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初恋相手との文通は清らかに紡がれる  作者: 香雪 莉子
魔法競技大会編

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4-4.静かなる怒り



競技場内は試合開始と同時に静まり返っていた。

苦笑いを浮かべつつも状況を理解できているのはクーデンとルークのみで、セリーナに近しい人間も含めてそれ以外の人間は驚愕の顔を浮かべていた。



「……な、なんだ? 何が起きた……?」



レイオール侯爵令息は、試合開始と同時にナイクル侯爵令嬢と共にルークに攻撃を仕掛ける手筈となっていた。

伯爵家の令嬢は防御が得意なようだが、それを貫通する攻撃を繰り出せば問題ない上に、自分やナイクル侯爵令嬢の魔法を防ぐことはできないだろう、とたかを括っていたのである。

しかし試合開始直前に競技場から感じたあの圧に意識を持っていかれた。あんなものは感じたことがなく自然と体が動かなくなった。まさかそれが忌々しいルーク・ファベルクではなく、たかが地味な伯爵令嬢のものだと気付いた時には少し離れた場所にいたナイクル侯爵令嬢が視界から消えていた。


彼女は何かに包まれているかのようにゆっくりと地面に横たわるところだった。



「……なんだ、何をした?」


「それを試合相手に言う義理はございません。」


「ふざけるな! 彼女が…どういうことだ!?」


「そんなに焦らなくても、ただ眠りについているだけですよ。」


「……眠っている……?」



よく見ればナイクル侯爵令嬢は規則正しい寝息をたて、傷一つなく静かに横たわっていた。



「倒れる時に怪我をしないように風で彼女を包んでいましましたし、何か文句を言われるようなことはしておりません。」


「……こ、こんな、あり得ない、なぜお前が……」


「相手を侮るからですよ、私のこと、何も知らないでしょう?」


「……ふ、ふざけるなあああ!!!!」



レイオール侯爵令息は全身に魔力を纏いつつ、自身の体に沿って防御膜を施した。これを一瞬で行うだけでも鍛錬を積んでいることが垣間見えるが、怒りで頭に血が上っているために次に続けたのは攻撃魔法を無闇矢鱈に打ち込むことだった。

ルークが上に手を翳して防御結界を作ると、レイオール侯爵令息が放った攻撃は全て跳ね返ることもなく消えていく。


" まさかこんな奴に足元を掬われるなんて…! 信じられない、なんで俺が一人で戦う羽目に! "


レイオール侯爵令息は自分の実力に完璧な自信を持っており、ルークに対しても自分の方が強いと信じて疑わなかった。「伯爵家の奴に自分が負けるわけがない」「何故あいつが選ばれて俺が…!」と根拠のない自信を持ち続け、こうして大勢の前で人一倍高いプライドをへし折られる状況を自分で招いてしまった。



「……!!!!!! くそっ!!!!」



レイオール侯爵令息が魔法で模した剣を作り出し、ルークに向かって走っていく。その真剣な目つきにルークも軽くため息をつくと同じように魔法で剣を作り出してゆっくり歩き出した。

その様子を見たセリーナは、ルークを強固な防御膜で覆った。

膜がルークを包むと同時に、レイオール侯爵令息が剣を持ち突撃してきた。なんだかんだ言いつつも実力を兼ね備えた相手の攻撃に、ルークも真剣な顔つきになる。今までの競技大会では考えられない接近戦に観客たちも目が離せなかった。


" なんだ?……こいつ、強いじゃないか。王太子殿下の遊び相手だからと選ばれたわけじゃないっていうのか!? "


伯爵家のルークがエオルと幼少期から交流があったのには理由があるが、それを知る人間は王族をはじめとしたごく一部の人間である。その中に含まれていないレイオール侯爵家をはじめとした人間たちは、幼少期からルークを非難し続けた。現レイオール侯爵当主であり、ジョージ・レイオールの父親はその筆頭で、子供の頃からルークを目の敵にして息子にその座を奪うように言い続けてきた。その影響を受けてレイオール侯爵家の兄弟は育ったが、嫡男は学院でルークと実際に対面すると父親が言っていることが間違いであると気付き、それ以降一切の非難をしなくなった。それと同時に、弟であるジョージにも散々注意を促してきたが良くも悪くも一直線である弟に兄の言葉は届かないままであった。


ルークと剣を交えながら、ジョージ・レイオールは葛藤していた。今まで自分が信じていたものが目の前で崩れている。防戦を強いられているわけでもないが、だが相手に響いてもいない。ただただ剣の打ち合いをしているだけ、というよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。


“ ……全く相手になっていない、攻撃を仕掛けようとしても察知して出さないように対処される。……これは模擬戦にすらなっていないじゃないか。父上が言っていたことは……あれは違うのか。兄上が血迷ったとお怒りだったが、つまり兄上が正しかったということか……? “


目の前の人間が段々と表情が強張っていくのを見たルークは、このままだと怪我をしかねないとあえて強めの攻撃を繰り出す。レイオール侯爵令息は、慌てて防御をとると、そのままルークとの距離をあける。

二人は視線を交わしたまま動かなかった。レイオール侯爵令息の様子を見たセリーナも防御を展開するのみでジッと二人を見つめていた。



「…………まえ、…き………と…………いか。」


「なんだって?」


「……だ、から! 聞いてた話と、違うじゃないか!!!」


「その聞いてた話がどんなものか知らないが、僕はずっとこうだ。」


「……。」


「……さっき彼女が言ったろ? 私のことを何も知らないでしょう、って。それと同じだ。自分の目で、自分の力で考えたか?」


「…………。」


「僕はこれまで何を言われても反論してこなかったし、自分からわかってもらおうともしなかった。それもまずかったのかもしれないが、先入観や人の話を鵜呑みにして僕を見ようとしない人たちに何か言っても無駄だろ?

もっと努力すべきだったとも思うが、それでも僕の周りには理解してくれる人たちがいたからそれ以上は望んでいなかったのさ。後は実力で、結果でわかってもらうしかないってね。わからない人たちには一生わかってもらえなくていいさ。相容れない人たちのために思い悩むなんて労力の無駄だろ?」



ルークのこの言葉に観客席の一部の人間たちは気まずそうにしている。レイオール侯爵令息もルークの言葉を黙って聞いていたが、目線はどんどん下がっていく。



「だから君が僕のことをどう思っていようと、正直どうでも良かった。ただ一つ教えておくと、君のお兄さんが以前わざわざ声をかけてくれたよ。今までの謝罪と、弟だけでも目を覚まさせたいが難しそうで変わらず非礼を働くかもしれないが申し訳ない、と。」


「……兄上が?」



試合中だというのに下を向いていたレイオール侯爵令息はその言葉に顔を上げると、観客席に視線を向けた。そこには、こちらを心配そうに見つめる兄のダンバス・レイオールがいた。弟と目が合ったダンバスは、静かにそっと微笑んで頷いた。その時、以前兄に言われた言葉が蘇った。



「……ジョージ、もし今後何かを後悔することがあったら。その時は勇気を持って現実を受け入れろ。自分で見たもの、感じたものをきちんと受け入れろ。父上が何と言おうが、俺が味方になってやる。」



あの言葉はこういうことか……と気付いたジョージ・レイオールは、再び俯いた。彼の足元の岩場に数滴の水の跡ができたのが見えたのは、ルークとセリーナだけだった。



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