シーラの絶望と俺の苛立ち
森の奥で、血まみれのまま立ち尽くす俺を見つけた瞬間、シーラの表情は凍りついた。
「……どう、して……こんな……」
声は震えていた。
足元に転がる魔族の死体を見て、彼女の膝が崩れ落ちる。
「違うの。私は……あなたを探しに来ただけ。なのに……どうしてここまで……」
俺は当然のように答えた。
「戦いたかっただけだ。いい獲物がいたから狩った。……それだけだろ」
シーラは涙を滲ませたまま俺を睨む。
「あなた、本気で言ってるの……?
自分がどう変わってるか……分からないの?」
「分かってるよ。だからどうした?」
言った瞬間、彼女の顔から完全に色が消えた。
「……あなた、村の人たちと同じになりかけてる。止めなきゃ、私が……!」
彼女は必死だった。
だが、その必死さが逆にイラついた。
「お前は“止める”って言うだけだろ。
渇きもしねぇで、苦しくもねぇのに……勝手なことばかり言うな」
シーラが震えた。
「理解……してるつもりだったよ。あなたの苦しみも、衝動も。でも……実際は違うのね。あなたは私の気持ちなんて一つも見ようとしない」
「お前の過去は、お前の話だろ。
それを基準に俺を縛るな」
「縛ってなんか……!」
シーラは叫びかけて、唇を噛んだ。
「ねぇ……あなたは、私より“戦い”を選ぶの?」
返事は――ほとんど反射的だった。
「当たり前だ。戦いも、ヒールも、手放す気はねぇ」
シーラが吐息を漏らす。
心が砕ける音が聞こえた気がした。
「……そっか。じゃあ、もう……私じゃ、あなたを救えないんだね」
しばらく沈黙。
森の冷気が、やたらと刺さった。
「……じゃあ、行くよ」
「勝手にしろ」
俺が背を向けると、シーラは何も言わなかった。
足音もなく、その場を離れた。
胸の奥で何かが軋んだ。
だが、“渇望”がその痛みをかき消した。
――戦いたい。
怒りでも、悲しみでもない。
ただの衝動だけが、自分を押し動かしていた。
俺は単身、魔族領へ向かう道を選んだ。
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◆魔族領 ― 戦闘狂の巣窟
人間領を抜け、岩肌むき出しの峡谷を越えると、空気が変わった。
刺々しい魔力が風に混じっていて、景色全体が薄暗く揺れて見える。
魔族領は殺気に満ちていた。
歩く魔族たちは皆、獲物を見るような目でこっちを見てくる。
「面白い顔してんな、人間。生きて帰れると思うなよ」
「襲うなら来い。まとめて相手してやる」
そう吐き捨てながら、俺は魔族の町に入った。
酒場の入口をくぐると、全員の視線が突き刺さってくる。
人間なんて滅多に来ないらしい。
その視線が、逆に心地よかった。
カウンターに座り、酒を頼むと――
隣の魔族がわざと肩をぶつけてきた。
「おい人間。ここじゃ人間は“下”なんだよ。頭を下げろ」
無視した。
ただ、杯を口に運ぶ。
魔族が舌打ちし、髪を掴みに来る。
その腕を叩き折ったのは反射だった。
「ぎゃッ!?」
静寂。
その瞬間、酒場の空気が爆ぜた。
「人間が……魔族の腕を!?」
「殺せッ!!」
四方から一斉に襲いかかってくる。
俺は酒を置き、最高に気分よく立ち上がった。
「……いい。丁度、暴れ足りなかった」
最初の一体を蹴り飛ばしてテーブルごと粉砕。
二体目の首を掴んで壁に叩きつける。
斧を振り下ろしてきた三体目の腕を取り、逆方向に折る。
誰かが叫び、誰かが笑い、誰かが逃げた。
まるで闘技場。
血の匂いと殺意の混ざった、完璧な環境だった。
「ヒール!!」
自分に一度だけ使う。
筋肉が跳ね、皮膚の下の獣性が暴れ始める。
天井すれすれまで跳躍し、落下の勢いで床を叩き割る。
その衝撃波で、十数名が吹き飛んだ。
「ひ、ひいいい……!!」
「化け物……!」
「こいつ本当に人間か!?」
恐怖で後退る魔族たちを前に、俺はゆっくりと息を吐いた。
「まだやれる奴だけ来い。
殺すつもりで来いよ。でないとつまらねぇ」
沈黙。
一秒、二秒──
やがて、奥の席で腕組みしていた大柄な魔族が立ち上がる。
背中に刻まれた紋章。
普通の魔族じゃない。
「……人間。てめぇ、噂の“獣化の癒術師”だな?」
ギギ、と床が鳴るほどの巨体が歩み寄る。
「死に急いでるわけじゃなきゃ……面白ぇ勝負ができそうだ」
その目は、魔将と同じ匂いがした。
強者の目。
殺し合いを楽しむ者の目。
俺の胸の奥で、獣が吠えた。
「いいぜ。やろうか」
魔族領の酒場に、再び火花が散った。
――ここから先は、もう戻れない道だ。
だが後悔は、微塵もなかった。




