1-3.日常
「ここまでしなくてもいいじゃない。隠しているばかりでは何事もうまくいかないわよ。」
「万が一の時のために、本来の姿がわかる人は少ない方がいいもの。
私のためにありがたいけど、どうしてもお父様の言いなりに動くのは嫌なのよ。」
「……。」
『何かあっても私がついてる。心配するな。』
ナタリアはやや不満そうながらも、瞳は悲しげだった。
セリーナは微笑みながらレンを撫でた。そうこうしているうちに、馬車は学院に到着した。
「じゃあ行ってくるわね!」
「行ってらっしゃいませ。今日は母がお嬢様のお好きなお菓子を作ると張り切っていましたから、楽しみにしていてください。」
「どのお菓子かしら。楽しみにしてるわね!」
セリーナは教室に向けて歩き出した。
今この時でも、精霊はふわふわと宙を飛んでいたり、地面を歩いていたりと目まぐるしい。最初はどうしてもよけて歩いていたが、特訓のおかげで今はすり抜けられる精霊のことは気にせず動けるようになった。
「セリーナ! おはよう!」
「ルイーザ、おはよう。ルーク兄様もおはよう。」
「おはようセリーナ。」
歩いていると後ろから従姉妹であるルイーザが話しかけてきた。
この従姉妹たちの幼馴染であり、ルイーザの婚約者でもあるルークと一緒だ。それぞれの領地が隣り合っていたことから幼い頃からの友人であり、父親との確執を正しく知る数少ない人物である。
二人は、本来のセリーナの髪色を知っているが、精霊と契約したことは話していないため、眼鏡をかけることで髪色が変わるという説明をしている。
「ルイーザ、なんだか楽しそうね。」
「あ、分かる? 実は今、馬車の中でね、ルークと仮面舞踏会の話を……」
「ルイーザ、頼むからこんな人混みで話すのはやめてくれ。セリーナになら構わないから、二人きりの時にして。」
「そうね、ごめんなさい。つい興奮しちゃって。えへへ、セリーナ、お昼に話すわね!!!」
「……なんだかよくわからないけど、楽しみにしてるわね。」
ルイーザはルンルンだが、ルークは少し困った顔をしているから、きっと彼女が面白そうなことを考えたんだろう、とセリーナは結論付け、心の中でルークに「お疲れ」と呟いた。
それが聞こえたかのようにルークがセリーナを見て、何かを訴えるような目を向けてきたが、全くもってわからないセリーナは曖昧に微笑むだけにとどめた。
一学年上のルークとは途中で分かれ、セリーナとルイーザは同じBクラスに向かった。
終始楽しそうなルイーザに、セリーナも自然と笑みがこぼれた。二人がこうして想い合っているのを見ると、二人のキューピットとなったセリーナも自分の悲観的な将来が一瞬どうでもよくなるほどに嬉しくなった。
できれば二人の結婚式には出席したいなあ、と思いを馳せながら、はしゃぎっぷりが隠しきれていないルイーザを尻目に、午前中は静かに授業を受けた。
お昼休みになると、ルイーザが一目散にやってきて、食堂ではなく外で食べようと誘ってきた。
他の友人たちには断りを入れ、二人で中庭へとやってきた。座るや否や、ルイーザは興奮気味に話し出した。
「あのね、朝のことだけど!
そろそろ仮面舞踏会があるでしょ? 例年、婚約者同士がやっているゲームがあるの。知ってる?」
「いいえ、知らないわ。二人でやるゲームなの?」
「そうなの! 通常の舞踏会だと、婚約者からドレスを送られるけれど、あえてそれぞれで用意するの。仮面も秘密ね。それでね、現地で相手を探すのよ!
そこで見つけられた二人はずっと仲良しでいられるんですって!」
「そりゃあ全校生徒が参加するあの中で相手を見つけ出す気合いと気持ちがあれば幸せになれるでしょ。」
「それでね、ずっとルークにお願いしていたの。ようやく今朝了承してくれたのよ!
そんなジンクス信じなくても、僕は心映りしないよって言ってくれたけど、でもやっぱり仮面舞踏会は学生の時だけじゃない?
来年はルークもいないから今年がラストチャンスだし、学生の思い出を作りたいって言ったら、オッケーですって!
もう楽しみで楽しみで!!」
「見つけられなかった時の恐怖を考えると気の毒だけど、ルーク兄様もプレッシャーに負けずに頑張ってほしいわね……。」
「んもう、セリーナったら。どうしてそんなに冷めてるの!
素敵じゃない? 好きな人が仮面をしていても気付いてくれるなんて!」
「ごめん、私婚約者どころか好きな人もいないもので…」
仮面舞踏会。
学院に通う全生徒が対象のパーティーで、三年間通う学院では、他学年と交流できる数少ない場であるが、強制ではなくあくまで自由参加である。
現在二学年のセリーナは去年参加していないが、ルークとルイーザは去年は一緒に参加している。
そういったことに馴染みもなければ興味もないセリーナは、そういったジンクスにも疎いところがあった。
"まあ、ルークならすんなりと見つけだせるでしょうね……、罪悪感との葛藤で渋ってたのかしら。まあルイーザが楽しそうだからいいと思うけれど。"
ルークも実は精霊と契約をした人間であるが、セリーナと同じように公にはしていない。結婚するまではルイーザにも話さないのだろう。
レンと契約して最初にルークに会った後、家に帰るとレンが「あいつも見えているな。」と言ったことで発覚した。びっくりするほど隠すのが上手で驚いたが、ルークの守護精霊である鷲が私と目が合い、レンと交互に見てかなり驚いていたのが忘れられない。
ルークの肩に乗っていたのにずっこけたのは今でも思い出して笑ってしまう。
当時ルークにバレてしまう、とヒヤヒヤしたが、レンがルークの精霊に隠していることを伝えてくれたらしい。おかげセリーナも契約済みであることは知られていない。
剣術で頭角を表しはじめると王太子の側近候補として既にお城に行くこともあったから、おそらくその関連で秘密にすることにしたのだろう、とセリーナは結論付けていた。
「好きな人っていったらいるじゃないの、お手紙の人。気になっているんでしょう?」
「そもそも本当に学院の生徒とは限らないわよ。」
「そんなこと嘘つくかしら……どちらにしても婚約者はいないって言っていたんでしょう?
あなたのいう穏やかな生活にちょっとした彩りを与えてくれてるんだから、あなたが少しでも幸せになれることなら全力で応援するわよ。」
「その気持ちは本当に嬉しいわ。けど、その人とどうこうなろうとかは……」
「いいえ!!!! きっと精霊様が繋げた運命なのよ!!!」




