7−6.七年ぶりの対面
少し長めになります。
ナターシャとナタリアの精霊が親子だということが判明したことで、作戦会議はものの数分で終了した。
ナターシャは別宅に残り、ナタリアはセリーナと共に馬車で学院へ。万が一の事態が起きた際は、ナターシャの精霊が念話でナタリアの精霊へと伝達を行い、ナタリアの精霊は学院内にいるレンやセリーナに知らせるという形で決まった。
あくまで万が一の事態に備えたもので、全員がそうならないことを望んでいたが、悪い予感は当たるものだ。ダリオが約七年ぶりに別宅へと足を運ぶと言い出した時点で、セリーナは馬車で待機していたナタリアと合流した(驚かせた)ばかりであった。
今から馬車で帰っていては間に合わない、と判断した二人は、再度セリーナだけ転移して戻ることにした。
まず、休んでいた御者に馬車の中からセリーナが声をかけた。まだいないはずのセリーナから声をかけられ「いつお戻りに!?」と慌てふためく御者に「お疲れのところ悪いけれど……」と馬車を走らせてもらう。そうしてセリーナがいることを証明した後にレンとセリーナは再度転移し別宅の自室に戻った。
既に使用人から報せを聞いていたナターシャは、自室でセリーナを待ち構えていた。
急いで化粧を落とし、ドレスを脱ぎ、慌てて身支度を整えている途中で行きに羽織ったマントと同じものを着て再度馬車に戻り伯爵邸の近くにきた時に魔法で馬車の音を遮断する。別宅近くでナタリアと共に馬車を降り、あたかもずっと馬車に乗っていたかのように演出した。何も不審に思うことなく、御者はそのまま馬車を戻しに向かい、それを確認した二人はまた転移で部屋へと戻った。
そして先ほどのくだりである。
音を遮断していたことにより馬車の音はダリオや使用人には一切聞こえていなかったため、セリーナが帰ってきているかもわからない使用人は生きた心地がしなかったが、フラッと音もなく戻った御者を見て全員が安堵した。
御者はその時初めて、この家が修羅場となっていた事実を知ったのである。
「レンは本当にすごいわよね。レンがいなかったら私はとっくにこの家にいなかった気がするわ!」
『恐ろしいことを言うのだな。』
「追い出されるとかそういうのもあるけれど、私は師匠について行ってたと思うわ。それしかないもの。」
『あいつか……ここ何年も見ないな、セリーナのことを放って何をしているのだ。』
「隣国に行ったことは確かなんだけれど……ディカエのこととか何か調べたいと言ってたわ。お手紙が時々くるだけだから詳細は私にもわからないの。」
『あやつは、まだ諦めていないのか……』
「え? なんて?」
『……いや。まああやつのところならば安心だな。ローゼンもいることだし、何かあってもそなたを一緒に守ってくれるだろう。』
「師匠にもローゼンにも会いたいわ……せっかくだから今度久しぶりにお手紙も書いてみようかしら。」
セリーナは弾む心を抑えられない様子であったが、初めての仮面舞踏会に体は嘘をつけず悲鳴をあげていた。どっと疲れが押し寄せ、ルアムや師匠に手紙を書くことすら後回しに眠りについた。
その様子をレンは静かに見守りながら窓から見える月を切ない目で見上げていた。
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その頃本宅では、目を腫らしたルチアと気まずそうにしているダリオが向かい合って座っていた。
ルチアの横には騒ぎを聞きつけて起きてしまった二人の娘であるリアーナもいる。まだ子供ながら、母親と同じように死んだ魚のような目で父親を見つめていた。
「何故いつまでも黙ってらっしゃるんです?
何か言うことがあるのではありませんか?」
「……すまなかった。」
「何がです?」
「……別宅にはきちんとセリーナがいた。そなたやノートン達の言ったことを信じなかった上に、衣装部屋にも無断で入った。申し訳なかった。」
「ええ、そして歩み寄ろうとする私を置いてまで別宅に行きましたね。」
「……。」
「お父様、私にもです!」
「……そなたには何もしていないだろう。騒ぎを起こして睡眠の妨害をしたことは悪いと思っている。」
「そんなことではないわ!
別宅から戻って早々、私の姿を見るなり、二度とお義姉さまに会うなと言ったわ!」
「それがどうした。」
「……私はお義姉さまを見て、お義姉さまのようになりたいと思ってここまで勉学にも淑女教育も頑張ってきました!
私の見本はお義姉さまなのです。そんな方に会うなだなんて。納得できません!」
「あのような娘になっては困る。」
「セリーナお義姉さまは素敵な方です!
