4-6.最後のチャンス
『そなたが懸念していることはわかる。だが、あの父親とも呼ぶに値しない男のために何故そなたが殻に閉じこもる必要があるのだ?』
「別に…閉じこもっているわけではないわ。」
『精霊との契約のことは人間社会では色々あるのだろう、そこはまあよい。
ただ、現に本当の姿を見せていない上に、今のそなたという人間になりうるまでの自分の努力すらひた隠しにしている。そしてとにかく父親に見つかるまいと縮こまっている。
これが閉じこもっていないというのか?』
「…………。」
『私はな、よほど道を踏み外さない限りは絶対的にそなたの味方だ。まあ精霊というのはそういうものだ。
だがセリーナ、そなたには私以外にもいるだろう。そなたを守ろうと、力になると、寄り添ってくれる者が多くいる。
皆、そなたの気持ちを尊重して今の状況を静かに見守っているにすぎない。だが、そなたがしていることは、そういった者たちの気持ちを踏みにじっているようなものだぞ。』
「……! そんな、私は、そんなつもりは!」
『ないだろう。皆分かっている。そなたの気持ちも痛いほど分かる上に、懸念していることもあながち間違っていないから尚更だ。
だが、私たちはそれぞれにそなたを大事に思っている。自分が大事に思う相手が、自分自身を必要以上に卑下し、粗末に扱っていたら?
そなたが逆の立場ならどうだ?』
セリーナは、静かに目を閉じると自分の大好きな人たちのことを思い浮かべた。
ナターシャやナタリアは勿論、ルイーザやルーク、叔父様たちや恩師と慕う人物たち。そして義母や義妹も、血は繋がっていなくとも互いに思い合える間柄だ。
思い浮かんだ彼らが、自分の将来を悲観していたら。
色々な可能性を捨てて逃げることばかりを考えていたら。
自分を大事に思っていない相手に怯えて、ひたすら自分を隠していたら。
輝ける場所を諦めていたら。
「……自分の大好きな人たちが、自分のことを粗末に扱っているのを見るのは、…とても……、とても辛いわ。」
『……そうだな。誰かと比べるまでもなく、そなたはこれまで精一杯生きてきた。私は一番近くで見てきてよくわかっている。だが、これだけそなたを想う者たちがいるのに、あんな男のために自分を粗末にするな。
人間の成人だという十八歳を近くして最近は今まで以上に顕著になっている。
セリーナ、過ぎた時間は戻ってこないんだ。
自分を大事にできない者は、相手を大事にすることもできないぞ。』
「……ごめんなさい。」
『謝る必要はない。これをいい機会だと捉えて変わっていけばいいさ。
自分のことがわからなくなる時があったり、相手のことがわからなくなる時もあるだろう。自分中心ではなく、俯瞰的にみれる立場に、相手の立場になって考えるんだ。その労力を惜しむな、自分のことも大事な人たちも見失うぞ。』
「ええ、ごめ……いえ、わかった。一気には無理だけれど、少しずつ、頑張るわ。」
『あの男のせいでなにかあっても、私が精霊界に連れて行ってやるから安心しろ。』
「それは心強いわね!! なんでもできちゃうわ!」
セリーナは涙を流しながらも笑顔を浮かべた。
「でも今更だから、外見はこのままでいくわ。この髪色は目立つし、余計な釣書もこないようにしたいから。
ただ、それは自分を隠すためじゃなくて、自分の好きなように生きていくため! お父様に縛られない未来を掴むためよ!」
『そうか。そなたが決めたことは何でも応援するさ。』
「ありがとう、レン。ちゃんと、仮面舞踏会のこともちゃんと、考えるわ。
言葉で伝えてくれて…ありがとう。」
『いいんだ。言わなきゃ伝わらないからな。』
「……レンは、今までにも何か、そういう経験があるの?」
『……いや、自分がというより他の精霊がな。主人を守れず未だに後悔している奴らを知っているんだ。』
「そう……、その精霊たちは…」
『……眠りについてるよ。』
あまり見たことのないレンの寂しげな表情を見て、セリーナは静かにレンを抱きしめた。
精霊、特に人間と契約していた者は、契約相手である人間が亡くなるとショックで眠りにつく者がいるという。目を覚ますタイミングはそれぞれで、人間の一生分以上も眠りにつく者もいる。
「またいつか、お話できるといいわね。その時は私も一緒に挨拶したいわ。」
『…ああ、そなたに会えれば喜ぶだろうな。』
レンは十年近くも未だ精霊界で眠り続けているとある精霊たちを思い浮かべた。
ふと感じた悲しさを紛らわせるため、レンはセリーナに再度話を振った。
『ちゃんと考えると言っても、行くことにはするんだろう?
今年こそ行かないと、あの男の妻がそなたに泣いてお願いしてくるんじゃないか?』
「お義母さまね……去年もとてもショックを受けていたみたいだったから…今年こそはって気合い入ってるってナターシャも言ってたわ……。」
『全面的に協力してくれそうじゃないか。こういう時は勢いも必要だぞ。
手紙の相手も悪い人ではないだろうしな、ルタもまさに忠犬みたいになっておるし。』
「……なんだか突然だったから、まだ実感がないの。仮面舞踏会すら行かないつもりだったから。
お返事は、少し時間がほしいってお願いしてみることにするわ。」
セリーナは机に向き直ると、いつもの便箋に返事を書き始めた。少し前向きになったセリーナに、レンは軽く微笑むとソファの上に移動した。
彼女の気持ちが良い傾向に変わっていきそうな予感を胸に、精霊は満足げに契約者の後ろ姿を眺めながら手紙を書き終えるのを待った。




