゆっくりと消えていく。
俺はそこで初めて知った。
この世界には“治癒術”が存在し、
身体の損傷や疲労を癒すのが当たり前の技術として受け継がれていることを。
「あなた……ヒールの素質があるわね」
彼女の言葉に、思わず眉をひそめた。
「素質?」
「ええ。気づいてないの? あなたの身体は、自分で自分を癒し続けてるわ」
意味がわからなかった。
だが、確かに頭痛が勝手に和らいだ瞬間が何度もあった。
「ヒールの才能は稀よ。しかも自己治癒型となればなおさら。
あなた、修行すれば治癒術師として食べていけるわ」
食っていける――その言葉に、胸が奇妙にざわついた。
前の世界で、俺は何をしても結果が出なかった。
仕事も、努力も、全部虚空に吸われて終わった。
だがこの世界では、俺は“才能持ち”と呼ばれている。
そんな事実が、心の奥で微かな火を灯した。
治癒術師の女性は、俺の目を見て静かに言った。
「家も仕事もなさそうだし、しばらくここに居るといいわ。
ヒールを教えてあげる。
あなたは癒しの力を持つ者……大切な資質よ」
その言葉に、俺は小さく頷くしかなかった。
死に場所を求めて撃ったはずの俺が、今は治癒術師として修行を始める。
人生は笑えるほど矛盾している。
だが皮肉にも、“誰かを癒す技術”に触れたその瞬間から、
俺は自分自身を癒やすことに取り憑かれていく。
このときはまだ、その暴走がどれほど危険なのか知らなかった。




