2-1.変化の兆し
「ありがとうセリーナ。じゃあ放課後、一緒に受付に行こう。ペアで申し込みに行かなきゃいけないから、教室に迎えに行くよ。ルイーザも一緒に行くだろう?」
「もちろん! セリーナの第一歩を見ないなんて選択肢はないわ!」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟なんかじゃないわよ。皆、あなたが競技大会に出るって知ったら驚くでしょうね! ああ、考えるだけで楽しみ!!」
「……なんか悪い顔になってるわよ。」
「気のせいよ。」
ちょうど昼休みが終わる時間となり、三人は東屋を出た。
教室に戻ると、ルイーザを見かけた学友たちが慌てて声をかけてくる。
「ちょっと、ルイーザ! 大丈夫なの?」
「え? 何が?」
「婚約者のファベルク伯爵令息様よ! 今年の競技大会、出場者のリストにまだ名前がなくて今日も噂になっていたの。ダントス伯爵令嬢が怪我されたんですって!?」
「ああ……そうみたい。私もさっきルークに聞いたの。」
「今年も決勝は昨年と同じ二組になるだろうって言われていたのに、これじゃあどうなるの……?」
「平気よ、ルークは出場するみたいだから。」
「え、どなたと?……まさかルイーザ、貴女……」
「そんなわけないじゃない。明日にはわかるでしょうから、楽しみにしてて!」
「ちょ、ちょっとルイーザ、勿体ぶらないで教えてよ……!」
セリーナに笑顔を向けながらもルイーザは群がる学友たちを引き連れて自席に向かって行く。一連の会話を黙って聞いていたセリーナは、既に先ほどの自分の決断を後悔しはじめていた。
とんでもないことに巻き込まれた……とため息をつきながら、セリーナも自分の席に座ったのだった。
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その頃、三学年にもダントス伯爵令嬢の負傷の事実が伝わっていた。彼女の容態に心配する声はありつつも、全員がルークの動向を気にかけていた。まさか一日で一気に噂が出回るとは思ってもいないルークは、いつも通り教室に戻るとなんとも言えない教室の雰囲気に違和感を覚えた。
不思議そうな顔をしつつも、王太子に手招きをされたために近付くと、開口一番に全員が気になっていることを問いかける。
「……それで? お相手はどうなった?」
教室中の全員がエオルに対して「よく聞いてくれました!」と心の中で拍手喝采を送る。背を向けていてルークにはわからないが、全員が固唾を飲んで答えを待っている。その様子にガルクス公爵令嬢は可笑しそうに笑ってルークを見つめている。
「はい、決まりました。一緒に出てくれるそうです。」
「それはよかった。それで、お相手は?」
「……今、ここで言うのですか?」
「遅かれ早かれ掲示されるのだからわかることだろう?」
「私も気になるわ。今年も貴方と戦えるって楽しみにしてたんだから。」
「……自分はもう懲り懲りです……。」
「なんて?」
「……いえ、なんでもありません。」
「エオル、いくらなんでもこんな全員がいる時に聞かなくても。」
「だからいいんじゃないか、ウィル。どうせもう学院中にダントス伯爵令嬢のことは広まっただろう。受付も今日までだから全員が君の動向を気にしているし、ここで宣言しておくほうが放課後に楽だと思うよ?」
実際、今教室に戻ってくる間も学年問わずルークに「ペアで一緒に出場させてください」と声をかけてくる令嬢が大勢いて辟易していたのは事実だ。既に決まったことがわかれば、よほどの猛者でない限りは放課後の受付に行く際も気兼ねなく行けるだろうことは事実だった。
「……ルイーザの従姉妹、私の幼馴染のゴルドー伯爵令嬢です。」
「「「「「え?」」」」」
全員が驚いて固まる。ルークの前にいる三人を除き、教室内にいる生徒でセリーナをわかる者は皆無であった。
「誰だ?」
「婚約者が教室にくるときにたまに同行している彼女だろうか?」
「ああ、あの地味な子?」
「二学年の成績上位者にも名前はないんじゃないか? 聞いたことないな。」
「大丈夫なのか……?」
案の定、教室内には困惑が広がる。心の中でセリーナに謝ると、ルークは目の前の驚いて固まっている三人に小声で言葉を続ける。
「驚くのもわかりますが、信頼できるのはもう彼女くらいしかいなかったんですよ。ルイーザに頼むのは無理があるんで。」
「……いや、まあ、いいんじゃないか。君が決めたならそれでいいさ。」
「あのセリーナと出るのね。楽しみだわ。ファベルク伯爵令息が選ぶくらいだもの。かなりの実力なの?」
「……現時点での彼女の実力は自分でもわかりかねますが。ただ、彼女は幼少期から私の叔父から諸々学んでおりますので。」
「「なんだって!?」」
驚きのあまり若干顔が引き攣っていたエオルとウィリアムだが、衝撃の事実に椅子から立ち上がりかける。
「あら、あの有名なお方ね。殿下たちも、その方に師事されていたのですよね?」
「そうだ……。それも父上が頼み込んだと聞いてる。まさか、当時俺たちより優先したい子がいるからって時々授業にこなかったり遅れたりしてたのって……」
「ああ、セリーナでしょうね。愛弟子と言えますから。セリーナも恩師と慕っていますし、学院に入学するまで教えていましたから、おそらく入学時のダントス伯爵令嬢より実力は勝っているでしょう。実戦としてはどうかわかりませんが。」
「……随分な損失だな。隠していただなんて……。」
「これからは隠れ続けることなく自由に学院生活を謳歌するそうですよ。彼女の父親に言質を取ったそうです。」
「彼女、そんなに強いのね! ファベルク伯爵令息が選ぶくらいだもの、楽しみだわ……!
また決勝で戦えるといいわね。」
「ですから自分はもう……」
「なあに?」
「……いえ、もう何も言いません。」
ルークとガルクス公爵令嬢がセリーナのことについて話し続けている間、エオルとウィリアムは顔を見合わせていた。
「……この前ウィルが感じたのはそれが理由なんじゃないか?
先生に教わったなら、僕たちしか違和感に気付かないのも無理はないよ。おそらく、魔力量を抑える術でも使っているんだろう。」
「ああ、そうだな……悪い魔法でもないから、変な気も感じなかった。謎が解けたな。」
「でもまさか、先生があんなに大事にしていた相手がゴルドー伯爵令嬢とは……これは放っておくには惜しいな。」
「王家で干渉するのか?」
「すぐにはしないさ。学院生活を謳歌したいという令嬢の望みを叶えてあげたいしね。ただゴルドー伯爵がどう動くか……注視する必要は出てきたな。後でルークにも相談しよう。さあ……どれだけの実力か。今年も楽しみになってきたね。頑張れよ、ウィル。」
「……頼むからお前から彼女に言っておいてくれよ。大人しくしてくれって。」
「ゴルドー伯爵令嬢の実力次第だろうな。下手したら昨年より酷い条件出すかもしれないぞ。」
「もう勘弁してくれ……。」
全く止める様子のない王太子に、一ヶ月後にはまた振り回される未来を予感してウィリアムは小さく項垂れるのであった。




