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魔王と魔将

バルバロスの拳は、もはや目視できる速度ではなかった。

右からのフックが空気を裂いた瞬間、俺の肋骨は五本まとめて折れ、肺が潰れ、視界が黒く染まった。


だが――


「ヒールッ!!」


爆ぜるように骨が戻り、肺に空気が一気に流れ込む。

苦痛が快感に変わる。

再生の度に、俺の筋肉が膨れ、視界が鋭さを増す。


バルバロスは舌打ちした。


「クソ…本当に“無限再生”かよ。

 こっちは一撃ごとに魔力が削られてんだぞ」


「なら速く殺せよ。できるならな」


挑発した瞬間、バルバロスの姿が掻き消えた。

真後ろ――!


振り返るより早く、拳が後頭部に叩き込まれた。


ゴッッ!!


首の骨が千切れた感覚。

頭が180度回ったまま床に転がる。


だが俺は笑った。


「ヒールッ!!」


バキバキッと頸椎がつながる。

歯茎が疼き、牙がさらに伸びていた。


観客の魔族たちが声を失っていた。


「なんだあの人間……」

「いや、もう人間じゃねぇだろ」

「化け物同士の戦いだ…」


バルバロスは構え直す。

瞳が興奮で光る。


「……強い“だけ”なら俺が上だ。

 だが、お前の戦い方は……“狂気”だ」


俺は地を蹴った。四足に近い姿勢で。

獣の本能が完全に開き、喉から唸り声が漏れる。


「まだまだだァ!!」


バルバロスの掌打。

俺の頬骨が粉砕され、顔面が半分潰れる。


「ヒールッ!!」


再生。

同時に拳を放ち、バルバロスの腹に叩き込む。


ドゴッッ!!


巨体が一瞬ぐらついた。

そこに肩口へ噛みついた。


「ガアアアアッ!!」


肉ごと噛みちぎる。


バルバロスの腕が俺の背中に叩きつけられ、脊椎がねじ切れる。

だが即再生。

再生と同時に無意識にバルバロスの腕に爪を立てる。


人間の爪じゃない。

黒く硬質化した“獣の鉤爪”だった。


「おい……お前、本当に人間なのか?」


バルバロスの声が揺れた。


俺は答えられなかった。

言語より先に喉が低く唸るだけだ。


「グルルル……」


俺はもう“人間の型”で戦っていない。

完全に獣の動きだった。


バルバロスの蹴りが腹部を抉る。

内臓が吹き飛ぶ。


「ヒールッ!!」


即回復。

そしてまた噛みつく。爪を立てる。肉を裂く。


再生する度に身体が強化され、筋肉の密度が跳ね上がる。

関節が獣のように柔軟になり、背骨はしなるように伸びる。


気づけば俺の背中から――


尻尾の骨格が伸び始めていた。


観客が叫ぶ。


「尻尾――生えてやがる!!」

「人間が獣化してる!?」

「治癒魔法の副作用…なのか…?」


バルバロスはついに押され始めていた。


「クッ……!!」


彼の連撃は鋭い。

人間離れした技量。

動きは洗練され、無駄がない。


対して俺は――本能の暴風だった。


「グアアアアアッ!!!」


床を砕きながら突進し、バルバロスを壁まで押し込む。

拳が頬を陥没させ、牙が肩を裂く。


最後の拳が鳩尾に入った。


バルバロスの全身が震え、沈む。


「……ちっ……いい試合だった……人間……」


崩れ落ちた。


静寂。


次の瞬間、魔族たちの大歓声が爆発した。


「勝ちやがった!!」

「バルバロスを倒した!」

「人間のくせに化け物!!」

「魔将クラスじゃねぇか!!」


俺は立っていた。

呼吸は荒いが、体は完全な獣人と人間の中間。

牙。爪。尻尾。

体毛は濃くなり、瞳は黄金に輝いていた。


もはや人間とは言えなかった。


バルバロスは血を吐きながら笑う。


「……お前は“治癒のバケモノ”だな。

 本物の化け物ってのは……死なねぇ奴のことを言うんだろうよ……」


その時だった。


酒場の扉が静かに開く音がした。


全員が振り返る。


そこに立っていたのは――

黒いマントを纏い、角を持つ美しい男。

周囲の空気が凍る。


魔族が膝をつく。


「ま、魔王様……!」


魔王は俺を見て微笑んだ。


「面白い。

 人間でありながら、獣でありながら、魔族でもある。

 壊れ方が実に美しい」


俺の心が、荒ぶる本能が、彼の声に共鳴した。


「名を聞こう。“獣人未満の治癒者”」


「……俺は……」


名乗る前に魔王が言った。


「我が軍へ来い。

 お前ほどの戦闘と再生の才能は千年に一度だ。

 魔将にしてやる。

 ――来い。お前は“こちら側”の存在だ」


俺の胸が熱くなる。

心臓の鼓動が獣のリズムで跳ねる。


生きる理由。

戦う理由。


すべてがこの瞬間に収束した。


「……行く」


魔王は満足げに頷いた。


「よく言った。我が軍へようこそ――異形の治癒者よ」


こうして、人間でも魔族でもない俺は、

魔王軍にスカウトされるという前代未聞の展開となった。


だが、このときの俺はまだ気づいていなかった。


この異形化が、もう元には戻れない“変質”だったことに。


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