4-7.最後のチャンス
ゼファル公爵家のとある私室、忙しなく動き回る人影があった。人生で初めて女性への誘いを終えたばかりのウィリアムである。
いつもであれば夕食頃から就寝前に返事が届くが、今回はどうだろうか、嫌ではないだろうか、承諾してくれるだろうか、と普段からは考えられない女々しさ全開であった。
そんな契約者を複雑な気持ちで見つめていたルタは、文通相手の契約精霊からの合図を感じ、手紙を受け取るとすぐに戻ってウィリアムに渡した。
緊張の面持ちで手紙をあけると、そこには誘いへのお礼と共に、考える時間がほしいという旨が書かれていた。
拒絶の文言がなかったことに安堵しつつも、やはり怖がらせてしまったろうかと罪悪感が募る。
『そこまで気にしなくても大丈夫じゃないか?
万が一にも恩人さんが怖がったり悪い感情を持ったら、まず向こうの契約精霊が怒って手紙すら渡してくれない可能性が高いから。』
「そ、うか……怖がらせたりしなかったのならいいんだ……けれど、やはり性急すぎただろうか。」
『うーん、人間のことはよくわからないからな。でもそんなに好きなら断られないようにしちゃえばいいんじゃないか?』
「……え? ルタ、なんか恐ろしいこと……」
『いやいや、脅すとかじゃなくてさ。何にせよ、ウィルの会いたいって気持ちは変わらないだろ?
恩人も拒否はしてきてないから悪い感情は抱いていない。ただ精霊との契約を隠すような方だから、仮面舞踏会に行くこと自体が勇気がいるんじゃないか?』
「そ、うだな……盲点だったよ。必死でそこまで頭が回らなかった。」
『だから、何時にここで待っているから気が向いたら来てほしい、って伝えておけばひたすら待たせるのは忍びないって思って来てくれるんじゃないか?』
「……なんだかそれもズレてる気はする、が……断るのも心が痛むものだし、どうせ僕は会場内にずっといるのはしんどいしね。そう伝えてみるよ。」
ウィリアムは机に向き合い、驚かせたことへの謝罪と共に
【夜の八時に中庭の東屋で待っている】
ことをしたためた。
仮面舞踏会といっても、参加するのは学生であり学院内で行われるため夕方から始まり、夜の九時には閉会となる。至って健全な催しといえる。
ウィリアムが待ち合わせを夜の八時としたのも、相手がもし嫌な気持ちになったりした時に閉会時間に近い方がその場を離れやすいだろうと考慮してのことであった。
「ルタ、悪いな。またこれを頼むよ。」
『ああ。任せろ。……恩人に、会えるといいな。』
「そうだな。せめて、ルタのことでお礼だけでも直接伝えたいんだが……。」
ウィリアムが想いを馳せているのを横目に、ルタは相手の精霊に合図を送り、すぐに返事があったため静かに姿を消して手紙を渡しにいった。
ウィリアムが夕食を済まし、就寝しようとする間際、ルタが手紙を持って来た。
急いで手紙を開けると、【その時間に行く努力をする】という内容が書いてあった。ルタが手紙を受け取る際に相手の精霊からも
『全面的にバックアップするが、契約者の置かれている状況から時間通りに行けるかはわからない。気長に待っていてくれ。』
と伝えるように頼まれたという。
ウィリアムは顔が綻ぶのを抑えきれなかった。最終学年であり、皇太子の側近候補として学院を欠席することもままあるために、今回が最後のチャンスだったかもしれないからだ。密かに想い続けた恩人にようやく会うことができることへの期待に胸が高鳴った。
契約者のそんな様子を見てルタも嬉しそうにしているものの、ウィリアムへの言伝と共に相手の守護精霊である精霊王が自分に向けた言葉は正直脅しでしかなかったため、内心は恐怖を感じていた。
『全面的にバックアップはするが、少しでも私の契約者が嫌な思いをしたら記憶を消してでも距離を取らせるからな。
仮面舞踏会とやらに行くこと自体が彼女にとっては試練のようなものだ。彼女が前向きだから協力するが、限られた時間で身動きするんだ、彼女の行動を妨害するようなことをしたら容赦なく攻撃するから覚えておけ。』
まさかウィリアムが暴走して無理矢理顔を見ようとしたりということはないだろうが、精霊王に攻撃されるなんてたまったもんじゃない、と当日は気を利かせて離れた場所で待機しているつもりだったルタだが、ウィリアムを近くから見守ることを密かに決めた。
精霊王がわざわざルタに念を押したのには訳があった。
ウィリアムから待ち合わせの手紙を受け取る前、セリーナの父親が仮面舞踏会には絶対に行くなとわざわざ手紙を寄越してきたからである。
同じ敷地内にいても顔すら見せずに手紙で一言である。突然の出来事にセリーナも困惑する中、義母が別邸を訪ねてきた。
義母曰く、自分が昨年セリーナのために用意したドレスを手直しさせていることに気付き、急に激怒してきたそうだ。ドレスに手を出そうとしてきたため、出欠は関係なく私が力を注いで用意したドレスを破こうものなら離縁も厭わないと逆に義母が憤慨したらしい。
流石の父親も、それを聞きドレスには手を出さないと誓ったらしいが、すぐに書斎に向かったと思ったらセリーナへ件の手紙を書いていたとのことだった。
今までのセリーナであれば、言われた通り欠席していたところだが、先ほどのレンの言葉によって覚醒していたセリーナは義母の前で手紙は無視すると宣言した。
まさかの反応に義母はもちろん、ナターシャやナタリアも驚いた。セリーナは、一時間だけでいいから仮面舞踏会に行きたいので協力してほしい、と頭を下げたのである。
予想外のセリーナの言葉にナターシャと義母は泣いて喜び、ナタリアはセリーナを思わず抱きしめた。
かくして、家長であるセリーナの父親の意思を無視した、ゴルドー伯爵邸総出の全面協力の元、セリーナの仮面舞踏会の参加が決定したのである。
それを見ていたレンは、自分の契約者の成長に静かに微笑んでいた。




