4-3.静かなる怒り
「それぞれ準備が整い次第、試合を開始する。」
東西、それぞれの位置へ戻っていった生徒たちにクーデンが声をかける。宣誓をした後、競技開始まで五分間の猶予が与えられているため、最後の作戦会議を行うことができる最後の時間だ。
侯爵家の二人も何やら話し込んでいるが、ルークのみを標的にしていたところを、あまり痛めつけない程度にセリーナも含めることにしたのだろうと容易に想像ができた。
「……わざわざ降参不可というルールを追加したくらいだ、まずは僕を狙ってくるだろうな。」
「そう思うわ。私が防御魔法だけが得意なんだと思っていそうだけど、お二人の性格的に攻撃を分散させずにルーク兄様だけを狙ってくるでしょうね。」
「……そろそろいい加減にしてほしいんだけどな……相手をするのも疲れるし……」
「考えすぎかもしれないけれど、侯爵令息の方は、ルーク兄様にあわよくば利き腕を潰すくらいの大怪我をって思っているんじゃないかしら。そしたら護衛騎士の座も空きが出るから……」
「まあ、あいつが考えそうなことではあるな。」
「何をしてくるかわからないし、やっぱりルーク兄様は防御に注力してくれていいわよ。令嬢の方も間違いなく兄様を狙ってくると思うわ。」
「なんでそう思う?」
「さっき私にだけ聞こえるように言ってきたのよ、ルーク兄様がボロボロになるところが見たいんですって。」
「一体なんなんだよ……勘弁してくれ。」
「彼女には怪我はさせないようにするとは言ったけど、どうしてあげるのが一番堪えるのかしら……」
「普通、令嬢は肌のどこかに傷がつくのも嫌がるだろう。君やルイーザは子供の頃からお転婆でそんなこと気にしてなかったから分からないかもしれないけど。」
「そう、ならやっぱり顔に……」
「待て待てセリーナ、僕のために怒ってくれるのはありがたいがやめておけ。君は何かあってもお父上が盾になってくれるとは限らないだろう。僕のために怒ってくれるのはありがたいが、それで君に被害が及ぶのは僕も避けたいよ。」
「……じゃあこの今までの積もりに積もった怒りはどこへやればいいの?」
「……あんな奴ら放っておけ。その気持ちだけで僕は嬉しいし、そうやって僕の味方になってくれる人がいるだけで十分なんだ。殿下だってわかってくれてる。分かり合えない人たちに怒りをぶつけても時間の無駄だろ?
君だって、労力の無駄だってお父上のこと諦めてるだろ? それと同じさ。」
「それは…そうだけど。」
「言い方は悪いが、あいつらと同じ土俵に立つ必要はない。僕はこれまで通り実力で認めさせるし、正直言ってレイオールなんかに負ける気はしないさ。」
「ルーク兄様の方が弱いだなんて思ってないわよ。ただ私の腹の虫がおさまらないのよ。」
「まあ競技大会がいい機会だというのは事実だから、あくまでも程々に、鬱憤は晴らせばいいよ。」
「ルーク兄様はいいの?」
「言ったろ? 関わり合いにすらなりたくないのさ。今年で卒業だからもうあんなの放っておくよ。」
「そう……。じゃあ遠慮なく!!!」
「頼むから程々にな……。」
ルークとセリーナが話し合うのが終わるのとほぼ同時に相手の二人も終わったようだった。ルークたちの予想通り、二人の目はルークにのみ向いている。それを見たルークとセリーナは、二人のこれからの行動が手に取るようにわかった。
そしてそんな侯爵家の二人の様子を見たクーデンも、誰にもわからないように静かにため息をつく。
“ この場で今注意しなければいけないのはゴルドー伯爵令嬢しかいないだろう……。怒りや嫉妬に惑わされてそれすらわからないんじゃ、レイオールんとこの次男もまだまだだな。 ”
先ほどよりは抑えられているものの、セリーナは依然として怒りに燃えているのが見える。ルークがうまく落ち着かせたようだが、あれは完全に彼女が前面に出てくるんだろうと容易に想像できた。ちらっとルークを見ると眉毛を下げて困ったような顔をしている。
結果は分かりきっているが、親友の愛弟子がどのように対応するのかというのはクーデンも純粋に楽しみであった。
「両者、準備は。」
「準備整いました。」
「大丈夫です。」
「よし、では改めて、準決勝第一試合を始める。カウントダウン開始!」
クーデンの合図により、競技場内の中央に薄いベールのようなものが現れる。カウントダウンの間、試合開始の合図の前に不正を行わないように張られる薄い膜である。
魔法のベールには数字がかかれており、十秒前からカウントダウンが開始される。
カウントダウンが五秒を切ったあたりで、競技場内にとんでもない魔力圧が発生した。クーデンとルークを除き、観客席を含めた全ての者がその出所を探る。誰もがその圧を受けて鳥肌が止まらず、王族や公爵家といった高位貴族たちは驚きに腰が浮きかけた。何せその魔力圧は、現在生きている者で一人しか出せないとされている特級魔術である。扱える者が一人しかいないために、その実態は全く知られていないが、既に見たことがある一部の高位貴族の当主たちは過去を思い出すと同時に全てを理解する。
顔色を変えずにあれを繰り出しているあの令嬢は彼の弟子なのだ、と。
レイオール侯爵令息とナイクル侯爵令嬢がその出所が試合相手の令嬢であると気付いたのはベールが完全に消え去ってからだった。
理解したと同時に、ナイクル侯爵令嬢は既に意識を飛ばして地面に横たわっていた。




