1-6.肝胆相照らす 〜回想〜
ルークが目覚めた大会翌日の夜、ルークはセリーナの様子を見に密かに病室を覗いた。月明かりに照らされ、静かに寝息を立てているセリーナにピッタリ寄り添うように猫の姿をした精霊が丸まっていた。
未だ目が覚めた様子がないセリーナを見て悲しい気持ちになりながらも、勝手に入るのはまずいと静かに自分の病室に戻ろうとした時、突然声がかかった。
『おい、人間。ルークとか言ったな、少し話そう。』
ここには自分の精霊であるジークはいない。声の主はセリーナの守護精霊であった。目を丸くさせたルークを一瞥しながら、レンはベッドの足元の方に移動してきた。有無を言わさぬ精霊の態度に恐々としながらも言われた通り部屋に入り、近くの椅子に腰掛けた。
『我が名はレンだ。』
「……ルークです。」
『知っている。ずっと見ていたからな。』
「……。」
『セリーナがお前を大事に思っていることもわかっている。私を恐れているようだが、私はお前を責める気は全くない。』
「ですが、私のせいで……」
『お前のせいではないし、セリーナが庇った令嬢のせいでもない。セリーナは全てのリスクも含めてこれまで秘密にしていたんだ。それは彼女の選択だ、お前が気に病むことではない。』
「……。」
『だが、あまりに諸悪の根源への対応が遅すぎる。この国の人間は精霊と契約した人間を害したもの達に対してどうしてこんなに甘いんだ。一体どうなっているのか説明してくれないか。』
ルークは今までで一番の圧を感じた。背筋がゾワっとするような、圧倒的な力の差があると分かるからこその畏怖。自分には怒っていない、ただ結果的にセリーナがこんなことになる要因を作った人間を罰することをしない人間界への怒りが伝わってくる。
ルークは細心の注意を払いながら、人間界の事情や現状の説明をする。自分も目覚めたばかりで情報が限られていることを最後に伝えるが、レンの顔は一切変わることはなかった。
『……お前が正直なのはわかった。セリーナが信用している人間だし、お前のことは信じる。ただしいつまで経ってもこの現状が続くのであれば私にも考えがある。』
「……今、全力で、動いています。もう少し信じてもらえませんか。」
『そうやって前回の件から何も変わっていない。あの時にけじめをつけなかったから今回のようなことになったのだ。』
「前回って……亡くなった王女殿下の襲撃のことですか。」
『……それに関しては、精霊は言及できない。前精霊王が取り決めた。』
「なぜです? もしご存知のことがあるなら、話してもらえれば解決の糸口が……!」
『精霊は基本的に人間界のそういった部分には干渉しないという掟がある。かつ、その件はディカエが絡んでいて、精霊界にも被害がでた。前精霊王以外、その一件は言及できない。』
「そんな……前精霊王様にお会いすることはできませんか!」
『……まあできなくはないだろう。そのうち会うことになる。』
「そのうちって……」
『シリウスはお前の叔父なのだろう? あやつのようにお前もやるべきことをやればいいだけだ。』
「……。」
精霊の言っていることはもっともであるが、知っていることがあるなら教えてくれれば解決の糸口が見つかるかもしれないのに、とやや不満気な表情になったルークを見て、レンは静かにため息をついた。
『楽な道を選んでいるだけだろう。ここで私たちが教えたとして、そなたたちは本当に解決できるのか?』
「……どういうことです?」
『そんな単純な話ではないということだ。正直言って、この件でそなたにできることは限られている。大事な者を守れるように、いざという時のために鍛錬を積んでおくんだな。』
「……。」
『そなたを見下しているのではないぞ。それだけこの件は根が深い。そなたがどうにかできる話ではないのだ。ならば、そなたができることをするしかないであろう?』
「自分に…できることがないかはわかりません。もしかしたら何かあるかもしれない。でも、おっしゃる通り今の私にできることをするのみですね。」
さっきまでの不満気な表情と打って変わって、決意を込めた視線で真っ直ぐに見つめてくるルークに、レンも静かに頷く。自分の病室に戻るよう促そうとしたところで、ルークが言葉を続けた。
「今回、セリーナが私を身を挺して庇ってくれた。昔から彼女が僕にとって大事な友人であることは変わりませんが、これまで彼女のことを何でもわかっていると思っていました。でも……僕が見ていたものは、彼女の苦労のほんの一端に過ぎないと今回のことでよくわかりました。
きっと、彼女は他にも隠しているでしょう。それを詮索するようなことはしませんが、あってもなくても、誓います。
僕は、全力でセリーナを守り、どんな状況であっても彼女の味方であり続けます。」
『……私の前で誓うというのは、どういうことかわかっているのか?』
「勿論です。だからこそ、今ここで誓います。」
『……そうか。心に留めておこう。だが、セリーナもそなたのことを大事に思っているようだ。唯一の肉親よりも断然にな。セリーナが大事にしているのなら、私にとっても守るべき対象だ。私も、そなたを見守るとしよう。』
そう言ってレンはルークにそっと守護魔法をかける。その瞬間、体がじんわり温かくなるのを感じたルークは驚きを隠せずにレンを見つめた。
『セリーナほどではないが守護魔法をかけておいた。そなたの精霊からの守護は邪魔していない。これから、そなたは危険な状況に置かれる可能性が高いだろう。そなたが傷付けばセリーナも傷つく。それは私にとっても本意ではないからな。』
「……ありがとうございます。」
『これからもセリーナを頼む。……病み上がりだ、そなたも十分に休息をとれ。』
そういうとレンはまた静かにセリーナの横に戻り丸まって寝始めた。
呼び止めておいてマイペースだな…と内心苦笑いをしながらも、セリーナが静かに寝息を立てていることを確認すると、そのまま部屋を後にした。




