5-5.仮面舞踏会
今回、少々長めです。
そうして二人で談笑しながら馬車に揺られていると、学院のすぐそばに差し掛かった。
「いよいよね……なんだか緊張してきちゃった。」
「自信を持っていいのよ、リーナ。とても綺麗だから。仮面もシャロン様がお使いになったものを母が取っていてよかったわ。」
「ええ……本当に。ナターシャのおかげでお母様が使った仮面をつけれるだなんて夢のようだわ。」
セリーナは手に持っていた仮面を大事そうに触れた。セリーナの母であるシャロンの侍女だったナターシャが大事に保管しておいたものだった。
義母からドレスのデザインについて相談されていたナターシャは、形見の一つでもある仮面をつけることができるようお願いしていた。白地にレース模様が施され、所々のレースが近くで見ると薄いピンク色の糸で刺繍されていた。一見地味に見えるが、とても繊細なレース模様でセリーナは一目で気に入った。
「でも、不思議よね。シャロン様もリーナも精霊様と契約しているとはいえ、同じ瞳の色になるなんて。血縁だからなのかしら?」
「そうよね。レンと契約したのはお母様が亡くなってからだけど、自分の瞳の色に気付いた時は驚いたし、何より嬉しかったわ……お母様と同じ色だなんて。
このマスクもきっと、瞳の色に合わせたのね。」
何か知っているかと横で丸まって寝ているレンを見るも、セリーナの視線に気付きながらもレンは知らぬ存ぜぬを貫きピクリともしなかった。
話してもらえないと悟ったセリーナは小さくため息をついてナタリアに向き直った。
「もうすぐ着くわね。もしかしたら、父が勘付いて迷惑をかけてしまうかもしれないけど……」
「リーナ。これからの一時間は旦那様のことは忘れてちょうだい。奥様も含めて伯爵邸の全員が味方なのよ?
それに貴女は今まで散々我慢して、頑張ってきたんだから。今後どうとかは一旦忘れて、思いっきり楽しんできて。何かあったら、必ず精霊様が助けてくださるわ。」
「……ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうわ。」
ナタリアはセリーナの手をギュッと握って微笑んだところで、ちょうど御者から到着したと声がかかった。セリーナは深呼吸をしてマスクをつけると、ナタリアが合図をしてドアが開いた。
降り立った先は普段使う馬車止めより少し手前だった。ほぼ閉会間際であることから入ってくる馬車は全くいないが、帰宅のために多くの馬車が待機しているだろうとあらかじめ御者に手前で止まるようにお願いをしていたのである。
「お嬢様、本当にこのような場所でよろしかったのですか? ここから少し歩かなければ……」
「いいのよ、大丈夫! 今から行くのは目立ってしまうでしょう?
行きたい場所がここからだとちょうどいいから気にしないで。送ってくれてありがとう。」
「とんでもない。どうかお楽しみください。」
「ありがとう!……じゃあ、リア。行ってくるわね。後のこと、本当にありがとう。よろしくお願いね。」
「任せてちょうだい! 行ってらっしゃい!」
セリーナは二人と別れ、静かに文通相手との待ち合わせ場所へ歩を進めた。
会場である学院の大ホールは少し離れているはずなのに、楽団の音が漏れ聞こえていた。普段とは違う装飾された学院の様子に、セリーナは早速ワクワクした気持ちになった。
『いつもの様子とは違うな。目がチカチカする。』
「とても綺麗ね。手で装飾しているところと、魔法を使っているところとあるけれど、バランスが良くて素敵だわ。」
『本当に中まで行かなくていいのか?』
「ええ。そこは割り切っているの。目立つのは避けたいし。それに待ち合わせ時間にあわせて出てきたから、中に行く時間はないわ。」
『そうか。それなら私も……』
そういってレンは猫の姿から本来の姿に戻り、セリーナの横にピッタリとくっついて歩きはじめた。
精霊の姿を見ることができる者であれば、美しい女性と神々しい精霊との組み合わせに思わず感嘆するであろう神秘さであった。その姿を見れるのは、今宵はただ一人であるーー。
「着いたわ。待ち合わせの中庭の東屋よ。……お相手は、まだいらっしゃらないようね。」
ーーーーーーーー
開会に合わせて会場に到着していたウィリアムは、暇を持て余すと同時にとてつもない緊張と戦っていた。
