7-5.終幕
「責められないからこそ苦しい。だがそんな甘っちょろい考えでいられたらあの二人が可哀想だ。」
「……。」
「感謝こそすれ、ひたすら罪悪感を押し付けられても迷惑だろう?
代わりになってやれるのか?」
「ク、クーデン先生……流石に……」
「不敬罪として罰を食らっても俺は構わんから言わせてもらおう。自分の気持ちばかり押し付けるな、これからそういったことはもっとできなくなるんだ。しっかり前を向け。そんなことでウジウジ考えてる暇があったら家の力でも何でも使って犯人さっさと捕まえる方が彼らのためだ。」
この言葉にガルクス公爵令嬢も目が覚めたようにガバッと顔をあげた。口調こそ強かったが、そこにはとても優しい目で、それでいて少し寂しげな顔をしたクーデンが自分を見つめていた。
「……こんなことが起きたんだ、シリウスもそろそろ帰ってくるだろう。お前ら、とにかく気をつけろよ。」
「……クーデン先生、ありがとうございます。ガルクス公爵家として、やるべきことをやります。」
覚悟を決めた力強い目つきに、クーデンも柔らかい笑みを浮かべ頷く。その横で、自分の婚約者を誇らしげに見つめるエオルがいた。
「そうか。俺も力になろう。ガルクス公爵は先程からカンカンだったからとりあえず後で落ち着かせておいてくれ。」
「先生、それが狙いだったんですか。」
「今にも家宅捜索でもしそうな勢いだったぞ。必死で全員が止めたけどな。」
「お父様は犯人がわかっているということですか……?」
「……俺たち大人は、目星がついてるというだけだ。証拠がないから下手に動くと逆に危ないんだ。」
「……それは誰なんです?」
ウィリアムの質問に他の二人も真剣な目つきでクーデンの回答を待つ。そんな様子にクーデンも困ったように笑うしかなかった。
「……こんなことがあって知りたい気持ちはわかるし、教えてやりたい気持ちもあるが、俺から伝えることはできない。」
「……父に、……陛下に聞くしかないと?」
「……まあこうなれば陛下の許可が手っ取り早いだろうが、おそらくこの件に関わらせたくないと思っているだろうな。ガルクス公爵令嬢が狙われたとなれば、尚更だ。」
「なぜですか、僕たちだって……!」
「あまりに似てるからだよ、過去の、……あの忘れられない事件にな。」
「それって……」
「俺はこれ以上言えない。とりあえずもう戻らなきゃいけないから行くが、……くれぐれも気をつけろよ。」
「……ありがとうございました。」
クーデンは隣にいたウィリアムの肩をポンと叩くと、小走りでその場を後にした。残された三人は、その後ろ姿を釈然としない気持ちで見つめた。
「……先程王族席で、父上が言っていたことと同じだな。」
「過去……か、おそらくは……」
「……僕たちの叔母上のことだろうな。」
「エリザ王女様のことね。」
現国王、そしてゼファル公爵の妹であるエリザが亡くなった事件は、当時王国内でも、引いては他国でも衝撃がはしった。
一国の王女が、ディカエに襲われて亡くなった。
偶発的な事故として終わったが、ウィリアムの父親であるゼファル公爵が時がたった今もディカエについて調べ尽くしているところを見るに、現国王やゼファル公爵は黒幕がいると踏んでいることは明白であった。
「……おそらく父上たちは関わらせてくれないだろう。」
「そうだろうな。あまり詳細を話したがらない。子供の頃に陛下に聞いたことがあるが、笑って誤魔化されたよ。」
「自分たちで調べるしかないな。」
「……私が、お父様に聞いてみるわ。貴方たちのお父様は血縁者ですもの、話したがらないのも無理はないわ。お父様なら、当時の様子だけでも聞けば教えてくれるかもしれない。」
「……まずはそこからだな。閣下は君に甘いから……支障がない範囲をギリギリ超えたあたりまで話してくれそうだ。」
「今回のほとぼりが冷めた頃に聞いてみるわ。今すぐ聞くとどうなるかわかったもんじゃないわ。」
「それもそうか、それまで僕たちは出来うる範囲で情報収集しようか。」
「そうだな、規制されてるだろうが……王族専用の書庫も探してみるよ。」
「おいおい主役たち、いつまでそんな方にいるんだね。皆さんお待ちかねだぞ。」
三人が各々決意を新たにしているところに、学院長が少し離れた所から声をかける。その周りには、ウィリアムとガルクス公爵令嬢に一言でもお祝いを伝えようと待ち構える貴族や学院の生徒たちで溢れかえっていた。
その様子にエオルは苦笑いを浮かべると、「関係ない僕は退散するよ。二人ともおめでとう。」と言って去っていった。
王太子が離れたことで、待ちかねていた貴族たちが二人を取り囲んだ。
おめでとう、素晴らしかった、と称賛の声を受けながら二人は朗らかに答えていく。その様子を近くで学院長が微笑みを浮かべながら聞いていたが、実際は神経を研ぎ澄ませながら周囲を観察していた。
このような人目がある場所で動きがあるとは思えないが、違和感なく二人を見守れる人物として国王から直々に護衛もどきを頼まれていた。
しばらくすると、国王たちが要注意人物としている男が、にこやかな笑みを浮かべて二人に近付き、称賛の言葉を伝えにきた。その間学院長は胃がひっくり返そうになるほどで、周囲にいる一部の騎士たちの間でも緊張状態が続いた。
そんな苦労など微塵も気付かぬというフリを貫いたその男は、祝いを述べるのみでにこやかな笑みを崩さないまま挨拶を後続に譲った。あまりに平和的終結に、身構えていた学院長たちは拍子抜けした。
そんな様子を尻目に、男は足早に学院を後にした。
屋敷へ戻って執務室へ入ったその男は、暗がりから現れた黒ずくめの男に静かに声をかける。
「ロベルト・クーデンとセリーナ・ゴルドーの情報を調べろ。隠しているがおそらく契約者だ。早急に調べて報告しろ。」
「承知いたしました。」
黒ずくめの男は指示を受けるとさっと姿を消した。そのままドカっと椅子に座った。
「ロベルト・クーデン……よくぞここまで隠したものだ。昔から怪しいと思っていたが、こんなタイミングで露呈するとは思ってもいなかっただろう。あの護衛騎士も怪しいが、それよりもゴルドー家の令嬢だな……万が一のために消すか……。」
誰もいない部屋で目を細めながら呟くその男は、自分の野望のためにはなんでもする男であった。
その男の名は、ユーレン・ナイクル。
ナイクル侯爵家現当主であり、ウィリアムに陶酔するナイクル侯爵令嬢の父親である。
そしてまさに、国王たちが懸念している人物その人であった。




