嫌悪と敵意と玉座の間
玉座の大扉が開いた瞬間、空気が変わった。
腐臭でも血の臭いでもない。もっと生々しい“敵意”そのものの匂いだ。
魔族の王城――黒曜石で組まれた柱、天井から垂れる巨大な骨飾り、壁に埋め込まれた魔力炉が脈動しており、空気が熱を帯びていた。
その中央に、俺を待つ二十の影が立ち並んでいた。
魔族最強の二十人――魔将たち。
彼らは王の側近であり、魔族領で頂点に君臨する化け物だ。
中には炎で身を包む奴、蛇と竜の合いの子、半分液体のような魔体を持つ者までいる。
そして、全員が俺を睨んでいた。
「なんだこの異形は?」
「人間の腐れ肉が歩いてきたのかと思ったぞ」
「魔王の気まぐれもここまで来ると笑えんな」
聞こえないふりはできなかった。
肌はもう人ではないほど分厚く黒ずみ、体毛は濃く、尻尾は獣のもの。牙は常に剥き出し。
酒場での死闘で、ヒールの乱用が俺をさらに獣へ押しやった。
歩けば石畳が軋む。
最初にこの玉座の間へ足を踏み入れた瞬間、誰もが露骨に鼻を鳴らした。
“お前なんかが魔将の列に入るのか?”
その視線が痛いほど刺さるが、引く気は毛頭ない。
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■玉座に座る魔王
広間の奥、黒炎の玉座に魔王が座っていた。
筋肉質で異様に巨大な体、頭部には王冠のように湾曲した二本の角。
その視線は冷静で、俺を見ても挑発も嫌悪もない。
「来たか、人間……いや、“元”人間よ。」
声は低く響き、全員の動きを止めた。
魔王の隣には、酒場で俺を見つけてきたあの――【バルバロス】が立っていた。
腕はまだ包帯で巻かれ、骨の軋み音が聞こえそうなほどボロボロの状態なのに、直立し誇り高く胸を張っている。
「魔王陛下。この者は、俺の敗北を以って推薦に値すると判断しました。」
「ほう。お前がそこまで言うのは珍しい。」
魔王は面白そうに目を細め、俺をじっと観察した。
「名を言え。」
「……名はもうどうでも良いでしょう。ただの医者崩れでしたよ。
今は“獣に近い肉塊”みたいなもんです。」
「では、貴様の呼び名は――【ヒールイーター】とする。」
魔将たちから笑い声が起こる。
「回復魔法の喰らい過ぎだとよ。」
「皮肉としては上出来だな。」
「人間を魔将に? 悪い冗談だ。」
だが魔王はぴたりと手を上げ、その喧騒を一瞬で黙らせた。
「お前らの中に、このヒールイーターを倒せる者はおらん。」
一瞬で広間の空気が氷のように固まった。
魔王が続ける。
「無限の再生……戦うほど強くなるその肉体……
そして獣に堕ちきれず、まだ人の形を保とうとする矛盾。
私はその“化け損ない”に興味を持った。」
魔将たちの中に、露骨な敵意と妬みが渦巻く。
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■二十の魔将からの嘲笑と宣戦布告
審問のような時間が続いた。
各魔将が俺に近づき、舐め回すような視線で挑発してくる。
「俺の奴隷獣より弱そうだが?」
「まあすぐ死ぬだろ。自分の体壊しながら戦ってるだけだ。」
「反乱でも起こせばすぐ殺せる。魔王の気まぐれは長く続かん。」
中でも一番ムカついたのは“氷の魔将”ガルザイン。
俺に近づき、鼻先で笑う。
「人間はどれだけ力を持っても、我ら魔族の礎を超えられん。
お前はただの……“燃えない生ゴミ”だ。」
その瞬間、俺の背中を走るように何かが動いた。
尻尾が勝手に跳ね上がり、ガルザインの顎を弾き飛ばしそうになった。
氷の魔将はギリギリで避けて俺を凍りついた目で見てきた。
「……ほう。反応だけは上等だ。」
「うるせえよ。目の前で腐った魚みたいな顔してたら殴りたくもなる。」
魔将たちの嘲笑が止まった。
バルバロスが小さく笑い、魔王が満足そうに頷いた。
「いい。牙を隠す者に価値はない。
お前のようにむき出しの化け物の方が、戦場では信頼できる。」
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■爵位授与
魔王は立ち上がると、漆黒の刃を持った近衛に合図した。
剣で俺の右肩を軽く叩く――いや、叩いた瞬間、刃が皮膚に食い込み黒炎が走った。
「ッ!」
再生がすぐに始まる。
黒い組織が盛り上がり、傷口が閉じていく。
魔王はそれを見て満足そうに宣言した。
「今日、この時を以って――
貴様を我が二十一番目の魔将、“ヒールイーター”とする。」
広間から拍手は起きなかった。
代わりに、静かで冷たい殺意だけが集まってきた。
それは俺への祝福ではなく“歓迎の敵意”。
全員が同じメッセージを送っていた。
――“すぐ殺す。覚悟しておけ。”
――“お前は使い捨てだ。”
――“異物のくせに調子に乗るなよ。”
だが、俺の中の何かが逆に燃え上がっていた。
牙を噛み鳴らし、尻尾がゆっくり揺れ、心臓が戦闘の前みたいに高鳴る。
「――上等だ。
お前ら全員、ヒールで食い破ってやるよ。」
広間がざわつき、魔王は愉快そうに笑った。
「さあ、面白くなってきた。
“獣と魔族の境界に立つ化け物”よ。
この戦乱の時代、存分に暴れてみせろ。」
こうして俺は魔将となった。
祝福など一つもないまま――敵意だけを背負って。




