6-2.月下に舞う
首をかかげるセリーナにウィリアムは苦笑いすると、東屋の向こうからとてつもない圧を感じた。
『ちょ、ちょ…! せいっ……レン様! 圧出し過ぎです!!』
『気のせいだ。何もしていない。』
『そんなとんでもない圧出しておいて何もしてなくないです! そこまでしなくても、私の契約者は悪い人間ではありません!』
じーっと自分を見つめる白い虎の精霊の横で、ルタが慌てふためいている。話し声までは聞こえないため精霊たちの様子を伺っていると、セリーナが「どうしたの?」と目線を辿って精霊たちを見やった。
「一年間も私たちの手紙の受け渡しをしてくれていたからか、仲が良さそうね。」
「……そうだな。(仲良しというよりあからさまにルタがへりくだっているように見えるのは気のせいだろうか…)」
実際、ルタは精霊王が隣にいるという状況以上に、以前精霊王から言われた「妨害するなら躊躇なく攻撃する」という言葉のおかげで極度の緊張状態であった。そんな中でも契約者であるウィリアムのために精霊王を暴走させるまいと奮闘しているのだが、その様子がセリーナには精霊たちがじゃれついているように見えるらしい。
「……レーナ、隣に座ってもいいかな?」
「え?…ええ、いいわよ。」
精霊たちを見て微笑んでいたセリーナに声をかけたウィリアムは、拳二つ分ほどは距離をあけてそっと隣に腰掛けた。
遠くの方から射殺されんばかりの視線を感じるが、気付いてないフリをしてセリーナに話しかける。
「少し君のことを聞いてもいいかい? 答えにくいことは無視していいから。」
「ええ、問題ない範囲で答えるわ。」
「ありがとう。……あの、さ、本当に今学院に在籍しているんだよね?」
「ええ、ここの生徒よ、手紙でもそう伝えたと思っていたけれど……」
「ああ、聞いてはいたけど…その、精霊と契約している人は少ないから正直君のこともすぐ見つけられるんじゃないかと思っていたんだ。
でもこの一年、全くわからなくてさ……本当に在籍しているのかと疑心暗鬼になった時期もあるんだ。」
「ふふ…だから図書館のこととか聞いてきたのね?
在籍していなければあんなにすぐ知っているなんて難しいものね。」
「ああ、バレたか。実はそうなんだ。どうしても、……会いたくて。」
セリーナは嫌がるどころか、自分の【精霊見えてません】特訓がきちんと通用していることにご満悦であった。今までもバレたことはないが、見るからに実力者であるルアムにも見つからなかったことに自然と笑顔が溢れる。だが、ウィリアムの気持ちには全く気付いていない。
「僕たち…学院で会ったことあるんだろうか。」
「どうでしょうね……少なからずルタを見かけたことはなかったと思うわ。」
「ああ、色々あってルタにはあまり姿を現さないでもらっているから。でも、ルタがいれば声をかけてくれた?」
「いいえ、それはないわね。」
「えっ………」
「私、精霊のことは公にしていないでしょう? 家族にも伝えていないの。だから、万が一にも露呈するようなことはしないわ。ルタの元気な様子を見るだけで満足していたと思う。」
「……そうか。」
「…あっ、ごめんなさい。貴方のことを信用できないとか、そういう話じゃないのよ?」
「いや、いいんだ。会ったことがない相手に対して当然だよ。」
「……普段は目立たず過ごしているし、正直窮屈に感じる時もある。その中で、貴方との手紙は本当に楽しみになっていたの。だから今日は、ルタに会いたかったのと、貴方に会って…お礼を伝えたかったの。」
「レーナからお礼を言われるようなことなんて…」
「いいえ、それくらい手紙が支えになったのよ。私の見かけとか関係なく、貴方は私の話を聞いてくれた。時には励ましてもくれたし、文通だけだったからこそ、貴方の手紙の言葉が真摯なものだって伝わってきた。
最近ね、レンに怒られたの。自分を卑下しすぎだって。その時も、貴方が手紙で言ってくれたことと重なったの。
【君はルタを助けてくれた、私とルタのために叱ってくれた、それだけでも君が素晴らしい人だとわかる。私にはそれだけで十分だ。】
って。……嬉しかったわ、私を肯定してくれたみたいで。」
「……。」
「今まで色んな人が私を見守ってくれていたのは分かってるの。それでも勇気が出せなかったし、素直にもなれなかった。
でもレンや貴方の言葉が最後の一押しになったわ。ずっとそばにいてくれた精霊と、手紙での繋がりだけなのに私を信じてくれた貴方と。
……だから、そんな貴方に今日も直接会うのは本当は怖かったんだけど、貴方ならきっと大丈夫かなって!
思った通りだったわ。この短い時間の中でも、貴方は"私"を見てくれる。勇気を出して貴方に会ってよかった。本当にありがとう!」
セリーナはウィリアムに笑顔を向けた。
薄々気付いてはいたものの、先ほど初恋を自覚したばかりのウィリアムにはその笑顔はあまりにも眩しかった。こんな女性が、何故ここまで自分に自信がないのか、家族から疎まれるような状況に身を置かれているのか皆目見当がつかなかったが、話を聞いたウィリアムは思わずセリーナの手をそっと握った。
セリーナも驚きはしたもののすんなり受け入れ、拳二つ分あいていた二人の距離は自然と縮まった。
セリーナの緊張が和らいだのを感じたレンは、ようやく威圧を抑えた。その横でルタもほっと息を吐いて、しばしゆったりとした体勢をとった。
「リーナ、……よかったら、踊らない?」
「…………はい?」




