5-1.悔恨と許し
「……何も知らない、か。本当にそうだったな……」
レイオール侯爵令息は目の前で自分の火を操るセリーナを見て思わず呟く。レイオール侯爵令息自身が出した火はそのまま周りで燃え盛ったままだが、既に自分のコントロール下から外れている上に強風のせいでより強くなった炎には恐怖しか感じない。
奪取魔法の対処法はいくつかあるが、それを出来る人間は王国内でも実力者の上位数人というレベルで、勿論だが学院生が対処できるものではない。奪取された時点で、ある程度自分の魔力もこれまでの戦いで減っているために反撃もままならない。
苦慮の末、水の魔法を繰り出すが燃え盛る炎を消すほどとはいかず、事態を好転させるのは難しかった。ゆらめく炎の狭間から見えるセリーナの目は真っ直ぐこちらを見つめており、手加減する気はなさそうだと悟ったレイオール侯爵令息は、防御魔法とその周りに水による防御膜を張って次の攻撃に備えた。散々煽っておいてと思われようが、少しでも大きい怪我は避けたいという最後の足掻きでもあった。
セリーナは右手を前に出し、操っている火を強く動かした。セリーナの右手側の火が一際激しく燃え上がるとそのままレイオール侯爵令息の方へドリルのように一直線に向かってきた。レイオール侯爵令息はできる限りの防御結界を張るが、向かってくる炎はそれをいとも簡単に打ち破りそのままレイオール侯爵令息の左腕を攻撃した。
「ゔっ……!!!」
セリーナの攻撃を受けつつもその反動を使いながら風の魔法で自分の体を浮き上がらせ火の円からなんとか脱出した。攻撃で火傷と裂傷を負った左腕はズキズキと痛んでおり、右手で冷気を出して火傷を冷やしながら、どうにか息を整える。
" まずいな……。煽ったのは俺だが、彼女かなり怒っている……何でさっきまで気付かなかったんだ、あんなに目が本気じゃないか……。もう魔力も少ないし、次にまた攻撃されると本気でまずい……。 "
ようやくセリーナの怒りに気付いたレイオール侯爵令息は、利き腕だけは守らなければと次の攻撃に備える。
セリーナは変わらずレイオール侯爵令息を見つめていたが、競技場に立っている人間にしか分からない程度に小さくため息をつくと、突然風や火の魔法を終息させた。
これにはレイオール侯爵令息だけでなく観客たちも思わず理解ができないと首をかしげる。そんな周りの様子に気付きながらも、セリーナは素知らぬ顔で自分とルークに再度強力な防御結界を施して後ろに下がった。その様子を見たルークが安堵した様子で静かに前に進み出る。中央までくると、先ほどのように静かに魔法で剣を作り出してレイオール侯爵令息を見つめた。
一連の様子を見たレイオール侯爵令息は、令嬢が戦いをルーク・ファベルクに預けたと気付き、慌てて左手の止血を行った。ふう、と長い息を吐き出して立ち上がると、再び魔法で剣を作り出して中央のルークに近付いた。
二人が競技場の中央で対峙する形となったが、言葉を交わすことなく視線を合わせたまま動かない。緊迫した雰囲気に誰もが呼吸を忘れてしまうかのようだった。
全く動きがないレイオール侯爵令息は流石にルークを不審そうに見つめるが、その表情を見たルークは目の前の人物にしか聞こえないように小声で喋り出した。
「セリーナ……ゴルドー伯爵令嬢が想像していた以上に君に怒っていてさ。最後まで戦わせるとどうなるか心配だったんだけど控えてくれて良かったよ。本当に。」
「……は、はあ……」
この護衛騎士さえ不安がるほどとはどういうことだとチラッと後ろに目をやると、こちらの様子をジーッと見つめているセリーナと目が合った。全く怒りを隠そうとしておらず、不服そうに両腕を組んでいるのを見て、流石に苦笑いを浮かべる。
「……最後だ。魔法ありの模擬剣での勝負でいいか?」
「……勿論です。よろしくお願いします。」
「よし。では三歩下がってからにしよう。」
レイオール侯爵令息は右手に持つ模擬剣をギュッと握り締めた。
お互いが目を合わせたまま後ろに三歩下がる。既に残った魔力量も少なく、左手が痛むために全力での剣技も難しいレイオール侯爵令息は、お互いが三歩下がり切ったと同時に攻撃を仕掛ける。剣に魔法で火を纏わせ、渾身の一撃を放とうと近付く……前に、気付けば地面に仰向けに倒れていた。
右手に持っていた剣は消滅しており、自分の首筋にルークが剣を突きつけていた。背中への衝撃がなかったことから、相手のどちらかが防御魔法でカバーしてくれていたんだろうと思うと、相手への敬意に余計自分のしでかしていたことが恥ずかしくなった。なぜ自分が倒れているかもわからず、ルークが何を仕掛けてきたのか皆目見当がつかなかった。
ーーーー完敗だった。
「……勝負あり。
勝者、東側、ルーク・ファベルク、セリーナ・ゴルドー!」
わあっっと競技場内が歓声に包まれた。
レイオール侯爵令息は呆然と青い空を見つめていたが、突如視界に手が差し伸べられた。今まで自分が散々見下して、侮辱してきた人間が、「お疲れさん」と言いながら自分に手を差し伸べている状況が単純に信じられなかった。
「……どうして、俺にそんなことするんだ……です?」
「どうしても何も……もう試合終わったろ。それにその怪我、早く治療してもらった方がいい。うちのペアが悪かったな。」
「ちょっとルーク兄様、悪いって何よ。ちゃんと加減したわよ。」
「それはわかるけど、……わかるけどさ!」
信じられずにいる自分を差し置いて目の前で勝者の二人がワーワー騒ぎ出すのを、レイオール侯爵令息は不思議そうに見つめた。決して口論ではない、ただ二人してお互いがあーでもないこーでもないと言い合うのを見ているうちに、自分の置かれている状況のおかしさについに笑い出した。
まだ起き上がることすらできずに相当怪我が痛むのだと心配していたルークは勿論、全く悪いことをしたと思っていないセリーナまで、急に笑い出したレイオール侯爵令息を見てギョッとする。そんなことはお構いなく笑い続けていたが、徐々にそんな笑い声も小さくなり、右腕で目を覆った。
目尻からツーっと涙が落ちるのが見えたルークとセリーナは、救護班がレイオール侯爵令息の元へやってくるまで、静かに傍で見守り続けた。




