2-4.手紙の想い人 ~回想~
初めて見る異様な光景にセリーナは息をのんだ。
レンにそっと視線を向けると静かに頷いたため、自分の周りに広げていた防御の結界を閉じた。
『お助けいただき、ありがとうございます。我が精霊お――』
『レンだ。そう名付けられた、ただの精霊のレンだ。』
『……レン、様。ご無沙汰しております。』
「みんな知り合いなの?」
『まあ、そんなところだ。』
何とも言えない顔をしている精霊たちと歯切れの悪い返しにセリーナは不思議に思いながらも一応納得した。腕の中にいる犬の精霊の呼吸が荒くなってきていることが心配だったからである。
「レン…! どうしよう、この子の様子が……」
『……精霊力の使いすぎだな。ここにウサギの精霊はいるか。』
『は、はい! おります、はい、ここに!』
『彼を自力で契約者の元に戻れる程度に回復してやってくれ。』
頷いたウサギはセリーナが抱えている犬に近付くと手をかざした。すると、淡い光が現れて犬に吸収されていく。しばらくすると犬の精霊の呼吸が落ち着きはじめた。
『すぐに目を覚ますと思います。』
「どうもありがとう。綺麗な光ね、私まで暖かくなったようだったわ。」
『……! なんとお優しいお方!! さすが精霊お――』
『レ!ン!だ!』
『…! レン様が、お選びになったお方!
この度は本当にありがとうございました。これで精霊界にも戻れます。』
「ここにいるみんなは、すぐ精霊界に戻るの?」
『精霊に戻ったから、戻りたければすぐに戻れるさ。ただ守護相手が生存している者もいるようだな、その場合は本人の気持ち次第だろう。』
「そっか……、みんな、何か困ったことがあったらレンを伝手に私のところにきてね。」
『おいおい、私はそんなの認めてないぞ。』
「いいじゃない、レンは暇じゃない。友達が来てくれたら嬉しいでしょ?」
『ト、トモダチ……?』
この間も周りにいる精霊たちは、
「あの方があんな他愛もない会話をしているぞ」
「あの方の友達ということになっているぞ」
「でもあの人間はとても良い人そうだ」
とざわついていた。そんなことも気付かないセリーナは再度精霊たちに、またねと笑顔を向けた。
彼らは複雑な顔をしているレンとセリーナに向かって再度礼をとると、各々自分の行く先に向かうため姿を消した。
ちょうどその時、セリーナに抱えられた犬の精霊が目を覚ました。
『うっ……、あれ…さっきまで力が枯渇していたのに……』
「大丈夫? 気が付いた?」
『……!?!?!?』
「ああ、ごめんなさい驚くわよね、ディカエはもう大丈夫だから安心してね。みんな精霊に戻ったわ。」
セリーナは驚く犬の精霊を静かに地面におろした。まだ状況が掴めない犬の精霊は、ふと横にいるレンを見ると驚愕に目を見開く。
『……! え、あ、え!? あなた様は…!』
『レンだ。ただの精霊のレンだ。』
『え…でも、え?』
犬の精霊は困惑のあまりにレンとセリーナを交互に見ている。ため息をつくレンの横で、セリーナはニコニコしていた。
『横にいる彼女は、私の契約者だ。彼女の意向で契約していることは公にしていない。だからそなたも余計なことは言うな。そして、私はレンだ。』
「レン、何度自己紹介するの?」
『こやつが分かっていなさそうだから念押ししているだけだ。』
『なるほど、普段こちらでお見掛けしないので余計困惑してしまいました。とんだご無礼を。
申し遅れました、契約者より名を与えられ、ルタと名乗っております。まずは助けていただいたお礼を。ありがとうございました。』
「いいえ、私たちは何もしていないわ。ディカエになっていた精霊の中に、回復が得意なウサギの子がいてね。その子にお願いしたの。」
『この力には心当たりがあります、彼女には私も直接お礼に伺うことにします。どちらにしても、お二人がこちらにきてくださったおかげです。』
「ディカエを戻したのもレンだから、お礼ならレンに!」
『私はそなたが見捨てられないといったからだ。私はこういったことにあまり干渉しない主義だ。』
「またそんなこと言って。良いことをしたんだからもっと誇りをもっていいのよ。
ところで、あなたはどうして一人でこんなところに?」
『ああ、契約者の頼まれ事を。まさかあんなに大勢のディカエと出くわすとは想定外でした。』
「……え? 契約者にディカエを戻すように言われてここに一人できたってこと?」
『まあ、そうなりますね。いつものことですよ。』
「いつものこと!?!?」
突然、目の前の美女の大きな声にルタは驚いた。
元々、ルタは精霊と契約している人間の何人かと話したことがあるが、彼女は全く記憶になかった。真っ白な毛布を羽織っているようなレンと、彼女のプラチナブロンドが相まって、彼らが並ぶとまさに神々しさすらあった。そして、精霊と契約した人間の特徴でもある瞳の色の変化により、薄っすらピンクがかっているのが神秘的な美しさを醸し出していた。
" こんな人間に出会っていたら忘れるはずがない…、しかも精霊王様じゃないか。 "
そう、先ほどの精霊たちもセリーナの美しさに驚くと同時に、守護精霊が精霊王であったこと、つまり自分たちを本来の姿に戻してくれたのが同族の頂に君臨しているものだと気付いた時の衝撃は想像に容易い。ましてやその精霊王が、契約者である人間にその事実を隠しているようだ、というのは察せられたが、自分たちの王が人間と軽口を叩きあっているのには度肝を抜かれた。
目が覚めたルタもほぼ同じ所感である。
『え、ああ、いつものことです。人使い、もとい精霊使いが荒いのですよ、私の契約者は。
普段は一緒にやりますがね、今日は手が離せないから軽く行ってきてくれ、と言われてきたらこのザマです。
まあ私たちの間柄ですから、酷使されているというわけではな……』
「今日は手が離せない、ということは、この学院の生徒ってことね?」
『え? まあ、はい、そうですね……』
「そう。つまり、仮面舞踏会の支度があって手が離せないから、ルタにだけ行って来いと命令したってことね?」
『…え? いや、命令というか……』
「自分は、仮面舞踏会の支度をするために家でぬくぬくとしている間に、契約したからといってルタにだけこんなことさせたのね?」
『え、えっと……』
「しっっんじられない! とんでもない人ね!! どこの誰なのかしら!?!?」
再び目の前の美人に叫ばれ、ルタは茫然とした。その横で、レンは諦めたように首を振っていた。




