1-5.肝胆相照らす 〜回想〜
「令息も久しぶりだね。具合はどうだい?」
「おかげさまで順調に回復しております。」
「そのようだね、車椅子からも立ち上がっているようだし。」
「あ……これはまあ……」
「まあいいさ。彼女が目覚めて夢中だったんだろう、医者が来るまでに戻っておきなさい。入院期間が延びるぞ。」
ルークは渋々車椅子に戻っていったが、その様子にセリーナはクスクス笑っている。その姿をジッと見ていたガルクス公爵はまた静かに微笑んでいた。視線に気付いたセリーナが不思議そうにすると、懐かしむように話を続けた。
「すまないね、君の母上を思い出していたんだ。……本当に、よく似ているな。」
「……母をご存知の方からはそう言われることが多いですが、そうなんでしょうか……自分ではあまり……」
「とても似ているよ、私の世代で君の母上を知らない人間はいないだろうから、これからはそういったことを言われる機会も多いだろう。
……今回の一件で君の味方は大勢増えた。自信を持って過ごしなさい、私もできる限りの力を尽くすと約束しよう。君の意にそぐわないことは、例えそれがこの一件で重要なことであってもガルクス公爵家は黙秘すると誓おう。」
「……!」
その一言に、ガルクス公爵はセリーナが契約者であることをほぼ確信しているということが分かる。そしてそれが「ガルクス公爵家」と明言していたことから、公爵夫人やミファ様もご存知の可能性が高い。
ミファ様が襲われたことを考えれば、セリーナの意思など関係なく他言されても致し方ないところだが、あくまでセリーナの意思を優先するという温かい言葉であった。
「……どうして、そこまで……」
「君が不遇な立場であるということは、今までも予想していたが、今回の一件でそれが表沙汰になったということかな。何より、君は娘の命の恩人であること。そして君の母上へのせめてもの償い。何より、そこにいる君の精霊の圧かな。」
全員が一斉にレンを見やると、セリーナにピッタリくっついた状態でしれっと座っている。ルークも苦笑いをしていることから、セリーナが目覚めなかった間にレンが何かしたのだと悟ったセリーナはルークに申し訳ない気持ちになる。
「……なんだか、すみません。」
「いいんだ、君の精霊は特別なようだから。こちらは光栄だよ。とにかく、これから困ったことがあったら必ずガルクス公爵家に来なさい。いつでも歓迎しよう。」
「何から何まで、ありがとうございます。」
ちょうど話終わる頃、クーデン先生が医者を連れて戻ってきた。
すぐに伝えなかったルークに医者が苦言を呈しつつ、セリーナが目覚めたことに安堵しているようだった。
「目覚める気配もなかったので、気が気じゃなかったのですよ。閣下まで尋問のような勢いで問い詰めてくるしで……目覚めてくれて良かった。体の状態を見させてください。
はい、皆さんは部屋を出てください!」
ガルクス公爵含め、全員が部屋を出るように促される中、セリーナは部屋を後にしようとする男性陣に声をかける。
「皆様、本当に……ありがとうございます!」
「体を大事に、ゆっくり休みなさい。」
「……また後で話を聞かせてもらいにくるよ。目覚めて良かった、ゆっくり休めよ。」
「僕は向かいの部屋だから、また後でくるよ。お大事にな。」
セリーナが笑顔で頷くのを見届けた男性陣はそのまま部屋を後にする。
その後ろ姿を見届けたセリーナは、ガルクス公爵が言った言葉にふと違和感を覚えた。
" 母への償い、って……なんのことだろう……。 "
既に退室してしまった公爵に疑問を投げかけることは叶わず、またの機会に聞いてみようと心に決め、医者との会話に戻った。
一方、セリーナの病室を後にした男性陣たちは、全員が迷うことなくそのままルークの病室に入ると、クーデン先生が言葉を発した。
「とにかく彼女が目覚めて良かった、あの精霊が日に日に殺気を帯びるように視線が鋭くなっていていたたまれなかったんだ。」
「僕なんてずっと文句言われてるんですよ、さっさと人間界の法で裁け、と。」
「君の精霊は何か見つけたか?」
「いいえ、今日もそれらしい人物はいなかったようです。」
「そうか……難航しているな。やはり閣下の言う通り動くほかありませんかね……」
目を閉じて話を聞いていたガルクス公爵が口を開く。
「だから言っただろう、簡単に尻尾は出さないからさっさと攻めるべきだと。」
「いや、そう言われましても……何かあったときに証拠が……」
「そんなのガルクス公爵家で封じ込める。王たちも動いているようだが、彼らは過去の件と繋げて考えている分、動きがどうしても鈍くなる。話が噛み合わないとそこで動けなくなるからな。」
「閣下は……別だとお考えで?」
「いや、確実に同一人物の仕業だろう。ただ十年近く前の件の証拠を探すなんて無茶だ。今回の件で捕まえた後に吐かせる方が早い。さっさと捕まえないと、娘も然りだが、誰が狙われるかわかったもんじゃない。下手したらクーデン、お前も狙われるぞ。」
「いや、自分を襲う理由は……」
「王女もそうであろう。」
「……。」
「とにかく、王たちを待ってはいられない。下手したらあの令嬢の精霊が暴れ出すことにもなりかねん。」
「まさか閣下にも何か……?」
「いいや、ただ私の精霊伝に『お前は偉い立場にいる人間なんだろう、さっさとしろ』と言ったようでね。あの精霊の言うことは最もだ、下手したら彼女も狙われかねない。早急に対処すべきだ。……ファベルク、君は、本当にいいんだな?
王太子殿下にも隠さなければならなくなるぞ。」
「承知の上です。裏切る訳ではありませんし、何よりセリーナに危害が及ぶ可能性があるなら全力で排除するまでです。」
「……あいつの甥か、血は争えんな、あいつに似て良い目になった。……クーデン、お前もいいな。」
「……お供します。」
「ファベルク、君は引き続き精霊に探してもらってくれ。クーデンは後ほど令嬢から話を聞くんだったな、私がいては彼女も話しにくいだろうから、結果だけ教えてくれ。私は先に戻る。」
「「承知いたしました。」」
「……頼んだぞ。」
今回こそあの男を捕まえてやる、と心に誓い、ガルクス公爵は病室を後にした。公爵を見送って顔を上げた瞬間、クーデン先生はルークの近くに寄って小さい声で話しかける。
「……お前、本当にいいのか。今ならまだ引き返せる。閣下にも私から……」
「いいえ、これは自分で決めたことです。セリーナを守ると彼女にも、彼女の精霊にも誓いました。自分ができることを全力でやります。」
「……わかった。だが、シリウスみたいにはなるなよ。」
「叔父に? それはどういう……」
「その話はいい、お前がその覚悟ならいいが、婚約者の安全も怠るなよ。」
「分かってます。」
「それにしても、彼女の精霊にも誓ったのか? お前、精霊に誓うってのがどういうことか分かってるのか……?」
「はい、承知の上です。」
ルークは毅然とした態度で返事をする。頭では初めてレンと会話をした夜のことを思い出していた。




