5-4.仮面舞踏会
「じゃあ、行ってくるね!」
「行ってらっしゃいませ!」
身支度を整えたセリーナは、裏手にまわしてもらっている馬車に向かうべくナタリアと別邸を出た。ナタリアは普段の登校同様、付き添いである。
別邸を出てすぐ、本宅の二階に目をやった。その窓辺に義母が立っており、ハンカチを持って手を振っていた。先程別邸から見送ってくれたナターシャ同様、涙ぐんでいるのが遠目からでもわかる。近くには古参の使用人たちも嬉しそうにセリーナを見つめていた。
セリーナはこそばゆい気持ちになりながらも、義母たちに向けて見事なカーテシーを披露すると、ナタリアが手に持っていた黒いマントを羽織り馬車へと向かった。
セリーナの優雅さに義母はまた違った意味で驚きを抱きつつも、不憫な義娘がようやく年頃の女の子のようにドレスを着て出掛けていく姿を見て心から安堵した。
「……お嬢様の本来の姿を見たのはお久しぶりですが…、亡き奥様にそっくりでいらっしゃいますね。」
「ええ、本当に……生き写しのようだわ。」
思わず使用人の誰かが呟いた。
使用人もハンカチで涙を拭う者もいる中、全員が今は亡き前伯爵夫人であるシャロン・ゴルドーを思い出していた。
「本当に、シャロン様にそっくりだわ。そしてあの優しい性格も……。あんな美しい髪も、何もかも隠さなきゃいけないなんて。…そんなことをさせ続けている自分が不甲斐ないわ。」
「奥様のせいではありませんわ。」
「「そうです!」」
「「旦那様が……!」」
「皆ありがとう、でも旦那様のことを悪く言うとあなた達の立場が危なくなるから、普段は気をつけてね。
……それにしても、今のセリーナを見たら、旦那様は一体何を思われるのかしらね……。」
義母や使用人たちはゴルドー伯爵家の長子の成長を感慨深くかんじながら、遠くなっていくセリーナ達の背中を見つめていた。
…………
馬車に乗り込んだセリーナは一息つくと、珍しくソワソワした様子でナタリアに話しかけた。
「ねえ? 何度も聞いて申し訳ないけど、本当におかしく……」
「何度も申し上げておりますが、まっっっっったく、これっぽっちも、いっっっっさい、おかしくありません!」
侍女の口調を保ったまま語気強めにナタリアは返した。セリーナは久しぶりに本来の姿で人前で出ることに一抹の不安を抱いていた。支度中から何度もナタリア達に確認していたが、彼女の心配は全くの杞憂である。
義母や使用人達が話していた通り、生前【社交界の三華】と呼ばれた母親のシャロン・ゴルドーの生き写しのように、彼女は美しく成長していた。
そんな彼女がおかしいとは誰一人として思わないであろう。
「ごめんなさい、リア達がしてくれた化粧がどうとか、そういうんじゃないのよ?
ただ髪色とかも全て、こう…変化なしに、こんな、久しぶりというかここまで綺麗にしてもらうのも、初めてだからなんだか不思議で……。」
「リーナは元々綺麗なのよ、元がいいの。そこに私たちが手を加えただけ。それでこんっっっっなにも美しくなってソワソワするのはわかるわ。でも大丈夫、自信を持って。誰も悪く言えないわ。」
「自信というか……」
「ようやく、ようやくよ! やっと貴女にバッチリお化粧できたわ!
私たち親子がどれだけ待っていたことか!!」
「あ、ありがとう……?」
「どういたしまして!!! これでもう手紙の方もイチコロね! マスクしているかなんて関係ないわ。もう滲み出ているものが違うもの!!!」
「なんだかそこまで言われると照れを通り越してしんどくなってくるわ。それに手紙の方だって、ただ会うだけで……」
「いーーーえ! 文通をはじめて早一年。きっと相手は三学年の方なんだわ。今年が最後のチャンスだからってきっと思い切って貴女を誘ったのよ、そうに違いないわ。」
セリーナは首をかしげていたが、ナタリアは自信満々に鼻息をフン!と鳴らした。その様子にセリーナが静かに微笑むと、ナタリアも微笑みながら告げた。
「……レン様がリーナに言っていたように、私や母は勿論だけど、ゴルドー伯爵邸の全員が貴女の味方よ。今日のこと、本当に嬉しいわ。短い時間だけれど楽しんできてね。」
「ええ……リア、本当に、ありがとう。」
「また泣かないでよ!? 化粧が落ちちゃうからね!?」
涙を堪えるために不思議な顔になったセリーナを見てナタリアは吹き出しそうになるのを我慢するのが大変だった。
レンがセリーナの心を変えさせた言葉、もとい叱責は、その日のうちにナターシャとナタリアに話していた。突然の気持ちの変化を不思議に思った二人は、すぐにセリーナに何があったのかを確認したからである。
一部始終を聞いた二人は、静かにどこにいるかもわからぬレンに頭を下げて礼を言い、セリーナをきつく抱きしめた。
「何があっても、私たちの身にどんな事が起きようとも、私たちは絶対にあなたの味方であり続ける。」
そう言ったナターシャ達にセリーナは珍しく号泣し、つられてナターシャとナタリアも泣き出した。そして三人は抱きしめあってわんわん泣いたのである。