私は確かにまだ子供ですが、お父様よりはお義姉のことを理解しています!」
「そなたは何も知らないだけだ!!」
「またそれですか!!!!」
普段のルチアからは考えられない大きな声が響く。ダリオもリアーナも驚いてルチアを見るが、彼女は涙すら流さずにジトっとダリオを見つめていた。
その何の感情もこもっていないような視線と表情に、ダリオも背筋が凍る感覚をおぼえる。
「そなたは何も知らないだけ、言うつもりもない、ずっとそれです!
私はただ、セリーナときちんと話してほしいと思ってきただけなのに。自らとてつもない壁を作ってくる。
そうして自分の見たものだけを信じて疑わない。一緒に住む家族の言葉ですら届かない。」
「……今更話して何になる。先程も別宅でセリーナと話した。向こうも私を嫌っているようで……」
「まさか、好かれているとでも思っていたんですか?
七年も……いえ、その前からですから約十年近くも放置しておいて、まだあの子が慕ってくれていると思っていたんですか?
どこまでお気楽な頭をしているんですか!」
「お、おまえ……いくらなんでも……」
「あの子だって成長して、自分で物事を考えて動ける年齢になったんです。あの子のほうが俯瞰的に物事を見る力があるでしょう。貴方と違って。」
「……。」
「お義父さまに言われていたこと、貴方は何もわかっていないんですね。今日のことで、本当によくわかりました。」
ルチアはそっと視線をそらし、膝の上で握り締めている自分の手を見つめた。隣から娘のリアーナが手を握ってくれているが、それでもこのやるせなさや怒りや悲しみが入り混じった感情を整理するのは難しい。
「……私は貴方と同じように、感情の整理が苦手なようです。私が見たものが全てですから。
当分、貴方とは顔を合わせたくありません。」
「!? お、おい……ルチア……」
「名前すら呼ばれたくありませんが、伯爵家に関わることに限りお話を伺います。
それ以外は邸宅内でも私に声をかけないでください。」
「…お前……なぜそこまで……」
「自分の夫が情けなさすぎて悲しくなってくるんです!!! 異論は認めませんから!」
そうしてルチアはすっと立ち上がり、隣の娘に手を差し出して退出を促す。リアーナも同じように立ち上がり。
「私もお義姉さまの味方ですから! 距離を取るなんて絶対にしないんだから!」
と父親相手にべーっと舌を出しそうな勢いで宣言すると、親子はその後ダリオに見向きもせずに部屋から退出していった。
二人の後ろ姿を切なげに見送ったダリオは頭を抱えた。
自分の何が間違っているのかわからない。
裏切られたのは自分なのに。
なぜ二人はわかってくれないんだ。
そんな感情に埋め尽くされる中、突如、懐かしく愛しい記憶が蘇る。
「見て、セリーナの目。まだ幼いけれど、貴方の誠実な芯の通った目つきと同じような視線を向けてくるのよ。
きっと貴方に似て誠実に物事を考えられる子に育ってくれるわね。」
それは、セリーナが三歳。前妻のシャロンもまだ元気に過ごしていた頃の記憶だった。何故忘れていたのだろう。今の自分は娘にとって誠実な父親だろうか。否、聞くまでもないだろう。
" シャロンは私を裏切っていないのか…?
もしや、私の勘違い……? "
と思い始めたところで、懐かしい記憶が所々蘇りかけるが、すぐに霧散する。
それでも、ルチアのあの強い気持ちがダリオを引き戻す。
「……ノートン。」
「はい。旦那様。」
「……頼みがある。ファベルク伯爵の弟、シリウス・ファベルクの行方を探してくれ。」
「……旦那様、それは……」
「頼む。虫がいいのもわかっている。だが、今この気持ちになった時でないとまた殻に閉じこもってしまうと思う。彼と、もう一度話をしたい。
できればこのことは誰にも知られずに探してくれ、特に、ナイクル侯爵に知られないように。時間がかかってもいい、ただ、できるだけ早く。
……無理なことを言っているのはわかっているが、どうか頼む。」
「……承知いたしました。最善を尽くします。」
ダリオはもう一度真実と向き合う決心をつける。この僅かに思い出した記憶だけを信じるしかなかったが、それでも、僅かな希望にかけることにした。
ーーそんなダリオの周りにはなぜか守護精霊の姿がみえないが、少し離れた場所から彼を見つめる鹿の精霊がいた。その精霊は、右半身が黒く染まり苦しそうにしながらも自分が選んだ人間を心配そうに見つめ続けていた。
ここで一区切りとなります。
次からは学院がメインとなりますので、ウィリアムとセリーナのすれ違いも楽しみにしていただければと思います。
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