7-3.七年ぶりの対面
ほぼ七年ぶりに立ち寄った別宅は、記憶の中とはまるで別物になっていた。
最後に別宅に来たのは、十歳になったセリーナを教会に連れて行くためだった。それからは一度も立ち寄らず、気にしようとも思わなかった。使用人も連れて行ったようだし、生活していく分には困らないだろうと。
貴族が住む場所としては手狭なのは変わらないが、当時の平民の住まいのような外観から、裕福な商人の住居くらいには様変わりしている。広くはない別宅の周りには草木が青々と茂り、花だけでなく野菜や果物が実っている。
目の前に広がる光景に瞠目しながらも、ダリオはそのまま別宅の戸を叩いた。当主であっても、女性三人が住む場所にいきなり踏み込むような真似は流石に気が引けた。
報せを聞いて待ち構えていたのであろう、前妻の侍女でセリーナと一緒に別宅に移った使用人が姿を現した。
「セリーナはどこだ。」
「これはこれは旦那様。こんな場所まで……」
「時間稼ぎはいい。セリーナを呼んでこい。」
「お嬢様はお部屋でお休みになられています。お身体が優れませんで。」
「ならば私が部屋に行こう。顔を確認さえできればよい。」
通せんぼを続けるのかと思いきや、ナターシャは素直に中へ案内した。
拍子抜けしたダリオは、別宅へ入ると更に驚いた。質素でありながらも綺麗に整えられ、中の空気は不思議ととても澄んでいるように感じた。
「……ノートン、私が知らぬ間に別宅を改修したのか?」
「とんでもございません。旦那様の許可なしにそのようなことできるわけがございません。」
「ならば、何故このように真新しい物ばかりなのだ。」
「この別宅の中に新しい物など何もございません。これはお嬢様含め、私たちが自ずから手入れ、もしくは作りなおした物です。」
「……作りなおした?」
「お嬢様は優秀でいらっしゃいますので。」
ダリオは全く信じられなかった。
調度品とまではいかないが、椅子やテーブル、時計といったものまで何もかもが目を引く。貴族の屋敷に置くには少し物足りないが、爵位が低く懐に余裕がない貴族ならば欲しがりそうな立派なものが立ち並ぶ。
たかが七年、未だ学生のあの娘が…と考えるのに夢中で、階上でドアが開く音に気付かない。コツ、コツ、と近付いてくる足音に顔をあげるのと懐かしい声を聞いたのは同時であった。
「お父様、何か御用でしょうか。」
そこに、自分の知っている小さな娘はいなかった。
階段上で父である自分をまっすぐ見つめている娘は、亡き妻にそっくりであった。
「……シャ、シャロン?」
あまりに小さい声であったが、近くにいたノートンとナターシャの耳にはしっかり届いた。母である前伯爵夫人と確かに生き写しのように美しく成長したセリーナであるが、まさかダリオが前妻の名前を発するとは思わず、二人とも驚きに目を見合わせた。
ダリオは前妻に瓜二つに成長した娘をじっと見つめていた。階段から降りてくる間も目を離すことができず、自分が昔恋をした妻を思い出していた。
「……お父様?」
「……あ、ああ。別宅にいたのだな。」
「ええ、ずっとおりましたが。わざわざこのような場所までご足労させてしまい申し訳ございません。何かございました?」
「……いや。何もない。お前が私の言いつけを守ったのならそれでいい。」
「そうですか。」
「…………。」
「他に御用がなければ、お見送りいたします。」
「なんだ、さっさと追い出したいような口ぶりだな。」
「とんでもない、以前お父様が仰ったんですよ。十歳だった私に。こんな所に一秒足りともいたくない、と。」
ダリオは忘れかけていた記憶を呼び起こそうとするが、セリーナのことは全く気にもかけてこなかったために驚くほどに思い出せない。
だが前妻が存命であった頃、ニコニコと自分に笑いかけてくれた子とは思えないほどに表情を変えずにこちらを見つめる娘に違和感を覚える。睨んでいるわけでもなく微笑んでいるわけでもなく、ただただ自分を見つめるだけの娘に恐怖に似たものを感じる。
ダリオには、自分がセリーナに対してどれだけ酷いことをしてきたかという自覚はこれっぽっちもなかった。
「……先ほど、お前がこの辺りの物を作ったと聞いたが。」
「その通りです。私たちで元々こちらにあった物を修理や作り替えをしました。何か問題が?」
「何故そのようなことをしたのだ。」
「買うことはできないので魔法でどうにか使い続けられるようにしただけです。悪いことだとは思っておりませんが。」
「魔法だなんて、お前がそんなことできるとは……」
「学院でも習いますし、家庭教師の皆さんにも見ていただいておりましたから。ご報告がいっているはずでは?」
「そのようなことができるのに、お前の名前や噂は一切聞こえてこないぞ。」
「隠しておりますので。」
「……なんだって?」
「隠しております、諸々と。」
「何故隠す必要がある。高度なことができるのであれば、名声にも繋がるだろう。それはゴルドー伯爵家の利益にも繋がる。」
「ゴルドー伯爵家にそのようなものは不要では?」
「……なに?」
「現時点で長子の私が目立つのはよろしくありませんよね?」
ダリオは驚いた。まさか自分の考えをよんだ上で隠していたというのか。
今の妻との子供である次女のリアーナに家督を譲るつもりでいたのは事実だ。それはリアーナが優秀かどうかは関係なく、セリーナに継がせるつもりにはなれなかった。
自分の子供かもわからないのに。
「……ゴルドー伯爵家の利になることならよくないことなんてないさ。大体、その姿でなぜ釣書があれほどしか来ないのだ。」
「この姿で学院には通っておりませんが。」
「なんだって?」
「ですから、姿を変えて学院に通っておりますので。」
ダリオは信じられない事実を立て続けに突きつけられ卒倒しそうになった。




