6-1.月下に舞う
先に東屋に到着したセリーナは、東屋の中で座って相手を待っていた。来てみたはいいものの、私は場違いではないのかと未だに不安な感情が心を占めていた。相手を失望させてしまうかも…とネガティブな感情に支配されそうになったところで、後ろから声がかかった。
レーナ、とはセリーナが手紙の中で使っていた自分の名前である。相手を詮索しないという暗黙の了解の元、お互いに偽名を使っており、相手はルアムと名乗っていた。
文通をしている二人にしか分からないであろう名前で呼ばれたセリーナは、相手が現れたことに安堵して振り向くと、そこには仮面をつけていてもわかる程の美丈夫が立っていた。品のいい佇まいからも、上位貴族であることは容易に想像できた。そして、漏れ出る魔力量からいってもかなりの上級者であることが見てとれた。
予想以上の相手に目眩を覚えそうになるも、そのすぐ後ろに控えている精霊を見つけると、元気そうな様子に心の底から安堵した。
「ルタ、お久しぶりね。元気そうで何よりだわ。」
『その節は、ありがとうございました。おかげさまで、このように。契約者と再会できたのもお二人のおかげです。』
「気にしないで。あなたが元気で安心したわ。……ルアム? そんな所ではなんだから、こちらに入ってお話ししましょう?」
「あ、ああ……」
セリーナに文字通り見とれいていたウィリアムは声をかけられても返事をするのが精一杯で、なんとも気の抜けた主人の声にルタは心配そうに見つめていた。
セリーナの前に腰掛けると、静かに深呼吸したウィリアムは気を取り直してセリーナと向かい合った。目が合うと神秘的な瞳がこちらを見つめていた。
「改めまして、レーナです。今日は、誘ってくれてありがとう。」
「…ルアムだ。こちらこそ、今日は来てくれてありがとう。……会えて嬉しいよ。
どうしても、直接お礼が伝えたかったんだ。一年越しになってしまったが、ルタを助けてくれて本当にありがとう。」
「そんな、当然のことよ。それに手紙でも十分にお礼を伝えてくれたじゃない。ルタが元気そうにしてくれてるのが一番の恩返しだわ。」
「……本当に、優しい人なんだな。」
「なんて?」
「いや、気にしないでくれ。手紙でも何もいらないと言っていたけど、僕の気が済まないんだ。あまり負担にならないものを、と思って…よかったら受け取ってくれ。」
ウィリアムは内ポケットから小さい箱を取り出し、セリーナに手渡した。困惑した様子のセリーナだが、無碍にも出来ずそのまま受け取った。
「そんな、本当にいいのに……お返しのためにルタを助けたわけじゃないのよ?」
「それはわかってるよ。だからこそ、受け取ってほしいんだ。」
「……開けてもいい?」
「もちろん。」
セリーナはそっと箱を開けると、そこには薄いピンクの花びらを使ったネックレスが入っていた。
「これは……花びら?」
「ああ。ある場所でしか咲かない少し特別な花なんだ。悪いものから守ってくれるといわれている。といってもお金はかかっていないから安心して。魔法でコーティングして色褪せないようにしてネックレスにしただけなんだ。
あ、見てわかると思うけど、追跡の魔法とか、そういう類のものはかけてないから!それも安心して!」
「ふふふ、ええ、それはわかるわ。お気遣いありがとう。
それにしても……そんな花があるのね。不思議……そんな素敵なものいただいて本当にいいの?」
「ああ、君のために用意したんだ。君が必要ないと言えばゴミ箱行きさ。」
「あら、そう言われると罪悪感に駆られて固辞できないじゃない。」
「それが狙いだからね!」
二人は静かに笑い合った。セリーナは静かにネックレスを見つめると、箱から取り出して首につけた。
「……どう?」
「ああ、瞳の色と合ってるね、似合ってるよ。」
「ありがとう……。せっかく用意してくれたから、ありがたくいただくわね。大事にするわ。」
「ああ、そうしてくれ。」
「そうだ、私の精霊を紹介していなかったわね。こちら、私の守護精霊のレンよ。」
「……レン、と呼んでいいのかな。よろしく。ルタを助けてくれてありがとう。」
『……私は彼女に言われたから動いただけだ。』
「それでも、だ。おかげでルタを失わずに済んだ。本当にありがとう。」
「レンたら、そんなツンツンした態度取らなくてもいいのよ。あなたのおかげなんだから。」
レンは複雑な顔をすると、東屋から出て少し離れた芝生の上で横になった。ルタもそれに倣って近くに移動していき、東屋の中にはウィリアムとセリーナのみとなった。
「……正直、来てくれないかと思ったよ。」
「どうして?」
「…いきなりで驚かせただろう? それに最初から君は正体を知られたくなさそうだった。誘うべきではないかと思ってはいたんだ。だが……どうしても会いたくて。」
「そうね、驚いたのは事実だけど、……今思えば、会おうと言ってくれて嬉しかったんだと思う。そうじゃなければ仮面舞踏会にも来ていなかったと思うし、あなたに会う機会も一生なかったと思う。だから……ありがとう。」
「……よかった、そう言ってくれて。」
「でも、会場には戻らなくていいの?」
「いやいや、勘弁してくれ。君は行ったことないから知らないかもしれないけど、とんでもない女性たちが沢山いるんだ。もう終わるまでここにいるよ。」
「ふふふ、どんな女性のことかしら。ルアムはモテるのね!」
「好きな女性にモテなければ意味がないんだけどね……」
「あら、好きな方がいるの?」
「……え?」
「……え? 何か変なこと言った?」
「……本当に伝わってなかったんだな。」
お気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、「レーナ」も「ルアム」も本人たちの名前から精霊の文字をもらってつけてます。
セリーナとレンで「レーナ」
ウィリアムとルタで「ルアム」
適当というわけでは、ありません。はい。