一緒に会場入りしたルークは友人の初めて見る様子に苦笑いを浮かべた。ここにエオルがいればウィリアムを見るや笑いとばしていただろうが、今回三人はそれぞれ別行動となっている。ルークは自分がルイーザに告白した時の記憶と重なり背中を叩いてやることしかできなかった。
「俺もしばらくしたら彼女のところに行かなきゃいけないから、後はうまくやれよ。」
「ああ、ありがとう。俺に気を遣ってくれているなら、彼女のところに行ってもらって構わないぞ。」
「いや……見つけようと思えばすぐわかるから…、ドキドキを満喫するからゆっくり時間をかけてくれていいって言われてるんだ。」
ルイーザの精霊はウサギで、ルイーザに似てかルークを見ると飛び跳ねて喜ぶため、少し離れたところにいても精霊が見えるルークにはすぐに場所がわかってしまうのである。
「せっかく例の女性を遠ざけてもらったんだから、チャンスをしっかり掴めよな。」
「ああ……、去年は追いかけ回されて散々だったから、お前と別れたら早々に会場から出て待機するよ。」
ナイクル侯爵令嬢も仮面舞踏会には参加しているはずだが、先日のルークへの暴言でエオルが本日までの接近禁止令を出しているため、一向は今までになく快適な学院生活を送っていた。
昨年はなぜか早々にウィリアムに気付いたナイクル侯爵令嬢が、仮面舞踏会の間中、ダンスを懇願して大変であった。おかげで一緒にいたエオルとルークも芋蔓式に露呈してしまい、昨年は閉会を待つことなく会場を後にしていた。
仮面舞踏会の間は、探知などの魔法が使えないように教師により結界のようなものが張られている。おかげで、エオル達も心置きなく楽しめるようになってはいるが、彼女のウィリアムに対しての嗅覚は人間とは思えないほどで、ついに実現する文通相手との時間をウィリアムは絶対に奪われたくなかった。
開会して一時間ほどたつと、会場の中央はダンスフロアへと変化する。
ダンスは一部と二部があり、一部は授業で習う二種類のダンスのみを行う。学年共通の演目のため、声をかけた相手と踊ることになったとしても学年関係なく踊ることができるようになっている。休憩を挟み二部になると、楽団が演奏する楽曲は社交界と変わらない内容となる。この時点で仮面を外している者もおり、婚約者たちと息のあったダンスを披露する機会も生まれる。勿論、学院で指導されるダンスより難易度も上がるため、必然とダンスフロアの人数も減ってくる。
ルークとルイーザが挑戦しているゲームは、この二部のダンスが始まるまでに相手を見つけてダンスを踊ることで完成する。
一部のダンスが始まったことで、ルークはルイーザを探しに行くために、ウィリアムと別れを告げた。
ウィリアムは逸る心を抑え、静かに会場を抜けて待ち合わせ場所の中庭に向かった。東屋には向かわずに少し離れたベンチに腰掛ける。
近くにはルタも控えており、心配そうに主を見つめていた。
" 果たして、来てくれるのだろうか……、会ったこともない人間のために。 "
複雑な心境を抱えつつも、そっと目を閉じて心を落ち着かせる。漏れ聞こえてくる会場の音楽が変わったことに気付くも、ウィリアムはそのまま待ち続けた。
ーー突然、中庭の空気が変わった。清廉とした、しかしとてつもない魔力量と精霊力にウィリアムは鳥肌が立った。静かに視線を向けると、女神と勘違いするような美しい女性とその隣に美しい毛並みにとてつもない威圧感を放つ白い虎の精霊が歩いてきていた。
まさに神秘的な光景でウィリアムはただ見つめることしかできなかった。足元ではルタが静かに姿勢を正したことにも気付けていない。
" もしかして、彼女が……そうなのだろうか。 "
淡い期待を抱いて見つめ続けていると、
「着いたわ。待ち合わせの中庭の東屋よ。……お相手は、まだいらっしゃらないようね。」
と、女性の静かな声が聞こえた。
彼女だ、彼女が…!と抑えきれない感情が湧き出ていると、彼女の隣にぴったりとくっついていた精霊がウィリアムに視線を向けた。
ピシっと凍りつくような感覚を受けるが、ウィリアムは自然と礼をとった。虎の精霊の警戒が薄れたことを感じ取り、ウィリアムは静かに東屋に近づいた。
そして……
「……失礼。あなたが……レーナですか?」
声に反応して女性がウィリアムに目を向けた。目が合った瞬間、ウィリアムは心臓がとてつもなく早く動き出した。
女性は近くにいるルタに気付くとそっと微笑んだ。
「あなたが……ルアム?
はじめまして、レーナです。」
女嫌いで有名なウィリアムが、人生初の恋に、完全に落ちた瞬間だった。




