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過去を焼くためのヒール

授与式が終わった瞬間、黒炎の玉座の裏側にある巨大な扉が、ゴウン、と鈍く動いた。

近衛が低く頭を垂れる。


「ヒールイーター。陛下が、お前を私室へお呼びです。」


他の魔将たちが露骨に舌打ちした。

賞賛ではなく、ただの“排除対象への嫉妬と嘲笑”だ。


俺は堂々と歩いた。

足音が石畳に響くたびに、背中の体毛が逆立ち、尻尾が揺れ、牙が自然と覗く。

この異形の身体が、自分のものなのかも怪しくなってきている。


けれど、その感覚すら心地よく思えている自分がいた。


深部へ進むほど、空気は冷え、魔力が重くまとわりついてくる。

やがて黒炎の紋様が刻まれた扉の前で、近衛が告げた。


「ここから先は、陛下のみのお許しが必要です。」


強烈な緊張が走ったが、指を鳴らすように扉が開いた。



---


■魔王の私室


室内には余計な装飾が一切なかった。

玉座や謁見の間の豪華さとは対照的に、張り詰めた静寂と、鋼鉄のような冷気だけが漂っている。


魔王は窓際に立っていた。

黒い外套が揺れ、角と背中のマントに揺らめく黒炎が灯っている。


俺の気配に気づくと、魔王はゆっくりと振り返った。


「よく来たな、ヒールイーター。」


「……呼び方、変わってませんか?」


魔王は微笑ともつかない表情で言う。


「名など些事だ。今の貴様に必要なのは“役割”だ。

その肉体が何を求め、どこへ向かうのか……私には興味がある。」



---


■魔王の本音


魔王は席を示し、自らも向かいの椅子に座った。

その動作の一つひとつに、圧倒的な存在感がある。


「貴様、まだ“迷っている”な。」


「……何がです?」


「人間の記憶だ。」


胸の奥が一瞬で凍り付いた。


魔王は続ける。


「他人に向けたヒールは問題ない。

だが、自分へかけた時の反応……あれはただの“肉体再生”ではない。」


鋭い眼が俺の奥底を見透かしていた。


「――記憶の消去。

貴様は、自分の心そのものにヒールを打ち込んでいる。」


俺は息を呑む。


見抜かれていた。

戦場で傷が治るたび、胸の奥の“別の傷”まで薄れていったこと。

自分でも分かっていた。ヒールには“心の痛みを薄める副作用”があると。


だからこそ、俺はヒールを乱用していた。

子供の頃のあの光景を消すために。


父親の怒声。

教師の拳。

血の味。

畳に叩きつけられた時の息の詰まり。

孤独。

屈辱。

泣きながら、それでも助けを求めていたあの自分。


それを全部、ヒールで上書きしようとしていた。


魔王は立ち上がり、俺の背後に回った。


「“記憶”は毒にも力にもなる。

貴様は毒を嫌い、力まで手放そうとしている。」


「……苦しかったんだよ。」


「苦しさは捨てれば良い。だが、何もかも消せば貴様は“空”になる。

空になった獣は、ただの暴走兵器だ。」


その言葉に、背中の体毛が逆立った。

図星だった。

俺はヒールを使う理由を“傷を治すため”と自分に言い聞かせていたが、本当は違う。


――過去を、消したかった。


魔王は淡々と告げる。


「このままヒールを続ければ、いずれ貴様は完全に獣になる。

思考も言葉も失い、本能だけの怪物となるだろう。」


「……それでも構わない。」


魔王は軽く笑った。


「そう言うと思った。

だからこそ“密談”に呼んだのだ。

貴様には、魔将として“正しく獣に堕ちる役割”を与える。」


「役割?」


「戦場で破壊する獣――それが貴様だ。

過去を捨て、痛みを捨て、ヒールで心までも再生成しながら前に進め。

だが――」


魔王の瞳が細く光る。


「“自我の最後の一本”だけは、手放すな。

それがなくなれば、貴様は魔将ではなく“ただの獣”になる。」


その時、胸の奥の何かが熱を帯びた。

ヒールが呼んでいる。

記憶を薄めろ。

傷を消せ。

全部忘れて戦え――と。


自分でも抑えられない衝動が湧き上がる。


魔王はその気配を察し、背筋を反らして笑う。


「……もうヒールを使いたくて仕方がない顔だ。

戦いの痛みだけでなく、“心の痛み”まで消す快感。

貴様の渇望は、魔族ですら理解できぬものだ。」


否定できなかった。

傷が治るたび、記憶も痛みも薄れ、頭が軽くなる。

その快感が、戦闘の快感と混ざり始めていた。


魔王は俺の肩を掴む。


「行け、ヒールイーター。

記憶を喰い潰す獣として。

そして、我が軍が放つ“最初の混沌”として。」


俺は静かに頭を垂れた。


過去を捨てるために。

痛みを消すために。

渇望を満たすために。


そして――

自分が完全な獣に堕ちるその瞬間を、どこかで望んでいる自分がいた。



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