1-4.肝胆相照らす 〜回想〜
「ジーク、おかえり。」
『……彼女の目が覚めたのか。よかった……(いつ精霊王が暴れ出すかと気が気ではなかった)」
「……ルークの精霊のジークね。話すのは初めてね、よろしくね。」
『光栄です。初めてお会いしたのは貴女が子供の時ですが、我が契約者がようやく気付いたようで。』
「……お前も教えてくれればよかったのに。」
『精霊は序列が明確なんだ。そんなことできるわけないだろ。』
少し不貞腐れたような顔をするルークに、セリーナはクスッと笑った。護衛騎士になるべく普段はスンとした表情をしていることが増えたルークだが、本来は表情豊かな青年である。
「……ところで、どうだった?」
『……今日もそれらしい人物はいなかったよ。』
「……そうか。あの状況なら、学院生が関わっている可能性が高いと思ったんだが……。」
「……兄様、調査が……難航しているの?」
「ああ、ディカエの消滅に関してはクーデン先生が誤魔化してくれた。自分が契約者だと説明して、自分の精霊が対処したとね。この件自体が公になっていないから、クーデン先生のことについても一部の人間にしかまだ知られていない。
問題は、どうして結界が張られたあの場所にディカエが現れたかってことなんだ……それがなかなか手掛かりがなくてね。」
「……本当に突然だったものね……。」
「君も何かしら事情を聞かれると思うけど、調査にはクーデン先生が来るそうだ。それ以外の人間が来た時は、覚えていないで通していいと言っていた。君のことは、王族方にも誤魔化したようだ。」
「……それ、大丈夫なのかしら。」
「君の母上を知っている人たちからすると、薄々気付いた人間もいるだろうと言っていた。それでも契約者の外見的特徴がないことや、君がこれまで全くそんな素振りも無かったことから、一応何も知らないってことになってる。ペア相手が突然想定外の動きをして混乱したって。」
「あ……! そういえば、気を失っている間……眼鏡……!」
『私が認識阻害をかけてずっとそばにいたから問題ない、学院で見せていた通りの姿だ。』
レンの言葉にホッとするセリーナに、ルークは静かにベット脇の机を指差した。そこには綺麗に飾られた花と、いつもの眼鏡が置いてあった。
「ルイーザがね、毎日来て花を増やしていくんだ。朝と夕方。僕の方もすごいことになってる。」
「ふふふ、綺麗で素敵じゃない、きっと心配かけたわね……。」
「僕が目を覚ました時も泣きじゃくってたから、今日の夕方来たときはすごいだろうね。」
「目に浮かぶわ……」
「……セリーナ、君が、今までもこれからも大事な友人であることは変わらない。身を挺して僕を助けてくれた。伯爵家として以上に、君のことを知っている両親や兄上、ルイーザも僕も、感謝してもしきれない。」
「そんな、大袈裟だわ。私は……」
「そんなことないよ、ああやって咄嗟に動けるものじゃない。ありがとう。君が無事で、本当に良かった。」
ついに感情が溢れ出たルークは涙を流してセリーナを抱き締めた。敬愛の気持ちがこもった抱擁に、セリーナも左手だけで抱き締め返す。
「君の気持ちを尊重して、契約者であることは秘密にすると誓うよ。例え王太子殿下に聞かれても答えることはない。」
「でもそれでルーク兄様の立場が悪くなるのは困るわ。」
「まさか、そんなことないさ。万が一聞かれて答えなかったとしても、殿下も横暴な人間ではないから大丈夫さ。誇張ではなく、君は僕の命の恩人なんだ。ガルクス公爵令嬢にとってもそうだ。
君を守ろうとする人間はこの一件で一気に増えたから安心しなよ。」
「……そう。」
「とにかく、僕は何があっても君の味方だ。君が僕を身を挺して守ってくれたように、これからは僕も君の盾となるよ。……ルイーザが優先だけど。」
「良かったわ。その一言がなかったら今どうしてやろうかと。」
二人揃って笑い出すと、突然病室の扉が開いた。そこには、クーデン先生と壮年の男性が立っていた。
「あ、おい! 目が覚めたのか! ファベルク、何で医者を呼ばないんだ!」
「すいません、つい感極まって。」
「ったく……! 今俺が呼んでくる! 閣下、少々お待ちを。」
クーデンは踵を返して病室を出ていった。残された男性を見た二人は慌てて姿勢を正そうとするが、本人がそれを制した。
「楽にしなさい、こんな時に不敬だと言うほど心が狭い人間ではないよ。」
「……このような姿で申し訳ありません、ガルクス公爵閣下。」
この男性こそ、ミファ・ガルクスの父親であるゲイル・ガルクス公爵その人である。セリーナの言葉に静かに頷くと、近くにあった椅子に腰掛けた。
「まだ目覚めていないと聞いていたんだがね、病院の関係者と話があったついでに寄らせてもらったんだ。こんな時に悪かったね。」
「とんでもないです。でも……なぜこちらに?」
「セリーナ、僕たちのいる部屋は特別室なんだ。ガルクス公爵家からの厚意でね。」
「えっ……!」
入院の経験がないセリーナも、あまりに綺麗な部屋で、かつ自分一人しかいない部屋に疑問を抱きつつも三日振りに起きた頭では深く考えることができていなかった。
あまりの事態に冷や汗をかきそうになっているセリーナだが、そんな様子に気付いたガルクス公爵は優しく微笑んで落ち着かせようと声をかける。
「娘を救ってくれた、せめてもの礼だ。令嬢に対しては詫びも含めてね。」
「そ、そんな、私は……」
「娘も君を大層心配していてね。この三日間、食もあまり進んでいないのだよ。君が元気になってくれることが娘のためにもなるし、何より、私が何もしなければ娘に幻滅されてしまう。私のためでもあるんだ、気にしないでくれ。……ああ、君のご両親…というよりお父上には私から丁寧に伝えておいたから安心しなさい。」
「えっと……」
「ああ、君の父上のことは一部では有名でね。今回のことで真相がわかった者が多いだろう。令嬢のような素晴らしい人材が将来を潰されることはないように、ガルクス公爵家としても挨拶しておいたから今後の学院生活も有意義に過ごすといい。」
「あ、ありがとうございます……」
まさか公爵家の当主にまで父親の醜態が知られていたかと思うと恥ずかしい限りで苦笑いをするしかないセリーナだが、自分のために口添えをしてくれたという事実は純粋にありがたい話で心は少しずつ安堵が広がった。




